戦姫絶唱シンフォギア×MASKED RIDER 『χ』 ~忘却のクロスオーバー~   作:風人Ⅱ

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第六章/五等分のDestiny×紅弾の二重奏(デュエット)④(後)

 

 

「──この度は誠に申し訳なかったで候……」

 

 

 それから約数分後。あの後、思わぬ事態を前に呆然としていたクリスが我に返り慌てて洗濯機の暴走を止めてくれた事により、事態は何とか終息する事が出来た。

 

 

……のだが、洗濯機を完全に止めた頃には既に被害は甚大になっており、暴走した洗濯機から噴き出した水のせいで洗面所はあっちこち水浸しになって悲惨な現場と化し、風呂場に流した事で幾分かマシにはなかったものの、床などは先程まで軽く水かさが出来ていたぐらいだ。

 

 

 そんな傍迷惑な騒ぎを引き起こした張本人である蓮夜はと言うと、現在洗面所にて騒ぎを聞き付けて集まった家主の五月と被害に遭ったハンカチの持ち主である風太郎の前でそれはそれは見事な土下座をして深く謝罪しており、そんな蓮夜の隣には頭を抱えながら溜め息を漏らすクリスの姿もあった。

 

 

「ま、まぁ、私の方もきちんと使い方を教えていなかった責任はありますし、あまり気にしないで下さいっ。ですからホラ、床も濡れてますからもう立ち上がって……!」

 

 

「そうだな……被害に遭った俺のハンカチはこの通り、使い物にならなくなっちまったけど」

 

 

「上杉君っ!!」

 

 

 せっかくいい感じにフォローしようとしていたのに、あの暴走した洗濯機の中で回され続けたせいで繊維が解れて糸が飛び出たハンカチをデローンと広げながら愚痴を漏らす風太郎。

 

 

 そんな彼に五月が慌てて怒鳴り、一方でそんな二人のやり取りを申し訳なさそうに聞きながら項垂れる蓮夜を横目に、クリスが仕方がないと溜め息混じりに口を挟む。

 

 

「まぁ、コイツも反省してるみたいだし、あたしからも頭を下げるから許してやってくれ……。駄目になったハンカチはあたしが代わりに弁償するから」

 

 

「ッ!い、いや、そういう訳にはいかないっ。これは俺の不手際なのだから、此処は俺が弁償を……!」

 

 

「いや素寒貧のクセにどうやって弁償するつもりなんだよ。財布忘れて無一文だって、この前自分で言ってただろうが」

 

 

「ぐっ……」

 

 

 そういえばそうだった……と、呆れ混じりのジト目を向けるクリスにそう言われて自分がおけらである事を思い出し、自分一人ではハンカチ一枚の代金すらロクに払えない情けなさに蓮夜は更に気落ちして萎縮してしまう。

 

 

 そしてクリスもそんな蓮夜を見てもう一度溜め息を吐くと、水が減ったとは言え未だに大分濡れている床一面を見渡し、

 

 

「取りあえず、この辺も一通りは片しとかないとだよな。流石にこのまんまって訳にもいかねぇし……ほら、そうと決まったら夕飯出来る前にとっとと終わらすぞ。あたしも手伝ってやるから」

 

 

「……え……?」

 

 

「?何だよ?」

 

 

「あ、いや……何でもない……」

 

 

 クリスが手伝いを申し出た事が余程意外だったのか、一瞬彼女の言葉の意味を理解するのが遅れてキョトンとした顔を浮かべてしまうも、不思議そうに見つめるクリスの声で我に返り思わず目線を逸らす蓮夜。

 

 

 するとそんなクリスを見て五月は何かを察したかのようにハッとなり、風太郎の両肩を掴んで洗面所の入り口の方に半ば強引に押していく。

 

 

「では、私達は今の内に黒月さんの着替えの用意と夕食の残りの準備を進めておきますから、こちらは任せて下さい!」

 

 

「お、おい、何だよ急にっ……?!五月っ!」

 

 

「?ああ、すまない………よろしく頼む……?」

 

 

