東方多元界   作:切り身

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学ぼうとする事と、学ぶ事は違う。


活動/発動

中は薄暗かったが、その周りの品々は豪華の一言だった。

 

変わらず赤が目立ってはいるが、金のシャンデリアや磨かれた白銀の鎧、水晶の机など、ここの主人が見た目にも気を使っているであろう事が容易に想像出来た。そしてそれらは同時に本人の財力をも示している。

 

何らかの爵位を持っている(いや、持っていた、か?)事は間違いない。しかし、今まで見てきたそういった類の人間の大半は傲慢で、自分本位な者ばかりだった。今回の依頼主がそうでないことを願おう。

 

さて、依頼がどうだとか性格がどうだとか長々と語る割に、私には作法というものが全く以て無い。これは私の出自にも関わるのだが、いくら調べてもそのような『正しい作法』というものが見つからないのだ。里に住む教師に尋ねた事もあったのだが、明確な答えは得られなかった。

 

つまりこの類の屋敷(とは言うが洋館だ)に訪れた際、どのような態度で何をすべきかが分からない。かの門番を無理にでも引っ張って来た方が良かったかもしれない。

 

振り返って見たが、勿論扉は閉じており来客を知らせるようなドアベルもついていない。普段から来客を想定していないようにも思える。となると自分から挨拶に向かうべきだろうか。しかしそれはそれで失礼に値する気がする。何を言っても他人の家だ、許可なく土足で上がり込んだ上に挨拶しに来たでは筋が通らないだろう。

 

しかしここで立ち尽くしていては時間の浪費だ。この状況を如何に切り抜けようか…。

 

 

「あら、お客様ですか?」

 

 

声のした方に目をやると、そこには可憐な恰好の従者がいた。妖力を発してはいない、つまり人間だ。片手に盆を持っているから、給仕を終えた所なのだろう。だとすると、何故こんな近くにいるのだろうか。主人の部屋が1階の玄関近くという事もあるまい。

 

そこまで考えた所で魔力の奔流が微かに流れてきた。この距離で使用した魔力が微量であるならば、その術式は非常に複雑な物であるだろう。彼女自身に刻まれているとも考えづらいとなれば、何かに封じ込めてある可能性が高いか。

 

 

「ああ、白黄だ。君の主人が依頼したいとの話を訊いたんだが―――」

 

「そうでしたか、存じ上げておりますわ。どうぞこちらへ」

 

 

彼女はそういうとスタスタと歩き始めた。

 

階段を上がり、長い廊下を渡る。しかし思ったよりも内部が広い。外から見たときよりも大きく見える。色使いの問題なのだろうか。

 

 

「ところで、遣いを送ったはずだったのですが…」

 

「ああ、彼女なら門衛に戻ったよ。彼女と主人の間に理解の相違があったようだから、私が直接来たんだ」

 

「左様でございますか。紹介が遅れました、私、十六夜咲夜と申します。以後お見知りおきを」

 

「こちらこそよろしく頼むよ。どうやらすぐに終わる案件ではないようだし」

 

 

私が言い切ると彼女は立ち止まり、こちらですと告げた。まるで図ったかのようなタイミングだった。これを狙っていたとすれば、私は彼女に感服せざるを得ないだろう。

 

ドアの先には机といくつかの椅子、まさに応接間といった所だった。そしてその奥に少女が座っている。向こう来て間もないのだろう、部屋から妖力は流れてこない。

 

 

「お連れしました。こちら白黄さんです」

 

「ありがとう、咲夜。彼女の分のお茶を淹れてあげて。そしたら下がっていいわ」

 

「畏まりました」

 

 

気付くと、眼前にいたはずの十六夜が消えていた。そして微かに残留する魔力。零時間移動を利用しているのかもしれない。

 

すると本格的にこの少女が吸血鬼の魔法使いである可能性が高くなってきた。もしかすると私は今、非常に稀有な存在を目の当たりにしているのではなかろうか。

 

 

「どうぞ、座って?」

 

「…ああ、失礼するよ」

 

 

ゆっくりと席に着く。落ち着いた色の椅子だが、座面と背面に綿が詰めてある。人里では売られていないから、異国の品だろう。座り心地が非常に良い。私の家にも是非導入したいものだ。

 

突然、私の目の前に紅茶が現れた。最早恐怖である。寧ろそれを利用してお化け屋敷(吸血鬼が住んでいるが)でも開いてみてはどうだろう

 

 

「美鈴の説明では分からなかったから、直接聞きに来た。いざとなったら逃げられる、そう考えているのね?」

 

