戦姫絶唱シンフォギア×MASKED RIDER 『χ』 ~忘却のクロスオーバー~   作:風人Ⅱ

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第六章/五等分のDestiny×紅弾の二重奏(デュエット)④(前)

 

―市街の森・廃屋―

 

 

「───クソッ、クソォオオオオオオッ!!あと少しっ、もう少しで全てが上手くいってた筈なのにィィいいいいいッ!!」

 

 

 ガシャアアアアンッ!!と、薄暗い闇に包まれた廃屋内に無数の鉄が散乱するけたたましい音が鳴り響く。

 

 

 地面に幾つもの錆びれた鉄屑を撒き散らし、憤りを露わにそれらを見下ろすのは上半身の服を脱いで脇腹に何重もの白い包帯を巻き付けた神楽木であり、そんな彼から少し離れた場所では、神楽木の怪我を治療したアスカが何処か気まずげに佇む姿があった。

 

 

「だから、奴らの事に関しては悪かったって言ってるだろっ。別にこっちだってわざとお前に連絡しなかった訳じゃ……」

 

 

「謝って済む問題な訳があるかぁあッ!!俺が今日までっ、一体どれだけ慎重に事を運んできたと思ってるゥッ?!本人達に怪しまれないように表では気の良い教師を演じっ、奴らのその日の動向を探っては姿を見られないように注意を払って此処まで来たんだッ!後はあの五女を攫いさえすれば、今まで攫った連中と一緒に纏めて消してこの物語を俺の手中に堕とせていた筈なのに……!それをお前らが勝手にあんな奴らをこの世界に引き入れたせいで、全て台無しだぁッ!!」

 

 

「いや、そうは言われてたってなぁ……」

 

 

 頭を激しく掻き毟って計画が頓挫した事に憤る神楽木の怒りも最もなのだが、正直自分もクレンの口車に乗っただけのクチなのでその怒りをぶつけられたってどうしようもない。

 

 

 ただまあ、あの二人をこの世界に送ったのは確かに自分なのでそれを強く否定する事も出来ず、一体どうしたものかと、怒り狂いながら物に当たり散らす神楽木の荒れっぷりを遠目に面倒そうに頭を悩ませるアスカだが、その時……

 

 

『──まあまあ、そうカリカリしないでよ。確かにこっちの不手際のせいで向こうに君の正体がバレちゃったけど、まだ取り返せる範囲の失敗だから気に病む必要はないさ』

 

 

「……?!」

 

 

「この声は……」

 

 

 怒り散らす神楽木を宥めるかのように、不意に何処からともなく青年の声が響き渡った。

 

 

 その飄々とした聞き覚えのある物言いにアスカが訝しげに眉を潜めると、アスカが手に持つ半透明の本が独りでに突然開き、ページから発せられた光がアスカと神楽木の間で人型の形を形成して一人の青年……クレンの残像となっていった。

 

 

「ア、アンタ……!」

 

 

『やあ、しっかり役目を勤めてくれてるみたいで安心したよ。でも悪いねぇ、僕が連絡ミスったせいで君にもいらぬ怪我させてしまって。今回の件は完全に僕の責任だから、どうかアスカの事は責めないであげてくれるかなぁ?』

 

 

 ナッハハッと、そう言いながら屈託のない笑顔を向けてアスカをフォローするクレンだが、神楽木はそんなクレンを前に「うっ……」と何故か急に口篭らせて先程までの荒れっぷりが嘘のように大人しくなっていく。そんな神楽木の態度の豹変にアスカも訝しげな眼差しを向ける中、クレンがアスカの方に振り向いて口を開いた。

 

 

『アスカも悪いねー、余計な手間取らせちゃって。でも、無事に合流が出来たみたいで安心したよ。これでもし助けが間に合わなくて彼が倒されでもしていたら、流石に僕も夢見が悪くて参ってただろうしねぇ。いやぁー、ホントに良かった良かった』

 

 

「……ハッ、心にもねえ事を良く言うぜ。どうせお前の事だから仮にコイツがくたばった所で、すぐに代わりになれるような奴を用意してあんだろ?」

 

 

『アッハッハッハッ、そりゃそーだよ決まってるじゃない。だってホントにヤバいって思ったら僕が他人任せになんてする筈がないし、仮に彼が倒されてたらすぐに別の人員をそっちに送る予定だったし。……あ、となると別に君を急がせる必要もなかったって事になるのかな?いやー、メンゴメンゴ』

