「全く、とんだ悪党に遭ったもんだぜ…」
「君の意見には同意しかねるよ。不法侵入した上に、出会い頭に突然熱線を浴びせたんだから」
「だからってルールギリギリの火力はどうかと思うぜ…」
飛んでいた小悪党は不満そうに愚痴る。
結局、熱線は私が全て吸収し切ったので図書館への被害は皆無だった。寧ろその後私の反撃を受け、一発で撃墜(正しく撃墜だ!)された彼女の身の方が被害を被ったと言えるだろう。
奇妙な語調の彼女は『霧雨魔理沙、普通の魔法使いだぜ』と名乗った。普通の基準については後で魔女様にでも訊ねよう。この館には物品を拝借する(死ぬまで借りるそうだ)予定で入ったらしい。確かに、外が騒がしければ自然と内部が疎かになるのかもしれないが、とはいえ内部に誰もいないとでも考えたのだろうか。だとすると些か浅はかではないか。
しかし悪党とはいえ放置するのも気が引けたので、私が看病している次第だ。どちらかと言えば介抱に近い、状態は快方に向かっている、しかし解放する訳にも行かず、ここで快報を待つばかりである。
冗談はさておき、そろそろ引き渡したいのだが…。
「ところで、君のスペルカード宣言というものを聞いていないが、それはルール違反ではないのか?」
「ドア前に人がいるなんて思わないだろ。私はドアだけを吹き飛ばすつもりだったんだぜ」
「扉の耐久性を遥かに超えたエネルギーがあったが…」
「でも見ろ、どこも消し飛んでないだろ?これは私の調整技術の賜物だな」
誇らしげなその姿はかえって清々しさまで感じさせるが、思い上がらせるのも良くないので『私が全て消した』とだけ伝えておいた。すると彼女は至極つまらなそうに「なーんだ」と口を尖らせた。いや、興味を失くすのではなく改善に努めて欲しいのだが…。
さておき、元々熱と言うのはエネルギーの非常に単純な現われである。多量のエネルギーを持つ物体は、殆どの場合においてその吐口を探す。物体的な現象は尖端を生み出す事(ニキビはいい例だ)、液体的な現象は温度を上げる事、その他光を生み出す事もある。
しかしこの中で、光を生み出すという工程は非常に複雑であるようだ。それは、熱を持つ物が必ずしも発光する訳ではない事からも明らかである。熱があり、尖端でもあるニキビもだ。だが、圧倒的熱量を誇り、尖端ではない太陽は光る。また、核物質なる物はそれが持ち得るエネルギーにより発光性を持っているらしい。
つまりエネルギーを持つ物が、それを放出する過程において何か特殊な手順を踏んでいるようなのだ。光線が熱線の上である事は分かっているのだが、その細かな要因が掴めていないのが現状だ。その為、私も光線を撃ち出すことは出来ない。
話を戻して、熱線のエネルギー全てを吸い取り、分散させることは非常に容易である。逆に、光線の速度は恐らく全妖怪を以てしても超えられない。彼女の熱線が光線でない理由はその速度、熱量、直進性に由来する。それが出力の不安定さ、魔力不足、力量不足、どれに起因するものかは不明だが、魔法使いとしてはまだまだ半人前という事だ。逆に言えば、伸びしろがあるともとれる。
意味のない思考が巡り始めた頃、魔女が顔を出した。
「あーそれが入り込んだネズミ?」
「いや、猫と呼ぶのが正しい」
「猫?」
「そうだぜ、私は可愛い可愛い―――」
「泥棒猫だ。本を盗みに来たらしい」
「そう。でも、猫捕りよりはネズミ捕りの方がしっくり来るわ」
私の評価に隣で霧雨が肩を落としたが、構わず続けた。言いかけた言葉の続き、自分で自分を可愛い子猫とでも言うつもりだったのだろうか?
