【 三次創作 装填騎兵エミカス ダージリン・ファイルズ 】   作:米ビーバー

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薄暗く、埃っぽいガレージの中で、時が止まったかのような印象を覚えた。

修理と点検のために外された履帯、油で薄汚れたボディと外された装甲。

唯一違うのは――――歴代に伝わっているコミカルなあんこうのエンブレム

鎮座するⅣ号戦車の前面装甲に手を添えて、こちらを振り返る姿に、デジャヴを覚える自分が居た。


“装甲も転輪も大丈夫そう――――――これでいけるかも”


かつてそう言って振り返った彼女の姿が幻視されて、目の前の彼女にぶれて重なる。……身長も伸びたし身体の成長は止められないけれど―――全然変わっていないと、そう思えた。


「待ってたよ、エミちゃん」


―――西住みほが、そこに佇んでいた。



【 エミの章 後編 】 

「やっぱり、みほだったか」

「うん。当然だよ」

 

桃ちゃんに寄りかかるような態勢のままみほの方に顔を向けると、みほはにっこりと微笑んでみせる。その笑顔が、いつか見たかつての笑顔と全く変わっていないことがなんだかとても嬉しい。

 

「秋山さんと、角谷会長から聞いたの。他にも、沙織さんとか、華さんとか、麻子さんに……レオポンの皆さんも戦車の手入れに来てくれるって」

「そっか……迷惑かけちゃうなぁ」

 

昔の誼の有難さに申し訳なさを感じてしまう俺のところまで小走りで近寄ったみほが、俺の手を取る。そのまま視線を合わせて、すぅと半拍呼吸。

 

 

「みんなが来る前に、一つだけ聞かせて?―――――――なんで、ダージリンさんなの?」

 

 

ジッと俺の目を覗き込んでくる彼女の目は真剣なまま。半端な答えでは満足しないに違いない。

俺がダージリンを最後の相手に選んだ理由―――それは……

 

 

「―――中学のころにさ……戦車の端っこで筋トレしてたら、子供と間違えられたんだ」

 

 

ぽつりぽつりと話し始めた俺に、ただ静かに聞き入っているみほ。

 

 

「その後、エリカとダージリンがすごい剣幕で喧嘩してさ……大変だったよね?」

「―――うん、そうだね。懐かしいなぁ……」

 

 

遠い目をして、当時を思い出すようなみほの横で、俺は次の言葉を探す。

 

 

「あの時の惨敗で、ダージリンは私をライバル認定した。それからずーっと、あいつと競い合ってきた」

「うん。そうだね」

 

 

ハリー・ホプキンスとのおっかけっこに、艦上演習での練習試合。物理的な港の位置が遠い分サンダースよりは回数が少ないが、そのたびダージリンは俺と競い合ってきた。

 

 

「あの決勝での事故の後、私が居なくなってからしばらく呆然自失だったらしいんだよ。あのダージリンがだぜ?」

 

 

苦笑する俺にみほは何も答えない。俺の独白は続く―――

 

 

「高校を卒業して、留学から帰ってきたあいつと大学リーグで勝負して、それまで連勝してた私の勝ち星はどんどん減っていった。でもあいつは、自分が強くなったからだと思っていない。

 

 ―――私が本気を出せていないからだと思っている」

 

 

あの頃と違う環境、違う乗員、違う戦車。理由を考えて作るには事欠かないだろう。実際の俺を見ないで理想の先を見ている。だからダージリンは止まれない。

 

 

「それで、その果てに私のこの身体だ。アイツの中ではもう『今まで自分が勝ち続けてきたのは天翔エミが弱体化しているからだ』という妄想が事実になっているだろう。私はそれを許せない―――!