 そう言って揃って洗面所から出ていく五月達に若干戸惑う蓮夜だが、それでも気を利かせて服まで用意してくれると言う五月に感謝して軽く会釈をし、五月も風太郎の背中を押して洗面所から出る直前にクリスと目線が合うと、彼女に軽く意味深にウィンクをしてから何処か楽しそうに微笑み洗面所を後にしていく。

 

 

 そんな彼女の一瞬の顔を見逃さなかったクリスも不満げな顔を浮かべるが、五月がこちらの意を汲んで気を利かせてくれてるのだと分かっているので怒るに怒り切れず、彼女に文句を言いたい衝動を押し殺すように三度目となる溜め息を深々と吐くと、洗面所の脇に置いてある青いバケツと雑巾を用意して床の拭き掃除を開始していく。

 

 

「にしてもお前、洗濯機もロクに使えないとかどうなってんだよ一体……。普通はこんな愉快な大惨事、狙って起こせねぇぞ?」

 

 

「……面目次第もない……どうにも俺はこういうハイテクな機械に滅法弱いというか、普通に操作しようとするだけで何故か思わぬ誤作動を引き起こしてしまう事が多くてな……さっきの洗濯機も、大した事は何もしていない筈なのに急に暴れ出してしまって……」

 

 

「何もしてないのに、なんてその手の奴の常套句まんまじゃねえかっ。分からないならその時点で他の奴に聞いとけってのっ」

 

 

「仰る通りだ……」

 

 

 そうしとけば最初からこんな大惨事にならずに済んだんだと、クリスの至極真っ当な意見を前に雑巾掛けを手伝う蓮夜も何の反論も返せずガクリと肩を落とし、そんな蓮夜を尻目にクリスはバケツの上で雑巾を絞りながらふと一つの疑問を覚え、蓮夜に問い掛けた。

 

 

「けど、そうなってくると普段どうやって生活してるんだよ?S.O.N.G.の協力者って事で寝床を用意してもらったってのはちょろっと聞きはしたけど、自分ん家にそういう家電とか置いてないのか?」

 

 

「……そうだな……本部での検査やクロスのデータ収集の手伝いなどもあって、中々そういうのを買いにいく時間が取れなくて……だからS.O.N.G.から住む場所を提供してもらってからも、家電は冷蔵庫やテレビ以外、未だに買い揃えていないんだ……」

 

 

「買い揃えてないってお前……じゃあ、洗濯とか普段どうしてんだよ?」

 

 

「うちのマンションの近くにコインランドリーがあって、洗い物がある度に其処に通いつめてる。幸い人が使っている所を見て、使い方自体はさほど難しくないから俺でも操作は出来るしな……」

 

 

「いやそっちの方が手間も金も無駄に掛かるだろ、素直に洗濯機買ってそっちの使い方覚えろよっ」

 

 

「それはごもっともなんだが……いやしかし、仮に洗濯機を買っても俺が下手に触ったらこれ以上の大惨事が起こったりとかしないか?例えば爆発したりとか……」

 

 

「其処まで行ったらもう家電自体に問題ある奴だろソレは!もうちょい日本の電化製品信じろよ!」

 

 

 どんだけ自分のハイテク音痴っぷりが心配なのか、万が一の事を考えてビクビク震えながら不安な表情を見せる蓮夜に思わずツッコんでしまうクリスだが、直後にまたも彼のペースに呑まれてしまっている事に気付き、「はああああっ……」と深々と溜め息を吐きながら肩を落としてしまった。

 

 

「なんつーかっ……こうしてお前とただ話してるだけで相当体力を使うっていうか……ホント、口を利けば利くだけ最初に出会った頃のイメージから大分掛け離れていくな、お前……」

 

 

「?最初のイメージとは、どんな?」

 

 

「どんなって……そりゃまぁ、最初の頃は正体も分からなくて信用出来ないとか、あたし等がいなくても問題を一人で解決出来ると思ってる、気取ったいけ好かない奴だって思ってたというか……」

 

 

「……此処までバッサリ言われると逆に清々しいとは良く聞くが……成る程、それも人によりけりなんだな。割と刺さってる自分がいて少し驚いてる」

 

 

