戦姫絶唱シンフォギア×MASKED RIDER 『χ』 ~忘却のクロスオーバー~   作:風人Ⅱ

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第六章/五等分のDestiny×紅弾の二重奏(デュエット)③(後)

 

 

『ハッ、ハァッ……!こ、此処まで来れば、一先ずはっ……』

 

 

 学校から離れた場所に位置する街の広場。人気の少ない裏路地を抜けてその場所に出たシャークイレイザーは何度も背後を振り返って追手の姿がないのを確認し、漸くその場で足を止めて乱れた呼吸を整えようと息を深く吸っていく。

 

 

 が、其処へ裏路地の闇の向こうから蒼い残光……両足に蒼い光を灯らせて脚力を瞬間強化したクロスが目にも止まらぬ速さで壁を蹴りながらジグザグの軌道で追い付き、シャークイレイザーの頭上を軽々と飛び越えて目の前に立ち塞がった。

 

 

『?!き、貴様っ……!』

 

 

『誘拐した中野五月の姉達を何処へ隠した?』

 

 

『っ……そんなもの答える訳がないだろっ!』

 

 

『……そうか。なら無理やりにでも吐いてもらうぞ』

 

 

『誰がぁあッ!!』

 

 

 両腕から生えた尾鰭を模した刃を振るい、激昴の雄叫びと共にシャークイレイザーがクロスに目掛けて水色の斬撃波を飛ばす。

 

 

 それを目にしたクロスは即座に再度両足に蒼い光を灯して瞬間強化を施し、迫り来る斬撃波を飛び越えて回避すると共にシャークイレイザーへと左拳を飛ばして殴り掛かった。

 

 

『舐めるなぁッ!』

 

 

 しかしシャークイレイザーも身を翻して拳撃を避けながら振り向き様に両腕の刃を振るい、ギリギリで身を引いたクロスの胸の装甲を刃が掠めて火花が散る。

 

 

 クロスはそのまま大きく後ろへ飛び退いてすぐ横へ素早く滑走していき、追撃の手を緩めずに連続で斬撃波を飛ばしまくるシャークイレイザーの攻撃を紙一重で回避しながら一息で肉薄し、身を翻して放った鋭いサイドキックをシャークイレイザーの腹に突き刺し吹っ飛ばした。

 

 

『ガァアッ!グッ、コイツっ……!!』

 

 

『ハアアァッ!』

 

 

 足で地面を削りながら何とか踏み止まり、腹を抑えて唸るシャークイレイザーにクロスが再度仕掛ける。

 

 

 着地と同時に再び地を蹴って飛び掛かり、右脚を勢いよく振り上げてシャークイレイザーに飛び回し蹴りを叩き込もうとするが、クロスの蹴りが当たる寸前、なんとシャークイレイザーの身体が不意に沈み、そのまま地面に吸い込まれるように消えていってしまった。

 

 

『(?!地面に沈んだ……?!)』

 

 

『──ウゥラァアアッ!!』

 

 

 驚愕するクロスを他所に、背後の地面からまるで水面から獲物を狙って飛び出す恐魚が如く、シャークイレイザーが体当たりで襲い掛かる。

 

 

 だがクロスもその殺気を感知して反射的にその場から飛び退き、シャークイレイザーの不意打ちを回避しながら瞬時に相手の懐へと飛び込んで反撃の手刀を放つも、シャークイレイザーは素早く地面に潜り込んで再び姿を隠してしまう。

 

 

『(ッ……地面へ水のように潜る能力……成る程、四人が誘拐された際に目撃情報が一切なかったのはこの力を利用していた為か……!)』

 

 

 恐らくこれが中野姉妹を立て続けに誘拐出来たトリックなのだろう。

 

 

 確かにこんな能力を用いられれば人目に付く事なく四人を攫えた筈だ。自分だけでなく人を引きずり込む事も出来るなら、まさか誘拐犯と被害者が地面の下を潜って移動しているなど誰も思うまい。

