ダンジョンに智慧を求めるのは間違っているだろうか 作:冒涜アメンボ
今回は少し長いです。
メインストリートの一つを歩く。
多くの人が行き交い混雑しているが、レベル6の私たちの姿を認めると道が拓いていく。
もうすぐ工業区だ。この調子なら目的地に思ったより早く着くだろう。
「ったく、なんでわしが工業区くんだりまで出向かなあかんねん、え」
並んで歩くおっさんが文句をこぼし始めた。言いながら露店で買った焼き鳥串を頬張り、酒瓶を呷る。残った串を放り捨て、肩を揺らしながら歩く。潔癖で見栄を張り、お高く止まるエルフとは思えない振る舞いだ。道行くエルフたちもそれを見て顔をしかめる。そもそもの見た目が、船乗りのように短く切りそろえた髪とモミアゲまで繋がる顎髭、筋肉質で体格もあったりと、遠目にはエルフに見えない。
「主神サマの思し召しでしょう」
「へっ。思し召し、かい。オヤジの道楽にも困ったもんやで」
「文句なら本人に直接言ってくださいよ」
「勿論言うたったわ。オヤジ、わしらの本分はなんやと思てますんや。なにが悲しうて三下の探偵ごっこに付き合うてやらなあかんのです、てな」
この男、相変わらず言葉を取り繕わない。主神に対してもこの調子なら、他の市民に対してはどうなのか、お察しだ。
「そしたらなんて?」
「どうせ暇だろ、言ってこい。こんな具合や」
まったくもって主神サマの言うとおりだ。
「でも、今回の件は私たちが直接出向く価値があるんじゃないですか?」
「ほーう?聞こか」
「レベル4でも頭一つ高い評価を得ていた【疾風】が
「誰に講釈垂れとんねん、こら」
「貴方が聞こうと言ったのでしょう」
面倒くさいやつだ。
うっとうしいおしゃべりエルフの相手をしている間に目的地が見えてきた。
カナヤマヒコ・ファミリアの本部事務所だ。高さこそ控えめで三階建てだが建坪はやたらと広い。企業──工業系ファミリアの大手であるカナヤマヒコ・ファミリアは団員の他にも多くの労働者が従事しており、敷地内にはこの本部事務所以外にも魔石加工工場や製品生産工場、保管倉庫が並んでいる。
正門に守衛がいたが、私たちの顔を見やると、停めもせずに素通りさせた。顔パスだ。もっとも、止めようものならば横のおっさんの怒りを買う羽目になる。
建屋入口に若い虎人の女が立っていた。今回の件で来訪者達の受付をしているのだろうか、私たちに気付くと「こちらです~!」と手をぶんぶん振った。なかなか可愛い。
「すまんな、オヤジに言われて報告書に目を通してたら遅なったわ。で、
酒臭い息を吐きながらその言い訳は無理がある。
「みなさん既に集まられてます。突きあたりの左手に階段がありますので、二階にあがってください。階段を上ってすぐ右にある大部屋が今回の会議場です」
「ご丁寧にどうも。ほなお邪魔しまっせ」
このおっさん、若い女が相手だと随分と愛想がいい。案内係が自分のような中年男だったら私に相手をさせ、自分は鼻でもほじっていただろう。
案内された場所はすぐに判った。大部屋の入り口に墨書された立て札がある。立て札には『旧工業区画における闇派閥残党・イツァムナー・ファミリア構成員及びその協力者対策本部』とある。
「えらい仰々しい
「そうですね」
お前の本名の方がよっぽど仰々しい、とは言わない。
おっさんの相手も程々に、会議場に入る。ガネーシャ・ファミリアのシャクティ・ヴァルマ(左腕を包帯でぐるぐる巻きにして吊るしている)やアストレア・ファミリアのアリーゼ・ローヴェルといった名の知れた冒険者を中心に"秩序"側の冒険者とギルドを介して召集を受けた実力者、総勢30名程集まっている。
今回の進行役らしき、カナヤマヒコ・ファミリアの男が私たちに反応し、名簿を読み上げようとする。
「あ、えーと、ホテイ・
「BBでええ」
言い淀む男に対し、エルフのおっさんは適当に応え、空いている席にどかりと腰を下ろした。
名前を正しく呼ばれなかったが彼に気を害した素振りは無い。というのも彼の名は
「えー、それではみなさん揃ったので、もう一度簡単に説明します。今回皆さんにお集まりいただいたのは、イツァムナー・ファミリアの戦力についてです。
「オラリオに出張ってきたはええが、儲けれる仕事につけずに腐ってたり冒険者として挫折したクソ共を誑かして手足代わりに使うてたってこっちゃな」