 クリスが抱く自分への印象。ある程度はそうなんじゃないかと予め予想はしていたが、実際にその口で改めて言われると堪える物があるのか、蓮夜は無表情のまま何処となくズーンッと落ち込んだ様子を見せ、クリスもそんな蓮夜を見て流石に無遠慮が過ぎたかと悪びれ「あー……」と気まずげに頭を掻きながら言葉を続けていく。

 

 

「けどそれも、こっちに来てから大分崩れてきたとこはあるかもな。お前思ってたよりも毒気が抜ける性格してるっていうか……正直あたし等の力なんて必要ない、もっと一人で何でもこなせるような奴だって思ってたし」

 

 

「……それは買い被り過ぎだ。見ての通り、俺一人じゃこうやって問題ばかり起こして周りに迷惑ばかり掛けてしまうのも珍しくはない……それを改善しようと思って動けば、その分また余計な被害を出してしまうし……今だってそうだ」

 

 

 自分で自分に嫌気が差すと、そうボヤきながら蓮夜は雑巾を動かす手を止め、クリスに向けて頭を下げる。

 

 

「お前にも、散々迷惑を掛けてばかりで申し訳ないと思ってる……ただでさえいきなり違う世界に跳ばされて、訳も分からない状況に巻き込んで……こんな時だからこそ、俺がもっとしっかりして安心させなければならないハズなのに、情けない所ばかり見せてしまって……本当に、すまない……」

 

 

「……お前……」

 

 

 そう言って申し訳なさそうに頭を下げる蓮夜を見て一瞬呆気に取られるクリスだが、同時に彼の今の言葉と、先程の五月とのやり取りを思い返してハッとなる。

 

 

 彼女は自分が柔らかい表情を見せる時、蓮夜が安堵と申し訳なさそうな顔を浮かべる時があると言っていた。

 

 

 最初にそんな話を聞いた時は「そんなまさか……」と思いはしたが、もし本当にそうであるなら、彼がそんな反応を見せていたのも、自分をこんな事態に巻き込んだ事に責任を感じているからなのではないか?

 

 

 そんな考えがふと頭を過ぎり、クリスは僅かに両目を細めて蓮夜を睨むと、彼から顔を背けてぶっきらぼうな口調で告げる。

 

 

「別に、そんなのお前が謝るような事じゃねえだろ」

 

 

「いや、しかし……実際俺がもっとしっかりしていれば、お前まで今回の件で巻き添えを喰う事も「そうじゃないだろ」……え……?」

 

 

 バッサリと、蓮夜の言葉をクリスの鋭い声が遮る。それに釣られて蓮夜が思わず驚きと共に顔を上げると、クリスは濡れた床に視線を落としたまま何処か沈んだ声音で言葉を続けていく。

 

 

「今回の件は、元はと言えばあたしがお前の足を引っ張ったとこから始まったんだ……その怪我だって、お前に変な対抗心を抱いて、向こう見ずな真似をしたあたしを庇ったせいでそうなった訳だし……」

 

 

 だから……と徐に顔を上げ、クリスの真っ直ぐな視線が蓮夜の瞳を見据える。

 

 

 まるで宝石のようで、ジッと見つめられているだけでも吸い込まれそうな錯覚すら覚えるクリスのその目に蓮夜も一瞬見惚れる中、クリスは何かを言い掛けて途中で躊躇し、逡巡するように目を泳がせた後、瞼を伏せ、彼に謝罪するように僅かに項垂れる。

 

 

「だから……謝らなきゃなんないのはお前じゃなくて……あたしの方だ……あの時、お前の忠告を無視して、一人で突っ走って……いや……その前から、お前に散々突っ掛かるような真似をして……悪かった」

 

 

「……イチイバル……」

 

 

 ギュッと、膝の上に乗せた手を強く握り締めながら謝罪の言葉を口にするクリスに、蓮夜も意外そうに目を見開いて驚きを露わにするが、すぐに我に返って慌てて首を横に振っていく。

 

 

「頭を上げてくれ……!元々お前達がイレイザー達の脅威に晒されてるのも、俺が奴らに負けて連中の跋扈を許したせいなんだ……!だからお前が謝るような事なんてっ──」

 

