戦姫絶唱シンフォギア×MASKED RIDER 『χ』 ~忘却のクロスオーバー~   作:風人Ⅱ

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第五章/不協和音×BANGBANG GIRLの憂鬱③

 

―繁華街・某雑居ビル屋上―

 

 

「……うう……」

 

 

一方その頃、とある雑居ビルの屋上にて何やらソワソワと落ち着きがなく動き回る挙動不審な男の姿があった。

 

 

両手の指を絡めながら特に意味もなく屋上を歩き回るその姿は何処か心配そうな、心許なさそうに見え、何かをする事で自分の中の不安を紛らわそうとしているにも見える。

 

 

すると、そんな男のいる屋上の扉が不意に音を立てて開き一人の男……アスカが現れて誰かを探すように屋上を見回し、男の姿を見つけると面倒そうに頭を掻きながら男の下へと歩み寄っていく。

 

 

「お前か?俺が面倒見る事になった新人のイレイザーってのは……」

 

 

「ッ……!あ、ああ、そうだ……もしかしてアンタが、あの人の言ってた……?」

 

 

アスカに不意に声を掛けられ一瞬ビクッ!と肩を震わせるが、イレイザーというワードを聞いて彼も自分の仲間だと察したのか、男は未だに挙動不審ながらも恐る恐るアスカにそう問い掛けると、アスカも屋上の手摺に寄り掛かって適当に手を振りつつ答える。

 

 

「一応俺の事も聞かされてるみてーだな……。アスカだ。ま、あんま気構えないでくれていいぞ。こっちは前の件でやらかした負債で今回の仕事任されたようなもんだから、テキトーにタメで接してくれていい」

 

 

「え……そ、そう、なのか?なら、えと……わ、わかっ、た……?」

 

 

目に見えて適当な調子のアスカの態度や言葉に若干戸惑いつつ、男は言われた通りタメ口で頷き返す。そしてアスカも手摺に背中を預けて暗くなりつつある空を仰ぎ、溜め息を一つ吐きながら男の顔を横目に観察していく。

 

 

(コイツが例の"兆し"が見られたっていうイレイザーか……ノイズ喰らいにしちゃ確かに他よりまともそうに見えるが、ぶっちゃけ見た感じそんな風にも見えねーと言うか……ホントにコイツがそうなのか……?)

 

 

正直信じ難いとしか言いようがない。常に自分に自信がなさそうで、何だか冴えない顔付きの男。パッと見で観察し、アスカが男に抱いたのはそんな印象だ。

 

 

正直こんな奴と一緒で大丈夫なのだろうかと、その頼りなさそうな風貌から一抹の不安を感じずにいられないアスカの意味有りげな視線に気付いたのか、男は不安そうな眼差しをアスカに向けていく。

 

 

「な、何か?」

 

 

「……いいや。今更グチグチ言ってもしょうがねーよなって思っただけだ」

 

 

「……?」

 

 

そうだ。コイツがなんであれその面倒を任された以上、自分はただ仕事を全うして汚名を注ぐだけのこと。それ意外は考えるだけ無駄だと雑念を切って捨て、アスカは頭の上に疑問符を浮かべる男に顔を向けて本題に入る。

 

 

「話は大体聞いてるよな?今回はお前の力の覚醒を促すのが目的だ。其処から成長すれば、お前は俺らと同じ上級か、或いは別の進化を辿って別種のイレイザーになれるかもしれねえって話だ」

 

 

「……そうすれば、俺の望みも果たせるかもしれない……って、ことなんだよな……?」

 

 

「お前次第で、だけどな……最初にイレイザーになった時に聞かされてるとは思うが、仮にお前が失敗したってなりゃ、俺達はお前に見切りを付けなきゃなんねぇ。今までの連中もそうなっては逆恨みして俺達に復讐しにくる奴もいたにはいたが、大抵返り討ちにされて俺らに消されるのがオチだ……それでも構わないって覚悟、出来てんのか?」

 

 

「…………」

 

 

腕を組み、まるで男を試すような問いを投げ掛けるアスカからの質問に対し、男は口を閉ざして俯いてしまう。

 

 

……やはり見掛け通りの奴かと、少し圧を掛けただけで何も言い返さそうとしない男を見て早くも半ば見切りを付けようとしたアスカだが、男は手摺に片手を乗せ、もう片方の手で首に掛けたロケットペンダントをそっと握り締めていく。

 

 

「……約束、したんだ……必ず俺が救うって……例え悪魔に魂を売る事になったとしても、俺の手でって……だから……!」

 

 

