戦姫絶唱シンフォギア×MASKED RIDER 『χ』 ~忘却のクロスオーバー~   作:風人Ⅱ

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第六章/五等分のDestiny×紅弾の二重奏(デュエット)⑤(前)

 

 

───町外れの郊外の山奥、薄暗い森に囲まれた場所にひっそりと佇む廃れた工場。

 

 

 元々薬品やサプリメント食品などの生産を行う製薬会社が所有する工場の一つだったらしいのだが、不景気続きから会社自体が経営が成り立たなくなり、それから間もなくして倒産してしまったらしい。

 

 

 以降は新たな買い手が一向に見付かる事がなく……いや、そもそもこんな人里から離れて人の出入りも面倒な山奥にある工場を買い取る物好きがいる筈もなく、建物自体も年々劣化していき、今ではその不気味な雰囲気から誰も近寄る事がなく、たまに夏場辺りに肝試し気分で浮ついた連中がネット動画のネタの為に立ち寄る事がたまにある程度ぐらいらしい。

 

 

「──成る程。奴等が身を隠すには打って付けの隠れ家という訳か……よくもまあこんな場所を探し当てられたものだ……」

 

 

 そんな寂れた廃工場の前で建物を見上げ、若干呆れ混じりにそんな呟きを漏らすのは、此処に至るまでの道すがらをネットで見付けた地図で書き記したメモを手にした蓮夜だ。

 

 

 人質の受け渡しの取り引き場所として指定されたこの場所の周囲一帯に目を向ける。辺りには密生した木々しか見当たらず、近くに民家らしきものもなく人気は一切感じられない。

 

 

(わざわざ人里から離れた場所を選んだだけか、それとも微力ながら改竄の力を使って人を寄り付かないようにしたのか……何れにせよ、これなら仮に戦闘になったとしても周りを巻き込む懸念もないか……残る問題としては、奴らが人質を何処まで利用するつもりなのかだが……)

 

 

 今まで奴らが攫った中野姉妹は向こうにとってもこの世界を改竄し、乗っ取る為にも必要な重要なファクターだ。

 

 

 自分も記憶がない為にこの世界がどんな物語として成り立っているのかまでは確かには分からないが、少なくとも風太郎がこの物語の主人公で、そんな彼と中野姉妹の誰かが結ばれる事がこの物語の本来の正しいあり方だと思われる。

 

 

 故に彼と結ばれるヒロイン達の存在を消し去り、この物語の本筋を根底から破壊する。

 

 

 その為にも最後に残されたヒロイン、中野五月が揃うまでの間は他の人質にも手荒な真似はしないだろうと信じたい所だが、正直その信頼に値する相手ではないとも知ってるが為に油断は出来ない。

 

 

(それに、最初の被害者である中野の長女が攫われてからそれなりに日も経ってる。本来の物語の本筋にはない流れを作ってしまってる以上、向こうもこれ以上は物語の目を誤魔化すのは無理だと踏んでいる筈だ。だからこそ、あんな強硬策に出たのだろうが……)

 

 

 チラッと、蓮夜は無言で己の背後に目を向ける。其処には……

 

 

「……………………」

 

 

 微かに吹く夜風で赤いロングヘアーを揺らし、何処か真剣な眼差しで不気味な雰囲気を醸し出す廃工場を見上げる少女……此処まで蓮夜に連れられてきた五月の姿があり、蓮夜はそんな彼女と向き直りながら若干不安を帯びた眼差しを向ける。

 

 

「改めて聞くが、本当にいいのか?正直な話、今回の作戦が上手くいくかどうかは結局俺次第でもある。もしも仮に俺が失敗すれば、真っ先に危険な目に遭うのはお前の……」

 

 

「………………」

 

 

 今の自分達の心もとない戦力だけで、奴らの裏をかくにはこの方法しかないと理解はしている。

 

 

 してはいるが、それでもこの策が確実とは言えないし、何よりそんな作戦の為に彼女を危険な目に遭わせる事はやはり忍びなく、幾分かの抵抗はある。

 

 

 その危険性を考慮し改めて五月に確認を取るが、五月は何も言わずそんな蓮夜の目を黙って見つめ返すと、その瞳の奥には揺るがない決心と力強さ、そして蓮夜に対する信頼が垣間見え、言葉はなくとも彼女自身、既に覚悟は出来ていると伝えているように見える。

 

 

「……そうだな……此処まで来たら今更な話だった……無粋な質問をしてすまない。では、行こう」

 

 

 彼女の身を案じるあまり及び腰になってしまったが、今回の作戦において彼女は肝心な要だ。

 

 

