戦姫絶唱シンフォギア×MASKED RIDER 『χ』 ~忘却のクロスオーバー~ 作:風人Ⅱ
───走る、奔る、趨る。
木々の隙間から差し込む微かな月の光、奥へ進む毎に遠ざかる街の方から照らされる火の光を頼りに森の奥へ、カメレオンイレイザーは自身の肉体を透明化したまま必死に逃げるように駆け抜けていた。
身体を激しく動かす程、暗闇のせいで目の前が良く見えず木に身体をぶつける度に、背中に走る激痛が痛みを増していくが、そんなものを気にしていられる余裕など既にない。
ノイズを喰らい過ぎた事で人間としての理性は溶け、ただの獣畜生に成り果てても、それでも動物的本能までもが失われた訳ではない。
その本能が先程からずっと、まるで早鐘のように訴え掛けるのだ。"奴"とまともに戦えば、今度こそ殺されると。
人間らしい思考がなくとも、生き物としての最低限の感情が残っている以上、圧倒的な力を持って弱者を嬲る事に快楽と優越感を感じる感情があるのなら、圧倒的な力を持つ強者を前に恐怖と畏怖を感じる感情だってある。
下手に人間らしい心が残っている理性的な他のノイズ喰らいのイレイザーよりも、動物還りした事でその恐怖をより肌身に、原始的な本能で感じる事が出来てしまうカメレオンイレイザーが足を止めず、全身を駆け走る痛みも顧みずに走り続けられるのはその為だ。しかし……
まるで闇を切り裂くかのように、カメレオンイレイザーの背後の森の奥から赤い光の矢が木々の隙間をすり抜けて一直線に空を奔り、カメレオンイレイザーのすぐ足元に着弾し、小規模の爆発を起こしてカメレオンイレイザーを転倒させた。
『ゲェアァウッ?!』
思わず悲鳴を上げて、カメレオンイレイザーが勢いよく地面を転がる。
その頭上から更に赤い光の矢が立て続けに降り注ぎ、カメレオンイレイザーの頭、首、胸等の急所に向かって突き刺さろうとするが、カメレオンイレイザーは慌てて身体を横に転がして紙一重で矢を回避し、地面に刺さる光の矢を見てすぐさま身を起こして頭上を見上げれば、其処には空に浮かぶ月を背に木の枝の上に陣取り、矢を放った姿勢のまま弓を構えてカメレオンイレイザーを見下ろすクロスの姿があった。
『外したか。流石にこの暗闇の中、大体で狙いを定めて当てるのは至難の業だな……』
『ギッ、ゲッ……?!ゲガッ、ガガガガッ?!』
心做しか落胆した声音でそう呟きながら肩を落とすクロスだが、そんなクロスとは対称に、カメレオンイレイザーは困惑を露わに激しく狼狽えていた。
何故なら自分は、"透明化をまだ解いてはいない"。
この能力は相手の視覚から消えるどころか、体温すら消し、イレイザーの気配を感じ取る力を持つクロスでさえも感知出来ない程の高度な隠密能力だ。
ノイズを大量に喰らった事で人間らしい理性と引き換えに手に入れたこの強力な力のおかげで、クロスも自分の気配を今まで感じ取れず、実際先程の宮司の襲撃の際にも後手に回っていた筈なのに、クロスは確かに今も姿を消している筈の自分にその眼差しを向けて、何故かこちらを認識出来ている。
訳が分からないと、動揺のあまり挙動不審になるカメレオンイレイザーのその様子から彼の困惑を察したのか、クロスは木の枝の上から軽々と飛び降りながら淡々と答える。
『姿はよく見えないが、それらしい動きからして大層混乱しているらしいな。俺が何故お前を認識出来てるか、そんなに不思議か?単純な話だ。見えてるんだよ。幾ら姿を消そうと、お前に染み付いているその"色"はな』
『?!』
ツンツンと、左手で自身の右肩の上から背中を指さすクロスの仕草を見て、カメレオンイレイザーは己の背中に手を回す。
