ダンジョンに智慧を求めるのは間違っているだろうか   作:冒涜アメンボ

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Master Willem was right.
Evolution without courage will be the ruin of our race.



<●>15

 何かが聞こえる。

 ぼんやりと目が覚める。

 だが視界は悪い。

 灯りの乏しい、薄暗い部屋。

 体は動かない。

 ただ意識だけがある。

「これが今度の実験体かね?」

「ああ、資料では元レベル4だとか」

 声。

 会話する男が二人。

 薄暗い視界の中、何かが動く。

「なるほど、例のルートからか」

「負債は相当な額だったそうだ」

「夢破れたりか……ハハ。だがこの実験で生まれ変わるさ」

「生きていれば、だろう?」

「ま、そういうことだね。では、始めようか」

 天井の魔石灯が点く。

 眩い白い光が視界を埋め尽くす。

 

 

 

 

 

 大小様々な建築物が所狭しと立ち並ぶ繁華街。

 工事中の高楼の梁場でバレーナは待機している。

 雨は降っていないが、分厚い雲が月明かりや星明りを覆い隠している。

 夜に紛れて行動するにはいい夜だ。バレーナのように不審者丸出しの格好をした者ならなおさらだ。

「なあバレーナ。こんなクソ闇夜だとよ、ラキア最後の夜を思い出さねえか」

 バレーナと同じく不審者丸出しの格好をしたエムローが声をかけてくる。

 頭には黒いフードを深々と被り、上半身は黒いローブで覆い、腕には長い黒手袋。下半身は黒ズボンと黒ブーツ。極めつけにボロきれのような黒マントを羽織り、その上から荒縄を幾重にも巻き付けている。

 オラリオ不審人物選手権があれば、辺境の民族衣装を着た獣人や異境の儀式装束を着たエルフを蹴散らし、二人して優秀賞を手にするだろう。バレーナはこの装束を身につけるたびにそう思う。

 ちなみに最優秀賞候補は二人にこの装束を授けた檻頭の狂人だ。

 それはそうとラキア最後の夜?バレーナは思う出そうとして、やめる。昔話をする気分でもなければ状況でもない。

「いつジオメイから連絡が来てもおかしくない。静かにしてくれ」

「へっ。わかってるよ」

 バレーナとエムローは二人ともラキアの軍人だった。更にいうなら、他国への潜入や破壊工作を担う部隊の所属であり、派手な行軍や形式ばった剣術とは無縁の汚れ仕事集団だった。そして二人してラキアから出奔した。

 ラキアは軍事大国だが生来の戦士や金筋の軍人には向かない場だ、とバレーナは思っている。

 軍事国家でありがら国を仕切るのは王家と貴族──国家の主神たる戦神アレスを担いで建国した連中とその取り巻きの子孫であり、軍に指示を出すのは彼らだ。そして彼らに指示を出すのは戦神アレス。

 アレスにとって戦争はライフワークであると同時に道楽だ。やっていることは戦争という大仰なものだが、思考自体は結局のところ娯楽を求めて下界に降りてきた神々と大差は無い。人の都合で始めた戦争ではない。

 戦場や闘争にこそ自らの存在価値を見出した者たちは戦神のあほうな戦争に見切りをつけ、あの手この手でラキアから出奔する。バレーナたちのように。そして傭兵となり自分で戦争を選び、陣営を選び、戦場と選ぶ。バレーナたちのように。