 

「だとしても、付けるべきケジメってのはあるだろ。……お前が自分の身を削ってまで、イレイザーの連中と必死に戦ってるのはあたしにだって分かってたんだ……。けれどあたしは、自分の中のお前への嫉妬心やクロスの力ばかり見て、そんなお前自身を認めようとはしなかった……」

 

 

 そう言いながら徐に洗面所の天井を見上げ、クリスはポツポツと言葉を続けていく。

 

 

「イレイザーの改竄のせいで、苦しんでたアイツを救ってみせたお前の力に嫉妬して、何も出来なかった自分が情けなくて……だからあたしは、お前の力が無くてもイレイザーと戦える事を証明しようとしてた……そうすりゃ、あたしにだってあのバカを救えた筈なんだって証明出来ると思ってた……そんな訳ないのにな……」

 

 

「…………」

 

 

 自嘲気味な笑みを浮かべて初めて己の心の内を吐露するクリスに蓮夜も口を挟めず、ただ複雑げな眼差しを向ける事しか出来ない中、クリスは徐に視線を下げて自分の右手の掌を見下ろしていく。

 

 

「今更そんなこと証明したって、あたしがアイツに何もしてやれなかった事実は変わりやしない。意味なんてある筈ないのに、お前に当たる事で無力な自分から目を逸らそうとしてたんだ……ホント、お前からしたらいい迷惑だったよな」

 

 

 我ながら痛い奴だったよと、今までの自分を恥じ入るようにクリスは苦笑いを浮かべる。

 

 

 しかし、そんなクリスの吐露を聞いた蓮夜は顔を俯かせ、フルフルと力なく首を振った。

 

 

「そんな事はない……寧ろお前にそうさせてしまったのも、俺が誤解させるような態度を取ったまま、一方的に苦手意識を抱いてきちんと向き合おうとしなかったのが悪いんだ。あの模擬戦の時も……」

 

 

「……模擬戦の?」

 

 

 そう言われ、クリスの脳裏に蘇るのは元の世界での蓮夜とのシュミレータの記憶。

 

 

 二人の溝が更に深まるきっかけとなったあの件を振り返る蓮夜にクリスが訝しげに首を傾げると、蓮夜は気まずげに目線を逸らしながら当時の事を思い返すように話し出す。

 

 

「あの時……お前が俺と本気で勝負をしたいと言い出した時、最初こそ困惑はしたが、お前と戦っている内に本気で俺と競い合うつもりなんだと分かって、俺なりにその気持ちに応えようと思っていたんだ……ただそうなると、俺があの場でガングニールの力を使う事は不公平なんじゃないかと思って……」

 

 

「?不公平って……どういうことだよ?」

 

 

 確かに自分はあの時の戦闘で初めてガングニールの力を目にした訳だが、だからと言ってそれで遅れを取る気などなかったし、最終的に負けてはしまったがそれも自分の実力不足が原因だったのだから、蓮夜が気に病む要素など何一つないハズ。

 

 

 そう考えて首を傾げるクリスの疑問に対し、蓮夜は申し訳なさそうに目を伏せながら言葉を続けていく。

 

 

「俺が前の一件から、怪我を負って本部で療養していたのは知ってるか?」

 

 

「?あー……そういや何か、オッサンから艦への補給物資の積み込み作業中の作業員を庇ったとかで運び込まれたってのは聞いてたな、確か」

 

 

「ああ……当時入院中で何もする事がなかった俺は、暇を持て余して本部のシュミレータへ見学の為に足を運んだ事が何度かあってな……其処で、訓練中のお前達の戦いぶりを影から見させてもらってたんだ。これから共に戦う事になる以上、少しでも早く連携が出来るようにお前達の動きや戦術を学んでおかなければならないと思って、響達は勿論、お前の動きの癖や戦術、技も全部頭の中に叩き込んでた」

 

 

 「だから……」と、蓮夜は懐から一枚のカード……タイプガングニールのカードを取り出し、複雑げな眼差しでカードの絵柄を見つめていく。

 

 