 

 

 残っていた疑問が解消されて全てが繋がり納得するクロスだが、シャークイレイザーはそれを他所に地面から何度も飛び出してクロスに突撃を繰り返していき、何処から敵が現れるかも分からない攻撃を紙一重で回避しながらクロスも思わず舌を打つ。

 

 

『(幸い地面に潜っていても奴の気配はある程度追えるが、姿が見えない上にすぐさま地面に逃げるせいで反撃する暇がない……)』

 

 

 相手の気配の動きを読む事で攻撃の回避自体はさほど難しくはない。しかし、向こうと違ってこちらには地面の中に逃げ込むシャークイレイザーを追撃する手段がない為に、このままではジリ貧にしかならない。

 

 

 思考を駆け巡らせながら何度目か分からないシャークイレイザーの突撃を地面を転がって回避し、受け身を取って態勢を立て直したクロスは左腰のケースから一枚のカードを抜き取る。

 

 

『このまま回避ばかり続けても体力を無駄に浪費するだけか……ならコイツだ……!』

 

 

『Code Blaster…clear!』

 

 

 バックルにカードを装填し、電子音声と共に全身のアーマーをパージして新たに現れた緑色の重厚な装甲を身に纏う。

 

 

 そして左手に出現した銃剣・ウェーブブラスターを握り締めたクロスがタイプブラスターに完全に姿を変えると共に、背後から再びシャークイレイザーが地面から飛び出して片腕の刃を振りかざしクロスに飛び掛かるが、気配の流動でそれに気付いたクロスは振り向き様にシャークイレイザーの刃を肩で受け止めた。

 

 

『ッ?!な、何ッ?!』

 

 

『捉えたぞ……!』

 

 

 肩で刃を受け止めたクロスの防御力に驚愕するシャークイレイザーの腕をそのまま脇で抑え込む。そしてウェーブブラスターの銃口をシャークイレイザーの腹に突き付けると共に、ゼロ距離からの銃撃を容赦なく浴びせてシャークイレイザーを派手に吹っ飛ばしていったのだった。

 

 

『ガァアアッ!?ぐっ、クソッ……!―ジャキッ!―……ッ?!』

 

 

『……詰みだ。少しでも動けば身体が沈む前に、先にその頭が吹き飛ぶ事になるぞ』

 

 

 叩き付けられた地面の中に再び逃げ込もうと身を起こすシャークイレイザーの鼻先に、クロスがウェーブブラスターの冷たい銃口を突き付ける。

 

 

 シャークイレイザーはそんなクロスの顔を見上げて忌々しげに睨み返すが、クロスは構わずウェーブブラスターを突き付けたまま冷淡な声音で再び質問を投げ掛けた。

 

 

『この数日間、中野の姉達を影で誘拐していたのはお前の仕業だな……彼女達を攫った後、何処に隠した?』

 

 

『っ……ハッ、そんなの馬鹿正直に答えるとでも思ってるのかっ?だとしたらお気楽にも程があ──』

 

 

 懲りずに攫った少女達の所在を自分の口から吐かせようとするクロスを嘲笑混じりに馬鹿にしようとするシャークイレイザーだが、その言葉は最後まで紡がれること無く遮られる。

 

 

 鼻先に突き付けられたウェーブブラスターの銃口が不意に下へ下がり、一切の躊躇もなく発砲してシャークイレイザーの脇腹を穿ち、風穴を開けたからだ。

 

 

『ィギッ──!!!?ギ、ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!?』

 

 

『……生憎だが、こっちも人命が掛かってる以上容赦はしていられない。話す気がないなら、今すぐ此処でお前を消滅させるだけだ』

 

 

『ィ、ァアッ……!!しょ、正気かッ?!お、俺を消せば攫った中野の姉達の居場所が分からなくなるんだぞッ?!それでもいいのかぁッ!!』

 

 

