【 三次創作 装填騎兵エミカス ダージリン・ファイルズ 】 作:米ビーバー
―――何が悪かったって言うんスか……?
伸ばされた手を握る。握り返す手は弱々しくて……
―――ねぇ、教えてくださいよ。
呼吸器で声が遮られて聞こえない。けれど唇は動いている。動きを目で追うけれど、滲んで見えねぇんスよ……
―――誰か教えてくださいよ……私は、何を間違えたんスか……?
らっしゃーせー!!は?月間戦車道?ウチはたーだのイタリアンのトラットリアッスよ?え?ペパロニ?
―――さぁ、誰のことっすかねぇ?
―――ドゥーチェ?……そっスか。いや、ねーさんの紹介なら別にいいッスよ?
あたしがアンツィオの特攻隊長、ペパロニだったッス!!なんでも聞くといいッスよ!!
―――は?天翔?
―――あー……ねーさんの紹介なら信用してやるッスよ。でも正直スゲームカつくから後で一発ぶん殴っていいッスかね?だめ?あ、そっすか()
しゃあねーなー……どっから話すッスかね?最初からッスかねー……
*********
―――そっすね。ソイツと最初に会ったのは―――確か、ねーさんが学園長のとこから連れてきたんスよ。
「天翔エミという。みんな、宜しくしてやってくれ!」
「あー……よ、よろしく?」
すっげぇビミョーなツラでぎこちない笑顔だったのを覚えてるよ。
んで、あたしの下に付けられて、一緒に屋台やることになったんだ。
「エミッスね!!私はペパロニ!ようこそアンツィオへ!buona fortuna!!」
「あ、はい。よろしくお願いします」
ショージキ「こいつ大丈夫か?」って言うのと「でもねーさんが連れてきたヤツだしな」って気持ちで、とりあえず使ってみる方向で任せてみたら―――いやカッティングはすげー早くて大助かりだったけど、味付けが大雑把すぎて戦力として見るとうーん……?って感じだったッスね。
それでもちょっとずつちょっとずつ進歩していって、ガッティーノ(イタリア語で子猫)とか渾名もつけちゃったりして、仲良くやってたんッスよ。
―――何が悪かったんスかね……?
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―――ジュゥゥゥゥゥゥ……
鉄板の上で香ばしく焼ける香りが広がる。焼き色が付いたパスタの上でケチャップが踊り、トマトと賽の目に刻まれたチーズと、幾ばくかの肉とシーフード、そして野菜が鉄製のコテで宙を舞った。
「ガッティーノ!もーちょい具材へらしてイイっすよ!ドゥーチェがうるせーっすから!」
「はいよ!合点承知!」
アンツィオ名物【鉄板焼きナポリタン】の屋台でペパロニの指導のもと、テキ屋のおやっさんのように腕まくりした俺は料理にチャレンジしていた()
―――黒森峰で起きた事故の責任を取るというか、苛めを苦にという名目で学園を去った俺は、一路アンツィオにやってきて
―――何故かペパロニの弟子になってスクランブルエッグを焼いている。
―――なんで?()
いや悪いことではないのだ。安定した生活を送りつつ、戦車道にそこそこタッチしてみほエリを経過観察し、可能なら多少手を差し伸べるくらいの立ち位置である。ただね―――アンツィオにやってきて、『こっちでペパロニ指導のもと屋台をやることになりました』って感じの手紙をみぽりんやエリカに出すだろ? 返事が来るだろ?
“ エミちゃん(アンタ)の作った鉄板焼きナポリタン食べてみたい! ” って書いてあるだろ?
―――懸けちゃうでしょ?全力を(使命感)
だが悲しいかな、俺は自他ともに認めるバカ舌で、カッティングの速度は随一だが料理においてもっとも重要な味付けができていない。それをペパロニ師匠に相談したところ
「じゃあできるようになるまで身体で覚えるッスよ!」
という大変スパルタンなお答えを戴き、こうして鉄板を前に具材や調味料の分量を「手に乗った調味料や具材の重さ」で判別できるようになるまで反復練習することで覚えようとしているのだ。
料理ってのは必要な分の栄養さえ取れればそれでいい派だった俺であるが、作ったものを他人に食べさせる楽しさってのがちょっとわかってきた。エリカが何気にとても嬉しそうにハンバーグを作ってたのを思い出すわー。
「ガッティーノ、中々いい味になってきたッスよ。塩がちょっと足りねッスけど、足し過ぎたらパスタが固くなっちまうッスからその辺は微調整ッスね」
「了解でさ姉御!!」
思わずガテン系の応答にもなろう。テキ屋の魂おそるべしである。
「心配しなくても食った分のお代はこのペパロニ様が立て替えてるんで気にせずドンドン作ればイイっすよ。もったいねーから作った分はちゃーんと食い切ってやるッスからね!」
「ありがとうございます姉御!!」
鉄板と向き合い、料理にいそしむ。戦車道ってなんだっけって思ったけどまぁ、とりあえずは今!今を生きることがみほエリを繋ぐこと!俺は今輝いてる!!気がする!!