 正直、これから行う作戦には不確か且つ不安な要素が未だ多く残ってはいるが、その足りない部分は自分がフォローするしかない。

 

 

 改めて己の気を引き締めるようにそう考えながら覚悟を決め、眼前の敵のアジトを睨み付けながら、蓮夜は五月を引き連れて廃工場の敷地内へと正面から足を踏み入れていくのであった。

 

 

 

 

 

◇◇◆

 

 

 

 

 

──そして、蓮夜と五月が到着する少し前……

 

 

「──クッソッ……まだか、まだ来ないのかっ……!!」

 

 

 薄暗い廃工場内にて、蓮夜達の到着を待つ神楽木は焦りを露わに忙しなく辺りを歩き回りブツブツと独り言を漏らしていた。

 

 

 そんな様子を薄汚れた木箱の上に腰掛けながら黙って見ていたアスカは呆れた眼差しを向け、ため息混じりに声を掛けた。

 

 

「そんな焦った所でどうしようもねえだろ。クレンの奴が連中のとこに文を出したつってたんだ、待ってりゃその内向こうから来んだろ」

 

 

「っ……!そんな楽観視してられる状況じゃないから焦ってるんだろ!お前はまだいいかもしれないが、こっちは中野達を立て続けに攫ってからそれなりに時間が経ってる!これ以上時間を掛ければ物語の目を欺くのは難しくなるしっ、もしそれで失敗したなんて事になればあの人に何をされるかっ……!!」

 

 

 ああああああッ……!!と、何を想像しているのか神楽木は恐怖に震える様子を見せて頭を抱え、そんな彼の姿を見てアスカも怪訝な表情を浮かべてしまう。

 

 

(コイツは何をこんな怯えてんだ……そういや、クレンの奴と話してる時も妙にビビってた気がするが、アイツに何をされてんだ……?)

 

 

 あの時はクレンとの会話に集中して気に止めなかったが、此処までの怯えようを見てると流石に何があったのかと気になってくる。

 

 

 蓮夜達を待つ暇を潰すついでにその辺の事も聞いてみるかと、そんな気まぐれからアスカが口を開き掛けるが、その時、アスカはピクッと何かに気付いたように表情が険しいものに変わり、薄汚れた木箱の上から重い腰を上げていく。

 

 

「取り敢えず、喚き散らすのはその辺にしとけ。……漸く連中のご到着のようだぜ」

 

 

 アスカがそう告げると共に、廃工場の入り口の扉が錆び付いた甲高い音を上げながら開かれていく。

 

 

 その音を聞いて神楽木も慌てて扉の方へと振り返ると、扉の向こうから隙間から差し込む月の光を背に工場内へと足を踏み入れる蓮夜と、その背後から何処か不安げに胸に手を当てて俯く五月の姿があった。

 

 

「よォ、ちゃんと時間通り来たじゃねーか。正直こっちの誘いに乗らねぇ可能性もちと考えたが、流石に人質を盾にされりゃそっちも来ねぇワケにもいかないか」

 

 

「…………」

 

 

 指示した時間通りに五月を連れてきた蓮夜に軽薄な笑みを向けながら、アスカが軽口で二人の来訪を迎え入れる。しかし蓮夜はそんなアスカに目もくれず、僅かに目を細めて埃臭い工場内に視線を巡らませていく。

 

 

「随分と酷い場所を隠れ家にしたものだ……今まで攫った中野の姉達も此処に捕らえているのか?」

 

 

「生憎と其処までバラす気はねぇよ。……つーかテメェの方こそ、あの装者はどうした?昼間に邪魔してくれた礼に一言ぐらい文句を言いてぇぐらいなんだが、顔が見えねーじゃねえか」

 

 

 てっきり蓮夜と一緒に同行して此処へ来るものかと思われたが、蓮夜と五月以外にクリスの姿が何処にも見当たらない。

 

 

……もしや、何処かに身を潜めて騙し討ちの機会でも伺っているのではないかと周囲を警戒して目を走らせるアスカだが、そんな彼とは対照に蓮夜がため息混じりに呟く。

 

 

「アイツなら此処には来ない。というのも、彼女とはお前達からの要求の件で意見の相違から袂を分かつ事になってな……中野を引き渡すと決めた俺の方針に着いていけないと三行半を突きつけて、一人何処かへ行ってしまったよ」

 

 

「……へえ、お前が仲間割れとは珍しい事があるもんだ……その女を素直に渡す気になったってのも意外だが、てっきり奴と共闘して懲りずにまた俺達に挑んでくるだろうと思っちゃいたんだがな」

 

 

