【 三次創作 装填騎兵エミカス ダージリン・ファイルズ 】 作:米ビーバー
微妙な顔をしている角谷杏の目の前では
「あったかくておいしー!!」「「「おーいしー!!」」」
ウサギさんチームが大鍋に満たされたアツアツのボルシチに舌つづみを打っている。
「これは……生き返るぜよ」
「地獄に仏とはこのことか」
「……」
偵察に出ているエルヴィンを除く歴女たちも、バレー部も、風紀メンバーも皆一様にボルシチで暖を取っていた。
プラウダの包囲作戦に引っかかり、崩れかけた建物に逃げ込んだ大洗女子の下にやってきたプラウダからの使者は、彼女たちにこう告げた。
「隊長は全員土下座すれば降伏を認めると言っています。―――が、隊長はその後こうも言っていました。
―――『どうせエミーシャが降伏するなんてありえないんだから無駄な時間よね?故障した戦車を応急修理する時間くらい与えてあげる。実力の差を見せつけてあげるから全力で掛かってきなさい。じゃーねーピロシキー』―――と。そして、こちらのボルシチはノンナ副隊長からのご好意です」
3時間の猶予と大鍋いっぱいのボルシチを置いて去っていったプラウダに、警戒の色を隠せない大洗陣。河嶋桃が「毒でも入ってるんじゃないのか?」と警戒を露わにする中、天翔エミは誰よりも先に踏み出してお玉でボルシチを掬ってそのまま飲み下して見せた。
「―――安心したろ?みんなで温まればいいよ」
そう言って笑うエミの表情には、カチューシャへの警戒など微塵もなかった。
「何でそこまで信じられるの?天翔ちゃんの因縁の敵じゃないの?」
そう尋ねる杏に、エミはただ苦笑を返すだけだった。
『 ~ 敵に塩を送るという諺は、上杉謙信の義の心を描いたものだと言われているが、実際は塩が買えなくなった武田家に塩を暴利で売りつけに来ただけだ。汚いな、流石上杉汚い。 by 左衛門佐 ~ 』
「―――私も偵察に出てくる」
そう言い残して、立てこもっていた建物の、開いている方の窓から外へ飛び出した。
吹雪に変わりそうなほどに降りしきる雪の中を、ただ駆ける。
身体に当たる雪の礫が、あの日の雨を思い出させて心が沈む。相手がプラウダということもあって、嫌でもあの日のことが頭をよぎる。
どうしようもない俺の暴走のこと。
そして、置き去りにされた「答え」のこと
****** JK → 2 years ago
「―――ドイツ?」
「ああ、そうだ」
―――まぽりんからその話が出てきたのは高等部一年生で全国高校生戦車道大会を優勝した後のことだった。
「三年の夏の大会が終わったら―――国際強化選手としてドイツに行く」
そういえば最終章だとそんな感じの話があってエリカが孤軍奮闘してるんだっけ……?独りぼっちは辛いもんな……じゃけんみぽりんと二人で盛り上げて、どうぞ。
「―――エミ。君さえよければ、その……一緒に来てくれないか?」
「―――は?」
飲んでた珈琲のカップを取り落としかけた。殆ど飲んでいたためにテーブルにバシャーするのだけは避けられたが、唐突過ぎる状況に間抜けな反応を見せるだけで声を失っていた。
「エミの装填能力は群を抜いている。世界でも通用するほどに。その力を、世界で試してみないか?」
「いや……いきなり言われてもなぁ……」
実のところ世界の戦車道とかにさして興味はない。これまで鍛え上げてきた成果を他でもないまぽりんに強く評価されているのは悪い気分ではない。ないのだが―――
―――率直に言うと、ドイツに留学してる間みほエリをリアルタイム確認できないのが辛い(素)
我が新たなる人生はみほエリに費やすと決めて人生を戦車道に注いできた。戦車道を続けてきた理由はひとえにみほエリのためにあると言っていい。中等部でまぽりんと今の関係を築いてからその理由も半分くらいはまぽりんに失望されたくないのとまぽりんについていくためになってはいたが……やはりツーラビッツ・ノーラビッツ。どちらも取ろうとすると失敗しかない。それはひいてはみほエリの未来の喪失につながるだろう。
俺の思案はわずかな間だったが、まぽりんにとっては長い時間だったようだ。
「―――いや、言葉を飾るのは悪徳だな」
「……まほ?」
まぽりんは不意にキリッと真剣な表情を見せる。高校の学食の一席なので周囲のザワザワが「ざわ……ざわ……」ってノリに僅かに静けさを湛える程に収まった。
「―――エミ。君が欲しい、どうしてもだ」*1
ま――――――
マホォォォォ―――――――!!!?*2
内心で絶叫を上げつつも口をパクパクさせて声も出せない俺からわずかに視線を外すようにして、まぽりんは続ける。
「エミにとって、私がどういう存在なのかは私にはわからない。けれど、私にとってエミはもはや半身も同じなんだ。エミ無くして私は成り立たない。だから私と一緒に歩んで欲しい」*3
周囲のざわめきが凄いことになっている気がする。いや実際なっている。どうすんのこれ!?どうすんのこれ!?俺にどう答えろと言うの!?この状況で断れって?無理ゲーすぎないか!?そんなことになったらまぽりんは曇るわお互いの距離感が酷いことになるわひいてはみぽりんやエリカにまで飛び火するだろうし、何より今後の戦車道内の空気が最悪になる(確信)
「―――私はエミとなら、一歩先のステージに進めると思っている。答えはまだ出さなくてもいい。留学の前までに聞かせてくれ」
