戦姫絶唱シンフォギア×MASKED RIDER 『χ』 ~忘却のクロスオーバー~   作:風人Ⅱ

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第五章/不協和音×BANGBANG GIRLの憂鬱①

 

―symphony・405号室―

 

 

──八階立て高層マンション『symphony』の一室、405号室。

 

 

 この世界に来て記憶を失って以降、イレイザー達の襲撃を恐れて出来る限り人目を忍ぶ宿無し生活を送っていた蓮夜に、晴れてS.O.N.G.の協力者となってくれた計らいとして弦十郎達が与えてくれた住居だ。

 

 

 間取りは2LDK、家賃は七万ほど。その外観から察する通り部屋の中も綺麗で設備が新しいのは勿論、建物の構造も強く、6帖半の部屋が三つ、最新の防犯セキュリティーまで備わっているという至れり尽くせりぶり。

 

 

 だがそれ故に、蓮夜も初めてこの物件を紹介された際にはあまりの多機能さと広さ、そしてそれ相応の家賃の高さに「無償でこんな高額な所には住めない」と申し訳なさが勝って最初は断ろうとした。

 

 

 しかし、此処のマンションを運営する管理会社にS.O.N.G.が一枚噛んでる事や、此処の防犯設備なら例えイレイザーの襲撃があっても即座に対応・対処が可能な事。何よりもその頑丈さから周囲への被害も他よりも抑えられる利点がある。

 

 

 敵に居場所がバレていて、改竄の力で一網打尽にされるかもしれない危険性があるS.O.N.G.の本部で寝泊まりするよりも、まだ敵に居場所がバレていない此処は蓮夜や周囲にとっても安全圏だろうと薦める弦十郎と話し合い、悩み抜いた末に納得して此処のマンションと契約し、一週間前から住み始めたというのが簡潔な経緯だ。

 

 

 此処の管理人にも軽い事情は通してあるらしく、挨拶を交わした最初の頃は人当たりも良く、困った事があれば何時でも頼って下さい!と入居時にも言ってくれて、慣れない暮らしでも上手くやっていけるかもしれないと、一週間前までは思っていたのだが……

 

 

「──すまない……来てもらって早々見苦しい所を見せてしまって……」

 

 

「い、いえ、大丈夫ですよ!私達も今さっき来たばかりでしたし、全然気にしてませんから……!」

 

 

「まぁ、ホントは落ち着いた頃合を見計らってずっと影から見てたデスけどね……」

 

 

「切歌ちゃん……!しーっ!しぃーっ……!」

 

 

……そんな予想とは裏腹に、最新の設備を使いこなせずに自身の不注意から起こしてしまった先の騒動の後、蓮夜はいらぬ騒ぎで迷惑を掛けてしまった管理人やご近所の方々にも謝罪して回り、漸く事を終えてヘトヘトになりながら部屋に戻ろうとした所で、つい今しがた来たばかりの(体を装った)響達と部屋の前でバッタリ会っていた。

 

 

 管理人からこってり絞られたのが余程堪えているのか、せっかく遊びに来てくれたのにとても人様にはお見せ出来ない様を見せてしまったと若干やつれた顔で申し訳なさそうに頭を下げる蓮夜だが、それに関しては触れないであげた方が蓮夜の為だろうと、響達は何も見なかった振りをして優しい嘘を吐く事にした。

 

 

 その嘘を信じたのか、或いは彼女達の気遣いを察してるのか、蓮夜は「……そうか」とどちらとも取れる呟きを漏らしながら管理人にマスターキーで開けてもらった部屋の扉を開け、四人を中に招き入れていく。

 

 

「今朝のゴミ出しでバタバタしたせいで少し散らかってると思うが、ゆっくりしていってくれ……とは言え、客人を饗せるような大した物は何もないんだが──」

 

 

「おお、では早速お邪魔するデスよ!今度こそ一番乗りは頂くデース!」

 

 

「あ、ちょっと切ちゃん……!」

 

 

「ま、待ってよ切歌ちゃーん!」

 

 

