【 三次創作 装填騎兵エミカス ダージリン・ファイルズ 】   作:米ビーバー

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―――ピッ

―――ピッ

―――ピッ


 定期的に、断続的に、幽かな音が鳴り響いている。弱々しくて、けれど止まることなく―――鳴り響いていた。


 その間隔が長くなり始めたのはいつのころからだったか―――?


すぐ傍にある画面に表示されている波紋も小さく、今にも消えてしまいそうなほどで





 ―――そしてそれは、流れる川の水が海に行きついた様に、とても静かに消えてしまった。



詫び石:【 まほルートバッドエンド『修羅』・アフター 】『 “彼女”の死の向こう側 』

 

 天翔エミ―――そう呼ばれたアスリートが居た。

 

 未来永劫打ち砕かれないのではないかと思われるような記録を様々な種目で更新し―――ある日突然その生涯に幕を閉じた。

残されたのは後の世に名を遺すアスリートの卵たちを絶望させる極悪なレコード記録であり……【殿堂入り】として将棋界などにおける【永世名人】として別枠に置いてしまう以外に方法が無かっただけに、日本以外の各国が結託してそれを推し進めた。

 

 斯くして、【天翔エミ】の名前は未来永劫歴史に名を残されることになったのだった。

 

 

―――その【天翔エミ】の残した『戦車道』における忌まわしい事件とともに。

 

 

 

 *******

 

>???

 

 茨城県大洗市。その港に寄港して補給中・艦内点検中の学園艦の外縁部で海を眺めていた。内懐からシガレットケースを取り出して一本咥え、「そういえばスーツのまま喫うことは今までなかったな」などと考えて、もう一度しまうか考えたが、結局は火をつける。

 

 スゥと一息に吸い込んで目の前の夜の空気に吹きかけた。眼鏡越しに見える陸の街並みは生活の灯りが灯っていて、賑やかさを感じさせる。

 

 

 「――補給中の艦内は禁煙だよ?どこで小火が出るかわかったもんじゃない」

 

 「……失礼。自由を謳歌する一歩目でしてね」

 

 

 横からかかった声に、顔を向けることなくそう答えて小型携帯灰皿に煙草を放り込んでふたを閉じた。そのうち燃え尽きるか火が消えておさまるだろうと懐に仕舞い直して、海の方へと視線を向ける。

 

「――辞めたんだってね」

 

 隣に歩いてきて手すりに両腕を乗せ、ぼうっと海を眺める女性が、私に話しかけてきた。私はその言葉に女性の方へ顔を向けることなく「耳が早いことで」と返す。そのままどちらとも言葉を投げることなく、波の音だけが聞こえる海風の中、最終的に私から「結局のところ」と言葉を投げることになった。

 

 

「――結局のところ、これまでの私の行動も、“彼女”の努力も、上の方々にとっては自分の今後のポストの糧に過ぎなかった。と、いうことでしょう」

「……お偉いさんの悪い癖だね。何でもかんでも『自分だからこそできた』って思いこんで、下の人間の手柄を動かした自分の手柄にしちまう」

 

 

 あっけらかんと言ってのけるような声色だが、その声が少しだけ揺れていた。私としても、自分の努力を蔑ろにされていい気分ではない。無論、“彼女”の行為についても言わずもがな。

 

「―――私はさぁ……」

 

 誰に聞かせるわけでもない独白のようにぽつりと彼女が呟いた。

 

 「私はさぁ……、後悔してんだよ……あの娘にそうさせてしまったこと。私が選んだ結果救われた人たちと天秤にかけていいものじゃないけど、後悔してるんだ」

「……でしょうね」

 

 女性の言葉に短くそう返す。彼女の独白は、まだまだ続くようだった。

 

「私たちが救われて、あの娘が夢を諦めてさ……後悔したし、感謝もした。神棚作って拝むくらいおどけた真似だってしてた」

 

 当時の状況を思い起こすようにして、女性は顔を上げて海を見下ろしていた視線を空に向けた。

 

「―――心のどっかでさ、勝手に思い込んでた部分があったんだ……。『あの娘なら、きっといつか自分の手で全部終わらせて、また戻って来る』って……」

 

 それは希望的観測だと言ってしまえばその通りだっただろう。だがそれを思わせるものが当時の“彼女”―――天翔エミには在った。

 

 

 日本記録はおろか世界記録をも大幅に更新して日本に持ち帰った金メダルは数知れず。複数の競技を股にかけて挑戦し、挑戦した先で選手たちの阿鼻叫喚と引き換えに日本にメダルを献上していく。幼女と見紛うばかりの小さな体躯からドーピングを疑われ、綿密な検査や各国の医療チーム立ち合いの下で薬物検査が行われたが何一つ怪しいものが出ることはなく、反対に『意図して薬物反応が出る検査結果を持ち込んだ』とある国が他の国の医療チームによって露見し糾弾される結果になった。

 

 

「――ひとつ、間違いがあります」

 

