【 三次創作 装填騎兵エミカス ダージリン・ファイルズ 】 作:米ビーバー
―――人生に苦難があれば楽だってある なんてどっかで聞いた言葉を夢想する。
世の中には理不尽が溢れているし、その理不尽を一時的にでも忘れ去ることができるのが人間の「忘却」という機能だったり、「健忘」というものだったりする。
幸福というものはこの現実逃避染みた行為の代名詞であり、それ以上でもそれ以下でもあり得ない―――
―――そんな厭世家的なコメントを残していた過去の俺、さようなら!!
―――なぜなら!今、俺は!幸せの絶頂にいる!!!
「―――はい。八九式はそのまま操縦訓練で。速度を活かした戦いができる様に」
「Ⅲ突は行進間射撃の練習!砲塔が旋回できないんだから、相手の死角に高速で回り込んだら即撃破できるように瞬間照準を心がけなさい!ほら!さっさと動く!!」
黒森峰のPJに身を包んだ二人。西住みほと逸見エリカが大洗学園艦の演習場で檄を飛ばす光景を眺めながら、俺は内心で叫んでいた。
―――我が世の春が来たぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!
「―――あのさぁ、天翔ちゃん。そろそろちゃんとした説明が欲しいんだけど」
どうツッコミを入れたらいいのかわからないでいる会長の疲れた声は、トランス状態の俺には届いておらず。説明までにはさらに30分の時間を要したことを追記しておく。
戦車喫茶「ルクレール」の奥まった場所にある6人掛けのテーブルに4人が座る。
まるで連行された犯人の様にテーブルの奥、角の方の「逃げることができない場所」へ配置された俺は三方からの視線を受けていた。
というか店員がドン引きしてるんですけど!?
黒森峰の制服を着た三人に連れられて宇宙人の如く連行される小学生っぽい外見の少女―――事案では?(推理)
そうして始まる
『 #4 強豪!シャーマン軍団!―――対サンダース特別講師!?です! 』
いや本当―――何故こうなってしまったのか……?
赤星さんの病状が改善の兆しを見せているが、いまだに俺がいないと戦車に乗れないことなども含めて現状を軽く説明する―――大洗女子廃校云々の話を除いて。
「―――何というか―――不運だったというべきか、僥倖だったというべきか、判断に困るな」
「ええまぁ―――はい、そうですよね……」
どういう形容をしたらいいのかわかりかねる表情で、非常にコメントに困ったような曖昧な発言のまぽりんと
「でも赤星さんも持ち直してきてるんでしょ?よかったぁ……」
「うん。其処は救いだと思う」
あくまで赤星さんが快方に向かっていることを喜ぶみぽりんと
「状況がうまくいきすぎてて逆にうさんくさいわ―――赤星のやつ、本当に病気なの?」
「いやいやエリカ、流石にそれは悪く考えすぎだ。彼女の症状は本物だよ、むしろあれが演技だったら私もう誰も信じられなくなるから」
逆に赤星さん仮病説まで立てて猜疑に走るエリカ。三者三様。
頼んでいたケーキがやって来たので小休止。そして、黒森峰の現状についての話を聞く。状況はエリカが前に語ってくれた状態よりも良い方向にまとまっているようで
「―――よかった。心配してる最悪の展開は免れたな」
ほっと胸をなでおろす俺と対照的に―――
「良くないでしょ!!」
「そうだよエミさん!これじゃエミさんが悪者みたいだよ!」
テーブルを壊しかねない勢いでダンとテーブルを叩いて声を荒げるエリカと、同じく普段の気弱な調子はどこへやらのみぽりん。ここ店内なので皆の視線が集中するが、それよりも大事なことがある。
―――みほとエリカが今俺というターゲットに向けて想いを同じくして詰め寄っている=物理的な距離感もシンクロシンジアスカ並みに近いということ。順調に距離を詰めている、良い傾向だ―――!!
―――ああ駄目だ……まだ堪えろ……ここで笑ってはいけない―――!!
テーブルの下でこっそりと脱臼して緩くなってる小指の関節を外し、右に10度ほど捻って痛みで感情を抑え込む。KOOLだ。KOOLになれ俺よ―――!!
