【 三次創作 装填騎兵エミカス ダージリン・ファイルズ 】   作:米ビーバー

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 市街地をゆっくりと前進していく戦車。

その搭乗口から上半身だけ出して、周囲の索敵という名目で外を眺めている西住みほと、それに真正面から対峙するⅢ号戦車と赤星小梅。

「―――西住副隊長。わたしたちと戦ってください」

 先ほどの言葉をもう一度繰り返す小梅。声を掛けられたみほは―――


「―――えぇと……ごめんなさい。わたしこの試合だけは隊長で―――あ、いや、その、そうじゃなくて、あの、何て言うか……」


しどろもどろの返答に周囲の空気が弛緩する中、小梅だけは真剣な表情でみほを見ていた。


「―――では、西住みほさん。わたしたちと戦ってください」
「―――本気なんだね?」


小梅の様子に、みほも真剣な表情で応える。小梅はただ短く「はい」と返した。


  二人にとっても、周囲にとっても体感時間で永遠のような時間が流れる。


或いはそれは刹那であったのかもしれない。


「戦う前に、一つ聞かせて?―――それは、誰のため?」


 みほの問いかけに、小梅は目を閉じて黙考する。


これまでの全てを


自分を、ともにⅢ号に乗り込むメンバーを助けてくれた少女のこと

はじまりの一歩目を踏み出す勇気をくれた少女のこと

立ち止まるたび手を引いてくれた仲間のこと

奮起するためのきっかけとなった出来事のこと




―――すべてが終わった。或いはすべてが始まったあの日のこと。





【 装填騎兵エミカス IF:小梅ルート 第0話 】

【 #0 戦車道、辞めます ~『大丈夫。いくらでも付き合うさ』~ 】

 

 

 

*** Others → Koume

 

 

  “あんたたちがいたから―――”

 

 

―――声が、する。

 

 

  “折角の十連覇を―――”

 

 

―――声が、する。

 

 

  “ヤメテシマエ”

 

 

―――声が―――

 

 

  “イナクナレ”

 

 

―――声が―――

 

 

 

  “オマエタチサエ、イナケレバ”

 

 

 

―――ごぼりと。水に飲まれる感覚。ああ、でも

 

 

 

―――水の中なら、ナニモキコエナイ。何も感じない。何も―――

 

 

 

―――その代わり、息苦しい。人は魚ではないのだから当たり前で、悪夢(ユメ)から覚めるのも一瞬で

 

 

「―――は、はぁ―――はぁ、はぁ……は……っ……ッッ……ぁ……!!」

 

 

―――息苦しい。酸素が足りない。酸素を、もっと―――もっと―――!!

 

 

『ビニール袋を!急げ!!』

 

 口に袋状のものが押し付けられる。苦しい!やめて!息ができなくなってしまう!

呼吸ができないと溺れ死んでしまう!!助けて!!誰か!!

 

 

『赤星さん!!!落ち着いて赤星さん!!』

 

 

 もがく私の両手が、違う二つの手に捉まえられて、ギュッと抱きしめられていた。混乱していた思考がゆっくりと、波が引くように落ち着いていく―――。

だらりと力の抜けた腕に安堵したか、抱きしめる手が離れていく。それが少しだけ惜しくて、強張って震える腕に

 

 

 もう一度優しく手を繋いでくれた。

 

 

―――西住みほさん。私たちを助けようとしてくれた人。

―――天翔エミさん。私たちを助けてくれた人。

 

 

 私はどうしたらいいのだろう?どうしたいのだろう?

 

戦車道を始めて、自分に自信が持てるようになって、レギュラーメンバーの椅子を巡って争って―――やっと掴んだ一年生レギュラーの座が涙を流すくらい嬉しくて

 

 

―――けれど、あんなことになってしまって―――

 

 

 

 戦車に乗りこむ。ハッチを閉じる。暗室のような薄暗闇で、互いの息遣いが反響していく感覚―――。

 

 

―――どこからか、反響する声が、耳に届く。

 

 

  “ヤメテシマエ”

 

 

―――反響した声が全方位から聞こえるから

 

 

  “オマエタチサエ、イナケレバ”

 

 

―――何も聞こえない水の中が心地良くて

 

 

   “なんでまだ戦車道をやっているの?”

