ダンジョンに智慧を求めるのは間違っているだろうか   作:冒涜アメンボ

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 ミコラーシュは思案する。

 ジェイはレベル4の【疾風】と対峙した際、斬り結ぶの避け、その老練さと狩人の(わざ)をもって撃退した。その後、アストレア・ファミリアの面々に囲まれた際には死にかけた【疾風】の救護を邪魔しないことを対価に敵を撤退させた。

 そして今。

 レベル4相当のジェイはおらず、ミコラーシュとコッコリスの二人。敵はオラリオでも指折りの戦力を有するガネーシャ・ファミリア。眼前にはレベル5のシャクティ・ヴァルマ。後ろにはシャクティの部下たち。二人。三人。四人。続々と駆けつけてくる。

 やりあっても到底勝ち目は無いが……

「イルタとカニス以外は古工業区での捜索に戻れ。このような隘路では多勢であることは優勢にならん」

 シャクティの指示に従い団員達は足早に移動する。残るのは双剣を構えたアマゾネスと槍を構え突撃姿勢の狼人。

 ガネーシャ・ファミリアの三人はそれぞれ時計回りにゆっくり歩を進めながら、徐々に距離を詰めてくる。

「くそ、三人ともレベル5じゃねえか……」

 コッコリスは額に大粒の汗を浮かべながら呻っている。この危機的状況を脱する術を見出そうとしているのだろう。一方ミコラーシュは思考は冷静であった。逃げようと思えばいくらでも逃げられる。初めてここに来た時から、既に自ら編み出した秘儀のネタを至るところにしかけているからだ。

 しかし、第一級冒険者に囲まれた状況に興奮してもいた。ジェイをもってして化け物呼ばわりさせた第一級冒険者の闘争とはどのようなものか、興味があった。

 ミコラーシュはかつて、ヤーナムで遭遇したとある狩人のことを思い出す。

 ヤーナムでは永い、実に永い時をかけ、己が目的の為に悪夢を介してメンシスの徒を手足のように動かし、究極の怪物、「再誕者(ワン・リボーン)*1を創り上げた。あれは聖杯(ダンジョン)に現れる「死体の巨人」*2に着想を得て創った。ただ死体を混ぜ込んだのではなく、"死"の概念そのものを()り合せて創ったが故にそれ自身に死が与えられることはない、ミコラーシュの最高傑作だった。それをポッと出の狩人がノコギリ片手に解体してのけ、更にはミコラーシュが上位者(グレート・ワン)の叡智を授かり創り上げた悪夢の世界に侵入し、彼を殺してすら見せた。

 第一級冒険者の暴力はあの狩人に匹敵するのではないか──一度そう考えると知的好奇心が止まらない。

 シャクティが通路脇、排水路のすぐそばにゆっくり歩を進める。そこで、秘儀を発動させた。鼠の死体が飛び出し、シャクティに襲いかかる。

「!?」

 不意を衝かれたシャクティは驚愕の貌を浮かべたがしかし、即座にそれを斬り捨てる。シャクティの部下二人も思わずそちらに視線をやってしまう。

 機。

「んかあっ!」

 ミコラーシュは吠えた。続けざまに秘儀を発動する。彼の()となっていた鼠や烏、野良猫の死骸が雨あられと構造物の隙間や上層から飛び出してくる。

「あ、姉者!」

「落ち着け!的は小さいが動きは単調だ!」

「マッハで蜂の巣にしてやんよ!」

 三人は怖ろしく速い武器繰りで降り注ぐ死体を撃墜する。

 だが、三人が死体の撃墜に集中している隙にミコラーシュは両手を頭上で組み、更なる秘儀の構えをとっていた──彼方への呼びかけ。本来の目的であった異界への呼びかけはついぞ叶わなかったが、代わりに得たのは小宇宙の爆発。*3彼のもつ最大攻撃秘儀。

 一瞬のうちに、目を灼く程の白い光玉が彼の周りに無数に顕現する。

 

 

 

「!?まずい!」

 その光景を見、シャクティは【疾風】のルミノスウィンドを連想した。だが、【疾風】のそれとは明確な違いがある。闇派閥(イヴィルス)の仲間らしき男は呪文の詠唱を一切せず、魔力の流れも一切感じなかった。既存の魔法の類ではない。

 光玉はその小ぶりなサイズからは到底考えられない程の光量を放ち、それに比例する熱量を持つことを察せられる。そして何より、あの光を一目見た瞬間の、脳が、背筋が沸騰するような、今までの冒険者家業でも体験したことがない衝撃──やばい。よくわからんがこいつは兎に角やばい!

