戦姫絶唱シンフォギア×MASKED RIDER 『χ』 ~忘却のクロスオーバー~   作:風人Ⅱ

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お久しぶりです!更新が遅れてしまい申し訳ありません……!

中々文章が形にならず大分遅くなってしまいましたっ。

今回は感覚的に長めになっていると思いますが、どうぞ宜しくお願い致します!







第五章/不協和音×BANGBANG GIRLの憂鬱⑥

 

時間は遡り、少し前……

 

 

「ハァアアアアーッ!!」

 

 

―Δ式・艶殺アクセル―

 

 

「マスト、ダアァァーーイッ!!」

 

 

南西Cポイント。シープイレイザーと戦闘を開始した響達はそれぞれ二手に別れ、調と切歌は民間人を襲うノイズの大群を受け持って手練た戦いぶりを発揮していた。

 

 

まるでフィギュアスケート選手のように両足のローラーで滑らかに地表を滑り、鋸に変形したスカートを回転させながらノイズ達に突撃して引き裂いていく調が撃ち漏らした残敵を切歌がイガリマの範囲攻撃で刈り取り、問題なく着実にノイズの数を減らして民間人の避難誘導を手助けしていく。

 

 

『この……!この、このっ、このォおおおおッ!!』

 

 

「ちょ、ちょっと待って?!うわわっ!」

 

 

その一方で、響はまるで駄々っ子のように両腕をブンブン振り回して襲い掛かるシープイレイザーの拳を連続で飛び退いて躱し続けていた。壁や地面、乗り捨てられた車などに拳で穴を開けられていく様を目にしながら、しかして反撃には転じず防戦に徹し、回避を続けながら何とか彼から話を聞こうと説得を試みようとしていた。

 

 

というのも、先程からシープイレイザーの戦い方を観察していて確信したのだが、彼は恐らく戦い慣れしていないただの素人だ。

 

 

型も何もない、ただがむしゃらに腕を振るうだけの大振りな動き。全力で振るった自分の腕に振り回されてバランスを崩してしまったりなど、とてもじゃないが戦場に立つにはあまりに立ち回りがお粗末過ぎる。

 

 

正直この有様では本気で反撃に出るのも忍びなく、殆ど回避や攻撃を受け流すだけに留まっている響に対し、シープイレイザーは力任せに殴ったせいで抜けなくなってしまった腕を何とか壁から抜き取りながら情けなく叫んだ。

 

 

『く、くそっ……何でさっきから戦おうとしないんだよっ?!俺の事、バカにしてるのかっ!!』

 

 

「バカになんてしてません!さっきも言ったように、私はただ貴方と話がしたいだけで……!」

 

 

『そんな事をして何の意味があるんだっ!いいから戦えっ、戦えよぉっ!』

 

 

このままでは戦いを通して己の力を進化させる事も、望みを果たす事も叶わなくなる。焦燥感に駆られるままに地を蹴って飛び出したシープイレイザーが再度拳を振るって響に襲い掛かるが、響は素早く身を屈めて相手の拳を受け流し、そのまま背中で体当たりを打ち込みシープイレイザーを後退りさせると、続けざまに強烈な頂肘を相手の胸に叩き込んで吹っ飛ばした。

 

 

『ぐぁああうっ?!う、うぅっ……』

 

 

「もう止めて下さい……!私は貴方を傷付けたくない!貴方だって、本当は戦いたくなんてないじゃないですか?!」

 

 

『ッ……な、なにをっ……!』

 

 

響の肘を打ち付けられた胸を抑えてふらつきながらも起き上がり、何とか両腕でファイティングポーズを取ろうとする。しかし響はそんなシープイレイザーを見て徐に構えを解き、複雑げに眉を顰めて胸に拳を当てていく。

 

 

「貴方の攻撃からは、他のイレイザーと違って敵意も、誰かを傷付けたいっていう悪意も感じられない……本当は、進んでこんな事をしたいとは思ってないんじゃないですか……?」

 

 

『……っ……!』

 

 

まるで自分の心を見透かしたかのようなその一言に、シープイレイザーは咄嗟に言葉を返せずに声を詰まらせる。その反応から響も自分の直感が間違っていなかったと確信し哀しげな眼差しを向けるも、シープイレイザーはそんな響の視線から逃れるように何も言えず顔を俯かせてしまうが、響はそれでも言葉を続けて呼び掛ける。

 

 

「迷っているなら、本意でないのならまだ引き返せるハズです!あの人のように後戻りが出来なくなる前に……貴方の目的を聞かせてくれたら、私達にも何か出来る事があるかもしれない……!こんな事をしなくても済むかもしれないんです!だから──!」

 

 

この世界で生み出されたイレイザー達が並々ならぬ事情から人間を止め、イレイザーの力に手を伸ばした事は蓮夜からも聞かされている。あのフロッグイレイザーもその一人であったと。ならば相手の事を何も知らぬまま、分からぬままこの拳を相手に振るう事は出来ない。フロッグイレイザーの時のような悲劇を二度と繰り返さない為にも、その手を掴めるのなら今度こそ掴みたい。話し合いで戦わずに済むなら、その可能性を探りたいと望む響の言葉から嘘偽りのない実直さを少なからず感じ取ったか、シープイレイザーも僅かに腕を解いて動揺を露わにするが、しかし……

 

 

 

 

 

 

―……この子の事、お願いね?私は無事に産んであげる事しか出来ないけど、大丈夫。例え私がいなくなったとしても、二人のこと、ずっと傍で見守ってるから……―

 

 

 

 

 

 

──不意に脳裏を過ぎったのは、窓から寂しく吹き抜ける風で膨らんだ白いカーテンが揺れる、とある病室の風景。

 

 

ベッドの上で大きくなった腹を優しく撫で、しかし哀しげに微笑む最愛の人の姿を思い浮かべた瞬間、シープイレイザーは息を拒み、力無く首を横に振った。

 

 

『ダメ、だ……駄目なんだ……そんな悠長にしてられる時間なんて、ない……俺にはもうっ、この力に縋るしか道はないんだァあああああああああッッ!!!!』

 

 

「ッ!?くっ!」

 

 

頭を掻き毟っていきなり絶叫を上げた直後、シープイレイザーは再度両腕を伸ばして響へ飛び掛かっていく。それを見て響も咄嗟に構えを取り、慌てて飛び退いた響が立っていた場所にシープイレイザーの拳が突き刺さるが、シープイレイザーはそのまま地面を捲りあげるように刺した腕を振り上げ、響に巨大な破片を投げ飛ばした。

 

 

(地面を……!でもこの程度ならっ!)