「…黙秘しよう、君の誘導尋問に答える義務はない。君に説明する気がないのなら私は帰るよ」

 

「冗談よ冗談。貴女がいた方が楽に決まってるじゃない」

 

 

吸血鬼はクスクスと笑った。口元を手で隠しているが、その牙は隠されていない。脅しのつもりであえて見せているのだろうか。しかしそれが無駄である事を彼女が分からないとも思えない。

 

所であの牙は八重歯に値するのだろうか?妖怪といえど人間と同じ食事を摂る事も可能である訳だが、その時にあれは邪魔にならないのだろうか。

 

駄目だ、関係ない事に気が散ってばかりだな…。

 

 

「あら、ごめんなさい。人間を相手取ってた時の癖なの。気にしないで頂戴」

 

 

彼女はそう言ったが、私は早くも不信感を抱いていた。私の事を事前に調べ上げておいて、今更『人間を相手取っていた時の癖』という言い訳が通じる道理がどこにある?

 

強い妖怪は苦手だ。彼らのうちの大体は実力もさることながら頭も切れる。立場的には首も切れるだろう。対する私は、残念ながら思考能力を強化する事は出来なかった。つまり不利だ。

 

 

「紅を遣わせたのは失敗だったと言える。もう少し分かりやすくご教授願いたいのだが」

 

「珍しい呼び方をするのね、紅だなんて…まぁいいわ。それで、実の所私もよく分かっていないから、聞きに行くわよ。来なさい」

 

 

読みは悉く外れたらしい。それより、淹れたばかりのお茶はいいのだろうか…。

 

 

 

 

 

連れて行かれた先は蔵書室だった。もし私がここに住むことが許されるのであれば、泣き喚いて最大限の感謝を示すだろう。

 

膨大すぎる蔵書量は最早数えるという行為に何の意味も与えていない。もし地震で棚が1つ倒れたとすれば、それが新たな地震を引き起こす可能性すらある。そしてそれにより失われる価値が如何ほどのものか…。

 

本の山、というよりは海、あるいは本で出来た世界といっても過言ではない。もしや壁や棚まで本かとさえ疑ったが流石にそれは無かった。しかし蔵書には溢れている物も見られる。管理しきれないのであれば、私が幾つかは預かる(勿論読むつもりだ)事も吝かではない。今回の報酬として要求するか迷う所ではあるが、それは事情を問い詰めてから決めなければならない。

 

地下に配置されている為、日光による本の劣化を気にする必要もない。埃が積もっている以外の保管状態は非常に良好と言える。売る物によっては2、3冊だけで(売り手にもよるが)遊んで暮らせるだろう。

 

そこで会ったのは紫の魔女だった。彼女は『パチュリー・ノーレッジ』と名乗った。この図書館(貸出はしていないらしいが)の司書でもあるらしい。

 

スカーレット公が言うに、「計画犯があっち、実行犯が私」らしいがそれも頷ける。

 

魔女というのはよく本を読み、魔術に長け、賢くある必要がある。賢者と呼ばれる者の大半は魔女(男性でも魔女と言う。狼男と同じ考え方らしい)だ。そういう訳で、より頭の良い方が計画を立てるのは理に適っていると言える。面目の為に分担すると言う姿は想像に難くない。

 

 

「それで、今回の予定について分かり易く説明して貰いたいのだが…」

 

「私も前回ので反省したわ。今度はもっと上手くやる」

 

 

彼女は読んでいた本を閉じると、黒板に雑な絵を描き始めた。なるほど、本を読み、絵を見る機会が多い事は描く技術には影響しないらしい。

 

数百年生きているだろう魔女が描く絵だとは思えなかった。そして彼女はそれらの絵(というよりは模様だ)を使って説明を始めた。

 

 

「要するにあなたが術式に魔力供給して、術式を作動させる。その対象をレミィに指定して、その後権限を全て対象に―――」

 

「ちょっと待って、パチェ。そのフワッとしたパイは何?」

 

「パイィ?そんな物描いてないわ。どう見たってあなたじゃないレミィ」

 

「それ、新しい冗談のつもり?ならウケないわよ」

 

 

異変とやらより先に事件が起きそうだった。それも犬どころか飢えた熊でさえ食わないような友情喧嘩。

 

私の仕事は始まっていないし、頼まれなければ仲裁する必要も無いのだが、本の山が脳内でチラついた。依頼を終えなければ報酬にはありつけない。

 

それにしてもこの二人は本当に今回の異変の首謀者なのだろうか。この調子ならば少々先が思いやられるが…。

 

 

「はいはい、お二方とも離れて。絵は使わなくていい、恐らく口頭でも理解できるだろう。続けてくれ」

 

「…勝手になさい」

 

「これだから理解力の足りない奴は…」

 

 

スカーレット公は理解を諦めたのかそっぽを向いた。対するノーレッジ司書は、ほぼ私一人に向けての解説を再開した。あのフワッとしたパイとやらが彼女なら、あの大小2本の棒が私のつもりだったのだろうか?

