【 三次創作 装填騎兵エミカス ダージリン・ファイルズ 】 作:米ビーバー
その報告が届いたのは、折り悪く聖グロリアーナ高速艇で帰還している最中のことだった。
「―――黒森峰女学園はフラッグ車を撃破され敗北。優勝はプラウダ高校です」
「ありえないわ」
諜報部からの報告をばっさりと斬って捨てる。
そう、ありえない。あるはずがないのだ。
確かに、私たちと準決勝で戦ったプラウダ高校。包囲殲滅の天才、地吹雪のカチューシャと、正確無比の砲撃手、ブリザードのノンナのコンビネーション、練度、タクティクスは群を抜いていた。
けれど足りない。それでも足りないのだ。あの
いくら計算しても届かない。絶対に。よしんば西住まほにその牙が届いたとしても、その牙が届く前に阻むだろう――――天翔エミを正しく運用できる西住まほならば、それが可能だ。負ける要素など何処にも無かった。
「―――桟道を進み包囲陣から脱出を狙っていたフラッグ車が待ち伏せに遭い、フラッグを護ろうと狭い桟道で動いたⅢ号J型ががけ崩れに巻き込まれ、水没。水没する車輛から乗員を救出するためにフラッグ車の装填手である天翔エミが単身、戦車を離れ救助に向かい、その結果、フラッグ車の前面を護る車輛の喪失と、装填手不在による砲撃不能が響き、撃破されてしまった と―――」
「運営は何をしていたの!!?」
思わず怒気を隠すことも忘れて叫んでいた。
おりしも決勝戦では雨が降り川の水は増水していたと聞く。濁流にのまれた車輛はカーボンコーティングが完全に剥げない限りは無事だろう。だが中の乗員が無事かと言われれば、不安しかない。本来そんな事故が起きたのならば運営は直ちに試合を止めて車輛の救助に向かうべき事態だ。怠慢にも程がある―――!
―――思考を切り変える。
色々と言いたいことはあるがそれを目の前の彼女に当たったところでなにが変わるわけでもない。
ただ、不安が全くないわけでもなかった。
人命を第一に考えて救助に飛び込んだ彼女の行動は、正しさを以て受け入れられるだろうか?それとも―――
“あの子はイカロスよ。決して届かない天へと翔び続ける愚かな人類の象徴”
“その結果、彼女の理想が彼女自身に牙を剥く”
“どうしようもない結果がいずれ訪れる。彼女自身の破滅を伴って”
―――嫌な予感は、現実になろうとしている。そんなまとわりつく空気を振り払った私は
「―――アッサムに連絡を、GI6を動かしなさいと。今すぐによ」
―――私は考えを斬って捨てることをせず、行動に移すことを選んだ。
―――それがどんな結果と結末をもたらしたのかを知ったのは、全てがどうしようもない状況に陥ってしまった後だった。
『#15.5 黒幕Dの暗躍録 ~ 或いは、Dの贖罪、その足跡 ~』
聖グロリアーナと黒森峰女学園の練習試合の日。
天翔エミと、西住まほの妹の車輛は、後方に配置されていて、ヨタヨタとしか動けないⅢ号J型とえっちらおっちら進むだけで、戦闘にもほぼ参加できないで試合を終えた。
「―――あなたのためを思って言っているのよ」
天翔エミの不甲斐なさに苛々した気持ちのまま彼女の待機しているテントへと向かう私の耳に、そんな声が飛び込んできた。
黒森峰のPJに身を包んだ集団に囲まれているのは同じように黒森峰のPJを来た少女の様だった。顔は見え隠れするばかりでしっかりと目に入れることができない。
「―――何やってるんですか?」
ざり、ざり、と地面を引きずる音を立てて、自分の身長より大きな転輪用のラチェットを引きずりながら、笑顔でそんな風に声をかけるのは、見覚えのある小さな体躯。天翔エミだった。
二言三言の押し問答?いえ、脅迫染みた天翔エミの慇懃な対応に蜘蛛の子を散らすように逃げていく集団を見送って、地面に座り込む少女に手を伸ばして「大丈夫。大丈夫だから」とあやしている。
「―――ダージリン様、こんなところにいらっしゃいましたか」
「ペコ……ええ、ちょっと気が向いて足を延ばしただけだから、もう戻りますわ」
天翔エミとあの少女の姿を見て、文句を言おうと思っていた気持ちは霧散していた。あの状況を見た後で、文句の一つでもぶつけようなどと無粋なことを考える気にもなれやしない。興醒めもいいところだ。
「―――ペコ。天翔エミと一緒にいたあの少女を知っていて?」
「確か……赤星小梅さんです。先の事件の被害者の一人ですね」
オレンジペコの言葉に思案する。
彼女があのようなイジメと思しき状況に追いやられている原因―――おそらく十中八九、先の事故の後遺症による試合中のミス。だが、それはむしろ事故の後遺症であるので、仕方ないものとして妥協すべき点である。
無理を推して練習を行っていて、それを諫めると言うのであれば、あのように詰問に至るはずもないし、天翔エミが味方をして有耶無耶に散らすこともない。
ならば一体どうして……??
