ダンジョンに智慧を求めるのは間違っているだろうか   作:冒涜アメンボ

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 雑誌を手に取ろうとした瞬間、苦痛に顔をしかめた。松葉杖に体重を預けるべく姿勢を変えようとするが、それがまた痛んだ。

()っつつ…」

「ああっ、大丈夫ですかリオンさん。もうっ、団長の言うとおり寝てた方がいいですよっ」

「だ、大丈夫ですよセルティ。臓物はもう修復されています。これは今まで身体を動かしていませんでしたから、筋肉や腱の問題です」

 リューは我ながら苦しい言い訳ではないかと思ったが、小人族(パルゥム)の少女は「そうですかぁ~」と安堵の表情を浮かべた。なんともまあ素直な少女である。素直すぎてむしろリューが心配してしまった。同じ小人族(パルゥム)でもライラとは大きな違いだ。

 昨日ギルドの治療院を退院したリューは、セルティとギルドが運営する図書館に来ていた。

 リューは退院早々に戦線に復帰することを望んだが、仲間にも主神にも叱られてしまいアストレア・ファミリアの仲間であるセルティの付添のもと、近況把握のためにギルド広報が公開している活動報告書や、報道系ファミリアが発刊している雑誌を読みに来たのだ。

 目当てのものをテーブルにどさりと置き、椅子に腰をおろす。その隣にセルティがちょこんと座った。

「リオンさん、これ全部読むんですか?」

「いえ、私が知りたいのは闇派閥(イヴィルス)関連の情報です。特に、イツァムナー・ファミリアについてものを」

 イツァムナー・ファミリアの名を聞いてセルティの顔がこわばる。一ヶ月前、リューを生死の狭間に叩き落としたのがまさにイツァムナー・ファミリアの構成員だからだ。

「治療院の中でも最近の闇派閥(イヴィルス)の活動は小耳に挟んでいましたが、今の状況を十分に把握できているとは言い難いですからね」

 まずはギルドの情報誌を読む。リューがイツァムナー・ファミリアに敗北しギルドの治療院にかつぎ込まれたこと、ガネーシャ・ファミリアの団員が謎の自分と戦闘し死亡した事実が端的にまとめられている。順々に読み進めていると気になる記事を見つけた。アシュラ・ファミリアの【首輪付き(カラード)】がリューの見舞いに来た翌日の出来事だ。

『古工業区でアシュラ・ファミリアが大規模戦闘。広範囲に渡り構造物が崩壊、死傷者多数。肝心の闇派閥(イヴィルス)の損害については詳細不明』

 ギルド広報資料にはそれ以上詳しいことは載っていない。他ファミリアの刊行物をめくっていく。

 アシュラ・ファミリアが古工業区を襲撃した翌日の記事を見つけた。

 

──『夜間の大規模破壊行為!真に都市を追放されるべき破壊者は誰なのか!?』

 昨夜半、オラリオ屈指の暴力集団であるアシュラ一派の中核組織、アシュラ・ファミリアが古工業区を襲撃した。賢明なる本誌読者諸君においては、アシュラ・ファミリアがどのような存在であるかは今更語る必要もないだろう。しかし、悪名高い暴力集団は我々の常識、いや良識をまたも飛び越えた。

 まず、経緯を説明しよう。ここ数日で急激に存在感を増した闇派閥(イヴィルス)のひとつ、イツァムナー・ファミリア。彼らの秘密基地が古工業区にあるとギルド主導の有志連合は推察していた。イツァムナ・-ファミリアはアストレア・ファミリアやガネーシャ・ファミリアの実力者をすら下したので、ギルドは高レベル冒険者が合流したのでは?と警戒し、有志連合には慎重な調査と情報共有、共闘を課した。

 しかしアシュラ・ファミリアはその有志連合会議が開かれた当日、魔剣まで持ち出して古工業区を手当たり次第破壊したのだ。有志連合への相談もギルドへの報告もしておらず、これは明確な独断専行であるとともに都市への破壊行為であるに他ならない。

 彼らが撤退したのち、ガネーシャ・ファミリアが古工業区の被害状況を調べに向かったが、多くの建物が破壊され、古工業区に居付いた浮浪者たちの死骸も崩壊した建屋に潰されており惨憺たる光景であったという。また、肝心のイツァムナー・ファミリアの安否は確認できておらず(仮に死んでいても、死体を発見するのも困難であろう)、アシュラ・ファミリアの行動の成果は不明だ。