 

 

―――私は―――わたしたちは、水の中に溺れる方を選ぶ。

 

   『私を待ってろ!! 絶対助ける!!』

 

―――だけどすぐに息が続かなくなって溺れていく

 

 

      今日も私は医務室で目を覚ました。

 

 

 

******

 

 

 

「大丈夫?困ったこととかない?」

「いえ……大丈夫、です」

 

 医務室でずっと私に付き添ってくれていたのは天翔さんだった。あの事故の後、天翔さんもまた、「10連覇を台無しにした主犯格」として槍玉に挙げられた。

 

 けれど彼女は“人道を重んじて人命を第一に考え、水没する戦車から乗員を救助した英雄”という格好の題材に飛びついたマスコミによって持ち上げられ、黒い声は殆どが封殺されたしむしろ称賛の声だってある。その結果というのもおかしな話ではあるけれど黒森峰の中に残ったわだかまりは、事故の被害者である私たちの方へとその槍先を向けた。こんな風に言うと彼女を妬んでいるように聞こえるかもしれないけれど、私たちの誰一人として彼女を恨んでいることはないと自負できる。

 

 

 だって彼女は本当に命がけで私たちを助けに来てくれた。

 

 

 天翔さんの身体は、小さすぎる上に肉付きが薄く脂肪も筋肉もあまりついていない。(それなのに何故あんな怪力が出せるのかは不思議な話だけれど)その結果身体に熱が溜まり難くなっていて、冬場や肌寒い朝などはマフラーなどで断熱保温してトレーニングにいそしんでいると聞いて居る。(エミ「いいえ、寒がりなだけです」)

 そこまで寒さに弱い彼女が、あの大雨で気温も水温も下がっている中躊躇もせず濁流に飛び込んだことに、逆恨みを抱くなんてありえない事だった。

 

 

  ―――だったら誰を恨めばいいのか

 

 

 そこでどん詰まりの思考の渦に呑まれてしまって、最終的に「言われてもしょうがない。私たちが戦犯なのは事実なのだから」なんて、どうしようもない結論に至ってしまったのが、私たちの不幸だったのだろう。

 

 

*****

 

 

「―――ごめん。ごめんね―――」

 

 また一人、戦車道を去った。涙を流して悔しがりながら―――

一向に良くならない状況にも、自身の症状にも耐えかねて、諦めに負けてしまう。

その弱さを責める権利は私にはないし、誰にもあるはずがない。

 “やっと諦めたのね”

 陰口なんか、聞こえるはずもない。

 “清々したわ”

 

「―――赤星さん。大丈夫?」

「大丈夫……私は大丈夫です」

 

 心配そうに声をかけてくれる天翔さんが、やや当たりが厳しいけれどこちらを気遣ってくれているのがわかる逸見さんが、自分が声をかけることで起きる周囲の反応を考えて手を止めてくれている西住副隊長が、3人の心遣いがとても嬉しくて……

―――同時に申し訳なくなっていく。

 

 

 

******

 

 

 

 戦車の中にいると息が詰まる。

 

止めどなく反響するわたしを責める声。それから逃れたくて空想の水の中に身を溺れさせる。酸素がなくなり、水面に顔を出す。

 そうして、反響する“声”に晒される。

 どこまでもどん詰まりで、どうしようもなくて「出して、出して」と喚き続ける。悲鳴が鳴りやまない。心がひび割れていく。呼吸もままならない私たちに、無数の視線が突き刺さる。同情、心配、侮蔑、敵意、悪意―――なくならない。

 

 

 もう嫌だと一人が逃げた。釣られるように二人目が逃げた。

 

 

 歯を食いしばって耐えて、耐えて―――

 

 

「―――いい加減にしなさいよ。邪魔になってるってわからないの?」

 

 

 ―――ぷつりと、切れた。

 

 

 

******

 

 

 

「アンタたちが邪魔だからってだけじゃない。そんな苦しそうな顔で戦車に乗られていたら戦車道が誤解されるのよ」

 

言っていることはいちいち正論で

 

「アンタが戦車道にしがみつきたい理由もわかるわ。同じ立場になったことがないから完全には無理だけど」

 

けれど言葉の端々から見えるのは憐憫などではなく

 

「新入生たちの問題もあるし、私は【西住隊長の腹心として】あの人のサポートをする義務が在るもの」

 

悪意と敵意に撒濡れた泥のような―――

 

 

「―――だから、申し訳ないんだけど辞めてくれない?(さっさとお前も辞めてしまえよ)

 

 

 

******

 

 

 

「戦車道を、辞めようと思います」

 

私の言葉に、西住隊長は「そうか」とだけ返す。

 

黒森峰(ここ)に、もう私のいる意味はありませんから、ついでに転校しようかと思っています」

 