何か大切な物が仕舞われてるのか、ロケットペンダントを握り締めたまま男はアスカの方に振り向く。その顔はやはり不安げで頼りなさそうにしか見えないが、アスカを見つめるその眼差しの奥には何処か力強い決意が宿ってるように見える。

 

 

「だから……お、俺はやる……!どんなに辛くて、この手を汚す事になったとしても……それでアイツを救えるんなら、俺は……!」

 

 

「…………」

 

 

己の中の揺るがない覚悟を口にする男の言葉に、アスカは何も答えない。ただ無言で腕を組んだまま圧を感じさせる眼差しを向けるだけのアスカを見て、彼の意にそぐわない返しだったかと思い口を閉ざし気落ちして俯いてしまう男だが、そんな男の反応を見てアスカは瞼を伏せ溜め息を漏らしてしまう。

 

 

「其処で引き下がってどうすんだよ……其処はもっとこう、何かあんだろっ?その為にお前よりも強くなる!とか言って啖呵を切るなりよ?」

 

 

「す、すみません……」

 

 

「いやだから……はぁ……まあいいか……」

 

 

言った傍から素直に謝罪する男に呆れて再び溜め息が出てしまうアスカだが、今は話の続きを進めようと気を取り直していく。

 

 

「まあ、なんであれやる気があんのは良い事だ。他のイレイザーになった連中は大抵、過去に失ったもんを取り戻そうとしたり、今のこの世界の在り方が許せねぇって理由の奴が多いが、そん中でお前みたいな、失う前に守りたいからって理由の奴に出会ったのは俺も初めてだ。……だからまぁ、お前ならもしかしたらって、ちっとばっかしは期待してるよ」

 

 

「……そ、そっか……ありがとう」

 

 

もしや今のは彼なりの励ましのつもりなのか、不良っぽい見た目に反してそんな思わぬ言葉を投げ掛けたアスカからの激励に一瞬理解が追い付かなかったが、男はそう思いぎこちなく礼を告げる。そんな男に対しアスカは僅かにジト目で睨むと、そっぽを向いて軽く舌打ちし、後頭部を雑に掻いて自分が出てきた屋上の扉を顎で指した。

 

 

「時間までやる事がないなら今の内に下で身体休めてろ。次の戦いはお前に掛かってんだ。お前が下手を打てば俺が責任取んなきゃなんねえってこと、忘れんなよっ」

 

 

「え、あ、あぁ……わかった……」

 

 

突然乱暴な口調になるアスカに戸惑いつつ、言われた通り時間まで身体を休めておこうと一瞬アスカを一瞥した後、男は屋上を後にし下へ降りていった。それを確認したアスカも気が抜けたように薄く溜め息を吐くと、空を仰ぐように屋上の手摺に背中からもたれ掛かるが、其処へ……

 

 

「──相変わらずイレイザーの事情に入れ込むよねぇ、君。そんなんじゃ身が持たないよって、前に警告したのもう忘れたかい?」

 

 

「……別にそんなんじゃねーよ。つか、盗み聞きなんて趣味の悪い事やってるお前が人の事を言えた義理じゃねぇだろうがっ」

 

 

「ハハッ、それは確かに言えてるかもねぇー」

 

 

おちゃらけた笑い声と共に、アスカの隣の地面から無数の水泡が湧き出て人の形を形成していく。そして水泡は徐々に完全な人の姿……クレンと化してアスカの隣に現れるが、アスカの方は特に驚く様子もなくただジトりとした目付きでクレンを睨んでいく。

 

 

「んで?急に来て何なんだよお前。こっちは前回の失敗を取り返せるかどうかって時でピリピリしてんのに……水を差しに来たってんならわりとマジでキレるからな……?」

 

 

「まあまあ、そんなつもりはないからそう噛み付かないでよ。こっちはただ君達が緊張してないかなーと気になって、声援を送りに来たってだけさ。後はまぁ、そうだなぁ……ちょこっとだけ、君に僕からアドバイスを送ろうかと思ってさ」

 

 

「……アドバイス?」

 

 

?、と頭の上に疑問符を浮かべるアスカに、クレンは軽く微笑みを浮かべて手摺に寄り掛かりながら光が灯り始める街並みを眺めていく。

 

 

「正直さ、あのイレイザー君を抱えたままクロスと装者を相手にするだなんて無茶無謀が過ぎると思うんだよ、僕は。クロスは勿論の事、記号の力に目覚めた立花響は数々の戦いに文字通り、その手で終止符を打ってきたこの物語の主人公だ。他の装者達も僕らに対抗する術を持たないとは言え、それでも高を括るには油断ならない相手なのは変わりはないしね」

