【 三次創作 装填騎兵エミカス ダージリン・ファイルズ 】   作:米ビーバー

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「―――エミ、後で少しお話しましょう」

エミの下へやってきて、ニコニコした顔でそう言うマリーに「はいはい、かしこまりましたよ」と返すエミの様子に、周囲の生徒たちがざわめいた。

内部生からは「マリー様へ敬意のなっていない答え」をしたこと、外部生からは「マリー様から気軽に話しかけられていること」に対する双方の感情が飛んで来る。それを気にする風でもなく、昼寝する猫のように受け流して、エミは席を立った。

「―――おい、天翔」

エミを呼び止める声に振り返ると、押田ルカがこちらに歩み寄ってきていた。

「マリー様がお前に何の用事があるの言うのだ!?」
「―――さてね?お嬢様の考えることはしょせん外部生の私にはわからないよ」

問い詰める様な口調の押田に、エミは肩をすくめてそう言って立ち去っていく。残された押田はエミの【所詮私は外部生】の言葉に苛立ちを隠せない。内部生である自分たちを差し置いて外部生のエミがマリーに近い位置にいること。それを強調されているように感じられてしまう。
―――エミとしては「私はしょせん外部生なんで、分は弁えてますんで」程度のへりくだった意味合いで使ったわけであるが―――人の受け取り方は様々だといういい例と言えよう。

 エミがマリーと共犯関係を結び、マリーから色々と便宜を図ってもらっているという事実から、エミは内部生からも外部生からも敵視されている。当人は当人で、戦車道におけるチームのメンバー以外と交流を持とうとしていないため、必然、孤立しているのだが―――まったく気にしていない。その様子からエミは内外の生徒たちから“野良猫”と揶揄されている。
 マリー様がそれなりに愛着をもっている不愛想な野良猫。
それがBC自由学園におけるエミの評価だった。

 尤も、戦車道関係者からすればその野良猫は、僅か3秒未満で中戦車の装填を終え、短距離ならば垂直の壁を助走なしで駆け上がり、ARLの90mm砲用の砲弾を軽々と持ち運ぶ野良猫であり―――エミのことを【シャパリュ(キャスパリーグの仏語版)】と呼ぶ者もいたりする―――。


*******


「おい、天翔」

こつこつと、靴の音を鳴らして廊下を進むエミに、横合いから声がかかった。
すぐ傍らの階段の下から、上向きに睨み上げる様な目つきの安藤レナがそこにいた。

「―――――」
「―――――」

互いに一言も語ることはない。かたや睨みつける様に見上げる視線。かたや興味なさげな見下ろす視線。

「―――――チッ」

舌打ちを一つ残して、安藤は階下に消えていった。残された方のエミはと言えば―――


―――俺マジで嫌われまくってて草wwwwwww


くらいのメンタルだったりする―――。



【四次創作・ウァレンティヌスさん酷使されすぎ問題~敗北者たちのホワイトデー~】

ヴェルサイユ王宮の貴賓室のような華美な内装の部屋。シックなテーブルの上に華美な洋装の食器や燭台が並び―――甘ったるい匂いがここまで届きそうなほどに溢れかえるお菓子の山が所狭しと鎮座する。

 

 

 

「―――来たわね?施錠は大丈夫?―――そう

 

 

 

 

  ――――それじゃ、始めましょうか。何度目かもう忘れちゃったけど、定例会ね!」

 

 

 

手近な位置にあったプリン・ア・ラ・モードを手に取りスプーンでひと掬い。

 

「―――バレンタインデーから全く進展がないあの二人の距離感を更に進めるいい案を出しなさい!!」

 

満面の笑みで無茶ぶりをするマリーに、頭痛を抑える様にこめかみに指を当てるエミがいた。

 

「ほら!おりしもホワイトデーよ!おあつらえ向きだと思わない?」

 

いい案でしょう?と自画自賛するマリーに、疲れた顔でため息を吐くエミは満面の笑みで次のお菓子に手を伸ばすマリーに向かって言った。

 

「あのなマリー。ホワイトデーってのは「バレンタインにチョコを貰った男子が女子に贈り物を返すイベントだ。

 ―――女子が女子にお返しするイベントじゃあない」

「あら?そんなの些細なことじゃあないの。そもそもが“バレンタインのお返しを贈る口実のためにわざわざ創られた日”なのだから、男女の軛で縛るなんてナンセンスだもの」

 

 マリーはふふんと鼻を鳴らして得意げに微笑み、マカロンをみっつまとめて串のような長い刃のフォークで刺して口に運ぶ。

 

