戦姫絶唱シンフォギア×MASKED RIDER 『χ』 ~忘却のクロスオーバー~   作:風人Ⅱ

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第六章/五等分のDestiny×紅弾の二重奏(デュエット)

 

 

──頬に触れる風の感触に起こされるように、蓮夜は目覚める。何だか随分と長く眠ったような感覚が体全体を支配して心地のよい痺れさがあり、重い瞼をこじ開けると、最初に視界に飛び込んだのは見覚えのない白い天井だった。

 

 

「…………?…………??」

 

 

見慣れない天井を見て、最初はただ瞬きを繰り返していただけだった蓮夜の表情が段々と訝しげに歪んでいく。

 

 

何だ此処は……自分は今何処にいる?いやそもそも、自分はいつの間に眠っていた?

 

 

頭の中が次々と浮かび上がる疑問で埋め尽くされ、状況が飲め込めず、困惑の感情が先立って実際に疑問を口に出す余力もない中、再び風が吹き抜けて頬を撫でた。

 

 

目だけ動かすと、開け放たれた部屋の窓から吹く風が清潔な白いカーテンを揺らしているのが見え、カーテンの隙間から微かに差す陽射しに目を細めながらも更に視線を巡らせると、自分が一週間前にS.O.N.G.の本部で寝かされていたのと同じような大きいベッドの上に横たわっている事、更には薬品のような鼻を突く匂いが微かに部屋中に漂っているのに気付いた。

 

 

「此処は……病院……?」

 

 

「──目が覚めたみてーだな」

 

 

「!」

 

 

薬品独特の匂いと部屋の様子を観察して得た少ない情報から蓮夜がそう推測する中、聞き覚えのある声を耳にしハッと振り返る。其処には病室の扉を開け、片手に何かが入ったビニール袋を手にして部屋の中に入ってくるクリスの姿があった。

 

 

「イチイバル?お前、どうして……」

 

 

「その様子だと、昨日の事は何も覚えてないみたいだな……ま、あたしに運ばれてる途中で意識失ってたし、しょうがねーけど……」

 

 

ほらよと、そう言いながらわざわざ買ってきてくれたのか、クリスはビニール袋を漁って取り出したペットボトルのミネラルウォーターを蓮夜に差し出す。それを見て反射的に右手でペットボトルを受け取ろうとするも、蓮夜は其処で違和感を感じた。動かそうした右腕が何故か胸の前で固定され、右腕自体も何か窮屈なモノに締め付けられているような感じがする。

 

 

思わず目を落とすと、左肩には腕つり用の白いサポーターが掛けられ、更にそのサポーターの中に収まる自分の右腕にも、一週間前まで左腕に付けられていたのと同様の白いギブスが付けられていた。

 

 

「これは……」

 

 

「何処から話したもんか……取り敢えず、あのイレイザーにやられたお前の腕の傷は相当酷かったんだよ。さっきも言ったようにお前も気ぃ失うくらいだったし……。そんであたしに担ぎ込まれたお前の腕を診た医者達が血相を変えてすぐに手術って事になって、そのまま数時間、朝まで治療が続いてな」

 

 

ベッドの傍らに置かれた椅子に腰掛けながら蓮夜の分の水を手渡し、クリスはビニール袋から自分の分の水を取り出してキャップを開けていく。

 

 

「その後どうにか無事に手術も終わって、此処までお前を運んでもらった後にあたしも身体を休めろって看護師に言われてな……其処のソファーを借りて少しだけ休もうとしたんだが、気付いたらいつの間にか寝落ちしてて、目が覚めたら半日も経ってた。んで、気付けに水でも買ってこようと思って下の売店に行って戻ってきたら、お前が目ェ覚ましてて今に至るって訳だ……」

 

 

「……そうだったのか」

 

 

