戦姫絶唱シンフォギア×MASKED RIDER 『χ』 ~忘却のクロスオーバー~ 作:風人Ⅱ
―噴水公園―
───視界が繰り返し何度も点滅し、まともに前が見えない。
頭に鈍い痛みが走り、自分の中身が少しずつ違う『何か』に塗り替えられていくのが分かる。
「ぅっ……くっ……頭、がっ……」
覚束無い足取りで弦十郎達と別れてから宛もなく街をさ迷い、響がその足で辿り着いたのは学校帰りに仲間達と共に良く買い食いなどして寄り道に使っていた公園だった。
ふらふらと見るからに危うい足取りで公園内を歩き、すれ違う人々も気になって思わず目線で追ってしまっているのにも気付かず、公園の噴水の近くまでやって来た響は足を止めると、近くのベンチに力なく座り込んでしまう。
(ッ……ダメだ……やっぱり、どんどん記憶が薄れ始めてるんだ……私ももう、さっきの人達の顔がっ……)
頭を抑えながらつい先程までの記憶を思い返そうとするも、別れてそう時間が経っていない筈の弦十郎達の顔でさえもう思い出す事が出来ない。
恐らくこれも、自分がある人から聞いた元凶の仕業である事だけはまだ覚えてる。
しかし、いずれこの記憶すらも忘却し、時が訪れれば自分も為す術もなく未来達のように別人に変わってしまうのだろうか。そうなれば、未来達を元に戻す事も……
(……それだけは、ダメだっ……でも、記憶を無くしてる今の皆を頼る事は出来ない……何とか、私だけでもこの異変を止めて……でも、どうやって……?)
自分にはその力があった筈だ。誰かを守る為の力。自分の大切な約束を、大切な人達を守る為の力が。
……だが、胸元にあった筈のソレは今は何処にもなく、胸に手を伸ばしても掴むモノはなく空を切るだけだった。
(っ……今の私には、何も出来ないの……?未来達を助けて元に戻す事も、この異変を解決する事も……私だけじゃ……)
今まで自分を傍で支えていてくれた親友も、共に戦う仲間も、誰かを救う為に力を貸してくれていた輝きも今の自分は持たないと自覚した途端、響の心の内から薄暗い感情が溢れ出し、それに呼応するかのように頭の痛みが更に酷くなる。
「イッ、たっ……!ア、タマがっ……割れるっ……痛いっ……ァッ……!」
自分を嘲笑うかのように不快なノイズが脳裏を駆け走る。
自分の目に映る全てを塗り潰さんとばかりに、視界が点滅して砂嵐が走る。
それは忘却へのカウントダウンを意味するのか、それとも次の一瞬には何もかも忘れてしまう予兆なのか。
ただ分かるのは、今の自分には受け入れ難いその運命から逃れる術がない事だけ。
何も出来ず、ただ何者かの悪意に蝕まれる事を受け入れるしかない無力感と悔しさのあまり、響の目頭に熱いモノが込み上げて来る。
(いやだ……いやだっ……!!忘れたくないっ……!!忘れたくなんかないっ!!大切な親友をっ、大切な人達との記憶をっ……!!こんな簡単にっ……渡したくなんかないっ!!)
仲間達との思い出を、記憶を、繋がりを奪われたくなどない。たまるものか。
見えない何かに必死に抗うように強くそう想い、しかし、それで痛みが和らぐ事はない。
寧ろ抗えば抗う程にノイズの酷さが増していき、身に覚えのない"別の記憶と感情"が頭の中に流れ込んで来る。
──自分は孤独だ。心配してくれる人なんて誰もいない。
ノイズを憎め。奴らの存在が自分の全てを奪ったんだ。
繋がりなんて必要ない。そんなものを期待した所で、自分に手を伸ばしてくれる人間なんて……
(違う……違うっ!これは私の記憶じゃないっ!私の本心じゃないっ!私の中に入って来ないでぇっ!!)