「ペコ、アッサムを通してGI6に指令を。今黒森峰に起きている事態を調査させなさい」
「―――は、はい。直ちに」
わたくしの言葉に頷きぱたぱたと駆けて行くオレンジペコを尻目に、私は再び思考の海に埋没する。
誰が彼女をあそこまで追い込んだのか?それを精査したうえで天翔エミに預けよう。彼女が無為に時間を浪費しているなど愚の骨頂だ。私のライバルであり、倒すべき相手である以上、日進月歩で私を置いていくくらいの勢いで歩んでいってもらいたい。そうでなければ私が困る。
そう。これはひいては自分のためである。彼女に同情したわけではない。れっきとした己の欲望の行きつく先にそうあっただけのことである。
「――――ふぅ」
紅茶を一口、のどを潤し溜息を吐く。
「ダージリン様!!」
「あら?どうかしたのローズヒップ」
ペコの後ろで待機していたローズヒップが、元気な声を上げて手を高く掲げ発言を要求するポーズで待つ。そんなローズヒップに「発言して良し」というニュアンスの返事を伝える。
「はいですの!」と元気よく答えたローズヒップは嬉しそうに言葉をつなぐ。
「先ほどのお話ですが、赤星小梅さまがあの様な状態になっているのはダージリン様が原因ですわ!」
「――――――――――――――――は??」
ローズヒップの言葉に間抜けな声を上げた私は、盛大にカップを取り落とし、カップは無惨にも地面に落ちて砕けてしまったのだった―――。
*******
天翔エミが起こした戦車から自己判断で飛び出し、その結果敗北を喫したあの事件。それに対する名もなき悪意から彼女を守るために私がとった行動は、ある意味でとても単純な行動だった。
GI6の持ちうる情報屋、それと繋がる新聞社やマスコミに、今回の戦車道大会決勝における黒森峰の敗北の裏側にあった救助行動への関心をむけてやっただけのことだ。それとなく情報をリークして、注意を天翔エミの「救助」へと意識を向けさせた。彼女の行動は美談として処理されるように都合の悪い記事は社会の隅に押しやった。
結果、彼女は「命を賭して人命を救おうとした英雄」になった。
少なくとも、英雄としてのネームバリューを得た彼女が責められることはないだろう。後は足跡を完全に消すだけ。
この一件で彼女の耳に入るのは顛末だけでいい。私という存在の痕跡を完全に消してこそ意味がある。彼女に無用な気遣いなどされたらと思うと蕁麻疹が出そうだ。彼女とは、対等な関係で、対等な立場で、全力で戦い、打倒する。それこそが私と彼女の正しい関係であり、私と彼女に在る確かなつながりというものだろう。と、私は思っている―――。
「―――つまるところ、天翔エミ様を英雄に祭り上げた結果、そのしわ寄せがぜぇんぶ被害者の赤星様以下、Ⅲ号の乗員に行ってしまったのです」
―――脱力感を感じた次の瞬間には、その場に膝をついていた。
言葉が出ない。
愚かにも程がある。黒森峰の生徒は誰一人としてその結論に疑問符を浮かべることがなかったのだろうか?いや、無いからこそ今赤星小梅嬢はあんな状況に陥っているのだろう。
だとすればコレは『相手の無知を把握できなかった私の落ち度だ』と言えよう。
相手が自分たちと同等の知性と、良識と、精神を持ち合わせていると希望的観測を持ってしまったが故―――あの少女とその他の乗員たちにどれだけ詫びたとしても許されるものではない。
「―――ありがとうローズヒップ。とてもよくわかりましたわ」
「はい!お役に立ててうれしゅうございますですわ!」
屈託なく満面の笑みを浮かべる幸せそうなローズヒップが少しだけ恨めしい。
ローズヒップの様子を視界の端に、私は思考を巡らせていた。
この一件の落としどころをどうすべきなのか と。
―――この時点で、私の謝罪など何の足しにもなりえない程に致命的な方向へと事態が動いてことを、帰還した私はGI6からの報告で聞くことになる―――
