【 三次創作 装填騎兵エミカス ダージリン・ファイルズ 】   作:米ビーバー

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「独逸留学―――ですか?」
「ええ。貴女も、西住の家を継ぐものとしての心構えが必要でしょうから」

 そう言ってぐっと湯呑を傾け中身を一口に飲み干し、涼しげな顔のまま私を見つめているのは、私の母――西住しほ。

 私は―――西住まほ。西住流戦車道を継ぐ長子として生まれ、幼いころから戦車道を叩き込まれてきた。当然、母のこの提案に対し文句等はない。独逸での留学も問題なくこなし、独逸の戦車道に「日本の戦車道、西住流戦車道ここにあり」と刻み込んでやらねばならない。それをするだけの実力があるのは、過去に陸の学校時代に渡欧した際にあちらで十分な力量を見せた経験に裏打ちされている。





 であればまずは―――「準備が必要だな」






【 まほルート 第???話 まだぽんこつなころのまぽりんの留学準備 】

 一人、部屋に戻りむぅと唸ってしまう。悩ましい問題は満載だ。

 

渡欧、独逸へと単身向かうとして、解消せねばならない問題はたくさんある。

 

 

 まず何を置いても「食」に関する問題を解消する必要があるだろう。

 

 日本から見た独逸のイメージはディアンドル姿の女性が給仕をしていて、温かいビールを茹でたてのソーセージと一緒に食べている。そんなイメージが主流だろう。黒森峰がそういう行事をやっている時点でそういうイメージが根底にあるのだろうからまず間違いないはずだ。

 だが食生活というのは基本肉体を形作る上で最も重要な位置づけと言っていい。

運動の結果を効果的に発揮させるためには十分な栄養バランスの食事が無ければならない。そして日本人というカテゴリはこと「食」においては決して妥協を許さない。

 

 具体的に言うなら「他の国で確実に食べない「猛毒を持った魚」をどうにかして食べられないか試行錯誤した結果「二年かけて塩漬けとぬか漬けを繰り返して理由はわからないけれど毒が抜ける」ことを発見して食べていたくらい食に対しての妥協が存在しない。

 

 そう考えるならば日本から食材を持ち込んであちらでも和食を―――と考えるべきなのだろうが、海外へ向かう際に生ものの類は検疫を避けられないため税関で止められてしまう。となると独逸で手に入るものでモチベーションを維持できる食生活を維持するために様々な方法を取るべきだろう。行きつけの店のようなものが出来上がるまでの【つなぎ】でも構わない―――と考えて、はたと立ち止まった。

 

 黒森峰で食事をとる場合、多くは学食で食事を行うが、それ以外の場合は―――エミが自室で調理をしている際にご相伴に預かる形が多い。もともと孤児院で食材のカッティングを担当していたエミの手際はとても速い。本人曰くバカ舌だそうで、調理の味付けに関しては雑に振り切っているが、その料理には何というか―――“温かみ”と言うものを感じた。

 その後、食費の一部をこちらで供出することでエミが料理を作る際には“練習後にネームタグを裏返しておく”と言う合図で学食利用かどうかを決定するようになった。

 

 

 

 

 ―――となると、“食に関してはエミが居れば何とかなる”と言うことになる。

 

 

 

 

 成る程、考えてみれば簡単な解であった。

 

 

 

 *******

 

 

 

 次に考えるべきは“戦車道”。独逸留学は即ち「戦車道留学」に他ならない。ならばこれは避けては通れない話となる。

 

 日本という国は戦車道後進国と言われている。実際、戦車道というモノが広まりスポーツとして認識されたのはごくごく最近の話。欧州ではもっとはるかに昔から戦車道が認知されていたと言われている。それだけ戦術に置いても戦略においても先を征かれている。

 黒森峰にて西住流という日本でも1・2を争う流派の上澄みで生きて来た私にとって「追いかける」という認識は新しいものだ。

 

 

 ―――待て。 “本当にそうだろうか?”