 

 

「っ、コイツはッ……」

 

 

 相も変わらずいい加減なまでの適当さを微塵も隠そうとしないクレンに思わず苛立ちが湧き立つアスカだが、それを指摘した所で彼が大して意に介さない事も嫌というほど分かっている為にそれ以上は何も語らず深々と溜め息を漏らしてしまう。

 

 

 そして神楽木も自分が死んだ後の話を喜々として語るクレンに怯えた眼差しを向けながら段々とその顔色が青ざめていくが、クレンはそんな神楽木を他所にいつもの飄々とした調子で話を進めていく。

 

 

『でもまぁ、君が彼を助けてくれたおかげで余計な人員を送る必要もなくなった訳だし、実際に助かったとこがあるのは確かさ。んで、ついでで悪いんだけど君にはこのまま残って、彼の仕事を手伝ってあげてくれないかな?見た感じ、どうやら蓮夜君達にも彼の正体がバレてしまったようだしね』

 

 

「っ……!」

 

 

 チラッと、何気ない調子で顔を向けるクレンの眼差しは神楽木の腹に巻かれた白い包帯を射抜く。神楽木もクレンの視線を受けて思わず後退りしてしまい、そんな神楽木の様子にアスカも訝しげに眉を顰めながらも腕を組んで口を開く。

 

 

「それに関しちゃこっちもその気だったから別にいいが、問題はその為に今後の方針をどうしたらいいかって話だ。コイツの正体や能力が知れた以上、向こうもきっとソレを警戒してる。今までのやり方が通じるか分からねぇ以上、下手打てばそれが悪手になり兼ねねぇから油断ならないぞ」

 

 

『あれ……?意外と慎重的な考えだね。正直彼等も大した脅威にならないし、てっきりこのまま残った最後の一人を奪いに無理矢理にでも攻め入るんじゃないかと思ってたけど』

 

 

「馬鹿言ってんじゃねーよ。そんな強引な手を打ってこの……あーっと……名前なんつったっけか、この物語……?ごと、五等……?」

 

 

『五等分の花嫁、だよ』

 

 

「ああ、それだそれ。この五等分のなんちゃらの物語に俺達の存在が悟られでもしたら、俺は勿論、コイツも追放されて二度とこの世界に戻って来れなくなんだろ?俺達の敵はアイツらだけって訳じゃねぇんだから」

 

 

 ただでさえ現状、この物語のヒロインである四人の少女達を誘拐するという本来の流れにはない事件を自分達は起こしているのだ。

 

 

 何時この世界そのものがその異変に気付いて自分達の事に勘づくか分からない以上、下手に派手な動きをして追放されでもしたら全てが水の泡になってしまう。

 

 

「何より、俺が一足遅れたせいでコイツもクロスに怪我を負わされてる。一応最低限の治療を施したとは言え、まだ満足に動ける状態じゃない。能力を使わせてもそれは変わりねえだろうし、こんなんで奴らの前に連れ出せば油断した隙に討たれるって事もありえなくはねえしな……」

 

 

『成る程ね……ふむ……』

 

 

 そうなる事を避ける為にも、此処から先はより慎重にならざるを得ないと語るアスカの言葉にクレンも顎に手を添え、少しばかり考える素振りを見せた後、不意に何かを閃いたかのように僅かに顔を上げてこう告げた。

 

 

『ならさぁ?こっちからわざわざ攫いに行くんじゃなくて、向こうから来てもらうってのはどうかな?』

 

 

「……向こうから?」

 

 

 どういう意味だ?とアスカの頭上に疑問符が浮かぶ。クレンはそんなアスカの反応に不敵な笑みを返し、まるで悪戯を思い付いた子供のような笑顔と共にその計画の全貌を話し始めていくのであった。

 

 

 

 

 

◇◇◆

 

 

 

 

 

 夜のはじめ頃。一先ず蓮夜の怪我の治療を終えた後、この世界で暗躍するイレイザーの正体を突き止めた一行は今後どうするべきか話し合った末、今は相手の出方を伺いつつ蓮夜の回復を待とうという方針となった。

 

 

 どの道イレイザーとまともに戦える蓮夜が負傷している間こちらからは動けない上、蓮夜曰く、敵側も肝心のイレイザーが負傷してる以上今すぐ次の動きに出る事はないだろうと踏んでの結論だった。

 

 