「あの模擬戦の時には既にお前の技量を熟知していたし、お前にも何度か俺の戦い方を見せていたから、きっと良い勝負が出来ると思っていたんだ……。ただ、コイツに関しては響以外にはまだ見せた事はなかったから、お互いに手の内を分かってる勝負で、お前が知らない力を使うのはあまりにアンフェアなんじゃないかと迷ってな……」

 

 

(……それであん時……)

 

 

 あの模擬戦の中、蓮夜がガングニールのカードを使うのを躊躇う素振りを見せていたのを思い出す。

 

 

 あの時は何を考えていたのか分からなかったが、今の彼の話を聞く限り、蓮夜もこちらから一方的に挑んだだけの勝負に真摯に応えようとしたが故にあんな不可解な素振りを見せていたのだろう。

 

 

 その結果あの「ガングニールの力を使う気はなかった」の発言に繋がるのかと漸く自分の中で合点がいき、クリスは呆然とした表情で蓮夜の顔を暫し見つめた後、両手を床に着いてガクリッと項垂れながら深々と溜め息を吐き出した。

 

 

「お、お前なぁっ……そういう事だったんならもっと早くに言えよっ……!その話聞いてりゃあたしだって別にお前を目の敵になんかしなかったしっ、此処まで変に拗れる事だってなかったろっ?!」

 

 

「いや、まあ……そう思って俺も何度か弁明しようとはしたんだが、俺が口下手なせいだったり、タイミング悪く邪魔が入ったりして中々その旨を伝える事が出来なくて……すまん……」

 

 

「……ああ……あーいや、いい……先に喧嘩をふっ掛けたのはあたしの方だし、それにアレだ……お前に其処まで器用な真似を求めるのは大分酷な事だったんだなって、今になって漸く理解したわ……」

 

 

「……?」

 

 

 此処までコイツと話してみて何となく分かったというか、自ずと理解してしまった。

 

 

 コイツは多分アレだ、器用な立ち回りとか生き方とかそういうのが上手く出来ない類の不器用な人間というか、何処となくこのめんどくさが自分と同類の匂いがする。

 

 

 そう考えれば今までこの男の言動に苛立ちを覚えていた訳にも腑に落ちるモノがあるというか、そりゃ自分の嫌な所を見ているみたいで気に入らない筈だわなと、今になって彼を気に食わないと思っていた新事実に気付いたクリスは今まで無駄に頭を悩ませていた自分に呆れ返って深く気落ちしてしまい、そんなクリスを見て蓮夜も困惑を露わに恐る恐る声を掛ける。

 

 

「イチイ、バル?すまない、また俺は何か不快にさせるような言い方をしてしまったか?」

 

 

「……………なんでもねーよ……ってか、お前は言い方以前に先ずもっと言葉を付け足せよなっ。前の模擬戦の時もそのせいであたしもいらん勘違いしちまうし、圧倒的に言葉が足りないんだよ、言葉がっ」

 

 

「そう、だったのか?……そうだったのか……そうだったのか……」

 

 

「……いや三回言うほど衝撃受ける話か、コレ」

 

 

「すまん……見ての通り愛想も悪いのに加えて、口下手なのも自覚はしてるんだがどうやって直せばいいものかと常日頃から悩んでいてな……貴重な意見をすまない、イチイバル。今後の参考にさせてくれ」

 

 

「や、それはいいけどよ……ああ後、ずっと気になってたけど、お前のその呼び方は何なんだよ、それ」

 

 

「……それ?」

 

 

「名前だよ名前、あたしのっ。あのバカとか、あの二人の事とか名前や苗字で呼ぶクセに、何であたしだけギアの方の呼び方なんだよ。まぁ、別に名前呼び合う程の仲でもねーからずっとスルーしてたけどさ……」

 

 

 正直今でもわざわざ取り沙汰にする程の疑問ではないと思うのだが、この際だ。これ以上余計なしこりを残したまま後からまた苦労するのも御免なので、気になる疑問は今の内に全部問い質してやろうと考えたクリスは蓮夜にジト目を向けながらそんな疑問を投げ掛ける。

 

 