 

 

 中等部に入ったばかりで陸の学校のころに進み続けていた己の強さを真っ向から圧し折ってのけた存在が、すぐそこにいるのではないか?

 そしてその存在は私と肩を並べて歩んでくれており、彼女が居るからこそ生まれている戦術が存在する。それはおそらく世界でも初めての試みであり、到底真似のできる戦術とは思えない。となると―――それは独逸でも十分通用すると言えるのではないだろうか?

 

 

 

 否、通じないはずがない。なぜならこれは彼女とともに切磋琢磨の結果彼女と私の二人三脚で生まれた戦術なのだから。

 

 

 

 

 

 ―――となると、“戦車道に関してはエミが居れば何とかなる”と言うことになるな。

 

 

 

 

 箇条書きにした問題の答えの部分にメモを残して、私は次の問題にとりかかった。

 

 

 

 ********

 

 

 

 最後にして最大の問題となると―――【言語の壁】だろう。

 

独逸語に関しては十全とは言い難いが日常会話程度は問題なく行える。これは陸の学校時代に独逸への短期留学した際の賜物と言える。そちらに関してはまぁ、問題はないだろう。

 

 むしろ問題は“私の方にある”

 

 中等部の途中から薫陶を受け、身に沁み込んだ【西住としての言葉使い】。言葉を冗長に語るは悪徳、美徳とは言葉は少なくとも行動で示し、良妻賢母とは夫の為すべきを見定め差し出がましくならないタイミングを測り予め準備を終えておくこと。それは西住が戦車道を淑女の在り方として語る際の基準点。

 

 だが、現実問題として言語の習熟が不十分な相手へとその不備のある言語で通じるのか?という心配が付きまとう。とはいえ私はもはやこの言語形態を是正するには年を重ね過ぎた。今さら付け焼刃で改正を目指したところでより難解で酷い結果を及ぼしてしまうだけとなるだろう。せめて通訳でもいれば問題はないのだろうが――――

 

 

 

 

 

 

 

 ―――私は最後の問題点に【エミが居れば何とかなる】と記した。

 

 

 

 *******

 

 

 

 むぅ、と唸る。

 

 こうして考えただけでもそれなりに問題点が浮かんでくる。やはり留学となると問題は日本の比ではないと言える。

 

 

 

 

 

 

 「食」に関して ・・・ 【エミが居れば何とかなる】

 

 

 

 「戦車道」に関して・・・ 【エミが居れば何とかなる】

 

 

 

 「言語の壁」に関して・・・ 【エミが居れば何とかなる】

 

 

 

 

 

 

 ―――自分で書いた箇条書きの問題点とその回答を見下ろしてみる。

 

 

 

 成程、大体の問題はエミが居れば何とかなるということか。

 

 

 つまりはいつも通りという事になるな―――心配は無用のようだ。

 

 

 脳裏に一瞬過ぎった釈然としない謎の感情があったが、記憶には残らなかった。

 

 

 

 

 

 ****** >>【 まほルート 第六話 】 

 

 

  

 

「―――ドイツ?」

「ああ、そうだ。……三年の夏の大会が終わったら―――国際強化選手としてドイツに行く」

 

 海外では9月が学年度の切り替えとなっているため、これに時期を合わせる形で留学という状態になっていた。

 そう考えると来年の大会が最後の日本の公式大会ということになる。感慨深さも感じるが―――その前に、私も一歩踏み込まなければならない。

 

 

ざわつく思考を抑え込むように目に力を入れるとさざ波のように音が引いていく感覚を憶えた。

これが明鏡止水の境地というものなのかもしれない―――。

 

 

 喉の渇きを訴える脳と喉を無視して、声を絞り出すを大きく超えて、強く声を張る。それでもやや、揺れた声色になってしまった。

 

 

 

 

「―――エミ。君さえよければ、その……一緒に来てくれないか?」

 

 

 

 




久々にリハビリのために前にちょろ書きしてたのを改修して投稿しました()




とりあえず活動報告でも言った「悪役令嬢転生もの」と並行でまほルート書いて仕上げてます。













太閤立志伝久々におもすれぇ!!

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