【 三次創作 装填騎兵エミカス ダージリン・ファイルズ 】 作:米ビーバー
―――行く当てがあったわけではなかった。
ただ、そう―――ただ漠然と「
「――――何やってんだよぉ俺はさぁ……」
そうして正気に戻った俺は行く当てが完全に行方不明状態で一人ぽつーんとリストラリーマンのおっちゃんよろしくブランコに腰かけている。
キィキィとブランコを揺らして黄昏れていた俺に―――声を掛けて来たのは、
<分岐>
神奈川をホームグラウンドにするパイセンだった
▷ 何かと馴染みの深い紅茶狂いだった。
ドリルテールの少女だった 《※今この選択肢は選択できません》
スーツ姿の家元さんだった 《※ルートが開通していません》
******
「―――何をやってるんですの?」
―――声を掛けて来たのは、今この状況で絶対に会いたくない人物だった。
プラチナブロンドの髪をラウンドシニヨンにまとめ、PJではなく聖グロリアーナの制服姿。紅茶とソーサーは持ってない。ここで会うと思ってなかったのかなんか大判焼きとかたい焼きとかが入ってそうな独特な茶色の紙袋を抱えている。
言わずと知れている聖グロの隊長、ダージリンである。
「―――行く当てがなくってな……」
黙っていてもしょうがないので簡単に状況を説明しておく。ここで「テメーには関係ないから」とか言えるメンタルであったならば話は大きく変わっていたことだろう。が、正直行く当てもねぇ泊まる当てもねぇ行く先が見えねぇで詰んでいた俺にはその辺の考えなど全くなかった。
*******
――月 ――日
全国戦車道高校生大会準決勝。ルーレットの結果選択されたのは聖グロリアーナ側、英国の原野を模した広い丘陵地帯と煉瓦作りの遮蔽物(家屋や城壁跡)が立ち並ぶ非常にわかりやすい戦場だった。
「―――良い試合を期待していますわ」
優雅に前に出て握手を求めるように手を差し出すダージリンは、しかしスルーされる。黒森峰隊長として前に出て来た西住まほの視線はダージリンの方ではなく、後ろの方で列に並んで礼のタイミングを待っている一人に注がれていた。
件の視線を注がれている少女はあらぬ方向に視線を向けていて、まほの視線を無視している。その姿にまほは視線をダージリンに戻し、所在無さげに差し出されたままの手を取った。
「……必ず勝利する。西住の名に懸けて」
「ええ、それを打ち破ります。グロリアーナの……いいえ、
―――このわたくしの意地にかけて」
グッと固い握手を交わす二人の間に垣間見える炎と雷のようなエフェクトを、観戦者は見ているだろう。感じているだろう。二人の間に繋がる因縁のぶつかり合いを感じ取っているかもしれない。
その真実は全く違うものであることを知る人間は、当人たち以外にはいないのだが。
******* 準決勝 → 黒森峰事件直後
「元の場所に返してらっしゃい」
黒森峰の制服を身に纏った幼女のような姿の娘を連れて学園艦に戻ったわたくしは、紅茶の園でそんな声に歓待された。
「行く当てがないと当人がおっしゃっておりましたので」
「だからってホイホイ拾ってこないの!ちゃんとお世話できるの?」
対応が子供が捨て猫を拾ってきた時の親のそれである。しかも当人が狙ってやっていないのだから反応に困る。
「世話を焼く必要はないでしょう?グロリアーナの生徒として扱えば、それで事足りますわ。第一……この娘が大人しく私の世話になると思って?」
「……在り得ないわね」
やや悩む様子を見せながらそう答えた彼女に「でしょう?」と返して一歩下がり、手前に出てくる形になった少女の背を軽く押して前に送る。
「では、よろしくお願いしますわね。―――アッサム」
後の手続きを任せて外に出る。扉を背に「はぁ」と息を吐いた。
―――疲れた。
彼女―――天翔エミを見つけた時は何事かと思ったものだが……話を聞いて連れて帰ることに決めたのは英断だったと思っている。
天翔エミから聞けた話は全くノープランで学園艦を飛び出したというもの。
逆を言えば「逃げ出したくなるほどの絶望」であったと言える。
それがいかほどの絶望であったかなど、到底推測できるものではない。
それでも、たとえどのような絶望であったとしても彼女が西住まほの隣を放り出して、すべてを捨てて逃げ出したなんていう在り得ない現実をどうしても認められなかった。
GI6を私的な目的で動かすことはできない。だからこそアッサムに天翔エミを見せることを選んだ。あとは彼女が動いて調査をしてくれるだろう。
後日、黒森峰に正式に天翔エミを保護したという報告をしたところ
「エミのことを頼む」と短い返事が返ってきた。と、同時に黒森峰に正式に連絡船を送って天翔エミの荷物をグロリアーナに運び込むことになり、アッサムが有志数名を引き連れて旅立って行った。
******* 黒森峰事件後 → 日記
――月――日
今日から黒森峰学園艦に入学する。
筆まめと言うほどではないけれど、できるかぎり日記を付けて行こうと思っている。
夢にまで見たあの黒森峰での戦車道。これからどんなことが起きるのかな?