スッと席を立つまぽりんをどうすることもできない。周囲の視線が辛い。胃の辺りがミシィ!!ってしてる。血とか吐きそう。(胃痛)
とはいえ、選択肢の期限は二年先まで伸ばせるようだ。其処から先は強制イベントだがな!(蒼白)
率直に言うと、悩んでいた。
まぽりんをあんな短文マシーンにしてしまったのは俺が翻訳係として頑張り過ぎた結果のような気がしないでもない。放っておいてもああなってた可能性はあるが、俺がそれを促進してしまったのだとすれば海外で言語格差がある状況、まぽりんを放置すべきではない。それでもし国家間問題まで発展するとかになったら罪悪感で即ピロシキする自信がある。
とはいってもドイツ留学期間中みほエリを近くで眺めていることができないというのもなぁ……
どうしようか迷うということは、その時点でまぽりんとみほエリの比重が大分天秤として均等になりつつあったのだと、その時はまだ気づいておらず―――
―――俺が学食を後にしてから、何故か学食の方でノンアルが売り切れになり、盛大に学食内で『乾杯ッッ!!』の声が唱和されたという。
*****
「あー……敗けた敗けたぁー!!……嫌になるくらい隙が無いわねあのコンビネーション」
「―――お疲れさまですわ。アールグレイ様」
パンツァージャケットをばさりと脱ぎ捨てて聖グロリアーナの制服を羽織り、淑女とは思えない乱暴な動きでどっかりと椅子に腰を下ろしたアールグレイに苦笑して、ダージリンが手ずから紅茶をサーブする。ぐいとカップを傾けてほぅと息を吐いたアールグレイは、不貞腐れた表情から普段の顔つきに戻っていた。
「西住まほと天翔エミ……あの二人がかみ合っている限り攻略は難しいかと……やるならば分断しなければならないでしょうね」
「分断は出来なくはないのよ……ただ、戦場で分けたところで無駄ね。あの二人を本当の意味で分断できなければ、分かれた先から連携して攻略されるわ」
顔の前で手を組み深く思案する様子のアールグレイに、ダージリンが渋面で呻く。
「それでは攻略など不可能という事なのでは……?」
「いいえ。無理ではないのよ?ただそれは私の趣味じゃないのよねぇ……」
アールグレイが言っているのは所謂「ハニートラップ」とかそういうモノで、策略で言うならば『離間の計』と呼ばれるものだ。どちらも女やん!同性やん!というツッコミを入れる者がいないところに聖グロの闇を垣間見る者もいるかもしれない(偏見)
「―――或いは……外的な要因で崩れる、とか……?」
「あり得ますの?そんなことが……」
ダージリンの言葉に、アールグレイは「さぁ?」と両手を広げてみせる。
「でも、どんな堅牢な堤防も、蟻の一穴で崩れ去るものよ」
****** 2 years ago → X-Days
―――降り続く雨の中。桟道の入り口で、一人跪く小さな影。
ずぶぬれで、泥だらけで、力なくただそこに在る。
その傍らには、傘を差してその小さな影を雨から守る少女が一人。傘は一つだけ。目の前の一人を守るのだから、少女もまた、ずぶぬれになっていた。
『―――何故だ』
かかる声に答えは無い。光の消えた瞳に目の前の姿は映っていない。
「――――――――――――かった」
ざあざあと降り続く雨が声をかき消していく。光を映さない瞳で小さく呟き続けるのは、子供のような姿の少女で―――
「―――――――れなかった――――まもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかった―――――
――――俺は……俺だけが護れたはずだったのに……」
―――その頬を流れているのは雨垂れなのか、涙なのか―――
『―――答えてくれ、エミ――――――
――――何故、持ち場を――――――――――
少女の、西住まほの言葉に天翔エミは答えない。耳に届いているのかすら疑わしい。
今の彼女に普段の明るさも飄々とした態度も存在していない。瞳の奥には深い深い闇が広がっている。
それでも、まほは問いかけ続ける。いつものように彼女に応えてもらいたくて、何度も何度も問いかけを続けて居た。
―――全国戦車道高校生大会 決勝。その日、黒森峰10連覇の夢と、常勝黒森峰の看板は、無惨に打ち砕かれた。
―――そして天翔エミはその数日後、突然に消息を絶った。
「あの二人に、何が起きたのでしょう?」
「さぁ……?わからないわね」
試合を観戦していたダージリンとアールグレイは、結果を見て驚きを隠せない表情で会話をしていた。
「けれど、この後天翔エミをどう扱うかで、黒森峰は遠からず破綻するわね」
「―――確かに群を抜くレベルの選手ではありますが、装填手に過ぎませんわよ?」
怪訝そうな顔のダージリンに、アールグレイは微笑んで見せる。
「―――天へと届く塔を建てた人類は、その傲慢さが故に塔を壊してしまい、そうして人は相互理解を失って散り散りになってしまった」
「―――バベルの塔、ですわね」
ダージリンの言葉に微笑んで頷いたアールグレイは、どこか遠くを見る様な瞳で呟く。
「―――自分たちの利を浅はかに求める者が多ければ―――折れた塔の責任を押し付け合い争い合うでしょうね。でもそうなったら……相互理解を行う子もいなくなって……あの子は一体どうなるのかしらね?」
アールグレイの言う“あの子”がどちらを指しているのかは―――ダージリンにはわからなかった。