「あ、はい」
「でも、イツァムナーって善を司る神様よね。なんでそんな反社会的悪党集団の主神なんてしているのかしら」
「人間基準の正義や道徳でモノを考えていないんじゃないか。神の考えることなんてわからないさ」
「そもそも、下界に降りてきている時点で娯楽に飢えている神々の同類だろう。本分とはかけ離れて自分が楽しみたいだけじゃないのか」
「そもそも、私には悪事に走り他人を傷つけ奪うことで生きていこうなんてする人の考えが理解できないわ!」
「陽の当たる場所から出たゴミ食うて生きとる虫もようけおるっちゅうこっちゃ」
BBが進行に口を挟んだせいで話が横に逸れていく。私は進行係に続きを促した。
「えー、ですので、ギルドは無法者暴力集団の最大手であるルドラ・ファミリアと並んでイツァムナー・ファミリアを重点壊滅目標の一つとし、有志連合の活動も相まって多くの構成員を捕縛、または殺害しましたが、最高幹部であるバルザック、ヘルゼーエン、コッコリスの三人だけ生死を確認できていませんでした」
「先日、連中の集会現場を襲撃したのは我々ロキ・ファミリアの部隊だった。実働班によれば深手を負わせたはいいが、その後の死亡までは確認できなかったという」
発言をしたのはロキ・ファミリア*1のレベル6、リヴェリア・ナントカ・カントカだ。こいつもBBほどではないが長ったらしい名前をしている。エルフとはこんなのばかりなのだろうか。
リヴェリア・ナントカ・カントカの話ではイツァムナー・ファミリアの集会は
実働班に襲撃を受けた連中は死んだり捕まったりしたが、一部のくたばりぞこないが下の階層に逃げ込んだ。わざわざ追いかけずとも重傷を負った身ではモンスターのいる場では生き伸びられないと考え、2日間交替で19階層に繋がる通路を監視し、上がってこなかったことから死亡したと判断し引き揚げたという。
だがその後、アストレア・ファミリアの団員がイツァムナー・ファミリア構成員との闘いで重体を負い、ガネーシャ・ファミリアに至っては死傷者が出た。それもレベル5だ。ちなみに、その時コッコリスとかいうやつも死体で発見された。
「というわけでして、組織的な活動を危険視こそすれ、個々の戦力としては特筆すべき点の無かったイツァムナー・ファミリアが短期間でいかにしてこのような戦力を得たのか、考察し対策を練る必要があります」
「でもそれってよ、ロキ・ファミリアがきっちりぶっ殺していれば問題なかったんじゃないのかよ。こんだけの面子が揃ってロキ・ファミリアの尻拭いをするのか?」
「おいおい、そう言ってやるなよ。ロキ・ファミリアだって万能じゃない。おっと、万能といえば、
フレイヤ・ファミリア*3のアレン・ナントカがケチを付ければ、そこにどうでもいい話を続けるのはビアー・ファミリアの団長。二人ともレベル6の実力者だ。
「おいおい、ほんまに協調性てなもんがないな冒険者は。話が全然進まん。ろくでなしばっかりやで」
私の横でろくでなし代表が酒をラッパ飲みしながらほざく。
こんな調子だったのでこの会議が終了したのは陽が傾く頃だった。出た結論も『高レベル冒険者がイツァムナー・ファミリアに合流した可能性がある。各ファミリアで独自に情報収集し、得た情報を共有すること。有事の際には協力し合い
面倒事は他人に押し付けるか、手柄は一人占めしようとするのが冒険者だ。ましてや今回の会議に出席した実力者たちはそうやって生き抜いてきた連中だ。事実私たちも自分たちの手で【疾風】を打ち負かしたレベル4や【
「ま、わしとしては
「私の心を読まないでください」
「お前の考えそうなことなんざわかっとるわ」
私とBBは三階の応接室で茶を飲んでいた。広い部屋に品のいい家具や装飾品が並べられている。
「すいませんアシュラ・ファミリアさん。お待たせしました」
扉が空き、カナヤマヒコ・ファミリアの副団長がキャリーバッグを引きながら入ってきた。
「今月の分です。お納めください」
「おおきに。ま、折角わしが直接おじゃましたさかい、貰うもんだけもろて帰るのもなんやしちょっとお話ししまひょ」
差し出されたキャリーバッグの中身を確認もせず、BBは副団長に椅子を進めた。
「カナヤマヒコ・ファミリアさんみたいな気前のええ企業や商会のおかげでわしらはあくせくダンジョンに潜らずに左うちわで暮らしてますねん。それなのにまあ、おたくさんのお膝元で虫ケラ共がオイタしくさったみたいで」