――月――日
初日から大失敗だった。装填手としてあの西住まほさんと同じ戦車に乗る機会があったのに、何もできなかった。動き回る戦車に振り回されて思うように動くこともできなくて、みんなに迷惑をかけるだけに終わってしまった。
模擬試合が終わった後、私は彼女の戦車から降ろされた。
戦力外通告と言うことなのかもしれない。それでもあきらめるなんて言う選択肢はない。自分が戦車道に向いてないなんて聞き飽きてる。
一歩ずつでも、前に進むんだ。
――月――日
黒森峰のレギュラーと、レギュラー候補と、それ以外の分類分けは顕著だと思う。私たちはいわゆる「いらない子」なんだろうと理解できるほどみんなの表情が暗い。
模擬戦でヤークトティーガーを使うように言われてみんながこの世の終わりみたいな顔をしていた、けれど私にとっては僥倖だ。足が遅いこの子なら、私は誰より役に立って見せる!
――月――日
西住さんと仲直りできた。ヤークトティーガーが正式に私たちの戦車になったし、もう私たちはいらない子なんかじゃなくなった。
新しい私たちの門出。私たちの―――翼!!
――月――日
西住さんと私たちのぶつかり合いが、模擬戦での開始の合図になっている。
日本最高峰と言っても過言じゃない西住さんと並び立って戦っている自分が、今でも信じられない。
これからもっと頑張って行かないといけないよね!
――月――日
まほと友達になった。面と向かってまほって呼ぶのはそれでも馴れ馴れしい気がするし、周りの皆にも悪い気がしてるから西住さんって呼び続けてるけど……。
西住さんとセットで見られていることが誇らしくもあり、荷が重い部分もあり……もっとがんばらないと……!
******** 日記 → 現在
> Side Darjiling
「で、これは何ですの?」
「見てわかるでしょう?あの子の部屋にあった日記よ」
パラパラと序盤の数ページを眺め見て疑問を口にしたわたくしに対して、アッサムは憮然と返事を返す。
「―――わたくし、こういう悪趣味な真似は好みではありませんけど?」
「そうね、私も知ってるわ。これが【部屋の机の二重底の中から】見つかってなければ、私もプライバシーを侵害するつもりはなかったわ」
アッサムの返事で、やや時間が止まった。序盤だけを流し見ただけではただの普通の日記としか見えなかったものだ。けれどそんな当たり前のものを、そんな数奇な方法で隠す必要などありはしない。
つまり、【この日記にはなにかが隠されているはず】。アッサムは言外にそう言っているのだ。
「―――貴女のほうでも読み進めてみてくれる?ひょっとしたら文章にも何らかの法則性などがあるかもしれない。一人より二人よ」
「了解しましたわ。ダージリン様」
事務的に一礼してコピーを手に退出していくアッサムを尻目に、わたくしは手元の日記に視線を落とす。シンプルでどこにでもありそうな日記帳は、今は得体のしれないモノのように見えた。
******** 現在 → 日記
――月――日
私たちがまほの翼で、まほをどこまでも遠くへと連れていく。
まほを支える翼であることが、私たちの誇りでもある。
同時に、私とまほはライバルなんだ。少なくとも、まほはそう思っている。
だからまほに並べ続けられるように努力していかないといけない。
――月――日
一つ壁を越えるたびに、西住まほへの道に次の壁が目の前にある。
努力を繰り返して、乗り越えた先にもまた壁がある。この努力は身になっているのだろうか?と繰り返すたび、満足そうなまほの顔で安堵する。
繰り返しが苦痛ではないとは言わない。けれど私には努力しかないから。
これまでと同じだ。成功し続けていればいい。ただそれだけ。
――月――日
まほの妹さんが入学してくるらしい。同時に、副隊長を妹さんにすることで、西住流としてハクを付けたいらしく、言い辛そうにしているまほが居た。