『だとしても、少なくともお前の手によって彼女達がこれ以上危険に晒される事はなくなる。発見は遅れるかもしれないが、それでも彼女達を見付ける事は決して不可能ではないハズだ ……お前自身の命を盾に使おうが、俺には通じんぞ』

 

 

『うっ、ぐうううっ……!!』

 

 

 淡々とした口調を変えずそう言って苦痛で悶えるシャークイレイザーの顔に再び銃口を付け付けるクロスだが、正直この脅しも半分はハッタリだ。

 

 

 五月の姉達が隠されている居場所を知るのがこのイレイザーしかいない以上、彼女達が捕らわれてる場所の手掛かりは何としても欲しい。

 

 

 その為にも今は非情に徹し、動けないシャークイレイザーに銃口を突き付けたまま引き金に指を掛け直していく。

 

 

『仏の顔も三度まで、と言うんだったか。次で答えなければ、今度はその頭が吹き飛ぶ事になるぞ……』

 

 

『ぅ、あっ……ま、待てっ、俺だって別に好き好んでこんな事をやってた訳じゃ──!』

 

 

『3』

 

 

 カウントダウンが始まる。と同時に、引き金に掛けられた指にも力が込められていく。

 

 

『ま、待てってっ!そ、そうだ!アンタも俺を手伝う気はないか?!この物語をモノにすれば何でも好き放題出来るようになる!アンタにもその恩恵を分けて……!』

 

 

『2』

 

 

 ウェーブブラスターの銃口に徐々にエネルギーが蓄積されて緑色に発光してゆき、それに気付いたシャークイレイザーも焦りを露わに尻餅をついたまま後退りしていく。

 

 

『よ、止せっ……!?俺はまだ死にたくないっ!!こんな所で終わる訳にはっ──!!』

 

 

『……1』

 

 

───話を引き伸ばせるのも此処までか。

 

 

 カウントダウンと共に銃を突き付けても命乞いしかしないシャークイレイザーからこれ以上情報を引き出すのは無理だろうと悟り、やむを得ないと覚悟を決め、クロスは銃口にエネルギーが充填されたウェーブブラスターの引き金を引こうと指に力を込めていき、

 

 

 

 

 

──引き金が完全に引かれる寸前、クロスの横合いから不意に炎を纏った巨大な拳が迫り、クロスに突如襲い掛かったのであった。

 

 

『ッ?!チィッ!!』

 

 

―ガギィイイイイイッ!!ー

 

 

 前触れもなく殺気と共にいきなり現れた巨大な拳に気付き、クロスも反射的にシャークイレイザーに向けていたウェーブブラスターを咄嗟に振り上げて巨大な拳とぶつけ合わせた。

 

 

 ズサァアアアアアッ!!と、巨大な拳に力負けして身体が吹き飛ぶクロスは両足で地面を削りながら何とかブレーキを掛け、左腕に走る痺れで顔を苦痛で歪めながらも目の前に視線を戻す。其処には……

 

 

 

 

『──よォ。わりと元気そうにしてるじゃねえか?ついこの間俺にズタボロにされてたわりにはよ』

 

 

 

 

──腕に纏う炎を豪快に振るって消し去る、紅の魔人……蓮夜とクリスをこの世界に跳ばした張本人であり、アスカがその身を変貌させたイグニスイレイザーがシャークイレイザーを守るように佇む姿があったのだった。

 

 

『炎使いのイレイザーっ……!』

 

 

『あん?何だよその呼び名……って、そういやお前にはまだ俺の名前ちゃんと教えちゃいないんだったか。まあ、別に教えてやる義理もねえけどよ』

 

 

 そういえばそうだったな、と軽い調子で呟きながら今更ながら思い出したように呑気に頭を掻くイグニスイレイザーだが、そんな異形とは対照的にクロスの心中は穏やかではない。

 

 

 シャークイレイザーから誘拐した中野姉妹の居場所を聞き出す、それが無理ならせめて此処で倒すと決めていたのに、まさかこんなタイミングでイグニスイレイザーと再び相対してしまうだなんて想定外が過ぎる。