 耳の後ろの魔力痕が小さく振動する。ジオメイからの魔法交信だ。バレーナは魔法痕に指を当て、魔力を注ぐ。ジオメイの声が聞こえる。

『パーティが解散し、標的が一人になった。予想通りそっちに向かってる。作戦通りやるぞ』

「了解」

 ジオメイに魔法交信を送り返すと、エムローにジオメイの言葉を伝え、二人は行動を開始する。

 便利な魔法だ、とバレーナは思う。

 ジオメイの交信魔法は、ジオメイが魔法痕を与えた者であれば遠距離であっても会話を可能とする。送信者が魔法痕に魔力を注ぎ込めば受信者の魔法痕が反応する。受信者が魔法痕に魔力を注げば送信者の発した言葉を拾うことができる。その仕組み上魔力を持たない者──まさにエムローのようなパーフェクト脳筋戦士は利用できないが、そんなやつは魔力を持っている者と行動を供にすればいいだけのことだ。

 ジオメイはかつては東国の暗殺組織にいた。その後、組織から離れ傭兵になり、戦場で知り合ったバレーナたちとチームを組んで仕事をするようになり、やがてオラリオに来た。

 暗殺組織に居た頃は、()()()()()()をする上ではこの魔法は大いに役に立ったのだろう。

 二人は移動し、それぞれ待機場所を変える。標的が実際にここにやってきたら手際よく済ませる為に。

 やがて、精悍な男が歩いてくる。通りの一角にある金貸しの事務所に入っていく。

 フォドラ・ファミリアのレベル4、ゲンイチィ・ロウだ。

 かつてゼウス、ヘラの二大巨頭の時代、ヘラ・ファミリアと同盟を結んでいたフォドラ・ファミリアはそれなり以上の存在だった。しかし主戦力がヘラ・ファミリアと共に黒龍討伐*1に向かい失敗して以降、凋落してしまった。

 当時主力ではなかったゲンイチィも今ではレベル4、フォドラ・ファミリアの団長だ。

 ゲンイチィは団長となって以降、フォドラ・ファミリア再興の為に尽力しているのは広く知られている。その為にあの手この手で金策に手を出していることも。それらが実を結んでいないことも。レベル4の実力とこれまでの実績を担保に莫大な借金をして商会や企業の投資に参加し、焦げたのた。

 借金返済の為に借金を重ね、彼は抜け出せないところまできた。しかし金貸しが取り立てようにも無い袖は振れない。レベル4が相手なら、威して払わせるのも困難だ。だからこそ、借金取りは匙を投げ、債権は巡り巡って第三の瞳が買い取り、このバレーナたちがやってきたのだ。

 借金だらけの間抜けめ。ランクアップを繰り返しレベル4に達したことで万能感でも持ったか?貴様の能力には限界があるというのに。冒険者としての技量も支払能力も。無敵にでもなったつもりで借金取りの要求を突っぱねたのか?たかだかレベル4風情が?

 バレーナが苛立ちを募らせている間に標的はしかめっつらで金貸しの事務所から出てきて、歩き出す。大方、ダンジョン探索のアガリを報告し、返済期限を延ばす交渉をしにきたのだが、望ましい結果が得られなかったのだろう。 

 バレーナは物陰に身を隠し、夜の闇に溶けながら追う。エムローも同様だろう。

 ゲンイチィの行先は判っている。アシュラ・ファミリアの傘下団体が運営する闇カジノに行き、ガネーシャ・ファミリアやビアー・ファミリアの手入れが入らないか見張り、同時に客がふざけた真似をすれば叩きのめす仕事をする。

 今回の作戦は至ってシンプル。闇カジノに向かう道中、人の目が失せたところで標的を攫う。

 闇カジノでの勤務後に攫うこともできるのだが、そのような場所ではいつどんなトラブルが起きてもおかしくはない。先にあげた治安維持ファミリアが踏み込んできたり、アシュラ・ファミリアの系列団体と敵対関係にある組織が殴りこみにでもきたら人さらいどころではない。

 ゲンイチィを攫う機会はすぐにやってきた。人気の無い細い通り。一人歩みゆくゲンイチィ。

 前方から清掃業者に扮したジオメイが歩いてくる。巨大な麻袋を担ぎながら。

 後ろからバレーナは近付く。しかし標的はバレーナに気付かない。バレーナは完全に気配を殺している。

 バレーナが足をすくう。標的の躰が宙に浮いた瞬間に脇から飛び出したエムローが素早く首を絞める。太い腕と強固な筋肉。人間の壊し方を知り尽くした軍人のスリーパー・ホールドはゲンイチィの頸動脈を見事に圧迫する。レベルが上がり心肺機能が向上していようが、脳味噌が血液を必要としているのは同じだ。

 ゲンイチィが抵抗しようとするが、バレーナとジオメイががっちりと抑え込む。三人に勝てるわけないだろ!

