ダンジョンに智慧を求めるのは間違っているだろうか 作:冒涜アメンボ
ダンジョン*1の中層の一角で、男が三人死にかけていた。
地に伏す者、或いは横たわる者。
大柄の男、細身の男、小柄の男。
大柄の男と細身の男は血に染まった黒いローブを羽織っており、小柄の男は白とグレーを基調とした僧衣を纏っている。
「ここまで逃げおおせたはいいが、もう帰る体力もねえ」
「帰りのことを考えてないとか、必死すぎるにも程があるな……」
ローブを着た二人が力無く呟くのを聞いて、僧衣の男は息も絶え絶えに応える。
「諦めないで、くれよ……。折角追手を撒けたんだぞ。ここから、再起するんだろうが」
ローブの二人はそれを聞いて苦笑した。
大柄の男も細身の男も深手を負っており、回復アイテムも尽きた。そして僧衣の男もマインドダウン*2寸前で回復魔法も使えない。
追手から逃げられたとはいえ、ダンジョンの中層でこのザマではモンスターの餌食になるのを待つだけだ。
「ああ、我らが神よ……。何故このような時に限っていてくださらないのですか」
小柄の男は嘆いたが、知っている。彼らの神がいないタイミングを見計らっての襲撃だと。
もっとも、神がいたところで何が変わったということも無いのだが。神が人間の争いに直接手を下すことはない。それが下界に降りた神々のルールだ。
「ふん。神なんぞにすがるな」
大柄の男が吐き捨てる。
「あんなもんは害虫だ。人生を捧げた俺たちの悲願も、すべてを捨てた復讐者の憎悪も、奴らには消耗品の娯楽でしかない」
──悲願。その言葉に細身の男も小柄の男も小さく体を震わせた。
「なあ……
「バルダー派は全滅。ゴードン派はもう俺たちだけ。まともに残っているのはザルトホック派だけのはずだ」
小柄の問いに細身が答える。大柄は深く溜め息をつき、言った。
「ザルトホック派の間抜けどもに何ができるものかよ。あんな連中が闇派閥の残りを仕切ることになるとはな。馬鹿丸出しで暴れて、後は駆除されるだけだ」
そんな大柄に細身が声をかける。
「なあ、バルザック」
「なんだよ、ヘルゼーエン」
「見ろよ、あれ」
正面の壁にヒビが入っていく。
「たっ、たすたすたすけ……」
「諦めろよ、コッコリス」
取り乱す僧衣の男を、細身の男──ヘルゼーエンが力無く諭す。
オラリオ*4のダンジョンはモンスターを生みだす。今、まさに彼らの目の前の光景のように、ダンジョンの壁から生まれ落ちるのだ。
バルザックは力無く嗤った。
「夢半ばだが、まあ、俺みたいなクズにはできすぎた人生だったぜ」
ヘルゼーエンは「俺もだ」と頷き、コッコリスは項垂れた。
正面の壁に入る亀裂は大きく広がっていき、遂には破砕音とともに崩れ落ちた。
岩壁の欠片や砂埃が舞い、視界が塞がれる。
どさり、となにかが地面に落ちる音がする。
まさに、モンスターが産み落とされたのだ。
ダンジョンは深度によって産み落とされるモンスターの強さが違う。産まれる場所が深ければ深い程モンスターは強いものになる。
瀕死の三人は、最早自分たちは助からないと確信した。
だが、ダンジョンの岩壁から産み落とされたモンスターは産声の一つも雄叫びあげずに、砂埃の中うずくまっている。三人は訝しんだ。
砂埃が収まっていく。ダンジョン内で薄く輝く水晶がモンスターの姿を照らしていく。三人はその影を注視しようとする。
その瞬間だった。
「ウオアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
その影が甲高い雄叫びを上げた。
その影はモンスター然としてはおらず、人間の姿をしていた。
「アアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
叫ぶ人間のようなものをおぼろげな光が照らす。
それは、奇怪な姿をしていた。
赤と紺のコート、土色の衣服。しかしそれらはひどく汚れ、血に濡れていた。そして何よりも、檻のようなものを頭にかぶっていた。その檻*5は縦長く、六角柱のような形状をしていた。
その奇怪な人間?は立ちあがり、またも叫んだ。
「おお、オドンよ!姿無き上位者よ!虚無に落ちる瞬間、私は確かにまみえたぞ!確かに
三人は呆気にとられた。ダンジョンから人間が産まれ落ちる。そんなの聞いたことも見たことも無い。いや、事実今見たのだが。
「アッハハハハハ!アッハッハッハッハッ!ハハハハハハハハ!!マスター・ウィレーム!ローレンス!ゲールマン!ルドウイーク!聖歌隊共!見たか!私は!私が!私だけが!彼らに触れ、成し得たのだ!アッハハハハハハハハハハ!!」
謎の檻頭はひとしきり笑ったのち、三人に気付き、向き直った。
「そこの君たち。チョットいいかね」
三人ともびくりとし、戸惑った。
「ここは何処かね。いや、そもそも言葉が通じているのかね?」
三人は顔を見合わせて、バルザックが奇怪な人物に問うた。
「あ、あんた誰だ?人間か?何故ダンジョンの壁から出てきた?」
檻頭は顎のあたりに手をやり、「ふむ」と呟いた。
「訊いているのはこちらなのだが、どうやら言葉は通じるらしい。ならばいい」
檻頭はにたりと笑い、三人に歩み寄ってきた。
三人は表情を、いや、全身を固くし、動けないでいた。
檻頭の目は、瞳は。深淵よりも重く冷たいものを宿していた。一瞬にして三人ともそれに引きこまれてしまった。
「まずは言葉を交わし、語り明かそうじゃないか」
檻頭はそう言って差し伸べるように手を伸ばした。
バルザックも、ヘルゼーエンも、コッコリスも。縋るようにして、差し出された手をとった。