 すると、蓮夜の方も意外な質問に驚いているのか一瞬ポカンとした顔を浮かべるが、僅かに考える仕草を見せた後、頬を掻きながら何処か言い難そうに口を開いた。

 

 

「別に、何か大した理由があって名前を呼ぶのが嫌だったとかではないんだ。単に俺の事を快く思っていないだろうから、急に馴れ馴れしく名前を呼べば不快にさせてしまうかもしれないと思ったのもそうだし、それにお前の名前も……」

 

 

「……何だよ、あたしの名前が何か変だってのか?」

 

 

「いや、そうではなく」

 

 

 もし喧嘩を売ってるつもりなら買うぞ?と、両腕を組みながらジーッと睨み付けてくるクリスの訝しげな視線を真顔で受け止めつつ、蓮夜は彼女の言葉を否定するように右手をヒラヒラさせ、

 

 

「雪音クリスって名前、ほら……響きがとても綺麗だろう?名前と苗字、どちらを取っても可憐だし、そんな綺麗な名前を俺なんかが口にするのはどうにも憚られてな。だから便宜上、ギアの方の名前を使わせてもらっていたというか……」

 

 

「…………キレ…………は……なんっ、ばっ、はァああああっ!!?き、急に何言い出してんだお前ぇええッ!!?」

 

 

「……ぇ……ッ?!いや待て、違うっ、誤解するなっ!別にお前の名前を貶したつもりはないっ!寧ろ名は体を表すとは良く言ったものだと感心を覚えたというかっ、お前によく似合うと思ったから余計に正面切って名前呼びするのが恐れ多かったというかっ、本当なんだっ!何なら此処まで的を得た名前を娘に付けたご両親はとても素晴らしい人柄だったんだろうと感慨すら覚え―バシィイイイイッ!!―ブハァアアッ!!?」

 

 

「フォローするどころか余計に追い討ち掛けてんじゃねーかよこのバカァああッ!!!」

 

 

 顔を赤くして慌てふためくクリスの反応から自分がまた何か言葉足らずな失言をしたと思ったのか、慌てて言葉を付け足して怒涛の勢いで弁明しようとする蓮夜だが、そもそも弁明のベクトルが根本的から間違っているせいで余計に顔を真っ赤に染めたクリスの雑巾が豪速球で飛び、顔面にモロに雑巾が炸裂した蓮夜はそのまま派手な音を立てながら倒れてしまったのであった。

 

 

 素朴な疑問から軽く突っついたらとんでもねぇ薮蛇が飛び出したと、わりと恥ずかしい馬鹿過ぎる理由にクリスも耳まで顔を真っ赤にしながらゼーゼーッと肩を上下させ、雑巾を顔の上に乗せたまま大の字に沈黙する蓮夜を暫し睨み付けるが、直後にくたびれた様子で最早何度目か分からない溜め息を漏らし、腕を組んで蓮夜から顔を背けながら徐に口を開く。

 

 

「名前……クリスでいい」

 

 

「……ふぁ?(は?」

 

 

「〜〜ッッ……だーかーらー……!あたしの事は普通に名前呼びでいいって言ってんだよ!んなこっ恥ずかしい理由でギアの名前で呼ばれてたって知っちまったら、今まで通りになんかしてらんないだろっ……!だからこれからはきちんと名前で呼べ!いいな?!」

 

 

「…………」

 

 

 若干語気も荒く、念を押すように何度もそう言ってくるクリスの急な申し出に一瞬理解が遅れてポカンと呆気に取られてしまう蓮夜。

 

 

 だが、顔を上げた拍子に雑巾が僅かに下にズレた事で、顔を背けるクリスの耳が赤くに染まっているのに気付き、其処で漸く彼女が自分から歩み寄ってくれているのだと察した蓮夜は一拍間を置いた後に苦笑いを浮かべると、顔から雑巾を退けながら姿勢を正すように起き上がって正座し、コクリと頷き返す。

 

 

「分かった、これからは変な誤解をさせないように気を付ける。今まですまなかった。……それから……有り難う、クリス」

 

 

「っ……まぁ……あたしの方こそ、な……」

 

 