 

あの絵を見せられた上で理解力が云々と言われるのは癪だろうに。

 

 

「…で、媒介先に権限を完全譲渡すればあとは媒介先であるレミィが術式を好きに止められるって訳」

 

「つかぬ事を訊くけれども、この術式はラッパのような物で合ってるかい?」

 

「あら、あなた魔術が出来るの?そうよ、この術は言わば拡大装置。入った魔力をエネルギー源として非常に広い範囲へと影響を及ぼすの。この術式の一番の見どころは放出の際にもう一工夫で色が付くようになってる事ね。これによって人間に『異常事態だ』って嫌でも分からせるのよ。まぁ色のチョイスはレミィだから楽しくない色になっちゃったんだけれど―――」

 

 

機関銃の如く喋り始めた。

 

もしや彼女らが初めて説明を受けた時、知りたくもないのにこれを延々と聞かされたのではないか。重要な話に織り交ぜる形で長々と語られて、これらを覚えて誰かに伝えろとは無茶を言ったものだ。話がこじれた原因は彼女で間違いない。

 

問題点を挙げるのであれば、自分の作り上げたモノに得意になってしまっている事だろうか。きっと大魔法を使う機会が無いからだろう、その成果を教えたくて堪らないのに違いない。

 

 

「―――っていう構造になってしまうから大変なのよ。ま、あなたがいるなら問題ないとは思うけど」

 

「ん?あ、ああ、そうだな、やってみよう」

 

 

などと考えていたからつい適当な返事を返してしまった。そしてどうやら肝心の構造について聞き逃したらしい。が、聞き直すのも手間だ。私の裁量を超える何かでない事を祈ろう。

 

 

「論文は終わった?なら始めるわよ」

 

「その前に契約を、報酬無しでは働かない事にしている」

 

「そんな初歩がまだ終わって無かったの?」

 

 

ノーレッジが責めるように公を見る。悪魔との契約について知っているであろう彼女が怒る理由は分かる。私も自身が悪魔で無くて良かったと心から思う。私も本で読んだ程度だが。

 

持って来た依頼請願書と報酬保障書を机の上に広げる。ペンも出すべきかと考えたがそれは、既に机に配備されていた。流石は図書館…書き込み禁止ではないのだろうか。

 

 

「依頼内容は…ま、今回の異変解決までの支援ってしておくわ。それで、何が欲しいのかしら?まさかお金なんて言わないでしょう?」

 

「その前に二つ、知りたい事がある。まずこの異変を起こす理由は?」

 

「ジャーナリストみたいな事を訊くのね。他の妖怪との取引よ。私達には定住の権利、向こうには―――」

 

「ちょっとレミィ、そこまで教える必要はないわ」

 

「―――いいのよこの位。それで、向こうはスペルカードルール施行後初の異変解決になる」

 

 

ようやく合点が行った。主人が倒されるというのはあくまでもルール上での話だった訳だ。そしてそれにより巫女にスペルカードルールを理解して貰おうと。そういう話か。

 

確かに、安全性の保障はされていないだろう。前例がない事に挑むのは勇気が要る。しかし巫女が最初となり、それについて民衆に語ればすぐに浸透するだろう。噂というものはいつだって早くにヒレが付き拡散されるものだ。

 

これを動機と捉えた際、善か悪か。私の中では善だ。人を死なせない為のルールであるならば、それは命を救うためのルールだ。その法の施行に手を貸さない理由が何処にあるだろうか?例え加担する立場が一般的に悪であってもだ。

 

要求は抑える必要がある。しかしあの本の山は魅力的だ。これは個人的な感情で、第3者から見ても身勝手と称されるだろう。だが何せ営業は個人だ、故人になるまでは許して頂きたい。それよりも先に故人(とも)となると思うが。

 

 

「それともう一つ。何故異変という命名を?」

 

「あー、それはつまらない話よ。私は英語のEventを使おうって言ったんだけど、『この世界に相応しい名前にしましょう』とか言い始めて、似てて意味も遠くない『異変』になったってだけ」

 

「そうか…よし、決めた。私にここの本を読ませて欲しい。それだけでいい」

 

「あらそう、ならいくらでも読むといいわ」

 

 

