【 三次創作 装填騎兵エミカス ダージリン・ファイルズ 】   作:米ビーバー

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奇人男氏に「フィンランドでは~」とネタを投げたところ速攻でバレンタインネタを書いてくださったので、こちらも何か書くべきカナ?と思い、直接聞いてみたところ
「敗北者二人のバレンタインネタを書いて、どうぞ」 とリクされたので、今回の話をとりあえず4時間で仕上げました。0時ギリギリです()



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「では、第……何回目だったかしら?定例会、及びXデーの計画立案を行いましょう」


モンブランをスプーンで掬って口元に運びながら語るのはBC自由学園の頂点に君臨する愛らしいクイーン。名前はマリー。

 対して対面に座って珈琲の注がれたマグカップをぐいと傾けるのは天翔エミ。

「―――バレンタインというイベントを使って、あの二人の関係を押し上げるにはどうするべきだと思う?」



―――無理じゃね?


 そう口に出さないでやるだけの優しさがまだ残っていたことに自分を内心で褒め称えるエミだった―――。



【四次創作・ウァレンティヌスだって無理なものは無理!】

「さぁ!遠慮しないで案を出していいのよ♪私がケーキを食べ終える前に!」

 

そう言ってモンブランを食べ終えて、3段ツリーの真ん中に鎮座しているカップケーキを手に取り、ジャムを盛ったスプーンで一口分を掬い取って一緒に口に運ぶマリー。見ているだけで胸やけを起こしそうな光景に、エミはブラックコーヒーを胃に流し込むようにまた一口啜る。

 

「―――まず前提条件として、お嬢様は―――」

「あら?いいのよマリーで♪こうして二人きりの時は私とあなたは対等であるべきだわ。みんなの前では分を弁えてしかるべきだけれど」

 

マリーはそう言ってまた一口ケーキを口に運び、フフッと嬉しそうに笑う。子供のような微笑みだが、エミは知っている。その奥底に潜んでいるモノを

 

「―――失礼。んじゃぁマリーは前提として「あの二人はどうあるべき」だと思うね?」

 

エミの質問にマリーは小首をかしげる。質問の意味が分かりかねているようなその仕草の後に

 

「―――不思議なことを聞くのね?あの二人は「お互いに憎み合い、傷つけ合い、理解し合って、そしてその想いを昇華して愛へと至るべきだもの」

「―――そうかい。そりゃ意味のない質問をしたな」

 

肩をすくめて嘆息したエミは、次のケーキを攻略し始めたマリーの様子を一瞥して、思考に潜る。

 

―――つまるところ、押田ルカと安藤レナを互いにバリッバリに敵対させたうえで、お互いの健闘を称え合わせて、そして最終的に愛し合わせる と―――

 

目の前の少女はそれを目的として権謀術数を駆使し、今迄暗躍して来た。それはエミも知るところになり、正直ドン引きしたわけではあるが―――

 

―――マリーのその所業が明るみに出ることが無く、むしろ二つの勢力の融和に努めているのに諍いを諫めることができず苦心しているように見えるため、押田と安藤の敬意を集めている現状に憐憫を覚える結果となっていた。

 

 とはいえ、バレンタインのイベントというモノが行われるという情報。そのテストケースを体感して情報として発信できるのはエミにとってもプラスにつながる。

何しろドイツのバレンタインは「恋人」「夫婦」のためのイベントであり、「恋人未満が恋人に至るためのイベント」ではないのだ。みほとエリカに『こういうイベントがあったんだ。バレンタインって他所ではこういうのらしい』という情報ソースを送信し、実体験したイベントの雰囲気によって、みほとエリカの興味を引くことができれば―――友チョコ交換からスタートするバレンタインの定期イベントが出来上がる。距離が縮まる!みほエリが進む!