 その後、取りあえず腹ごしらえに夕食の準備に取り掛かろうとした際に材料が足りてないとの事で、五月から半ば強引に足りない分の食材を買ってきて欲しいと頼まれ、蓮夜と風太郎の男性陣は近くのスーパーへ買い出しに向かう事となったのだが……

 

 

「──いや、ホント……なんでちょっと目を離した隙に新しく怪我作ってくれてるんだよ、アンタ……」

 

 

「……すまない……いや、ただ単に軽いスキンシップのつもりで頭を撫でようとしただけだったんだが、まさか俺も彼処までガッツリ噛まれるとは思わなんで……」

 

 

 ズーンッと、そう言いながら店先の前で酷く落ち込んだ様子の蓮夜が風太郎に差し出す左手からは、えらく深い歯型の傷跡からダラダラと血が流れ出ており、風太郎はそんな蓮夜をジト目で睨みながら持参したハンカチを止血の為に彼の左手に巻き付け、呆れるように溜め息を吐いた。

 

 

 何故こんな事になってしまったのか。別に元々あった怪我が開いたとか、いきなり敵の奇襲を受けたからとかそんな深刻な理由からではない。

 

 

 ただ、風太郎が店の中で買い物をしている間に蓮夜がイレイザーの襲撃を警戒して外で念のため見張りをしていた際、買い物客の誰かのペットなのか、店先にリードで繋がれていた可愛らしいコーギー犬とたまたま隣り合わせになったのが事のきっかけだった。

 

 

 この時点で既に察するものがあると思うが、特に異常らしい異常もなく、待ってる間手持ち無沙汰で暇していた蓮夜は何となしにそのコーギー犬とじゃれてみようかと思い、頭を撫でようと不用意に手を伸ばした瞬間に秒でガブリッ!されてしまった訳である。

 

 

 その後、風太郎が買い物を終えて戻ってきてみれば、外ではザワザワとどめよく見物人達に囲まれて真顔のまま何も出来ずにダラダラと冷や汗と共に手から流血する蓮夜と、わりと本気で彼の手を食い千切らんとばかりの勢いで激しく頭を振って噛み付くコーギー犬、そしてそんな興奮状態の犬を引き剥がそうと親切な通行人の方々が必死に奮闘するという異様な光景が広がっていたのだ。

 

 

 そんなあまりに予想斜め上の展開を目の当たりにした風太郎も最初は脳の情報処理が追い付かず呆然と立ち尽くしてしまってたが、その後すぐに我に返って慌てて蓮夜を助けようと救出に加わったのが先程までの出来事の経緯である。

 

 

 因みにそんなカオスな事態を終息させたのは風太郎より少し遅れて店から出てきた犬の飼い主さんによる一声であり、蓮夜が解放された後は見てるこちらが申し訳なくなるぐらい何度も何度も頭を下げて謝罪してくれた。

 

 

「あの飼い主にも申し訳ない事をしてしまったな……一応動物には嫌われ慣れてるから問題ないとフォローはしてみたものの、あまり気にしてないといいが……」

 

 

「嫌われてるって自覚してんならそもそも下手に触ろうとするなよ……!店から出たら滅茶苦茶人集まってたし、てっきりまたあの化け物が襲ってきたんじゃないかって一瞬身構えちまっただろ!」

 

 

「いや、まあ……人に慣れてるなら俺でもワンチャン行けるんじゃないかとか、苦手を克服するのなら良い機会なんじゃないかと思ったんだ……ワンちゃんだけに」

 

 

「……………」

 

 

「ワンちゃんだけn」

 

 

「聞こえなかったんじゃないんだよスルーしてんだよ敢えて!気付けよそれぐらい!」

 

 

 何故かちょっと上手いこと言ってやったぞ、みたいなドヤ顔までキメて寒いダジャレをしつこく繰り返そうとする蓮夜にツッコミを入れつつ、ギュッ!とハンカチをキツめに結ぶ風太郎。

 

 

 うぐっ!と顔を顰めて蓮夜が痛みに悶えるが、風太郎は構わず疲れた様子で溜め息を吐きながら地面に置いておいた買い物袋を手に取って先へと歩き出していき、蓮夜も渾身の洒落を無下にされてちょっと不服げな顔をしながら左手をプラプラさせると、自分の手に巻かれたハンカチを一瞥し、風太郎の後を追い掛けながら声を掛けていく。

 

 

「しかし、治療の為にわざわざハンカチまで使わせてしまってすまないな……これは家に着いたらちゃんと洗って返して──」

 

