【 三次創作 装填騎兵エミカス ダージリン・ファイルズ 】 作:米ビーバー
暗い車内――――周囲を取り巻く水圧のゴウゴウという音。沈んでいくことを嫌でも意識する―――徐々に“くぐもっていく”車外の音。
特殊カーボンによる耐水性は問題ない―――気密性も、砲塔部分の密閉を行えば問題ない――――
―――では酸素は?
5人もの人間を収容して活動するにはやや狭いドイツ製の戦車の車内。きっと数分も経っていないというのに、思い当たってしまったなら感じてしまう。
―――空気が“薄くなっていないだろうか?”
パニックを起こし泣き叫ぶみんなを、宥めることもできず、私も精神的に限界だった。
恐怖と混乱と、心細さと息苦しさで気が狂いそうだった――――。
「―――30秒……いや、20秒後にハッチをこじ開ける。濁流に目や肺をやられないように全員衝撃と水に注意して―――私を待ってろ!!」
通信機から飛び込んできた怒鳴るような叫ぶような声にどれだけ私が救われたか。彼女たちが救われたか―――。
ハッチを外側から水の抵抗に逆らってこじ開ける音。
開いたハッチ部分から飛び込んでくる圧倒的な量の濁った水。
悲鳴と、恐慌が再び起こり――――
「目を閉じて!命綱だけを掴んで!!」
車内に投げられたロープを掴み、目を閉じて車内から外へと飛び出した。
強い力で下流に引っ張られる身体を、ロープを掴んだ手に力を込めてしがみつくように……目を閉じた闇の中恐怖に震える。息もできない。怖い―――苦しい――――怖い―――――――!!!
ぐんと強い力に引っ張られ、私たちはすごい勢いで水面上に引き上げられた。
顔を襲う水の圧力から解放され、必死で呼吸し、ぜぇぜぇと荒っぽく酸素をかきあつめる―――。
「―――そのままロープを絶対に放すな!!そしたら―――絶対助けてみせる!!!」
崖の端、岩肌に乗り上げて立つ小さな姿。その小さな腕が、私たち全員を助けるために支えていた。
全員が助かったことへの安堵を覚える中で―――――
『黒森峰フラッグ車!走行不能!!プラウダ高校の勝利!!!』
―――無慈悲な宣告が、鳴り響いていた―――――。
『#8 絶体絶命です!~やっぱり、エミさんはすごい~』
雪の降り続く中、英国調の椅子に腰かけて試合を観戦するダージリンとオレンジペコ。
「あの分厚い包囲布陣……この寒さ……大洗女子にとっては、どんどん不利な状況になっていますね」
「―――ええ、でも、この程度“なんてことはないわ”。
―――そうでしょう?天翔エミ。そして―――赤星小梅さん?」
不安そうに大洗女子の立てこもる家屋の様子を見るオレンジペコに対し、ダージリンは静かにそう言い放って、湯気の立つ紅茶をくっと一口呷る。
「サンダース戦、振り返って、先の大会決勝。黒森峰での激戦―――彼女たちの前に、この程度の難局、それこそ何度だってありましたわ。そして、そのたびに天翔エミは道理を無理でこじ開けてきた」
愉しそうに、寂しそうに、悔しそうに、画面を見つめるダージリン。
雪はまだ降り積もる。雪中籠城の様相を呈する大洗にとって、どんどん不安度を増す戦いになっていくのだった――――。
*********Emi
さて、雪中籠城で原作ではクッソ寒くてどんどん気分が落ち込んでくる状況だったのだが――――実は現状はそんなことはない。理由は俺が「自分用」と称して買い込んできた大量の暖房道具(使い捨てカイロ)と毛布。そして先ほど尊厳と引き換えに手に入れた大鍋一杯のボルシチのおかげである。
その後、秋山殿がエルヴィンを連れて帰還。そどまこチームもなんやかんやで帰還。二人の持ち寄ったデータをもとに敵の陣形を図面に構築する。
「この雪の中でこれだけ詳細な地図を作れるなら……光明が見えた気がします」
赤星さんの目に力が戻る。この後の作戦を脳内で構築していっているのがわかる。
いい傾向だと思う。この調子で作戦立案も実働も卒なくこなせるようになれば―――きっと俺がいなくなっても問題なく黒森峰で過ごせるようになるだろう。
そうすれば後は俺はフリーダム。劇場版でまたひと働きする必要があるだろうが、そこはそれ、みぽりんとエリカなど頼れる仲間とのコネクションは会長が取り付けている。俺が何かをするまでもなく暗躍する全自動格言マシーンもいる。
これは勝ったな(確信)
「敵陣の防衛陣の薄いところを狙って縦列陣形で一点突破。敵陣を食い破ってから広い場所に出て反転、敵車輛と決戦を強いるべきかと」
―――訂正。まだまだこの子は目が離せないわ。素直過ぎて軍師に向いていない。