ホワイトデーはもともとバレンタインデーの語源であるウァレンティヌス司教の殉教から一月後、彼に祝福してもらった恋人たちが、改めて愛を確かめ合ったという逸話から来ているとされる―――が、その割にホワイトデーが周知されイベントとされているのは東洋の一部の国だけであり、根拠としては薄い。

 

「―――大々的にバレンタインに戴いたチョコレートのお返しを贈る日とでも定めてイベントにすることも考えたのよ?」

 

そう語るマリーの目が少しだけあらぬ方向へ焦点を移している。

 エミは想像する。マリーがそれを大々的に発表した場合の生徒たちの反応を―――

 

―――外部生と内部生の融和を目指すマリーの行動は生徒たちの間でも周知される事実として受け止められている。……尤も、やっていることは対立を煽った結果を宥めているだけの盛大なマッチポンプだが……

彼らは思うだろう「こんなにも我々に心を砕いてくださっているマリー様に感謝せねば!それもこれもこちらに噛みついてくる内部(外部)生のせいだ! と。

 対立が完全に激化して暴徒と暴徒のぶつかり合いになってしまった場合、マリーでも完全に制御はしきれなくなる。感情を揺さぶって行動を誘発させるには理性が必要だからだ。結論、彼女はそこまでに至らないギリギリの匙加減での扇動でタイトロープな今の学園状況を制御している。

 

 薄氷を踏んで渡る様な状況でも尚、その上でタップダンスを踊る所業を止められないのは生来の業なのかもしれない。と、マリーは考える。退屈過ぎる日常に飽きて、ふと目の前にある消火栓の非常スイッチを押してしまうときにも似た感情。そういうものなのかもしれない―――

 

「さ、それで?何かないの?」

 

答えを急かす形になってしまったが、マリーの方も考えを振り払うことに忙しくそんな余裕がやや陰りを見せている。エミもそんなマリーの様子に気付いてか気付かずか、首を捻り思案の様子を見せる―――。

 

 

「―――とりあえず、押田と安藤の派閥に噂を流してくれ」

 

 

ややあってエミが口にした言葉と、噂の内容を聞き、マリーは少しだけ愉しそうに微笑んだ。

 

「貴女のことだから精一杯踊ってくれるのでしょう?」

「まぁ、期待した成果を上げるかどうかは分からないがね」

 

手をひらひらと振って退出する。その様子をニコニコと眺めるマリーは、エミが唯々諾々とマリーの言葉に動く理由に察しがついていた。

 要は今回の話もテストケースとして話題に変え、黒森峰の二人、西住みほと逸見エリカに送り、あちらで百合の花が咲き誇る夢を見るのだろう。

 

―――夢は所詮夢でしかないのに―――愚かで可愛らしい―――

 

くすりと嘲笑して、マリーはフォークでモンブランの上に飾られた栗の甘露煮を突き刺して口の中に放り込んだ。

 

 

 

*********

 

 

 

「天翔が調理実習室を?」

「ああ、時間を事前指定して貸出許可を得て、何やらやっているらしい」

 

安藤に呼び出され、やや険悪なムードの両派閥を押しとどめ、安藤の下に赴いた押田は、そんな話を切り出され面食らった。

 

「―――何が目的なのか、わかっているのか?」

「いや、決定的なことは分からない。ただ、最近周囲に噂になっている話がある

 

―――マリーお嬢の生徒融和政策の一環で、「ホワイトデーには男女を問わず、チョコレートを贈り合った相手へのお返しを贈る行為を推奨する」という話だ」

 

安藤の語った内容を、実は押田も自分の派閥で聞いたことがあった。来るホワイトデーに、バレンタインデーでのあの融和をもう一度成し遂げ、内外の生徒の軋轢を解消せしめんと日々苦心するマリーの姿を幻視し、押田は内心で深い敬愛を示すために敬礼をした。その噂と、調理実習室を借りて何かを作ろうとしている天翔エミ―――この二つのヒントが示す先は―――

 

「―――天翔がマリー様からチョコレートを下賜されていた?」

「―――やっぱり、そう考えるのが妥当だよな?」

 

マリーがエミにチョコレートを贈っていた。そのお返しにマリーへ贈るためのお菓子を練習している―――そう考えるのは筋違いでも何でもないだろう。

だって前提条件が間違っているのだから―――。

 

「とはいえどうすることもできない、か―――」

「いや、そうでもないと思うんだ。私はな」

 

押田が口元を歪めてむむむと唸る様子と逆に、安藤は我に一計ありとばかりにニヤリと笑って見せる。

 

「思い出してみろ。私たちはあの日、“マリーお嬢から”チョコレートを受け取って、それをお互いに食ったわけだ」

「―――成程」

 