 

 

一瞬驚きはすれど怯む事なく、力強く地を踏み締め、握る拳を勢いよく振り抜いて正面から迫る巨大な破片を意図も容易く粉砕する。が、それは向こうにとってただの目眩し。粉微塵になった無数の破片の向こうからシープイレイザーが飛び出し、そのまま伸ばした両手で響に掴み掛かり捕らえようとするが、響はその腕を掻い潜るように瞬時に身を屈め、シープイレイザーの溝に再び頂肘を叩き込んで膝を着かせた。

 

 

『があぁッ!!ッ……ま、だ……だぁっ……!』

 

 

「も、もう止めて下さいっ!どうして其処まで──?!」

 

 

それでも尚、シープイレイザーはふらつきながらも起き上がり、平手打つように両腕を振りかぶって何度も何度も響に襲い掛かっていく。それらを避けながら必死に説得を続けようとする響だが、シープイレイザーは聞く耳を持たず何かに取り憑かれたかのように執念深く平手を振るって響を捉えようとし、話が通じない。

 

 

……こうなったら致し方ない。響は素人同然の動きで髪の毛一本触れる事さえ出来ずにいるシープイレイザーの攻撃を身軽に躱し、相手の首筋に手刀を打ち込み気絶させようとするが、シープイレイザーは身体をぐらつかせながらも歯を食い縛ってそれに耐え、響に乱雑に裏拳を放つ。

 

 

しかし素早く身を屈めて裏拳を躱し、真下から打ち上げるように放った響の掌底が顎に打ち込まれ、膝から崩れ落ちて意識を一瞬手放し掛ける。が、それでもシープイレイザーは完全に意識を手放す寸前で踏み止まり、再び響に腕を伸ばして懲りずに襲い掛かっていく。

 

 

(ッ!何度打ち込んでも起き上がって来る……!この人っ──!)

 

 

『ま、けっ……!まげられな、い……!負けられないんだっ、俺はっ……!!絶対にィイイイイイイイイイイイイイイイッッッ!!』

 

 

負けられない。負ける訳にはいかない。湧き上がる感情が高まる毎に、心臓の鼓動が、全身の血の巡りが早く、早く、早く、力が増して強くなる。がむしゃらに振るうだけの両腕が速さを増し、翻弄されてばかりだった響の動きにも次第に目で追えるようになり、何処へ予測して攻撃すれば的確にその動きを捉えられるか掴めるようになってきた。

 

 

突き出した爪が躱されるが、それでも僅かに響の頬を掠め血を吹き出す。着実に相手の動きを捉えて攻撃を当てられるようになりつつあるシープイレイザーに対し、響も頬を伝う生暖かい感触を感じながら内心驚きを禁じ得ずにはいられなかった。

 

 

(こっちの動きに付いて来れるようになってる……!成長してるんだ……!私と戦いながら、少しずつっ……!)

 

 

少し前まで目も当てられぬ程の有様だったシープイレイザーの動きが戦いを通して少しずつ、しかし着実にキレが増して鮮麗されつつある。その成長具合は目を見張るものがあり、相対する響から見ても、何れこちらが押されるようになるかもしれないと焦りを覚える程だ。

 

 

このままでは拙い。そう感じた己の直感は恐らく間違いでないと悟った響は急ぎシープイレイザーとの勝負を付けなければならないと逸り、先程よりも力を加えて相手の急所を狙い意識を狩ろうと試みる。

 

 

しかし、どれだけ急所を打ち込まれ、何度気を失い掛けてもその度に起き上がり、無様に這いつくばりながらも響に食らい付こうとするただならぬ執念、その不屈の精神を折る事が叶わない。やがて響の狙いが急所だけだと向こうも気付き出したのか、シープイレイザーは響の放つ手刀や掌底を次第に躱せるようになり、回避と同時に咄嗟に放った拳が響を捉え、響が瞬時に構えたガードの上に叩き込まれ後退りさせていった。

 

 

「ぐううっ!!」

 

 

『あ、当たった……?!よ、よしっ、これなら……!!』

 

 

戦えている。これならやれるハズだと己を鼓舞し、シープイレイザーはこの流れを逃すまいと響に突撃して更に畳み掛けようとする。それを見た響も苦い表情を浮かべて痺れが走る両腕で構えを取るが、立て続けに振るわれる打撃の嵐の前に徐々に余裕が失われていき、シープイレイザーが放った貫手を紙一重で躱した瞬間、反射的に振り抜いた鋭い拳がシープイレイザーの鳩尾に突き刺さり、勢いよく殴り飛ばしてしまった。

 

 

『ガ──ァアッ……!!?』

 

 

(っ?!し、しまった!つい咄嗟にっ……!?)

 

 

追い込まれるあまり、無意識に放ったカウンターの一撃に想定以上の力を込めてしまった。響は焦りを浮かべて自分の拳と殴り飛ばされたシープイレイザーを交互に見ると、シープイレイザーはグッタリと地面に倒れたままピクリとも動かない。もしや今の一撃で気を失ったか、或いは……。

 

 

脳裏を一瞬掠めた最悪の事態を想像して寒気を覚え、響は一先ずシープイレイザーの安否を確かめるべく慌てて近付こうとするが、しかし……

 

 

 

 

 

───倒れ伏したシープイレイザーの身体から不意に赤い火花が走り、直後、凄まじい爆音と共にその身体から莫大なエネルギーの濁流が溢れ出したのである。

 

 

「!な、なに?!」

 

 

『───ぅ…………ゥウ…………ゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウッッ…………!!!!』

 

 

まるで嵐のように凄まじい突風が突如吹き荒れ、響は困惑を露わにしながら両腕を顔の前で交差させて吹き飛ばされないように必死に踏み止まる。そんな中、シープイレイザーから放出されるエネルギーの一部が稲妻と化して辺り一帯に撒き散らされていき、街灯の照明ランプが粉砕され、ビルの壁や地面を穿って徐々に被害を広げつつあった。

 

 

「これって……?!」

 

 

「響さん!」

 

 

「い、一体何事デスか、これ?!」

 

 

荒れ狂う稲妻が街を破壊していく中、ノイズを掃討して響の元へ駆け付けた調と切歌はその惨状を目の当たりにし、稲妻の発生源であるシープイレイザーに目を向ける。其処には溢れ出るエネルギーを抑止出来ずに稲妻を放つシープイレイザーがユラリと上体を起こし、顔を上げたその瞳が濁った血のように赤く輝き、腕や足などの筋肉が不気味に流動して変質しつつある姿があった。

 

 

「あれってまさか、今までのノイズイーターみたいに暴走を始めてる……?!」

 

 

「と、という事は、またあのとんでもパワーアップをするって事デスか?!」

 

 

「ッ……!気をしっかり持って下さい!このままじゃ、貴方が貴方である事さえ無くなって……!!」

 

 

『ゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウッッ……!!!!』

 

 

