戦姫絶唱シンフォギア×MASKED RIDER 『χ』 ~忘却のクロスオーバー~   作:風人Ⅱ

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雪音クリス&五等分の花嫁編(後編)
第六章/五等分のDestiny×紅弾の二重奏(デュエット)④(中)


 

―中野姉妹宅・キッチン―

 

 

「──あ、雪音さん、そっちの切ったお野菜取ってもらってもいいですか?」

 

 

「ん……これか?」

 

 

「はい、ありがとうございます!」

 

 

 蓮夜と風太郎が買い出しから戻ってきたから数十分後。キッチンで二人が帰ってくる前に夕飯作りの準備を進めていたクリスと五月は蓮夜達から足りない分の食材を受け取り、現在本格的に料理の準備を進めている所だった。

 

 

 因みに、買い出しから戻ってきた風太郎はリビングの方でテーブル拭き等を終えてから暇を持て余して今度は廊下の掃除を行っており、蓮夜は風太郎から貸りたハンカチを洗いたいので洗濯機を使わせて欲しいとの事で、今は洗面所に篭っている。

 

 

「ズズゥー……うん、味付けはこれくらいがちょうど良いかもしれませんね!これ以上付け足すと濃くなりそうですし」

 

 

「…………」

 

 

「あ、良ければ雪音さんも試しに味見してみます?私だけじゃ味に偏りが出るかもしれませんから、念の為──!」

 

 

「や、あたしはいい。そっちの匙加減に任せる」

 

 

「あ、っと……そう、ですか。で、では、味付けは私の方でやっておきますね!」

 

 

「ああ。……後、別にあたし相手に変に無理して明るく振る舞う必要はないからな」

 

 

「……ふぇ?!」

 

 

 スープの味見をやんわり断られ、心做しかションボリした様子で差し出した味見皿を下げようとするも、クリスからの不意の指摘に分かりやすく慌てふためく五月。

 

 

 そんな彼女の反応を横目に溜め息を吐きつつ、クリスは五月に呆れた視線を送っていく。

 

 

「其処まであからさまだと、流石にあたしでも分かるっての。大方、さっきあたし等のせいで気まずい空気になっちまったから気を遣ってくれてるんだろ?……悪かったな、見苦しいところ見せちまって」

 

 

「え、あ、いえ、雪音さんが謝るような事では……!そもそも元を辿ればお二人を巻き込んだのは私ですし、寧ろ、彼処まで危険な事にお二人を巻き込んでしまったのが今になって申し訳なくて……」

 

 

「……別に、お前が悪びれる必要なんてないだろ。イレイザーの連中に好き勝手されたら都合が悪いのはあたし等だって同じだったし、どっち道元の世界に戻る為に色々と探ってく内にお前の姉達の誘拐事件だって突き止めてただろうしな。結局、遅かれ早かれ今回の件にあたし等も首を突っ込んでただろうさ」

 

 

「それは……そうかもしれませんけど……でも……」

 

 

 そうは言っても、やはり自分の意思で蓮夜とクリスを引き込んだ事実は変わらないと、五月は本当に申し訳なさそうな表情で俯きながら料理の手を止めてしまう。

 

 

 まな板の上に乗せて切り刻んだ食材をボウルに移していくクリスはそんな五月の様子を横目に「ほんとに生真面目な奴だな……」と溜め息を吐き、一体どうすれば彼女の中の罪悪感を少しでも和らげる事が出来るだろうかと頭の中で思考する中、五月が不意にクリスに向けて口を開いた。

 

 

「あ、の……前から少し気になっていたんですけど……雪音さんって、もしかして黒月さんの事がお嫌いなんですか……?」

 

 

「……は?いや、何だよ急に?」

 

 

「いえ、なんというか……初めてお二人にお会いした時から、雪音さんの黒月さんに対する接し方が時々何処か余所余所しかったり、黒月さんの意見に不満げな態度を見せる時があって……もしかすると本当は普段から仲が悪くて、私達を不安がらせない為に無理をして仲が良いように振るっているのではないかと……もしもそれがさっきの一件の要因として繋がってるのだとしたら、やはり私の……」

 

 

「そ、そんなんじゃねえよっ……そもそもお前が気にするような事でもないし、何の関係も──」

 

 

「いいえ!私達を守る為に無理をして、お二人の関係が余計に悪化したのだとしたらそれは私のせいです!それを素知らぬ振りだなんて到底出来ません!」

 

 

(ぐっ……全っ然話聞かねぇっ……!何処まで生真面目で頑固なんだよコイツっ……!)

