【 三次創作 装填騎兵エミカス ダージリン・ファイルズ 】   作:米ビーバー

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本家様の闇、すげぇな(小者感)


【 ダージリン生誕記念 】

―――リンゴーン……リンゴーン……

 

 

 遠くで鐘の音が鳴っている。ひょっとしたら、結婚式なのかもしれない。

そういえば、アッサムが結婚したのはいつだったかしら?などと思い起こして、彼女は手に持った大きな花束を投げた。

 

 

―――海に面した墓地に眠る。最大で最愛のライバルへ。

 

 

*****

 

 

 イギリスの緯度は、実のところロシアと同じなので、気温は低い。厚めのコートを着込んではいるが、どうしようもないほどに肌寒さを感じて身震いをしながら喫茶店へ入る。

 

「あ、こっちですこっちー」

 

明るい様子で手を振るのは、昔の面影を残すあどけない少女のような顔の女性。だがその実態は西住流分家、所謂“神奈川西住流”の初代家元となった西住みほである。一門衆も無く家元一人で分家立ちという憂き目に逢った彼女のためにと、赤星小梅と逸見エリカが入門し、師範代として頑張っていると聞いていた。

 

「遅いじゃないの……どうせ先に行ってきたんでしょう?アイツのとこに」

 

―――尤も、そのうちの一人は目の前にいたりする。

 

「ええ。特権は最大限に利用するのが英国式ですの」

 

ニッコリと微笑む私に「はぁ」と溜息を吐く逸見エリカ嬢。今年で御年―――

 

―――やめよう。年齢の話をすると私にもダメージが来る。しかも私の方が年上なのだから大ダメージだ。

 

「―――じゃあ、私たちも連れてって下さい」

「ええ、勿論ですわ」

 

 彼女たちがわざわざイギリスくんだりまでやってきたのにもワケがある。

 

 

―――ここに彼女が眠っているからだ。

 

 

【 ダージリン生誕記念 IF異聞“裏”ルート 】

 

 『 かくてイカロスは継承され届かぬ天を向く 』

 

 

 

 ―――その終わりは必然だった。

 

 

 天翔エミのカルテに記された“無慈悲な余命宣告”

 

それをどうしようもなく子供染みた我儘で、「嫌だ」と叫んだのは自分で。

 

だから私は彼女を私が留学する予定だった英国まで連れて行った。

 

 

 海外でならばきっと、彼女をどうにかしてくれる医療があるはずだと一縷の望みを懸けての渡英だった―――。

 

 

―――そんな都合の良い世界など、無いことは私自身が最もよく知っているはずだったのに。

 

 

 

何のことはない。

 

 

わたしはただ、目の前から零れそうなモノを、必死に手の上にとどめて居たかっただけなのだ。

 

 

わたしはただ、自分のエゴで彼女を連れ回し、そして他の誰も手が届かない場所で彼女に残された時間を過ごしたかったのだ。

 

 

 

 

―――嗚呼、反吐が出る。

 

 

 

 

 浅ましさに過去の自分を縊り殺してしまいそうだ。

 

 

 

 

―――けれど私にはまだやることが残っている。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

 断崖絶壁に面した岩場の上に置かれた大きな墓石に花束で作った輪を掛けて、西住さんと逸見さんが祈っている。その表情からは内面は読み取れない。

目を開けた西住さんが、墓石に触れる。

 

「―――エミちゃん。ごめんね、ずっとお墓参りに来れなくて。わたしね、今西住流の分家を立ち上げたんだよ?エリカさんと、赤星さんが一緒に頑張ってくれて、なんとかやっていけそう。お母さんとも、お姉ちゃんとも分かり合えて、島田さんちの愛里寿ちゃんともときどき交流試合なんかもしてるの」

 

優しく墓石に触れて、ぽつぽつと呟くように、語り掛けるようにして言葉を紡いでいく。

 

「―――エミちゃんに、見て欲しかったなぁ……わたし、エミちゃんのおかげで頑張れたよ?分家の家元なんて、務まるはずないって思ってたころから、エミちゃんのおかげでがんばろうって―――身体が治ったら、きっと戻って来るって言ってたから―――言って―――言ってたじゃない、エミちゃんのバカぁ……!!!」

 

 墓石に伏して、涙を流す西住さんの声は、だんだんと涙が混じった嗚咽に変わっていった。逸見さんがそんな西住さんを、少しだけ辛そうに見ている。

 

 

―――どうしようもなく、胸が痛い。

 

 

 

******

 

 

 ――月――日

 

私の身体は、もう碌に動かせない。

ダージリンは切羽詰まった様子で駆け回っている。

無駄な努力に終わるとしても、動かずにいられないんだ。

 

―――それがどうしようもなく、心苦しい。

 

 

 ――月――日

 

「もういいよ」「もう十分だよ」

ダージリンには届かない。

泣きそうな顔でダージリンが言うんだ

「そんなことを言わないで」「私に任せて」と

 

―――辛い。辛いんだよ。

 

辛いけれど、もう戦車に乗りこむことも、装填することもできそうにないんだよ―――。

 