だからなのか、クリスの髪も若干乱れてて寝癖もチラホラ見られるし、声も何処か覇気がなく、目の下にも隈がある。その様相からどれだけ彼女に相当な負担と心配を掛けてしまっていたかを察して蓮夜は申し訳なさそうに項垂れ、ギブスに巻かれた右腕を抑えながらクリスに頭を下げた。

 

 

「すまない、迷惑を掛けて……それと、おかげで助かった。礼を言わせてくれ。ありがとう」

 

 

「…………お前がソレ言うのかよ……」

 

 

「……?」

 

 

頭を下げて謝罪と感謝の言葉を口にする蓮夜だが、クリスはそんな蓮夜から顔を背けてボソッと何事か呟いた。その声を上手く聞き取れず蓮夜が首を捻ると、クリスは顔を背けたまま小さく溜め息を漏らし、気を取り直すように水を一口飲んで蓮夜の方に振り向いた。

 

 

「礼なんていい……そんな事より、一大事だ」

 

 

「?何かあったのか?」

 

 

「本部と連絡が取れねぇんだよ、ずっと。お前が手術している間とか、さっき起きた時にももう一度通信しようとしても全然駄目だった……何がどうなってんだ一体っ」

 

 

そう言ってクリスが通信機を取り出して起動させると、端末機からはノイズが掛かったような音だけが流れて来る。やっぱり駄目かと、クリスは落胆から思わず軽く舌打ちしながら端末機を停止させ、席を立った。

 

 

「昨晩の戦いでギアを使ったし、本部もその反応を探知してる筈だ。なのに未だに応援も連絡もないってのは可笑しいだろ……。まさか、あたし等が抜けた後で何かあったのか……?」

 

 

幾ら響がイレイザーと戦えるようになったとは言え、仮にもしあのイグニスイレイザーと相対したとなれば響達の身に何かあっても不思議はない。もしやあの後、奴に目を付けられて自分達の行方を追えない程の大きな損害を受けたのではないかと心配を覚えるクリスの顔をジッと見つめると、蓮夜は彼女から視線を逸らし、ベッドの反対側の脇に設置されている床頭台の上に置かれたミニカレンダーを見付ける。

 

 

(あれから半日以上も経っているなら、確かに既に俺達の居所を掴んでても可笑しくはない……それなのに本部と一向に連絡が付かないとなると……)

 

 

ミニカレンダーの日付を確認してみると、一見可笑しな所は何もない。しかし細部まで細かく読み込んでいくと次第にある違和感を覚え始め、蓮夜は僅かに眉間に皺を寄せながら目を細めていく。

 

 

「……イチイバル、今は西暦何年だ」

 

 

「……は?何だよ急に?」

 

 

「いいから教えてくれ。お前達の世界は今何年だ」

 

 

「何って、2045年だろ?それが一体……」

 

 

「……そういう事か」

 

 

クリスの応えを聞き、蓮夜は得心が得たとポツリと呟く。そんな蓮夜の反応にクリスが訝しげな表情で小首を傾げると、蓮夜は無言のまま床頭台の上に置かれたミニカレンダーに手を伸ばして掴み、そのままいきなりポイッとクリスに投げ渡した。

 

 

「うおおぅ?!何すんだいきなり!」

 

 

「見てみろ。それが多分、今年のカレンダーだ」

 

 

「はあ?こんなのが何だって──」

 

 

若干強引な物言いに不服さを覚えながらもクリスは言われた通りミニカレンダーに目を落とすが、これと言って特に可笑しな所はなく、何の変哲もない普通のカレンダーにしか見えない。これが一体どうしたというのか、文句を言いたい気持ちを抑え付けながらジッとカレンダーを睨み付けていると、ここ一週間の日付を目で追っていく内にある違和感に気付いた。

 

 

(ん……?今日は、火曜の祝日?何だこれ……確か昨日は土曜だった筈じゃ……?)