 

 

 ずずいっと身を乗り出してしつこく食い下がってくる五月の勢いに圧倒され、クリスは顔を背けながら口元を引き攣らせてしまう。

 

 

 やがて、そんな彼女の一歩も引く気を見せないまっすぐな眼差しと気概に根負けしてしまい、暫しの思考の後、クリスは顔を逸らしたまま深々と諦めたように溜め息を吐き、シンクの縁に両手を付いて軽く項垂れていく。

 

 

「別に、アイツに対して其処までの悪感情を抱いてるって訳じゃないんだよ……ただ何つーか……人の意見も聞かずに勝手に何でもかんでも一人で決めようとするアイツの考え方が不満っていうか、気に喰わないっていうか……」

 

 

「気に喰わない、ですか……?」

 

 

「そうだよ……あたし等の世界で最初に顔を合わせて口利いた時も、アイツはイレイザーと戦う手段がないあたし等に手を引けって言ってきたんだ。けど、理屈で分かっててもそんなもんすぐに納得出来ないだろ?元々あたし等が守ってきた世界なんだ。それをいきなり余所もん一人に全部任せて黙って見てろだなんて、簡単に呑める訳ねーだろってっ……」

 

 

「……成る程。つまり雪音さんは自分の気持ちを全然汲んでくれない黒月さんに不満を募らせてて、先程の一件もそういった積もるに積もった不満が一気に爆発してしまった結果だった、と?」

 

 

「いやまぁ、有り体に言えばそうなんだが……けど、それに関してはアイツの言い分も間違ってはないし、あたしも納得してる所はあるんだ……ただその、何というか……」

 

 

「?」

 

 

 蓮夜への不満が止まらぬかと思いきや突然歯切れが悪くなり、目線を泳がせるクリスの反応に対して五月は不思議そうに小首を傾げる。

 

 

 そしてクリスもそんな五月を横目に僅かに逡巡する素振りを見せた後、溜め息を一つ挟み、何処か観念したかのような様子で己の内の本心を語り始めていく。

 

 

「ホントは、さ……もっと単純な話、あたしはアイツの力に嫉妬してたんだと思う……あたし達にはないすげぇ力を持ってて、イレイザーと戦えるアイツに……」

 

 

「え……で、でも、雪音さんも凄い力を持ってるじゃないですか?えと、シンフォギア……でしたっけ?アレのおかげで、私や上杉君も怪物から助けてもらいましたし」

 

 

「けど、あの時だってあたしの力は通じちゃいなかったし、アイツが来なきゃお前らもどうなってか分からない……あたし一人の力じゃ、結局何も守れないんだよ……あのバカの時だって、何も……」

 

 

「……あのバカ?」

 

 

 クリスの口からポロっと漏れ出た「あのバカ」というワードが引っ掛かり、五月が思わず訝しげに聞き返す。

 

 

 それに対しクリスも無意識で出た言葉だったのか、五月に言われて思わず「あっ……」と口に手を伸ばし掛けるが、まあ此処まで話したのだから今更かと冷静になり、どうせならいっそこのまま話のついでに全部吐き出してしまおうかと、キッチンの天井を仰ぎながら何処か投げ槍な口調で言葉を続けていく。

 

 

「あたしさ……昔は色々あって、元の世界にいる今の仲間とは敵同士だったんだ。その頃は歌とかも大っ嫌いで、世界から争いを無くせる為なら何だってやってやるって、荒れに荒れててさ……そんなあたしに手を伸ばして、この手を繋いでくれたバカがいて……今のあたしが変われて此処にいるのも、ソイツがいてくれたおかげでもあるんだ」

 

 

「……そんな事が……もしかしてその方が、さっき言ってた?」

 

 