 

―――もう、あいつと勝負する機会は来ないのに、あいつはずっと、私の影だけを追いかけて生きていくんだ。……そんなの、認められないじゃないか」

 

 

 そうだ。認めてはいけない。

優花里さんに出会って、こんな気持ちになってはじめて気づくことができたこと。ダージリンはダージリンの人生を生きるべきであって、それが俺に固執するあまりブレてしまうようではいけないんだ。俺が好き勝手に生きて、みほエリを為すために利用してきた結果が今のダージリンであるのならば、俺は―――

 

 

「―――私は、まだ身体が動くうちにあいつと勝負してあいつに教えなきゃいけない。“お前は十分に強くなったよ”ってさ」

 

 

 聖グロにおけるダージリンの先輩、アールグレイパイセンがかつて語っていたことがある。『ダージリンは戦術における対応の天才だ』と。

あいつはその才能を今、俺だけのために使い俺に勝つためだけに他の全てを捧げている。そんな歪な成長、認めてはいけない。俺が既存の原作に存在しない俺であるからというだけでなく、天翔エミとして生を受けた一人の人間として、その生きざまに終止符を打たなければ未練になってしまう。

 そしてそのツケを後の皆に預けるわけにはいかないし、今後周囲がどれだけ強かったとしてもダージリンは納得しない。どんな相手に負けたとしてもきっと俺の存在を塗り替えるものたりえない。

 

 俺の答えが満足だったのかどうか、みほの表情からは見て取れない。

代わりにみほは一度深呼吸して、再び俺に視線を合わせた。

 

 

 

 

「―――エミちゃんは、何でそこまで頑張れるの?」

 

 

 

それはいつだったか聞いた言葉。

 

いつかの記憶には適当に考えて返しただけの質問。

 

俺はただ静かに目を閉じて、やがて閉じて居た瞳を開き、みほをまっすぐに見つめ返して、口を開いた。

 

 

 

「―――どうしようもなく戦車道が好きなんだ」

 

 

 ああそうだ。戦車道を始めたきっかけはみほエリのためだった。みほエリを見るために、みほに出会うために、エリカに出会うために戦車道を始め、黒森峰を目指してたゆまぬ努力を続けた。そのころの俺の人生はみほエリのためにあった。

 優花里さんと出会い、優花里さんと過ごして、想いを自覚して間違いに気づいて―――

 

 後に残ったものは【感謝】だった。戦車道には人生に大切なものすべてが詰まっている。ミカの言葉が脳内にリフレインして、ごくごく自然に言葉が口から溢れた。随分と長い長い回り道を続けてきた、そんな思いでいっぱいだ。

 

 

 

「―――天翔さんって、戦車馬鹿なんですね」

「―――ああ、そうだね」

 

 

いつかのように二人顔を見合わせて笑う。

みほは泣いていた。俺も涙を流しているんだろう。眼の奥が熱くて、前が良く見えなくて―――こんなにも心が温かい。

 

 

「―――よろしく頼むよ。みほ」

「うん。任せて―――」

 

 

 

 

 

 

「俺はただみほエリが見たかっただけなのに If 三次」

 

   【  エミの章 後編 『 あなたにつたえてあげたいこと 』  】

 

 

 

 

 

 戦いは熾烈を極めた――――――――なんて、外野から見ればそうなんだろう。或いは、一方的な試合に見えるのかもしれない。

 

 

「装填完了!!」『撃てっ!!』

 

 

 轟音を響かせてⅣ号から砲弾が吐き出される。その射撃はまっすぐに突き進み

 

 

―――回避運動を取って無防備な横っ面を見せるチャーチルの砲塔側面にぶち当たる。砲塔の回転と車体角度から避弾経始で受け流したが、グロリアーナのパンツァーエンブレムは抉られて煤ぼけたものに変わっていた。

チャーチルはところどころ被弾し、それでも持ち前の防御力でまだ動いてこちらを狙ってきている。一方のⅣ号は麻子の操縦で回避を行い、致命傷を受けることなく済ませている―――。

 

 

「行けてる!行けてるよエミりん!!」

 

 

 興奮した調子で握りこぶしを固める沙織さんは現在、揺れ動く車内で少しでも俺の負担を軽減しようと優花里さんと一緒に俺の身体を支えてくれている。耳元で戦況の優位を嬉しそうに語る沙織さんと対照的に、みほの表情は硬く、優花里さんも表面上は笑顔を繕っているだけの様子である。そして、対する俺も、内心でムクムクと鎌首をもたげている感情がある。

 

 

 

 

―――これは、怒りだ。

 

 

 

 

 

―――ふざけんなよお前。マジふざけんなよお前!!

 

 

 

装填速度が遅い。全盛期の俺に比べて遅すぎる。優花里さんががんばってサポートしてくれているけれど、それでも衰えた俺の身体では全盛期に及ばない。

 

 

 

―――だってのに何だこのお粗末な有様は!!