******Emi → Koume
―――やっぱり、エミさんはすごい。
秋山さんたちが持ち帰った情報をもとに図面上に敵の陣形を書き記し、出来上がった盤面を前に、自軍を「どう動かしてこの陣形から逃げ出すか」を考えていた私は、防備の薄い部分を蜂矢の陣か、或いは縦列一点陣形で突破して敵包囲を解いてから反転、陣形を展開することを考えていた。
「ちょっと待った」と声がかかったのはそこから。手を上げて図面上に歩み寄ったエミさんは盤面上に拾い上げた小石を置いていく。
「一見して防備が薄く見えるこの位置だが―――突撃する間に左右の連中と、右翼端のこの車輛がこっちから回ることができる。包囲殲滅の完成だ」
「あっ!?」
―――盲点だった。確かにこちらの車輛とあちらの車輛が同時に挟み込みを行うことができる。一撃で相手の防備を突破できなければ左右から挟まれ、さらに後背を抑え込まれる。
陣形を遠くから眺めてそれを看破して見せたエミさんに、尊敬の目が集まる。それを微妙な苦笑で受け流し、エミさんは一点を指した。
「敵の防備の最も厚い場所、フラッグ車の正面。其処へ向かい、フラッグを直接叩く―――――――そう見せかけて置いて、防衛のためにフラッグの傍に集まって防御を固めるであろう相手に適当に砲撃、その間に横をスルーする」
絶句する周囲を他所に、「しかる後に」と続き
「―――フラッグの八九式を護るようにウサギさんチーム、カモさんチームには頑張ってもらい、Ⅳ号とⅢ突がタイミングを合わせて物陰に退避してやり過ごす。
そうしてやり過ごしたら――――この二輛で、この陣地内にいるフラッグ車を、八九式が倒される前に撃破する。そのために敵をできる限り引き付ける必要がある」
そこで顔を上げる。
「敵を引き付けるのは私がやる。赤星さんはⅣ号で指揮を執ってほしい」
「そんな―――?!」
操縦手だけでルクスを動かし、敵を誘導、逃げに徹して引き付け続ける。そんなことできるはずがない。
「―――信じて任せる。だから―――――――大丈夫だよね?」
ああ―――そんな顔しないでください……断れないじゃないですか。
「―――絶対に無茶しないでくださいね?」
「わかってるよ」
そう言って微笑むエミさんは、いつも通りのエミさんだった。
「それで、会長――――お願いがあります」
「いーよ」
生徒会長に向き直ってそう言ったエミさんに、生徒会長が即答して見せる。一瞬焦った顔のエミさんは、表情を戻して「いいんですか?」と問うと、
「いーんだよぉ。……こんぐらいさせてよ?私にもさぁ……」
そう答える生徒会長の顔は、なんだか少しだけ嬉しそうだった。
******Koume → Emi
――月――日
Ⅱ号はもう動かせないらしい。カーボンコーティングも剥げまくって、車体はお釈迦状態。まぁ何て言うか―――よく助かったもんだなー。すごいな人体(達観)
実際俺も「あ、これ死んだ」と思ったりしたし、それでも生き残ったのは日頃世のため俺のためにみほエリを求め続け、赤星さんをサポートし続けることへのご褒美みたいなものだろう―――と思っておこう。
あの地獄のような凍土の中で行われた対プラウダ高校後半戦。
原作でのみぽりんの作戦をパクって赤星さんを説得、作戦を提示すると周囲に驚かれた。でも俺のこと「軍師」って言うのやめて、「今孔明」とかやめて左衛門佐。それ幸村の時代にいねぇから。原案みぽりんだから!
ともあれ、作戦はまとまり、囮として動くもⅡ号ではきっと最後まで生き残れない。その時に作戦指揮ができる人間がⅡ号で一緒にお陀仏してたら意味がない。ってことで赤星さんをあんこうチームに乗せ換え、俺が一人でⅡ号を運転。砲撃もできないただウザいだけの偵察車輛による囮作戦を決行することになった。
当然、赤星さんは難色を示したが、これで俺と赤星さんが両方アカンことになった場合、確実に詰む。ということで、赤星さんを強引に「信じている」と押し込んで納得させた。そして会長にもお願いして敵車輛をおちょくって逃げてもらう作戦に参加してもらうことにする。
会長はなんかめっちゃ乗り気でOKしてくれた。手間がかからなくてよかったが、釈然としない部分もある。
と、ここで桃ちゃん先輩が廃校について語る。一同が絶句する中、桃ちゃん先輩がみんなに向けて頭を下げ、最後に俺に向き直り、
「すまんな、お前の心意気を無駄にした」
そう言って申し訳なさそうに俺に頭を下げた。「ええんやで」という返事をオブラートで3重に包んだ表現で返す。実際、ここで話さなきゃ黒森峰戦前で言うと暴動まで行きそうだし……?