 

 

 内心大きく動揺を浮かべながらも、それを臆面には出さずに仮面で表情を隠し、平静を装ってイグニスイレイザーを睨み据えていく。

 

 

『やはりこの世界に来ていたか……俺達を追い出すだけで満足していればいいものを、わざわざこんな所まで追ってくるだなんて、其処までして俺の命が欲しい訳か?』

 

 

『当然だろ。前にも言った筈だぜ?こう見えても俺は慎重派なんだ。別世界に追い出したくらいでテメェらが諦めるとは到底思えねえ。何らかの手段を用いて戻って来ないとも限らないからな……だから今度こそ、誰の手助けも望めないこの世界でテメェらを纏めて始末してやるよ……!』

 

 

『……それはそれは……其処までご執心頂けて光栄だ、とでも返せば満足してくれるのか?』

 

 

 相手に心の内を悟られぬよう、憎まれ口を返しながら視線だけで周りを見渡す。

 

 

 響達の世界に帰還する為にも奴から転移用の本を奪うのは当初からの予定ではあったが、流石にこの状況、右腕もロクに完治してない状態で奴と戦うのはリスクが高過ぎる。

 

 

 一度この場から離脱する手も一瞬考えてしまうが、今此処でシャークイレイザーを取り逃してしまえば、次にまた戦う時に今度は奴と二人掛かりで襲ってくる可能性がある。

 

 

 そうなってしまっては自分とクリスだけで五月や風太郎を守り切るのは難しいかもしれない。

 

 

 幸いにもシャークイレイザーは重症で未だにまともに動けず、今なら奴を仕留めるだけならそう難しくはない。

 

 

 ならばやはり、此処は無理を押し通してでもシャークイレイザーだけでもどうにか仕留めるべきだろうと判断するが、周囲にはイグニスイレイザーの隙を作れそうなのに利用出来そうなモノが見当たらず内心焦りを募らせる中、そんなクロスの心境を他所にイグニスイレイザーは全身から無数の火の粉を立ち上らせていく。

 

 

『何にせよ、此処で俺に会ったのがテメェの運の尽きだ。今度はもう邪魔する物は何もねえ……存分に殺し尽くしてやるよォおおッ!!!!』

 

 

『クッ……!』

 

 

 全身から炎を勢いよく噴かし、凄まじいロケットダッシュでイグニスイレイザーが巨大な腕を振りかぶりながら目前から迫る。

 

 

 それを目にしたクロスは銃剣の刃でイグニスイレイザーの拳を受け流しながら真横へと飛び退き、受け身を取って態勢を立て直す共にウェーブブラスターの銃撃をイグニスイレイザーの全身に浴びせていくが、イグニスイレイザーはその身に銃弾を受けてもビクともせず、身体の汚れを手で払いながらほくそ笑んだ。

 

 

『相変わらずの豆鉄砲だなぁ。今更そんなもん俺には効かねえって分かってんだろ?前に俺とやり合えてた立花響の力はどうした?』

 

 

『ッ……切り札は最後まで取っておく物だろう?奥の手を早々に切るほど俺は馬鹿じゃない』

 

 

 ウェーブブラスターを構えたまま強気な態度を崩さないクロスだが、無論これもただのハッタリだ。

 

 

 右腕が万全に使えない現状でタイプガングニールの真価を十全に発揮出来る筈がなし、何よりもそれを奴に悟らせてしまえばこちらの弱点を突いて来ない筈がない。

 

 

 今はとにかくそれを悟らせないように振る舞いつつ、奴の隙を見てシャークイレイザーを倒す方法を思い付くまでどうにか時間を引き延ばそうと試みるクロスだが、イグニスイレイザーは鼻を軽く鳴らしながらその巨大な右腕に再び炎を灯していき、

 

 

『出し惜しみなんぞしてて俺に勝てるとは到底思えねぇがなぁ……ま、こっちとしては楽が出来てそれでも構わないけどよォッ!!』

 