 

 

 

 理由は簡単だ。ダージリンはこの状況に至ってもまだ【あの頃の俺と戦っているつもりでいる】

 

 

 

―――回避運動に移るまでが早い。早すぎて、攻撃タイミングまで逃してしまっている。その早すぎる回避は俺の本来の装填速度から来る連射性ならば砲撃を避けられているはずのタイミング。しかし俺の装填速度が落ちているせいでタイムラグが生まれ、それがチャーチルに攻撃が命中している理由の一つになっている―――!!!

 

 

 

―――ああ畜生。儘ならねぇな―――ふざけんなよこの野郎。

 

 

 

 

―――もっと動けよ、俺の身体(このポンコツが)――――!!!

 

 

 

 

 思い通りに動いてくれない身体に、ダージリンにあんな無様を許してしまっている俺自身に、どうしようもなく腹が立つ―――!!何のために俺はこの勝負を挑んだのか、その理由すら翳ってしまっているこの状況に、ふつふつと自分への怒りが溢れ出して止まらない。悔しくて悔してやり切れない―――

 

 

「―――捉えました!!」

 

 

ゴウンッ!!とひときわ大きな衝撃音が響き、チャーチルの履帯が片方引きちぎれていた。走行不能に陥ったかと思われたチャーチルだが、片方の履帯だけでわずかに動き、戦闘継続の意思を見せる。一方で、俺の疲労も相当なものになっていた。悔し涙もさることながら、頭から顔に向けて流れる汗で目の前がうまく見えない程に疲弊してぜぇぜぇひゅうひゅうと荒い呼吸音が口の端から洩れていた。かつては試合の始まりから終わりまで延々と装填していても疲労などなかった身体だというのに情けないものだ。

 

 

「麻子さん、前進。華さん―――次で、決めましょう」

「わかりました」

 

 

有効射程より内側に踏み込むⅣ号。次弾を俺が取りやすい場所に持ち上げている優花里さんが俺を見つめているが、今の俺には砲弾以外映っていなかった―――。

 

 

 

 

―――次が最後の一撃になる。その事実がどうしようもなく俺を焦らせる。

 

 

 

まだ何も残せていない。何もできていない。なにも見せていない。何も、何も、何も―――!!

 

 

 

――――だから動け。俺のクソ身体――――――!!

 

 

 

「―――――ぁぁああああああああああああああああああッッッ!!!!!!!!」

 

 

 

 

停車と同時に、何処から出しているのかもよくわからない雄叫びのような声とともに全身全霊をかけて行った装填。その速度は、掛け値なしに全盛期と遜色ないモノで――――

 

 

「装填完了!」『撃てッ!!』

 

 

Ⅳ号を揺らす衝撃とともに放たれた一撃は――――

 

 

 

 

 

 

「―――――――――なんだよ……

 

 

 

    ――――――やっぱり、すげぇじゃねえか……ダ―ジリン……」

 

 

 

 信地旋回。コンパスのように片脚を軸に回転する動きをする、一部の車輛が得意とする動作である。片側の履帯が破壊されたチャーチルは、この信地旋回を壊れた履帯を軸にして成し遂げて見せ、俺の渾身の装填からの一撃を見事に躱して見せた。

 

 それはつまり―――『全盛期の俺の装填速度に合わせてダージリンが回避運動を取っていたこと』への証左であり、俺が当時のままだったら今迄の砲撃なぞ掠りもしなかったであろうという何よりも証拠に他ならない。

 

 

 

 

 

―――いや、思考してる暇なんかないな。次を装填しなきゃ。

 

 

 

“―――ちゃん!”

 

 

 

―――次の砲弾どこだ?早くしないと態勢立て直して撃って来るぞアイツ

 

 

 

“―――さん!”

 

 

 

―――ああ、周りの音がよく聞こえない。神経を研ぎ澄ますとゾーンに入るって聞くし、さっきの俺とかそういう感じだったのかも……

 

 

 

“―――ミ―――!!”

 

 

 

―――目の前が暗いな……優花里さん、次の砲弾取ってくれ……さっきのでコツが掴めた気がするんだ……もう一回、今度は大丈夫―――華さんなら当ててくれるだろ?