 

「別にいいそんなの……ってかそういう気遣い、俺にじゃなくてあの子に使ってやるべきなんじゃないか?」

 

 

「……え?」

 

 

「え?じゃなくて、アンタなぁ……なんで俺と五月がわざわざアンタとあの子を引き離したのか、ちょっと考えれば分からない訳じゃないだろ?」

 

 

「…………」

 

 

 呆れ口調の風太郎に溜め息混じりにそう言われ、蓮夜は一瞬真顔のまま固まった後に僅かに顔を伏せてしまう。

 

 

──数十分程前、クリスとのあのやり取りから彼女とまともに目を合わせる事も出来ず、そんな自分達の間の気まずい空気を察してか風太郎と五月も中々口を開く事が出来ないでいた。

 

 

 そんな中、突然五月が半ば自分達を追い出すような形でこうして買い物に行かせた訳なのだが、恐らくアレはクリスと一旦距離を置かせて自分達の頭を冷やさせようという五月なりの気遣いだったのかもしれないと、最初は急で気付けなかった事も、今は何となくそうなんじゃないかと落ち着いて考える事が出来る。

 

 

「そう、だな……改めて思うと、みっともない所を見せてしまったと思う。そっちも大事な家族を攫われて、しかも自分達も狙われてる大変な状況だというのに、いらぬ気遣いまでさせてしまって……」

 

 

「そういうのもいい……俺が言いたいのは、あの子と早く仲直りなり何なりしてくれって話だ。こっちとしてもずっとあの空気の中にいるのは気まずいってもんじゃないし、アンタ等だってこのままじゃいざって時に困るだろ?」

 

 

「それは……分かってはいるんだが……」

 

 

 風太郎の言う通り、自分としてもこのままクリスとの間に険悪なムードが続くのは避けたいと思ってる。

 

 

 とは言え、自分を快く思っていないクリスとどうやって向き合うべきか。それが分からず思い悩む蓮夜の横顔をジッと見つめ、風太郎も僅かに逡巡する素振りを見せた後に薄く溜め息を漏らした。

 

 

「まぁ、あの子との間に何かありそうだなってのはアンタ見てて何となく察しは付いてはいたけど……其処まで悩むくらい深刻な事なのかよ?」

 

 

「……深刻、に映るかどうかは人の目によると思うんだが、そうだな……解決策が全然思い付かない俺にとっては、結構深刻な問題だと思ってる……」

 

 

 苦笑しながらそう言って、蓮夜はポツポツとこれまでの経緯を簡潔に語り始めた。

 

 

 クリスやその仲間である響達と最初に出会い、其処で彼女達をイレイザーとの戦いから遠ざける為に不遜な言い方をしてしまい、特にクリスから不興を買ってしまった事や、彼女達と正式に協力するようになってからも彼女との訓練で真剣勝負を請われ、本気の戦いを望んでた彼女に対しまたしても自分が不用意な発言をして怒りを買ってしまった事など。

 

 

 この世界に来る前に自分がどれだけクリスに対して配慮に欠けた事をしてきたか改めて語る蓮夜の話を聞き、若干微妙そうな顔を浮かべていた風太郎も大体の事情を知り納得したように頷いた。

 

 

「成る程な……まぁ、傍から聞けばどっちが悪いってのも一概には言えないというか、別にアンタだって悪気があった訳じゃないんだろう?」

 

 

「……だとしても、無自覚な悪意が相手を傷付ける事だってある。俺の場合は特にそういった物が積み重なって、謝る機会を逃したせいで尚更拗れてしまった訳だし……それに俺自身、此処に至るまでの異常事態の連続を言い訳に、何処かなぁなぁにしていた部分があるのは否めない……」

 

 

 上級イレイザーとの遭遇や異世界への転移、更にはその世界で暗躍するイレイザーが起こした事件の被害者と出くわすなど予想外の事態の連続に追われて視野狭窄になり、機会はあった筈なのにクリスと向き合って話すのを疎かにしてしまったのは否定出来ない。

 

 

 無論自分なりに別世界に跳ばされて混乱するクリスの心情を気遣い、要らぬ不安や心配を与えまいとしていつも通りの態度を心掛けていたつもりだが、今にして思えばそれも逆効果だったかもしれないと思う。

 

 

「俺が良かれと思ってやる事は、尽く裏目に出る。だからいざ彼女と腹を割って話そうとしても、また不用意な事を言って彼女に不快な思いをさせてしまうんじゃないかとか……そう考えると、中々……」