「今までの戦いで、お前と正面から戦うのは分が悪いと散々に思い知らされたのでな……加えて今はS.O.N.G.の助力も望めない以上、そんな状況で無謀な真似をするほど俺も馬鹿じゃない……だから人質の身の安全を考えれば、これが最善の方法だと踏んだだけの話だ……最も、彼女はそんな俺のやり口をお気に召さなかったようだがな」

 

 

「…………」

 

 

 肩を竦めて自嘲気味に笑う蓮夜だが、アスカはそんな蓮夜に懐疑的な眼差しを向けたまま警戒を解こうとはしない。

 

 

 すると、そんな二人のやり取りをアスカの隣で黙って聞いていた神楽木が痺れを切らし怒号を上げた。

 

 

「一体何時までグダグダと話してるつもりなんだ……!いいからとっとと中野をこっちに寄越せ!用があるのはそいつだけなんだ!」

 

 

「……ああ、彼女を渡すのは構わない……ただ、その前に一つ条件がある。今までお前達が攫った人質の身の安全を確認させろ。中野を引き渡すのはそれからだ」

 

 

「ッ!な、なんだって?」

 

 

 蓮夜からの思わぬ要求に思わず面食らう神楽木。一方でアスカは立場を弁えないそんな蓮夜の不躾な物言いに、険しげに眉を顰めた。

 

 

「お前、今の自分の立場分かって言ってんのか?お前は俺等に指図出来る立場じゃねえだろ。こっちには人質がいるって事、忘れてんじゃねえだろうな?」

 

 

「……そちらこそ何か思い違いをしてるんじゃないのか?俺は別にお前達に謙ってコイツを引き渡しに来たんじゃない。あくまでもこの物語の延命処置……この世界を守るのに最善の方法だと判断したから、そちらの要求に応えただけの話だ」

 

 

「……んだと?」

 

 

 蓮夜を睨むアスカから威圧感が放たれる。しかし蓮夜は臆せず、正面からアスカを睨み返し冷淡に告げる。

 

 

「生憎と俺はお前達の事を信用していない。もし万が一お前達が既に人質を手に掛けていて、中野を明け渡した瞬間に殺されでもすれば、その時点でこの物語はお前達の手に落ちる事になる。それでは元も子もないし、こちらには何のメリットもない。だから最低限、人質の安全を確かめさせろと言ってる」

 

 

「な、何がメリットだ!調子に乗るのも大概にしろ!」

 

 

「……こいつの言う通りだな。そもそも、捕らえた四人が既に死んでるなら俺らが何の事後処理もしないと思うか?もしそうなら其処の女や周りの人間の記憶を改竄して消し、存在した痕跡すら徹底的に消す。それがない時点で連中が生きてる証拠にはなるだろうがよ」

 

 

「だったら人質の安否をこの目で直接確かめても問題はないだろう?それにさっき言ったように、俺はお前達を信用していない。最初に誘拐した長女の時点で他の姉妹の動向を探る為に、彼女達の情報を得ようと暴力や言葉にするのも憚られるような真似を彼女達にしてたとも限らない。……そんな連中にみすみすコイツを渡したとなれば、流石に俺も夢見が悪いという話だ」

 

 

 そう言って、まるで戯けるように肩を竦める蓮夜。そんな彼の人を嘗めてるようにしか見えない態度にいい加減業を煮やし、神楽木は近くに転がるガラクタを苛立たしげに蹴り飛ばした。

 

 

「ふざけるのも大概にしろと言うんだ……!俺達がお前の戯言に従う義理なんてない!いいからさっさと中野を寄越せぇ!」

 

 

「……ああ。勿論、俺も無条件でお前達がこちらの要求に応えてくれるとは思ってはいないさ。……だから、そうせざるを得ないようにさせてもらう」

 

 

「あ……?」

 

 

 どういう意味だ?、とアスカが思わず間抜けな声音を返した瞬間、蓮夜は何処からともなくウェーブブラスターを素早く左手に取り出した。

 

 

 いきなり武器を抜き取った蓮夜を見てアスカと神楽木も反射的に身構えるが、蓮夜はウェーブブラスターの銃口を二人にではなく、なんと隣に立つ五月のこめかみに突き付けた。

 

 

「ひっ……!」

 

 

「ッ?!お、お前、いきなり何を……?!」

 

 

「……テメェ、何の真似だ?」

 

 

「見ての通りだ。こちらの囁かな要求すら飲めないのなら、お前達に渡す前に彼女の頭を撃ち抜く。……もしまだ攫われた四人が生きているのだと仮定するのなら、お前達は出来るだけこの物語の目から逃れる為に、事を大きくしない為に五人纏めて消したい筈だ。ならばこのタイミングで中野を失うのは、お前達にとっても不都合でしかないんじゃないか?」

 