このままでは今までのノイズイーターの時と同様、自我を失ってしまった彼を倒す事でしか止められなくなってしまう。そうなる前にどうにか正気に戻そうと響が必死に呼び掛けるも、先の響の一撃で既に意識を手放しているシープイレイザーは高まり過ぎた力だけが暴走し、溢れ出るエネルギーに自我まで飲み込まれ掛けている状態にある。

 

 

響の声も届かず、強まる力に身体を突き動かされるようにシープイレイザーはユラリと起き上がり、一歩踏み出した足から赤い光が拡散して地面に亀裂を走らせていき、直後に耳を聾する程の炸裂音と共にアスファルトが破裂し無数の破片が宙に飛び散る。

 

 

稲妻を散らす膨大なエネルギーを全身から発し、離れていても気を抜けば押し潰されてしまいそうな重圧感を放って徐々に迫るシープイレイザーを目にした調と切歌は顔を強ばらせながらそれぞれアームドギアを構えて迎撃態勢を取るが、響は臆することなく、諦めずに叫び続けた。

 

 

「自分を見失わないで!貴方のやりたい事はこんな事じゃないハズ……!力になんかに飲み込まれないで!!」

 

 

『ヴゥアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーッッ!!!!』

 

 

あの人はまだ引き返せる。その心を怪物に堕とす訳にはいかない。その一心から必死に呼び掛ける響の声を掻き消すかのように大地を震わせる程の雄叫びを上げ、シープイレイザーは頭から生える両角に全身から放出されるエネルギーを収束させて光弾を徐々に形成していき、止まる気配はない。

 

 

やはりダメなのか。これまでのノイズイーターのように、拳を振るって倒す事でしか止める手はないのか。響は悲痛な面持ちで俯き、僅かに逡巡した末、躊躇い気味に両手の拳を構えて迎撃態勢を取っていく。そして赤い眼で響達を睨み付けるシープイレイザーも口から白い吐息を漏らし、両角にエネルギーを溜めていく中、不意に、目の前に映る視界が別の景色へと移り変わった。

 

 

何処かの病室。優しく撫でられる膨らんだお腹。哀しげに微笑む女性の顔の顔がノイズ混じりに過ぎる。まるで、今の自分を踏み止まらせようと訴え掛けているかのように。

 

 

──煩わしい。目障りだと、怪物としての本能がその情景を不要と断じる。

 

 

欲しいのはより強い力。何者をも捩じ伏せられる絶対の力のみ。その邪魔立てをするというのなら、この情景すらも焼却してより強い力に変え……

 

 

 

 

 

 

―…………やめ…………ろ…………―

 

 

 

 

 

 

……心の内から、何か、微かに声が聞こえたような気がする。羽虫が飛び回る羽根の音よりもか細い声。目の前の煩わしい光景を汚そうとする己を制しようとするかのように。

 

 

―やめろ…………やめてくれ…………やめろっ…………!!―

 

 

声が再三、内から響く。が、どうでもいい。構うものか。

 

 

壊し、殺し、犯し尽くす。

 

 

美しく、鮮やかに彩られた、自分達を排他しておきながら続いていく物語が憎い。黒く濁った墨をぶちまけて汚してやりたい。

 

 

脳に絶え間なく響く声なき声。イレイザーとしての本能に突き動かされるまま限界までエネルギーを凝縮した光弾を響達に放とうと大きく身を反らしていくと同時に、身体の底から漲る力で全身の筋肉を膨張させ、イレイザーとしての本来の姿に、新たな自分に生まれ変わろうと変容していく様に身を委ねようと……

 

 

 

 

 

 

『───やめろと言っているんだァあああああああああああああああッ!!!!』

 

 

 

 

 

 

──人格や心、人間だった頃の記憶の名残りに亀裂が走り、全てを塗り潰されてただの獣に堕ちようとした直前、それに抗うように胸の内の奥底から響いていた声が口を衝いて絶叫した。

 

 

直後、全身から溢れ出ていた禍々しく輝く赤いエネルギーが弾けるように拡散してそのまま消滅するかと思いきや、無数の赤い光は不自然に宙でピタリと止まり、再びシープイレイザーの体中に纏わり付くように集まってその全身を赤く染め上げた瞬間、シープイレイザーの肉体が内側から弾け飛ぶように木っ端微塵に吹き飛んだのであった。

 

 

「なっ……?!」

 

 

「い、一体何がっ……?!」

 

 

「イ、イレイザーがいきなり爆発したデスよ?!」

 

 

今度は何が起きているのか、思わぬ事態に驚きと困惑を隠せない響達。これまでもノイズイーターが暴走する様を目にした事は幾度となくあったが、ノイズイーターの身体が前触れもなく爆発するなど初めてだ。

 

 

まさか、暴走して耐え切れずに自壊したのか?そんな一抹の不安を覚える響の視線の先、爆風で舞い上がった土煙の向こうで何かが蠢いた。切歌と調もそれが見えたのか咄嗟にアームドギアを構え、響も固唾を呑む中、土煙が少しずつ風に攫われて消え去り、視界がクリアになっていく。其処には……

 

 

 

 

 

 

『…………っ……?なん、だ……これ……?』

 

 

 

 

 

 

土埃が晴れた先に居たのは、地面に両膝を着き、戸惑い気味に自分の両手を見下ろす大木のように太い巨体を持った薄緑色のイレイザーだった。

 

 

その姿は竜か、或いは悪魔か。背中から岩のように剛強で巨大な翼を生やしたその外見はどちらとも取れる異形の姿をしており、まるでのっぺらぼうのように何もない顔には紋様だけが描かれ、辛うじて目と口の位置が分かるような面貌をしている。

 

 

「な、何デスかアイツは?!」

 

 

「さっきのイレイザー……?姿が変わってるけど、でも今までの暴走みたいな感じじゃない……まさか……」

 

 

「前に蓮夜さんが言ってた、ノイズイーターが進化した姿?!」

 

 

頭から後頭部に掛けて刺々しい角を生やし、顔に描かれているのとは違う赤い紋様が全身にあるその異形……シープイレイザーがその身を変貌させたノイズイーターの進化態、ジャバウォックイレイザーを目にした響達は吃驚を露わにし、一方のジャバウォックイレイザーも己の顔をなぞるように両手で触れ、変貌した自身の姿に動揺を隠せずにいた。

 

 

『これ、まさか……変わった、のか……?俺が、ほんとにっ?』

 

 

まさか本当に自分が進化出来ると思っていなかったのか、ジャバウォックイレイザーは動揺するあまり思わず後退りする。瞬間、地を踏み締めた足から凄まじいエネルギーが放出されて地面を駆け走り、ジャバウォックイレイザーの背後に建つビル四棟を一瞬で木っ端微塵に吹き飛ばしてしまった。

 

 

『なっ……』

 

 

「う、動いただけでビルが……!?」

 

 

