【 三次創作 装填騎兵エミカス ダージリン・ファイルズ 】 作:米ビーバー
黒森峰の戦車が死屍累々と転がる市街地の真ん中で、2輛の戦車が走り回りながら、時に離れ、時に接近して撃ち合いを繰り広げていた。
俺の乗り込むヘッツァーとみぽりんの指揮するパンターG型……ではない。
「赤星さん――――――ううん、小梅ちゃん!行くよ!!」
「はい!私の全て、ぶつけます!!」
赤星さんの指揮するチーム赤星が駆るⅢ号J型と、みぽりんと俺がかつて一緒に戦車を動かしていたメンバーたち(+装填手)の駆るフラッグ車。ティーガーⅠ
そして俺は―――と言えば
「―――天翔。君はどう見る?」
「そうですね……みほは天性の才能を持ってます。少ない可能性でも関係なく、勝利をもぎ取るための道筋をつかみ取ることができる」
「ふむ……つまり、みほが優勢と?」
「―――どうですかね?赤星さんたちは頑張ってましたから」
すぐ横で停車して白旗を上げるティーガーⅠ―――その上部に腰かけて戦況を眺めているまぽりんに、同じようにヘッツァーの上に胡坐をかいて座り込み、達観した調子で感想を述べていく俺。
―――いや本当……どうしてこうなった……?!
「#11 激戦です!!(前) ~黒森峰に、帰れなくなるよ?~」
東富士演習場―――前世では一年に一度、総合火力演習の時以外は入ることを禁じられており、ガルパンにおける高校生大会最終決戦の地として聖地巡礼を行うガルおじの行脚の場に登録されるスポットである。
原作では山上の高台に陣取って攻勢の後、敵中をかき分けて撤退。そのままひばりが丘団地をトレスしたような市街地になだれ込み、マウスと遭遇戦。その後に後からやってきた黒森峰軍団を市街地で分断して斬首戦術。
改めて考えるとみぽりんの切れ者っぷりが半端ない。見通しの悪い迷路のような市街地、加えて戦車1台がせいぜいの狭い細道の連続での戦闘では各乗員の連携も何もあったものじゃない=「強力な戦車を有用な数揃えて弱点を補いながら前進して殲滅」という黒森峰(西住流)の一番の武器を殺しにかかるガチメタ張りである。
まぁ、そうでもしないと勝ち目なんかなかったと言い換えることもできるんだが……。
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「―――ごきげんよう」
「おう、御機嫌ようフッド。じゃあ調整があるから」
「お待ちなさい」
おざなりに挨拶してさっさと背を向ける俺に短く気勢の乗った声で待ったをかける英国産格言マシーン。
「あなたにこの言葉を贈るわ。“勝利は目的ではなく、目的に達するひとつの段階であり、邪魔を除去することにすぎない。目標を見失えば、勝利も空しいそれである。”」
お馴染みの格言が飛び出す。が、原典がわからん!
というわけで視線をお隣のオレンジペコに向けて目で『解説はよ!』と訴える。
「インド独立の初代首相、ジャラハルラール=ネルーの言葉ですね」
ペコがこっちに視線を合わせて『僭越ながら』とばかりにぺこりと頭を下げる。ペコだけに()
―――よくよく考えれば、この激励の言葉も変だったな。と俺が気づいたのは、これよりだいぶ後の話である。
「ハーイ!ニンジャ!!」
「天翔!起こしてくれて感謝するぞ!!」
「エミーシャ!来てやったわよ!!」
おケイさんにアリサナオミ、ドゥーチェにカチューシャ、ノンナと続々と集まって来る件。俺の後ろでダージリンと相対してた赤星さんとかカチューシャを前にすると微妙に臨戦態勢に入ろうとするし、こう色々とgdgdになりつつある。原作でみぽりんが戦うと同時に関係を築いてきた相手とこうして絆を深めている赤星さんを見てると何て言うか……うん、感慨深いね。
これなら赤星さんたちが黒森峰に帰ったとして、俺がいなくなっても問題ないだろう。
そうして各面々の激励を受けて、砲弾の積み込みを終えた戦車に乗りこんで整列する。代表者は各2名。
大洗側は会長と俺、黒森峰側はまぽりんとみぽりんの西住姉妹。
「天翔。今日はよろしく頼む」
「隊長。それこっちのセリフです。今日はよろしくお願いします」
などと軽く談笑して見せて、みぽりんに軽く目配せを送る。少し様子がおかしかったが、みぽりんの方もこちらの視線に気づいて視線を投げ返し、ゆっくりと微笑んだ。天使か(素)
「それじゃみほ、『後で』な」
「うん―――エミちゃん、『後で』ね」
お互いに短いやり取りを行って―――
『 よろしくお願いします――――――!!! 』
一同礼とともに、試合が始まったのだった。
―――そう。俺はここで気づくべきだったのだ。俺という「黒森峰にクーデターを起こそうとした不穏分子が喉元に刃を突き付けるが如く姿を現した」というのに、「黒森峰に誰一人として俺を責める視線を送る者がいなかった」という状況に―――!!