 

「あ、ぐっ……」

 

 

 薄い笑みを向ける蓮夜からの指摘に、神楽木があからさまな動揺を見せる。しかし、アスカはそんな蓮夜の突飛な行動に驚くよりも不可解な眼差しを向けていた。

 

 

「お前……自分で滅茶苦茶しか言ってねぇって自覚あんのかよ?そいつをお前が殺せば、お前は大罪人としてこの物語から追放されるか、或いはその存在を消されるかもしれねぇ。分かってない訳じゃないだろう?」

 

 

「お前達と同じイレイザーになる、と言いたいのだろう?ああ、それに関しては俺としても不本意だとも。しかし現状、俺一人ではお前達を正面から破る術はなく、人質を救い出す方法も思い浮かばない。ならばどうすればいいか、思考し、そして思い至った。俺が此処で大罪を犯せば、この物語は必ず異変を察知して俺を見付ける。そうなればこの場にいるお前達も一緒に見付かり、俺と共に消えるしかなくなる……つまり最小限の犠牲を持って、少なくともこの世界がお前達の手に渡る最悪な自体は避ける事が出来るという訳だ」

 

 

(ッ……!なんなんだコイツ……頭イカれてるのか……?!)

 

 

 先程まで人質や五月の身を案じるような口ぶりをしていた舌の根も乾かぬうちに、この世界がイレイザー達の手に渡るぐらいなら、自ら五月を手に掛け、己を犠牲にアスカ達を排除すると蓮夜は言う。

 

 

 あの男の思考が理解出来ない。とても常人とは思えないやり口に神楽木も戦慄すら覚える中、アスカは僅かに首を傾けながら目付きを更に鋭くさせる。

 

 

「正気の沙汰とは思えねぇな。記憶を失って別人みたくなったとは言え、少なくとも、他人の為にその身を削るいけ好かねぇとこは何も変わっちゃいねぇと思ってたんだがよ」

 

 

「……そうか。記憶を失う前の俺はさぞかし人間が出来ていたんだろうな。決して好かれてはいないだろうと思っていたお前にも、其処まで思われていたのだとも知れて少しだけ感慨深くもある」

 

 

 ふっ、と僅かに皮肉げな笑みを浮かべるも、そんな微笑みもすぐに消えて再び無表情となる蓮夜。

 

 

「だが生憎と、今の俺はそんな過去を知らなければ聖人君子という訳でもない。此処まで切羽詰まった状況に追い立てられれば、流石の俺でも非情な手段を取らざるを得なくもなる。……お前達という脅威に大勢の人間の人生が脅かされるのであれば、最小限の犠牲を持ってしてでもそれを止めるだけだ」

 

 

「…………」

 

 

 ただただ冷淡で、感情の機微を感じさせない口調で必要な犠牲を出す事に戸惑う素振りすら見せない蓮夜にアスカは何も答えない。そんな彼らに見せ付ける様に、蓮夜は五月に突き付けた銃剣の引き金に掛けた指に力を込めていく。

 

 

「それで、結局どうする気だ?俺に人質の居場所を明かすか、それとも此処で俺諸共道連れになるか……ああ、断っておくが、変身して先に俺を殺そうとしても意味はないぞ。そうなるよりも速く、或いは例えこの頭を潰されようとも、死んでも必ずこの引き金は引く……お前達を道連れにする為にな」

 

 

「っ……お、おい……どうする気なんだ?!」

 

 

「…………」

 

 

 蓮夜の言動は最早倫理観も何もない滅茶苦茶でしかないが、事実、此処で五月を失えば計画に大きな支障が出てしまう。

 

 

 この五等分の花嫁の物語のヒロインが、本来の本筋にないハズの場面で命を落とす。

 

 

 元からそのつもりであったとは言え、そのタイミングを誤ればこちらが改竄の力を使うよりも先にこの物語に見つかって先に消されてしまう可能性が高い。

 

 

 故に今此処で五月が殺されれば蓮夜は勿論、アスカと神楽木も巻き添えを喰らって追放、最悪その存在を消されてしまうかもしれない。

 

 

 向こうも追い詰められて後がないあまり最早なりふり構ってはいられないのか、銃口を向けられて俯きながら怯えるように震える五月にも目もくれず、顔色一つ変えない蓮夜の顔をジッと無言のまま見つめて何を思ったのか、アスカは目を伏せ、溜め息と共に頷いた。

 

 

「いいぜ。そっちの望みを聞いてやるよ」

 

 

「ッ?!な、何を言ってんだ?!あんたまで気が狂ったのか?!」

 

 

 蓮夜の要求をアッサリ聞き入れたアスカの思わぬ返答に神楽木も動揺するが、そんな神楽木を横目にアスカは淡々と言葉を続ける。

 