 

 

 これ以上要らぬ溝を深めてしまうくらいなら、いっそ彼女の不興を買わぬようにある程度距離を置くのが一番ではないか。そう考えてしまうくらいに深く悩み、沈んだ表情を浮かべてしまう蓮夜だが……

 

 

「……別に、嫌われるんなら嫌われるで、それでもいいんじゃないのか」

 

 

「……え?」

 

 

 風太郎がポツリと口にした意外な言葉に、蓮夜は僅かに目を見開いて振り向く。そんな蓮夜に対し、風太郎は目を伏せながらぶっきらぼうな口調で話を続けていく。

 

 

「人との繋がりとかって、別に最初から良好な関係に拘る必要なんてないだろ。お互いにムカついて、嫌いあったりとかして、そっから段々少しずつ変わっていく事だって中にはある。寧ろ問題なのは、そんな険悪な関係のまま変えようとする努力をしない事なんじゃないかって、俺は思うけどな」

 

 

「……それはそうかもしれないが……しかし、そう簡単な話ではないんじゃないか?」

 

 

「そりゃな。マイナスからのスタートなんだから、最初から良好な関係から始めるのとじゃ苦労の度合いが段違いに決まってる。けど後々になって幾ら後悔しようが、自分で撒いちまった種である以上、自分で何とかしなきゃいつまで経っても解決なんてする筈もないんだよ」

 

 

「……ぐうの音も出ないな……」

 

 

「まぁ、簡単な話じゃねえのは確かだけど、其処まで相手の事を思いやれるなら絶対にやれないって事はないんじゃないか?少なくとも、俺達の時よりかは大分マシだろうし」

 

 

「……?俺達……?」

 

 

 火の玉ストレートのド正論をぶつけられて何も言い返せずに苦笑いを浮かべていた蓮夜だが、風太郎のふとした発言に疑問を抱き思わず聞き返す。

 

 

 すると風太郎もそんな蓮夜の顔を横目に一瞬見ると、何かを考え込むように僅かに俯いた後、徐に目線を上げて雲掛かった空を見上げていく。

 

 

「俺や五月……アイツら五つ子とも、最初に出会った頃はそりゃ最悪でな。家庭教師のバイトの為に落第寸前のアイツらの成績を何がなんでも上げなきゃいけないってのに、勉強は嫌い、ついでに俺の事も死ぬほど嫌ってて全然上手くいかなかったんだよ。だから正直、家の事情さえなきゃコイツらの家庭教師なんて誰がやるもんかって、最初の頃は何散々愚痴ってたりしたもんだ」

 

 

「……そうだったのか……今の二人を見てると全然そんな風には見えなかったから、意外だな……」

 

 

「あれから色々あったからな。五月とは最初の出逢いからドジったせいで嫌われまくったし、二乃には薬を盛られたりされて家庭教師を辞めさせられそうになるわ、一花には花火大会を始め散々振り回され、三玖は家族旅行先で偽五月に化けて家庭教師を拒否してくるし、四葉にも部活問題で苦労させられ……ほんと、アイツらにどんだけ苦労させられてきたか数え切れねえけど、今にして思い返すと、それも悪くなかったなって思うんだよ」

 

 

「……それは、何故?」

 

 

 今までの彼の話を聞いた限り、五月やその姉達に散々苦労させられて良かった点など何もなかったかのように聞こえるが、そんな振り回され続けたハズの過去を何処か穏やかな口調で語る風太郎を見て蓮夜が思わずそう聞き返すと、風太郎は足を止め、地面に視線を落としていく。

 

 

「何度もすれ違って喧嘩して、振り回されて……その度にアイツ等の事を自然と考えるようになって、向き合っていく内に何となく分かるようになってきたんだよ。アイツら一人一人の欠点や面倒な所と同じくらい、それに負けないくらいの長所とか……弱さや、優しさとか……多分、ただの家庭教師と生徒ってだけの関係じゃ気付く事のなかったアイツらの良さって奴を、がむしゃらにぶつかってく内に知る事が出来たんだ」

 

 

 だから、と風太郎は振り返り、蓮夜の目をまっすぐ見据えていく。

 

 

「最初は最悪だったこんな俺達でも、色んなもんを積み重ねて互いを想いやれるくらいにはマシな関係になれたんだ……アンタやあの子だって、腹を割って本音でぶつかり合えば、今よりちょっとはマシな関係になれるかもだろ?」