****** Emi → Koume
―――時間はプラウダ戦の直後程度まで巻き戻る―――
――月――日
プラウダ戦で再起不能レベルのダメージを受けたルクスに代わり、Ⅲ号J型を連れてやってきてくれたかつての私のチームのメンバー。それは私たちがやってきたことが間違いではなかったと……私自身が苦難に耐えてエミさんと一緒に歩んできた戦車道は、決して私たちを裏切らなかったと強く実感できた。また、プラウダ戦以降、私自身のトラウマも軽減されたのか、発作が頻繁に起きることがなくなった。昔のように戦車に乗って指示ができることの喜びよりも、私の中にある喜びは―――これでエミさんに迷惑を懸けることなく、エミさんに並んで立つことができるかもしれないという希望だった。
その反面、定員が埋まっているⅢ号J型にエミさんが乗り込む余地は無く、エミさんはヘッツァーのカメさんチーム、或いはルノーB1のカモさんチームのどちらかへの異動を余儀なくされ、それに対して悩んで居るようだった。
――月――日
エミさんの悩みはまだ続いているようで、難しい顔を続けて居る。悩みの種は自分が乗る戦車……だけではない。先日の生徒会の面々と一緒に行われた決勝戦の作戦会議では、現状把握から始まり、改めて黒森峰の車輛の質と量を再確認することになった。その物量は圧倒的で、こちらはそれに対して僅か7輛。
以前に艦内の奥底で見つかった88mm砲塔を備えた戦車のレストアが終わったとして、それでも8輛VS20輛。倍以上の数の差に加え、軽戦車と中戦車主体の我々に対して、パンターを基礎としてヤークトやシュトゥルムを破城槌とした黒森峰の重厚な戦列では比較するも烏滸がましいと言える力の差が存在する。
―――西住隊長……いえ、副隊長ならば或いはこんな時、突破口を見つけることができるのかもしれないけれど、私にはそんな策を巡らせる力はどこにもなかった。
「プラウダ戦での機転を踏まえて、天翔ちゃんに期待したいとこだけど……まぁ、無謀な戦いだし、しょうがない部分はあると思うから。無理しないでね?」
「勝たねばならんのだ!がんばって策を捻り出してくれ」
エミさんが河嶋さんと生徒会長に水を向けられて苦笑しつつも、有効な策は出ず……いったん持ち帰って検討するという形でその日は終了した。
――月――日
エミさんと一緒に作戦を考えてみる。けれどいい案は出ない。
そもそもの戦力差が大きすぎて、正攻法ではまず勝ち目が出ない。加えて戦車の質、さらには黒森峰という中等部からの育成方針による練度の高さ、その高等部レギュラーである乗員の質―――格差を挙げればきりがない。
「厳しいですね……」
「だろうね。でもまぁ、配られた手札でどうにかするしかない展開ばっかりだったからね。大洗は」
私の呟きを苦笑で返し、盤面を見据えてああでもないこうでもないと悩むエミさんを残して、私はⅢ号のみんなと合流して訓練を開始した。
「私は装填手だし、まだどの戦車に乗るかも決めてないから時間がある。だから赤星さんは赤星さんのやるべきことをお願いするね?」
なんて、エミさんに言われたからではないけれど……その日の訓練は上々の出来だった。
そういえば先日話題に上った88mm砲はポルシェティーガーの砲塔だったらしい。自動車部の方々がレストアを完了させた車輌の、試運転に立ち会わせてもらった。とても希少な戦車ではあるが、足回りを考えると欠陥車輛と言わざるを得ない。一応、それとは別に猫田さんと呼ばれる方が新たに加わり、自転車置き場に放置されていた三式中戦車が戦力に計上された。 とはいえこれで9輛。まだまだ彼我の戦力差は埋めきれない。
――月――日
「天翔先輩、大丈夫ですかー?」
「相手が誰でも根性で頑張るだけですよ!!」
乗員とのマッチングもそこそこに作戦を考えるべく机上での盤面整理を行うエミさんに、一年生のウサギさんチームと、元バレー部のアヒルさんチームが声をかけていた。二組とも持ち前の前向きさでエミさんを前向きにしようと彼女たちなりに考えているようだった。けれど―――
「―――相手にはみほがいる、それにエリカもね。あの二人が用意した訓練カリキュラムをこなして私たちはサンダースやプラウダと渡り合える戦力になり得た。だったら、それは“みほがそこまで成長するだろうと予測をたてて皆を指導した”ってことじゃないか?
