ダンジョンに智慧を求めるのは間違っているだろうか 作:冒涜アメンボ
「
ロッキングチェアに背をあずけ、揺られながら神イツァムナーが言った。
「ああ。バルダー派は幹部たちが会合しているところを襲撃され全滅。元々頭数の少なかったゴードン派はもう俺たち以外狩られた。情報網を広くもつザルトホック派は健在だが……」
「あいつらはただの社会不適合者の破壊分子でしかない。バルダー派の三下を取り込むかもしれんが、じきに駆除されちまうでしょうよ」
バルザックとヘルゼーエンが主神に応える。
「……
「あ、ああ。ひとことに闇派閥と言ってもピンキリでな。大本にしている主義、思想で三つの系統があるんだ。といっても、同系統の連中だって特別仲間意識があるわけでもないが」
「コッコリス、そちらの人間は?我が子ではないようだが」
イツァムナーが問いかける。
「はい。こちらはミコラーシュという人でして、ダンジョン中層で野垂れ死にかけていた我々の前に現れたのです」
「中層に現れた?一人でか。闇派閥に味方する上級冒険者にたまたま出くわしたのか?」
「い、いえそれが……」
「この男、突然ダンジョンから産まれ落ちたのです。それこそモンスターのように」
言葉に詰まるコッコリスに代わり、ヘルゼーエンが言った。
「ダンジョンで産まれた?人間なのか?」
驚愕と好奇を隠さない神。その横に立つジェイは深くかぶった薄汚いフードの奥で喉を鳴らして笑った。
「とんだ拾いものをしたようだな、バルザックたちは。いや、拾われたのか」
「ああ……正直のとこ俺らもわけがわからん」
「君ら以上にわけがわからないのは私だよ。いい加減このオラリオ?とやらについて教えてくれ」
イツァムナー・ファミリアの面々がミコラーシュにオラリオ、ひいてはこの世界について説明をするのにはひどく時間を費やした。というのも、1を言うたびに10を質問してくるため、話が進まないからだ。
「とりあえず通り一編に説明すればいい。細かな疑問はあとで受ける。君もその方が系統付けて確認できるだろう」とはジェイの提案。知的好奇心・探究心の権化のような異世界変人もそれに納得したようで、とりあえずの説明を終えた。
「ふむ、ダンジョンの中で聞いた話の疑問点を解消しようとしたのに、新たな疑問が次々浮かんでしまったよ。この世界、実に興味深いね。謎……明らかになっていない真実が多い。とても面白い。神々が天界から降りてくる気持ちがわかるよ」
心底愉快そうにくくく、と嗤い「と言っても、神が実在することも、下界に住まう者も神の存在そのものに疑問を持たずに生きているという前提が既に驚愕なんだがね。啓蒙に満ちている」と続けた。
「啓蒙ってなんだ?」
「まあそこはいいじゃないかバルザック。我々の疑問を彼にぶつけるのは明日でもいいだろう。君らも疲れただろう、見廻りは私がしておくから休むといい」
「すまねえ。そうさせてもらう」
バルザックたち三人が部屋を出ていく。着替えや食糧、寝所は別の部屋にあるのだろう。
「それでは我が神よ、私は外に上がり敵の警戒をしてくる。貴方も休んだ方がいい」
「そうさせてもらう。今回の
頭に蛇を巻いた老人が首をゴキゴキ鳴らし、「で、ミコラーシュと言ったか。君はどうするのかね」
「どうすると言われてもね」
「散歩がてら私が連れていくさ、我が神。彼もまだまだ訊きたいことがあるようだし、
イツァムナーは頷き、「仲良くしてくれよ」と愉しそうに言った。
松明を左手に持ったジェイが夜道を先導する。
「もうすっかり夜だな。向こうの輝きを見ればわかるように、工業区画は夜でも稼働している*1んだが、この捨てられた区画は魔石灯すらまともに点いてない。自分で灯りも持たずにいた場合、月と星を雲に隠されたらもう何も見えない。正真正銘の暗闇だ」
「だが、その方が君好みなんだろう?」
「ああ。結局は私も暗闇に生きる性分なのだろう。ヤーナムを思い出す」
「そうか。ところで私は君のことをなんと呼べばいい?ファミリアの彼ら同様にジェイと呼べばいいかね」