 

 横薙ぎに振るわれたイグニスイレイザーの右腕から、無数の炎弾が扇状に放たれクロスに襲い掛かった。それに対しクロスも咄嗟に地面に向けてウェーブブラスターから銃弾をばら撒き、土埃を発生させてイグニスイレイザーの視界から消えると共に炎弾が土埃を切り裂き、一瞬でクロスが消えた何もない空を突き抜けていく。

 

 

『今度は目眩しか?んなもん俺に通じる訳が──』

 

 

『Final Code x…clear!』

 

 

『ゼェァアアアアッ!!』

 

 

 イグニスイレイザーの言葉を遮るように鳴り響く電子音声と共に、目眩しを利用しイグニスイレイザーの背後に素早く回り込んだ朱い影……タイプスラッシュにその姿を変えたクロスが朱色の雷光を纏った右脚を振るって後ろ回し蹴りを放つが、イグニスイレイザーはそれを読んでいたかのように身を屈めて蹴りを回避しながら拳を下から振り上げ、クロスを殴り返した。

 

 

……が、イグニスイレイザーの拳が直撃した瞬間、クロスの身体が残像のようにブレて完全に消え去ってしまった。

 

 

『?!分身だと?―ズシャアアアアァッ!!―グォオオッ?!』

 

 

 何の手応えもなく消滅したクロスの残像を見て目を丸くするイグニスイレイザーの両肩に、何処からともなく飛来した二振りの剣……スパークスラッシュがブーメランのように勢いよく回転しながら突き刺さった。

 

 

 思わぬ不意打ちを受けてイグニスイレイザーの身体が前のめりにグラつき、其処へ遥か頭上からタイプスラッシュからスタンダードへとアーマーを素早く切り替えながらクロスが急降下で落下していき、すかさずカードをバックルに装填していく。

 

 

『Final Code x…clear!』

 

 

『はぁああああああああああああああッッ!!』

 

 

『ぅっ──グォオオオオオッ!!?』

 

 

 鳴り響く電子音声と共に右脚を蒼く光り輝かせ、クロスが放った渾身の蹴りがイグニスイレイザーの頭上から炸裂しそのまま凄まじい轟音と共に地面へと踏み付けていったのだった。

 

 

『(奴からダウンを取った……!この隙に……!)』

 

 

 舞い上がる粉塵を背に地面に着地し、クロスは気を緩めず即座に両足に向けてスーツの上のラインに蒼い光を走らせる。

 

 

 基本形態三つを全て利用して奴の意表を突く事は出来たが、この程度の攻撃が奴に通じない事は既に分かってる。

 

 

 故に奴が態勢を立て直す前にシャークイレイザーを先に仕留めなければと、両足の先端に蒼い光を灯したクロスは地面を蹴り上げ、未だ腹を抑えて動けずにいるシャークイレイザーに目掛けて跳躍し一気に跳び掛かるが、

 

 

 

 

 

───クロスの目の前に不意に残像が現れ、巨大な拳を振り上げたイグニスイレイザーとなって立ち塞がった。

 

 

『逃がす訳ねえだろッ……!』

 

 

『ッ?!グッ!―ドゴォオオオオオオオッッ!!!!―ウグァアアアアアアッ!!!』

 

 

 目にも止まらぬ速さで回り込まれた上、勢いよく振り下ろされる拳を前に咄嗟に左腕で防御姿勢を取るクロスだが、そのあまりの威力に防御も意味をなさず猛スピードで地面に叩き落とされてしまった。

 

 

 そのまままともに受け身すら取れずに背中から叩き付けられ、罅割れた地面からふらつきながら身を起こそうとするクロスの目の前にイグニスイレイザーが瞬間移動で現れ、クロスの首を掴んで無理矢理起き上がらせてしまう。

 

 

『さっきのは思ったより効いたぜ。お前を相手に慢心すんのは足元掬われるって分かってた筈なのになぁ……ったく、俺もまだまだ甘いってこったァああッ!!』

 