 初めて訪れる高層マンションの新居を前にテンションが上がっているのか、子供のようにはしゃいだ切歌が我先にと靴を素早く脱いで部屋の中へ上がり込み、響達もその後を追うように玄関をくぐって切歌の後を追い掛けるが、三人が追い付く前にリビングへと続く廊下の先へ進んだ切歌が扉を開け放った。

 

 

「お邪魔しますデース!……って、ほんとに何にもないデスよ?!」

 

 

 快活に扉を開けてリビングに足を踏み入れた切歌が開口一番に口にしたのは、ガビーン!などという擬音が聞こえて来そうな驚愕の声だった。そんな彼女の反応に響達も怪訝な様子を浮かべるも、切歌の背から顔を出し、その理由をすぐに理解した。

 

 

 四人が目にしたリビングは広さ的に10畳以上はあるだろうか、室内のフローリングの床が窓から差す陽射しを受けて反射しており、隣接してるカウンターキッチンの方には食器棚や冷蔵庫が並んでいる。

 

 

 ただ、リビングの方にはカーペットも何も敷いてない床の上にテーブルが。隅っこには薄型のテレビが台も何もない床の上に寂しくポツンと置かれているだけで、それ以外の家具らしい家具は一切見られない。強いて上げるとすれば、畳まれた洗濯物が積み重なって部屋の隅に置かれているぐらいだ。

 

 

「すんごいガラガラ感……え、確かS.O.N.G.からイレイザーを倒した謝礼金貰ったって前にも話してましたよね?他の家具とかは……」

 

 

「ああいや……謝礼金は確かに貰ったんだが、ここ最近は検査の為に本部に入り浸りでな……中々時間を取れなくて、家具を買い揃える暇もなかったんだ……そもそもそれ以前に、家具とかどうやって選べばいいのか良く分からない……」

 

 

「えぇー……」

 

 

 ズゥーーンッと、ホームレス生活が板につきすぎた弊害で部屋に合う家具すらも分からず気落ちする蓮夜に、響達も何とも言えない表情を浮かべてしまう中、調は今の蓮夜の話を聞いて顎に手を添え小首を傾げた。

 

 

「検査……そういえば蓮夜さん、怪我が完治するまで数ヶ月は掛かるって聞いてたのに、もうすっかり治り掛けてますよね?包帯の数も前に見た時より減っているし……」

 

 

 落ち込む蓮夜の腕等をジッと見つめ、調は一週間前の蓮夜の姿を思い返す。

 

 

 あの時はギブスを巻いていて松葉杖も突かなければならない程の重体だったのに、約一週間半が経った今ではそれも取れて包帯を軽く巻いているだけで良い状態にまで回復し切っている。

 

 

 普通なら有り得ない回復速度に響達も最初は驚いて疑問を抱かずにはいられなかったが、当の蓮夜はキッチンの方に移動しながら人数分の湯呑みを食器棚から取り出し、バイト先の店長から差し入れで貰った新茶のパックを開封していく。

 

 

「恐らくベルトかカードの力の恩恵か何かなんだろう。俺が最初にイレイザーと戦った時も、力を上手く使いこなせずに苦戦して怪我を負ったが、ベルトを巻いたまま疲れ切って眠った翌朝には傷の殆どが治り掛けていたしな……他にそれらしい理由も思い付かない以上、ベルトかカードにそういった機能でも備わっているとしか思えない……。俺が入院は必要ないと言った訳、分かっただろう?」

 

 

「……でも、それってほんとに大丈夫なんですか?ベルトやカードの機能で身体が治るなんて普通じゃ有り得ないですし、もし何か副作用とかあったら……」

 

 

「……まあ、エルフナインにベルトの構造を調べてもらった際にも、ブラックボックスになっている部分があって全部は調べ切れなかったらしいしな……分からない事は未だ多いが、だとしてもイレイザーと戦う以上は今後もきっと傷は絶えない。奴らと戦い続ける為なら、使えるものは何だって使わせてもらうさ……」

 

 

 敵はそれぐらいの無茶を通さねば勝てる相手ではないと、先の事件でのイグニスイレイザーとの戦いで嫌というほど思い知らされた。

 