「あ、あんなの放っておいたらヤバいってレベルじゃないデスよ?!今の内に何とかしないと!」

 

 

「進化したばかりの今ならまだ、私達だけでも倒せるかもしれない……!切ちゃん!」

 

 

アレがまだ力の一端だとするなら、此処で倒しておかねば後々自分達でも手に負えない脅威になり得るかもしれない。そうなる前にと、恐ろしい破壊力を見て気を逸らせた調と切歌はジャバウォックイレイザーの動きを封じる為に勢いよく飛び出した。

 

 

「ふ、二人とも!待って!」

 

 

「やらいでか、デェェーースッ!!」

 

 

「はぁああああああッ!!」

 

 

『ッ!う、うわああッ?!』

 

 

イガリマとシュルシャガナを振りかざして突っ込む二人を見て響が慌てて呼び止めようとするが、切歌と調の刃は既にジャバウォックイレイザーの首級に狙いを定めて振り下ろされている。迫るザババの刃を前にジャバウォックイレイザーは反射的に顔を両腕で庇って怯んでしまう。そして大鎌と丸鋸が直撃する寸前、二人とジャバウォックイレイザーの間の地面から突如紅の業火が噴き出し、切歌と調を吹っ飛ばしてしまった。

 

 

「ウアゥウッ?!」

 

 

「ぅあああッ!!」

 

 

「き、切歌ちゃん?!調ちゃん!」

 

 

『……ぇ……な、何が……?』

 

 

二人揃って地面を滑るように吹き飛び、倒れ込む切歌と調に響が慌てて駆け寄る。一方のジャバウォックイレイザーも吹っ飛ばされた二人といきなり出現した炎を見て困惑を浮かべていたが、炎が少しずつ薄れ消え去っていくと、中から巨大な右腕を振り上げた態勢で佇む紅の魔人……イグニスイレイザーがその姿を露わにした。

 

 

「!イレイザーが、もう一体……?!」

 

 

『あ、アンタは……』

 

 

『…………』

 

 

前触れもなくいきなり現れたイグニスイレイザーを前に、響は驚愕と共に警戒を強めて倒れた二人を守るように庇い、ジャバウォックイレイザーは目を見張って戸惑いを浮かべていた。そして、イグニスイレイザーは徐に右腕を下ろすと、背後に振り返りジャバウォックイレイザーの姿をまじまじと眺めていく。

 

 

『まさか本当になっちまうとはな……。嬉しい誤算っちゃあそうだが、それにしたって間が悪いにも程があんだろ、お前っ』

 

 

『?え、と……すみません、それは、どういう……?』

 

 

『……こっちの話だ。それより一旦引くぞ。お前が進化態になった今、これ以上此処に留まる必要はねえ』

 

 

『え?い、いやでも、俺まだ敵の一人も倒せていないし、何の役にも立って……!』

 

 

『余計な気遣ってんじゃねえよ。こっちは新しい進化態のお前のデータが取れりゃそれでいいんだ。……手前は手前の願いを叶える事だけ考えてろ』

 

 

『……!』

 

 

相変わらず乱暴な口調だが、最後の一言で彼が自分の身を少なからず案じてくれてるのだと察したジャバウォックイレイザーは口を閉ざし、イグニスイレイザーもそんなジャバウォックイレイザーを横目に鼻を軽く鳴らし、切歌と調を庇う響に目を向けていく。

 

 

『お前もお前でタイミングの悪い奴だぜ、立花響……いや、そっちからしたら逆に運が良い、って言った方がいいのかもなぁ?』

 

 

「!私の名前を?それに運が良いって、どういう……?」

 

 

名乗った覚えのない相手から自分の名前を指された事にも驚きだが、何やら意味深な発言をするイグニスイレイザーに対して怪訝な反応を返す響。しかしイグニスイレイザーはそれに答える事なく、自身とジャバウォックイレイザーの周囲に再び紅蓮の炎を灯していく。

 

 

『今回の所は見逃してやるが、忘れるな。テメェとクロスは必ずやる……それまでその首、今は預けとくぞ』

 

 

直後、炎が二体のイレイザーを包み込むように激しく燃え上がった。そして響が瞬きをした後には二体のイレイザーの姿は何処かへと消え去り、炎の勢いも徐々に弱まって完全に消えてなくなってしまった。

 

 

「消えた……逃げた……ううん、見逃されたって言い方の方が正しいのかな……」

 

 

向こうがどういうつもりだったかは知らないが、もしあのまま二体のイレイザーを相手にする事になっていたら危うかったのはこちらだったかもしれない。ノイズイーターが進化した新たなイレイザーもそうだが、睨まれただけでも思わず身が竦む程の重圧感を放っていたあのイレイザーと戦わずに済んだのは正直運が良かったとは思う。張り詰めた緊張感が抜けて密かに安堵の溜め息を漏らす中、切歌と調が漸くふらつきながらゆっくりと上体を起こした。

 

 

「うっ……な、何が起きたデスかっ……?」

 

 

「二人とも!大丈夫?何処か怪我とかしてないっ?」

 

 

「は、はい、何とか……でも少し、意識が朦朧としてて……一体何が……?」

 

 

先程のイグニスイレイザーの不意打ちで軽い脳震盪を起こしていたのか、二人は先程のイグニスイレイザーに襲われた事も、二体のイレイザーが撤退した事も覚えていないようだ。見た感じ大した怪我はなさそうだが、一瞬とはいえ気を失っていたのだ。本部で他に異常がないか一応診てもらった方がいいかもしれないと考え、響は二人に手を貸して一先ず本部へ帰還しようとした矢先、響達のヘッドギアに本部からの通信が届いた。

 

 

『こちら本部!装者各員、聞こえていますか?!』

 

 

「?はい、こちら響です。どうしましたか?」

 

 

三人の元に届いたのは、何処か切羽詰まった声音の友里の声。そのただならぬ様子に響達の頭上に疑問符が浮かぶ中、別の回線から弦十郎の慌ただしい声が届いた。

 

 

『イレイザー達が撤退したとの報告をこちらも今聞いた。お前達は深追いをせず、至急南西Nポイントに向かってくれ!こちらも情報部と共に現場に向かっているが、現場で上級イレイザーと交戦中だったクリス君と蓮夜君の反応が突然途絶えた!今もまだ二人の安否を確認出来ていない!』

 

 

「っ?!」

 

 

「クリス先輩達が……?!」

 

 

Nポイントで戦っていた筈のクリスと蓮夜の安否、消息が掴めたいという不穏な報せ。本部と弦十郎の口からその報せを受けた響達は思わず息を拒み互いに顔を見合わせると、本部からの通信を繋いだままその場から走り出し、二人が戦っていたNポイントへと急ぎ向かっていくのであった。

 

 

 

 

 

◆◆◇

 

 

 

 