「……まあな……こんな小っ恥ずかしい話、本人には直接言えねぇけどさ……アイツが最初にきっかけをくれたから、あたしももう一度歌を好きになる事が出来たんだって思ってる。痛みなんかなくたって、人と人とは繋がれるんだって。だからその繋がりを今度こそ守る為に、あたしはこの力で戦うんだって……そう決めてた、ハズなのに……」

 

 

「……雪音さん?」

 

 

 不意に言葉が詰まり、目を伏せるクリスのその表情からは何処か後悔の念が滲み出ているように見える。それを察した五月が心配そうに彼女の顔を覗き込むと、クリスは薄目に瞼を開け、シンクの縁に預けた手を握り締める。

 

 

「イレイザーがあたし達の世界を最初に改竄した時……アイツに関する記憶を全て消されたあたしは、あのバカが一人苦しんでた時に何もしてやれなかった……それどころか、助けを求めるアイツの手を振り払って、何も知らずにのうのうとしててさ……笑っちまうだろ?自分らの世界を守るのに余所者の手を借りるだなんてとか散々言っときながら、いざその時が来たら何の役にも立てなくて……アイツがいなかったら、あのバカは今頃命も、あたし等の記憶からも消えてたかもしれないんだ」

 

 

「…………」

 

 

「本当はイレイザーと戦うのに、アイツの力が必要不可欠なんだって分かってる。それが最善の方法なんだって事も、重々承知だ。けど、あたしには出来なかった事をしてみせたアイツが妬ましくて……いや、それだけじゃない……多分、アイツの力を認める事で、仕方がないって思うのが嫌だったんだ」

 

 

 イレイザーの改竄事件の際に響を助けられなかったのは、あの時の自分に力がなかったから、無力だったから。

 

 

 だからあのバカが泣いて、苦しんで、助けを求められても気付けなかったのも、"自分のせいじゃない"、"しょうがない事だった"のだと、そんな風に自分の無力さに理由を付けてしまうのは到底容認出来なかった。

 

 

 だって、自分は孤独の冷たさを知ってる。

 

 

 両親が紛争で亡くなった時も、痛みでしか人と繋がる事を知らなかった頃、唯一の繋がりと信じていたフィーネに切り捨てられた時もおくびにこそ出さなかったものの、あの芯から凍えていくような感覚も、心の拠り所を失った時の喪失感を今でも鮮明に覚えている。

 

 

 そんな同じ痛みを、よりにもよってこの手を繋いでくれた彼女に与えてしまったのだという事実を仕方がなかったで片付けるにはあまりに度し難くて、許せなくて──。

 

 

「───そうだ……あたしは、あたし自身の不甲斐なさがどうしても許せなかった……ダチを傷付けて、助ける事が出来なかった自分の弱さを……。その弱さを、アイツの力を借りて簡単になかった事にするのが許せなくて、其処にアイツへの嫉妬も綯い交ぜになって、一方的に勝負を挑んで、手加減されてた事に苛立って、余計に拗れて……あたし自身、アイツへの気持ちがゴチャゴチャンになって、自分でもちゃんと分かってなかったんだな……ハハッ、何か笑えてくるっ」

 

 

「……雪音さん」

 

 

 結局のところ、自分の身勝手な想いや嫉妬から蓮夜に筋違いな八つ当たりをしてた事に変わりはないし、他人の力がなくても自分一人でこの弱さを克服出来ると思い上がり、その結果アイツにも深い怪我を負わせてしまった。

 

 

……何とも情けない話だ。今に至るまで恥の上塗りを繰り返して、それに気付いた今、一体どの面を下げてアイツに大口を叩けるというのだろう。

 

 

 自分の心の内と改めて向き合い、漸く明瞭になった自身の本心を自覚してあまりの滑稽さに自嘲の笑みを漏らしてしまう中、そんな自分の横顔を無言で見つめる五月の視線に気付いてハッとなり、慌てて顔を上げて五月に謝罪する。

 

 

「悪い、あたしばっか喋っちまって……。つまんない話で退屈だったろ?」

 

 

「ああいえ、そんな事は。でも、雪音さんって何というか……会ったばかりの頃は全然気付きませんでしたけど、実は結構真面目で、責任感がお強い方なんですね」

 

 

「……別にそんなんじゃ……単にめんどくさい性格してるってだけだぞ、あたしみたいなのは」

 

 