 

 

「…………」

 

 

「或いは、次の戦いの中でまた装者の誰かが記号の力に目覚めないとも限らない……そうなったら流石に今の君じゃ危ないんじゃない?僕もそうだけど、君もまだ記憶を失くす前の彼との戦い以降、完全に力を取り戻せてる訳じゃないんだしさ」

 

 

グー、パーと調子を確かめるように、しかし戯けてるようにも見える動きで手を何度も開閉させるクレン。アスカはそんなクレンの手の動きをジッと見つめると、薄い吐息を吐きながらクレンから視線を逸らした。

 

 

「ハンデを抱えてんのは向こうだって同じだろ……。仮にそうなったとして、今の奴と装者達が束になって掛かってきた所で俺に敵う筈もねぇ」

 

 

「君一人ならそりゃ、ね……でも、今回君と組むあのイレイザー君の場合はそうは行かないかもよ?前に君が選んだイレイザーも、立花響が記号の力に目覚めた途端手も足も出せず返り討ちに遭ったんだ。なら次もそうなるかもしれないと、最悪を想定するのは自然だろ?幾ら君が強いとは言え、仮に装者達の中から新たに僕達に対抗出来る存在が現れた時、クロスと立花響を抑えながらあのイレイザー君を守れると言い切れる自信があるのかい?」

 

 

「……それは……」

 

 

話の後半で何処か真剣味を帯びながらそう指摘するクレンの言葉に、アスカは口を閉ざして俯く。そうして自分の掌、男が出ていった屋上の扉を順に見て暫し思考する素振りを見せた後、屋上の手摺から徐に背を離してクレンと向き直った。

 

 

「……そんなに言うなら、何か上手い方法があるってのかよ」

 

 

「あるにはあるよ。まあでも、それに君が乗るかはまた別の話で……」

 

 

「前置きはいいんだよゴチャゴチャとっ。俺の意見なんかどうでもよくて、最初っからテメェの案に俺を乗せるつもりで来たんだろうが」

 

 

「……ハハッ。そうだね。君相手に出し渋るだけ時間の無駄にしかなんないか」

 

 

悪かったねと軽く謝り、クレンは徐に掌を上に向けて右手を差し出す。すると、クレンの掌の上にデータ状の0と1の記号が無数に現れて何かを形作っていき、淡い光を一瞬放った直後、光の中から半透明の一冊の本が現れた。

 

 

「それは……?」

 

 

「この『戦姫絶唱シンフォギア』とはまた別の物語……に繋がる、僕たち専用の裏口だ。コイツを使えば物語に僕達の存在が感知される事なく、この本の中の世界に転移する事が出来る」

 

 

「別の物語って……ようするに平行世界か?そういえば、デュレンの奴はお前に色々と役目を押し付けてたか……確か、ここの物語を中心に他の物語にもノイズ喰らいを送って、奴らにそこの物語の改竄をやらせてるとかなんとか……」

 

 

「ここがもしダメだった時の為の保険って奴さ。今は取り敢えず新しいイレイザーを育てる為の実験所って意味合いの方が大きいけど、デュレンは機会を見てこことは別に新しい拠点を置くつもりでいるみたいでね。その為にも今、あるイレイザーにこの物語の改竄をやらせてて……って、今はそんな話しどうでもいいか……」

 

 

何だか本題から逸れそうになったので軌道修正しつつ、クレンは半透明の本をアスカに手渡していくが、アスカは一先ず受け取った本をまじまじと眺めて訝しげに首を傾げた。

 

 

「で、コイツを俺にどうしろってんだよ?こんなの渡されたって今の俺には大して意味ねえーし……まさか、奴らにやられそうになったらアイツを連れてこん中に逃げろとか言い出すんじゃねぇだろうなっ?」

 

 

「逆だよ、逆。君達が、じゃなくて、彼等をその物語の中に飛ばしてしまえばいいって話さ」

 

 

「……何だと?」

 

 

アスカが訝しげに眉を顰める。クレンはそんなアスカに更に分かりやすく伝えようと、話を噛み砕いて説明を続けていく。

 

 

「例えばの話だけどさ?記憶を失う前の彼が以前倒したイレイザーが改竄した物語……『魔法少女まどかマギカ』、だっけ?の主人公がこのシンフォギアの世界にいきなり現れたとして、その場合、彼女はこの物語にとって一体どういう扱いになると思う?」

 

 