 

 

そう、"曜日が違う"。日付は変わって今日は日曜になっている筈なのに、何故かカレンダーは今日の日付を火曜日と示しているのだ。どういう事だ?と困惑を隠せぬまま僅かに視線を動かし、カレンダーの月の上に表記されてる暦を見ると、其処に書かれている西暦は201──

 

 

「……な、んだこれ……お、おい、これって──!」

 

 

信じられないといった様子で動揺を露わに顔を上げ蓮夜を問い質そうとするも、ベッドの上に蓮夜の姿はなかった。「は?」と思わず乾いた声が口を衝いて出て一瞬呆気に取られるが、すぐに正気に戻り慌てて周囲を見回し、振り返ると、部屋の扉の前にいつの間にか私服に着替えた蓮夜が戸に手を掛け、部屋から出て行こうとする姿があった。

 

 

「お、おい?!お前、何処に……!」

 

 

「こんな所に居座ってる暇はない。すぐに出るぞ……急いで戻る方法も探らないといけないからな……」

 

 

「ちょ、待てよ!おい!」

 

 

そう言って最低限の言葉を残し、蓮夜は戸を開けてさっさと部屋から出ていってしまう。それを見てクリスも慌てて少ない荷物を片手に部屋から飛び出し、蓮夜の後を急いで追い掛けた。

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 

 

「待て……!おい待て!聞こえてんだろちょっと待てってっ!」

 

 

病院の一階。部屋を後にして廊下をズンズンと進んでいき、出口に向かって止まることなく先を行く蓮夜の後ろからクリスが追い付き、その腕を掴んで呼び止めた。

 

 

「?どうした、こんな所に長居してる暇はないぞ」

 

 

「ぜえっ、ぜえっ……だ、だから待てって何度も言ってんだろ!こっちは分かんねえ事ばっかで混乱してんだ!何か知ってる風なお前が説明してくんなきゃ、こっちはずっと訳分かんないままでモヤモヤしっぱなしになるだろうが!」

 

 

「…………ああ、そうか……すまない、先を急がねばと焦るあまり失念してた……申し訳ない……」

 

 

「こ、こいつっ……」

 

 

実に気まずそうな顔で「すまん、忘れてた」と謝る蓮夜に対して青筋が浮かび上がるほどイラッとするクリスだが、此処で話を遮ってはそれこそ時間を無駄にするだけだ。思わず口から飛び出そうになる文句の言葉を飲み込み、どうにか気を落ち着かせようと深々と溜め息を漏らした後に深呼吸を繰り返し、幾分かの冷静さを取り戻したクリスは改めて蓮夜に疑問を投げ掛けた。

 

 

「それで、一体全体何がどうなってんだよっ?あたし等が今何処にいるのか、何が起きてるのか、これがどういう事なのかちゃんと説明してくれよ!」

 

 

聞きたい事が多々あり過ぎて一度に疑問を投げ掛けながら、クリスは蓮夜を追い掛ける事に夢中でつい誤って持ってきてしまったミニカレンダーの暦……『2017年』の部分を強調するように蓮夜に突き出す。それを見て蓮夜もどう説明するべき言葉を探すように僅かに逡巡した後、感情の機微が分かり辛い仏頂面のまま説明をし始めていく。

 

 

「俺も正確には全てを把握してる訳じゃない。ただ一つだけ言えるのは、此処は間違いなくお前の知る世界じゃないって事だ」

 

 

「っ?あたしの知ってる世界じゃ、ない?」

 

 

「そうだ。あの炎を操るイレイザーと戦ってた最後の瞬間、俺は記憶が曖昧でその時の事はあまりよく覚えていないが、此処は恐らく奴の手によって跳ばされた、お前のいた物語とはまた別の物語……分かりやすく言えば平行世界、パラレルワールドじゃないかと思ってる」

 

 

「平行世界……?」

 

 