「ふふ。でも私、雪音さんのお気持ちも分かる気がします。何となく、ではあるけど」

 

 

「……え?」

 

 

 微笑する五月の言葉を一度は否定するも、彼女にそう言われて思わず訝しげに聞き返すクリスに対し、五月は調理の手を再び進めながらポツポツと語り始める。

 

 

「自分で言うのもなんですし、私自身は別に其処まで言われる程では!って思いますけど、私も結構、馬鹿が付くほど真面目って周りから良く言われるんです」

 

 

(まぁ、だろうな……)

 

 

「納得のいかない事があると、とことん突き詰めてしまうといいますか。そんな性格だから、上杉君とも普段から度々衝突する事も珍しくなくて……」

 

 

「……ああ。そういえば取り引きしたばかりの最初の頃とか、何かあたし等ほっぽいて人目も憚らず喧嘩してたっけか」

 

 

「あははっ、その節はお見苦しい所をお見せしてすみません。……まぁ、彼とは最初に出会った頃からそんな感じで、馬が合わないというか、最初はそれこそ毛嫌いしてたくらいなんですよ」

 

 

 まあそれは他の姉妹にも言える話というか、二乃とかあの頃は特に凄かったですけどねぇと、五月は風太郎と出会ったばかりの頃を思い返して懐かしむように微笑む。

 

 

「彼が家庭教師として雇われたばかりの頃も、他の姉妹の皆が彼を信用し始めても、私は最初の出会いから彼への印象が悪くて、中々素直になる事が出来なくて……でも、共に過ごしていく内に彼も彼なりに私達の事を必死に考えて、頑張ってくれているのだと分かってから、私も少しずつですけど彼への見方が変わり始めていったんです。……いえ、ホントにほんの少しですけどね?」

 

 

「や、其処を強調する意味は分かんねえけど。でも、そうか……そっちもそっちで色々と大変だったんだな」

 

 

「ええ、まあ。だったというか、今も大してそう変わりはないんですけどね……」

 

 

 というか寧ろ、今じゃ前よりもややこしくなってる部分も多々あるような気も……?と、五月はむむむっと難しげな顔を浮かべながらやたらと風太郎に拘る最近の姉達の事を思い返すが、突然無言になる自分を見て「?」と頭の上に疑問符を浮かべるクリスに気付いてハッと我に返り、慌てて愛想笑いを浮かべながら話を戻していく。

 

 

「ま、まぁとにかく、そんなこんなで私達と上杉君も色々あったんですよ。ですから今のお二人を見てると、昔の私達を思い出して他人事のように思えないというか、放っておけなくてどうしても気になるというか……お節介だと分かってはいても、何かお二人の後押しが出来るお手伝いをしたいって、そう思ったんです」

 

 

「……その気持ちは有り難いけどよ……あたしは散々、アイツに喰って掛かって散々足も引っ張ってきたんだ。そのせいで怪我までさせちまったし……アイツだってあたしの事、あんまし快く思ってないんじゃないか……」

 

 

「そうでしょうか?普段雪音さんを見ている時の黒月さんを思うと、あの人が其処までの悪感情を抱いてるようには見えませんけど……」

 

 

「……は?あたしを見てる時の、アイツ?」

 

 

 どういう事だ?と思わず五月に聞き返すクリス。そんな彼女の疑問に、五月は人差し指を顎に添えながら何かを思い出すように宙を仰いでいく。

 

 

「本当に偶にしか見せないんですけど、私と話している雪音さんが楽しそうな顔している時とか、黒月さん、遠くから見てて何だか安心したような、ホッとした顔をしてる時が時々あるんです。でも、その後すぐに申し訳なさそうに目を伏せたりしてて……ですから、黒月さんは雪音さんの事を気に掛けているんじゃ、と思って」

 

 

「……アイツが……?まさか、そんな訳……」

 

 

 だって、自分にはそんな風に気に掛けてもらう理由がない。

 

 

 あの上級イレイザーに遅れを取って怪我まで負わせたのは自分を庇ったせいだし、そのせいで別の世界に飛ばされて仲間の手助けもS.O.N.G.の支援も望めないこんな事態に陥ってしまったのだ。

 

 