「どういうって……普通に考えりゃ異世界からの来訪者って事になんだろ。俺達からしてみりゃ、厄介な敵が増える最悪のコラボにしかなんねぇけど」

 

 

「そーだねぇ。でもこの場合、僕達にとってはもっと別の観点から見れる部分もあるんだよ。例えば、そう……この時の彼女には、『元いた物語の監視の目って奴が存在しない』のさ」

 

 

「?……ッ!そーか、つまり……」

 

 

クレンが言わんとしてる事を察したのか、アスカはハッとなって半透明の本を見つめ、クレンも笑みを深めて小さく頷く。

 

 

「自分の身体から流れた血が他人の身体に移ったとして、その血がどうなったかなんて自分じゃ分からない。それと同じように、元いた物語から離れたキャラクターが別の物語に移り、仮に其処で存在が消滅した所で元の物語にそれが分かる術はない……つまりさ、このシンフォギアの世界から離れた装者が別の世界で殺されたとしても、この世界はそんなこと分かる筈がないんだよ。だって違う世界の中で起きた出来事だからね。寧ろその世界の本筋と関わりのないキャラクターなんて逆に異物でしかないんだから、消した所で罪を問われるなんてある筈がないのさ」

 

 

そう、言わばこれは物語のルールの穴を突いた裏技のようなモノ。

 

 

このシンフォギアの物語の中で、その存在を赦されないイレイザーである自分達が不必要に装者を手に掛けてしまえば、それはこの物語の本来の流れを阻む大きな矛盾・違和感を生じさせる大罪になってしまう。

 

 

当然だ。『戦姫絶唱シンフォギア』の物語にイレイザーだなんて存在はそもそも現れないし、いない筈の存在に装者達が命を奪われるなど物語として破綻してるにも程がある。

 

 

物語として破綻すれば、この世界の未来の可能性は全て行き詰まり、遠からず世界にはあらゆる形で理不尽な滅びが迫り、最終的にBAD ENDという最悪な形で終焉を迎える事になってしまう。

 

 

故に世界はそんな最悪の事態を避ける為にその矛盾を一つずつ修正しようと、真っ先に一番の矛盾であるイレイザーの自分達を抹消しようとする筈だ。

 

 

デュレンはともかく、自分達にはそれに抗う術を持たない。一度この世界の"目"に認識されれば、抵抗する間もなく物語の外に弾き出されるか、その存在を抹消されて完全に消え去るしかない。

 

 

要するに『世界』という強大な存在の監視の目が光るこの物語の中で、自分達が装者を殺めるには返って来るリスクがあまりに大き過ぎるのだ。

 

 

……しかし、その監視の目が届かない外の世界で装者達が命を落としたとしたら?

 

 

シンフォギアも装者もノイズも、そもそも『戦姫絶唱シンフォギア』のキャラクターが存在しない、全くルールの異なる別の物語へ装者達を跳ばしてしまえば、仮に其処で彼女達の命を奪ったとしても咎める者など誰も存在しない。

 

 

物語が違えばその世界に敷かれるルールも異なる以上、その世界の住人ではない彼女達がどうなろうと、跳ばされた先の物語にとっては彼女達の死など些事にしかならない筈だ。

 

 

「つまり、この世界の監視の目が届かない別世界にクロスの野郎と立花響を飛ばして、其処で奴らの息の根を止めりゃいいって事か……けど、ホントに大丈夫なのかよそれ?あのガキは仮にもこの物語の主人公だ。主役の不在なんて異変、この世界が見逃すとは到底思えねぇんだが……」

 

 

「まあ、多少の違和感程度は勘付かれても可笑しくはないかもね……けど、それだけですぐに僕達の仕業だとは思われないだろうさ。それにこの世界は、装者が一人欠けるだけでも物語の破綻は少しずつ進んでいく。そうなれば僕達が改竄を行える隙も作れるって訳さ」

 

 

「……それで次の改竄が行えるまでのスパンを短く出来る、って事か……確かにそいつは俺がやらなきゃ、だわな……」

 

 

何せ暫く改竄の力が使えなくなってしまったのは、前回の自分の失敗のせいだ。それを取り返す事が出来るなら確かにやってみる価値はあると、アスカは半透明の本を手に頷いた。

 

 

「いいぜ、乗ってやるよその話。どうせ奴らを野放しにしておく訳にはいかねぇんだ。二人纏めて始末出来るってんなら、確かにやってみる価値はある……」

 

 

「そう言ってくれて助かるよ。んじゃ、僕は別の仕事があるから、後は任せたよ?」

 

 