──冷たい風が柔肌を撫で、体の芯から震える程の寒さで意識が覚醒する。目が覚めた先に見えたのは、音を立てて地面を転がる空き缶と、その傍を走り回る小汚いネズミの姿だった。

 

 

「……っ…………ここ、は…………」

 

 

薄汚れた地面の上に私服姿で横たわったまま重い瞼を上げ、朧気にそう呟いたのはクリスだ。いつの間に倒れていたのだろうか、ズキズキとやけに鈍い痛みが頭の裏で疼く。後頭部を抑えながら冷え切った身体を起こそうとするが、何故か酷く身体が重い。それでも地面に手を突いてどうにか立ち上がり、漸く身を起こしたクリスは怠そうに溜め息を漏らした。

 

 

「っ……なんだ、一体……あたしは確か、さっきまで……っ……」

 

 

妙だ。急に意識を失っていたのもそうだが、やけに頭痛が酷く目眩もする。視界がぐにゃりと歪んで焦点が定まらず、俯いた顔を手で覆いながら深呼吸を繰り返し気分を落ち着けて回復を試みようとするが、深呼吸を繰り返していく内に何やら酷い悪臭が鼻を突き、うっ、と思わず鼻を抑えた。

 

 

(く、くっせぇっ……何だよこの臭い……!)

 

 

あまりにも酷い臭いに鼻が曲がりそうだ。しかしその刺激臭によって目覚めたばかりで覚醒し切ってなかった頭が少しずつ冴えていき、同時に目の前の視界が徐々に元に戻り、目眩も治まっていく。どうやら一時的なもので、ある程度時間が経てば自然に回復出来る程度の症状だったようだ。

 

 

ホッと安堵の溜め息を吐き、クリスは漸く視界が戻った顔を上げて前を向くが、直後、その目が徐々に大きく見開かれていき、顔色も次第に驚愕へと染まっていってしまう。

 

 

何故なら彼女が目にした視界の先は、先程まで自分達がイグニスイレイザーと死闘を繰り広げていた筈の夜の公園ではなかったのだ。

 

 

消え掛けの証明が心持たない光で暗闇を照らす、何処かの街中の薄暗い路地裏。

 

 

ゴミ捨て場に積み重なるゴミの山と、排水口から漂うドブの臭いが入り混じったようなキツイ悪臭が鼻を突く。先程から漂っていた臭いの正体はこれだったらしく、クリスは鼻を抑えたまま険しい表情で周りを見渡していく。

 

 

「何だここ、どうなってんだ……?確かあのイレイザーと戦ってて、それで……」

 

 

見覚えのない場所でいつの間にか倒れていた事に困惑し、目覚めるまでの事を思い出そうとする。意識を失う前、覚えている限りでは、確か自分は負傷した蓮夜を庇いイグニスイレイザーの前に飛び出したまでは良かったが、イレイザーに対抗する術を持たない自分が奴に勝てる訳もなく、危うく蓮夜と共に消し去られ掛けた筈だった。

 

 

しかし、何故かイグニスイレイザーは寸前の所で自分達にトドメを刺すのを取り止め、奴が取り出した透明な本から放たれた無数の謎の光る文字に自分達は包み込まれたハズ。

 

 

眩い光が視界を覆い尽くした所までは微かに覚えてはいるのだが、其処から先の記憶は全く思い出せず、恐らくその時に意識を失ったのだろうとクリスは推測する。

 

 

(そういえばあのイレイザー、確か此処とは違う所で決着を付けるとか言ってたような……まさか、あの光でどっか別の場所に跳ばされたってのか?)

 

 

あの口振りからして、奴は何が何でも蓮夜を仕留めようと固執している感じだった。ともすると誰の邪魔も入らない、S.O.N.G.の介入が届かない場所にあの透明な本を使って自分達を転移させたという事だろうか。以前自分達が戦った錬金術師達も転移の道具を使っていたし、そういった力を奴らが使えても不思議ではないが、しかし、何故蓮夜を倒せた筈の場面で奴はそんな回りくどい事を……

 

 

「……いや、待て……そういえば、アイツは?!」

 

 

あの時、傍には自分を庇って負傷した蓮夜が倒れていた筈だ。意識を失う寸前で一緒にあの光に包まれていたのを覚えているし、共に跳ばされていたとしても可笑しくはない。彼が急いで治療をしなければならない程の危うい状態だった事を思い出し慌てて周囲を見回すが、周りには自分以外に誰もおらず、蓮夜の姿も見当たらない。

 

 

「まずいぞ、あのままじゃアイツ……!とにかく本部にも連絡取って、早くアイツを見付けねえと……!」

 

 

此処が何処かは分からないが、一緒に転移させられたのだとしたら近くにいるかもしれない。そう思い至ったクリスは蓮夜を探す為に明かりが微かに見える路地の方に向かって急いで走り出しつつ、本部に連絡して今の自分の現位置を調べてもらおうと、懐から取り出した端末を操作しS.O.N.G.に通信を繋いでいくのであった。

 

 

 

 

 

◆◇◇

 

 

 

 

 

クリスが街へ飛び出した所、周りは知らない建物ばかりが建ち並び、一切見覚えのない街風景が広がっていた。途中で通り掛かった立派な校舎の高校の学校や、遠くに見えるメゾネットタイプのタワーマンションなど自分が暮らしていた街では見掛けなかったし、何よりも街中に漂う空気からして何もかも違う。最初に感じたその違和感だけで此処が自分の慣れ親しんだ街ではないとすぐに分かり、やはり何処か別の場所に跳ばされたかもしれないという読みは間違っていなかったようだ。

 

 

携帯の時刻を見ると、現場に着く前にチラッと確かめた時間から三時間近くは経ち日付も変わっていた。自分達が突然消えてからこれだけの時間が経っていれば本部もきっと血相を変えて自分達の所在を探しているだろうし、何より自分達が消えてからイレイザーと戦っていた後輩達の安否や街の被害も気になる。蓮夜を探し回ってる内に人気の少ない夜の住宅街に迷い込んだクリスは、先程から本部と連絡を取るべく耳に当てた専用の端末から通信を繋ごうとしているのだが……

 

 

「……畜生、全然繋がんねぇぞ……!何だってこんな時に!」

 

 

ザザザザァー!と、耳から離した端末から聞こえてくるのは耳障りなノイズばかりで、クリスは思わず毒づく。先程から何度本部に連絡を取ろうとしてもこの調子だ。もしやあの転移の際に故障でもしたのか?携帯の方から連絡しようとしても似たような状態になって使い物にならず、端末を仕舞ったクリスは忙しなく周りを見渡していく。

 

 

(本部と連絡が取れないんじゃ、仮にアイツを見付けれたとしてもすぐに応急処置が出来なきゃ意味ないぞ……!あたしはそこんとこてんでだし……ってかアイツもアイツで何処いったんだ!あんな怪我じゃそう遠くへは行けねぇ筈だろうに!)