 

「どの道、今このタイミングであの女に下手な事されりゃこっちの都合が悪くなんのは事実だろ。それに奴の要求も人質の解放って訳でもなく、ただ安否を確かめさせろってだけだ。それだけならまだこっちが不利になるなんて事にはならねーだろうさ」

 

 

「っ、だ、だけど……!」

 

 

「それに、記憶を失った今のアイツが何処まで本気かは俺にも計り兼ねるからな。……あんだけ必死に守って、肩並べて戦った筈の正義の味方の装者様からも見放されるような奴だ。前までの奴なら絶対やらなかったような事も、今の奴がやらねぇって保証は俺にも出来ねえからよ」

 

 

 言いながら、アスカが軽く指を鳴らす。瞬間、薄暗い闇に覆われていた工場内に微かな灯りが無数に灯る。

 

 

 見れば、工場内の至る所の壁に火を灯したロウソクが金具と共に立て掛けられており、さっきまで暗闇のせいで見えてなかったアスカ達の背後の更に奥……上の階層に続くグレーチング状の階段と、その先の壁に張り付けになってる四つの人影が微かに見える。それは……

 

 

 

 

 

「………………ぅ………………」

 

 

「………………っ………………」

 

 

「「……………………」」

 

 

 

 

 

 手足を冷たい鎖で拘束されて気を失い、壁に磔にされて身動きが取れない状態にされている四人の少女……今まで神楽木の手により攫われた中野一花、二乃、三玖、四葉の姿があった。

 

 

「ああっ……!」

 

 

 捕らえられた四人の姿を見て、五月が思わず身を乗り出そうとする。しかし蓮夜はそんな彼女を横から制止し、半眼に閉じた目でアスカを睨み付けた。

 

 

「やはりあの四人も此処にいたか……しかし、俺が言うのもなんだが存外不用心じゃないか。人質の受け渡し場所と、捕らえた人質を同じ場所に集めるだなんて」

 

 

「かもな。だが生憎と、大事なもんは目の届く所に置いておかなきゃ落ち着かねぇタチなんだ。……それに、此処でテメェを始末しちまえば、面倒な仕事を一気に片付けられて楽が出来るだろ?」

 

 

 そう言って、アスカは人差し指を軽く横薙ぎに振るう。

 

 

 それと同時に、蓮夜と五月の周囲に転がる塵屑が一斉に蠢いて巨大化していき、徐々に人型へと形成して無数の怪物……ダストの群れとなって二人を一瞬で取り囲んでしまった。

 

 

『コォアアアアアアアアアアアアアアアッッ……!!!!』

 

 

「ひ……!」

 

 

「……屑を予めばら蒔いておいた訳か……だが、いいのか?こっちにも人質がいる。下手な強行策に出られて、俺が彼女を手に掛けるとも限らないぞ?」

 

 

「お前の要求通り、人質の安否はちゃんと確かめさせた。望みには応えてやったんだから、これ以上こっちがお前に遠慮してやるギリなんてねぇよ。まぁ、それでもやるってんならやりゃいい……出来るもんなら、だがな」

 

 

「…………」

 

 

 言葉尻に声音を下げ、目付きを鋭くさせたアスカのその一言に、今まで無表情を貫いていた蓮夜の顔が微かに歪む。

 

 

 その変化を見逃さず、アスカは間断なく言葉を続けていく。

 

 

「俺は昔のお前を知ってるが、今のお前が何処まで別人なのかは分かっちゃいねぇ。今までの仲間連中との記憶や絆を失い、人間性も変わったテメェがホントに手段を選ばずその女を手に掛けないって保証は俺にも出来ない。……けどよ、人の根っこの部分ってのは案外そう簡単には変わらねぇもんだ」

 

 

『ガァアアアアアアアアアアッ!!』

 

 

「!」

 

 

 アスカの言葉と共に、ダストの一体が五月に襲い掛かる。

 

 

 それを見て五月も咄嗟に身構えようとするが、それよりも速く蓮夜が彼女を庇うように回り込んでダストを後ろ回し蹴りで蹴り飛ばした。が、直後に蓮夜の表情が露骨に歪んでしまう。

 

 

「……幾ら非情のフリに徹しようが、結局テメェは誰かを見捨てられる人間じゃないって事だ。そんなお前が世界を守るだとか、んなご大層な理由の為に誰かを犠牲にするなんざ出来る訳がねーのさ」

 

 

「…………」

 

 

 本当に五月を犠牲にするつもりがあるのなら、蓮夜が手に掛けようが、ダストが手に掛けようが結果は変わらない。

 