「ええ、正直困っています。既に労働者たちにも動揺が広がっていまして、欠勤者も増え作業効率が落ちています。それだけでなくこれを機に他のファミリアが用心棒気取りで恐喝してきたり、
「それはあきませんな。勿論わしらはわしらで動きますが、おたくらも何か情報があったらわしらにください。有志連合とは名ばかりの、あんな足並みの揃わん連中なんか当てにしてもなんの足しにもなりませんで」
「当然です。頼りにしています」
ここに来るまではぶつぶつ言っていたくせになんとまあ、金が絡めば真面目に団長をするものだ。私は感心した。
我々アシュラ・ファミリアは第一級冒険者を複数人擁するが頭数としては20人弱。ダンジョンに潜る探索系ファミリアを標榜しているが、企業や商会のレアアイテム収集等の依頼が無ければ滅多に潜らない。自主的な探索は、せいぜい腕がなまらないように時折階層主狩りに出向くくらいだ。あくせく潜るよりも、このようにトラブル解決を名目に、傘下団体から上納金を回収したり友好団体から
とはいえ、アシュラ・ファミリアがトラブル解決を名目に多くの団体と付き合いをしているのには金以上に大きな理由がある。我々の存在意義にも関わることだ。
「周りの企業や商会がケツ持ちを頼んでるファミリアは実際にトラブルが起きてもろくに動いてくれないことが多いですから、いつも即座に動いてくれるアシュラ・ファミリアさんには今回も期待しています」
「わしら喧嘩大好きですから。なんなら、クソバエにタカられて困ってる商売人がおったらわしらを紹介したってください。いくらでも首つっこんだりまっせ」
主神アシュラの特性上、集う団員も血の気が多い。トラブルは闘争の元であり、付き合いが多ければ多い程首を突っ込む価値のあるトラブルも増えるというものだ。首をつっこむ価値の無い程度の低い闘争しか発生しないような案件なら、傘下の
そう意味では組織的に活動する暴力団体であり、人によっては我々を
工場の労働者や周辺住民への聞き込みを傘下団体にさせることを約束し*5、私たちはカナヤマヒコ・ファミリアを後にした。
「どうします?今日はもう戻りますか?」
「ついでやし【疾風】の見舞いでもしてこか」
「わかりました」
【疾風】は現在バベルの治療施設に入院している。潰された臓腑も治っていないくせにすぐ施設を抜け出して
アシュラ・ファミリアは工業区からバベルを挟んだ向かい側に位置するので大した寄り道にはならない。話ができるようならばジェイとかいうレベル4や古工業区のことも訊けばいい。露店で土産に果物を買い、バベルの治療施設に向かった。着いた頃には既に陽は沈んでいた。
「で、【疾風】が入院している部屋はどこです」
「知らんがな」
「は?」
「今回の騒動の重要参考人の一人や。ギルドもどこにおるなんて公開せんやろ。その辺の雇われ
とは言うが既にこんな時間だ。真下にあるダンジョンは24時間
と、そこに見覚えのある人間が通りかかった。燃えるように赤い髪を"ぽにーてーる"に結った女と、腰まで真っすぐ伸ばした美しい黒髪を"ひめかっと"に整えた女。アストレア・ファミリアの団長アリーゼ・ローヴェルと副団長ゴジョウノ・
「おう、じょうちゃんたち。【疾風】の見舞いか」
いきなりヒゲ面のおっさんに話しかけられた少女たちがぎょっとする。私はおっさんの前に歩み出し、果物かごを胸の前で軽く揺らしながら「私どもも曲がりなりにも秩序側の仲間ですし、お見舞いに、と思いまして」と敵意の無いアピールをした。
「でも、リオンは今絶対安静中だし…」
「いや、面会謝絶というわけでもないし別に構わんのじゃないか」
渋るアリーゼを輝夜がとりなす。
「でもなあ…」アリーゼがBBをちらりと見る。
「ま、【疾風】がわしを毛嫌いしとるんはわかっとる。なら葵だけでも会わせたってくれんか。こいつは真面目に心配しとったさかい」
口からでまかせもいいとこだが、私も「一目伺って、軽くあいさつしたら帰りますので」と頭を下げた。結局アリーゼが折れ、私だけ【疾風】に面会することになった。とは言ってもアリーゼと輝夜も同席するが。
BBだけ下のロビーで待つことになり、三人で【疾風】の病室に移動し、入る。なんと、本当に【疾風】はベッドに括りつけられているではないか。流石に笑いそうになってしまった。