まるで囁くように内から溢れ出てくる、薄暗い声なき声をこれ以上聞くまいと耳を塞いで頭を振り、必死に拒絶するあまり思わずベンチから立ち上がって逃げるように走り出してしまう。
だが急に立ち上がったせいで足が縺れてしまい、そのまま前のめりに倒れてしまいそうになる響を、真横から突然飛び出してきた誰かが寸前の所で抱き留めた。
「っ……大丈夫かっ……?」
「ぅっ……へ、へいきですっ……すみません……ありがとうございま──」
辛そうに顔を俯かせながらも、助けてくれた誰かに謝罪とお礼を口にして徐に身を離すと、その人物の顔を見上げたと共に、響は目を見開き息を呑んだ。
顔を上げて最初に視界に飛び込んできたのは、まるで宝石を彷彿とさせるような真紫の瞳。
額から汗を流し、何処か息が上がってるように肩を僅かに揺らす黒髪の青年の顔を見た瞬間、知らない筈なのに、何故か良く分からない強烈な既視感を感じた。
「あなた、は……確か……」
「…………」
思わず口から溢れたその言葉を聞き、青年……蓮夜は何かを察したように眉を潜め、一瞬哀しげに目を伏せる。しかしすぐに真顔に戻り、響の目をまっすぐ見据えながら重々しく口を開いた。
「ずっと探してたんだ、お前を……幾つか質問をする前に、一つだけ聞かせてくれ……お前は今、何処まで元の記憶が残ってる……?」
「え……」
傍から聞けば、突拍子のない発言にしか聞こえない蓮夜の問い掛け。だが、それが何を意味するか理解出来た響は思わず声を漏らし、気付けば、あれほど自分を苦しめていたノイズや薄暗い声はいつの間にか収まっていた。
◇◇◆
「──黒月蓮夜、さん……?」
「ああ。昨日、お前やお前の仲間達と出逢った時にそう名乗って、戦場でも何度か成り行きで一緒に戦った事がある……覚えているか?」
「……すみません……何となくそんな事があったような気はするんですけど、その辺りの記憶も今は朧げで……」
「……そうか……もう其処まで奴らの改竄が及んで……いや、それでも記憶が残っているだけまだマシかもしれないな……」
その後、何とか落ち着きを取り戻した響は蓮夜とベンチに並んで座り、今の自分や未来達の身に起きている異常事態……イレイザーによる改竄や、彼女が忘れ掛けていたシンフォギアやS.O.N.G.、お互いが出逢ってからの経緯について話を聞かされていた。
元の記憶の名残りが残っていたおかげか、普通なら有り得ないと切って捨てられるような話をすんなり受け入れる事が出来た響だが、彼女の今の状態を聞かされた蓮夜は口元を手で覆いながら何やら熟考し、響はそんな蓮夜の横顔を見つめて恐る恐る問い掛ける。
「あの……それでつまり、私の記憶がどんどん薄れ始めて違うものに変わり出してるのも、未来達が可笑しくなってるのも、そのイレイザーっていう怪人の力のせい……って事なんですよね……?」
「……そうだ……俺もその異変を感じ取って色々調べてみたが、昨日のイレイザーとの戦いはアルカ・ノイズの発生という事にされていて、もっと以前の事件も別の内容にすり替わっていた……それでこの物語が改竄に晒されていると知ってお前達の様子を確かめに行ったら、リディアン……だったか?お前が通う学園の校門で生徒に話を聞いたら、お前が急に早退したと聞いてずっと探し回ってたんだ……急いでたあまり後ろ姿がよく似た女子生徒に声を掛けて、警官に職務質問をされたりと要らぬ時間を食ってしまったりはしたが……」
住居不定の身での職質は流石に焦ってしまったと、此処に辿り着くまでにあったトラブルを若干落ち込みながら語る蓮夜に思わず苦笑してしまう響だが、僅かに目を逸らして何か考える素振りを見せた後、何やら暗い表情を浮かべて俯いてしまう。
「でも今までの話を聞くと、私達がこうなってるのはイレイザーが私達の事を脅威と見なしたから、って事なんですよね……」