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変化が起きたのはー……ドゥーチェだったッスね。やっぱり
あからさまにアイツを気にしてるけど、どう扱ったらいいかわからないって態度で2~3日そうしてたんスけど……
或る日、突然憑き物が落ちたみてーな顔してみんなの前に顔出して来て
「私はエミの身体を元に戻すために世話を焼くことに決めた!しばらくの間後を任せる!!」
ってねー?ドゥーチェがいねーとみんなバラッバラなのに何言いだすんだろってもう謎過ぎたッスよ。ドゥーチェの左右を固めてたあたしだけじゃなくてカルパッチョも何も聞いてなかったんスから……そりゃ問い詰めに行くっしょ?
「―――お前たちには関係ない。これは私と、エミの問題だ」
もうね。取り付く島もないってあーゆー感じッスかね?
それ以上に、目の前にいるはずのねーさんを見てこう思ったんッスよ。
“誰なんだコイツ”って。
そのくれー異質で、ありえないくらい変わり果てたドゥーチェだったけど……あたしもカルパッチョも信用してたんスよ。
だってドゥーチェはドゥーチェッスから。
―――本当。誰が悪かったのか……何が悪かったのか……。
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「ドゥーチェ……?その、乳母車は……」
「おおカルパッチョか!これはエミが外に出るのに使えるとおもってな!!」
ニコニコとした笑顔で話すドゥーチェ、アンチョビの表情からはその内面を読み取ることができない。気持ち悪いくらいに満面の笑みで、気持ち悪いくらい凹凸がない。人間の心というのはさざ波のようなもので、どんな状況に置いても一片の揺れもない精神、所謂“明鏡止水の極み”というのは特殊な訓練の結果、数秒間維持し続けることすら困難なモノである。それを常時維持し続けるなど土台無理な話であるから、逆説的にいうならば「アンチョビは何処か壊れてしまっている」と結論付けることができた。
「あの……天翔さん、ガッティーノの足はそんなに悪いのですか?」
「ん?いや、骨折自体はそろそろ治るらしいぞ。リハビリが必要だし、治りかけが肝心というし、油断はできないけどな!」
快活に笑う様子に安堵したカルパッチョが微笑む。
「じゃあすぐに必要なくなりますね、それ」
「―――え?なんでだ?必要だろう?」
微笑んだ表情のまま固まったカルパッチョに、笑顔のままアンチョビが続ける。
「エミのあんよはあんなにひ弱なんだぞ?歩いていればまた傷ついてしまう」
「あんよって……」
絶句するカルパッチョを気にすることなく、熱に浮かされたような表情で語るアンチョビの様子に、ペパロニは思った。
―――ドゥーチェを変えてしまったのは誰なのか?
―――誰が悪かったのか? と
「たーのもーーーー」
ペパロニの行動は早かった。カルパッチョがアンチョビの相手をしている間にエミの部屋まで突撃したのだ。
そしてそこで、異様な光景に遭遇することになる。
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―――あたしからしてもあれは異様な光景だったッスよ。
テーブルの上に転がってる哺乳瓶に離乳食。老人介護用の用具やおまるや尿瓶。
そして―――おむつ姿でぐったりと転がっている天翔エミの姿。
「ガッティーノ!!何があったんスか!!?」
エミを抱き起こしてそんな風に聞いたんスよ。言葉少ななにっていうか……しゃべる元気もろくに残ってないというか……気力が残ってない感じでぽつぽつ語ってるとこに、ねーさんが帰ってきたんス。
「―――なにをしている?」
もうヒエッヒエの声だったッスよ。地獄の底から出してんじゃねぇの?って感じで。そんで、あたしはそん時思ったッス。
あ、これ悪いのはエミじゃなくてねーさんの方だ ってね
―――誰が悪かったかとか、そんな考えがそもそも違ってたんスよね……きっと。
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エミの首根っこを掴む様にして引き上げる。慌てた様子のドゥ―チェから「おい気をつけろ!首が曲がったらどうするんだ!」という声が聞こえたけれど、本気で言っているのならもうねーさんはダメだ。
「―――ドゥーチェ。あたしはアンタが嫌いじゃなかったッスよ……
でもこれだけは言える。アンタは間違ってるッス!!」
あたしはそのまま、エミを担ぎ上げて窓を蹴破って外に飛び出した。
前に来た時に外にでっけー樹があったのは知ってた。幹に足をかけて減速させて、ドシンと地面に着地する。窓からこちらを覗き込んでるねーさんを尻目に、エミをかついで駆け出した。
―――行くアテなんか最初から考えてもいなかった。
それでも動かなきゃいけねーって衝動に突き動かされて、あたしはそのままアンツィオの装甲車をブンどって、寄港地の外へ飛び出した。
―――最初のころはうまくいってたんスよ?