 破壊者たちの行動に対し、ギルド長のロイマン・マルディール氏が出したコメントは以下のものになる。

「たとえ闇派閥(イヴィルス)壊滅の為の行動だとしても、彼らの行動は都市の秩序を乱すものであり、到底看過できない。ギルドはアシュラ・ファミリアに対し、厳正な処罰をくだすだろう」

 ガネーシャ・ファミリアやアストレア・ファミリアのような、被害を出しながらも真に都市の平和と秩序の為に尽くす組織に報いる為にも、ギルドは断固とした姿勢でアシュラ・ファミリアに当たるべきだ。

 

 リューは別の雑誌にも目を通す。アシュラ・ファミリアが古工業区を襲撃した一週間後の記事だ。

 

──ギルドはアシュラ・ファミリアに対し、古工業区への破壊行為に対しての処罰として200億ヴァリスの罰金とダンジョン到達階層更新の強制任務(ミッション)を課した。200億ヴァリスなど我々庶民には想像もつかない大金だが、アシュラ・ファミリアは都市内外に所有する不動産や美術品等の資産を売却し支払う方針と見られる。また、ダンジョン到達階層更新には傘下団体と連携して向かうものと思われる。

 しかし、ギルドが下したこの処罰は形ばかりのものであるという批判がある。

 というのも、かねてより古工業区の再開発はオラリオの発展のために大きな課題となっていた。オラリオの外貨獲得は魔石産業に大きく依存しているが、工業系ファミリアが活動を発展させようにも新しく工場を立てる場所の確保が困難だからだ。老朽化した建物が密集した古工業区は取り壊しも困難であり、ギルドも工業系ファミリアも有効な手段を見いだせていなかった。それを今回アシュラ・ファミリアが闇派閥(イヴィルス)壊滅を名目に区画ごと破壊したことにより、少なくとも取り壊す際の人的被害を考慮する必要がなくなり、ギルドも工業系ファミリアも早くも古工業区の再開発に動き出し始めた。崩壊後わずか一週間、被害状況の把握もできないない内から再開発計画が動き出すのは不自然としか言いようがなく、アシュラ・ファミリアを含め彼らの間で裏取引があったのではないかと推察される。

 また、ダンジョン到達階層更新の強制任務(ミッション)に対しては明確な期限が設けられておらず、「準備が整い次第」という曖昧なものになっている。アシュラ・ファミリアと友好関係にある工業系・商業系ファミリアも彼らへの支援の意図を明確にしており、活動資金に困窮することは無いのは明白だ。

 アシュラ・ファミリアはかねてから経済活動に従事するファミリアのからの依頼を多数受けており、彼らの発展の一端を担ってきた。アシュラ・ファミリアと彼れらは持ちつ持たれつの関係であり、オラリオの発展の為にもアシュラ・ファミリアの戦力を実際に削ぐ判断はできないというのがギルドの実情だろう。

 

 リューは軽く眩暈がした。正義の為の自分の闘いも、秩序の為のガネーシャ・ファミリアの犠牲も、悪辣な大人たちの手にかかれば商売の種として利用されてしまうのか。

 無力感、嫌悪感、虚無感……ネガティブな感情が自分のうちに渦巻くのをリューは止められなかった。

「リオンさんっ!顔色が悪いですよ!やっぱり帰って横になりましょうっ!」

「え……ええ……」

 病み上がりの身には憤怒に身体を震わす体力すら無く、リューはそれももどかしかった。

 誌面を読み進めている上で、『ルドラ・ファミリア大々的な行動』『集団幻覚か?満月の夜に巨大な化け物の目撃証言多数』『新興宗教団体、"第三の瞳"によるものとみられる誘拐事件多発』等の気になる記事もあったが、最早それらを読む気力も無い。

 リューは自分よりも小柄なセルティに肩を借り、支えられるようにして図書館を出た。そこで、一人の人間の女とすれ違った。

「おや、リュー・リオン。こんなところで何をしているんですか。退院こそしたとはいえまだ安静にしていてほしいのですがね」

 声をかけてきたのは全身を白い装束で包んだ妙齢の女。彫りの深い整った顔以外のすべての肌を覆い隠しており、手も白い長手袋で覆っている。元来潔癖で貞操観念の固いエルフのリューですら「ここまでするか」と思わせるほど素肌を見せていない。