 名門校黒森峰にやってきたのは、戦車道のためだった。だからもう、戦車道を続けることがないのなら、いる必要なんかない。転校手続きの書類を受け取った隊長は、少しだけ悲しそうだった。

 でももう隊長たちに悲しい思いをさせることはないんだ。普通科に行ったみんなも、私が学園を去れば、きっと一人逃げ出した私にだけ非難が向かう。風当たりも弱まるだろうし、これが一番いい選択なんだ―――。

 

 

 

 

 

「―――まほ隊長、こっちもよろしくお願いします」

 

 私の横からひょっこりと顔をのぞかせたのは天翔さんだった。その手には書類封筒が握られている。

 

「―――天翔、これは……」

「転校願です。―――って、おやぁ偶然だねぇ赤星さん」

 

 ニコニコと笑顔で私に挨拶をする天翔さんに言葉を失う。なんでこの人が黒森峰を離れようとしているのか、それが全然わからない。理解できない。

 

「天翔。君が学園を去る必要は―――」

「あぁ私、自分の目的のついでに赤星さんのリハビリに付き合う予定です。彼女、放っておいたら戦車道を本気で捨ててしまうんで」

 

事も無げにそう言った天翔さんに、その場の皆が絶句している。

 

「―――エミさん!!」

「ちょっとエミ!!説明をしなさい説明を!!」

 

バタバタと部屋に駆け込んできたのは西住隊長の妹さん、西住みほさんと、天翔さんとみほさんの親友の逸見エリカさん。二人ともとても慌てた様子で肩で息をしていた。

 

「天翔、私からも説明を頼む。君が赤星の転校に付き合う責任はないはずだ」

 

厳しい目を向ける隊長に、天翔さんは真っ向から目を見返して

 

 

「―――ありますよ。だってみんな【私の責任】ですから」

 

 

 そう言って胸を張った。

 

 

「赤星さんたちのⅢ号が滑落したとき、着水よりも前に動こうとしたのがみほでした。私はその時「車長が持ち場を離れてはいけない」と彼女を止めました。そこで若干の言い争いになりました。

 ―――人命救助においては致命的なタイムロスです」

「―――それは―――」

「いいんだよみほ。フラッグの車長であるみほを諫めたのは当然の判断だったのかもしれません。でもね、そういう問題じゃないんですよコレは」

 

 

天翔さんの言葉に皆が呑まれている。淡々とした口調の中紡がれる重い言葉に、誰も反論を言葉にできずにいた。

 

 

「―――そんな私が“命がけで命を救った英雄”?持ち上げられすぎて頭がおかしくなりそうですって」

 

 

 ヘラヘラと笑っている天翔さんの内心がどういう心境なのか、私には分からない。けれど天翔さんは天翔さんなりの理由で、学園を離れようとしているのだ。

 

 

「一回黒森峰を離れて、もう一回戦車道を見つめ直したいんですよ。自分のためにも」

 

 

 天翔さんが私に向き直る。その瞳に見つめられていると思うと、戦車道から逃げ出そうとしていた自分が恥ずかしく感じられて、けれど目を逸らせなかった。

 

 

「―――と、言うわけなんだ赤星さん。ついでに赤星さんがもう一度戦車道に向き合えるようになるまで、私が一緒についてってもいいかな?」

 

 

 ここまで勝手に話を進めて置いて、最後は自信なさげに覗き込むような目で私を見つめて来る。断れる空気でもないし、それに

 

 

「―――こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 

 それに、ここまで私を見捨てないでいてくれる人が傍にいてくれるのなら―――棄てようと手を離した戦車道が、地に落ちる前に拾い上げられそうだった。

 

 

 

******

 

 

 

「餞別代りに」と西住隊長が用意してくれたのは、Ⅱ号戦車ルクス(山猫)だった。軽戦車で、最高時速は60㎞/h。これなら一般公道を走らせることもできるから、リハビリにもってこいの車輛と言えた。甲板からこちらに手を振る西住隊長、副隊長、逸見さんに手を振り返す天翔さんと私。出航の時刻になり、徐々に学園艦が沖へと離れていく―――

 

 

 

―――気が付かないうちに、私は泣いていた。

 

 

 

 ああ、これでもう黒森峰の生徒じゃないんだ。そう思うと涙があふれていた。

汚れるのも構わずに膝を着いて泣きじゃくる私の肩を、ぽんぽんとあやすように叩いてくれた天翔さんに縋りついて、その肩を涙で濡らしてしまった。

 

 

「大丈夫。いつか戻ろう?赤星さんならできるさ―――私で良ければ、いくらでも付き合うさ」

 

 

 その言葉にどれだけ救われただろう?