 

『っ、ぐうぅッ!』

 

 

 巨大な右腕に紅い炎を収束して纏い、固く握り締めた拳を振りかざして殴り掛かろうとするイグニスイレイザーの胸にクロスが右足を押し当てながら思い切り蹴り上げ、その反動を利用してイグニスイレイザーの手から強引に逃れギリギリで拳を回避した。

 

 

 だが、イグニスイレイザーは自分から離れようとするクロスの足を咄嗟に掴んで強引に引き戻してしまい、そのまま力任せに離れた場所に留まる乗用車に目掛けてクロスを投げ付けて激突させてしまい、乗用車の車体が歪にひしゃげ、窓ガラスが全て砕けて無惨に飛び散ってしまった。

 

 

『ぐぅッ!!ぅ、っ……ク、ソッ……!』

 

 

 激痛で震える身体に鞭を打ち、クロスはどうにか身を起こそうとする。だがその間にもイグニスイレイザーは右手の掌の上に炎を収束して炎の塊を形成させていき、クロスに狙いを定めながら腰の後ろに徐々に右腕を引いていく。

 

 

『そろそろ終いといこうじゃねぇか。今度こそトドメを刺してやるよ……この手でなァあああああああッッ!!!』

 

 

『……ッ!!』

 

 

 右腕を突き出して炎の塊を放とうとするイグニスイレイザーの姿を視界に捉え、クロスも慌ててその場から離れようとする。

 

 

 がしかし、乗用車に激突した際に傷に響いたのか右腕に凄まじい激痛が走り、苦痛で顔を歪めながら腕を抑えて動きを止めてしまうクロスに目掛けて、イグニスイレイザーの手からトドメの一撃が問答無用で放たれようとするが……

 

 

 

 

 

 その時、突如何処からか無数の弾頭が飛来してクロスとイグニスイレイザーの周囲に次々と撃ち込まれていき、地面に全て着弾したと同時に黒煙が発生して二人の視界を覆い尽くしていったのだった。

 

 

『ッ?!な、んだこりゃ?煙幕……?!』

 

 

 思い掛けない横槍に動揺してしまうイグニスイレイザーを他所に、弾頭は更に立て続けに周囲に降り注いで煙の量を増やしていく。

 

 

 それによって視界が満足に確保出来なくなっていき、クロスの姿も煙幕に遮られ狙いが付けられないイグニスイレイザーは困惑を露わにしながらも鬱陶しげに舌打ちすると、手の中の撃ち損ねた炎の塊をカン頼りに煙幕の向こうへと投げ放った。

 

 

 直後、ドォオオオオッッ!!!!と耳を劈くような爆発音と共に凄まじい衝撃波が発生して周囲を覆い尽くしていた煙幕を一気に吹き飛ばしていき、視界が漸く拓けていくと、目の前には爆発の発生源である乗用車が轟々と燃え盛り炎上している光景が広がっていたが、先程までそのすぐ近くに倒れていた筈のクロスの姿は何処にもなかった。

 

 

『(奴がいねぇ……!何処に行きやがった?!)』

 

 

 まさかあの煙幕に乗じて逃げたのかと、慌てて周囲を見回してクロスの姿を探していくと、遠方に建物の屋上から屋上へと飛び移りながら遠ざかっていく不審な人影を視界の端に捉え、イグニスイレイザーは目を凝らしてその人影を見つめていく。それは……

 

 

「──おいっ、おいしっかりしろっ!しっかり立てってっ!」

 

 

『っ、ぐっ……!』

 

 

 足元が覚束無いクロスに肩を貸し、半ば強引に彼の身体を引きずりながら次の屋上へと飛び移る少女……イチイバルのギアを身に纏ったクリスの姿があり、影の正体が彼女だと気付いたイグニスイレイザーは忌々しげに毒づく。

 

 

『またあのガキか……!何度も何度も横槍をっ!』

 

 

