ダンジョンに智慧を求めるのは間違っているだろうか 作:冒涜アメンボ
リューが退院してから一ヶ月経った。
リューが本調子になるまではと、団長のアリーゼはリューに
「ぬわああ、疲れたもおおおおおお」
「疲れた……」
「今回は随分とキツかったわね」
「辞めたくなりますわぁ~遠征ぃ」
文句を垂れながらも、ライラを先頭にアストレア・ファミリアの面々はダンジョンから地上へと帰還した。
遠征とは言うが彼女たちの到達記録には到底及ばない浅い階層で踵を返してきた。アストレア・ファミリアはリューと輝夜というアタッカーが二枚揃ってこそ十全に力を発揮できるチームである。回復したとはいえ、アリーゼも仲間たちもいきなりリューを矢面に立たせて連戦を続けようとはしなかった。
当のリュー本人以外は。
「アリーゼ、本当によかったのですか?これではギルドに課されたノルマをこなせていないのでは?やはりせめて深層までは行くべきだったのでは……」
「もう!何度言わすのよリオン!みんなで決めたことでしょ!」
今回の遠征は下層の序盤で引き返す──最初からそう決めて潜った。
リューを気遣ったというのもあるが、チームとしての連携もある。リューが抜けた穴が本人の復帰で埋まったとはいえ、二ヶ月も本来のフォーメーションとは違う形で行動していたのだ。パーティの全員が以前どおりの連携ができるだろうという楽観的な考えは持たず、想定外のトラブルが起きても個々の能力での対処が不可能ではない領域までで止めておいたのだ。結果としてはその判断は正解だった。損害らしい損害は無いが、連携にもたついた団員たちの疲労はなかなかのものだった。
魔石やドロップアイテムの換金を済ませた彼女らは貸倉庫に道具や装備を預け、ギルドに併設された施設のシャワーで身体を清めて、すっかり月の上がった夜の都市に繰り出すことにした。
「さっぱりした~!」
「酒飲みたくない?」
「ビール!ビール!」
「甘いもの食べたい!」
探索を成し遂げた達成感と地上に出てきた解放感からか、各自が己の欲望に忠実になっている。
「みんな、疲れているのなら今日はもう戻って休むべきでは?」
「な~に言ってんだよリオン~~、探索後の打ち上げこそが冒険者の醍醐味だろが~!」
正論を吐くリューにライラが絡む。この
「そういえばわたし、おいしいおみせしってる!」
ちょっと舌ったらずなところのある
「リオン」
「ぐむ…」
アストレア・ファミリア内でリューと鎬を削り合うエース・アタッカーの輝夜が顔を寄せてくる。極東出身者特有の真っすぐ伸びた艶やかな黒髪、彫の浅い小顔に整った小鼻やすっきり流れる切れ長の目にエキゾチックな化粧。オラリオでも珍しいタイプの美少女に不意をつかれる形で接近されたリューは動揺してしまった。
「たまにはこういう場で息抜きでもしろ。【冒涜者】にやられて以来、貴様は気を張り詰めすぎだ。周りの者も気を使う」
「……!」
リューも自覚はしていたが、それでもこうして正面から言われるとこらえるものがある。言い返せずに固まったリューを見た輝夜は満足げに笑い、「と、いうわけで今日は正気を失うまで呑ませてさしあげますわ~!ライラと一緒に裸踊りとかしてもらいましょう!」とおちょくるように言った。
「おいおい、いくらアタシでも酔ったからって裸踊りなんかしないぜ」
「ま、まてッ!輝夜ッ!裸踊りとは新年会の時にライラがやっていたあれか!?わ、私は絶対にあんなことしないッ!」
「えっ、ちょっと待って。アタシしてたの?マジで?」
困惑するリューとライラをけたけた笑いながら一行は歩みを進め、「あっ!ここだよ!」と犬人の仲間が一軒の建物を指差した。『豊穣の女主人』と書かれた看板が掲げられたの店はたしかに、表を通りかかった者の胃袋を直撃するいいにおいを垂れ流している。
仲間たちも「あ~、ここ聞いたことある」「私も行こうと思ってたんだ~」と会話しながら敷居を跨ぐ。ウマイ店というのは冒険者たちの口コミで評判になるのがオラリオであり、その点ではこの店は間違いなさそうだった。
リューも仲間に続いて店に入ったが、一番最初に目についたのは店員でも内装でも料理でもなく、テーブル席についている三人組の女だった。ヘファイトス・ファミリア団長の椿・ゴルブランド、アシュラ・ファミリア最高幹部のホテイ・葵、そしてビアー・ファミリア団長のメイ・トヒースだった。
ヘファイトス・ファミリアはともかく、リューはアシュラ・ファミリアとビアー・ファミリアにはいい印象は持っていない。両ファミリア共にオラリオ内ではトップクラスの存在感を持つが、用心棒という名目の恐喝や搾取に始まり企業や商会と結託しての密輸・密売等の黒い噂も付き纏う。彼らが対
両ファミリアと距離をとりたいのはリューの仲間たちも同様のようで、彼女たちの座るテーブルから離れたところに着席した。