その話は以前弦十郎の口から聞かされた覚えがある。自分達の世界とは異なる歴史を歩んだ、if(もしも)の世界。確か蓮夜もその違う世界から来たという話だったが、正直あまりにも突飛過ぎる内容に漠然としか受け止めておらず、イレイザー達と戦うようになった今でも深く考えた事はない。そんな世界に今自分が此処にいると聞かされた今もクリスは実感が持てず訝しげに眉を顰め、蓮夜もその反応からクリスの心境を察し口を開いた。

 

 

「信じられない、と言いたげな顔だな。まあ、すぐに納得しろと言われても無理からぬ話だとは思うが」

 

 

「当たり前だろ!そんな平行世界だのパラレルワールドだの突拍子のない話、いきなり言われたってっ……」

 

 

「突拍子のなさで言えば、お前達の世界のシンフォギアやノイズも大概と言えるだろ。お前達の今までの戦いも本部の記録で閲覧させてもらったが、正直俺からしてみればどっこいどっこいもいい所だ」

 

 

「いや、そうは言ったってなっ……」

 

 

確かにルナアタックやフロンティア事変、魔法少女事変などの顛末もよく良く考えれば飛び抜け過ぎてると言われても返せる言葉を持たないし、先のパヴァリア光明結社との戦いでは『神の力』なんて物を巡った攻防戦を繰り広げたのだから、言われてみれば、平行世界の存在の有無など今更驚く程の事でないとは思うが……

 

 

「……まあ、他に納得しようがねえし、百歩譲って平行世界云々の話は取り敢えず呑むとして……それはそれとして、あのイレイザーはそんなとこにあたし等を跳ばしてどうする気なんだ?一体何が目的でこんな……」

 

 

「其処までの真意は俺にも測り兼ねるが……ただ一つ、俺を今度こそ始末するつもりでというのは先ず間違いないと思う。響が覚醒してイレイザーと戦えるようになった今、これ以上奴らと戦えるようになった装者を増やさない為にも、俺の存在は向こうにとって今まで以上に邪魔に思われてるんだろうからな……ともすれば、今回の件も俺とS.O.N.G.を引き離して、孤立無援になった所を叩くつもりなのかもしれない」

 

 

「……つまり、あたしが巻き込まれたのは偶々だったって事か?」

 

 

「かもしれないし、或いはそれも奴らの狙い通りだった線も捨て切れない。『記号』の力が発芽する可能性を秘めている以上、お前も奴らにとって危険因子と見られていても不思議はないからな……」

 

 

小さく息を吐き出し、蓮夜はギブスに巻かれた自分の右腕を見下ろしながら話を続けていく。

 

 

「いずれにせよ、この世界に長居をするのは危険だ。わざわざ俺達を此処へ跳ばしたという事は、奴は既に俺達を仕留める算段をこの世界の何処かに用意してる可能性がある……関係ない他の世界の人間を巻き込まない為にも、俺達は一刻も早く元の世界に戻るべきだ」

 

 

「それはまぁ、言いたい事は分かるけどよ……けど、戻るったってどうやって?もしかして元の世界に帰る手段とか持ってるのか?」

 

 

「いや、俺は持ってない。というかそもそも覚えてすらいないから、仮に持ってたとしても使い方が分からないから意味がないな……」

 

 

「駄目じゃねえかよ!じゃあどうすんだ一体?!」

 

 

「心配ない、目処は他にある。俺は持ってないし覚えてもいないが、代わりに敵がその手段を持ってる筈だ。……此処へ跳ばされる時、奴が何か可笑しな道具を使ってるのを目にしてないか?」

 

 

「道具?……あ」

 

 

そう聞かれて、クリスは思い出す。確か自分達がこの世界に跳ばされる前、イグニスイレイザーが半透明の不思議な本を使っていたのを。

 

 

「そういえば……道具っつーか、変な本みたいなのを使ってたな、スケスケで透明なヤツ。そっから出てきた光ってる文字みたいなのに囲まれて、眩しい光を出したと思ったらいつの間にか気を失ってて、気付いたらどっかの路地裏で寝てたんだ……」

 

 