 数秒後、意識を失ったレベル4の四肢を、ジオメイは素早く手製の拘束道具で固定し、麻袋に放り込む。

 三人は夜の闇に紛れて素早くその場から離脱する。

 借金を重ねたレベル4はすべての自由を奪われた状態でミコラーシュの前に差し出され、やっと何が起きたか気付く。

 実に手際よく拉致されたことに。

 自分の人生が終わることに。

 

 

 

「流石だな。見事なものだ」

「そう思うならもっとマシな仕事を振ってくれ」

 商業区の古倉庫を改修した作業場の休憩所。

 バルザックとジオメイが会話しているのを、バレーナは蒸留酒を飲みながら聞いている。エムローは既にソファで横になり寝入っている。

 以前はイツァムナー・ファミリアと対等以上の闇派閥(イヴィルス)構成員だったのに今じゃ連中の使い走りか。俺たちも堕ちたもんだ。怒りも屈辱もなく、バレーナはただただそう思う。

 三人はオラリオに来てから最初は冒険者系ファミリアに所属していたが、主神が高名な女神の怒りを買い、天界に送還されてしまった。次いでそこそこの規模の闇派閥(イヴィルス)に誘われる。三人ともその時点でレベル3に到達しており、なにより彼らの持つ高度な技術は悪党どもに魅力的だった。

 三人が入ったシユウ・ファミリアの水は彼らに合っていた。

 せこせことした小銭集めのための詐欺や、非力な小市民を痛めつける退屈な作業とは無縁で、ひたすらに都市への破壊や秩序勢力との闘争に明け暮れた。

 次の戦闘の為の戦闘。次の殺しの為の殺し。

 神の性質もあるが、破壊も闘争も殺戮も略奪も団員たちの自由意志のもと行われた。あほうな戦神の道楽の為では無く。

 秩序勢力相手に知恵と技術を振り絞り闘い続けた彼らはいつしかレベル4になる。

 しかしそんな日々も終わる。『27階層の悪夢』の騒動に紛れて、主神シユウが天界に叩き返されてしまった。高度な戦闘技術を備えたレベル4の猛者たちは、あわれ無力なレベルゼロに成り果てた。

 そして今もなお、彼らは新たな神の眷族になっていない。レベルゼロの()()だ。

 むろん、いくら技術が秀でていてもレベルゼロのままでレベル4を拘束することなどできない。できるだけの理由が彼らにはある。その理由こそが彼らをイツァムナー・ファミリアの使い走りに留めてもいるのだが。

「やあ、ジオメイ。バレーナ。エムロー…は寝ているか。いつもありがとう。感謝しているよ。」

 ()()が血塗れの白衣を脱ぎながら現れた。数歩後ろには同じような血塗れの白衣を着たヘルゼーエンがいる。

「ふふ。君たちのおかげで実験は順調だよ。実用段階に入ったものをお披露目するのが楽しみだ。もっとも、それも更なる研究の為の足がかりにすぎないのだがね」

 白衣を着た異世界狂人は、今日は檻を頭に被っていない。代わりに医療用の頭巾とマスクをしている。

「そうかい。それで俺たちはいつまでこんな雑用すればいい?あんた悪巧みはヴァレッタやジュラとばかりしてるしよ」

「悪巧みとは人聞きの悪い。適材適所というやつさ。もう間もなく君らにも暴れてもらうことになるよ」

 ジオメイの問いにミコラーシュは淀みなく答える。

「そいつは重畳」バレーナは蒸留酒を飲み干し、ミコラーシュの前で跪き(こうべ)を垂れる。「久々に()()()()()()()()()()()()()()()。いつでも暴れられるように」