猫人の店員に注文を頼むと、程なくして酒が出てきた。
「それではっ!無事の帰還とリオンの快気を祝して……カンパーイ!」
「乾杯!」
アリーゼが音頭をとり、団員たちが続く。各自が好き勝手に喋りながら酒や茶、ジュースを喉に流し込む。ドリンクを呷っている間に料理が次々と運ばれてくる。この店は酒も料理もたしかに旨い。女子だけの集団に旨い飯と旨い酒。会話が盛り上がれば酒も進み……
「ったく、なんで私みたいなイイ女にカレシができないんだ……」
「それでぇ…このチーズはこうやってぇ…食べ合わせるとぉ…ンマァ~~~~イッ!」
「
「見ろ!みんな!アタシを見ろ!」
疲労が溜まっている分、酔いが回るのも早い。2時間もすれば、敬愛している主神アストレアには到底見せられない痴態の地帯になってしまった。少量とはいえ、輝夜やライラに強引に呑まされた*1リューも陽気になっており、半裸で踊るライラを囃したてていた。
と、リューはふと自分たちを見る視線に気付いた。メイ・トヒースとホテイ・葵だ。妙にするどい視線、しかし敵意は無い。
そこで、リューの酔っぱらった頭はひとつ気付いた。べらべら喋りながらも料理をバクつく椿を尻目に、クールビューティーの葵がメイにやたらとベタベタくっついている。葵はレズでありパートナーがいると言っていた。ならば葵のパートナーはメイ*2と推察できる。イコール、メイもレズ。レズ二人(しかもレベル6だ)が酔っぱらった美少女集団を品定めするように見つめている……!*3
アルコールの分解が追い付いていないエルフの少女は一瞬でテンパってしまった。
「ライラッ!服を着ろ!イスカ、そんなところで寝るな!ああ…アリーゼも潰れてないで手伝ってくれ!って輝夜はどこだ!?」
「ウップス……」
テーブルに突っ伏した団長を引っ叩いて起こすと、姿の見えない副団長を探した。他の団員たちに呑ますだけ呑ませておいて、自分は外で夜風にでも当たっているのだろうか。あの極東出身のお嬢様はそういうとこがある。
リューがひとりてんやわんやしていると「ちょっとあんたら」と声をかけられた。振り向くと、大柄な女が立っていた。従業員のエプロンを着ているが他の従業員たちは怖れをなして遠巻きに見ている。店主だろうか?
そして、ただデカイだけではない。強い。リューは直感的に理解した。
「たしかにウチは酒も料理も自慢だよ。お客さんにもそれで機嫌よくなってもらえるならアタシも言うことないさ。でもね……」
大女が圧を発する。リューは青褪めた。
「馬鹿丸出しで暴れられちゃ迷惑なんだよ!」
あっという間に全員叩きだされた。
酔い潰れていたとはいえ、第二級冒険者の集団を力づくで追い出す店員がいる酒場とは……仲間のゲロにまみれながら、リューはオラリオの魔都っぷりを改めて体感したのであった。
「おいおいミア、いたいけな少女たちになんてことすんだよ~~、可哀想だろ~~?」
店の中ではリューたちを叩き出したミア*4にメイがチャチャを入れていた。
「うるさいね、あそこまでいくと営業妨害なんだよ。第一ああでもしなきゃあんたが襲ってただろ」
「おいおい、ノンケのガキを襲うような外道タチじゃないぞ俺は~~?」
ミアは「どうだか?」とだけ言ってちらかった皿やグラスを片付け始めた。
「というかあんたらもいつまでいるんだい。そろそろ店仕舞いだよ」
「フガガフガモググフガッ!」
「椿、食べながら喋らないでください」
葵に注意された椿は酒で口の中のものを胃に流し込むと「まだ出された品を食べきっておらんのでな!もう少し待ってくれ!」と主張した。
「別に急かしやしないさ」
ミアはやれやれといった表情で店仕舞いの準備を始める。店員達もミアと共に掃除をしている。
「で、進捗はどうなんだゴルブランド?割増料金で解決するなら払うぞ」
「モガガ。金に文句があるわけではない。元よりお主らビアー・ファミリアは上客よ。単に素材の調達とこちらの人手の問題だ」
他の客がいなくなったのを機として彼女たちは元々の目的としていた会話を再開した。
「こちらも努力するが、そちらも手前の要望は聞いてくれるんだろうな?」
「わかったよ。お前らの新しく拵えた武器の試し切りに付き合うさ」
「助かる。手前ひとりですべてを試すのは骨が折れるのでな。それはそうとお主の主兵装も手前に依頼せずともよいのか?」
「俺自身は葵製の
メイは言って腰に履いた
「しかしまあ、団員すべての予備兵装を新調するとはな。
椿はメイの瞳を覗き込むようにして訊いた。ガネーシャ・ファミリアとは毛色が違うとはいえ、ギルドから都市の治安を任されている組織の長が武具購入の依頼を出してきたのだ。気にならない訳が無い。だがメイは「最近物騒な事件が多いからなあ」と答えるだけだった。