そこまで言われて押田にも理解できた。つまり安藤はこう言っている。

『我々もマリー様にお返しを贈る権利を有している』と―――。

 

―――だがしかし

 

「安藤―――貴様、調理の経験はあるか?」

「自炊料理ならともかく、お貴族様が食べる様な菓子料理の経験なんか無いに決まってるだろ。そういうのはほら、エスカレーターで勉強の必要が無いお前らの領分だろ?」

「ふざけた理屈で我々に貴様らの怠慢の結果を押し付けるな。内部生にもお菓子作りの得意なものはいるが―――そういう連中はマリー様の専属についてしまっている」

 

―――言いようのない沈黙が周囲を包み。

 

「――――駄目じゃないか!!」

「煩い!!こういう時は大体外部生が悪いんだ!!」

 

 

掴み合いの喧嘩の場に発展する階段の踊り場を下から見上げて、「何やってんだあいつらは」とエミは嘆息するのだった。

 

 

 

******

 

 

 

「―――えー、それでは本日講師を務めます。天翔エミです」

 

 

―――どうしてこうなったのか?

 

エミ自身にもわからない。ただ確実に言えることは、千載一遇のチャンスであるという事と、限りなくローリスクでそれが行えるということである。

エミの目の前では今しも包丁を武器にして互いに切りかかりそうな面倒臭い剣闘士が二人、並んでエプロンと三角巾といういでたちでエミの講習を聞いている。

 

当初、エミが考えた展開では、二人がお菓子作りをしていく様を映像に残しつつ、自分が作ったお菓子との料理勝負染みた展開で二人が協力して制作するように仕向け、その結果として「お粗末!」なエンディングを予定していたのだが―――

 

 あの階段の踊り場での喧嘩の直後、面倒に感じたエミがどうどうと止めに入った結果、「だったらお前が教えろ!」という謎の結論に至った二人により、調理実習室の貸し切りが決定し、今エミは二人にお菓子作りをレクチャーする羽目になっている。

 

 

―――うん、経緯を再度思い返してみてもまるで訳が分からないよ!

 

 

脳内に浮かんだ猫のような白い畜生のイメージを振り払いつつ、一先ず教えるだけ教えようと気持ちを切り替え、エミは講習を開始したのだった―――。

 

 

―――と、言っても、お菓子を作る、料理を作る上で、最も大切なことは『分量を正確に量る』ということ。

料理に関しては曖昧な部分が大きく、個人個人の差が如実に出るが、お菓子作りに関してはよほどひどいどんぶり勘定でもない限りは一応そこそこ美味しく食べられるモノができる。エミ自身、自分で認めるバカ舌ではあるが、分量をきちんと量ってそこから逸脱せず作るだけ。工夫とかアレンジとかは武部殿クラスの達人になってからするものであるという持論がある。

 

 アレンジャー死すべしジヒはない。経験の無い創作料理は悪い文明!!

 

 なお目の前の二人にはまず最初の簡単なステップとしてシンプルなカップケーキの生地を作らせているのだが―――レシピを参考にさせているというのに勝手にドライフルーツや蜂蜜をぶち込もうとする二人に内心ツッコミを入れまくっているエミがいた。

 

「―――同じことをやっているだけでは貴様に勝てないからな」

「コピーするだけじゃ勝てないんだから普通は工夫するだろ」

 

は二人の言。だがエミに言わせてみれば―――

 

「―――そういういっぱしの口を叩くのはきちんと基礎ができてから言え」

 

である。後ろ回り(後転)の練習からスタートしているのにやったことのないバック宙をいきなりやろうとしている子供がいるとしよう。「体操舐めんなや」一択しかない(確信)

 

「―――今は我慢だ」

「―――覚えてろよ、お前より上達して見せるからな」

 

何故か敵愾心メラメラでエミを睨む二人から目をそらしつつ、エミも自分の調理に移った。

 

 

 

*********

 

 

 

「―――完成だ」

「こちらもだ」

 

押田と安藤が調理を終了したのはほぼ同時だった。同じレシピをもとに造ったので出来上がりは同じもの だが押田と安藤の性格や微妙な得意不得意の差がところどころに出ている結果になっている。

 

「じゃ、実食で」

 

エミはそう言って自分の作ったお菓子をお茶請けに、珈琲を淹れる。押田と安藤の分も含めて注がれた珈琲の豆の香りが疲労をいくばくか癒してくれるようだった。

サクリとナイフとフォークで一口分を切り分けて一口―――。

 

「―――不味くはないな」

「普通だな、及第点じゃないか?」

 