 

 もし仮に奴の他にも仲間がいるなら、まず間違いなく奴と同じ神話型のイレイザーである可能性が高い。ならば副作用があろうとなかろうとも、使えるものは有り難く使わせてもらうと割り切る蓮夜に対し、響は「むうー……」と納得し切れてない不満顔を浮かべ、未来もそんな響を見て苦笑いしつつ持参したビニール袋を蓮夜に差し出した。

 

 

「まぁ、その辺りの話はまた後にして……取りあえずコレ、今日の分の献立と、私達からの引っ越しのお祝いです。美味しそうなお菓子のお店があったので、良かったら」

 

 

「ん、そうか……何から何まですまない……お返しと言うのもアレだが、お茶も容れたし、良ければ皆も一緒に食べていってくれ」

 

 

「ありがとうございます……切ちゃん、今からお茶とお菓子運ぶから、布巾でテーブルふいてくれる?」

 

 

「りょーかいデース!」

 

 

「じゃあ、タッパーに入ってるのは冷蔵庫に入れておきますね〜……って、冷蔵庫の中もガラガラっ!」

 

 

「そっちは俺がやろう。客人に其処までやらせるのは忍びない」

 

 

「あ、なら私もお手伝いします!未来はお茶をお願い」

 

 

「そう?じゃあ、お願いしようかな」

 

 

 そう言って人数分のお茶を乗せたトレーを蓮夜から受け取り、未来はお菓子を詰めた箱をビニール袋から取り出した調と共にリビングの方へ移動していく。

 

 

 そして切歌がせっせと布巾で綺麗に磨いたテーブルの上にお茶とお菓子をセッティングしようとした直前、布巾を動かす拍子に切歌のズボンの後ろポケットからポロッとカードのような物が落ち、それに気付いた調は床に落ちたカードを拾って切歌に差し出した。

 

 

「切ちゃん、カード落ちたよ。はい」

 

 

「ほえ?ああっと、危ない危ないっ。ありがとーデス調!危うく大事なカードを失くすとこでしたっ」

 

 

「カード……あ、それって確か、前に蓮夜さんが皆に渡してた奴だよね?」

 

 

「はい……いつカードに力が宿るか分かりませんから、普段から肌身離さず持ってるんです」

 

 

「何せ現状、イレイザーに太刀打ち出来る唯一の対抗策って話デスからね。アタシ達が戦えるようになれるかは、コイツに掛かってる訳デスから!」

 

 

 そう言いながら切歌は調から受け取った絵柄が何も描かれていないカード……以前響が蓮夜から貰ったのと同じブランクカードを見せると、調もスカートのポケットから切歌のと同じブランクカードを取り出したのを見て、未来はふと一週間半前に蓮夜から聞かされた話を思い出していく。

 

 

 

 

 

◇◇◆

 

 

 

 

 

一週間前、S.O.N.G.本部……。

 

 

「──栞……?響君から生まれた、そのカードがか?」

 

 

 フロッグイレイザーを倒して事件を解決した直後、発令所に響達と共に集められた蓮夜は自身が思い出したというイレイザーへの対抗策の一つ、そして響がフロッグイレイザーと対等に戦えるようになれたその理由を一同に説明していた。

 

 

 そんな蓮夜の手には、先の戦いにて響が持っていたブランクカードが変化したガングニールの紋章が描かれたカードが握られており、そのカードを手に蓮夜が説明する話に響達や弦十郎も訝しげな反応を浮かべていた。

 

 

「栞って、アレですよね?本と本の間のページに挟んで、何処まで読んだか分かる目印にする、あの……」

 

 

「ああ……このカードはその役目を担っていて、コイツがある限りイレイザー達の改竄を受けず、奴らと戦う事が出来る力を手に入れられる……響がイレイザーと戦えるようになったのも、このカードによって物語の流れに左右されない栞と化した影響からだ」

 

 

「栞と化すって、何なんだよそりゃ……そもそもそれで、何でこのバカがイレイザーの改竄の影響を受けなくなったのか全然説明になってないだろっ……」

 

