ダンジョンに智慧を求めるのは間違っているだろうか 作:冒涜アメンボ
鮮やかに輝く緑色の
"魔法"を発動させ、いつでも踏み込める姿勢をとった【疾風】。それに対峙するジェイは左手に松明を一本持つのみ。徒手空拳に等しい。
彼我の距離は十分にある。だが、歴戦の狩人ならば瞬き一つの間に詰められる距離だ。だが、先程ジェイは自らを「レベル4が妥当」と評した。ならば相手のエルフ──向こうもレベル4だ──も同様にこの距離を詰める術、あるいは身体能力を有していても不思議はないということだ。
ミコラーシュにはふと、ジェイの
脱力したジェイの周囲の空気と、殺気を纏う【疾風】の周囲の空気がぶつかり、視界が歪んでいるように錯覚する。
緊張が走った。
不用意に動けば空気ごと首を切り裂かれるのがわかる。
ジェイから数歩下がったところから見ているミコラーシュでさえ、心拍数が加速する。
たまらぬ緊張感であった。
だが、そこでミコラーシュは考えた──【疾風】は魔法を発動し光球を纏っているが、それには大変な集中力を割くのではないか、と。
先程廃工場のアジトで聞いた説明によれば、魔法の発動には精神力なるものを消費する必要があり、更にはコントロールをするにも集中力が要るという。
ならば、得物を構え、魔法を発動し、その状態で自らは隙を見せずに相手の隙を窺わねばならない【疾風】の負担は如何程のものであるのか。
ましてやジェイは歴戦の狩人だ。隙など見せぬ。
この世界の冒険者がどのような修羅場をくぐっているのかはミコラーシュは知らぬが、同様にこの世界の冒険者も狩人の狩りを知らぬ筈だ。
その結論を導き出したミコラーシュは幾分か安堵しつつ、新たな興味が湧いた──この世界の実力者の闘いをこの目で拝みつつ、更にはその死を見届けることができるのだと。
突然、ジェイが動いた。
いや、歩いた。
松明片手に不用意に──迂闊な程に軽やかに距離を詰めようとした。
その露骨にすぎる動きに【疾風】は面喰い、出遅れた。
一瞬のうちにその
彼女の表情の変化は、本当に一瞬のうちのことであった。
先程の緊張感を生みだした手練れならば、即座に戦闘に再度集中を戻したであろう。
だが、一瞬とはいえ感情の揺らぎ。
狩人は見逃さない。
狩人の"加速"──一瞬で距離を詰める。
松明。
【疾風】の目には巨大な火球が音よりも速く飛んできたように映ったろう。
左目に突きだされた松明をかいくぐり、すんでのところで回避する【疾風】──虚を衝いた一撃を後退ではなく前進で回避するあたり、勇敢な戦士なのだろう。
そのままジェイの左脇走り抜け距離を取ろうとするが、掠ったのか、姿勢がふらつく。
ジェイは既に松明を逆手に構え直しており、自分の左を駆け抜けようとする【疾風】の脳天に突き下ろす。
「ふっ!」
十分な距離も取れず体勢を直す前に追撃を受けた【疾風】は、不安定な姿勢のまま木刀を振り上げ松明を弾いた。
がら空きになるエルフの胴。
「GRRRRUHHHHHHH!」
ジェイは雄叫びと共に、その胴に、
今度こそ、エルフの
直撃。
狩人の膂力で振りおろされた巨大な金槌と地面にサンドイッチされたエルフの口から血とも臓物ともつかぬものが飛び出した。
エルフ越しに地面に伝播した衝撃は路面を粉砕し、砂埃を巻き上げた。
反動で撥ねるジェイの右腕。
バウンドし、転がるエルフ。彼女が血反吐を撒き散らしながら突っ伏すと、周りに浮かんでいた光球は霧消した。
魔法が消えた──今の一撃で戦闘不能のようだ。
結局魔法を用いた攻撃を目にすることはなかったが、裏を返せばジェイにとっては魔法を駆使した戦闘をさせないことが肝要だったのだろう。
既に勝負あったかのよう見えたが、ジェイは即座に左手で金槌の
ジェイが手にするのは工房*1の異端「火薬庫」*2が作りし"爆発金槌"。小炉付きの巨大な金槌であり、撃鉄を起こした後の一撃は火を巻き、着弾時に激しい爆発を起こす──獣を叩き潰し焼きつくすような武器を見目美しいエルフに使えば、どうなってしまうのか。
「ぐ……ぁが……」