自画自賛するつもりはないが、これならまぁ問題ないだろうという評価をつける。口の中を流すつもりでコーヒーを一口。

 

『―――美味いな』

 

思わず口をついて出た言葉が二人とも同じ内容だったことに顔を見合わせると、エミは「おほめにあずかり恐悦至極ってね」とおどけて見せる。

 

「じゃ、次に、お互いのお菓子を交換して食べてみよう」

「……何故だ?こいつにくれてやる意味を感じえない」

「そうだな。ついでに言うとこいつの作ったものを食うのは御免被る。毒でも入ってそうだ」

 

エミの提案にお互いにそう言って、次に掴み掛ろうとする二人に向かって、エミは「はっ」と鼻で笑って見せる。瞬間、二人の敵意がエミへシフトした。

 

「自分で自分の作ったお菓子を食べる。自己評価は高いに決まってるだろう?苦労して作った分の甘さが加味されて当然だ。第三者の評価は辛口なほどいい。

で、押田。『そこにうってつけに相性の悪い辛口評価の相手がいる』じゃないか。そして安藤。『マリーお嬢に送るお菓子を作ってるのに毒なんか仕込むはずがないだろ常識的に考えて』だ。ご納得いただけたかな?」

 

相手からのヘイトを受け流しながら、あくまで理知的に言葉で二人を押し込むエミ。エミの言っていることに間違いはなく、正論であることからあまり強く反発もできず、しぶしぶと二人はお互いの作ったカップケーキを交換して、食べる。

 

「―――お砂糖の偏りが激しいな。甘味がするところとしないところがある。外部生はこういう繊細さが足りないからしょうがないだろうが」

「ちょっと粉っぽいぞこれ。粉の篩掛けと混ぜが甘かったんじゃないか?内部生のエリート様は細腕でいらっしゃるから困るな」

 

互いに相手のカップケーキの悪いところをあげつらって自分の方が上だとマウントを取り合う押田と安藤。二人の亀裂が決定的になる前に―――

 

「じゃあこれが及第点のカップケーキだ」

 

そう言ってエミが自分の品を取り出した。二人と同じカップケーキだが、出来上がりに雲泥の差がある。きちんとした手順を踏み、正しい分量をはかり、そして二人を合計してもまだ勝る体力とパワーで作られた一品は、器に盛られたホイップクリームを添えて差し出された。

 

「本来は上に最初から乗せるものだけど、アンフェアなんで後乗せできるようにした。さ、食べて」

 

顔を見合わせた二人がカップケーキをそれぞれ手に取り、一口。口の中に広がる味わいの違いに絶句する二人に、笑顔を見せるエミ

 

「その顔で大体わかった。自分だけじゃやっぱり正当な評価は出しにくくてね、ありがとう。―――大切な人に贈るものだから妥協したくなかったんだ」

 

 その一言に、エミの想いが集約されている気がした。と、押田と安藤は後に語る。

 

「―――天翔、非礼を詫びよう。私はキミのことを甘く見ていた」

「ああ、そうだな。こっちも詫びよう。そのうえで頼む。ホワイトデーまでに、もう少しマシなお菓子を作りたい」

 

二人とも居住まいを正し、真摯に頭を下げる。そんな二人の様子を見てエミは

 

 

 

――――いや、市販品買えよ。下手な手作りより確実にそっちのが喜ぶわ

 

 

 

そう思いはしたが、空気を読んで黙っていた。

 

「とりあえずバターだけのシンプルなカップケーキから。十分うまくできる様になったら、アレンジを加えたものを作ってみようか」

 

それをおくびにも出さず作り笑いで誤魔化して、エミは『長くなりそうだ』と感じていた。そしてそれは結局ホワイトデー前日まで続くことになった。

 

 

 

*********

 

 

 

「―――素晴らしいわ!!!!」

 

エミからもたらされた映像を前に、マリーは満面の笑みでこれを絶賛した。

押田と安藤が互いにお互いの作った菓子を食べ合い、酷評を上げていがみ合う姿から、相手のお菓子の良い点を挙げて認め合うところまで、多少の編集を含む「料理教室ダイジェスト版」を、エミは隠し撮りカメラで撮影していた。

無論、マリーに渡す用のもの以外に、みほとエリカに渡すメイキングビデオも含めて用意されている。潜入工作兵秋山殿ほどではないが、多少そういう作業にも慣れてきたエミだった―――。

 

「同じ作業を二人で行い、互いに切磋琢磨する。時にいがみ合い、時に認め合う。この積み重ねからいつしか友情が生まれ、愛に昇華する―――大いに素晴らしいわっっ!!」

 