 

 なのに咄嗟に五月を守った時点で、蓮夜の今までの非情に思えた言動も全てただのブラフでしかないと露呈した。

 

 

 こうなればもう、蓮夜が彼女を人質にした所でアスカ達には通じない。

 

 

 蓮夜自身もそんな己の失態を自覚しているのか、先程までの無表情から一転して険しい顔付きでアスカを睨み付けていたが、やがて何かを観念したかのようにその手からウェーブブラスターを消し去りながら目を伏せて俯いてしまい、そんな蓮夜を見て、先程までオドオドしていた神楽木も僅かな戸惑いと共に歪な笑みを浮かべた。

 

 

「は、ははは……!なんだよ、驚かせやがって……!無駄にビビったじゃないか……」

 

 

「いいからとっととあの女を手に入れろ。奴の始末はこっちで付ける」

 

 

「っ、分かっているよっ」

 

 

 安堵から軽口を叩いたところをアスカに咎められ、神楽木は五月に目を向ける。

 

 

 その視線を浴びて五月も一瞬身を竦めるが、何も出来ずに立ち尽くす蓮夜の背中を見て自分がどうするべきか悟り、顔を俯かせたままゆっくりと神楽木の下へ歩き出した。

 

 

「そうだ、いい子だよ中野……!お前はやはり聡い子だ!いい生徒を持てて、先生は嬉しいよ!」

 

 

「…………先生、か」

 

 

「…………?」

 

 

 今の状況、どうするのかが正解か素直に従う五月の従順ぶりに神楽木が嬉々として叫ぶが、四方をダスト達に囲まれながら立ち尽くす蓮夜が小声で何かを呟き、アスカが訝しげに眉を顰める中、蓮夜は徐に顔を上げて神楽木を見つめた。

 

 

「神楽木、と言ったか……最後に一つだけ、お前に聞きたい事がある……」

 

 

「…………あ?」

 

 

 蓮夜からの不意の質問に、完全に悦に浸っていた神楽木が間抜けな声で返す。そんな神楽木に、蓮夜は何処か哀しげな眼差しを向けたまま疑問を投げ掛ける。

 

 

「ノイズ喰らいのイレイザーであるなら、お前も元々は響達の世界の住人の筈だ……この世界に教師として潜り込んだのも、この物語を改竄する為に、初めからその為だけに中野達に近付いたのだと理解してる……けれど、本当にそれだけか?」

 

 

 蓮夜がそう告げると共に、五月が足を止める。

 

 

「お前がどれだけの時間、教師としてあの学校にいたのかは俺にも分からない。それでも彼女達に……いや、風太郎や他の生徒達とも教師として接して、何も感じるモノはなかったのか?彼らに対して、情と呼べるモノを少しでも感じなかったのか?……中野と、あの四人を犠牲にして望みを叶える事に、少しも罪悪感を感じないのか?」

 

 

 神楽木の目をまっすぐに見据え、彼自身の風太郎や五月達への想いを知りたいが為に、真剣な口調で疑問を投げ掛ける蓮夜の問いに、神楽木は一瞬目を見張り、顔を俯かせる。

 

 

 そんな彼の反応に蓮夜も僅かに物悲しげに眉を顰める、が……

 

 

 

 

 

 

「────は……は、は……はははははははははははははははははははははッッ!!!何をっ、何をいきなり言い出すかと思えば……馬鹿かぁあお前ぇええッッ!!!?」

 

 

 

 

 

 

───クツクツと僅かに肩を揺らし、勢いよく顔を上げた神楽木の顔に張り付いていたのは、最低で、最大の侮蔑の笑み。

 

 

 風太郎や五月達を気遣う蓮夜の想いを馬鹿にするかのように、神楽木は声高らかに叫く。

 

 

「あんなガキ共に俺が情を抱くだって?馬鹿も休み休み言えよ!今の俺はイレイザー、あらゆる総てをこの手で自由に書き換える事が出来る超常の存在だ!元の世界で俺を落ちこぼれと罵り、馬鹿にしてきた連中とは最早格すら違う!そんな俺があんなフィクション共に何を感じ入るってんだ!」

 

 

「…………。だから、アイツ等にも何の情も抱いていないと?自分よりも格下だから、自分が特別だからと?」

 

 

「そう思う事の何が悪い?事実その通りじゃないか」

 

 

 悪びれもなく、恥じる事もなく、ただただイレイザーである自分を特別だと称して全てを見下す傲慢な態度を隠そうともしない神楽木に、蓮夜は何も言葉を返さず、ただ無表情のまま、その目は何処までも冷たい眼差しになっていた。

 

 