背中に触れた瞬間、ヌチャリとした感触がし、手を見れば、其処には夥しい量の血が透明化している自分の手を赤く色付けていた。
『お前がさっき神社から逃げ出そうとした時、背中に何本か矢を撃ち込まれたのを覚えているだろう?あの時に負った傷で、今のお前自身は背中から流れるその血のおかげで何処にいるのかそれなりに見当がつく。……ついでに、此処までの痕跡を残してくれてたおかげで道に迷わずに済んだよ』
そう言ってクロスが軽く顎で指す方に視線を向けると、暗闇のせいで見え辛いが、カメレオンイレイザーが此処まで辿ってきた道筋に赤い点々模様……カメレオンイレイザーの背中の傷口から流れ出た血が、まるで道標のように跡を残していた。
つまり、クロスがカメレオンイレイザーの居場所を突き止められたのも、自分の能力を見破れたのも、先程神社から逃走を図ろうとした際に与えた一撃で布石を打ってたが為。
疑問が氷解すると共に、内から湧き上がる言葉にし難い激情にカメレオンイレイザーが全身をわなわなと震わせる中、クロスは血の色によってマーキングされたカメレオンイレイザー(がいると思わしき場所)を見据えながら弓を構えると、弓の両端にビーム状の赤い刃が展開されていく。
『これでもうコソコソ身を隠す事も出来ないだろう。……さぁ、顧みろ。お前が歩んできた物語を……!』
『ギィイイイイイッ……!!ギゲェエアアアアアアッッ!!』
まるで死刑宣告を突き付けるように決め台詞を口にし、弓を構えるクロスに向かってカメレオンイレイザーが内なる激情に駆られるまま正面から急加速で突進し、右手の鋭利な爪を振るう。
未だ大部分が透明化しているその右手は、先程カメレオンイレイザーが自身の背中に触れた事で僅かに赤い血が染み付いている。
その色に目掛けて弓を下から振り上げれば、弓の刃が何かに当たって弾く手応えを確かに感じ取り、続け様に返しの刃で空中で浮いてるようにしか見えない、目の前でまるで滝のように下へ流れる赤い血(恐らくカメレオンイレイザーの背中から流れ出ているソレ)に向かって弓を振るうと、弓の刃は何もないようにしか見えない空間を斬り裂いて火花を撒き散らした。
『ギャァアァウッ?!』
『……いい加減、その姑息な能力を解いたらどうだ。そのザマではもう透明化も意味を成さないし、流石の俺も他人の血でアートを描く猟奇的な趣味は持ち合わせていない……』
事実、今の一撃によって傷が更に増えたのか、透明化してて判断し辛いが、カメレオンイレイザーの胴体と思わしき部分から新たに血が流れ出て下半身にまで滴り落ち、先程よりもそのシルエットは明瞭になり始めている。
此処まで来ては最早、無様を通り越して哀れみすらも覚えるその醜態に敵ながら耐え兼ね、辟易とした様子のクロスのその言葉にカメレオンイレイザーも屈辱に満ちた唸り声を上げるも、彼の言うように透明化は既に無意味と判断したのか、徐々に能力を解いてその姿を完全に露わにした、瞬間。
カメレオンイレイザーの斜め右の方向から、巨大な大木が不意を突くようにいきなり倒れて襲い掛かった。
『ッ?!ギッ、ゲェッ?!』
カメレオンイレイザーはすぐさま反応し、素早くその場から飛び退いて大木の下敷きから何とか免れるが、其処へクロスの弓矢による追撃がすかさず襲い掛かる。
右。左。上。また右。カメレオンイレイザーが矢を避けるであろう移動範囲を予測し、無数の矢による追撃の手を止めないクロスに徐々に追い詰められていき、やがてカメレオンイレイザーが一本の大木を背に足を止めたその時、クロスが森中に木霊させるように叫ぶ。