******
手をこまねいていた間に、件の赤星小梅さんと、彼女の乗員はすべて戦車道から身を退いてしまっていた。痛恨の極みである。
誰かを助けるということは、誰かを助けないということ と言ったのは誰だったか―――?私は天翔エミを助けようとして、赤星小梅さんを致命傷に追いやってしまった。
そして私のしでかした結果は、私にとっても最悪の結末で最期を迎えることになる。
―――赤星小梅とともに、天翔エミが学園艦を去ったという情報で、この一件は終焉を迎えた。
―――迎えたはずだった。
******
時は流れ、大洗女子が戦車道を再開したと報告を受け、練習試合を行った。
******
―――その日はわずかに上機嫌ではあった。
天翔エミと、赤星小梅。二人の安否を確認できた上に、赤星小梅さんは戦車道に復帰していた。それを見守る天翔エミもまた、学園を変えても戦車道を続けて居たのだ。
同時に、申し訳なく思う部分もある。
赤星小梅さんの現状は、私の不徳の致すところだというのに、その尻拭いを天翔エミにしてもらっているに同じという今の状況は、誠に遺憾である。
何らかの形で返さなければどうにも居心地が悪い。そんな風に考えていた。
*******
そしてさらに時間は流れ、戦車道高校生大会準決勝を終えた後まで時計は進む―――
*******
「―――ダージリンさん。貴女の知恵を貸してください」
「突然のお電話もそうですが、唐突過ぎて話についていけませんの。いきさつを説明して下さらないかしら?」
準決勝が終わり、黒森峰を相手に敗北した私のところに連絡が入ってきたのは夜半を回ったころだった。夜更かしは体調面でも美容面でもよろしくないというのに無粋なお相手は不躾に要求を突き付けて来る。私ほど心の広い人物でなくては即座にお電話を切って居留守を聞かせて眠りについていることだろう。
「お願いします。このままだとエミさんが、戦車道を捨ててしまう―――」
「落ち着きなさい。眼を閉じて10数えて、そうしてきちんと落ち着いて、はじめからゆっくりと説明なさい」
彼女が情緒不安定に陥っていることも、何とか説明しようとしているけれど断片的に情報が飛び飛びになっていることも、どうでもよかった。吐き出された情報を脳内でパズルのように組み合わせて―――
「つまり、要約するとあの子―――天翔エミは、“大洗と黒森峰、両方を救うために自分を犠牲にしようとしている”と?」
「……私には、そうなってしまうようにしか想像ができないんです」
赤星小梅の話は要領を得ない。彼女だけに見えている“何か”が彼女自身の認識を形成している。と感じた。
彼女だけが知りえるもの。それを理解しないことには、きっとなにもはじまらない―――
「赤星さん。貴女が何を不安に感じて、そういう未来を想定してしまったのか、それが私にはわからないの。
―――貴女は、何を理由にそう思ったの?」
―――そうして、私は彼女が感じていた不安の意味を知った。
****** Darjeeling → Emi
「―――それが、彼女に加担した最大の理由よ」
「――――――――はぁぁ~………」
思わず頭を抱えていた。
要するにこいつの説明を端的に言うなら赤星さんが槍玉に挙げられたのも、赤星さんがイジメに遭ったのも、赤星さんが学校辞める羽目になったのも
「全部私のせいか―――」
俺というモブが無駄にみぽりんの代わりになろうとしてみぽりんを迷わせた結果、赤星さんと他の乗員皆がトラウマを負う羽目になり、俺をライバル視するダージリンが画策した結果、救われた俺の代わりにしわ寄せを赤星さんが喰らい、黒森峰の暗部からみぽりんを護ろうと頑張った結果、赤星さんがその闇を押し付けられた。
思わず天を見上げて思わずにはいられない。
―――やはり俺という存在は許されてはいけないのではないのだろうか……?