 

 私の言葉に、女性が独白を止めた。見上げるようにこちらの表情をのぞき込んでくる瞳にも一切揺れることなく、淡々と言葉を紡ぐ。

 

 

 

「―――“彼女”の戦車道への復帰を阻害していたのは、この国です」

 

 

 ―――圧倒的な運動能力による記録の更新。それが成されるたびに諸外国への発言力を増す日本という国家。その国家的威信の源は、金メダル量産機になった一人の少女という事実。“彼女”が提示した条件など、とうに終わっているはずでしょう。と、『契約』の破棄、ないしは更新を上伸したことは何度もあった。

 

 それを『罪悪感』と呼ぶのなら適当なのかもしれないし、そうではないのかもしれない。けれどその訴えは退けられ続け―――“彼女”もまた、「戦車道の世界に戻るつもりはない」ときっぱりと言い切っていた。

 

 

 

 不意に、肩口を掴んで引っ張られ、そのまま胸倉を掴み上げられていた。

 会話相手の女性らしからぬ強い力に視線を女性の方へ向けると―――対話していた女性とは別の女性がそこに立っていた。片眼鏡のレンズの奥から覗く瞳は烈火の如く怒りに燃えていて

 

 ―――その炎すら揺らぐほど大粒の涙が溢れ返っていた。

 

 

 

「―――かーしま。やめな」

「……だって!!杏ちゃん!!!」

 

 

 いやいやと駄々をこねる子供のように首を振る女性はまるで子供に戻ったようだった。軽く吊り上げられるような状態になりながら、私はそれでも『ああ、そういえば彼女は“彼女”と同じ装填手だったか』などと、どうでもいい記憶を思い出していた。

 しばらく浮遊感と閉塞感を感じていた身体が解放され、眼鏡越しに強い調子で睨まれて、肩をすくめる私に「ごめんね」と隣の女性が代わりに謝罪を口にする。

 

「―――構いませんよ。貴女方にしてみれば、私は同じ穴の狢だ」

 

 胸元と襟元を正してそう返すと「それでもだよ」と返ってくる。

 

 

「あのさ」

 

 

 再び交わす言葉を失くした状態に戻った静寂を破って、隣の女性が声を上げた。

 

 

「―――アンタから見てさ、あの娘……天翔ちゃんって、どんな娘だった?」

「とんでもない娘でしたよ」

 

 

一言でそう答えると「アッハッハ!」とケラケラ笑い始めた。笑いながら、ポロポロと涙を流す女性をよそに、私は彼女から問いかけられた“天翔エミ”の思い出を思い出していた。

 

 

 

 *******

 

 

 

「―――何を考えてるんですか!?」

 

 

 それは文科省の上階、私の直接の『上役』へ取り次いだ後のことだった。

あろうことか“彼女”は「文科省のお偉いさん」と歯に衣着せない物言いのまま言い放ったのだ。

 

 

「―――私と『取引』しようぜ?手始めに来年。世界陸上の日本代表になって金メダル取って来てやるよ。対価は『大洗学園艦廃艦の無期延期』。約束が守られる限りオリンピックだろうと世界大会だろうと海外からトロフィーでも金メダルでも分捕って来てやる。10年後には金メダルで軍人将棋させてやるさ」

 

 

 大口を叩くにもほどがある。そう思ったし、目の前の人物も同じ考えだっただろう。面白そうに笑っていたその表情が、一瞬で青くなったのはその後。

 

 

「断ってもいい。この話持ってここに来た時点で交渉じゃなくてハイかイエスしか聞くつもりはないんだ。悪いね。ここで変死体出して省庁の役人の首すげ替えリストに載るの嫌でしょ?」

 

卓上にあった便箋用のカッターを手に取り、ざっくりと二の腕を大きくえぐって見せた少女に、かける言葉もなく。「君が約束を履行するなら」と焦った様子で救急車を呼ぼうとする『上司』を尻目に「言質はとったぞ」と退室した。その後の状況である。

 

 廊下に点々と赤い血痕を残し近くの休憩室で手慣れた様子で止血を済ませる彼女に怒鳴るように言葉を浴びせた。「ハイハイワロスワロス」ではない。連れて来た此方の立場も危ぶまれれば、何より少女がためらいもなく自分の腕をざっくり自傷して見せたことも規格外だった。

 その後私をギロリと睨んできたときの瞳は今も忘れられない。人を殺す視線とはこういうものなのかと思ったほどで、思わず当時は「ヒッ」と声を上げていた。

 

「―――アンタと同じやり口をアンタの上司がやらないとは限らないからな。私が金メダル取って来て『口約束なんで検討しただけですwww』ってやったら私がどういう報復行動に出るかの本気度を見せておかないと、反故にされてお終いじゃ私がみんなに合わせる顔がねぇんだよ」

 

 私が何をしたのか全く訳が分からなかったが、彼女が文科省の人間を全く信用していない事だけは、その時の言葉で心底理解した。

 