 

 栞と呼ばれるそのカードの力で響が改竄の影響を受けなくなったのは分かるが、一体どういう理屈でそうなっているのか全く理解が出来ずクリスが怪訝な眼差しを向けてそう問うと、蓮夜は少し考える素振りを見せた後、近くのテーブルの上に積み重なるエルフナインが持参した資料用のファイルを見付けて一冊拝借し、カードと合わせて解説していく。

 

 

「例えば、このファイルを本としよう……イレイザー達はこの本を好き勝手に書き換え、自分達にとって都合のいい内容に改竄する事が出来る……そうなればその改竄されたページを起点に、それまで読んだ過去のページの内容も変わり、それ以降の物語の内容も変わってしまう……先の改竄の際に、お前達の記憶や人格、今まで歩んできた過去が改変されたようにな……しかし──」

 

 

「……!そうか、だから『本の栞』なんですね?僕達という存在は本の内容の一部だから、物語を改竄されればその影響に左右されてしまう。本の内容、世界の法則には逆らえない……でも、栞は本の内容に組み込まれていない物語の蚊帳の外の存在だから、どんなに本のページが書き換えられたとしても影響を全く受け付けない。ブックマークとして元の物語の情報を保持したまま、同じ蚊帳の外の存在であるイレイザーにも対抗が出来ると?」

 

 

「あぁ、その理屈で間違っていないと思う」

 

 

「???え、ええっと……」

 

 

「ブ、ブックマーク、蚊帳の外……うぇ……?」

 

 

「……ようするに、本のページと違って栞自体には落書きが出来ないから、イレイザーの改竄が効かないって事。図書室の本とかに紐のタイプの栞があるけど、アレにペンを走らせるなんて出来ないでしょ?」

 

 

「お、おお、成る程デス……」

 

 

「響……自分の事なんだから、せめて響自身は理解出来てないと駄目でしょ……?」

 

 

「うぅ~、そう言われてもぉ……」

 

 

 蓮夜とエルフナインが交わす怒涛の情報量の波についていけず困惑するも、調が分かりやすくフォローする事で何とか理解出来た響と切歌を他所に、弦十郎は腕を組んで話を続けていく。

 

 

「要約するとつまり、響君はそのカードによってイレイザー達の改竄能力に晒されても無効化出来る力を得たという訳か……だとしたら、他の装者達もその栞の力に覚醒すれば、イレイザーに対抗出来るようになれるのか?」

 

 

「……恐らく。イレイザーは此処だけでなく、様々な物語にも現れては改竄の力で世界を書き換える。その対策として、物語の中で戦う力を持つ人間にイレイザーを倒せる力……『記号』を付与する事で奴らに対抗する術を与えるのも、クロスの役目の一つだ……今はまだ響だけしか力に目覚めていないが、同じ方法で他の装者達にも記号の力を付与する事は可能だと思う」

 

 

「成る程……では、その方法というのは一体どんな?」

 

 

「…………」

 

 

「……?蓮夜さん?」

 

 

 一体蓮夜はどんな方法で響に記号と呼ばれる力を付与したのか。その方法を改めて問うエルフナインの質問に対し、蓮夜は何故か突然真顔のまま口を閉ざしてしまう。そんな蓮夜の様子に響達も訝しげな反応を浮かべる中、蓮夜は僅かに目を泳がせ……

 

 

「……すまない……栞や記号の力の事は思い出せたんだが、どうすればその力を目覚めさせられるのかまでは思い出せていないんだ……」

 

 

「エェー!?」

 

 

「そ、そうなんですね。それなら仕方ないと思います……それじゃあ、響さんは?力が目覚めた時、何がきっかけになったのか覚えてたりとかは……」

 

 

「へ?……え、えーっと……どうだったかなぁー……?あの時は私も無我夢中でっ……」

 

 

「ようするに全然覚えてねぇって事だな……」

 

 

 頬を掻きながらいたたまれない様子で目線をそらす響の反応から期待する答えは返ってこないと察し、クリスは頭を抑えて呆れた溜め息を漏らしてしまい、他の面々も同様の反応を浮かべてしまう中、蓮夜は若干気まずそうに軽く咳払いをしながら懐から数枚のブランクカードを取り出した。