 そんな蓮夜の冷たい視線も気にも留めず、神楽木は俯いて立ち尽くす五月に冷ややかな視線を向ける。

 

 

「そもそも反吐が出るんだよ。コイツらみたいな努力すれば身を結ぶ、結果が付いてくる、夢は叶うだの、そんな青臭い妄言を信じ切ってる連中を見てるだけで虫唾が走る……!だからこの物語が俺の手に収まった時には全てを書き換えて思い知らせてやるんだよ!努力だのなんだのじゃどうにもならない現実がある、お前達が目指す夢なんて、現実をロクに見てない馬鹿な奴が見る身の程知らずの妄想に過ぎないってなぁ!これから消えるお前にその光景を見せられないのが残念だよ、中野ぉ!」

 

 

 あははははははッ!!と、自分がこの物語を貶めた時の光景を想像して天を仰ぎみながら愉快に嗤う神楽木。だが……

 

 

「───それがお前の本心か……安心したよ、神楽木……」

 

 

「…………は?」

 

 

 ポツリと、瞳を伏せた顔を背け、言葉通り安心したように、けれども何処か哀しみが入り交じったような感情が込められた呟きを蓮夜が漏らす。

 

 

 意図が読めない、意味が分からない言葉に思わず間の抜けた声で聞き返す神楽木に対し、ゆっくりと顔を上げた蓮夜は無表情のまま語る。

 

 

「もしお前が、僅かながらでもアイツ等に情を抱いていたのだとすれば、もしかしたら普通の人間として生きるように説く事も出来るんじゃないかと躊躇してる部分はあった……それに、少なくとも風太郎や中野達が教師と呼んでそれなりに慕っていた相手だ……彼等の気持ちを思えば、お前がもう一度普通の教師としてやり直す……それが皆にとって一番いい結末なんじゃないか、と……」

 

 

 けれども……と、神楽木を睨み付ける蓮夜の目が鋭さを増す。

 

 

 その瞳の奥には、静かな怒りの炎が燃え滾っていた。

 

 

「今、お前の本音を聞いてハッキリと分かった……お前は既に人間でもなければ、中野達の教師と名乗るのすらおこがましい……彼女達と真剣に向き合い、教え導き、苦難を共にしてきた風太郎の足元にすら及ばない……ただのくだらない畜生だ」

 

 

「……ハッ、だから何だと言うんだ?今のお前は孤立無援で多勢に無勢。これだけの数を前に、今のお前に何が出来るっていうんだよ!」

 

 

 こちらには蓮夜を幾度となく破ったアスカがいる。そんな心強い後ろ盾がある今、蓮夜の煽りを負け惜しみでしかないと吐き捨て、神楽木は蓮夜の周囲を取り囲むダストの群れを見回し勝ち誇るように叫ぶ。

 

 

 だが、蓮夜は周りのダスト達を一瞥しても物怖じする素振りすら見せず、

 

 

「例え数では負けていたとしても、お前達に負けるつもりは毛頭ない。……何よりお前は、俺とクリスを繋いでくれた恩人を、風太郎と中野達の努力を嘲笑った……そんな貴様を、"俺達は"決して許しはしない……」

 

 

「……は?何を言っ──」

 

 

 

 

 

「──Killiter Ichaival tron……

 

 

 

 

 

「──ッ?!その女から離れろっ!!」

 

 

「……え?」

 

 

 

 

 何処からともなく耳に届いた、美しい旋律の歌声。

 

 

 その歌声に気付いたアスカが狼狽してすぐさま神楽木に呼び掛けるが、直後、五月の身体から赤い閃光が放たれると共に凄まじい衝撃波が発生し、彼女の一番近い場所にいた神楽木、そして周囲にいたダスト達を纏めて吹き飛ばしていったのだ。

 

 

 知能の低いダスト達は受け身も取れずに次々と無様に転倒していくが、神楽木は地面を何度も転がりながら慌てて身を起こし、光に包まれた五月に視線を向ける。

 

 

 其処には赤と白とツートンカラーのアンダースーツを纏い、その上から赤い装甲に身を包んだ赤髪の少女……イチイバルのシンフォギアをその身に纏った五月の姿があったのだった。

 

 

「なっ……シンフォ、ギア……?な、何で中野がシンフォギアを──!!?」

 

 

「……いや、違う!そいつは──!」

 

 

「今だッ!"クリス"ッ!!」

 

 

「──おうッ!先手必勝だァアアアアアアッッ!!!!」

 

 

 適合者ではない筈の五月が何故シンフォギアを纏えるのか困惑して敵陣営がどよめく中、シンフォギアの装甲とスーツで身を包んだ五月……否、中野姉妹が五月に変装する為に使っていたウィッグを頭から被ったクリスが腰部のアーマーを展開して無数の弾頭を乱射し、辺り一面に手当り次第に着弾させて煙幕を発生させ、アスカや神楽木、ダスト達の視界を遮ったのであった。