 一拍置いて、シャクティの部下二人もその結論に至った。だが、その間が明暗を分けた。

 爆音。

 音が衝撃派となり周囲の構造物を揺らし、ガラスを粉砕する。

 だが、シャクティの部下を貫いたのは音よりも速く飛来した光玉だった。

「ちょっ待っ」

 この言葉を最後に、【蛮獣(サヴェージビースト)】の二つ名を持つレベル5は蜂の巣めいた前衛芸術になった。

 イルタは即死こそ避けたものの、脇腹を焼き穿たれ、左足首と右肘から先が吹き飛ばされた。

 そして、シャクティは──飛来する光玉の軌道を読み切りそれらをかいくぐった。一つの無駄も無い洗練された動きで男の胸を槍で刺し貫く。が、しかし、眼前の男は血反吐を吐きながらも愉悦の貌を浮かべている。

 突然振り下ろされる右の手刀。

 ガード。咄嗟の判断で左腕で頭を庇う。

 一撃で手甲が砕かれ、衝撃でへし折れた骨が反対側の肉と皮膚を突き破り飛び出す。

 苦悶の声を上げる間も与えられずに、右の拳が迫る──ガードしたら、その部位を破壊される。シャクティは身を捩り、無理やりかわした。

 後手に回れば何もできずに殺される──恐怖と苦痛を闘争心で塗りつぶし、動く右腕で槍を引き抜く。胸から青褪めた血が噴き出し、シャクティの顔を染める。

 男の体がぐらりと揺れる。

 シャクティはそのまま、男の腹に槍を突き立て、捻り、そこから上に突きあげた。穂先が男の腹の中で暴れ、内臓をシェイクしたのち、肺と心臓を今度こそ破壊した。男は逆流した血を口から撒き散らし、シャクティに浴びせながら彼女に力無く覆いかぶさってきた。

「……はっ。……はっ。……はっ」

 息が整わない。

「うぐ……あ、姉者……」

 この場に在る音は自分の荒い呼吸音と、妹分の呻きのみ。*4密着している男の心音もない──死んでいる。

 槍を引きぬくと、死体は重力に従いそのまま倒れた。

「勝った……のか」

 自分もよろめき倒れそうになるが、槍を支えにして堪える。

 先の爆音だ。ガネーシャ・ファミリアの団員たちもすぐに駆けつけてくる。むろん自分たちの治療はさせるが、団長が力なく地に伏せているわけにもいかない。今回は闇派閥(イヴィルス)の捜索を主目的としており、本来の主兵装の拳装(メタルフィスト)ではなく、遠目にも目立つ装飾を施した象杖槍を装備していたが、それが生きた形となった。

「イルタ、無事か?カニスは?」

「とりあえず、生きてる。でも、カニスは……」

 イルタは横に転がる死体を見、かぶりを振った。

「……クソッ」

 槍を杖代わりにして部下の亡骸に歩み寄った。普段はお調子者だったが、才気と向上心を併せ持ち、戦闘の際には常に一番槍を担う頼れる戦士だった。

 だった……もう過去形だ。

「あ、姉者!」

「どうしたイルタ……!?」

 イルタの指差した方を見ると、先ほど殺したばかりの男の死体が、靄と化して消えていくではないか。

「ば、馬鹿な!何が…!」

 駆け寄ろうとして転ぶ。顔を上げた瞬間には死体は跡方も無くなっていた。

「Oh!Majestic!」

 どこからか、突然響き渡る奇声。

「冒険者とはまさに冒険を為す者なのだな!未知の脅威に対してさえ!」

 新しいおもちゃを手に入れた子供のようにはしゃぐ声を聞き、シャクティは何に対しても勝利できておらず、何も終わっていないことを悟った。

 屈辱と怒りのままに、右拳を地面に叩きつけた。

*1
高次周回のゲロはまさに宇宙悪夢的地獄である

*2
まともな2ndOP血晶石を全然落とさないクソボス。きらい

*3
失敗した際の爆発が強力な攻撃手段とか、ゼロのルイズかな?

*4
ミコラーシュのそばで突っ立っていたコッコリスは何が起きたかもわからないまま巻き添えを喰って死んだ


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