 

 

「取りあえず、その方法を探る為にも他の装者達にもこのカードを渡しておこうと思う……響がカードを所持してた事で力が目覚めたのなら、何かしらのきっかけでまた同じ現象が起きるかもしれない……それが分かりさえすれば……」

 

 

「同じ方法でイレイザー達の改竄能力を凌ぐ術を手に入れられるかもしれない、という事か……分かった。こちらでもそれが探れないか調べてみよう。それからクリス君、切歌君、調君は彼からカードを預かって、記号の力とやらを目覚めさせられないか試してみてくれ」

 

 

「分かりました」

 

 

「了解デス!」

 

 

「…………」

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 

「──あれからもう一週間以上経ったんだよね……エルフナインちゃんも一緒になって、力に目覚める方法を探ってるっていうのは私も何度か耳にしてるけど、あれから何か進展とかはあった?」

 

 

「それが……」

 

 

「蓮夜さんのベルトやカードも借りて色々と調べ尽くしたみたいデスけど、てんで何も分からず仕舞い、カードの方も未だにうんともすんとも言わないから困ってるデスよー……」

 

 

「そうなんだ……」

 

 

 蓮夜からカードを渡されてからそれなりに日にちが経った筈だが、未だに例の記号の力とやらに目覚める手掛かりが得られていない。肩を落としながら気落ちする様子を浮かべる調と切歌を見て、あまり事は上手く進んではいないのだろうと察した未来は二人の前にお茶を並べていく。

 

 

「まあでも、気を逸らせてもどうにかなる問題じゃないだろうし、焦らずにいこう?響に出来て、二人やクリスに出来ないなんて事ある訳ないんだから」

 

 

「それは……はい、頭では分かってるんですけど……」

 

 

「でも、少しでも早く皆の力になりたいって思うと、どうしても焦っちゃうデスよね……」

 

 

 現状イレイザーと戦えるのが蓮夜と響だけとなると、このままだと戦う手段を持たない自分達は二人の足を引っ張ってしまう事になる。そう思うとやはりどうしても急いで力を身に付けなければと焦ってしまい、そんな二人の心境に装者でない未来も少なからず共感を覚えて何とも言えない気持ちになるが、其処でふと、お茶を啜っていた切歌が何かを思い出したように不意に顔を上げた。

 

 

「あ……そういえば話が変わるデスけど、さっきのタッパーに入ってたのって蓮夜さんの為に作った奴なんデスよね?どうしてお二人が蓮夜さんにごはん作ってあげてるデスか?」

 

 

「うん、私も気になってた。響さんと未来さん、確か料理は其処までやらないって前に聞いてたから……」

 

 

「え?あ、そういえばさっき話しそびれたんだっけ……実はこの間、蓮夜さんが入院してた時に響と一緒にお見舞いに行ったの。其処でちょっと蓮夜さんの普段の食生活っていうか、食への無頓着ぶりを知った響が「ほっとけない!」ってなっちゃったのがきっかけで、ちょっと前から料理にも挑戦するようになって……」

 

 

「……無頓着?」

 

 

 どういうこと?、と未来の説明に切歌と調が小首を傾げて怪訝な顔を浮かべる。するとその時、キッチンの方から突然響と一緒に冷蔵庫の整理をしていた筈の蓮夜が、何やら慌ただしい様子で三人の下に駆け込んできた。

 

 

「未来……!未来!頼む助けてくれ!」

 

 

「へ?」

 

 

「こーらぁー!逃げないで下さいよ蓮夜さぁーん!」

 

 

 妙に慌てた様子の蓮夜を見てポカンとしてしまう未来だが、そんな蓮夜を何故か頬を膨らませたご立腹な様子の響が追い掛け回し、蓮夜は咄嗟に未来の後ろに隠れてしまった。

 

 

「ど、どうしたの二人とも?何かあった?」

 

 