皆の士気は背水の陣もあって下がるところなのだが、試合前のやり取りと赤星さんの様子が逆に作用し、皆の士気はむしろ高まっていた。最悪はみぽりんがやったように全員でバカやって連帯感を出す必要があったのだろうが……手間が省けた。
そんなこんなで3時間が経過し、やってきた特使に「降参はしません」と伝え帰らせ―――反撃の時間が始まる。縦列陣形から輪形陣に移行しつつ、敵フラッグの横をすり抜ける味方の代わりに前に出る俺のⅡ号と会長たちの38t。
わざと包囲に薄い部分を作って待ち構えていたカチューシャが度肝を抜かれる突撃と、先行して前方の4輛相手に大立ち回りを仕掛ける俺と会長。
―――そう。こここそが今回最大で最後の、俺の見せ場だ。
T-34/76、T-34/85にIS-2 4輛相手に吶喊する38tとルクス。
会長も本気モードで相対している。っていうか桃ちゃん先輩をなぜ砲手に起用したのかと小一時間(ry)
そして運命のタイミングがやってきた―――。
4輛の戦車を適度に砲撃して煙に撒いた38tが速度を緩めた瞬間―――
―――38tを側面からぶち抜くノンナの一撃を、割って入ったルクスが真正面から受け止め、吹き飛んで雪原を転がっていく……白い雪原に黒煙が上がった。
「――――天翔ちゃん!!!!」
「足を止めるな会長!!行けぇ!!!!!!」
スロートマイクをONにして血を吐く様な勢いで声の限りに叫ぶと、38tは相手が次弾装填を完了する前に踵を返し、戦場から華麗に逃げ去っていった。
“Ⅱ号戦車、走行不能!”
白旗が上がり、アナウンスが鳴り響く。IS-2に乗り換える前のT-34の砲撃とはいえ、ド直球に直撃を食らったルクスの装甲はたやすくぶち抜かれ、特殊カーボンが無かったら戦車の中にいる俺ごと弾けたザクロでお陀仏だったことだろう。そのくらいやばい一撃だった。ファイアフライに体当たりキメたときとは段違いの衝撃で、フッ飛ばされて転がった時にあちこちぶつけてしまい、軽く流血すらしてる有様である。内部火災も起きたが消火器ひとつで解決する辺りが特殊カーボンの防御力を物語っている。
―――無論、これには訳がある。俺がここで会長の代わりに吹き飛び倒れる必要性が。
ひとつは「みぽりんという頭脳が不在という大洗の不安」
みぽりんがいない以上、Ⅲ突を地面に隠して下から撃ち抜くとかそんな機転赤星さんが出せるはずがない。だったら「雪原上をT-34よりも快速で動ける車輛」が「相手の足を止める」必要になる。その役目を38tにやってもらいたかった。
ふたつめは「俺が倒れたと聞いたうえでの赤星さんの状況」を知りたかった。
たとえ病症が回復したとして、それが「天翔エミが傍に居る必要がある」という条件のもとであれば意味がない。赤星さんが自分の足で立って歩いてこそ意味がある。俺というモブが傍に常についていないといけないなどという中途半端な回復など、あってはならない。
今回の俺の被弾はその試金石のためにあるのだから―――!!
―――なお、余談ではあるが、この後試合後の反省会と称した打ち上げの始まりから終わりまで正座させられる俺の姿があったことだけを明記しておく。みんな俺に正座させ過ぎじゃない?