 

 

「ゲ、ゲホッケホッ!な、何だこれッ?!どうなってんだッ?!」

 

 

「煙幕……!そういう事かよ!」

 

 

 煙を吸い込んで咳き込む神楽木の隣で、何かに気付いたアスカが慌てて周囲を見渡すも、煙幕が邪魔をして誰が何処にいるのかさっぱり分からない。

 

 

 そんな中、頭のウィッグを掴んで脱ぎ捨てたクリスは煙幕により周囲が何も見えない中でスナイパーライフルに武器を切り替えながら、頭部バイザーを展開して暗視スコープ越しに上階層の四人に狙いを定める。

 

 

「其ッ処だァッ!!」

 

 

 ダンダンダンダンダンッ!と、トリガーを連続で引き、銃口から放たれた無数の銃弾が一花達の手足を縛る鎖だけを見事に撃ち抜き、四人はそのまま力無く床に倒れ込んだ。

 

 

「やれたぞっ……!今の内だっ!」

 

 

「二人とも、頼むっ!」

 

 

「──はいっ!」

 

 

「任せろっ!」

 

 

 煙幕で何も見えない中、クリスと蓮夜の呼び掛けに応える少女と少年の声が響き渡る。

 

 

 それを耳にしたアスカが声が聞こえた方に振り返ると、比較的煙幕が薄い上階に二人の少年と少女……風太郎と五月が一花達を抱えて逃げ出そうとしている姿が僅かに見えた。

 

 

「(アイツら、いつの間に?!……まさか、さっきまでのやり取りは全部、奴らが忍び込むまでの間の時間稼ぎ──!!?)神楽木ィッ!」

 

 

 蓮夜達の真の狙いに今になって漸く気付き、アスカは慌てて神楽木に二人の逃亡を阻止させようと呼び掛ける。しかし……

 

 

―ダダダダダダダァアアンッ!!―

 

 

『──クッソッ……!!コイツ、何処まで邪魔をッ!?』

 

 

「お前の相手はあたしだっ……!こっから先に進めると思うなよっ!」

 

 

 神楽木の方も一花達を連れて逃げる風太郎と五月の存在に気付き、シャークイレイザーに変貌して後を追おうとしていたらしいが、それを阻むようにクリスが二丁拳銃を使って近接戦闘を仕掛けてシャークイレイザーを足止めし、更に風太郎達を追い掛けようとするダスト達の頭や足などを乱れ撃ち足止めさせながら二人の後を追わせまいと立ち塞がっていたのだった。

 

 

「クッソッ……!役立たずがっ!こうなりゃ俺が──!」

 

 

『Code Gungnir……clear!』

 

 

「っ?!」

 

 

 足止めに遭うシャークイレイザーの代わりに自分が風太郎達の後を追おうとするアスカだが、直後に背後から電子音声が鳴り響き、反射的にイグニスイレイザーに姿を変えながら巨大な右腕を横薙ぎに振り回した。

 

 

 瞬間、イグニスイレイザーの腕に鋭いドリルが轟音と共に炸裂して無数の火花を撒き散らし、見れば、蓮夜が変身したクロス・タイプガングニールが左腕にドリルを装備しイグニスイレイザーの右腕に全力で突き立てる姿があった。

 

 

『グッ!黒月蓮夜っ、テメェッ!最初からコレが狙いであんな猿芝居を仕掛けやがったのかっ!』

 

 

『猿芝居とは心外だな。しかしまあ、確かにクリスに比べれば俺の演技も拙いモノだったと恥じる部分はある。中野の一挙一動をこの短時間で彼処まで完璧にマスターしてみせたんだ。仮に俺が審査員であったなら、最優秀の女優賞でもアイツに送り付けてやりたい気分だよ。何せお前の目ですら誤魔化せた訳だからなぁ……!!』

 

 

「吐かせやペテン師がァああッッ!!」

 

 

 クロスの突き出すドリルを苛立ちを込めて弾き返す。そのまま後方へと着地するクロスにイグニスイレイザーがすかさず炎を纏った拳を振りかざして追撃を仕掛けるが、クロスは瞬時に身を屈めて紙一重で拳を回避しながら両足のパワージャッキを稼働させてキック力を増強させ、イグニスイレイザーに目にも止まらぬ連続蹴りを叩き込み、風太郎と五月が出来るだけ遠くまで逃げるまでクリスと共に時間を全力で稼いでいくのであった。

 

 

 

 

 


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