エミはドゥーチェとあたしのことを心配して色々世話を焼いてくれてる感じだったッスけど―――アテのねぇあたしのために他の学園艦の連中が世話焼いてくれて……実家の兄妹とかはあたしの味方だったし
理由を聞いた黒森峰と聖グロリアーナが協力してくれて、あたしは屋台を引きながら日銭稼いで、エミと一緒に逃げ回る日々を送ってたっす。2年か3年くらい。
アンツィオの方は中退扱いになってたらしいッスね。よく知らねぇけど。
そんで、同じ境遇を続けてるとそれなりに愛着も沸くもんで、“コイツと一緒にどっかで店でも開くかな”なんて考えたりもしたッスよ。
―――或る日いきなりエミがぶっ倒れるまでは。
******
「―――エミ?」
倒れてピクリとも動かないエミに、最初何が起きたのかわからなかった。
頭が真っ白になるってのはこのことなのかもしれない。あたしはどうしたらいいかわからなくて
「……な、何やってるッスか?あたしそういう冗談は大嫌いなんッスけど」
ぐっと抱き起して
エミの口から流れている血の量に
「―――う、うわぁぁぁぁぁああああああああ!!!!!!!!?」
半狂乱で、救急車を呼んでいた。
「―――ペパロニ」
「……ねえさん……」
病院に搬送されたエミを待っているあたしのところにやってきたのはねーさんだったッス。あの頃と違って、目に活力が戻ってたねーさんにちょっと安心したッスよ。
「エミが、倒れたんだってな」
「―――あたしは、あの時のことを間違ってると思ってねぇッス」
俯いたまま、膝をぎゅっと掴んで声を絞り出すあたしの肩に、ねーさんはただ手を置いたんス。
「―――ごめんな
―――ごめん。本当にごめんな、ペパロニ。私、私が……私があんな風になっちゃったから……ペパロニも、カルパッチョも、みんなみんな私を支えてくれてたのにな……エミも私がちゃんとしてればきっと……!!」
「ねーさん……」
座ってるあたしを上から包むようにして抱きしめて来るねーさんに、涙が止まらなかった。昔のドゥーチェが帰ってきてたんスよ。嬉しかった。すげぇ嬉しかった。あたしは間違ってなかったんだって、思えたから。
―――じゃあ誰が悪かったんだって話なんだ。
******
「エミ。ドゥーチェが来たッスよ」
面会を許されたあたしとねーさんは、エミの病室に入る。エミは呼吸器で呼吸が許されている状態で、ハァハァと苦しそうに荒く呼吸を繰り返していた。
そのエミの様子を見て、あたしは自分が彼女を連れ出したのが間違いだったと、そう思ったんス。
たとえ籠の鳥でも、ドゥーチェならこんなザマになることはなかったし、ひょっとしたら、その方が幸せだったような……
ぎゅっと、その手を握ると、握り返して来てくれた。弱々しくて、どうしようもないくらいの力で―――
その口が、何かを伝えようとして動く。
“「buona fortunaッスよ!」”
“「ヴォ……?何?」”
“「知らねーんッスか?buona fortunaってのはー……」”
“
「―――ぅぁ……ぅぁぁ……っっっ!!!!」
エミの手に縋りついて、泣きじゃくってた。よしよしと背中を撫でてくれるドゥーチェの手が優しくて、苦しくて、涙が止まらなかった。
―――その後?アンツィオに復学しないかってねーさんに言われたけど、まぁやりてーこともあったし?断って今こんな感じッスよ。
―――あああと、記事書くならいっぺんドゥーチェに見せて検閲受けてくださいね?でないと何があってもしらねッスから。
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栃木県のとある町に、風変わりなお店がある。
日本の片田舎な風景に溶け込まないイタリア風のトラットリア。気風のいい姐さん女房な雰囲気の店主が切り盛りするそこは、何故か遠く英国の有名な戦車道選手がSNSで拡散したり、九州を拠点とする戦車道の名家の師範が定期的に遊びにやってきたりするため異常な人気を見せる『隠れない名店』となっている。
店の名前は“ Il nostro amato gattino(我らが愛した子猫) ”
店名の由来については、謎のままである。
――月――日
いやぁ……草生えるわぁ()
よもや俺の身体能力が命を削っていた結果のシロモノであったとは……見抜けなかった、このエミハクの目をもってしても……(節穴)
唐突にやってきた心臓発作にデスノが現実に存在したのかと錯覚したりもしたが、病院に緊急搬送されて、呼吸器で息も絶え絶えなこの状況で、ペパロニに何を言ってもどうしようもないよなぁ……という心境。
でもペパロニには前向いて生きて欲しいよなぁと思う。俺のためにどうこうってのは未練以外の何物でもない。という想いを言葉に込めて、ペパロニに
“ buona fortuna《健闘を祈る!》 ”
という言葉を贈った。なんか泣き出した。
ドゥーチェもなんか悟った顔してるし、安心そうだ。
あー……みほエリを確認したかったなぁ……――――――
【 Dead END 】