**********Emi → Darjeeling
「偵察車輛2輛で重戦車も含む4輛相手に!?無茶です!!」
電光掲示板に映し出される試合の様子を見守っていたオレンジペコが声を上げる。身をグッと乗り出すオレンジペコを制止するようにやんわりと手を腿の上に乗せるダージリン。湯気を立てる暖かい紅茶を一口呷り、ほうと息を吐く。
「―――こんな言葉を知っていて?“死中に生を求むべし”」
「……後漢書の公孫述伝の記述の一つで、ことわざにもなった一文ですね」
冷静なダージリンの言葉にオレンジペコが原典を辿る。ダージリンはその言葉に満足そうにうなずき、電光掲示板を再び見つめた。
********Darjeeling → Koume
なんだか思いつめた表情だった生徒会長に、周囲の皆にも不思議な空気が漂う。
……と、河嶋先輩が不意に顔を上げ「皆に聞いて欲しいことがある」と口を開いた。
そして私たちは、大洗学園艦を取り巻く今の状況について、正しく知ることとなる。
―――――驚いて声も出ないとは、このことだった。
「―――すまんな天翔。お前の心意気を無駄にした」
「いえ、会長がタイミングを見て皆に話すと言ってましたし、今言うべきでしょ」
そんな風に河嶋先輩と掛け合いをするエミさんは、大会よりも前にこの事実に気付いていたらしい。そのうえで口止めを受けていたと言う……。
「このタイミングで言わないと後で後悔しそうだしね」
悪びれない態度の生徒会長は他の生徒たちの質問に答えるために離れ―――
「―――赤星ちゃん……ごめんね、黙ってて」
「いえ……きっと真実を告げられないでいた生徒会長が、一番辛かったと思いますから」
背を向けた時にそっと、そんな風に私に声を投げた会長に、私はそう返すのがやっとだった。何故言ってくれなかったのか?という気持ちはある。怒りたくもある。
けれど、それはきっと“私のことを心配して”だったのだから―――怒れない。
私の症状は、徐々に緩和してきている。けれど、気負い過ぎれば試合前のように過呼吸が誘発され、倒れてしまう。特に今回の戦いは、プラウダを相手にしている
―――あの因縁のプラウダを―――。
―――試合前の呼び出しを思い出す。あの食事会のような思い出話は、きっと今回のことを言おうとしていたんだと、今なら思えた。
けれどその時は言わなかった。理由は―――きっと私だ。
自分が庇護されている自覚がある、その自覚が今の私を苛んでいる。
まだ足りないのだ。皆が安心して私を気にせず動けるようになるには、まだ足りない―――もっとしっかりしなければ、もっと強くならなければ、もっと―――
三時間が過ぎて、プラウダからやってきた特使に「降参をしない」という宣言を行う。代表は私、正面からプラウダの制服の二人を見据えて、しっかりと宣言した。
「エミさん。この試合、勝ちたいです」
ぽつりとつぶやくようにこぼした言葉に
「廃校もかかってるし、みんな気持ちは同じだよ」
そう返してぐいっと口の端だけ伸ばして笑うエミさん。
そうじゃない。そうじゃないんです。
私は、私の正しさを証明するために勝ちたい。私の強さを信じるために勝ちたい。みんなに胸を張れるように勝ちたい。
エミさんについて行けるように強くなりたい―――だから勝ちたい。
結末だけを書くならば、勝負は私たちの勝利で終わった。
隊長車を挑発して追いかけさせている間に追撃の目から逃れた私たちがフラッグ車を探しに戻り、フラッグ車を護っていたKV-2を沈黙させ、集落外周を逃げ回るフラッグ車を追いかける。
そんな私たちに、M3とルノー、ウサギさんとカモさんの撃破報告が次々に飛んで来る。焦りに汗が頬を伝う私の下へ、アヒルさんから通信が一つ
『―――心配しないでください。こんな砲撃よりよっぽどすごい殺人スパイクを、私たちは経験してます!!』
「―――頑張ってください。私たちは私たちにできることをします」
窮地の中とんだジョークに思わずクスリと笑いが漏れる。そこへ―――
『こちら秋山。フラッグ車の侵攻ルートは―――』
高台に上った秋山さんからの報告に、脳内で図面を引く。フラッグ車の侵攻ルートをなぞり―――
『カメさんさんじょーぉ!!天翔ちゃんの分も、ばーっちしお返ししちゃうよぉ!!』
呑気な調子で声を上げる生徒会長とカメさんチームの38tが雪原を蹴散らしながら合流し―――
―――38tの至近射撃に履帯を傷めたフラッグ車が足を止めたところに
「――――撃てぇ!!」
私たちⅣ号と、カバさんのⅢ突の十字砲火が突き刺さり、試合に勝利することができたのだった―――。
「―――“
そうして少し悔しそうにやや俯き、カップを持つ手を震わせる。
「―――本当、負けてしまったのが悔しくてならない……あの子ともう一度戦いたかった―――無念とはこのことね」
「―――冬季大会も復活することですし、チャンスはまだあります」
僅かに俯くダージリンに、オレンジペコはそっと手を終え、そう言って微笑んだ。