 

 勝利の方程式のためにも、マリーの作戦にノッてやろう。

 

エミは不敵な笑みを内心で浮かべつつ。策を練るのだった―――。

 

 

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―――あれは知ってるわ。内心で己の欲望のために動いている貌ね。

 

マリーはスプーンを持ち替えて、フォークでプチエクレアを寸断して口元に一口ずつ運びながら、天翔エミをそう評価した―――。

 マリーの最も得意な手腕は「政治外交手腕」と「人心掌握」である。

相手の求めるものを識る―――、相手の嫌うものを識る―――。

 

それらの積み重ねが人心を左右するエッセンスであり、それらを自然に操作することがマリーの最も得意とすることだった。

マリーからしてみればエミの内心の秘匿などお話にならない。小学生がおねしょをした事実を両親に隠そうとしているのと大差ないレベルで透けて見えている。

 

―――だからこそマリーはおかしくてたまらない。彼女の滑稽さが―――

 

西住みほと逸見エリカの距離を縮めるためにバレンタインのイベントはもってこいだと、それを体験したという報告を以て彼女たちにバレンタインのチョコレート作りを流行らせようとしている。その実行を以て彼女らの距離を縮める一助としようというのだろう。

 

―――まったくもって滑稽に過ぎる―――その方法で彼女たちが最初に思うのは「天翔エミに贈るためのチョコレート」であろうに。

 

 劇的な退幕劇をもってステージを去った少女。常に自分たちに目を懸け、自分たちを導いてくれた少女。その少女が、自分たちから離れても、まだ自分たちを気にかけてくれている―――その事実を知って、何故彼女たちがエミ自身に惹かれないと思うのか?

 

―――嗚呼、滑稽だわ。滑稽で、なんて愛おしい―――

 

お気に入りの玩具を扱う時のような純真な笑みを、天翔エミは与えてくれる。退屈な日々をほんの僅か忘れさせてくれる。

 

 そして同時に訓辞をくれる。「これはお前が失敗したときのお前自身の姿なのだ」と―――

 

本当に便利だわ天翔エミ―――貴女がいるだけで、私は自分が間違えないようにと心を引き締めることができる。 マリーは内心でそう独り言ちて―――最後の一口を口に放り込む。

 

「それで?貴女の案はまとまったのかしら―――?」

 

マリーはニッコリと微笑みを向けて、エミの言葉を待つ―――。

 

「―――ひとつ、思いついた作戦がある」

 

エミはマリーの顔をまっすぐに見返して「みほ風に言うなら―――」と前置きを述べてから

 

「―――固めの杯作戦 だ」

 

ニヤリと笑うエミの説明を聞くマリーの貌が、どんどんと喜色を帯びて愉し気になっていく―――

 

「―――いいわねそれ!それでいきましょう!!」

 

 

―――こうして「固めの杯作戦」は開始された―――。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

2月14日 その日は聖人の日というよりも―――さながら「聖戦の日」とでも言うべき光景が広がっていた―――。

 

「受験組を斃せーーー!!」『おおおおおーーー!!』

「エスカレーター組に負けるなー!!」『うおおおおおおおおーーー!!』

 

安藤が率いる受験組と、押田の率いるエスカレーター組が激しくぶつかり合う。

諍いはそこかしこで起こっており、学園内が革命戦争状態だ。

 

「壮観よねぇ♪」

 

 そんな光景を見下ろしながら、マドレーヌをナイフとフォークで上品にパクついているマリーと、同じ部屋で高窓から光景を見下ろしているエミ。

 

 

―――事の起こりは、バレンタインの前日にある―――。

 

 

 

【―――選ばれたただ一人のみがマリー様からチョコレートを下賜される】

 

そんな情報がどこからともなく囁かれ、それは爆発的に広まった。

そして、「我こそは」というものが立ち上がり、互いにつぶし合いを始めた

 

―――結果的に、最終的に二大勢力である受験組・エスカレーター組のメンバーがそれぞれの勢力で手を取り合い団体同士のぶつかり合い―――そのトップである押田と安藤のぶつかり合いに発展した。

 

「マリーからのチョコレートの奪い合い」が「互いの勢力の格付け」に偏移した。

 

マリーからチョコレートを下賜される=相手よりも格が上 という構図が彼らの脳内で成り立っているがゆえに起こった悲劇と言えよう。

 

 

―――もっとも、画策し、情報を流した人物がいてこその帰結なのだが―――

 

 

「―――そろそろ出番じゃないか?」

「あらそう?―――じゃああと一つだけ食べたら出るわ」

 