 

 

跳ばされる前に近くにいた事から、自分が転移したあの場所の周辺近くに同じように倒れているかもしれないと思い必死に探し回ったものの、それらしき人影は見当たらなかった。まさか此処へ跳ばされたのは自分だけで、蓮夜はまた違う街に転移していて分断させられたのではないか?焦る気持ちからそんな嫌な想像まで掻き立てられてしまうが、それを振り払うように激しく頭を振り、胸に手を当てて深呼吸を繰り返す。

 

 

(落ち着け、焦るな。今此処にいるのはあたしだけなんだ。冷静さを欠いたって何にもならない。本部の助力が望めないなら、現地にいるあたしが落ち着いて対処するしかな──)

 

 

 

 

 

「いやああああああぁぁぁぁーーーーーーっっ!!!」

 

 

 

 

 

「……?!何だ……悲鳴?」

 

 

焦る気持ちを落ち着けて行動方針を改めようとしたその時、何処からともなく絹を裂くような悲鳴が聞こえてきた。驚きと共に思わず振り返った先には薄暗い闇しか見えない。クリスは一瞬此処で時間を労するべきか否か躊躇するも、やはり声の主を放って素知らぬ振りは出来ず、悲鳴が聞こえた方へと急いで走り出していった。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

「──な、何なんですかぁ!何なんですかあの変な人達?!どうして私達を追い掛けて来るんですかぁ?!」

 

 

「俺が知るかそんなこと!良いから走れ!何か見た目からしてヤバそうだぞアイツら!」

 

 

その一方、クリスが耳にした悲鳴の主と思われる人物……星形の髪飾りを前髪に着け、赤い長髪からアホ毛の少女は黒い短髪の目付きの悪い少年と共に、何かから逃げるように暗がりのせいで足元も碌に見えない、粗いアスファルトの道を必死に駆け抜ける姿があった。赤髪の少女の先頭を走る目付きの悪い少年は彼女の手を取ってカーブミラーのある曲がり角を曲がり、背後に肩越しに振り返ると、其処には……

 

 

『──ァアアアアアアアッ……!!』

 

 

『ゥオアアアアアアア……ッ!!』

 

 

「クソッ……!まだ追ってきやがる!」

 

 

まるでゾンビのように大振りの動きで、ゾロゾロと二人の後をしつこく追い掛けてくる薄気味悪い外見の異形の群れ……上級イレイザーの分身であるダスト達を見て目付きの悪い少年は舌打ちし、何とか奴らを振り切るべく、次の曲がり角を曲がってダスト達を蒔こうと走るスピードを更に上げるが、しかし……

 

 

「ぁ、きゃあぁッ?!」

 

 

「ッ!五月?!」

 

 

次の曲がり角を曲がった瞬間、目付きの悪い少年に腕を引っ張られる少女が角を曲がり切れず、勢いあまって足をもつれさせ転倒してしまったのである。少年は倒れた少女を見て慌てて駆け寄るが、其処へ角の向こうから這うように顔を出したダスト達が二人に追い付いてしまう。

 

 

その不気味な挙動で迫る異形の群れを前に少女も「ひいっ……!」と短い悲鳴を上げて涙目になりながら見る見る内に顔色も青ざめていき、小刻みに身体を震わせながらその場に力無く座り込み、動けなくなってしまった。

 

 

「お、おい!腰を抜かしてる場合じゃないだろ?!奴らがもうすぐ其処に……!」

 

 

「む、無理ですぅ!あ、足が震えて……!」

 

 

「っ……!」

 

 

両腕を軽く引っ張って起き上がらそうとしても立ち上がる事が出来ない少女に、目付きの悪い少年も躊躇った様子で彼女とすぐ其処にまで迫るダスト達を交互に見る。拙い、拙い。どうするべきか。焦りを浮かべながら瞼を閉じて僅かに悩む素振りを見せた後、少年は額から汗を滲ませて目を開き、彼女を庇うように前に出て両手を広げた。

 

 

「う、上杉君……?!わ、私の事は良いですから!貴方だけでも……!」

 

 

「良いワケねぇだろ……!ただでさえアイツ等もいなくなったってのに、その上お前の身にまで何かあれば、俺はいよいよ教師としてお前らの父親に顔向けが出来ん!」

 

 

「で、ですが……!」

 

 

よく見れば、少女を庇う少年の手は恐怖が滲み出て微かに震えている。普段の彼らしくもない、危険を前に身を張って自分を守ろうとする少年のその背中を見て赤髪の少女は悲痛な表情を浮かべ、そんな二人へと地獄の底から漏れるような呻き声を上げてダスト達が一斉に襲い掛かる。迫り来る異形の群れを前に、少年も思わず目を背けて歯を噛み絞めた、その時……

 

 

 

 

 

 

「──Killiter Ichaival tron……」

 

 

「……は……?」

 

 

「え……歌……?」

 

 

 

 

 

不意に何処からともなく、美しい歌が響き渡った。この危機的状況に似つかわしくない、場違いとも取れるほど透き通った歌声を耳にした少年と少女が思わず顔を上げた瞬間、二人の頭上を誰かが赤い光を弾かせながら信じられない跳躍力で飛び越え、そのまま少年に襲い掛かろうとしたダストの顔面に飛び蹴りを叩き込んだ。

 

 

そのまま力強く蹴り飛ばされたダストはまるでボウリングの球のように後方にいる他のダスト達を薙ぎ倒していき、少年達の前に着地した赤い光……シンフォギアを身に纏ったクリスは二人を守るようにダスト達と対峙していく。

 

 

「どうにか間に合ったみてーだな」

 

 

「ぇ、えっ……ええっ?!」

 

 

「な、何なんだ、お前?!」

 

 

「何だっていい!それよりも早くソイツを連れてとっとと逃げろ!巻き添え喰らっても責任取れねぇぞ!」

 

 

いきなり現れてダストを蹴り飛ばしただけでなく、やけに肌気の多いアンダースーツの上に仰々しいアーマーを纏うクリスの格好を見て驚きと動揺が隠せない少年の問い掛けを無視し、クリスは両腰部のアーマーから射出した二丁のハンドガンを掴み取り、すかさずダスト達に目掛けて発砲した。

 

 

「うぉお?!」「きゃあ?!」と突然の銃声に驚く声が背後から聞こえるが、そちらに意識を向けている余裕はない。銃弾に撃ち抜かれ、身体に風穴を開けられたダスト達のダメージがたちどころに修復されてしまう。やはり『記号』を持たない自分では倒し切る事は不可能なのか、クリスは己の力の足らなさに思わず舌打ちしながらもダスト達を近付けまいと銃撃を続けていき、それでも近付くダストは足払いを掛けて転倒させ、足を撃ち抜いてほんの僅かでも動きを封じていく。