大皿に乗ったレアチーズケーキを興奮のままに一口大のサイコロにサクサクと斬りつけていくマリー。興奮度は最高潮といった彼女の様子にやれやれと首をすくめてエミは嘆息する。

 

 押田と安藤が今回タッグを組んで対抗したのは「マリーにホワイトデーのお返しを贈るために調理をしている自分への対抗措置のため」である。それについても「黒森峰で仲が良かった友人に贈るため」と情報を正してある。誤解は解けているからあの二人が今後共同作業をする場合、その目的は「マリーのため」に他ならないだろう。様々なことに手が回るし口も回る、目も届く―――なのに自分の周囲と自分自身への好意に目が向いてない目の前の暴君に、エミは同情を禁じえなかった。

 

―――最近こき使われすぎてる気がするし、真実に気づくまではこのままで居よう

 

と思う程度には彼女に慣れた部分もある。これだから彼女に使われることに否やを挟めないのだとエミは肩をすくめた。毎回の結末とその真実に憐憫しかない。哀れな少女の夢想の果てに、彼女が絶望するのかはわからないが、せめて看取るくらいはしてやろうとエミは内心で同情を寄せる。

 そんなエミの同情の視線を受け取りながら、マリーはエミを内心で嘲笑する。

エミが自分で作った特製のカップケーキを黒森峰の二人に贈ったことはすでに知っていた。「最近はホワイトデーも多様化したらしい。だからいつもの感謝を込めて」とメッセージを添えられたそれは所謂「友チョコのお礼」程度なのだろう。だが彼女たちがどう受け取るか、それを考えていない時点でエミの浅はかさが露見する。

 

 定期的にイベントのたびになんだかんだと理由をつけて気を回してくれる。そんな友人、しかも恩義を感じる相手に特別な感情を抱かない相手はいない。たとえそれが同性であったとしてもだ。

 自己評価の低い目の前の少女はそれに気づかない。或いは、自分が選んだ二人は互いを至上としてお互いをお互いに一番としていると妄信しているのだろうか?

全く持って間が抜けている―――これだからこの娘を放置できない。

自分が見ていないところでどんな面白いことを起こすのだろう?もしその時を鑑賞できなかったらきっと後悔する。それが理由でマリーはエミを傍に置いている。

 目の前の突拍子もないことを平気で起こす道化師は、周囲を巻き込んで全てを喜劇や狂騒曲に変えるコメディリリーフだ。この娘のやることを眺めているだけで退屈はしない。そしてこの娘が自分の失敗した姿だと思うことで戒めとできる。

 

 道化師と表裏一体の女帝は内心の嘲笑を隠し、甘い甘いお菓子を口に顔をほころばせる。

 

 

―――その本質は全く同じで、すでに【敗北者】であることを、二人とも理解していない。

 

 

それに気づくことがあるとすれば―――きっとその時は「時すでに遅し」という状況だろう。

 

敗北者たちに幸あれかし―――

 

 




BC自由学園に転校したと報告を受けてから今まで、さまざまにやり取りをしてきた。そしてそのたびに、西住みほと逸見エリカの胸中に不安と焦燥が募っていることを、マリーもエミも理解していない。

明るく他人との垣根を感じさせない人懐っこさと、どこか秘匿性のある猫のような少女だったエミが送って来るBC自由学園の映像。ホームビデオのようなその風景に映し出されるのは、和気あいあいとした学園風景であり、内外の生徒たちの対立を描いたものであったり―――そして、内外の対立を収めようと尽力する一人の少女の存在であったりする―――のだが

「―――エミちゃんは、やっぱり―――」
「まぁ、エミなら間違いなく協力してるでしょうね。頑張ってる他人を放っておけない優しい性格の娘だもの」

 今もこうして、自分が居なくなった後の黒森峰の雰囲気を心配して、高圧的に振る舞う癖のあるエリカを、内向的で自閉的になりがちなみほを心配して手紙をまめに送って来るエミに感謝を禁じえない。そんなエミだからこそマリーを救おうとするだろうし、彼女の力になろうとするだろう。
そしてそれは、マリーという少女との距離感を縮めることに相違ないもので―――

「―――どうしよう……どうしたら……?」
「一先ずはこちらの状況を知らせた方がいいわね。そのうえで、エミが黒森峰に戻れるように綱紀粛正を徹底して頑張らないと……時間をかけるだけ不利になる―――」

みほとエリカの中で、最大のライバルに認定されたマリーは、後に否定するも、潜在的ライバルのポジションに置かれ、常に一定の猜疑を持った目で二人からにらまれることを、まだ知らない。

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