 

******

 

 

「エミちゃんは、最後に何か言っていましたか?」

 

プロチームの専用寮の自室で二人を持て成している最中、不意にそんなことを西住さんが切り出した。

 

「エミちゃんのことだから、ダージリンさんや、他の皆に何か残してそうな気がしたんです」

 

真剣な目に、私は目の前の紅茶を一口、それで舌を湿らせる。

 

 

「――――――西住さんには、“約束を守れなくてごめんなさい”と」

 

「ああ、やっぱり」という表情で、辛そうに苦笑する西住さん。

 

「逸見さんには、“すまなかった”と」

「―――何に対しての謝罪よ……アイツは本当に、何考えてるのかわからないわ」

 

少し怒った様な態度だが、西住さんの彼女への感情を知っているからこそそれ以上は言わない。今回のお墓参りも、逸見さんは西住さんについてきただけなのだろう。

 

 

 

―――胸が痛い。

 

 

 

*******

 

 

 

―――私が、蛻の殻の部屋に気付いたのは、徒労に終わった医師巡りを終えた後、彼女の部屋におやすみを告げに向かった際だった。

 

ベッドの上の温度を確かめる。冷たい。抜け出してからかなりの時間が経っている。

 

 

―――背筋に冷たい汗が流れるのがわかった。

 

 

 外に出ようとした私の目に、ベッドの枕元に無造作に置かれた一冊の本が留まった。何故か、その本から目が離せなかった。

 

時間がないというのに、その本を手に取って、私は――――

 

 

 

 

―――彼女について、まるで理解していなかったことを悟ったのだ。

 

 

 

*******

 

 

 

空港で西住さんと逸見さんを見送る。

去り際に「また会いましょう」とだけ挨拶を交わす。

 

私はプロリーグに参加して、国際試合に出場する。

その際は彼女たちとも敵対するだろう

 

「ダージリンさんは、まだ戦車道を続けていくんですか?」

 

西住さんの言葉の外に「あんなことがあったのに大丈夫ですか」という意味を感じて、私は―――

 

 

「当然ですわ。私は、証明しなければならないの」

 

 

―――知らず、獰猛な微笑みを浮かべていたらしい。

 

 

 

*******

 

 

 

 ――月――日

 

今日のこれは私自身について書いていない。

これはダージリンに向けて書いている

 

もういいんだ。もう無理しないでくれ

 

誰よりもお前の“世話になっていること”に耐えきれない。

ただ一つだけ我儘を聞いてくれるのならば

 

 

わたしが死ぬことを絶対に気に病むな

 

わたしが死ぬのは、わたしの責任であって、おまえのものじゃない

 

 

 

*******

 

 

 

 彼女は高潔だった。

 

アールグレイ様から【戦乙女】(ブリュンヒルデ)の名前を戴く程に。

 

彼女は高潔で、私のライバルで、そして切磋琢磨し合える仲間で、肝胆相照らす関係だった

 

―――そう錯覚していたのは私だけだった。

 

 

彼女は高潔で、彼女は対等で、彼女はライバルで―――

 

 

 

―――だからこそ【私にだけは頼りたくなかった】のだ

 

 

 

彼女を連れて行ったのは私のエゴで、

 

 

 

彼女を死に走らせたのは私の存在で、

 

 

 

―――だったら私は、最初から選択を間違えていたのだ。

 

 

 

 

―――そうして、海岸に打ち上げられた小さな死体のニュースに

 

 

 

 

 

―――衝動的に自分の手首にナイフを突き立てようとした私を止めたのは、彼女の言葉だった。

 

 

 

“わたしが死ぬことを絶対に気に病むな”

“わたしが死ぬのはわたしの責任だ”

 

 

 

 彼女は私から自責の死を奪って一人でさっさと逝ってしまった。

残された私に何ができるのだろうか?そう考えて、自分にできることなど、ひとつしかないことに、その時になってやっと気が付いた。

 

 

 

 

 

 その後、彼女の日記は火にくべた。

こんなもの、記憶に残すのは私だけでいい。

 

 

―――違う。これも私のエゴだ。

 

 

 

彼女の最期の言葉を正確に知りえるのは私だけでいいなんていう、私の浅ましいエゴだ。

 

 

 

ならばせめて、エゴを抱いて生きて、エゴとともに死のう。

 

 

私は私にできることで、彼女に報いることしかできないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 英国のプロリーグに、日本から渡英してきた選手が目覚ましい活躍をしていると、世界にニュースが流れる程になっていた。
おりしも日本では西住流と島田流がレベルの高いぶつかり合いをしていて、日本人が注目されている時期であったことも理由だろう。

 勝利者インタビューで、その日30輛の敵戦車のうち半数以上を小隊規模で受け止めきって殲滅した、【防衛の鬼神】と称されることとなった彼女にインタビューを試みたレポーターに、彼女は思わずぞっとするほど酷薄で、されど美しい微笑みを見せた。

「―――プロ生涯不敗を刻んで見せますわ。私に勝利していいのは、ただ一人だけですもの」




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