アスカが自分の案に乗った事に機嫌を良くしたクレンは彼の肩をポンポンと軽く叩き、そのまま屋上を後にしようと扉の方へ歩き出していく。が……

 

 

「……んで、なんでいきなりこんな話を俺に持ち掛けた?わざわざ俺を手助けする為に……なんて殊勝な心掛けからじゃねーだろ、お前?」

 

 

「…………」

 

 

まるで何かを見透かしているかのようなそんな疑問を投げ掛けるアスカからの不意の問いに、クレンは足を止めて立ち止まる。そうして数拍を置いて無言になった後、アスカの方へと振り返って僅かに微笑んだ。

 

 

「別に君を貶めるような考えなんてないから安心していいよ。……ただちょっと、個人的に気掛かりな事があってね……」

 

 

「気掛かり……?んだよそれ」

 

 

「それは判ってから話すよ。ともかく君はデュレンの機嫌を損ねないように頑張る事だ。じゃ、期待してるよ?」

 

 

「お、おい!」

 

 

そう言いながらクレンは呼び止めるアスカの声を背に手を振って屋上を後にしていき、残されたアスカは「何なんだよ……」と不服そうに呟きながら彼を引き留めようと伸ばした手で後頭部をワシワシと掻いていき、彼から渡された半透明の本をただただジッと眺めていくのであった。

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 

―クリス宅―

 

 

「──クッソッ!何なんだよアイツはっ……!」

 

 

ボフンッ!と、苛立ちを露わに自宅に戻ったクリスが思わず投げ付けた鞄がリビングのソファーの上のクッションに深く埋まる。

 

 

そしてそのまま下へ下へとずり落ちてソファーの下に滑り落ちてしまうカバンを尻目に、クリスは部屋の電気も付けぬまま構わずソファーの上に飛び込み、両腕を頭の後ろに回して寝っ転がるが、その顔には未だ抑えようのない苛立ちの色が浮き出ていた。

 

 

(馬鹿にしやがって……何処まで人を下に見りゃ気が済むんだ……!)

 

 

あの後、蓮夜が何気なく口にしたあの発言をきっかけに怒りが爆発したクリスは慌てて追いかけてきた響達の声にも耳を傾けず、結局そのまま本部を後にして帰路につき自宅にまで戻ってきてしまった。

 

 

家に着いた頃には時刻は既に夜になり、本部を飛び出してからそれなりに時間が経っているにも関わらず怒りは未だに治まる気配がなく、ムシャクシャするあまり頭の下に敷かれたクッションを掴んで起き上がり思わず投げ付けてしまいそうになるが、すんでの所で手を止めて思い留まり、そのまま膝の上にクッションを乗せて項垂れるように顔を埋めてしまう。

 

 

「……何やってんだ、あたしは……ダサ過ぎにも程があんだろっ……」

 

 

ふと我に返り、今の自分の姿を顧みたクリスは膝の上に乗せたクッションに顔を埋めたまま、自己嫌悪のあまり深々と嘆息を吐いてしまう。

 

 

……そうだ、分かってる。先程のシュミレーションを始める前のやり取りだって元を辿れば自分の一方的な感情から勝手に突っかかっただけだし、それを知らない蓮夜からすれば、わざわざこちらの都合に付き合う義理なんてないに決まってる。

 

 

だからこの怒りだって本当はお門違いでしかないし、それを蓮夜にぶつけるなんて理に叶っていないと頭では分かってる。なのに……

 

 

(理屈じゃ分かってんだ、そんなの……けど、それでもどうしても、アイツを認めるのが癪に障り過ぎるんだよっ……)

 

 

今までこの世界を必死に守ってきたのは自分やその仲間達だ。なのにそれをいきなり後から出てきた余所者に委ねるなど認められる筈がないし、自分達にはイレイザーと戦う力がないからと、一度は自分達との共闘を蹴った奴と肩を並べて戦うなんて今更虫が良すぎるという考えが拭えず、どうしても抵抗感を覚えてしまう。それに何より……

 

 

(……イレイザーがこの世界を改竄した時、一人きりで苦しんでたあのバカを救ったのはアイツだった……あたしじゃなくて……アイツがっ……)

 

 

嘗ては嫌いだった歌を今一度好きになる事が出来たのも、多くの仲間や信頼出来る大人に囲まれる今の幸せな日々を送れるようになったのも、全ては響が敵だった自分に手を伸ばしてくれた事がきっかけだった。

 

 

素直に認めるのは正直癪だし、本人の前で口にすれば絶対に調子に乗ると分かり切ってるから決して口にはしないが、今の自分があるのは彼女の存在があったからだと今でも思う。