 ミコラーシュが汚い笑みを見せ、手をバレーナの頭にかざす。

 光の渦のようなものが頭の周りに発生し、不思議な感覚に全身を包まれる。神の恩恵(ファルナ)によるステイタス更新の時には無かった感覚だ。

 そして、光が一際強くなり、消える。

「更新完了だよ」

 ミコラーシュが告げる。

 狂人に跪くのはバレーナにとって面白いことではないが、本来神が行うステイタス更新のように半裸になり血を垂らされるよりは余程いい。

 彼は神と違い、ステイタス更新してもそれを紙に書き記すことはない。個々人の感覚で何がどう伸びたかの把握に努めなければならない。

 否、問題はそこではないのだ。

 彼は神でもないのにステイタスの更新をしてのけるのだ。それも、神を失いレベルゼロとなったバレーナたちに、かつてのレベル4の頃の続きを。

 神の恩恵(ファルナ)もなく、背にステイタスは刻まれていない。間違いなくレベルゼロ。しかし身に宿る力は、間違いなくかつてのレベル4のそれだ。

 ただごとではない。この世界の理に反している。

 しかしミコラーシュはこの(わざ)について細かな説明をしない──研究と神秘の賜物だよ。おっと、神秘といってもレアビリティの神秘ではないよ。

 だが、バレーナは深く聞くつもりはない。そして、エムローとジオメイも。

 大事なのは何故こうなったか?ではない。何をするのか。

 まだ戦える。まだ殺せる。

 それに尽きるのだから。

 

 

 

 

 

 手術が終わった。

 ミコラーシュは血まみれになった医療用の長手袋を外して一息ついた。

「いやはや、異世界に来ても尚医療と宗教に携わるとはね。業が深いよ、まったく」

 手術台に横たわるのはエルフの青年。第三の瞳の敬虔な信徒だ。

 彼の頭部、腹部、胸部にはそれぞれできたてほやほやの縫合の痕がある。つい今の今までミコラーシュが()()をしていたのだ。

 ミコラーシュとヘルゼーエンは手術室を出る。

「ひとまず、こんなところか?」

 医療用長手袋を外しながら、共に施術をしていたヘルゼーエンが言った。

「そうだね。ごくろうさん」

 ミコラーシュは満足げに表情筋を歪めた。

 廊下を進み、二人は別の部屋に入る。

 その部屋には大量のストレッチャーがあった。それらの上には先程の青年同様の縫合痕のある者たちが括りつけられている。その部屋に、壁にもたれるようにして立つ男が二人。バルザックとジェイだ。

「首尾は?」

「上々だよ。デモンストレーションはきっとうまくいくよ」

「あちらのお嬢さんの調子は?」

 ジェイが顎をしゃくった先に、ストレッチャーではなくソファで横になり寝息を立てている小人族(パルゥム)の少女がいる。

 彼女は小人族(パルゥム)であることを考慮しても小柄だった。10歳になるかならないかの子どもなのだ。

 彼女こそが『第三の瞳』の教祖──フィアナの預言者として活用するべくミコラーシュが幾度にも渡り『力』を与えた存在である。

 そして、"デモンストレーション"の為にまた新たな力を与えた。

「ああ、安定しているよ。リスクなく()を行使できるはずだ」

 悪夢の構築に必要な力。

 人類の進化の為の第一歩。

「彼女こそが、我々のメンシスだ」

 

*1
世界最強戦力を誇るオラリオが世界に求められている三大クエストの一つ。当時オラリオ最強勢力だったゼウス、ヘラの両ファミリアが挑んだが、果たせなかった

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