『今だ、切歌!』
「──合点承知之助、デェエエエエスッ!!」
何処からともなく響き渡る、気の抜けるようなワードを叫ぶ陽気な声。
次の瞬間、カメレオンイレイザーがピタリと背中を貼り付ける大木の頭上から二枚の鎌状の刃が高速で回転しながら降り、そのままカメレオンイレイザーの両足にガチッ!と地面に縫い付けるようにハマった。
『ゲァッ?!』
愕然となるカメレオンイレイザーだが、彼にとっての不測の展開はそれだけで終わらない。
カメレオンイレイザーが困惑のままに両足の枷を力任せに外そうとする中、木の上から一人の少女……今まで姿を現さなかった切歌が飛び出しながら大鎌を振るい、カメレオンイレイザーの足元を縫い付けているのと同じ二枚の鎌状の刃を立て続けに放った。
右腕と左腕。両方の腕を二枚の刃で捉えられて背後の大木に縫い付けられ、磔にされたカメレオンイレイザーのその様は、まるで十字架に掛けられた罪人のようだ。
完全に身動きを封じられて足掻くカメレオンイレイザーを前に、クロスの隣に着地した切歌は大鎌を肩に背負い、これ見よがしにと得意げにサムズアップを突き付ける。
「ふふん、どんなもんデスか!今までしてやられた借り、これでバッチリ返してやったデスよ!」
『流石だ、やはり頼りになる……!』
理想通りの働きで敵の動きを封じてくれた切歌に微笑を向けてからカメレオンイレイザーに視線を戻し、クロスは赤い弓を左手に持ち替えながら左腰のカードケースから取り出したカードを颯とバックルに装填する。
『Final Code x……clear!』
電子音声と共に全身の装甲が部分展開されるEXCEED DRIVEに姿を変化させながら、クロスは弓を構える。
次の瞬間、クロスが構えた弓は扇状に広がるように巨大化して光を放ち、引き絞る矢は赤い雷光を纏って稲妻を走らせた。
『これでエンドマークだっ……!ハァアアッ!』
その手から放たれた雷光の矢が、真紅の衝撃波と稲妻を周囲に炸裂させながら大木に拘束されるカメレオンイレイザーに向けて一直線に突き進む。
その構図はまるで彼の英雄、ウィリアム・テルの伝説を彷彿とさせるが、彼の英雄と違い、その矢は明確にカメレオンイレイザーに命を刈り取る為、その心臓を穿つ為に森の暗闇を切り裂くように駆け抜ける。そして……
───雷光の矢が異形の胸を貫く寸前、夜空から飛来した巨大な鋸が横から矢を弾いて軌道を逸らし、雷光の矢はあらぬ方向へ飛んで地面に着弾、爆発を起こしたのだった。
『なっ……』
「え……い、今の攻撃は……?」
クロスの必殺の一撃を阻んだのは、二人も見覚えのある巨大な鋸。
思わず固まる二人の前に、一人の少女が何処からともなく姿を現し、カメレオンイレイザーの前に降り立つ。
ピンク色のギア、シュルシャガナをその身に纏った月読調だった。
「し、調?!どうして此処に?!」
「…………」
身を乗り出し、戸惑いを露わにする切歌の問い掛けに調は何も答えない。
まるで幽霊のように顔を俯かせ、顔を黒髪で隠す彼女の表情は二人の位置からでは見えず、感情を読み取れない。
そんな彼女のすぐ傍に、螺旋に渦巻く水流が不意に出現し、弾けた水の中から一人の青年が悠々とした足取りで 現れる。
上級イレイザー、カメレオンイレイザーを裏で操るクレンだ。
『クレン……?!』
「ふー……ギリ間に合ったかぁ。ありがとうね、調ちゃん。君がいなかったら、危うく大事な駒をこんなつまんないとこで失う所だったよー」
「…………っ……」
「あ、ありがとうって……な、何デスかそれ?調……!一体何の話をしてるデスかっ?!」