「ほう、まだ息があるか。たいしたものだ」
着火し、高熱を吐きだす炉をエルフに近付ける。最早【疾風】には顔を背ける力すらも残っていないのか、熱気をもろに浴びる。
「君は私より多才で強力な冒険者だが、残念だったな。アストレア・ファミリアのエースを木端微塵に吹き飛ばせば、押され気味の
「木端微塵にしたら死体の判別ができないじゃないかね」
「おっと、そうだな。焼け焦げた臓物を撒き散らしながら死んでくれ」
そう言って彼は爆発金槌を振り上げ──
「何してんだコラァアアアアア!!」
怒声。
並び立つ工場群の上層から桃色の物体が落ちて来、ジェイは瞬時に飛び下がる。
桃色の髪をした小さい女だった。
次いでもう一人、黒髪の女が到着する。
「リオン……?」
黒髪の女は、血反吐を吐き散らしたまま転がり動かぬエルフを見やり、ジェイに憤怒の貌を向けた。
「殺す。貴様ら、切り刻んでから死体をバベルに吊るしてやる」
貴様
「ほう。一人きりだとは最初から思ってもいなかったが思ったより早い到着だな、アストレア・ファミリア」
「リオン!」
ジェイが応えると、通路の奥から更にもう一人赤い髪の女が現れた。
バルザックたちに聞いた話だとアストレア・ファミリアの構成員は第二級冒険者を中心に10人超。まだ更に増え、囲まれる可能性がある。
「あまり近付かれても困るな」
その手に持った爆発金槌を小さく振り、駆けよってこようとする赤髪の女の動きを制する。
「まだ【疾風】を殺し切っていない。彼女には私の手の内を見られているので確実に殺したいのだが」
「テメー頭脳が間抜けか?リオンにトドメ刺すよりテメーが死ぬ方が早いぜ」
「私としては君らのような猛者と闘い、理不尽に死ぬのは本望なのだがね」
並々ならぬ殺意を向けられジェイは爆発金槌を構え直す。現れた三人も相当な手練れなのがわかる。先の【疾風】一人を相手にするようにはいくまい。
「待ってライラ!」
赤髪の女が
「それよりリオンを!早くマリューたちと合流するの!リオンが死んじゃう…!」
「チィ……!」
エルフを抱き起こす赤髪の女を守るように
ミコラーシュには【疾風】は致命傷を負っており助からないように見える──それこそ血の聖女*3の施しでも無ければ。だが赤髪の女の口ぶりではまだ助ける術があるようだ。それもこの世界の魔法や奇跡の類なのだろうか。
「私たちをこのまま見逃すと言うのなら、私も君らの撤退を邪魔しない、と言ったらどうする?」
「……!」
「真に受けるなアリーゼ。このクズ共が約束を守る訳が無い。結局相手取っている間にリオンが死ぬ。リオンを犬死にさせない為にもここで殺すべきだ」
「アタシも同感だな」
「いいえ。撤退するわ。団長命令よ」
「……了解」
言い合うこの間に仲間の命が失われていくのが惜しいのか、赤髪の女の判断は早かった。彼女は死にかけのエルフを抱え上げると、ジェイを睨みつけながら数歩後退した。
「……やれやれだな」
ジェイも素直に武器を下げ、数歩下がった。
赤髪の女は踵を返し、瞬く間に走り去った。見た目には華奢な少女だが、人を抱えてああも動けるものなのか。
次いで小人族が、そして黒髪が呪詛の言葉を吐きながら撤退していった。
残ったのはミコラーシュとジェイの二人。
「……行かしていいのかね」
ミコラーシュは訊いた。
先程の闘いから判るのは、強力な冒険者に対してジェイがアドバンテージを持つのは"加速"や虚空から武器を取り出す狩人の
「構わん」
ジェイはこともなげに言った。
「ユニークアビリティやレアスキルと括られる類のものは口頭で言ったところで他人は解さんさ。どのみち、あのエルフは命を繋いだところで当面は戦列には並べん」
そう言い、ジェイは巨大な金槌を懐に仕舞った。
「さあ、人目に気を付けつつ帰ろうか。私も組織人だ。今の闘争を
さもどうでもいい風に言い、歩き出す。
ミコラーシュはジェイの後を付いていこうとして、一つ思いついた。
エルフの撒き散らした血反吐に近付き、指で掬う。匂いを嗅ぎ、舐める。
匂いも味も、人間の血と違いはなかった。
彼は笑った。