「……そうなるな……それで予想通り、奴らはお前達を潰す為に改竄を施し、ご丁寧に自分達に関する情報だけでなく俺とお前達の繋がりまで消した……恐らく大なり小なり、向こうも俺達の関係性に気付いていたのかもしれない」
「……だとしたら、やっぱり私のせいなのかな、それ……私が蓮夜さんの忠告をちゃんと聞かなかったから、私だけじゃなく未来達まで……」
「それは違う」
蓮夜が危惧した通り、自分だけでなく未来達にまで被害が及んでるのは自分が彼と協力する事に拘り過ぎたせいかもしれないと責任を感じる響に、蓮夜がハッキリと否定する。その思わぬ言葉に響が驚いて思わず蓮夜の顔を見ると、蓮夜は真剣な眼差しで響の目を見つめながら言葉を続けていく。
「俺もお前も、確かに奴らに対する警戒が足りていなかったかもしれないし、他に上手い方法があったかもしれないが、少なくともお前が協力を持ち掛けてくれた事は間違っていない。俺も昨日の戦いのように、奴らが未だに大勢の無関係な人間を巻き込む事を厭わないと分かった以上、その被害を少しでも抑える為にS.O.N.G.との協力は必然になると思ってた……だから昨日もお前達の司令である風鳴弦十郎とも情報を交わしながら、奴らに悟られないように水面下で少しずつ対策を講じていこうと話を進めてたんだ」
「……そうだったんだ……」
ならば尚のこと、自分が余計なお節介を焼く必要なんてなかったのではないか?
記憶を弄られている影響か、或いは親友や仲間達がああなってしまったショックを未だに引きずっているからか、何時もよりも消極的な思考から抜け出せない響の心情を察し、蓮夜はそんな響の横顔を見つめて僅かに考える素振りを見せると、両手の指を絡めるように握り合わせていく。
「そのきっかけを作ってくれたのは、お前だ……最初にお前が歩み寄ってくれたから、俺もそうするべきだと迷う事なく決断する事が出来たんだ……だから決して、一緒に戦って欲しいと言ってくれたお前を疎んじた事は一度もないし、そう言って手を差し伸べてくれた事にも、感謝してる……」
「……蓮夜さん」
「寧ろ、俺はお前達に謝らないといけない……この世界の住人であるお前達や、無関係な人間をこれ以上巻き込まないように努力すると口では偉そうに言いながら、結局お前達の力も借りないと被害を最小限に抑える事も叶わず、今もお前や仲間達が改竄に晒されてるのに食い止められなかった……本当に、すまない……」
「そ、そんなっ!頭を上げて下さいっ!私はぜんぜん気にしてませんからっ……!」
自らの力の足らなさを謝罪し頭を下げる蓮夜に響も慌ててしまい、止めに入る。そして促されるまま申し訳なさそうに頭を上げる蓮夜の顔を暫し見つめた後、響は突然小さく噴き出し顔を背けてしまう。
「?どうかしたか……?」
「あははっ、いえ……私、てっきり蓮夜さんってもっと気難しい人なのかなって思ってたんですけど、何ていうか……案外素直っていうか、実は思ってたより純粋な人なのかなって思ったら、つい可笑しくなっちゃって」
「……気難しい、か……確かに、店長にもよく表情が固いと注意されて叱られる事がある……俺としては普通にしているつもりなんだが、どうにも俺が思っているより無愛想に見えるらしい……慣れない頃はそれでよく顧客を怖がらせてしまう事も少なくはなかったし、仮にもしそれで気分を害した事があったなら、すまない……」
「いえいえ、そんな事ないですよ、大丈夫!あ……でも今ちょっと思い出したけど、カフェで蓮夜さんと話し終えた後で、確かクリスちゃんがぷりぷりはしてたかも?」
「……そう、だったか……いや、自分でも固すぎたとか、イレイザーの件から手を引いてもらいたいあまり乱暴な言い方をしてしまったと自己嫌悪も覚えたが、初対面で、しかも真面目な話をしながら愛想を振り撒くのもどうかと……しかし、そうか……だとしたら本当に申し訳ない事をしてしまった……」