「聞いてよ未来ぅ~!蓮夜さん、あんなに駄目って言ったのにまたこんなの買い込んでたんだよー?!」

 

 

「……?それって……」

 

 

「缶詰……デスか?」

 

 

 そう、響が未来に見せたのは、『赤貝』や『たこやき』のラベルが貼られた二つの缶詰だったのだ。

 

 

 調や切歌はそれを見て、何故響がこんなにご立腹な様子なのか理解が追い付かず小首を傾げてしまうが、響は構わず缶詰を蓮夜に突き付けて叫ぶ。

 

 

「前にも言ったじゃないですかぁ!暫くは缶詰は封印して食生活を改善していこうって!それなのに隠れてこんなの食べてたなんてあんまりですよ!」

 

 

「だから違うと言っているだろう……!それは店先で俺の生活事情を知ってる顔見知りに貰っただけで、親切心を無下に出来ずについ受け取ってしまっただけだと……!」

 

 

「そ、そうなんですね。だったら別に良いんじゃない、響?人の厚意を大事にしたっていうなら悪い事じゃないし、取りあえず受け取っただけで、缶を開けて食べた訳じゃないのなら其処まで怒る事でもない訳だし。そうですよね、蓮夜さん?」

 

 

 自分達に隠れて食べていたのならともかく、人から貰ったものだから捨てずに保管していただけなら大丈夫だろうとフォローし、蓮夜に同意を求めて振り向く未来。が……

 

 

「…………………………」

 

 

……何故か、振り向いた先で蓮夜はそんな未来の視線から逃れるように顔を背けていた。思いっきり。明後日の方を向いて。

 

 

「……蓮夜さん?」

 

 

「…………いや、その、なんだ……貰ったモノの中に、見た事のない缶詰が幾つか入っていて……一体どんな味がするんだろうか?という好奇心を抑え付けられなかったというか……まぁ、つまり、」

 

 

「開けたと。缶詰」

 

 

「開けた。缶詰」

 

 

「食べてるんじゃないですかほらぁぁああああーーっ!!」

 

 

 響、激おこである。最初の方で下手に言い逃れしようとしたのも相まって余計に怒りがマシマシな響に対し、蓮夜は冷や汗を流しながら激しく首を横に振る。

 

 

「ただ勘違いはしないでくれっ。確かに缶詰を開けたのは認めるが、何もそればかり食べてた訳じゃないっ。お前達に言われて俺もきちんと自分を改め、ここ最近は缶詰や飲料食以外もちゃんと食べるように心掛けてるっ」

 

 

「むむ……。じゃあ、私達のいない所でもちゃんとしたごはん食べてるんですね?それだったら──」

 

 

「勿論だ。ついこの間も買い出しに行った店先で興味深いものを見つけて、最近はコレを主な主食にしてる」

 

 

 そう言いながら、ふんす、と何処か得意気に胸を張り、蓮夜は自信満々に最近のお気に入りの主食を取り出し響達に見せた。

 

 

 それは幅20、奥107、高100mmの少し大きい箱。

 

 

 明るい色合いの黄色が特徴的な、箱のパッケージ表面にはお洒落なロゴの商品名が描かれていた。

 

 

──『カロリーメ〇ト』と。

 

 

「って、結局栄養食に逆戻りしちゃってるじゃないですかぁっ?!」

 

 

「え……いやしかし、ゼリー飲料と違ってこれはちゃんとした固形食ではあるし、食を楽しむという点でも味の種類が豊富で……」

 

 

「そういう問題じゃないんですっ!あくまでこういうのは補助食であって、そもそも主食にするようなものじゃないんですからっ!もーっ!目を離すとすぐに横着し始めるんだからっー!」

 

 

「…………要するに、こういう事が頻繁に起きるから私達が代わりにごはんを作らないとどんどん駄目になっちゃうから、放っておけなくて料理を始めるようになったの……」

 

 

「な、成る程……納得したデスよ……」

 

 

「蓮夜さん、戦いの時は頼りになるけど、私生活の方は全然駄目な人だったんですね……」

 

 