「透明な本、奴らが物語の間を行き来する為に使うゲートか……成る程。なら奴を見つけ出してその本を奪い取ればいい。慎重派と語っていた奴の性格上、俺達を他所へ跳ばしただけで満足するような奴じゃない。きっとこの世界の何処かにいる奴からその本を奪いさえすれば、それで元の世界にも戻れる筈だ」

 

 

「いや奪うって、簡単に言い過ぎだろ!お前もあたしも、奴の力に全然太刀打ち出来てなかったじゃねえか!そんな奴と戦いながらあの本を盗めだなんて……!」

 

 

「敵が強いから無理、とは言ってられない。無茶でもなんでも、現状それしか手段がないならやるしかないんだ……出来なければ、この世界から抜け出せずに一生此処で生きていくしか道はなくなるぞ」

 

 

「っ、それは……」

 

 

それはそれで困ると、クリスは言葉を詰まらせて押し黙り、蓮夜はそんなクリスから視線を外して病院の出入り口に目を向けていく。

 

 

「ともかく、今は早く此処を出て奴を探し出す。向こうの狙いが俺達なら、此処もいつ襲われるか分からないからな。出来るだけ周りを巻き込まないように考慮して、人気が多い場所も避けて……」

 

 

(……一人でとんとん勝手に話進めやがって……せめて一言「お前もそれでいいか?」って聞くぐらいあっても良いだろうにっ……)

 

 

「……?イチイバル?どうかしたか?」

 

 

「……何でもねえよ」

 

 

自分の意見も聞かずに一人で今後の方針を決めていく蓮夜に内心不満を募らせるクリスの気配を察したのか、蓮夜が首を傾げて不思議そうに問い掛けるも、クリスはぶっきらぼうに言葉を返しながら顔を背け、一人出入り口に向かって歩き出していく。

 

 

「要するにあのイレイザーを探しに行きゃいいって事だろ?ならさっととその怪我の治療費払って来いよ。あたしはその間外の空気吸って待ってるから、手続きとか終わったら声を掛けて……」

 

 

「…………治療、費?」

 

 

「……?」

 

 

鬱屈とした気分を変えようと蓮夜が手続きを終えるまで病院の外で待とうとしたクリスだが、何やら間の抜けた声が返ってきて思わず振り返る。其処には蓮夜がポカンとした表情で立ち尽くす姿があり、徐にズボンのポケット、服の内ポケットなどに左手を伸ばして隈無く漁った後、サーッと血の気が引いて青くなった顔を上げながら口を開いた。

 

 

「ナイ……」

 

 

「は?」

 

 

「財布……そういえば、出撃前に荷物を全部本部に置いてきてしまってたな、と……今思い出した……」

 

 

「は……はァあああああああああああっっ!!!?」

 

 

大絶叫のクリス。その病院内に似つかわしくない悲鳴に通り掛かる人々も何事かと振り返り、それに気付いたクリスはハッと口元を抑えながらそそくさと蓮夜の下へ駆け寄り、声を潜めて怒鳴った。

 

 

「ば、馬鹿かお前っ……!!何でこんな大事な時に限って忘れてんだよタイミング悪いにも程があんだろっ?!」

 

 

「いやそうは言われても……戦いの場に持ってきても邪魔になるだけだし……まさか俺もこんな事になるとは思っていなかった、し……」

 

 

言葉尻が少しずつ小さくなっていく蓮夜のテンションが目に見えて沈んでいく。そんな彼の姿を見てクリスも思わず額を抑えて盛大な溜め息を吐き出してしまう中、蓮夜は申し訳なさそうな顔でクリスに頭を下げた。

 

 

「すまないイチイバル、申し訳ないんだが、代わりに立て替えてはもらえないだろうか……後で必ず一括で返すので、頼む……」

 

 

「……はあ……まさかこんな形でお前に借りを作る事になるとか、想像もしてなかったぞっ」

 

 