―――あの子ならきっと、そこまで読み切ってくる。だから今のままじゃみほの策をかわしきれない……」
悔しさのこもった言葉に、二組とも何も言えずその場を離れるだけだった。
けれどその後、二組ともやる気を上げて練習に臨んでいる様子を見るに、エミさんの言葉は盛大な発破として効果を発揮したようだった。
――月――日
エミさんの様子がおかしい。先日“エミさん宛の来客”と面会希望した人物に会いに行ってからずっと、何か思案とそれに対する迷いを繰り返しているようで、浮ついているというか……何か抱え込んだままの様子で―――
―――生徒会室の方へ歩いていくエミさんを、知らず追いかけていた。
*********
―――運命の引力というモノは、存在するのだと。そう、思うときがある―――
プラウダ戦での地崩れによる滑落しかり、飛び出そうとしたみほさんを制して単身、私たちを助けるために飛び込んだエミさんの行動しかり、彼女の行動の結果敗北した黒森峰と、その後の彼女と私たちの置かれた境遇しかり。戦車道の無い学校へ転校した先で、戦車道を始めなければならない事態が起きて居たこともそう。
まるで世界がそう望んでいるかのように、彼女は引き寄せられるように巻き込まれている。
『―――生徒会長。ちょっと相談があるんですけど―――』
例えば、今この時のように―――
『内乱……ねぇ。黒森峰も大変なんだね~……』
『―――耳に痛い話ですが』
苦笑する声が聞こえる。生徒会室の扉越しに、私は耳をそばだてて中の会話を聞いていた。本当はこんなことは良くない事なのだと自分がよくわかっている。けれど止められない。止めてはいけないと頭の中で警鐘が鳴り響いていた。
それは或いは、経験則だったのかもしれない。自分ひとりで全てを背負い込む気質のある彼女に対する、過去の経験から来る対応だったのかもしれない。
『それで、それが決勝に起きるとして、ウチとどう関係すんの?』
『その内乱を利用します』
『て、天翔さん?あの……言っている意味がよくわからないのだけど?』
小山さんの戸惑ったような声が聞こえる。河島さんが怒鳴っていないところを見ると、ひょっとしたら河嶋さんは席を外しているのかもしれない。
『今回のクーデターは西住流の権力争いから派生するお家騒動の一種です。おそらくは、という前置きが付きますが。なので、今回の内乱に“西住流”を巻き込みます。まほ隊長ともすでに連携していて、現師範で家元候補筆頭の西住しほさんにもまほ隊長経由で話が行っている頃でしょう』
『手回しがいいねぇ~』
角谷さんのケラケラと笑う声が聞こえるが、きっと他の面々は絶句しているかドン引きしているのだろう。私だってそうだ。いつの間に用意を整えたのか、そのための伝手に苦心すらしないエミさんの持つ人脈の太さに改めて戦慄を隠しえない。
『それで―――試合開始からしばらくは撃った撃たれたの茶番劇です。互いに戦力を損耗しないように……アレです。“立ち合いは強く当たって後は流れで”のノリで』
『その辺はブックがあるんだね。それで?』
『その後、内応を起こすタイミングは私が特定のワードを全方位通信で上げた瞬間からスタートします。そのタイミングでまほ隊長も“隊長が信頼して選出した西住まほ近衛部隊”が裏切者たちと戦闘を開始します』
こともなげに説明を続けるエミさんと、何も言えなくなっていく生徒会の面々。私も説明から想定される状況の推移についていけない。
その間も、エミさんの説明はスラスラと続いて行く。
聞き耳を立てる私の身体から、どんどんと熱が引いていく。エミさんが何をしようとしているのか、その結果何が起きるのか、それを理解してしまったから。
『あのさ、天翔ちゃん。それ、本当にやるの?』
『ええ、これが一番勝率が高い―――というより、正攻法だと無理過ぎるので』
『―――黒森峰に、帰れなくなるよ?』
そう。エミさんの語る作戦では、作戦が発動した時点でエミさんは黒森峰に居場所がなくなってしまう―――いくら大会の後で隊長や西住副隊長が擁護したとしても、エミさんの居場所はどうにもならない……!!