 

 

……なのに、そんな彼女の危機に自分は何も出来ず、知らず知らずの内に事態の解決を蓮夜に任せるしかなかった。

 

 

それが何よりも悔しく、腹立たしく、情けなく、仲間を助ける力を持たない無力な自分が嫌で嫌で仕方がないという負の感情が際限なく沸き出てくる。

 

 

そんな自分とは対照に、仮面ライダーの力を持ち、彼女を救ってみせた蓮夜への羨望、そして醜い嫉妬の感情も……

 

 

(何が本気であたしと戦え、だ……そもそも最初から勝負になんてなる筈ねぇのに……見てらんないのは今のあたしの有様じゃねえか……)

 

 

今の自分の様を自覚した途端、ただでさえ重くのし掛かる自己嫌悪の感情が更に重さを増していく。クッションに埋めた顔を何気なく横にそらすと、ソファーの後ろに置かれている両親の仏壇がふと視界に入った。

 

 

「……分かってる。あたしはあたしがやれる事をやるしかないんだって……分かってる筈なのにな……」

 

 

きっと自分を見守ってくれているであろう両親を心配させまいと仏壇に微笑み掛けようとするも、そんな気力も余力もないのかぎこちない笑みを作る事しか出来ない。

 

 

ろくに笑う事も出来ない今の自分の様にクリスは更に思い詰めた表情を浮かべ、そんな顔を隠すように再びクッションに顔を深く埋めてしまい、暗がりの部屋を音のない静寂が支配していくのであった。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

―S.O.N.G.本部・食堂―

 

 

一方、それなりに夜も更けてきた時刻にも関わらずS.O.N.G.の本部では職員達が未だ忙しなく動き回る姿が多く見られ、食堂には家に帰らず本部に泊まって残った仕事を片付ける予定の職員が同僚と共に食事をする者も何人か見受けられる。そんな中に……

 

 

「───────」

 

 

……ズゥーーンッと、傍から見るとそんな重々しい擬音が聞こえてきそうなほど酷く落ち込んだ様子の蓮夜が、食堂のテーブルの上に顔を突っ伏す姿があったのだった。

 

 

どんよりしてる、とでも言えばいいのか、彼の周りの空気だけが淀んでいてただならぬ落ち込みようだ。

 

 

職員達もそんな蓮夜の姿が気になるのか、チラチラと近くを通り掛かる間際に彼を気にするような視線を送るも、あまりにも重い空気を漂わせる蓮夜の様子に気を遣って声を掛ける者は一向に現れない。

 

 

そんな周囲の人間の反応に気付かぬまま、蓮夜は突っ伏した顔を横に向けて溜息を漏らし、テーブルのシミをジッと見つめながら先程のクリスの言葉を脳裏に思い返していた。

 

 

―あたしは最初に手ぇ抜くなって言ったハズだぞっ!始めっからあたしなんかと、まともにやり合う気なんてなかったってのかっ?!―

 

 

(……また言葉選びを間違えてしまった……一体何度同じ失敗を繰り返せば気が済むんだ、俺は……)

 

 

別れ際に彼女に言われた言葉が未だに頭の裏にこびり付いて離れず、またやらかしてしまったと、蓮夜は鬱々とした気分から再び溜め息を漏らしてしまう。

 

 

あの時は彼女の不興を買うつもりなどなかったし、彼女に手を差し伸べたのも単純に身を案じてからのものだった。

 

 

しかし、彼女は自分と本気で戦う事を望んでた。理由は分からないがそれが彼女の希望だったのだとしたら、最後に自分が掛けたガングニールの力を使う気はなかったなどという言葉は余計な一言で、自分と真っ向から戦う事を望んでいた彼女からしてみれば始めから手を抜いて戦うつもりだったと受け取られても無理からぬ事だ。

 

 

嗚呼、これでは初めて彼女達と面向かって話した時の焼き直しではないか。相手に気を遣い過ぎるあまり下手な発言や態度を取り、不興を買ってしまう自分の至らなさに嫌気が差す。

 

 

因みにそんな自分の心境を察していたかのように、つい先程学生寮にいる響から自分の端末に『クリスちゃんには私達の方からフォローしておきます!蓮夜さんは気にしなくて大丈夫ですから!』とメールで一報が入っていた。

 

 

恐らくこの間の改竄事件の際に、公園で己の愛想の無さを気にしてると話したのを律儀に覚えていて気を遣ってくれたのだろう。その心遣いは嬉しいが、同時にそんな気遣いを響にさせている自分が余計に情けなく思える。

 

 