「そうしてくれ。この世界ではそれで通っている」
元々は鮮やかな深緑だったが、すっかり色褪せ、薄汚れたローブ。手元や足捌きを暗闇に紛れさせる黒い手袋とズボン。かつてはビルゲンワースの徒として
「しかし驚いたよ。見知らぬ世界に迷いこんだと思ったら旧知の狩人に出くわすとはね。こんなところで何をしているのかね?君は悪夢*2に呑まれ、消えていったものだとばかり思っていたよ」
「小さな鐘*3が共鳴した」
「鐘?」
「我々狩人が持つ道具だ。この世界の言葉を借りればマジックアイテムとでも言うのか。呪いとも神秘ともつかぬ、我々狩人を無限の闘争に引きずり込むスグレモノだ」
フードを深々と被った狩人は小さく嗤った。
「鐘が共鳴し、新たな闘争の世界に侵入したはいいが与すべき狩人も殺すべき敵も見つからぬ。帰ろうにも共鳴破り*4が機能しない。こうして私は異世界に残され、冒険者ごっこをしながらファミリアを転々とし、
「ふむ……」
それはつまり、ジェイをこの世界に呼びよせた狩人がいるということだ。ジェイ以外にもヤーナムの狩人がいる。そしてジェイ同様に、呼ばれたまま帰れなくなった狩人がこの世界を彷徨っている可能性も考えられる。
「ところでミコラーシュ、貴様は何故ここにいる?」
「さあ、私にもわからんよ」
「そうか」
訊きはされたが特に興味も無いのか、ジェイはそれ以上追及せずにそのまま歩き続ける。一方、ミコラーシュはこの世界で生きる狩人に興味津々だった。
「君はファミリアを転々としていると言ったな。そして今はイツァムナー・ファミリアに居ると。君も
「一度にいくつも訊くな。私は
「4?随分微妙な……目を付けられないように実力を隠しているのかね」
「いや、妥当なセンだ。レベル5以上、一級冒険者は桁違いの化け物ということだ。それこそマスター・ゲールマンや聖剣のような……待て、止まれ」
急にジェイが立ちどまり、鋭い視線を前方の暗闇に向ける。
「この存在感は……運がいいぞミコラーシュ。いや、悪いのか?早速この世界のレベル4と遭遇だ」
言われてミコラーシュも目をこらして暗闇を見つめるが、何も確認できない。一方、ジェイは「さっさと出てこい」と言わんばかりに松明をぐるぐる振り回した。突如、暗闇から声がした。
「気配を隠していたつもりだが、噂通り鋭いな。【冒涜者】め」
若い女の声。
通路の奥から棒きれのようなものをもった者が一人現れた。
月明りが照らす。木刀を持った若い女だった。尖った耳と月明りの下でもはっきり判るほどに整った美しい容貌。まさしく先程聞いていた説明にもあったエルフのそれだ。
「ほう、よりにもよってレベル4でも頭一つ抜き出た実力者で、潔癖な正義中毒者の【疾風】殿のお出ましか」
冗談めかしてジェイが言うと、エルフの女は突き刺さるような視線を向けてきた。
「貴様、今日もまた追手を手にかけたそうだな」
「有象無象に殺されてやるほどお人よしでもないのでな。私は私が死ぬに足る戦場、私を殺すに足る相手にしか殺されてやらんさ」
「では私がここで殺す」
エルフはそう言って、美しい風貌とは不釣り合いな獰猛な殺気を纏い木刀を構える。
「まあ待て、【疾風】」
言いながらジェイは一歩前に出た。左手の松明を掲げ、続ける。「見ての通り私は丸腰だ。正義の徒であるはずの君は、構わず丸腰の人間を武力制圧するというのか?」
しかし【疾風】はジェイの問いには答えを返さずにすばやく口を動かした。ぼそぼそと何かが聞こえた途端、幾つもの輝く光球が彼女の回りに浮かんだ*5。光球を纏ったエルフの女を中心に周囲の空気の流れが変わった。まるで彼女が風を従えているかの如くに。
尋常ならざる光景を目の当たりにし、ミコラーシュは心が躍った──我々の神秘とも異なる超常の力、あれが魔法か。
ミコラーシュの前に立つジェイが息をのむ。
光球はエルフの周囲を旋回し輝きを増す。その輝きは殺意を具現化したかの如くの圧を放つ。
踏み込みの姿勢か、【疾風】は腰を落としながら告げる。
「