 

 

一方で、目の前で繰り広げられる現実離れした状況を未だ飲み込めていない少年と少女はそんなクリスの戦いぶりを見て呆気に取られた顔で固まっており、立ち尽くす二人を見てクリスが怒号を飛ばす。

 

 

「何やってんだっ!今の内に早く逃げろっ!」

 

 

「……っ!あ、あぁ……五月、いくぞ!」

 

 

「え?で、でも……!」

 

 

「いいから!」

 

 

状況は何一つ分からなくても、クリスが自分達を助ける為に必死に戦っている事だけは分かり、少年はクリスの身を案じる少女の手を取って反対側の道へと走り出した。

 

 

「行ったか……にしても、何でコイツらがこんな所に……!」

 

 

二人が逃げたのを確認し、クリスは改めてダストの群れと対峙する。蓮夜とあのイレイザーの話からして、コイツらは上級イレイザーから生み出される分身体。ならば自然発生で現れたという線はないだろうが、だとしたら何故こんな所にこれだけの数が?

 

 

キナ臭い何かを感じつつも、コイツらに真正直にその疑問をぶつけても、それに答えてくれるような知性を欠片でも持っているようには見えない。ならば今はあの二人が逃げ切れるまで此処でコイツらを足止めする事だけ考えねばと、クリスは両手のハンドガンの狙いをダスト達に定めて再び発砲しようとするが、その時……

 

 

「ぐぁああっ!?」

 

 

「上杉君!!」

 

 

「?!」

 

 

背後から悲鳴が聞こえ、振り返ったクリスは目を見開く。先程逃がせたと思えた少年が血が伝う口元を抑えて壁にもたれ掛かるように座り込み、そんな彼の傍に赤髪の少女が目尻に涙を浮かべながら駆け寄っていく姿が見えた。そして、暗闇に包まれた曲がり角の向こうから、ゾロゾロと新たなダスト達が現れて二人に迫る姿も。

 

 

「別の群れ?!まだ行ったってのか!クソッ……!」

 

 

すぐさま二人の救出に向かおうと走り出す。が、それを阻むように今まで足止めをしていたダスト達に囲まれて思うように身動きが取れず、その間にも二人の方に現れた別のダスト達はジリジリと少年と少女に迫り、二人を壁際にまで追い詰めていく。

 

 

『コォォアアアアアアアッッ……!!』

 

 

「う、上杉君っ……!」

 

 

「ぐっ……!(クソッ、どうするっ?塀の向こうになら逃げられるだろうが、二人一緒じゃ間に合わねぇっ……ならせめて、コイツだけでも……!」

 

 

醜い口から白い吐息を漏らしながら迫るダスト達を前に、少年は恐怖で震えるあまり自分の服を強く掴んで放さない少女と、自分達のすぐ後ろの塀の向こうを一瞥する。自分が踏み台になれば、彼女一人を持ち上げて逃がす事ぐらいは辛うじて出来るか。さしあたっての問題は踏み台になる自分の腕の筋力が、果たして彼女の体重に耐えられるか否かだが……などと失礼な考えは今は頭の片隅に退け、少年は少女に塀の向こうへ逃げるように伝えようと口を開き掛けた、その時……

 

 

 

 

 

『Code x…clear!』

 

 

 

 

 

先程の歌とは違う、無機質な電子音声が鳴り響く。直後、少年と少女へ迫るダスト達の身体を蒼い一筋の光が横薙ぎに斬り裂き、ダスト達は断末魔を上げる間もなく爆散し、消滅したのであった。

 

 

「ひぅッ!……ぇ、えぇっ……?」

 

 

「こ、今度は何だ……?!」

 

 

いきなり爆散したダスト達を見て何が起きたのか分からず混乱し、少年はクリスの方を見やった。もしや今のは彼女の仕業かと一瞬思ったが、クリスは周りを取り囲まれて未だ自由に身動きが取れず、爆散したダスト達を見て同じように驚きを浮かべている。つまり、彼女の仕業ではない。

 

 

ならば一体?少年がダスト達が爆発した跡の炎に視線を戻すと、徐々に火の勢いが弱まっていく炎の向こうで何かが動くのが見えた。

 

 

燃え盛る炎の向こうに俯き加減に佇み、深く静かに呼吸を繰り返す蒼い影。

 

 

赤い複眼を闇夜の中で輝かせ、仮面で覆った顔をゆっくりと上げる戦士の姿を目にし、クリスが驚きと共に叫んだ。

 

 

「お、お前?!」

 

 

『…………』

 

 

驚くクリスの声に応えず、蒼い影の戦士……クロスに変身した蓮夜は無言のまま少年と少女に顔を向けると、視線を向けられた二人はビクッと身を竦ませる。

 

 

ジッと二人を凝視し、少年の口元以外に外傷がないのを確かめて視線を外したクロスは二人を背に隠すように前に出ていくが、スーツで肌が擦れた右腕に引きちぎられるような激痛が走る。

 

 

仮面の下で顔を歪め、あまりの痛みで思わず漏れそうになる声を噛み殺し、瞬時に蒼い光を纏った片脚で地面を軽く蹴り上げたクロスはダストの群れの中へ飛び込むと共に、クリスの近くに立つダストの一体に左腕で肘打ちを打ち込み吹っ飛ばした。

 

 

『ガァアアアアアアッ!?』

 

 

「ッ!お、おい……!お前、動いて平気なのかよ?!さっきの怪我は──!」

 

 

『……彼等を頼む……この場は任せてくれ……』

 

 

「は?や、じゃなくって怪我……!オイ、ちょっ、人の話聞けよッ!」

 

 

全然噛み合わない会話で少年と少女の事をクリスに任せ、勢いよくダスト達に向かって飛び出したクロスは鋭い回し蹴りを振るい、戦闘を開始していく。

 

 

対するダスト達もクロスに標的を絞って奇声を上げながら襲い掛かるが、クロスは蹴りを主体としたスタイルで対抗し、背後から飛び掛かろうとした数体のダストを上段回し蹴りで纏めて粉砕し、サイドキックでコンクリートの塀に押し付けたダストを捉える右脚に蒼い光を注ぎ込んで脚力を強化し、そのままダストを踏み潰すように絶命させた。

 

 

ダストを潰した右脚をゆらりと下ろし、鈍い輝きを放つクロスの赤い複眼をゆっくりと向けられて他のダスト達も後退りする中、クロスは左手で左腰のホルダーからカードを取り出しながらバックルから立ち上げたスロットにカードを装填し、片手でスロットを押し戻した。

 

 

『Final Code x……clear!』

 

 