―――ぽふっと、柔らかい感覚が顔を襲う。両頬をダージリンの手が挟み込んでいた。
「“あの話”を聞いて、“きっと全てを推理して完結してしまったら貴女は自分が全部悪いと思うだろう”、そう思ったからこうして全部包み隠さず話をしたのですわ」
反論を許さないといった風に、頬を押さえる手に力が籠る。アヒル口で非常に不細工な表情になっているであろう俺の様子に反応もなく、ダージリンは続ける。
「なのでまぁ、そういう未来を回避すべく、私はこうして暗躍したのですわ」
頬から手を離して座ったままの俺と目線を合わせるべく、その場にしゃがみこんだダージリンに、今度は俺が聞き返す番だった。
「具体的に何をどうやったらこんなことになるってんだ……」
「言ったでしょう?貴女のその【自分がすべて悪い】という認識を根底からぶち壊すためにここまで暗躍したのですわ。なので私がとった行動原理はただ一つ
――――罪の分散と、共有。ただそれだけです」
****** Emi → Darjeeling
「聖グロリアーナの隊長殿が、我々になんの用があるって言うの?」
目の前の喧嘩腰の少女の様子に何も答えず紅茶を一口。苛々した様子の少女を見るに、難易度が低すぎて仕様がないと内心で呆れるばかり。
「失礼。こちらの要件を語る前に舌の滑りを良くしておかないとなりませんでしたので」
あくまで友好的に、微笑みを絶やさず。対応は柔らかく、時に棘を以て。
「天翔エミは、わたくしのライバルです。わたくしが、わたくしだけの力で打倒せねばならないと望み続ける相手です」
「それを私に語る理由がわからないんだけど」
怪訝そうな表情を作る少女であるが、その表層を繕った程度で海千山千の暗躍、暗闘をこなしてきた英国式の薫陶で鍛え抜かれたこの目を欺けるはずもない。特に、目の前のこの娘が天翔エミに白羽の矢を立てたことは、赤星小梅さんからの報告で裏付けが取れている。
「―――常々思っておりましたの。彼女は大洗で再起した。けれど、わたくしが戦いたい天翔エミは、黒森峰の重厚な戦車に乗りこみ、常勝黒森峰の戦団を率いる彼女でなければならないと―――」
私の言葉にピクリと反応を見せる少女に
「そうしたらあらなんと偶然にも、天翔エミが黒森峰に返り咲く作戦が諜報部から流れてきたではありませんの」
「―――何が目的なの?」
剣呑な雰囲気を隠すこともしない少女に、それでもにこやかに笑顔を以て対応する。
「―――わたくしの願いはひとつだけ。天翔エミと決着をつけたい。ただそれだけですわ。それ以外は望みませんのよ?あの娘が黒森峰に戻ることができるのであれば―――協力は惜しみませんわ」
私が天翔エミに固執していることは、周知の事実である。だからこそ、“それが理由”として成立する。
「―――具体的には?」
「情報封鎖を。あなた達の行動に対する欺瞞情報を、西住まほとその周囲に流して差し上げます」
相手の利になり、こちらのデメリットが薄いギリギリのラインを提示し、さらにダメ押しを一手。
「嫌なら別に断っていただいても構いませんわ。彼女を黒森峰に戻したい人間は、他にもたくさん居るようですし」
口にはしないけれど西住みほや逸見エリカ、さらに西住まほが候補者にいるという意味合いを込める。『断ればこの情報をリークできますけど』という脅しも込めた必倒の一手。受け入れる以外の選択肢はここで消える。
自身の対応の何が悪かったのかと思っているのかもしれないが、一言で言わせてもらえば「貴女程度の愚者が、私と会話をしてしまったことがそもそもの間違いだった」と言わせて頂きたい。
「聖グロリアーナの協力に感謝します」
「いいえ、私も自分の目的のためですもの」
―――目的が「天翔エミを黒森峰に戻すこと」だとは一言も言っていませんけどね
*****
「赤星さんは逸見さんを口説き落としてください。貴女と逸見さんが共犯関係を築くことが、第一歩になります」
赤星さんにそう伝えた結果、本人の頑張りと、彼女の記憶している“日記”が功を奏したか、不承不承ながらも私と対峙してくれている。