外の戦闘音は激しさを増している。この建物の壁は意外に薄いのかもしれない…と思ったが違うな、門番の避けた攻撃が壁に直撃しているからだろう。いや待て、これだけの音を立てるエネルギー量を彼女はその身に受けるのか。
後で見舞いもとい差し入れに行った方がいいだろう。
「それで、彼女の処遇はどうする。モルモットにでもするのかい?」
「実験用のネズミは管理されたものじゃなきゃダメよ。結果の安定性が得られないから。で、そいつは何の被害ももたらしてないのね?」
「誓って君の図書館の無傷を保障しよう」
「なら放っておきなさい。害のない害獣なんて牙のない獅子と同じよ」
牙を失くせど獅子は獰猛だと思うが。
まぁ、いざとなれば獅子だろうと悪鬼だろうと消し去るだけの能力が彼女には備わっているだろう。それに、あの魔法使いのしかめ面を見るに、耳打ちの呪文か何かで脅迫されたと察する。誰の本だったか「悪党の呪い言葉はある期間だけでも効験がある」などと書いていたし(どちらが悪党だろうか?)、心配しなくていいのかもしれない。
しかしこうなると再び訪れる暇。スペルカードとは想像以上に呆気ない。全身の血が滾るような戦いをするでもなく、決闘ともまた違う。なんとも茶番じみた、物足りない戦いであった。これではまるで子どもの遊びだ。
どちらかが斃れるまで争ってこそ勝利に意味がある。それは勿論肉体的でなくて構わない。精神的に打ちのめせば、それで十分勝利と呼ぶに値する。敗者が死んでいなければ、それは復讐として次の戦いへ持ち越される。そしてそこにはもう一度戦うまでお互いに生きているという、信頼に近い暗黙の了解が出来上がる。戦いとはそうでなければならない。悔恨を残さなくて良いのは互いが全力で衝突した時だけだ。
何か違う、いや、何が違うのかは分からない、漠然とした相違感が私の内を駆け巡る。何か間違えた。間違えた?いや合っていたか―――ふと気が付くと、館内を歩き回っていたはずの霧雨が傍まで来ていた。
「なあおい、一つ聞きたいんだが…えーと―――」
「―――白に黄色の黄と書いて、白黄だ」
「…白黄ね。それで、さっきのドアを吹き飛ばした攻撃についてなんだが…どうやって消したんだ?対抗魔法か?」
「生憎、私は魔法に疎くてね…単純にエネルギーだけを吸い取らせて貰ったよ」
「吸い取った?魔法は苦手なんじゃないのか?」
私は自身の能力について大まかに解説した。よもやあの魔女の二の轍は踏むまい。
「それって、他人の力も弄れるのか?」
「ああ、範囲内、つまり私が一度でも手で触れてさえいればね」
「ってことは、私の魔法の威力を底上げすることも出来るわけだな?!」
彼女は嬉々とした表情で叫びに近い声を上げた。
しかし私は彼女の期待を裏切らなければならない。この身に科された、正確には能力に科した制約について。
「申し訳ないが、この力を悪用させる訳にはいかない。君個人の幸福の為に出される犠牲が如何ほどか、よく考える事だ」
「悪用しなければいいんだな?」
「いや、その限りではない。明確な大義も必要だ。過ぎた力は、時に人を暴君に仕立て上げるからね」
彼女は目的を定める為に思考の大海原へと出航したようだ。人間が船を漕ぎだした事だし、合わせて私も潜り込む事にした。
力を持つ者は、それについての責任を負わなければならない。それが如何なる力であってもだ。
また同時に、慎ましさを覚えた上でそれを活用しなければならないのだ。だから私はこの能力を自衛と依頼達成以外には用いない事にしている。怠慢は群衆の不満を呼び起こし、増長は暴君を生み出す。いつの時代も『持つ者』はこれらを忘れその栄華を衰退させてきた。
つまりこれは私が生きてきた上で身に着けた、経験による処世術と言った所か。他人の失敗を見て学ぶ事は非常に有用だ。生物はそれを経て進化を続けて来ている。人の振り見て我が振り直せとはよく言ったものだ―――
―――何か見落としている。いや正確には見ていない。違う、見たはずだが…見えない?何だ?何が引っ掛かった?