何とも締まらないと、二度目の溜き息を吐きながら仕方がないと了承し、クリスは財布を探して懐を漁り財布を取り出す。開いた財布の中に収められているのは、千円札が二枚とちょびっとの小銭が……

 

 

「……………………」

 

 

「……イチイバル?」

 

 

「……悪い……あたしも金を下ろすの忘れてて、そんなに持ってなかったわ、今……」

 

 

「」

 

 

目を泳がせながら顔を背けるクリスのその一言で、蓮夜の顔から一切の感情が消え失せた。それを見たクリスは視線を左右にさ迷わせながら財布を仕舞うと、暫し考え込む素振りを見せた後、引き攣った笑みを浮かべながらわざとらしく声のトーンを上げてパンパンと蓮夜の肩を叩いた。

 

 

「ま、まあ大丈夫だっ、心配しなくても何とかなんだろ、これくらい!」

 

 

「」

 

 

「金が足りないなら、アレだ、その……こ、口座から足りない分を下ろしてくりゃ済む話だしな!うんっ」

 

 

「……お前達の世界のATMは、平行世界の隔たりを超えて金を下ろせるハイテクマシーンなのか?」

 

 

「すまん忘れてくれ、言ってみただけだ……」

 

 

この何とも言えない重苦しい空気を少しでも和らげようと慣れもしないボケをかましたつもりだったのだが、わりと本気のトーンで縋るような目を向ける蓮夜にそう聞かれて速攻で取り消してしまった。ハアッ、と最早何度目かも分からない溜め息を深々と漏らして蓮夜に背中を向けると、廊下の向こうに何やら自分達を怪しむようにチラチラとこっちを見ながら話す看護師達の姿が見え、慌てて蓮夜の方へと向き直った。

 

 

「お、おい、ホントにどーすんだっ……!払う金がないなんてバレたら、元の世界に帰るどころの話じゃなくなるぞコレっ?!」

 

 

「……………………仕方がない。此処は素直に事情を話して、支払いを暫く待ってもらえないか交渉を……」

 

 

「いや無理に決まってんだろっ……!大体あたしもお前も今は住所不定で身分証明すら通るかもぶっちゃけ怪しいってのに、そんなんでどうやって説得すんだよっ!馬鹿正直に異世界から来ましたとでも言うつもりかっ?!」

 

 

「…………?それしか説明のしようがなくないか?」

 

 

「こんな余裕がねえ時にいきなり天然爆発させてんじゃねーよ頭痛くなるわッ!!」

 

 

もう何なんだよこいつはーッ!!と、ただでさえこの切羽詰まった状況に限界まで頭を悩ませているというのに、さもこっちが可笑しいみたいな顔をして首を傾げる蓮夜に対し「ぐああああーッ!!」とクリスも頭を抱えながら絶叫してしまう中、そんな二人の背後から音もなく誰かが近付き、声を掛けてきた。

 

 

「そんなにお困りでしたら、その費用、こちらで代わりに負担しても構いませんよ?」

 

 

「?!なっ?!」

 

 

―ドグォオオッ!―

 

 

「え"ぶぉおぅッ?!ひ、肘、がぁ……脇にぃいいいいっ……!」

 

 

不意に後ろから声を掛けられ、驚きのあまり勢いよく振り返ったクリスの肘が鋭いエルボーとなり、背後に立つ蓮夜の脇腹に突き刺さってしまった。完全に気を抜いていたが為にモロにその一撃をもらってしまった蓮夜も堪らず撃沈して崩れ落ちてしまうが、当のクリスはそんな蓮夜の様子に気付く余裕もなく、驚愕で瞳を震わせながら目の前の人物の足の爪先から頭まで見上げていく。

 

 

「お、お前っ……確か、昨日の夜の……!?」

 

 

「随分と探しましたよ。……それにしても、まさかこんな身近な所にいたなんて驚きでした。まぁ、こちらとしては探す手間が省けて大助かりでしたけど」

 