(やはり明日にでも俺の方から謝罪を……いやそもそも、昨日の今日で俺とまともに口を効いてくれるかどうか……)

 

 

クリスとシュミレーションを始める直前に、彼女が自分に向けていたあの目を思い出す。

 

 

今思うと、あれは恐らく未だに自分の事を信用し切れていない、受け入れる事が出来ていないという眼差しだ。

 

 

以前響から聞かされた話からクリスが自分を快くは思っていないだろうとは何となく察しは付いていたが、今回の件のせいでそれが拍車を掛けてしまったとしたら、謝罪以前に果たして自分とまともに口を効いてくれるかどうか……。

 

 

どんどん深まる自己嫌悪の沼から一向に抜け出せないあまり自信までなくなっていき、蓮夜が何度目か分からない溜め息を吐いて頭を悩ませてしまう中、其処へ……

 

 

「──あったかいもの、どうぞ」

 

 

「……え」

 

 

コトッと、不意にテーブルの上に何かが置かれたような振動と共にそんな一言が聞こえた。驚きと共に思わず顔を上げると、其処にはS.O.N.G.の制服を纏う二人組の男女……友里あおいと藤尭朔也がそれぞれ湯気立つコーヒーカップを手にして立つ姿があり、テーブルに突っ伏す自分の顔の横にも、二人が手にしてるのと同じコーヒーカップが置かれていた。

 

 

「コーヒー……えぇっと、確か……」

 

 

「発令所の方では何度か顔を合わせてましたよね。オペレーターを担当してる友里あおいです。それでこっちが……」

 

 

「同じくオペレーター、情報処理を担当してる藤尭朔也です。……何か大分参ってるような感じですけど、大丈夫ですか?」

 

 

「え……あ、あぁ、大丈夫だ、心配いらない……コーヒー、どうも……」

 

 

姿勢を正し、わざわざ容れてくれたコーヒーのカップを手に取って二人に軽く会釈する蓮夜。すると二人も蓮夜の近くの席に着き、友里が蓮夜の顔を見つめながら小首を傾げ口を開く。

 

 

「大丈夫、という割には顔色の具合が優れませんけど……もしかして、さっきのクリスちゃんのこと、まだ気にしてます?」

 

 

「ゔ……」

 

 

「あー、こりゃ当たりっぽいかな……」

 

 

わりと分かりやすく声に出して反応する蓮夜を見て、藤尭も思わず出た苦笑いが隠せずにいる。と其処へ……

 

 

「まぁ、アレは恐らくクリス君なりの対抗意識って奴だ。君が其処まで気に病む必要はないだろう」

 

 

「……風鳴司令」

 

 

友里と藤尭に続き、今度は二人と同様、その手にコーヒーカップを手にした弦十郎が蓮夜達の座るテーブルへやって来た。

 

 

思わぬ人物の登場に蓮夜も意外な目を向ける中、友里が席を譲ろうかと一度立ち上がり掛けるが、弦十郎はそれを手で制して蓮夜から斜めに見える位置の席に着いていき、コーヒーを一口飲んで口内の渇きを潤し、話を続けていく。

 

 

「普段はあんな言動で分かりづらいとは思うが、彼女はああ見えて責任感が強く、後輩想いな一面があってな。年長組である翼やマリア君がこちらにいない今、自分が先輩としてしっかりしなければならないと神経質に陥りやすい節がある。其処へイレイザーやマスクドライダーである君の出現、改竄事件などの思わぬ事態が立て続けに起きて尚更責任を負いがちになってるのやもしれん」

 

 

「……責任……仲間を想うが故、か……」

 

 

言われてみれば、先程自分と戦っていた時のクリスは以前に比べ何処か余裕が無さそうに思えた。てっきり今日はたまたま虫の居所が悪かったのか、或いは自分を快く思わないあまりそれが今日の戦いに出ていたのではないかと思ったが、元々の責任感の強さが前のめりに出ていたのだとしたらあまり好ましい状態ではないのかもしれない。

 

 

何れにせよその要因が自分にもあるのだとすれば、やはり一言謝罪をすべきか?……いやしかし、自分が不用意に出しゃばれば逆にそれが彼女に余計なストレスを与えてしまうのではないか?