電子音声が鳴り響いた直後、クロスの全身が蒼く発光して凄まじい速さで動き出す。目にも留まらぬ速さでダスト達の間を素早く駆け抜けながら、すれ違い様に鋭い左フック、後ろ回し蹴りを相手の急所に叩き込み、流れるような動きから最後の一体に飛び蹴りを打ち込んでいった。

 

 

『ギィイッ?!ガッ……ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!!!』

 

 

最後の一体の背後に身に纏う光を消してクロスが現れたと同時に、ダスト達は連鎖的に断末魔を上げながら爆発していく。そして最後の一体の消滅を背中越しに確認すると、クロスはダスト達が爆散した残り火を見下ろしながら漸く張り詰めた気が解けたように一息吐いた。

 

 

(ッ……あっという間かよ……やっぱりあたしとじゃ元々が違うって訳か……アイツとは……)

 

 

自分があれほど苦しめられたダスト達を五分足らずで殲滅したクロスを見て、クリスは胸中に湧く仄暗い感情から眉を顰め、悔しさに耐えるように唇を噛み締める。が、その時……

 

 

『……ッ……グッ、うぅッ……!』

 

 

―ドシャッ!―

 

 

「……?!お、おい!」

 

 

残り火を見つめていたクロスが突然右腕を抑えながら呻き、そのまま変身を解除して蓮夜に戻りながらその場に蹲ってしまったのだ。いきなり苦しみ出した蓮夜を見てクリスも慌てて駆け寄ると、蓮夜が抑える右腕を覗き込んで息を拒んだ。

 

 

まともに応急処置すらしていなかったのか、重度の火傷で焼き爛れた皮膚は時間の経過で最初に見た時より更に酷く悪化し、肉が裂けて骨が覗き見えていた傷口も今の戦闘で激しく動き回ったせいか、傷が広がって夥しい量の血が肌を塗り潰していた。

 

 

「お、まえ……こんのっ、馬鹿っ!こんな状態で戦う奴があるかよっ!死にたいのかっ?!」

 

 

「ッ……そんなつもり、は、ないんだが……それよ、り……お前は、無事かっ……?奴に受けた傷はっ……?」

 

 

「あんなの傷の内に入るかっ!こっちはあれ以上に死ぬような目に何度も遭ってんだっ!あれくらいでどうにかなる訳ねえだろっ!」

 

 

「……そ、か……要らぬ心配、だったか…………よかった……」

 

 

「っ……お前っ……!」

 

 

額から脂汗を滲ませて顔色も青掛かり、相当に辛そうなのが分かる。そんな怪我を負わせた要因を作ったのは自分なのに、その事を責める所か、無事を聞いて心底安堵したように溜め息を吐く蓮夜の横顔を見て、クリスは苛立ちとも何とも言えない感情に苛まれて顔に険しい色をひらめかせるが、其処へ……

 

 

「……あ、あのっ」

 

 

「……!」

 

 

背後から緊張で上擦ったような声を掛けられ、振り返る。其処には先程自分と蓮夜が助けた、頭頂部からピョコンと生えたアホ毛と前髪に付けた星型のヘアピンが特徴的な赤髪の少女が何やら真剣な面持ちで佇む姿があり、そのすぐ後ろには、事の成り行きを見守るように彼女の傍らに立つ目付きの悪い少年の姿もあった。

 

 

「お前ら、まだ……」

 

 

「その……危ない所を助けて頂いて、ありがとうございます……おかげで私も彼も助かりました……」

 

 

ペコッと、未だ目の前で起こった現実離れした状況に戸惑いを隠せていない様子だが、それでも律儀に頭を下げて助けてもらった事に対して赤髪の少女は感謝の言葉を口にする。しかし傍らに立つ少年が所在なげに視線を泳がせているのに気付くと「ほら、貴方も!」と怒り気味に促し、叱られた少年は「うっ……」と気が進まなさそうな反応を見せた後「……どうもな」と無愛想そうに頭を下げるが、クリスはそんな二人から顔を逸らして眉間に皺を寄せた。

 

 

(拙いな、本部とも連絡が取れないんじゃ事後処理も望めないっ……。秘匿のシンフォギアをこれ以上無関係な人間に知られる訳には──)

 

 

こういった事件に巻き込まれた人間の保護や口止めなどは本来S.O.N.G.の役目なのだが、本部と連絡が付かない現状、これ以上この二人と関わり合いになる訳にはいかない。

 

 

口を閉ざして黙り込むクリスの背中を見て、赤髪の少女は頭の上に疑問符を浮かべながら「あの……?」と再び声を掛けるが、目付きの悪い少年はクリス達に向ける懐疑的な眼差しを隠そうともしない。

 

 

そんな二人を無視し、クリスは持参していたハンカチを取り出して蓮夜の右腕の傷口に巻いた後、蓮夜の腕を肩に回してすっと立ち上がり、そのまま二人に何も応えずに蓮夜を抱えながら空高く跳躍し家の屋根から屋根へと跳び移りながら逃走していった。

 

 

「あ、ああ?!待って下さい!貴方達にはまだお聞きしたい事が!」

 

 

「おいっ、もういいだろ五月……!あんな見るからに変な連中に関わったら絶対ロクな事になんねぇぞ、またさっきみたいな目に遭ったらどうすんだ!」

 

 

「でもあの人達なら何か知ってるかもしれないじゃないですか!ずっと手掛かりも掴めないし、もしかすると一花達もさっきみたいなのに巻き込まれて……!」

 

 

背後から聞こえてくる少女と少年が何かを言い合う声にも振り返らず、クリスは夜の街を翔けながら抱き抱える蓮夜の顔を覗き込む。

 

 

先程の戦闘で少ない体力を使ったせいか、呼吸も心做しか荒らく、先程よりも弱まってるように見える。やはり一刻も早く怪我をどうにかせねばならないが、本部とも連絡が繋がらない以上、今は現地の何処か大きな病院を頼るしかない。

 

 

(頼むからそれまで待ってくれよ……お前に死なれたら、あたしは──っ)

 

 

思わず口を衝いて出そうになる言葉をグッと堪え、クリスは跳び移った次の屋根を先程よりも強く蹴り上げて夜空を翔けながら、空から目を走らせる。

 

 

街を駆け回っていた時にも遠くから見えていたメゾネットタイプのタワーマンションを超えた先に、病院の看板が見えた。彼処なら蓮夜を担ぎ込めるだろうか。問題はこの夜も深い時間に急患を受け入れてもらえるかどうか……。

 

 

気掛かりは拭えないが、足を止めてる時間も惜しい。仮に駄目なら次を探すしかないと考えながらクリスは蓮夜の腕を担ぎ直し、スピードを速め、漸く見付けた病院へと急ぎ向かっていくのであった。

 

 

 

 

 

 

第五章/不協和音×BANGBANG GIRLの憂鬱 END

 

 

 


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