『―――今更ですよ。それに黒森峰のあの状況は、私がいたから起きたことです。私が黒森峰に戻ればきっとまた似たようなことが起きる』
違う。
決勝戦での事故は偶発的なものだった。私たちを助けようとしたのはみほさんとエミさんで―――みほさんが車長だったからエミさんが―――
―――違う。
エミさんもみほさんも私たちを助けようとしたことは悪くはない。それを悪としたのは―――
―――違う。
勝利を是とすることに問題があるとは思えない。けれどそのために犠牲を厭わない行動を強いることに疑問を持つことを悪とするのは間違っている。
―――それならばきっと―――
淀む思考を振り払うようにかぶりを振って、私はその場を静かに離れることにした。そのまま自室へ戻り、ベッドに身体を投げ出して目を閉じる。
「―――何をもってしても勝利を……鋼の精神……西住流……」
思考を吐き出すように呟きを漏らす。
エミさんの作戦を実行した結果起こるべくして起きる未来。その結果エミさんは黒森峰と断絶し―――私は……
「―――――――ッッ!!」
ベッドの上に投げ出した身をぎゅっと竦ませる。
いつか見た日記の内容を思い出し、その時垣間見た未来が現実になろうとしている。
―――それを許すわけには、行かないから―――!!!
―――運命の引力というモノは、きっと存在しているのだろう。
だって、生徒会室へ向かうエミさんを見かけて追いかけたのが私で、
エミさんの書いた“あの日記”を読んで、エミさんの抱えている闇を知っている唯一の存在である、私で
エミさんが語る作戦から、エミさんがどうしてそこまでの手段を取ったのかを理解できてしまって
だから―――
『―――珍しいわね。アンタが私に連絡とか』
「―――お話があります。これから独り言を言います……この内容は、本当は誰かに話すべきではないお話なので―――」
『何それ?赤星、何の話を―――』
「――― ――月――日 みんないなくなっていく……」
―――だからこの行動は間違いなく称賛されるものではない。むしろ非難されるべき行動だろう。
けれどこうでもしないと彼女は一人で走っていってしまう。
それはきっと、私も電話口の向こうの彼女も……きっと副隊長も隊長も、望んでいないと思ったから。
――月――日
決勝戦が始まる。
これまでに戦ったみんなが、エミさんに激励のために集まってくれていた。やっぱり、エミさんはすごい。戦車道を通じてわかり合い、友達を作る。
スポーツと言えど競技である以上、勝者と敗者という明確な差ができるというのに、そんなこと関係ないとばかりにみんな笑顔でエミさんに接している。
砲弾などの積載を終えた戦車を整列させ、エミさんは角谷生徒会長と一緒に挨拶に向かった。
挨拶を交わす西住隊長と副隊長と、エミさんと生徒会長。
そんな4人が挨拶を交わす傍らで、私も彼女と対面する。
「赤星……わかってるんでしょうね?」
「―――逸見さ……エリカさんも、宜しくお願いします」
「ええ、あの馬鹿に目にもの見せてやるってのよ……本ッ当……馬鹿なんだから……ッ!」
憤りを露わに黒森峰の列に戻っていくエリカさんを迎える同じ戦車の乗員たち。彼女たちも各々複雑そうな表情をしている。エミさんとは長い付き合いである彼女たちと同じ境遇である西住副隊長……みほさんの戦車に同乗するメンバーの表情は、それとは対照的に皆一様に硬い表情をしている。
―――これから決勝戦が、始まる―――。
―――私たちの、大洗の、西住流の―――未来を決める決戦が―――