 

そう言って頭頂部から生えたアホ毛を揺らすのは、前髪に星型の髪留めを身に付けた、赤髪のロングヘアーが冴える一人の少女……昨夜、クリスと蓮夜が倒したダストの群れに目付きの悪い少年と共に襲われていた赤髪の少女だったのだ。意外な人物との思わぬ再会にクリスもたじろぐ中、脇腹のダメージから漸く復帰した蓮夜がクリスの背中から顔を出し、赤髪の少女の顔をまじまじと見つめて訝しげな表情を浮かべていく。

 

 

「誰だ……?お前の顔見知りか?」

 

 

「いや何でだよ、お前も昨日の夜に会ってんだろ!ほら、あの薄気味の悪い化け物共に襲われてた……!」

 

 

「……ああ、ダストに襲われていた二人組の。奇遇だな、こんな所で会うなんて」

 

 

「ええ、本当に。私も正直期待半分のダメ元でしたけど、本当に会えるとは思っていませんでした。どうやら今日の私、少しだけツイてるのかもしれませんね」

 

 

「……ツイてる?」

 

 

どういう意味だ?と二人が頭の上に疑問符を浮かび上がらせると、赤髪の少女は僅かに視線を上げて廊下の天井を見上げていく。

 

 

「ここの病院、私の父が経営を務めてるんですよ。昨日の夜、そちらの方が腕に怪我をしているのがチラッと見えたので、もしかしたら怪我の治療の為にうちの父の病院に担ぎ込まれたのではないかと思って確かめに来たのですが、案の定でしたね」

 

 

「……マジかよ……」

 

 

「世の中は意外と狭いものなんだな……しかし、何故今更俺達を?礼なら俺の聞き間違えじゃなければ、昨晩助けた時に既に耳にしたような気がするんだが……」

 

 

親が病院の経営者というのも驚きだが、まさかその病院が此処だったなんて一体どんな巡り合わせなのかと、出来過ぎた偶然に顔を引き攣らせるクリスの横で蓮夜が呑気にそんな疑問を投げ掛けると、赤髪の少女は真剣な眼差しで交互に二人の顔を見る。

 

 

「貴方達にお聞きしたい事があったからです。昨晩、私達を襲ったあの化け物の事や貴方達の事、貴方達が変身していたあの可笑しな姿が何なのか……教えて頂けませんか?」

 

 

「……それは……」

 

 

「……生憎だが、部外者のお前に話せる事なんて何もねえよ。つまんねぇゴシップ目的なら他を当たれ」

 

 

「ッ……!そんな浮ついた目的で貴方達に会いきた訳ではありません!私と昨日の彼も、数日前からずっと探してる人達がいるんです!その人達の行方について昨日の怪物が何か関わっているかもしれなくて、だからあの怪物について何か知っていそうな貴方達に話を聞こうと……!」

 

 

「?それはどういう……―グィイッ!―ぅおおっ!?」

 

 

何処となく必死な少女の話の内容が気になって思わず聞き返そうとする蓮夜だが、後ろから強引にクリスに左腕を引っ張られて赤髪の少女から引き離されてしまう。

 

 

(馬鹿……!耳を貸すな!シンフォギアやクロスの事は気軽に話せる事じゃねえし、第一今あたし等があのイレイザーに狙われているかもしれないって言ってたのはお前だろ!下手に関わってしつこく付き纏われでもしたら、コイツまで巻き添え喰らう事になるぞ!)