当惑、混乱、困惑、焦慮、様々な感情が切歌の内側を埋め尽くす。目の前の事態を咀嚼する事が出来ず、堪らず叫ぶ。
だって仕方がない、そうではないか。
先程のクロスの一撃を阻んだのも、今の二人の会話のやり取りも……。
こんなの、まるで、"調が自分からイレイザー達を助けたようにしか"……。
『クレン、貴様っ……!』
「……ふふ。そう怖い顔で睨まないでよ、蓮夜君。君とまともにやり合うのは、まだこの時じゃあない」
何かを察したように鋭く睨み付けるクロスの眼光も涼しげに躱し、クレンがそう言って指を軽く鳴らした瞬間、大木に磔にされるカメレオンイレイザーが巨大な水球に覆われる。
そして水が弾けると、大木には拘束されていたカメレオンイレイザーの姿は何処にもなく、奴を捕らえていた四枚の鎌状の刃だけが木に刺さって残されていた。
「ノ、ノイズイーターが?!」
「じゃあね、蓮夜君。次に会えるのを楽しみにしているよ。……勿論、調ちゃんとも、ね?」
『ッ!逃がすか!』
クレンの足元から浮き上がる無数の泡が、その身体を徐々に覆っていく。
それで奴が逃亡を図ろうとしているのだと察し、すぐさま弓の両端に刃を展開してクレンに突っ込むクロスだが、しかし、それを阻むように調が両手を広げてクロスの前に立ち塞がった。
『っ、調……!』
「待って下さい……!!まって……お願い、だからっ……」
『……ッ……!』
声を震わせ、漸く表情を露わにした調の瞳は、まるで今の彼女の心の内を表しているかのように激しく揺れ動いていた。
そんな彼女を前にクロスが思わず手を止めた隙に、クレンは二人の姿を見つめながら微笑を浮かべて無数の泡に包まれ完全に姿を消してしまい、無数の泡はそのまま夜空に吸い込まれるように浮いて一つ、また一つと、儚く弾けて消え去っていく。
───完全に逃げられた。空へ消え去る泡を力無く仰ぎ、そう判断したと同時にクロスも無言で弓を下ろしながら調から顔をそらす中、切歌が勢いよく調に掴み掛かった。
「調っ!!どういう事なのかちゃんと説明するデスよっ!!何でイレイザーを庇ったりなんてしたデスっ?!どうしてアタシ達の邪魔をしたデスかっ!!?アイツ等はっ……!!!」
『やめろ、切歌……』
調の肩を激しく揺さぶり問い詰める切歌を、クロスは静かな声音と共に制止して調から引き離す。
「蓮夜さん?!何でそんな冷静でいられるデスか?!調は今──!!」
「………………………………ご…………さ………………………」
「…………え」
動揺と混乱が未だ収まらず、興奮のあまりクロスの腕を勢いよく振り払う切歌の耳に、微かな声が届く。
その声に釣られて振り返れば、今にも消え入りそうな月の光の中で立ち尽くし、俯く調の顔からポツポツと、小さな雫が溢れ落ちていくのが見えた。
「しら……べ……?」
「ごめん…………ごめんね、切ちゃん…………ごめんなさい、蓮夜さん…………ごめん、なさ…………ぅ……っ…………」
『……………………』
嗚咽を押し殺し、瞳から溢れ出るソレを無理やり堰き止めるように両手で顔を塞ぎ、ただただ二人に向けて謝罪の言葉を繰り返す。
そのただならぬ様子に、先程まで彼女に詰め寄っていた切歌も目を剥いて言葉を失ってしまい、クロスもまた無言で今の調から視線をそらし、仮面の下で何かを悔いるように静かに瞳を伏せていた。
……戦いの騒音が去った、静寂が戻った夜の森。
その中でただ一人、少女の震える小さな泣き声だけが何処にも行き場がなく、いつまでも虚しく響き渡っていた──。
第七章/離Yy式・解答不能×切り離されたaヵ吊奇のウタ END