別にそんなこと気にするものでもないだろうに、おかしな話だ。
今の私の立場は全部、まほが与えてくれたものなのだから
私から言い出すと感謝をされたうえで、「妹のことを頼む」とお願いをされた。
もちろん引き受ける以外の選択肢なんかない。もともと隊長と西住流と、いろんな立場で動けないまほの代わりに、私が色々見てあげないといけない。
まほの相棒として、まほができない部分を私がフォローするのは当然の責任だ。
******* 日記 → 現在
―――半ばまで読み終えて疲れてしまった目元を抑える。
朝日はまだ昇ってきていないが、時計は黎明時刻ごろ。夜を越えて読み進めていたらしい。
天翔エミの日記には天翔エミの苦悩と苦労と、苦難と自己否定が詰め込まれている。本人はこれを常識だと思っている節があるから本当に救えない。黒森峰ではこの生活が通常だったからこそ彼女の基本ルーチンは常人から見れば狂ってしまっているのだろう。
――正直、これを読んだ上で【どうすればいいのか】という話である。
理解できた基本条項として、天翔エミが黒森峰に居る限り彼女は常に『西住まほに並び立つことを強いられる』ということ。そして彼女自身がそれを目標として文字通り血の滲むような努力を繰り返しているということ。
それが彼女の強さの軸であり、同時に彼女自身を蝕み壊す毒であるということ。
何をどうすれば最善なのか。その答えは出ない。
彼女の強さは驚異的だ。そしてその強さの軸は西住まほだ。西住まほを己の目標として、対比する対象として己の立ち位置を確認している彼女にとって、西住まほがすべての基準である。
今の彼女の軸がブレて見えるのはその軸そのものが存在しないからだ。
『私が倒したい天翔エミ』は、西住まほがいなくては成り立たない。けれどこんなものを見せられてなお彼女に努力を続けさせることに躊躇いが生じないはずもない。
まだ読み進めたいところだが、学校へ向かわなければならない。後ろ髪惹かれる思いのまま部屋を出る。
教室に向かう途中でアッサムとすれ違った時、アッサムも欠伸をかみ殺していた。二人ともこれでは紅茶の園のメンバーとして示しがつかないと思う。
さて、天翔エミに問いただされたときの言い訳はどのようにしましょうか……。
―――明日はさらに読み進めてみようと思う。
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> Side Emi
――月――日
聖グロに連れてこられてはや3週間。黒森峰では何かしらの動きがあってしかるべきだろう。俺としては、みぽりんがどうにか軽い処分で終わって黒森峰に在籍という未来で終わっておいて欲しい。けれど敗北の責任という観点で見た場合、フラッグ車から降りて単身味方を救いに向かったみぽりんを黒森峰というより西住流が放置しておくとは思えない。
仮にもしも原作通りにみぽりんが大洗に転校となった場合、みぽりんとエリカのためにはみぽりんのフォローのためにも大洗に転校することも視野に入れなければならないし、或いはエリカの状態を調査したうえで黒森峰にUターンしなきゃいけないかもしれない。
いずれにせよ情報だ。情報が欲しい。
――月――日
ダージリンに頭を下げて、黒森峰の状況を調べてくれと頼んでみた。
意外にもあっさりと許可が出たので、アッサムにお願いして一先ずこれまでの調査報告書を見せてもらうことになった。
「貴女はもっと自分に自信を持ちなさい」と励ましてくれるアッサムマジ淑女。意味わからんけど。
自信を持てと言われても正直現状持てるはずもない。まぽりんの相棒になって慢心した結果、みほえりのファクター足りえる決勝戦を見事に失敗した敗北者ぞ?我敗北者ぞ?我装填くらいしか取り柄のないクソモブぞ?