公の言葉に司書様は強い抗議を示したようだが、抵抗空しく可決(強行採決とも言う)された。

 

彼女との位置は離れているにも関わらず、「恨むわよ」というその声は耳元で聞こえた。魔法だろうか。だがその発言は本の価値を分かっていればこそ。彼女とは仲良くやっていけそうだ。

 

 

「これで終わりね?」

 

「ああ、善意に誓って君の計画を最大限支援しよう。それと、契約後1か月は書面を保存しておいて欲しい、報酬の相違があっては困る」

 

「そう。パチェ、これ任せるわ」

 

「はいはい。それじゃレミィ、そこの円の中心に立って。あなたは魔力の注入を開始して。ゆっくりね」

 

「よし、任せてくれ」

 

 

保存しておいて欲しいと伝えたはずなのだが、彼女はそれを近くの床に投げ捨てた。術の完成が先決なのは分かるが、仮にも大事な書類だ、丁寧に扱うべきではなかろうか。

 

術式に手を当てると、それが魔力を欲している事が分かった。その渇望は獰猛で、自身の身体に流れている魔力を意識していない者は知らぬ間に吸い尽くされてしまうだろう。術者に影響を及ぼすという事はその呪文の強さに比例して危険であるという事。私が断ったらどうするつもりだったのだろうか。

 

しばらく経ち、魔女の報告が聞こえた。その時、私は持っていた疑問をぶつけてみた。

 

 

「術式の完成率はおよそ50%、2人とも異常はないわね?続けて」

 

「一つ知りたい、加速度的に魔力を注入したらどうなる?」

 

「レミィの四肢が弾け飛ぶ様が見れるわよ」

 

「…遠慮しておこう。葬式代が高くつきそうだ」

 

「そうね、私も本を汚されたくないわ」

 

 

人の身を心配しなさいよ、と吸血鬼が叫んだが無視した。魔女は興味がないのだろうが、実際私はそれどころではなかった。考えなければならない。ノーレッジにはあのように尋ねたが、事実加速度的に魔力を要求されていた。初期は等速であったのに、だ。

 

そしてスカーレット公の四肢が未だ健在である以上、考え得る可能性は二つ。一つ、彼女の組んだ式に間違いがあり、どこかに漏れ出ていたり余分に要求されている場合。

 

もう一つは、悪い何か(原因が分かっていれば潰すのだが)が魔力を吸い取っている場合。

 

前者は考えづらい。失敗の有無は分からないが、空気中の魔力量の変化から見て、漏れ出ていないのは確かだ。また、魔法において加速度という不安定な数値を用いる事はあり得ない。エネルギーの供給は安定していなければならない。

 

つまり要求される余剰魔力は一定の数値でなければならないのだ。すれば答えは必然的に後者となる。

 

どうやらこの依頼は一悶着ありそうだ…。

 

 

「100%。これで第一段階は終了。後は権限譲渡ね」

 

「不思議な感じ。力が体に溢れているのは分かるのに、使えない。まるで本の読めない魔法使いね」

 

 

その例えは、難度が高い。

 

 

 

 

 

権限の譲渡に時間はかからなかった。

 

元より術式の発動に時間がかかるだけであり、譲渡自体は非常に単純な物らしい。魔女曰く、「いわゆる呪いってやつに近いわね。魔力が切れるまで影響を及ぼすから」との事だ。

 

呪いはその終了権利を渡さない事により成立しているらしい(詳細は長かったので省く)。今回は呪いの形式を取りつつ権利を渡し切ったそうだ。つまり魔力切れか、本人の意思以外では途切れない。

 

という事らしいので、私は彼女の臣下を演じてみる事にした。

 

 

「公、お体に異常はありませんか!?憎き魔女め、公に呪いをかけるとは…」

 

「吸血鬼に魔女が呪いをかける、面白いじゃない。この場合呪いというか祝福ね」

 

 

私の渾身の演技は無視された。聞いていない、というよりも聞こえていないようだ。そしてそれはもう片方にも通じていた。

 

『憎き魔女』なんて決まり文句は言われ飽きたのだろうか。

 

 

「これで全て終わりよ。こっちは術の維持に回るから、後は好きにやるといいわ」

 

「つまり外はもう霧に覆われているのね?」

 

「そのはず。見てきたら?」

 

 

言われるが早いか、彼女は飛んで行ってしまった。まるで雪を見に外へ飛び出す子供のようだ。身長的には間違っていないと思うが。

 

 

「下手な事は言わない事ね。寿命が縮む」

 

「おや、心外だ。私は思慮深く言葉を選んでいるつもりだが」

 

 

考えている事を読まれたか、依頼の報酬の話か、演技の話か、思い当たる節が多い。いや、彼女がわざわざ口に出したのだから、報酬の話についてで間違いないだろう。

 

寿命が縮むと言うあたり、私がそう簡単に死なない事も知っているのだろう。であれば多くは語るまい。

 

 

「それで慎重に話しているつもりなら、一度辞書を読んだ方がいいわ」

 

 

辛辣な一言だった。とは言っても私が冗談のつもりで言っている事を彼女も理解しているだろう。ならばこれを彼女なりの冗談として受け取るのが妥当か。

 

まさか彼女も、公が子供っぽいと感じた訳ではあるまい。

 

まさか、ね?