 

 

(……それはそうなんだが、しかし……)

 

 

「……勿論、無償でとは言いません。もし話を聞かせてもらえるのなら、支払いにお困りの様子のそちらの方の治療費の件も私の方で肩代わりします。それなら、貴方達にとっても悪い条件ではないでしょう?」

 

 

「ッ!おまっ、人の話盗み聞きしてたのかよ!」

 

 

「不可抗力ですよ。貴方達を見付けて声を掛けようとしたら、偶々会話の節々が聞こえてしまっただけです」

 

 

毅然とした態度を崩さずそう言うと、交換条件を提示した赤髪の少女は懐から取り出した財布を開き、中から黒光りする一枚のカードを取り出し二人の前に突き付けた。

 

 

「さぁ、どうしますか?一応断っておきますが、父の病院は治療費もそれなりに掛かります。先程小耳に挟んだ貴方々のお話では支払いの目処がないような口振りでしたけど、此処で私の提案を蹴った所で、それだけの費用をすぐに用意出来るアテがあるんでしょうか?」

 

 

「ぐッ!コ、コイツ、露骨に人の足元見やがって……!」

 

 

「まずいぞイチイバル、どうする?今の俺の目には、あの黒いカードが段々と御老公の印籠に見えてきたぞ……」

 

 

「お前はお前でもう平伏する気満々の見え方になってんじゃねえかよ!もうちょっとこの場を切り抜ける方法とか、自分の力でどうにかしようって考えはないのか?!」

 

 

「ヌ、心外だな。俺は俺なりに金を工面する方法を考えているし、既に一つ、その方法に思い至っているとも」

 

 

「なぁっ……」

 

 

「な、何だよそうなのか……ハハッ、そういう事だ、残念だったな!お前の思惑通りになると思うなよ!おい言ってやれ、その思い付いた方法ってヤツ!」

 

 

「ああ。先ず、闇ブローカーを探し出して俺の腎臓を売り付けるんだ。その後、」

 

 

「悪い待った、今のナシだ。……え、なんだって?」

 

 

「?人の腎臓ってそれなりに高く売れるモノなんだろう?前にホームレスの仲間から噂で聞き齧った覚えがあってな、ある相場だと確か数万円は固いとか何とか……」

 

 

「いやお前の思い付いた方法ってそれなのかよ?!なに人が必死こいて拾った生命いきなり無下にしようとしてくれてんだお前?!」

 

 

「いやしかし、俺のせいでお前に迷惑を掛けられないし、高額の金をすぐにでも稼ごうともなればそれぐらいは身を削らないと……」

 

 

「文字通りに身を削ってどうすんだよっ、それじゃ結局元も子もねーだろうがっ!!」

 

 

此処で止めないと本気で自分の身を売り兼ねない真剣味を漂わせる蓮夜に対してクリスも流石に必死になって止めに入る中、赤髪の少女も顔色も変えず腎臓を売るだの何だのと真顔で語る蓮夜の話を聞いて若干ドン引きした様子で顔を引き攣らせていたが、すぐに咳払いを一つして気を取り直し、ずずいっと黒光りするカードを更に突き出した。

 

 

「まあ、私はどちらでも構いませんよ。選ぶのは結局貴方々次第ですから。さぁ、どちらにします?私が治療費を立て替える代わりに知っている事を全て話すか、それともその方の腎臓を売ってでもこの場を切り抜けるか……二つに一つです」

 

 

「安心しろ、人の腎臓は片方失くしても大丈夫らしいぞ。つまり肉体的にも懐事情的にも実質ほぼノーダメージだ。やったなイチイバル、イエーイだ」

 

 

「お前頼むからホントちょっともう黙ってろっっ……!!」

 

 

何ゆえコイツは自分の身体の一部を売る事にこんなにも前向きなのかと、人の気も知らずに訳の分からない謎理論と応援を投げ掛けてくる蓮夜のせいで逆に追い詰められていき、頭痛は疎か、心做しか胃まで痛み始めてきた。

 

 

突き付けられる二者一択、いや、事実上一択しかない選択肢を前に頭を抱えて盛大に溜め息を吐き出し、暫しの間考え込んだ末、クリスは項垂れる顔を上げて目の前の少女の眼差しをまっすぐ見つめ返すと、やけに重たく感じる唇をゆっくりと動かしていく。答えは───

 

 

 

 

 


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