 先程の弾幕も恐らくあの少女の仕業だろう。前回の戦闘に引き続きまたも自分の邪魔をしたクリスに苛立ちを覚え、このまま逃がしてたまるかと全身から炎を噴き出し二人を追撃しようとするが、しかし……

 

 

『……ぅ、ぅぅっ……た、たすけっ……たすけてくれぇぇぇぇっ…………!』

 

 

『っ!』

 

 

 背後から不意に掠れた呻き声が聞こえ、思わず足を止めて振り返る。

 

 

 其処には地に倒れ伏し、クロスに穿たれた脇腹の風穴から無数の光の粒子が立ち上って今にも消滅し掛かっている様子のシャークイレイザーの姿があり、それを目にしたイグニスイレイザーは徐々に遠ざかっていく二人の後ろ姿とシャークイレイザーを交互に見ると、僅かに逡巡する素振りを見せた後に舌打ちし、全身から噴き出す炎を消し去った。

 

 

『(流石にこのままアイツを見殺しにする訳にもいかねぇか……だが、次こそは絶対だ。この手で必ず息の根を止めてやるっ)』

 

 

 このまま瀕死の状態のシャークイレイザーを放置する訳にはいかず、二人の追跡を諦めたイグニスイレイザーは倒れるシャークイレイザーの下に歩み寄って身体を抱き起こす。

 

 

 そして、足元から放出した炎に包まれて二人は何処かへと消え去り、後には炎に包まれる乗用車と、クロスとイグニスイレイザーが争った跡の惨状のみが残されていたのであった。

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 

―中野姉妹宅―

 

 

 一方その頃、クリスがクロスとシャークイレイザーを追い掛けた後、学校から五月達の家に戻ってきた風太郎と五月はリビングで待機し、二人が戻ってくるのを何処か落ち着かない様子で待ち続けていた。

 

 

「黒月さんと雪音さん、大丈夫でしょうか……」

 

 

「さあな……あのイレイザーとかいう怪物に関しては正直俺達に出来る事は何もねえし、今はアイツ等が無事に帰ってくるのを待つしかないだろ。こっちから探しに出ていった所で、もしまたあの怪物と出くわしたりでもしたら俺達じゃどうする事も出来ないしな……」

 

 

「それはそうですが……」

 

 

 風太郎の言う事も最もだが、やはりこうしてただ待つしか出来ないというのはどうにももどかしく思う。

 

 

 自分達を守る為に危険な戦いに向かった二人は無事なのか、怪我を負ったりはしてないだろうか。

 

 

 リビングの壁に立て掛けられた時計の秒針が進む音と共に、そんな不安感が胸の内で膨らんで無意識に膝の上で祈るように両手の指を絡ませてしまう五月に対し、そんな彼女の不安げな表情から風太郎も五月の心情を察し、何か彼女の気を紛らわせる話をしようと口を開き掛けたその時、玄関の方から突然ドンドンドンッ!と扉を何度も強く叩く音が響き渡った。

 

 

「ッ!な、なんだっ……?」

 

 

『おい!早く開けてくれ!』

 

 

「!今の声……雪音さん?」

 

 

 一瞬、もしや先程のイレイザーがこの場所を突き止めたのではないかと身構えてしまう風太郎と五月だが、扉の向こうから聞こえてきたクリスのただならぬ様子の声を聞き、互いに顔を見合わせた二人は玄関に出て鍵とチェーンを外し、恐る恐る扉を開ける。

 

 

 直後、扉が勢いよくバンッ!と開かれ、頭から血を流した蓮夜を背負ったクリスが中へ駆け込んできた。

 

 

「雪音さん!良かった、二人ともご無事で……って、黒月さんその血っ……?!」

 

 

「説明は後だ!今はとにかく治療器具を持ってきてくれ!早く!」

 

 

「あ、ああ……!五月!救急箱!」

 

 

「は、はい!えと、確かこの辺に……!」

 

 