 これまでの非礼を詫びて謝罪すると共に、遠回しながらも心を許してくれた事に感謝し改めて蓮夜が名前を呼べば、一瞬動揺しながら若干素直になり切れない口調でそう返すクリスの表情にも何処となく憑き物が落ちたような清々しさが垣間見える。

 

 

 そうして、二人の間にほんの少しだけ穏やかな空気が流れ、互いの胸につっかえていた蟠りが軽くなったような気がしてどちらともなく思わず微笑を浮かべる中、突然ドダダダダァッ!と何やら慌ただしい足音を立てながらリビングの方から五月と風太郎が洗面所内へと駆け込んできた。

 

 

「雪音さんっ!黒月さんっ!た、大変ですっ!」

 

 

「う、おおぉっ?!な、何だよお前ら急にっ?!」

 

 

「二人共……?どうしたんだ、そんな血相を変えて?何かあったのか?」

 

 

「あったどころの話じゃねえんだよっ!これ見ろっ!今さっき、リビングの窓にいつの間にか貼られてて……!」

 

 

 そう言って風太郎が焦りを露わに二人に慌てて差し出したのは、一枚の青いメッセージカード。

 

 

 それを見て蓮夜も怪訝な顔を浮かべながら青いメッセージカードを風太郎の手から受け取り、表面には何も書かれていないのを確認してカードを裏返すと、裏面に綴られてるやけに達筆な字のメッセージの内容が視界に飛び込んだ。

 

 

 横からカードを覗き込んでいたクリスはその内容を視線で追っていくと、その表情がみるみる内に驚きに変わって目を見開いていき、蓮夜も険しげに眉を顰めてカードの内容を鋭く睨み付けた。何故なら……

 

 

 

 

 

『───日付が変わる12時深夜、街の郊外にある○○○工場跡地に中野姉妹の最後の一人を連れて来られたし』

 

 

『尚、是の要求を拒否・無視した場合、攫った他の姉妹の安全は保証しない物とする。貴殿らの賢明な判断に期待する』

 

 

 

 

 

「──コイツは……!」

 

 

 二人が目を通したメッセージカードには、目の前にいる五月を指定の場所に連れて来い、従わなければ他の姉妹の身の安全は保証しないという脅迫の要求が記されていたのだ。

 

 

 その内容にクリスも目を見張らせる中、蓮夜は無言のままカードを裏返して他には何も怪しげな部分がないのを確認し、風太郎と五月に目を向けながらカードを見せる。

 

 

「カードに書かれている内容はこれだけか……これ以外には何も怪しい物はなかったんだな?」

 

 

「は、はい……さっき上杉君と一緒にリビングに戻ったら、いつの間にかそのカードだけが窓の外に貼り付けられていて……あの、それってやっぱり……」

 

 

「ああ。学校でお前を襲ったイレイザー達が送り付けてきたモノで間違いないだろうな……恐らくお前の姉達を誘拐したイレイザーの正体がバレて、その上俺達がお前の傍にいるせいで向こうも下手に手出しが出来なくなったから、別の手を打ってきたんだろう……手出しが無理なら、こちらから差し出さざるを得ない状況に仕向けてきたという訳か」

 

 

「呑気に状況分析なんかしてる場合じゃないだろ!どうするんだ?!このままじゃ一花達がやべぇし、かと言って大人しく五月を差し出す訳にも……!」

 

 

「……っ……」

 

 

 誘拐された四人の安否に関わる内容の脅迫文を突然送り付けられて動揺が収まらないのか、風太郎は焦燥に駆られた様子を露わに蓮夜に詰め寄り、五月も青ざめた表情で胸に当てた手を不安げに握り締めている。

 

 

 そんな二人の様子を目にした蓮夜もカードに視線を戻し、カードに書かれている指定された時刻をもう一度確認して洗面所の壁に取り付けられてる時計の針を見ると、時計の針は既に八時半を過ぎようとしている。

 

 

 指定された時間まで、猶予はあと数時間。その間に何とかこちらも手立てを考える必要があるが……

 

 