「二人の言い分は尤もだと思う。でも考えて欲しい。
―――あのままの最悪の展開は、みほが西住の家を放逐される可能性があったことを」
俺の言葉にみぽりんが呆然とした顔を見せる。まぽりんもそれにうすうす気づいていたのか苦渋に満ちた顔を見せた。その顔を見て確信する。俺のぶっ飛んだ提案をそれなりにあっさりと受け入れたのはやっぱり妹のためだったんだな と。
「―――どういう意味よ?」
察することができなかったのか、一人よくわからない顔になっているエリカに、なるべく淡々と説明をする―――
西住みほと西住まほの姉妹と、西住流というものについて。
黒森峰に蔓延する「まほシンパ」と「アンチまほ」の水面下の派閥抗争。
そしてそれを影から手を回しているであろう「アンチ西住しほ」の分家筋と、それに踊らされている西住まほみほ姉妹を分断する被扇動者たる生徒たちのこと。
そして、「西住流」を体現する存在としての西住まほの価値と、その価値と比較した場合の派閥抗争の簡単な終結方法について―――。
********Emi → Maho
「―――アンタ、そこまで読んであんな噂流すようにしたの?」
「どこまで効力があるかは分からなかったし、大人しくなっている間にまほ隊長が自分で支配できる範囲を広げなきゃいけなかったけどね」
エリカの言葉にさらっと語る天翔エミの姿に、少しだけ彼女を「怖い」と感じた。
この娘は昔からこうだったと言う。誰かのために自分を削る。私のために、みほのために、エリカのために、そして赤星のために、我が身を削って削って、傷ついても平気な顔をしている―――。
この娘も人間なのだから感情や欲望というものがあるはずなのに、それがとても希薄なモノのように感じてしょうがない時がある。
―――この娘は一体、何を大事にして生きているというのだろう?―――
ともすれば自分たちのために死すらも厭わない可能性を覚えるに、背筋を襲う悪寒に身震いしそうになる。
怖い―――目の前のこの娘が何を考えているのか、それがわからないことが、ただ怖い―――。
「エミさんは、私のために―――?」
みほが震える声で尋ねる。縋るようなその言葉に、でも彼女はかぶりを振った。
「違うよ。自分のためだ―――“家族は、すれ違ってもいい、でも繋がってないといけない”―――ひとりぼっちは寂しいし、嫌だもの」
―――目の前が開けたような気分だった―――。
天翔エミは、孤児院で育ったと言っていた。生まれた時には天涯孤独で、孤児院の皆が家族のようなもので、でも家族ではなくて―――どこか線引きをしていたのだろう。 彼女は孤児院でも浮いていた存在だと言っていた。幼いころから戦車道に興味を見出し、他の子たちと迎合することなく戦車道のために生きてきたと、昔笑いながら語っていた。
その孤独たるや、はたして私の様に家族とともに生きてきた人間に想像などできるだろうか―――?
黒森峰は、「西住流」は、心臓(隊長)を中核とした一つの生き物とし、さながら群れの狩りの様に、役割分担を明確にして行われる戦車道流派。
それは「隊長を長として動く部族のようなもの」で、いわば「家族」と言える。
―――彼女は、「
「――――天翔」
目の前の少女の―――――エミの手を取る。
「黒森峰は―――必ず私が統括する。君は黒森峰の一員だ。必ず君の帰る場所を―――
―――“家族の帰る場所”を作って見せる。約束する」
握る手の暖かさが、私に決意をくれる―――やって見せるさ。
ああ、だから頼ってくれ、私たちを。“家族”なのだろう?
*******Maho → Emi
―――すいません、せつめいしてください(震え声)
察しの悪いエリカに説明して、自分のせいだと闇に飲まれそうなみぽりんに「そうじゃないよ」って語ってたらなんか色々と悟った様な顔のまぽりんが覚悟完了!してたでござる。
どういうことだ!説明しろ苗木ィ!!?
状況が全くつかめずただただ困惑するだけの俺に関係なく、時間は進み、状況は流れて行く―――俺を置き去りに。
「―――とはいえ、サンダースは強敵だ。このままではエミたちは一回戦敗退の可能性もありうる―――多少なり、支援を考えるべきだと提案する」
まぽりんがそんなことを言い出したのも、それに拍車をかけていた。
もうわけわからん!誰か説明してくれ!!(困惑ゲージMAX)
********
「戦車道のコーチングアドヴァイザーとして来ました。西住みほです」
「同じく、逸見エリカよ。ビシバシ扱いてあげるから、覚悟して付いてきなさい!」
―――こうしてサンダース戦を前に、大幅なレベルアップを図る大洗女子学園があった。
状況が全く飲み込めないまま困惑する河嶋桃、小山柚子の二人を尻目に、割と早々に理解を放り投げて塞翁が馬の立場を貫いていた会長は、本当に英断だと思う。
ただ頼むから俺に説明を求めないで欲しい。だって俺にも何故こうなったのか全く分からないからだ!