下で繰り広げられる阿鼻叫喚の地獄絵図と言っていい泥沼の戦いを眺めていたエミの言葉に、マリーはそう答えて大ぶりのショートケーキをフォークで裂きながらこの後の狂言回しに想いを馳せた―――。

 

 

「―――いい加減、倒れろ!!」

「そりゃこっちのセリフだ―――青瓢箪が……ッ!!」

 

 

押田も安藤もすでにボロボロで、互いに肩で息をしている状態だ。BC自由学園の制服はところどころ破れ髪も乱れに乱れている。

 

 

「外様どもにあの方のチョコレートを渡すなど―――我らの恥だ!」

「温室育ちのお嬢様たちに腕っぷしで負けるなんてのは、私らにとっても恥なんだよォ!!」

 

 

フラフラの身体で立ち上がり、互いに力を振り絞り、正面広場で拳が交錯する―――!!

 

―――その瞬間!!

 

押田と安藤が互いにピタリと動きを止める。否、“止められている”

 二人が交錯するその寸前で、躍り出た人影が双方の拳を受け止めていた。

 

「―――天翔!!何故止める!!」「―――お前!!何のつもりだ!!」

 

二人から怒声を浴びせられながら、エミは内心で毒づいていた。

 

“―――しょうがねぇだろ、マリーお嬢が出てくる前に二人がダブルノックアウトとか収拾がつかなくなるんだからさぁ!!―――”

 

エミはそれを口に出すことができない。ただじっと、真打が登場するのを待った。

 

 

「―――いったいこれは、何の騒ぎなのかしら?」

 

冷ややかな声に、騒ぎがピタリと鳴りを潜める。

悠々と、ピンク色の扇子で砂埃の舞う空気から口元を隠しながら、マリーが階段を下りて来る。

 

“―――早く降りて来いよ段取りを護れよお前!!”

 

そう目で訴えるエミの視線も放り出し、マリーは階段の中ほどで立ち止まり、周囲を睥睨する。

 

「埃っぽくていけないわ―――外出できないじゃないの」

「!!―――申し訳ありません!」

 

マリーの責めるような言葉に、その場で片膝をついて目を伏せる押田と、同じように片膝をつくが、バツが悪そうに目を逸らす安藤。

 

「―――説明なさい。誰か」

 

どちらが言い出すかで互いに顔を見合わせる押田と安藤の間をすり抜ける様にして、一歩前に出たのはエミだった。他の2人と違い、膝をつくことなく一歩前に出て、マリーに宣言するように声を上げる。

 

「何でも……お嬢のバレンタインのチョコレートを巡る戦争、らしいぞ?」

 

肩をすくめるエミが目を伏せてやれやれと首を振る。その際に、僅かに視線をマリーに送ると、マリーも扇子で口元を隠しながら視線を返した。

 ここまでは前座、ここからが本番―――!

 

 

「あのねぇ―――私は、バレンタインだけに特別な何かを用意しているわけではないわ。いつでも学園を、みんなを広い愛で愛しているもの―――。

 だから―――」

 

マリーが開いていた扇子を閉じる。その扇子の奥から、少し大きめのハート型のチョコレートが顔を覗かせる。

 それを―――

 

 

 

「えいっ」

 

      ペキッ

 

 

 

安藤と押田。二人の目の前で二つに割って見せた。

 

「な、何と言うことを―――!!!」

「お嬢!!それはあんまりだろ!!」

 

口々に声を上げる二人に、マリーは微笑みを返し―――

 

「―――はい」

 

二人に、二つに割ったチョコレートを手渡した。

 

「今日はヴァレンタインデーなのよ?愛を示す日であって、殴り合う日ではないわ♪お互いに、そのチョコを食べさせ合って、今日だけは仲直り!ほら、頑張って♪」

 

ニコニコと微笑むマリーに顔を見合わせる二人。しばらくお互いににらみ合うような格好になっていた二人だったが―――

 

「―――――マリー様たっての願いとあれば、是非もない」

「お嬢の顔を立ててやるよ」

 

お互いに手にしたチョコを相手の口元に運び、一口齧り合う。

 

 

 

――――パチ、パチ、パチパチ……

 

 

 

ささやかな拍手は誰が最初であっただろうか―――?

 

 

 

――――ワァァァァァァァ!!!!!