(わざわざ向こうから時間と場所を指定してきたという事は、其処には必ず奴らが罠を張って俺達を待ち伏せているハズ……。それが分かってる以上馬鹿正直に奴らの誘いに乗る訳にはいかないが、かと言ってあちらに人質がいる以上奴等の要求に従わない訳にはいかない……しかし……)

 

 

 向こうには恐らくシャークイレイザーだけでなく、あの幹部級のイレイザーも己の分身であるダストを揃えて待ち受けている筈だ。

 

 

 S.O.N.G.の助力も望めない、奴らにとって絶好の機会でしかないこの状況で自分達の事をみすみす見逃す訳も無し、五月達だけでなく今度こそ自分達を仕留めに掛かろうとして来るに違いないだろう。

 

 

 そうなってくれば無策で正面から挑むには悪手が過ぎるが、下手な策では逆に捩じ伏せられて返り討ちに遭うのも目に見えている。

 

 

 一体どうすれば……と、口元を片手で覆いながら深く悩むあまり思い詰めた表情を浮かべて黙り込んでしまう蓮夜だが、その時、そんな蓮夜の後頭部を後ろからコツンとクリスが拳でこっ突いた。

 

 

「ッ?!……クリス?」

 

 

「なに一人で考え込んでんだよ。どうすりゃいいのか分かんねぇなら、あたしや周りにもっと頼ればいいだろ。……それもあたしがお前にずっと言いたかった、不満の一つなんだぞ」

 

 

「……!」

 

 

 文句アリアリにジト目を向けながらそう告げるクリスの言葉に、小突かれた頭を抑える蓮夜も目を見張ってハッと思わず息を呑んだ。

 

 

 自分一人の力でどうにもならない事に当たった時は、周りの力を頼ればいい。

 

 

 イレイザーを倒して攫われた五月の姉達を救う事も、巻き込んでしまったクリスを無事に元の世界に返す事も、自分の力でどうにかしなければと責任感に駆られるあまりその考えに及ぶに至らなかったが、そう言ってくれたクリスの言葉で自分がまた無意識に一人で背負い込もうとしていたのだと気付き、自嘲の笑みを浮かべながら頷き返した。

 

 

「そうだな……今は俺一人で気を張る必要なんてないんだよな……すまない、クリス」

 

 

「分かればいいんだよ。……けど、実際のとこ今の戦力だけでどうするかって話だよな。連中を倒すだけならともかく、人質も考慮しながらってなると……」

 

 

 そう、イレイザー達との戦力差を解消する算段も考える必要はあるのだが、何よりも先ず人質の問題を解決しなければこちらの不利な立場は変わらないだろう。

 

 

 このまま奴らと真正面から戦う事になるにせよ、もしも人質を前に出されればこちらも動きを封じられて何も出来なくなってしまう。

 

 

 そんな最悪の事態を避ける為にも攫われた五月の姉達を先に助け出したい所だが、人質が何処に囚われているのか居場所も分からない以上、救出作戦も立てようがない。

 

 

 故に何としてでも彼女達の居場所を探りつつ無事に救い出し、同時に奴らを退ける方法も考え出さなければならないのだが、たった二人しかいないこの状況でどうやってその両方を熟せばいいのか。

 

 

 必死に頭を悩ませて蓮夜とクリスがその方法を考える中、傍らでそんな二人の様子を黙って見守っていた五月が不意に恐る恐る手を上げていく。

 

 

「……あ、あの……!一つだけ、あの人達の意表を突けそうな方法を思い付いたのですが……訊いて頂いてもいいですか?」

 

 

「……五月?」

 

 

「「……?」」

 

 

 突然そう言い出してまっすぐに二人を見つめる五月の顔には、何処か真剣味が帯び、同時に何かを決心したかのような力強い決意が秘められている。

 

 

 風太郎と蓮夜、クリスもそんな彼女の真剣な雰囲気を察して頭の上に揃って疑問符を浮かべる中、そんな三人の注目を浴びる五月も一度気を落ち着かせるように目を伏せて深呼吸を二〜三回繰り返した後、意を決した様子で顔を上げ、自身が思い付いたという打開策を三人に語り始めていくのであった。

 

 

 

 


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