 

 ******

 

 

 ――“それ”を見かけたのは本当に偶然だった。

 

金メダル保証人。何て呼ばれ始め、『天翔エミの出場する大会で優勝はあきらめろ』などという言葉が国内外問わず囁かれていたころ

 

 

―――『戦車道特集』と銘打たれた番組を、憧憬の目で見ている“彼女”を見た。

 

 

 『もういいでしょう』何度その言葉を上司に告げたかわからない。

もう十分と言ってもいいほどに“彼女”は功績を上げ続けた。廃艦延期の約束は続き、その廃艦に関しても、政治方面で頭角を現した大洗学園艦出身のとある女性により大洗学園艦の廃艦決定は覆され最早契約の意味をなしていない。

 

 

 けれど“彼女”への期待は国家間発言力にまで及んでいてもうどうしようもないところにまで発展していた。

 

 

 *******

 

 

 メダル授与式の最中に突然喀血し、その場に倒れて動かなくなった“彼女”に誰より焦ったのが自分だという事実に、彼女の搬入された病院に荒い呼吸でたどり着いた時に気が付いた。

 

 そうして、医師から告げられた『彼女の秘密』に声を失い。

 

 

「そっかぁ」と軽い調子の“彼女”に内心でぶつけどころのない、独り善がりの憤りを抱えていた。

 

 

 私が“彼女”を勧誘して、“彼女”はそれを利用して学園艦を護るために奮戦し―――

 

 

   ―――そうして、その結果今こうなってしまった。

 

 

 余命宣告を受け入れる“彼女”は最後に「最後だから言うけどさ。アンタのこと最初から大嫌いだったわ」と私に向けて言った。

 

 

「そうですか奇遇ですね。私も貴女のことは苦手でしたよ」

 

 

そう答えることしか、私にはできなかった。

 

 

 彼女の担当である私が『天翔エミの健康面における責任問題』として尻尾切りに選ばれるのは、自明の理と言えば自明の理だった。

 

 懲戒免職ではなく異動辞令という形で僻地に飛ばされるのは、免職により守秘義務が失われるリスクを鑑みてか、或いは僻地で私を処分するつもりなのか……

 

 

 やるせなさに無気力にもなるというものだ。

せめて、彼女への最後の仕事とばかりに彼女の遺品を整理して。何も映さない携帯、衣類、学生時代の書籍など、生前の遺言に従って全部処分していく形で

 

 

 

  “それ”を見つけた。

 

 

 

 ********

 

 

 

 胸元を直す時に胸のポケットから取り出したメモリを隣の女性に手渡した。

此方を見る女性に顔を背けて海の方を見る。

 

 

「いいの?アンタ、タダじゃすまないよ?」

 

 

 立派な情報漏洩だ。左遷ではあれど窓際で給料泥棒生活の身分も丸ごと無くなってしまうだろう という意味だろう。

 

 

「構いませんよ。もうすべて“どうでもいいこと”だ」

「そっか……そう、かもね」

 

 

 その女性は大事そうにメモリを両手で包み込んで、後ろに控えている女性を伴って帰る準備を始めた。

 

 

 

「さよなら、“元”文科省の人。もう会うこともないでしょ」

 

 

 

 小さく手を振る女性に、不意に悪戯心が首をもたげてしまったようで

 

 

 

「―――こちらこそ、もう二度と会いたいと思いませんよ。

 

 

  “元”大洗女子学園生徒会長、角谷杏さん」

 

 

そう答えて、昔彼女に見せたように精一杯の皮肉めいた笑顔で返したのだった。

 







 天翔エミが原因不明の不治の病で現役を引退し闘病生活の果てに死亡した後、関係各所に情報がリークされ当時の詳細な情報や彼女が交わした契約などが公表された。その結果彼女は『戦車道を腰かけに成り上がった女』から『戦車道(ゆめ)を捨ててまで戦友たちを護り抜いた守護者』として名を残すことになった。同時に当時の学園艦やプロリーグ誘致における最高権限を担っていた役員や政治家の何人かが責任問題で更迭されたり首切りにあったりしたが、その辺りは一時の話題になりはしても民衆の記憶にも残らなかった。

 天翔エミの当時の契約記録を含めた複数の重要な情報をリークした人物が誰であるかは、匿名のためわかっていない。


 彼女の死後、彼女の遺品は彼女の生前の遺言に従い念入りに焼却され、ひとつ残らずこの世に残らなかった。そのことを嘆く戦車乙女は多く、西住流家元、西住まほを筆頭に彼女の生きた痕跡を探す者たちは後の世に多く見られた。




 彼女が生前、小まめに付けていたとされる日記の存在がネットに上がったのは彼女の話が風化し始めたある日だった。


 その日記の処分の記録は残っておらず、しかしその日記の所在は当時を知る人間がほぼ居なくなった現在となっても未だ不明のままである。


【『月刊戦車道、特集!天翔エミという少女について』より抜粋】

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