 まるで片付けが出来ない女である翼のようというか、仮に此処にマリアがいれば一緒にお説教をしてそうだと、カロリーメ〇トの箱を没収されて正座で響に叱られる(というかもう小さな子供にお説教するソレ)蓮夜の意外な一面を知った切歌と調は若干顔を引き攣らせつつ苦笑いを浮かべ、未来も頭を抑え深々と溜め息を吐いた。

 

 

「響も響で目が離せないのは同じだけど、蓮夜さんは蓮夜さんで自分に無頓着過ぎるのがある意味響よりも酷くて……なんていうか、響が二人になったみたいで私も目が離せなくなってきたっていうか、最近心配事が増えちゃったんだよね……」

 

 

「おおう……何だか、日々子育てに奮闘するお母さん味のある台詞デスね」

 

 

「あんな大きな子供、二人もいりませんっ」

 

 

 ただでさえ響だけでも普段から気苦労が多いというのに、これ以上増えられてはホントにストレス過多で胃に穴が開き兼ねない。わりと本気で嫌そうに否定する未来の言葉に切歌と調も苦笑を深めると、未来は未だお説教中の蓮夜と響に目に向けてため息混じりに呟く。

 

 

「はぁ……こういう時、クリスがいてくれたら私も負担が減って助かるんだけどなぁ……」

 

 

「しょうがないデスよ、今日は本部で訓練する予定が先に入ってたらしいデスから」

 

 

「それにこの後、皆で本部に来るように招集掛けられてるし、終わったら改めて一緒にお茶するのも良いと思う……クリス先輩の分のお菓子もちゃんと買っておいたし」

 

 

 でん!と、クリスの為に用意したお菓子の包みを取り出して見せる調。彼女の言う通り、午後にはS.O.N.G.の協力者となった蓮夜の仮面ライダーとしての能力・性能データを取る為、蓮夜や装者達に招集が掛けられている。

 

 

 本来ならそれも蓮夜の怪我の具合を考慮し、ベルトやカードの解析のみで留める予定だったのだが、蓮夜の傷の回復が想像以上に早かった事、今後の戦いでの装者達との連携やベルトの整備、機能向上のアップデートを可能とする為に出来るだけ情報を共有しておきたいという蓮夜からの申し出で急遽決まったそうだ。

 

 

 なので今日はそれまでの間に、皆で蓮夜に引っ越し祝いを渡すついでに新居もどんな感じなのか見てみた後、蓮夜を交えて本部へ一緒に行こうと思っていた。

 

 

 しかし、クリスは先約があると断って先に本部に行ってしまい、それならば仕方がないと四人だけで蓮夜の新居を訪れた訳なのだが、未来はその時のクリスの顔を思い返し今更ながら疑問に思う。

 

 

(でもなんだろ……今思うとあの時のクリス、何だか何時もに比べて様子が可笑しかったというか、何処か余所余所しかったような……私の気の所為?)

 

 

「とにかく、缶詰は今後絶対禁止です!どうしても守れないなら全部没収しますからね!」

 

 

「横暴だ……!それは流石に横暴が過ぎる!暁、月読!頼む、お前達からも何とか説得してくれ!」

 

 

「ええ、と……この場合、響さんの言い分の方が正しいと思う。バランスの偏った食生活はダメ、絶対」

 

 

「デスねー……あ、それからアタシ達のことも名前呼びで大丈夫デスよ〜♪」

 

 

「ぐうの音も出ない正論と明るい笑顔でバッサリ切り捨てられたっっ……!!!!」

 

 

 クリスの事が気に掛かる未来を他所に、調と切歌からもド正論を叩き付けられて『〇rz』の格好で意気消沈してしまう蓮夜。

 

 

 そんな蓮夜の大袈裟すぎる慟哭の声で現実に引き戻された未来はヤレヤレと苦笑し、取り敢えず今は彼を慰めつつお茶の準備を再会しようと腰を上げるのだった。

 

 

 

 

 

◆◆◇

 

 

 

 

 

―トレーニングルーム―

 

 

「ウォラァアアアアッ!!」

 

 