 

 

その後もどれだけ救われてきたことだろう?

 

 

 進展しないリハビリにも折れることも激昂することも、侮蔑の視線を向けることも失望することもなく、私に接してくれた天翔さん。惹かれるなというのが無理な話だと思う。

 

 

 

―――いっそこのまま、ずっとリハビリが進展しなかったら―――

 

 

 

 そんな私の弱さがより一層リハビリを遠ざけていく。

 

 

 そんな甘ったれの私を打ちのめす衝撃がある日唐突にやってくるのだと、この頃の私は知るはずもなかった。

 

 

 

 

****** Koume → Others

 

 

 

 

「―――あの人のため、とは言いません」

 

 

ゆっくりと目を開く小梅の視線の先に、みほがいる。みほの向こう側に、まぼろしの逸見エリカがいる。西住まほがいる。そして―――天翔エミがいる。

 

 

「―――自分のためです」

 

 

 小梅の答えに、みほは真剣な表情で小梅の目をじっと見つめて―――

やがて、笑顔を見せる。

 

 

「―――そっか。そうだね」

 

 

ピンと張りつめた戦場の空気に、張りつめて膨れ上がった風船のような少女を前に、みほはただ微笑んだ。

 

 

「赤星さん。とりあえず、一回深呼吸しよっか」

「―――え?」

 

 

 すぅ、はぁ、とその場で深呼吸して見せるみほに、釣られるように深呼吸する小梅。

 

 

「うん。もう一回」

 

 

 すぅ―――はぁ――――

 

 

「もう一回」

 

 

 

 

―――すぅ――――はぁ――――

 

 

 

 

 

「……落ち着いた?」

「―――はい」

 

 

 怪訝な表情でみほを見る小梅。その瞳は剣呑な輝きは消え、いつも通りの貌を取り戻していた。

 

 

「私は、こういうのうまく言えないけど―――全力を出し切れなくて負けたら、きっと後悔すると思う。自分を責めて、責めて、大変なことになっちゃう」

 

 

みほのそれは、或いは独白か、ないしは自嘲だったのかもしれない。けれどその言葉は小梅の内側にするりと入り込み、奥底に届く。

 

 

「だから―――本気でぶつかろう?お互い、全力で、全部出しきって」

「―――はい!!」

 

 

 みほがティーガーの搭乗口から身体をよいしょと飛び出すと、乗員が次々と外に飛び出してくる。同じように、Ⅲ号からも全員が降車していき

 

 

「「「―――よろしくおねがいします!!!」」」

 

 

 一列に並んだうえでの、【礼】。 戦車道は礼に始まって、礼に終わる。今この時エミが主導に起こした内乱は終わりを告げ、改めて試合が始まったのだと周囲に告げるように。

 

 

 

「赤星さん――――――ううん、小梅ちゃん!行くよ!!」

「はい!私の全て、ぶつけます!!」

 

 

 改めて車輛に乗りこみ、搭乗口でお互いに檄を飛ばし、微笑み合う二人。

 

 

―――ラストダンスが、始まる。

 

 

 




「―――最後の決戦ですね」

内乱からのまほ無双、そしてそのまほと死闘を繰り広げるヘッツァーの一部始終。その外側で起きたみほ無双という見所満載の無双劇場に手に汗を握る様相のオレンジペコに、対照的に涼やかな様子で紅茶を片手に画面を見つめているダージリン。

「―――ダージリン様?」
「―――忌々しい」

膝の上に置かれた逆の手が聖グロの制服に強く皺が残るような勢いで握りしめられていた。その能面のような形相の目元が、僅かに歪む。

「―――あぁ忌々しい。忌々しいわ天翔エミ。大舞台の前で死力を尽くして戦えて、相討ちで満足でしょうね?ええそうでしょうとも。見てなさいな―――大観衆の見守る前で、わたくしは優雅にお前に完勝して見せて差し上げましてよ。その時はそうね……お前に身の程を弁えさせてあげましょうか。そうねそれがいいわ、私がどれだけ苦労しているのかも知らないで二人の世界で白熱した勝負できて満足気な顔とかどうしてくれようかしら……」
「ダージリン様!?ダージリン様!!?」

 膝の上の手を口元にもっていき、心底恨めしそうに爪を噛み、苛立ち紛れにブツブツと呟き続けるダージリンに、オレンジペコの声は届いていないようだった。
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