 そんな状況を招いた自分を?そんなハズは……と、クリスは五月の語る可能性をありえないとして否定しようとするが、そんな彼女の心情を察したのか、五月は思い詰めた顔を浮かべるクリスの顔を覗き込んで穏やかに微笑む。

 

 

「私も、黒月さんがこういう人なんだと簡単に言い切れるほどあの人の人となりを分かっている訳じゃありませんが、少なくとも、黒月さんは雪音さんを邪険にするような方ではないと思うんです。そうじゃなかったら、雪音さんを見てあんな顔をするとは思えませんし……ですから、雪音さんがあの人に対して感じている引っ掛かりのような物も、直接言葉を交わす事で何か変わるかもしれませんよ?……私達と上杉君も、そうやって今の関係に落ち着く事が出来ましたから」

 

 

「……言葉を交わす……対話、か……」

 

 

 それは確かに、とは思う。歌と共に差し伸べられる手を振り払ってきた嘗ての自分も、最初は敵同士だった彼女とそうやって分かり合う事が出来た。

 

 

 命を取り合う敵同士ならまだしも、彼はそうではない。

 

 

 寧ろ、イレイザーという強大な敵に共に立ち向かう同士なのだから、彼女の言うように今一度腹を割って言葉を交わせば、自分が知り得なかった、或いは知ろうと思えなかった彼の本心が見えてくるかもしれない……。

 

 

 五月の言葉の後押しを受け、ふとそんな考えに思い至ったクリスの耳に洗面所の方から不意に青年の声が響いた。

 

 

「イチイバッ……!!イチイバールッ!!イチイバルはいないかっー?!」

 

 

「!アイツの声……?どうしたんだ急に?」

 

 

「何かあったんでしょうか?雪音さん、此処は私がやっておくので行ってあげて下さい。……もしかしたら、早速良い機会が訪れたのかもしれませんし」

 

 

「……お前、生真面目なだけかと思えば案外抜け目ないとこもあるんだな……」

 

 

 蓮夜と二人だけで話すなら今がチャンスだと、実に良い笑顔を浮かべて背中を押す五月にジト目を向けつつ、クリスは仕方がないと溜め息を吐きながら作業を中断し、タオルで濡れた手を拭って蓮夜の声がした洗面所の方へ向かっていく。

 

 

(アイツと面向かって、本音で、か……いや、けど今更ながらアイツと顔を突き合わせて落ち着いて話せんのか、あたし?アイツといるとどうにもペースを乱されるっていうか、大体話が脱線したりしてあたしばっか体力削られてる気がするし……)

 

 

……いや、だとしても、だ。折角彼処まで後押ししてもらった以上、最初から弱気になっていてはそれこそ話にならない。

 

 

 寧ろそれが分かっているのだから、相手のペースに呑まれないように自分が気を付ければいいだけの話だ。

 

 

 今までの蓮夜とのやり取りをふと思い返して不安になり、洗面所に足を踏み入れる前に若干尻込みしている自分にそう喝を入れると、胸に手を当てながら深く息を吸い込み、ヨシっ!と気合を入れ直したクリスは不動の心構えで洗面所の中を覗き込んで、

 

 

「おい、何してんだよ一体?ってか、たかがハンカチ一枚洗うのにどんだけ時間掛かっ──」

 

 

 

 

 

 

―ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガァアァアアアアアアッッッ!!!!!―

 

 

「助けてくれイチイバルッ!!ハンカチを洗おうとしただけで何もしていないのに急に洗濯機が凄まじい勢いで水を噴き出し始めたんだがっ、これが正しい使い方なんだろうかァああッッ!!!!!?」

 

 

「」

 

 

 

 

 

 

───床一面が水浸しになった洗面所の一角にて、まるで工事現場などで良く見掛けるランマーマシーンが如く、何故か上下に激しく振動しながら大量の水を機体のあちこちからとんでもない勢いで撒き散らす暴走した洗濯機と、全身ずぶ濡れになりながらそんな洗濯機を全力で抱き留めて必死に抑えようとする半泣き寸前の蓮夜(ハイテク音痴)の姿を目の当たりにし、クリスの表情が一瞬で凍り付く。

 

 

 不動の心、決心してから二秒と持たず瓦解した瞬間であった。

 

 

 

 

 


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