 

さて、術式への魔力注入は遠くからでも出来るので、私は本を読むためにその場を離れた。私の『力を操る程度の能力』の有効範囲は一度手を触れたものであるから、術式の傍に佇んでいる必要はない。

 

棚を物色しながら気が付いた。報酬とは、達成して初めて得られる物。つまり達成前に受け取るのは不正だ。これらの本は他人の所有物であり、報酬に『読む権利』を指定した以上、如何なる理由があろうとそれを破る訳にはいかない。まさか、宝の山を前に手が届かないか…?

 

私は急いで請願書を確認した。依頼内容の所には『今回の異変解決までの支援』と書いてある。解決という言葉の定義は不明だが、今始まったばかりなのは明白(室内外共に暗黒だが)だった。先ほど悪魔との契約とは違って、私の仕事は前払いではない。公はこれを見通していたからこそ『異変解決まで』としたのだろうか。

 

しかしそうなると仕様がない、何か他の時間を潰す手段を考えよう…そういえば―――

 

 

「教えてほしい、今回の異変に使われるスペルカードっていうのは配られた物なのかい?」

 

「あなた貰ってないの?こんな辺境にも渡しに来た位なのに」

 

「人里では妖怪扱いされていなくてね…忘れられても仕方ない」

 

 

いや、しかしあの先生は貰っていなかったか?半人半妖の彼女が貰えて、私は貰えないという事が有り得るのか?忘れられていても仕方ないというのは詭弁だ、人里で私を知らない者はいないだろう

 

それとも何だ、私が未熟だとか、能力がルールにそぐわないだとか、そういう事なのだろうか。だとするとその誤解を晴らし、証明しなければならない。

 

だが誰に?

 

 

「あっそう、ならあげるわ。魔女だからって理由で大量に渡されて余ってるのよ」

 

「困ってはいないようだが」

 

「冗談はいいから、早く作りなさい。すぐに巫女が来るわ」

 

 

構ってくれてもいいではないか。

 

続きかけた言葉を飲み込む。さて、魔女からの有難い忠告(死刑宣告のようにも聞こえたが)に従う事にし、いくつかの単純なカードを作り上げた。面白い物で、妖力を込めてから想像することにより、およそそれに近いカードが出来上がるらしい。およそ近いというのも、反則(避けられない、終了時間がない等)が出来ないようになっていた。私の初期構想は一切通らなかった。

 

少ない枚数ではあったが、構築するのは手間だった。元より、私は力を放出する事が少ない為、今回のような発射するというやり方は苦手なのだ。スペルカードを扱う上では術者の技量も無ければならないらしく、いくつかの案は『出力が不安定』という事で却下された。だから必然的に単純なものになったのだ。そういった試行錯誤もあり、充分に時間は潰せたようだった。

 

どうやら異変の解決が始まったらしく、外から愉快な音(スペルカードの音だろうか?)が聞こえてきた。図書館内で聞こえるくらいなのだから、外はもっと騒がしくなっているに違いない。祭りという表現も強ち間違いではなかったという事だ。

 

戦っているのは間違いなく紅だろう。彼女もこのルールは苦手だと言っていたが、善戦(ある意味では苦戦)しているようだ、時間がかかっている。門番としての役目は果たしているという訳だ。

 

何となく安心を得た私の耳に、魔女の不穏な報告が突き刺さる。

 

 

「移動を検知…廊下ね。やけに速いけど、誰かしら」

 

「音を聞くに、巫女は外で戦っているはずでは?」

 

「つまり別の誰かってことよ。戦闘態勢に入って。面倒だからあなたに応戦して貰うわ」

 

「そうか…僭越ながら先頭を務めさせて頂こう」

 

 

そろそろ飽きたのか、私の言葉遊びは無視された。

 

この侵入者が、ルール通りに戦うならカードを試せる。そうでなければ、それはそれで闘志が燃える。どちらに転んでも悪くない。

 

私はドアが開くその瞬間を只管に待った。

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