 ガガガガガガガガァッ!!と、S.O.N.G.の本部の訓練所内に間断のない銃声が鳴り響く。シュミレーションによって投影された市街地、蔓延るアルカ・ノイズを次々と銃弾で撃ち抜いて霧散させていくのは、ギアを身に纏って訓練中のクリスだ。

 

 

 両手に握る大型ガトリングガンを乱射して目前から迫るアルカ・ノイズの大群を一掃し、背後からも出現したアルカ・ノイズの不意打ちにも対応して上空へと跳躍し攻撃を回避すると共に、左右の腰部アーマーを展開して撃ち出す小型ミサイルの雨をアルカ・ノイズ達に降り注がせ、爆発が巻き起こる。

 

 

 ドゴォオオオオンッ!!!と耳を裂くような爆発音が響き渡り、地面に着地したクリスに熱と煙と突風が纏めて吹き付け、髪を揺らす。

 

 

 ギアに備わる耐熱フィールドによって爆発の熱は肌に伝わらない筈だが、燃え盛る炎を見据えるクリスの顔は厳しく、眉間に皺を寄せ険しい表情が張り付いていた。

 

 

(まだだ……前に戦ったイレイザーの力はこんなモノじゃなかった……!)

 

 

 炎を睨むクリスの頭上から、今度は葡萄の実のような紫色の肉塊が無数に襲い掛かる。

 

 

 それを視界に捉えたクリスは即座にガトリングガンと小型ミサイルの同時掃射で紫色の肉塊を撃ち抜いて起爆させると、両手のガトリングガンをスナイパーライフルに変容させ、更にヘッドギアからスコープレンズを起動し、空を覆う黒煙の向こうを探る。

 

 

 サーモグラフィーでビルの上から再度肉塊を飛ばそうと試みるアルカ・ノイズ達の姿を捉え、身構えたスナイパーライフルで素早くアルカ・ノイズを狙撃して反撃の隙も与えず撃破していき、今度はクリスの周囲に新たなアルカ・ノイズ達が出現して囲まれてしまうも、クリスの表情に焦燥の色は一切ない。

 

 

(そうだ、これぐらいあたしには何でもない……!今だって色んなピンチを切り抜けてきた……なのに、あたしは……)

 

 

 アルカ・ノイズの大群が左右前後から同時に迫る。しかしクリスはスナイパーライフルからマシンピストルに切り替えた両手の銃を左右一直線に構えながら引き金を引き、銃撃を放ちながら360度回転して射線上のアルカ・ノイズ達を薙ぎ払っていく。

 

 

 それでも撃ち漏らし、接近戦を仕掛けてくるアルカ・ノイズを近接射撃で迎撃し、大した苦戦もなく撃破スコアを重ねていくクリスだが、その顔は反して徐々に苦虫を噛み潰したような表情へと変わりつつあった。

 

 

(イレイザーの改竄に蝕まれた時、あたしは何にも出来なかった……それどころか、改竄に苦しんで助けを求めてきたアイツの存在にも気付かずに、あたしはっ……)

 

 

 ギリィッ……!と、無意識に噛み締めた奥歯が音を鳴らす。

 

 

 眼前のアルカ・ノイズをどれだけ撃ち抜いても、胸の内のモヤモヤが一向に晴れない。

 

 

 寧ろ、こんなシュミレーション上の敵を相手に燻る事しか出来ずにいる今の自分の姿に言葉にし難い苛立ちばかりが募り、同時に、自分達の危機に幾度となく駆け付け、イレイザーを難なく倒してきたクロスの姿が何度も脳裏を掠めていた。

 

 

(ッ……クロスだの記号だの知った事か……!そんな力がなくたってあたしはやれる!このイチイバルだけで!)

 

 

 脳裏を過ぎる記憶の残像を頭を振って振り払う中、更に増援で現れたアルカ・ノイズの群れが正面から迫る。それを目にしたクリスは即座にアームドギアを弩弓に変形させ、クラスター弾としての性質を持った大型矢を放ち、アルカ・ノイズを範囲攻撃で纏めて撃退し訓練を続行していくのであった。

 

 

 

 

 


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