「あ、で、でも、一応クリスちゃんも蓮夜さんの言い分には納得してましたし、あまり気にしなくても大丈夫ですよ、きっと!」
「そう、だろうか……そう言ってもらえると助かるが……」
余程自分の愛想の悪さを気にしているのか、僅かに目尻を下げて安堵しつつも苦笑する蓮夜に釣られ、響も柔らかな笑顔と共に声に出して笑う。その横顔を見て、蓮夜は微笑を浮かべたまま安心したように口を開いた。
「やっと少しだけ、調子が戻ってきたみたいだな……」
「……へ?」
「いや……初めて戦場で会った時、そうやって笑っている顔が印象に残ってたからな……だからこうして改めて見ると、やっぱりお前は笑ってる時の顔が一番似合うと思う……」
「そ、そうですかね?あははっ、何だか照れちゃうな……」
「ああ。特に一番輝いて見えたのは、仲間達と一緒にいた時だった……だから、それを取り返さないとな……」
「……え?」
穏やかな口調が不意に真剣なものに変わり、ベンチから徐に腰を上げる蓮夜を呆然と見上げる響。そんな彼女と向き直り、蓮夜は再び言葉を続けていく。
「今のこの世界は、イレイザーによる改竄を受けて誤った歴史を歩んでる……だがその改竄を行ったイレイザーを倒しさえすれば、改竄された歴史は消え去り、元に戻る。そうすれば……」
「……未来達が……記憶を書き換えられた皆が、元に戻る……?」
つまりはまだ、未来達を救う手立てがあるという事。目を見開いて呆然と呟く響の言葉に蓮夜は無言のまま頷き返し、それを見て、響もベンチから勢いよく立ち上がった。
「だったらっ、だったら私にも手伝わせて下さいっ!未来達を助けられるんなら、私も何か……!」
「いや、今のお前を戦いの場に連れていく事は出来ない……シンフォギアも消えて戦う術がない以上、戦場に居合わせるのは返って危険だ。お前は此処に残っておいた方がいい」
「うっ……それ、は……そうかもしれないけど……でも……」
蓮夜の言う事も最もだし、未来達を助けたいのもそうだが、もし今此処で蓮夜と離れ離れになってしまえばまた先程のように記憶の改竄に苛まれてしまうのではないか。
蓮夜と再会したおかげか今はその影響も収まってるようだが、また独りになればあの苦しみに襲われるのではないかと思うと恐怖と不安が押し寄せて暗い表情を浮かべてしまい、そんな響の様子を見て彼女の心境を察した蓮夜は俯き僅かに思考すると、ズボンのポケットから一枚のカードを取り出し、響の手を取ってソレを握らせていく。
「?これって……」
「御守り……と呼ぶには心許ないかもしれないが、持っていて欲しい。例え離れていても、ちゃんと繋がっている……俺なりの、その証だ」
語気を強めてハッキリとそう断言する蓮夜の『繋がり』という言葉を聞き、響は彼に手渡された何も描かれていない空白のカード……蓮夜が変身の時に使うのと同じブランクカードをジッと見つめ、両手で大事そうにカードを握り締めながら蓮夜の顔に視線を向けると、蓮夜は小さく頷いてそのまま公園の出口に向かって歩き出していくが、途中でふと足を止め、響の方に振り返った。
「……少しだけ待っていてくれ。必ず、奪われたお前の繋がりを取り戻してみせる……約束する」
「……蓮夜さん……」
彼なりの励ましのつもりなのか、響の中の不安を少しでも和らげようと不器用ながらも微笑み、蓮夜は今度こそ立ち止まらず元凶のイレイザーを探しに公園を後にしていく。
そして響も手の中のカードを握り締める力を強めてその背中を見送る中、その背後には……
「………………」
響から少し離れた場所にある雑木林の中。其処にはフードで顔を隠した何やら妖しげな風貌の男が遠巻きに響を見つめる姿があり、男は響を見据えたまま彼女に悟られぬようにゆっくりと木の影の中へと移動し、そのまま何処かへと姿を消してしまったのであった……。