 

 

 

周囲に巻き起こる拍手と歓声の嵐に、飛び交う花吹雪。

この日この時に限り、BC自由学園に共和の福音が舞い降りたのだ―――!!

 

 

 

 

******

 

 

 

 

―――ハァ。

 

 ため息を一つついて、やれやれと腰を上げるのは先ほどから姿を消していた天翔エミであった。拍手の皮きりとなるきっかけの一打。そして先の花吹雪の嵐。

 それらすべてはマリーによって綿密に計算された『仕込み』であった。

それを可能にしたのは天翔エミがもつ脅威の身体能力によるものである。他の面々の視線がマリーに向かったタイミングで素早く視界から姿を消し、単身、壁を走って昇り、上空から花吹雪を散らし、広場に仕込んだスピーカーから拍手の音を響かせる。タイミングをしっかり確認した上でだ。

 

 

 全ては「押田と安藤が互いに互いのチョコレートを食べ合う姿を祝福する光景」を作り出すために―――ただそのためだけに用意された舞台装置である。

 

 

 金遣いも人使いも荒い上に、自身は時間に無頓着で段取りなど考えないお嬢様思考のマリーに振り回される形になったエミは、何度目になるかわからないため息を漏らしながら―――すべての光景を映像に収めたカメラを回収し、ひっそりとほくそ笑んだ。

 

 

 

 

********

 

 

 

 

「大成功だったわね―――!!!」

 

上機嫌でケーキを口に運ぶマリーを前に、エミは微妙な顔を必死に抑え込んでいた。

 

「最後のチョコレートをお互いに食べさせ合った後のルカとレナの顔を見た?二人とも気まずげに目をそらしてたのよ!素晴らしいわ!!距離感を計りかねる二人がいつ距離を踏み外すか―――!!楽しみねっ♪」

 

歌い出しそうなほどに浮かれているマリーに、エミは「それはさておき」と切り出した。

 

「おじょ―――マリー。その扇子と髪留めはどうしたんだ?」

「ああ、これ?レナとルカが用意してたプレゼントなのよ。チョコレートを自分がもらった時のためのお返しで買っておいたものなんだって」

 

―――ちなみに扇子は口元を隠すため、「あなたの笑顔を他に見せたくない」転じて「貴女の笑顔を独り占めにしたい」という意味合いを持ち、髪留めは「いつでも貴女と供に」という意味合いをとる場合がある、両者ともにかなり「重い」解釈が可能なアクセサリーである―――が、エミはそれを説明しようとは思わなかった。

 

 

 

―――気の毒すぎてとても突っ込めねえよ―――。

 

 

エミの内心のつぶやきは、内心のまま消えていった――。

 

 

上機嫌なマリーの様子にエミが珈琲の準備を始めようとしたところ、携帯がメールの到着を告げる。

 

着信はみほとエリカの両名から。二人とも、エミが送った動画「バレンタインってこういう行事らしい」という件名のそれを見て思う所があったらしく、「少し遅れたけどチョコレートを作り始めた」的な旨が書かれていた。

 

内容を流し見たエミは笑みを深める。内心では互いに作ったチョコレートをお互いに渡そうとして出合い頭で顔を突き合わせる聖者の贈り物染みた光景が脳内再生されているようだ。

 

 上機嫌だったマリーはそんなエミの様子を見て内心で嘲笑する。みほもエリカも、あの動画では「女の子同士がチョコレートを渡し合い、食べ合うイベント」としか認識していないだろう。よしんば意味を類推したとして、渡す相手は動画を送ってきたエミその人以外にあり得ない。そんなことにも気づかないエミの間抜けぶりに、しかしマリーはそれを指摘したりはしない。

 

 

―――だってその方が見ていて楽しいからだ。

 

 

―――こうして、敗北者二人は、お互いに自分こそが勝者であると誤認し、敗北者である相手にその事実を告げずにいる―――

 

 

 

敗北者たちに幸あれ――――!!

 

 

 

 




「なぁ、安藤―――お互いに腹を割って話そうと思う」
「あぁ、押田の―――私もそう思ってたところだ。つまるところあれだろ?」

『―――真のライバルは天翔エミってことだ(ろ)―――?』

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