「すいませんラーギーさん。寝ているだけというのも性に合わなくて調べ物をしていたのですが、やはり貴方の言うとおりのようだ」

「キッサ先生、ごめんなさい、しばらくは私たちファミリアのみんなでリオンさんを大人しくさせてますから」

 二人はキッサ・ラーギーに頭を下げた。

 彼女はギルドの治療院に出入りしている医療従事者だ。どこのファミリアにも所属していないが、高い医療技術と豊富な知識や斬新な発想を持っており、ディアンケヒト・ファミリア同様に多くの住人や冒険者に頼りにされている。特に、今までは重傷を負った冒険者が命からがらダンジョンから脱出してもそのまま息絶えてしまうことが少なくなかったが、彼女が開発した人工輸血液を治療院で施せるようになってからは多くの冒険者が命を繋いでいる。

 元々は異邦の医師らしく素性も明らかではないが、オラリオは元々流れ者が多い土地であり、彼女のように多くの人々に貢献し信頼を勝ち得たならば、誰も素性など気にしない。リューとて彼女同様の流れ者であり、闘争ではなく平和的な手段で人々への貢献を成している彼女にリューは尊敬の念を抱いている。

「リュー・リオン。あなたの正義への忠誠心と悪への闘争心は尊敬に値する。だがあなた自身が身体を労らない理由にはならない。自愛しなさい」

「は、はい」

 そもそも半死のリューを治療したのは他ならないこのキッサだ。彼女独自の新しい治療法の臨床試験の協力*1ということで、ディアンケヒト・ファミリアとて手を焼くような大怪我を治療してもらい、治療費の負担すら免除してもらったのだ。元来アストレア・ファミリアは闇派閥(イヴィルス)との闘争の矢面に立つゆえに怪我人が絶えず物資も多く必要なため、資金繰りも決して余裕があるわけではない。そんな彼女らにとって、死にゆく仲間の命をつなぎとめるほどの手術の治療費を負担せずに済んだのは大きい。そういう経緯もありアストレア・ファミリアの面々は彼女に頭が上がらない。

「それでは失礼します」

「お大事に……いえ、ひとついいですか」

 リューたちは去ろうとしたが、キッサにまた声をかけられ振り返る。

「リュー・リオン、施術してからひどい頭痛に襲われたり幻覚を見ることはありませんか?もしくは身体の節々が痛んだりするようなことは?」

「いえ……無いですが。そのような可能性があるのですか?」

「いえ、理論上は大丈夫なはずですが、なにぶん実績も無い治療法だったので。ましてや今回の研究も人間相手を前提としていたので、エルフのあなたにどんな影響があるのかなんとも言えなくてね。何か異変があれば教えてください」

「ええ、勿論です」

 リューとセルティの二人は今度こそ歩き出す。キッサに見送られながら。

 通りには多くの人が行きかう。二人のような冒険者もいれば冒険者の妻子や労働者もいるだろう。彼らにも彼らの暮らしがある。闇派閥(イヴィルス)の暴虐に晒されていいはずもない、そう思うといてもたってもいられないが、キッサの言うとおり自分は身体の調子が十全になるまで大人しくしていなければならない。

「リオンさん、気になる本があるなら私たちが持ってきますからっ」

「ええ、すいませんがお願いします。セルティ」

 健気な小人族(パルゥム)の少女の提案に微笑みながら応える。自分を想ってくれる仲間がいる。支えてくれる人がいる。いじけた憐れなエルフにの小娘には過ぎた環境だが、だからこそ彼女たちの意志に応えなければならない。

 リューは決意を新たに歩みを進め───

 

 

(ふる)き血を畏れたまえ

 

 

 振り返る。

 通りには多くの人が行きかう。リューのそばにいるのはセルティのみ。

「リオンさん?忘れものですか?」

「……いえ、行きましょう、セルティ」

 すれ違った人の声が、やたらと鮮明に聞こえただけだろう。リューは深く考えず、再びセルティと並んで歩き出した。

 

*1
人体実験とか言わない

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