「リオン!アシュラ・ファミリアの人がお見舞いに来てくれたわよ!」
「アリーゼ……静かにしてください。
私の耳と尻尾を見て【疾風】は呟いた。
「ホテイ・葵です。お元気そう、というわけではないですが、命の心配は要らなさそうですね。よかったです」
土産の果物かごを輝夜に渡して椅子に座る。【疾風】の顔色を窺いながら話す。
「アリーゼから聞いているでしょうが、イツァムナー・ファミリアの戦力がいよいよ危険視されましてね。レベル6を保有するファミリアも駆り出されることになりました」
「それで……私に話しを訊きに?」
「いえ、ただのお見舞いですよ。本当ならまだ喋るのも辛いのでは?」
「……」
【疾風】は眉を寄せた。このエルフはもともとおしゃべりなタイプではないが(うちのおっさんエルフがおしゃべりなだけだ)、いつも以上に口数が少ないと思ったらどうやら図星だったようだ。
だが、私はここでふと違和感を感じた。
「貴方とお話するのはまたの機会にしましょう。今日は顔が見れただけでもよかった。お大事に」
違和感の正体を探ろうと、【疾風】の顔を覗きこむようにして立ち上がる。
「……ギルドの出した報告書に、載せれていないことがあります」
突如【疾風】が喋り出す。
「ちょっとリオン、なにそれ」
「落ち着けアリーゼ。リオン、話せるなら話してくれ」
【疾風】は整った貌を苦痛に歪めながら話しだす──イツァムナー・ファミリアのジェイは今までに見たことの無い奇妙な技術を使うと。一筋の光と化し、一瞬で距離を詰める技術。丸腰と思いきや、どこからか巨大な得物を取り出し振るう。その武器には我々冒険者の常識には無い奇怪な機構が備わっている。
「今まで、喋ろうにもまともに喋れなかったし、私の記憶が混乱しているものと、思っていました。申し訳、ありません」
「謝ることじゃないリオン。しかし、奴が手の内を見られたと言っていたのはそういうことだったのか」
「でもそれだけ聞いてもいまいちイメージが掴めないわね」
「いや、大変参考になりました。つらいのにありがとうございます、リュー」
実際のところ私もイメージが湧かないが、その事実を把握しているだけでも大分違うだろう。
しかしこいつ、まともに喋ることもできないくせに
「ちょっとちょっと!顔が近いわよ!」
「あいや、失礼。リューの瞳が綺麗だったもので、つい」
「今更何を言っているんだ……じゃなくて、うちは女ばかりのファミリアだが、
「ご心配なさらず。確かに私は同性愛者だが既にパートナーがいるので」
「「えっ」」
二人とも、いや、ベッドの上の【疾風】まで引いた。不要なカミングアウトをしてしまったようだ。
病室を出てからアリーゼ、輝夜と軽く雑談し、ロビーに戻った。BBのおっさんがいない。どこ行ったんだあのおっさん……
少しだけ待ち、そろそろおっさんを追いて帰ろうかと思った時にBBがノコノコやってきた。
「なんや、もう戻っとったんかい」
「滅茶苦茶待ちましたよ。どこに行ってたんですか」
「ガネーシャ・ファミリアのイルタのとこや。あいつもここで入院しとる」
初耳だ。いつの間にそんな
バベルを出て歩き出す。外には星空が広がっている。
「なんかおもろい話は訊けたか」
私はジェイという冒険者が未知のスキル、アビリティ、更には装備を有している可能性があることを伝えた。これは大きな収穫だ。だがBBは「ふむ」とだけ言い、顎髭を手でさすり「他には」と続けて尋ねた。
「いや、【疾風】も満足に喋れる状態ではなかったですし、これで十分だと思いこれ以上は……」
「【疾風】自体になんぞおかしなとこはなかったか?前までとは違うとこがなかったか?」
「そういえば、瞳がなんというか……瞳の奥に不思議な輝きが、いや、何かが潜んでいるようなとも、どこかに繋がっているようなとも……」
我ながら何を言っているか判らない。だが、BBは。
「やっぱりな」とだけ返してきた。
「やっぱり?ではイルタも?」
「団員全員に招集かけろ。オヤジも寝とるやろうけど叩き起こせ」
BBは夜空を見上げた。
輝く星。
いつになく大きな、素晴らしい月。
「レベル4や5を蹴散らす戦闘能力だけやない、
誤字脱字だけ気を付けて必要な単語を入れ忘れるという痛恨のミス