 

 

「……本音でぶつかり合う……出来るだろうか、俺にも……」

 

 

「出来もしない事なら、俺も最初から無責任に出来るだなんて言わねえよ。今日までアンタら二人を見てきたけど、別に其処まで悩むほど仲が悪いって感じにも見えなかったしな……。さっきも、あの子があんなに怒ってたのもアンタが自分の身を顧みないから心配してたって感じに見えたし、あの子が本当はどう思ってるかなんて、直接話してみなきゃ分からないんじゃないか?」

 

 

「……アイツの本心……」

 

 

 風太郎にそう諭され、蓮夜はこの世界に来てからのクリスとの記憶を思い返していく。

 

 

 いきなり違う世界に飛ばされて何も分からない状況の中、重症を負った自分を助けてくれたり、風太郎と五月を助けたいという自分の我儘に付き合うと言ってくれた時は本当は内心嬉しかったし、彼女と気兼ねなく会話をしていた時も自分でも意外に思える程楽しんでいたのを覚えてる。

 

 

 そんな自分の心の内と改めて向き合い、蓮夜は自身の胸に手を当てて僅かに微笑を浮かべた。

 

 

「そうか……そうだな……俺も、本当は……」

 

 

「……?何か言ったか?」

 

 

「……いや。ただ自分が、これからどうしたいのか少し見えた気がしてな……有り難う、上杉」

 

 

「?お、おぉ……」

 

 

 まだ明確にとまではいかないが、少なくとも、自分の中でクリスとどう向き合いたいかは定まった気がする。

 

 

 その道を示してくれた風太郎に対して感謝の言葉を口にする蓮夜に対し、礼を言われた本人の風太郎はピンと来ていないのか若干戸惑い気味に頷き返す事しか出来ず、そんな風太郎の反応に苦笑いを浮かべながら蓮夜は再び彼と共に並んで歩き出していく。

 

 

「しかし、流石は家庭教師という言うべきか、人の悩みを解きほぐすのも上手いな。このまま本職の教師としてやっていけるんじゃないか?」

 

 

「冗談だろ?アイツ等の勉強見るだけでも精一杯なんだ、こんな仕事をずっとだなんて俺の身体が持たねえっての」

 

 

「そうか?俺は向いていると思うんだが……そうだ、試しに上杉先生と呼んでみようか。形から入れば案外しっくりくるかもしれん」

 

 

「やめてくれ、マジでっ」

 

 

「むう、そうか。残念だ……では、先生ではなく下の名前で呼んでもいいだろうか?」

 

 

「今の会話の流れで何でそうなる?!脈略無さ過ぎだろ!会話下手か!」

 

 

「いや、せっかくの数少ない相談に乗ってもらえる同姓だし、これを機にもっと仲を深めれればなと思ってな……。前に人と親しくなりたいなら名前呼びが一番良いと、知り合いに教えてもらった事があったからソイツを実践してみようかと」

 

 

「どんな前向き思考過ぎるアドバイスだよ、コミュ力お化けか何かじゃないのかそいつ……」

 

 

「まぁ、あながち間違いとも言えない。記憶喪失だなんて言う男の事を分かりたいと、進んで手を伸ばしてくるような奴だからなぁ……」

 

 

「ますますどんな奴なんだよ……ってちょっと待て……今、サラッと記憶がどうとかとんでもないこと言わなかったか……?」

 

 

「……ああ、そういえばまだ言ってなかったか。実はこう見えてイチイバル達の世界に来る前の事を全く覚えてないんだ。ドラマや漫画みたいで、ヤバいだろ?」

 

 

「…………そうだな……そんな大事を真顔のまま顔色変えずに言えちまうアンタの神経の図太さがヤベーよ…………」

 

 

 最早驚けばいいのか呆れればいいのか、わりと真面目に大変そうな事を冗談混じりに告白する蓮夜へのツッコミも思い浮かばず、一瞬ドン引きした様子で固まっていた風太郎は深々と疲労の篭った溜め息を漏らしながら話を切り上げ蓮夜を置いて歩き出していく。

 

 

 そして蓮夜もそんな風太郎の背中を目で追いながら微笑を浮かべていたが、一瞬だけ目を伏せた後に何処か複雑げにも見える笑みを浮かべた後、すぐにいつもの無表情に戻り風太郎の後を追い掛けていったのであった。

 

 

 

 

 


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