巨大な思念の渦に飲みこまれ、恐らく虚ろであっただろう私の瞳に高速移動する物体…手だ、霧雨の手が大きく振られていた。このような行動は、その対象に自分の存在及び行動を認知して欲しいから故に引き起こされる。こういった場面に遭遇した場合、返事するのが適当であると言える。
冷静な判断を下し(このタイミングにおいては全く以て意味を為さないが)、不満げな彼女へ応えた。
「…ああ、いやすまない。少し…複雑な考え事をしていた」
「それだけの集中力があって魔法が使えないなんておかしな話だぜ…それで、その大義とやらなんだが―――」
「―――今回の異変解決には協力できないよ。終了条件が異変解決までという依頼が既に入っている」
彼女の言葉の先が読めたのでそれを遮り、依頼書を目前でヒラヒラと揺らした。
無意識に振ってしまったが、文書は揺れていては読みづらい。相手に本当に読ませたいのであれば張って見せるべきだな。つまりこの行為は相手に強調するというより
は相手を嘲笑・挑発する目的があるのではないだろうか。嫌な事に気が付いてしまったな、次からは意識してみよう。
先程の混乱とは打って変わって、酷く落ち着いた精神状態に私は気が付いた。これが今しがたの意味を持たない冷静な判断の賜物だとすればつまりそれは意味があった事になる。本当にそうであるならば天晴れだ、私の思考回路!
…本能的な気がする。
読み終わったらしい彼女は、さらなる提案を持ち出した。
「なら次はどうだ?次の異変」
「それが実際に起こってから依頼してくれ…だが君の誘いをこれ以上無下に断り続けるのも気が引ける。君のその純粋さに免じて、一つ条件を呑んで貰えるのならそれで契約しよう」
「条件?依頼の形を取れって言わなかったか?」
「勿論、正式にはそうするよ。だから報酬と捉えてもらっても構わない。条件に指定するのは君のその魔道具だ」
「これは…譲れない。私の命と同じくらい大事な物だから」
彼女はそれに手を重ねながら、守るように呟いた。それは自分に確かめているようにも見えた。余程大事な物であるようだ、ならば寧ろ要求するに相応しい。
彼女の持っている魔道具、八角形の金色の箱であるそれがどのような名称を持ち、または与えられているのか、私は知らない。しかしその素材が持つ効力について、多少は理解しているつもりだ。
骨董品屋の彼はヒヒイロカネと呼んでいたか(思えば、漢字を知らないな。後で聞かねば)。霊的、魔的物体や事象対して親和性が高い金属で、周囲のそういった力を集積、増幅させる力があるとか。一度だけ、彼が『君には絶対に渡してはならない物だな』と苦笑しながら私にその実物を見せてくれた事があるが、あれは圧巻だった!剣の形をしていた錆の塊を、彼が安く引き取った時からずっと磨き続けていたらしい。そして私が見たそれは、鞘から放たれた瞬間に周囲の魔力に共鳴を起こし、輝き始めたのだ。環境的な魔力であれだけ反応するのだから、私が手にすれば無限の可能性を持ち得たに違いない。
その剣は『霧雨の剣』という名らしい。目の前の少女と関係があるかは分からないが、何か運命的な物を感じる。彼女の魔道具は、その共鳴の具合から混ぜ物なのだろうが、その効力は本物な筈だ。彼女がそれを持ったまま、私の力を使うとどうなるか。答えは明白だ、増幅された放出しきれない力が爆発を起こす。丁度水風船が一杯になって破裂する様に。それは避けねばならないだろう。
「何も私有化したい訳じゃない。ただ、君がそれを持ったまま私の力を使うという事に賛成できないだけで……だからそうだな、私の力を借りたい時だけ、私にその魔道具を渡すだけでいい」
「……本当にその時預けるだけでいいんだな?」
「ああ。善意に誓って、君に損害は被らせない」
「…分かった。それで、依頼の仕方は―――」
「―――いや、ちょっと待ってくれ」
今度は何だよ、と霧雨が呆れる。彼女には申し訳ないが、仕事は仕事だ、最後まで勤めを果たさなければならない。魔法陣への魔力供給が停止した、つまり異変は解決されたという事だろうか。だとすれば丁度いい、依頼書も保障書も手持ちにはないから、帰って持って来なければならない。
しかしそう上手くは行かない事を、現れた(それ以外に表現の仕様がない)十六夜が告げた。彼女の華麗な服には戦闘の跡が所々見られた。彼女も異変に参加したようだ。
「白黄様、迅速且つ優雅で美しく外へ来なさい。とお嬢様からの伝言で御座います」
言い切ると同時に彼女は消えた。
あらゆる可能性を考慮したが、『迅速に』以外の条件は達成不可能だ。
そう結論づけ、困惑する霧雨を置いて私は外へ向かった。