 

 

 

 

 

 

 

『―――――――――エミりんッッ!!!』

 

 

 

 

 

 

 ギュウと強く抱きしめられ、俺にようやくその声が届いた。

所在無く宙をさまよっていた俺の手を、優花里さんが、みほが、麻子さんが、華さんが、握っている。

 

 

“―――Ⅳ号、投降を確認。試合終了”

 

 

 

―――ああ、俺、もう動けなかったのか。こりゃあ明日は指一本動かせないかもなぁ……

 

 ピクリとも動かない俺を、みんなが必死で戦車から引っ張り出して、地面の上に横たえる。されるがままの俺はと言えば、試合の余韻というか、放心しながら試合の内容を思い出していて……あー……

 

 

「―――勝てなかったなぁ……」

 

じんわりと涙が溢れてくる。勝ちたかったなぁ、勝てなかったなぁ―――ぽつりとつぶやくように口にした言葉に、悔しさが止まらなかった。

 

「―――エミさん」

 

懸けられた言葉に視線を向けると、そこにダージリンがいた。

いつもの余裕ぶった優雅な淑女はどこにもいない。埃だらけで、煤ぼけていて、いつも持ち歩いているカップとソーサーもどこかに置いてきたのか、手ぶらで、地面をひっかいてでも来たのか、指先が土にまみれていた。

 

「あぁ……ダージリン……負け越しちゃった、な……」

 

抱き起こしてくれた沙織さんに支えられて、できる限り笑顔を作って見せる。うまく笑えているだろうか?

 

 

「―――この状況の、どこが、勝利なのですか―――!!」

 

 

血反吐を吐く様な、慟哭にも似た声と、ボロボロと溢れて落ちる涙。端正な顔をくしゃくしゃにして子供のように泣きじゃくるダージリンに、胸が痛い。

 

 

 

―――ポンコツな身体でごめんな。

 

―――こんなになるまで待たせてごめんな。

 

―――決着、つけたかったけどどうにもならなかったよ。

 

―――ごめんな。本当に、ごめん……

 

 

 

 

 せめても、笑顔でいて欲しくて、足りない頭で必死に考えて―――出てきたのはリリ●ルなのはの名言だった件――――本当、どうかしてたと思う(反省)

 

 

******

 

 

こうして、俺の(非公式な)最後の試合は終わりを告げ―――

 

 

―――俺は病室に担ぎ込まれて絶対安静の通達とともに優花里さんの付き添いで病室に押し込められた。

 

 

 

……その後は―――

 

 

『これを食べて元気を出しなさい』とスターゲイジーパイを持って来たダージリンと料理というモノに対して口論したり。

 

『何で声をかけてくれなかったのか』と怒鳴りこんでくるカチューシャと『病院ではお静かに』と窘めるノンナが経緯を聞いてお見舞いに来たり。

 

病室内でカンテレを弾いて意味深に微笑むだけのミカだったり、お見舞いに持ってこられたフルーツが根こそぎ無くなっていたり。

 

優花里さんに大泣きされて慰めてたところを物陰から観察してる一年ズと、なんかバツが悪そうな顔でお見舞いにきたそど子と会話を交わしたり。

 

オフモードで「誰だお前」なアンチョビと、病室にパスタとピッツァ持ち込んで来て看護師に怒られるペパロニがいたり。

 

試合に勝利して戦勝報告でやってきたエリカに開幕から本気で怒鳴られたりキレ気味に泣かれたり赤星さんに泣きつかれたり。

 

代わる代わるお見舞いに来るあんこうチームの皆とあの時の試合について語ったり、近況報告で談笑したり―――

 

 

―――そんな何気ない日々が過ぎて行った。ただそれだけの話で

 

 

―――なんていうか……楽しかったと思う。

 

 

あと何年、ひょっとしたらあと何日、もしかしたら明日にも……なのかもしれないけれど……

 

 

 

許されるならば、こうした日々が、まだ続きますように。

 




終章エミサイド、これにて終了。


色々考えた結果、「島田サイドいらなくね?」となり、差し替えました()


島田サイドは―――あるいは本家様が劇場版完結した後で「ティンッ!」ときたら本家様に許可取って書くかもしれません()

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