―――あと、大洗の学園艦の部屋に戻ると赤星さんが部屋の中に居て、顔を見るなり抱き着かれた。盛大なピロシキ案件だと思う―――。
*****Emi → Koume
時間は抽選会の直後まで巻き戻る―――。
隊長と副隊長、それに逸見さんと思しき面々に連れられて行ったと聞かされて、私は一先ずエミさんとの合流を諦めて、Ⅳ号戦車のみんなと一緒に喫茶店でケーキを食べていた。
ただ、話がサンダース付属との試合の話になり、武部さんが軽い気持ちで「じゃあ決勝まで行こう」と言っているのを聞いて、内心で沈んでいく心が止まらない―――。
今のままではサンダースにすら勝てるかどうかわからない―――けれど、生徒会の方々が行う教本通りの練習や、私が中等部で習った戦車道では付け焼刃を増やすだけに終わる―――どうしたらいいのかもわからず、悩んで悩んで―――
―――結局、みんなと別れて一人、先に学園艦に戻ることを選んでいた。
マンションの一室、そこは私とエミさんのルームシェアで借りた物件になっている。私の容体が悪化して、普通の閉塞空間でも過呼吸が起きてしまったらを考え、いつでも見ていられるようにと隊長が提案してくれたものだ。
部屋に戻ったけれど、エミさんはいなかった。制服を着替えて、一人で思案する―――と、
―――机の上に、見慣れない一冊の本が在った。
天翔エミ、と書かれたその見慣れない本は、どうやら日記のようで―――
―――私は、たとえ殺されるとしても好奇心を止められない猫だった―――。
********
―――こんなのおかしい。だって、悪いのは私じゃないか
何で被害者のはずの彼女が責められなければならないのだろう?
誰か教えて欲しい―――彼女は何か悪いことをしたの?
彼女はあんなにも苦しんでいるのに、まだ彼女は苦しまなければならないの?
誰が悪かったのか?なんて、決まっている――――――
私以外にいるもんか。
―――日記のページを捲る手が、冷たい。身体の芯まで冷え切ってしまったかのようだ。
私は、これまで彼女の何を見てきたのだろう?こんなにも、自分を責めて、責めて、なのに私を心配して、私のために色々と気を回して―――隊長のためにも、副隊長のためにも、逸見さんのためにも―――周りの人のために身を砕いて、足りない、まだ足りないと与え続けている―――
いつか読んだ童話に在った「しあわせのおうじ」という話―――
街の苦しんでいる人々のために、ツバメに頼んで、宝石で出来た瞳を与え、全身の金の箔を剥がして与え、ボロボロの姿になり、自分のお願いのために越冬できず死んだツバメに涙を流し、鉛の心臓が音をたてて砕けてしまう。
彼女を「しあわせのおうじ」にしてはいけない―――。
気が付くと、部屋のドアが開いていて、エミさんが居た。
感極まった私は、知らず身体が動いていて―――エミさんを力いっぱい抱きしめて、涙を流していた―――。
困惑するエミさんにただひたすら「ごめんなさい」としか言えない。そんな私が、たまらなく嫌いだった―――!!
********
副隊長と逸見さん、二人が特別コーチとしてやってきた。48時間後にはヘリで黒森峰学園艦に戻るため、全員のコーチングの後にカリキュラムを組んでくれると聞いて、少し光明が見えた気がした。
「アンタたちと当たるとしたら決勝だからね!一回戦なんかで負けたら承知しないわよ!」
檄を飛ばす逸見さんの調子に黒森峰のころを思い出し、すこし微笑ましくなる。
―――副隊長たちと話をするエミさんを尻目に、独り、Ⅱ号戦車に乗り込む。
パタンと、ハッチを閉じ、全ての窓口を閉じ、戦車を密閉させる―――
「―――はぁ、はぁ――――――ぁ、はぁ―――は、は、は――――!!」
息苦しい―――辛い、苦しい―――此処から出たい―――嫌だ―――出して、ここから出して――――!!
―――――甘ったれるな!赤星小梅!!!
彼女と一緒に、肩を並べたい。心を圧迫する閉塞感を、気持ちで殴りつける―――!!苦しいなんて言っていられない―――これ以上迷惑なんか掛けられない!きっと、副隊長も、逸見さんも、もしかしたら隊長も、みんな同じ思いなんだ―――私だけ、蹲ってなんかいられない!!
暗くなる視界の中、僅かな光を感じて視線を上げる。伸ばした手を掴んで引き上げてくれたのは、エミさんだった―――
―――ごめんなさいエミさん。まだそこまで強くは成れないみたいです
でもきっと―――たどり着いて見せますから―――私にあなたを支えさせてください。
――――その日、西住まほによる黒森峰戦車道の統制はより攻勢を強めた―――。
特に、抽選会から「一人で」戻ってきた西住まほの決意のこもった目に威圧され、反抗勢力はその存在を一気に消沈させることになる。
痛みを恐れない改革の裏側に潜む強い決意と、その傍らに寄添う二人の副隊長に、黒森峰は揺るぎない地盤を備えた存在として生まれ変わる。
その裏側には、いつか戻って来るであろう“家族”への想いがあった―――。
*まさか『家族』という単語でモロ被りすると思わなかった(だが在り方としてはたぶん正反対)