――月――日
俺の失踪については、学園内で話題に上ることすら許されない禁忌として緘口令が敷かれているらしい。なにそれこわい(素)
こんな忌まわしき事件を起こした身としてKEJIMEつけなきゃ……!とセルフピロシキを敢行。左手小指をコキャッとやったところ、目ざとく発見したアッサムとダージリンからガチ説教をくらいました。人為的にやったものか事故のものか見極めるブリカスこわい。今後はもっとうまく事故でなったように見せかけなければ……(使命感)
――月――日
割と気を使ってくれてるのか、頻繁にパイセンが遊びに来る。
黒森峰の俺の部屋から色々荷物を持ってきてくれたらしいが、それから察するに、俺が聖グロにご厄介になっているのはまぽりんが知るところになっているのだろう。或いはまぽりんを通じて黒森峰に伝わっているかもしれない。
ふと思い立って珈琲を入れてパイセンにサーブしたみたところ、普通に飲んで普通にコメントくれた件。紅茶の園とは何だったのか……?
追記
後日ダージリンがめっちゃ怒って怒鳴り込んできた件。
今度四隅に小瓶に詰めた珈琲豆を配置して珈琲結界みたいにして撃退できないかを試してみようと思いました。
>> 【To Be Continued】
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>>> Side Nishizumi
――年――月――日
エミがいなくなった。何も言わず、何も残さず、ただ家具だけがそこに残っていたため、一縷の望みをかけてその部屋にとどまった。
寮の消灯時間に至り、すとんと腑に落ちるようにして「エミはもういない」のだと理解した。
―――涙を流すことなど、何年ぶりだろうか……?
――年――月――日
エミの部屋で朝を迎えた。一夜が明けるとより一層確信を覚えて心が沈む。
だが、落ち込んでもいられない。私は西住まほ、黒森峰を支える隊長で、西住流を背負わねばならない身だ。弱さなど見せていられない。
そうして立ち上がって、ふと気づいた。陸の学校だったころは一人で戦うことが基本だったが、学園艦にやってきてからはずっとエミと一緒だった。
西住流における自身の戦車道が、たちまちに揺らいでいくような錯覚を覚えた。
―――私はいつから「エミありき」の戦術に頼っていたのだろうか?
――年――月――日
人の口に戸は建てられない。エミがいなくなった噂はすぐに広まった。
訓練でも練習試合でも、些細なところで齟齬が生まれ隊列に乱れが出る。悪循環を感じずにいられない。
エミがいなくなった弊害がそこかしこに現れる。私はどれだけエミに依存して生きていたというのだろうか……?
―――私はどれだけ、彼女に負担を強いていたのだろうか?
――年――月――日
聖グロリアーナからの通信を受ける。そこにはやや簡潔に「行く当てのない子を拾って帰りました」とあった。
瞬時にこれがエミのことであると思えたのは、私がそうであってほしいと、それに縋りたかったからなのかもしれない。
しばらく考えたのちに、ダージリンに連絡を取る。
「今の黒森峰にはエミにとって良くない感情ばかりが蔓延している。悪感情を駆逐するにも時間が必要なので、距離を置いてしばらく静養させておいてもらえると非常に助かる。だからその間【エミのことを頼む】」
エミの生活において必要なモノがこちらにあっては困るだろうと思い、聖グロリアーナから特使を招いて学園艦の寮内にあるエミの必要な私物を取りに来てほしい旨を伝えておく。
――年――月――日
がらんとした殺風景な部屋がひとつ。エミの私物はそんなに多くはないし、そもそもエミは部屋を飾り立てることをしないタイプで、ストイックに自己鍛錬に勤しんでいた方だった。
だが、何もなくなってしまった部屋を見て、さしもの私も思わずにはいられなかった。
“エミはもう黒森峰に戻ってこないのではないだろうか” などと、弱気なことを考えてしまって―――己を叱咤するようにかぶりを振った。
******
何の私物もなくなってしまった部屋。
あの人の痕跡がなくなってしまった部屋。
あの子がいなくなって、
あの人がいなくなって、
孤高に立つ隊長を止められなくて―――
私はそんなザマでなお副隊長なんかをやっている。滑稽な話だ
あの人が残した手紙を、隊長に今更見せることもできない。
あの人が残した「まほに伝えないで欲しい」を言い訳に―――
私は今日も隊長のために規律を下の者たちに強いている。