 

 

考えれば考えるほどグルグルと負のスパイラルに陥って答えを見い出せず、蓮夜は悩むあまりコーヒーカップを両手で包んだまま「うぅぐぅ……」と力なく項垂れてしまい、三人はそんな蓮夜の様子が気になり心配そうに顔を見合わせ、此処は話題を切り替えた方が良さそうだと弦十郎が蓮夜に向けて口を開いた。

 

 

「ところで、シュミレーション後の身体の調子はどうだ?約一週間振りの戦闘だったと思うが、何処か身体に不調を感じたりなどはしなかったか?」

 

 

「?……ああ、それなら問題ない……傷はまだ所々残ってはいるが、それほど大した物でもないし、戦闘中に激しく動いても痛みが走るといった事もなかった……戦闘での動きのキレも以前とは変わりなかったし、次に出撃があれば俺も出られると思う……」

 

 

「ふむ、そうか……」

 

 

「でも、未だに信じられないわよね。全治数ヶ月と聞かされてた怪我がたったの一週間で此処まで治るだなんて……本当にあのベルトとカードにそんな力があるのかしら……?」

 

 

「他の人間がベルトを巻いても、そういった効果は見受けられなかったって報告書にも書いてましたよね?他は駄目なのに蓮夜君だけがそうなるなんて、何か特別な仕掛けがあったりとかするのかな……」

 

 

「それは……ううむ……」

 

 

「…………」

 

 

蓮夜の驚異的な治癒能力の正体が本当に彼の持つベルトやカードによるものなのか。首を捻る友里と藤尭からの指摘に対して自分でも力の全容が分かっていない蓮夜も明確な答えが返せず言い淀む中、無言で三人の話を聞く弦十郎は顔を俯かせて一週間前にエルフナインと話した内容……レントゲンで撮影した蓮夜の身体について思い出していく。

 

 

『──正直、この件はまだ不明瞭な部分も多々ありますので、不用意に本人に告げるのはあまり好ましくないと思います。下手に記憶の核心を突いて不完全な記憶を取り戻せば、却って蓮夜さんがその記憶に苦しめられてしまう可能性もありますし……何より、その記憶を取り戻す事が果たして蓮夜さんの為になるのか、僕にも判断が出来ませんから……』

 

 

(……人工的に手を加えられた強靭な肉体……それが彼の驚異的な身体能力と治癒能力に由来しているとすれば確かに納得だが、同時に疑問も残る……彼はいつ何処でそんな非人道的な手術を受けたのか……)

 

 

それに、調べた限りでは彼の改造手術は脳にまで深く及んでいるとの事。エルフナインの見解では其処まで手を加えられては普通の人間なら先ず生きていられる筈がないと断言していたが、ならば、目の前にいる彼は何故こうして普通にしていられるのか。

 

 

友里と藤尭と会話をする蓮夜を遠巻きに見つめながら尽きない疑問が胸中を占めるが、今持つ少ない情報量だけではそれを紐解く事は叶わない。なら……

 

 

「……ベルトやカードの件もそうだが、蓮夜君、記憶の調子はどうだ?新しい生活で心機一転、環境も変わり身も心も落ち着いてきたとは思うが、何か些細な事でも思い出せるようにはなったかね?」

 

 

今は彼から記憶に関する情報を少しでも集め、その内容次第では、記憶を取り戻す協力をすべきか否かの判断を考えねばならないかもしれない。当たり障りのない話題を振り、蓮夜が今何処まで記憶を取り戻せているのか確認も兼ねてそう問い掛ける弦十郎に対し、蓮夜は……

 

 

「あ、いや……記憶は一向に蘇る気配はないんだ……ただ、新生活の方は少々ままならないというか……トラブルを起こし過ぎてちょっと……ウン……」

 

 

「「「……?」」」

 

 

そう言って、とてもいたたまれなさそうに冷や汗を流しながら弦十郎達から目を逸らす蓮夜を見て三人は訝しげな顔で首を傾げる。

 

 

もしや、新しい入居先で何かあったのだろうか?もごもごと言葉を濁す蓮夜の様子からそう思い、もう少し話を掘り下げようと弦十郎が蓮夜に次の質問を投げ掛けようとしたその時、艦内に突如けたたましいアラートが鳴り響いた。

 

 

「ッ?!これは……!」

 

 

『──市街区にノイズの反応を検知!位置は第17区域、南西CポイントとNポイント!数は現在50から70、更に増え続けている模様!総員、速やかに配置に──』

 

 

「ノイズ?!まさか!」

 

 

「……イレイザーか……!」

 

 

警報と共に艦内に流れる放送からノイズの出現、即ちイレイザーの襲撃を瞬時に悟った蓮夜はすぐさま食堂を飛び出して自身のマシンが収容されてる格納庫に向かい、それを見た弦十郎達も互いに顔を見合わせて頷き、急いで発令所へと向かっていくのであった。

 

 

 

 

 


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