 額から床に血粒を落とす蓮夜の姿を見て動揺しながらも、五月は慌てて戸棚から救急箱を探し始め、風太郎もクリスを手伝って蓮夜を奥のリビングへ運ぼうと肩を貸すが、蓮夜は何故かそんな二人からふらつきながら離れ、玄関の扉に背中を預けた。

 

 

「俺の事は、いいっ……それより今は、あのイレイザー達への対策を考えっ……ぐっ……!」

 

 

「んなの後から幾らでだって出来んだろうがっ!今は自分の身体の事を先に考えろっ!」

 

 

「そ、そうですよ!酷い怪我なんですから、今は無理をしない方が……!」

 

 

「そんな悠長にしていられる時間なんてないっ……。お前の姉達を攫ったイレイザーを仕留め損なったんだっ。その上奴まで現れたんじゃ、今のままだとこの二人を守り切れるかどうかっ……奴等がまた動き出す前に、何か対抗手段をっ……っ……!」

 

 

「お、おい……!無理に動くなって!」

 

 

 怪我の治療も後回しに無理に動こうとする蓮夜に風太郎が慌てて支えに入るが、蓮夜は構わず歩くのもままならない足取りで玄関に上がって今後の対策を話し合う為にリビングへと向かおうとし、そんな蓮夜を見てギリッと歯噛みをしていたクリスが蓮夜に詰め寄り、その胸ぐらを掴んで壁に勢いよく押し付けた。

 

 

「ッ……!イチイバルっ……?」

 

 

「いい加減にしろよっ……!この間もさっきも、今もっ!お前一人が無茶すればどうにかなる訳でもねぇだろっ?!いつまでそうやって自分一人で戦ってるつもりでいる気なんだよっ!」

 

 

「ゆ、雪音さん!」

 

 

「落ち着け!相手は怪我人だぞ!」

 

 

「うるせぇっ!お前らは口挟むなっ!」

 

 

 突然のクリスの激昂に戸惑いながらも慌てて止めに入ろうとする風太郎と五月だが、クリスはそんな二人の声にも聞く耳を持たず壁に押し付けた蓮夜を鋭く睨み付け、一方で蓮夜もそんな彼女から視線を逸らし何処か複雑げな表情を浮かべるも、クリスの目をまっすぐ見つめ返しながら血塗れの手で彼女の腕を掴んだ。

 

 

「お前の言う事も、分かる……それでも、多少の無茶を押し通しでもしなければ勝ち目のない相手なんだ……。救わなきゃいけない人間がまだいる以上、俺には自分を省みる暇なんてっ……」

 

 

「それが間違いだって言ってんだよっ!奴らとまともに戦えるのは現状お前だけだっ!そのお前に何かあればそれこそこっちは手詰まりになるっ!誰かを救いてぇなら、まずお前がそいつを自覚して自分の足元固めんのが先なんじゃねーのかよっ!!」

 

 

「っ……!」

 

 

「も、もうやめて下さい二人とも!」

 

 

「もういいだろっ……!今はそいつの怪我の治療が先だ!」

 

 

「っ、チッ……!」

 

 

「…………」

 

 

 救急箱を両手に今にも泣き出しそうな様子の五月と、蓮夜との間に割って入った風太郎に止められ、クリスは蓮夜を突き放しながら背中を向けて舌打ちし、壁に背を付ける蓮夜もズルズルと床に滑り落ちて気まずげに顔を伏せてしまう。

 

 

 そしてその後、蓮夜は怪我の治療の為に風太郎の肩を借りてリビングの方へと覚束無い足取りで運び込まれていき、救急箱を手に二人の後を追い掛けようとした五月も一瞬歩みを緩めてクリスの方を見遣るが、風太郎に呼ばれて慌ててリビングへと向かい、玄関に残されたクリスはやり場のない苛立ちに苛まれ、蓮夜に掴まれて血が付いた自分の手を見下ろしながら「クソッ……!」と一人悪態を漏らしてしまうのであった。

 

 

 

 

 


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