「それで?アンタは私に何をしろって言うの?」
「私が貴女に命令することなんかありませんわ」
やや嘲笑的に微笑む。ただそれだけで頭に血が上るのだからどうにも手玉に取りやすいタイプだと思う。
「私が貴女に求めている答えは『貴女がどういう方法を選ぶのか』です」
「どういう意味よ?」
意味が分かりかねるのか、怪訝そうな顔の逸見さんに、少し考えて、言葉を選びながら続ける。
「逸見エリカとしてのスタンスを確認したいのです。『何をもってしても天翔エミの行動を止めたい』のか、それとも『大洗に配慮をし、難易度が高くなったとしても両方救いたい』のか。それによって逸見さんに推奨できるプランが変わりますので」
私の言葉に思案する逸見さんに内心で一息を吐く。もう答えは決まっているのだが―――彼女の性格と、彼女に伝わっている大洗の生徒会長の性格とを照らし合わせれば―――
「―――私は、エミを助けたい。あの子が全部背負うなんて間違ってる。それが例え、あっちの学園艦がツブされるとしても、艦の人々がその後どういう結果を辿るんだとしても―――私にはそんなの、知ったこっちゃない」
―――逸見エリカに大洗を救ってやる義理などはない。わかっていたことだ。
天翔エミの日記とやらの内容は中々に心を抉るものだった。逸見エリカが多少気に病んでも仕方がないと言える。天翔エミを追い込んでしまったのは自分だと、直情すぎる彼女はそう思ったことだろう。
―――そう思うことで天翔エミを想うことを正当化したいのだから。
「でしたら、貴女に提案する作戦はひとつです。
―――“独立愚連隊による奇襲作戦”これによる『開始5分内でのフラッグの討ち取り』でしょう」
私の提案は赤星小梅にとっては驚きの内容だっただろう。これを行えば確実に天翔エミの作戦が何であれそこで終了。すべてはご破算だ。
同時に、天翔エミと一緒に、大洗もできれば救いたい赤星小梅には絶対に選べない作戦である。
「―――いや、でも……それは……」
良心の呵責というのは時に決断を鈍らせる。何を犠牲にしてもかまわないと言った矢先だとしても、目の前に提示されれば躊躇を覚えるのは人間なのだから。
「時に、逸見さん。貴女も天翔エミに言われたそうね『敵として戦ってみたかった』と。ならばこの作戦は彼女がどの程度の意識で大洗を護りたいのか、その試金石にできますわ」
「―――どういうこと?」
背中をそっと後押ししてあげるだけでいい。言い訳を与えてあげれば転ぶは易い。心情的な理由で行動を躊躇っているのならば理と義を与えてあげれば動く。人とはそういうものだと、私は知っている。
「奇襲を仕掛けた貴女に対して、天翔エミがもしもなりふり構わず貴女を撃破しに来たのならば、彼女の優先順位は『大洗を救う』比重が大きいということですわ」
「逆に私との決着を優先させて大洗車輛を逃がして私と一騎打ちするようなら、大洗は出来れば助ける程度で約束の方が上ってことね。
―――いいわ。アンタの作戦にのってやろうじゃない」
逸見エリカの中で天翔エミの目的と優先順位がどうなっているのかは知らない。ただ、私の知る天翔エミは、どこまでも愚直で、救うべき対象を選ばない。取捨選択において己の存在を路傍の石ころと同じように扱うその有り様から考えるならば、逸見エリカはなりふり構わない作戦に討ち取られるだろう。
「逸見さんには辛い選択になるかもしれませんが、この作戦の肝は
“この話も、天翔エミの現状も、何もかもを西住みほに知られてはならない”
これを徹底していただくことになります」
こちらの言葉に同意した逸見エリカは、私の出した条件を無条件に順守するだろう。頭に描いた図面の詰めまでは、あと三手。
西住まほと角谷杏、そして西住しほ この3名を利で諭して縛る。それを赤星さんにも逸見さんにも気づかれてはならない。綱渡りのロープがまた一本増えたけれど、この程度は織り込み済み。
詰めを誤るな、気を抜くな、全てが終わった後に再度気を入れる位で丁度良い。
****** Darjeeling → Emi
「―――あとはまぁ、本ッッッッ当に苦労致しましたのよ?西住まほとコンタクトを取りつつ、それをアンチどもに気付かれてはいけない綱渡りを行い、秘密裏に大洗の生徒会長とも繋ぎを作って貴女が考えているであろう計画の詳細を推測に根拠を交えて説明しながら、何とか信用をもぎ取って。極めつけは西住まほの伝手を使って西住流師範に謁見までしましたのよ?この十数日間、文字通り寝る間も惜しみましたとも」
壮大なスケールで語られる八面六臂の暗躍に、内心でも外面でもドン引きしていた俺である。こいつ本当何なの?スーパー英国人なの?英国人を越えた英国人なの?そもそもコイツは―――
「―――ここまでやらかして、それでお前になんの得があるんだよ」
思わず口に出していた。
「ありませんわよ。そんなもの」
「じゃあ何でわざわざこんな面倒くさいことを―――」
「―――こんな言葉を知っていて?【 Friendship doesn't ask for anything in return 】友情は見返りを求めない。何年貴女をライバルとして認め接してきたと思っているの?私の認める貴女は、路傍の石ではありませんわよ?」
ダージリンの言葉に、こいつの今回の行動理念が何処にあるかの裏付けが取れた。やっぱりコイツは俺と赤星さんのために周囲全方位を巻き込んで、「誰が悪いわけでもない。みんなそれぞれ悪い」と考えてしまう状況を作り出したのだ。全員が口をつぐんで居れば真実が露見することもない。かませの先輩に関しても、黙って処罰を受け入れれば彼女の親まで責が及ぶことはないのでその後の人生でやり直しがきくだろう。
大昔の日本のことわざに「三方一両損」という言葉がある。
地面に3両落とした男に拾った男が伝えたところ「落としたものはもうおまえのものだ」と突っぱねる男と「落とし主がわかってるものを云われなく受け取れない」と突っ返す男とで取っ組み合いになり、やってきた役人がそれに1両足して4両を2両ずつ分け合わせ「お前は黙って受け取れば3両戻ってきたがこのザマで1両の損。そっちは黙って受け取れば3両得だったがこうなってしまって1両の損。わしも身銭を切って1両の損。それでよかろう?」とことなく収めた話。
コイツがやったことはある意味でコレだ。自分が一番割を喰っているにも拘らず、それを「全員なにがしか割を食っている」ことにしてそれを連帯感と結束の軛に変えた。知恵が回らなくて結局身体を張ることしかできない猿の浅知恵とはレベルが違う。
「―――西住流まで巻き込んだかぁ……」
「師範が喜んでおりましてよ?やっと恩義に報いることができる ですって」
はて?と首をかしげていた。俺は一体西住流になんの恩義を貸したというのか?
「―――はぁ、喋りすぎて疲れましたわ。今日のところは帰ります。
―――また後日。お会いしましょう」
断崖絶壁に追い詰めた船越英一郎へやってきた行為を自供する犯人のようなムーブで説明しきったダージリンは背を向けて去っていく。振り返ることはせずに、声だけを掛けた。
「―――色々とお疲れさん、フッド」
「―――――――」
返事はない。そのまま去っていくダージリンを振り返らず見送った。
ありがとうなんて口が裂けても言うかブリカスめ。こっちの思惑も計画も台無しにしてくれやがって―――これでみぽりんや赤星さんの成長に支障が出るどころか、一切邪魔をせず赤星さんに至っては改善の目が見えているせいであいつにケジメさせることすらできん。
どうしようもない疲労感に、寝っ転がろうかと思った矢先に、優勝旗授与のイベント開始が宣告され
―――いやこういうの俺がセンターに立っちゃだめでしょ?会長、会長来てくださいよ!赤星さんと俺で優勝旗ってどういう事?説明!説明を求める!!
俺と赤星さんで優勝旗を掲げ、各校の拍手を浴びる中、俺はこの時になってやっと自分の勘違いに気づくのだった。
『―――この世界線の主人公枠、もしかしなくてもみぽりんじゃなくて赤星さんなんじゃね?』と―――(今更)