戦姫絶唱シンフォギア×MASKED RIDER 『χ』 ~忘却のクロスオーバー~ 作:風人Ⅱ
「………………」
S.O.N.G.管轄の医療機関。例の意識不明の漂流者の青年が眠る病室。
先程弦十郎や響達との会合を終えて発令所を後にした蓮夜は、一人この場所に訪れていた。
ガラス貼りの壁の向こう側にある病室のベッドの上で、例の青年は口元に呼吸器を繋がれたまま、未だ意識を取り戻す兆しは見られない。
(……どうしてこんな場所に来てしまったんだろうか……彼を見ていても、何も湧き上がる感慨すら浮かばないというのに……)
何故此処へ足を運ぼうと思ったのか、その理由は自分にも分からない。
ただ、自分がこれから果たさねばならない責務。
その覚悟に腹を括る前に一度、一目彼の顔を見ておきたいという気持ちが何故だか不意に湧き上がったのだ。
不思議だと、自分でも思う。彼が一体何者なのか、未だ何も分からないというのにこんな気持ちを抱くだなんて。
もしかするとやはり、彼と自分の間には何かしらの関係があるという事なのだろうか……。
(それでも、何も思い出せる物がないなんてな……どうしようもない……本当に……)
もしも彼が自分を知る人間であるなら、その記憶を欠片すら思い出せない自分はなんて酷い人間なのだろう。
新たにのしかかる自己嫌悪のあまり、胸が苦しく、頭が鉛のように重い。
いっそ誰かに寄り掛かってしまいと、そんな幼じみた甘えを抱く自分に呆れ返ってしまうも、目の前にあるのは自分とベッドの上に横たわる青年の間を隔てるガラス張りの窓だけ。
もうこの際それでもいいと、やけに重たく感じる頭を預けるようにガラス貼りの窓のコツンと額を押し当てながらも、そんな今の自分の姿がより滑稽に思えて思わず自嘲の笑みを薄く浮かべる中、其処へ……
「──此処にいたのか」
「……?」
不意に病室の扉が開く音と共に声を掛けられ、窓から頭を離して振り返る。
其処には先程、発令所で別れたばかりの弦十郎が扉の奥から現れ、病室内へと足を踏み入れてくる姿があった。
「風鳴司令……?何故此処に?」
「先程、君に返しそびれた物があってな。それを届きに来たんだ。そら」
そう言いながら蓮夜の下にまで歩み寄り、弦十郎は何かを握り締めた右手を蓮夜にスッと差し出す。
その手と弦十郎の顔を交互に見て、蓮夜が若干戸惑い気味に恐る恐る掌を出すと、掌の上に赤いペンダント……シュルシャガナのギアが置かれた。
「これは……」
「調君と話し合うつもりなら、場合によっては必要になるかもしれんと思ってな。俺も立場上、今回の調君の問題行動をお咎め無しとする訳にはいかないが、それでも彼女をそうさせた事情次第では、情状酌量の余地があるかもしれないと思っている。だから……」
「……ああ。分かってる」
この事件が片付いた後も、調がまた自分達の戻って来られるようにしたいと、弦十郎も本心ではそう願っているのは発令所での会合でちゃんと伝わっていた。
だからこそ、その願いに応えたいという思いと共に蓮夜も迷いなく頷く。
「必ず、彼女の本心を問い質すつもりだ。だから安心して任せて欲しい」
「……本心、か……」
「……?」
渡されたペンダントを固く握り締め、弦十郎の中の不安や心配を払拭させようと微笑む蓮夜だが、弦十郎は何故だか複雑げに顔を曇らせている。
どうしたのだろう。何か自分は可笑しな事を言っただろうか?
そんな疑問と共に蓮夜が不思議そうに首を傾げると、弦十郎は蓮夜から一瞬目を逸らした後、その顔に何処か真剣味を帯びせて蓮夜の目をジッと見つめ返す。
「俺も、君には聞きたい事がある。……君は何か、俺達に隠し事をしているんじゃないのか?」
「…………。貴方まで何を」
「これでも、人を見る目はそれなりに肥えているつもりでな。先程の別れ際、クリス君に問い詰められてた時の君の言動には些かなぎこちなさを感じた。……あの時は何もないなどと言ったが、本当は何かを誤魔化したかっただけなんじゃないか?あの場にいた響君や、クリス君……いや、或いは俺達にも言えない何かがある為に」
「……………………」
弦十郎の顔を見上げたまま、蓮夜は無表情を崩さず何も答えない。
ただ否定もしないという事は、少なくともこちらの見通しもあながち間違いではないのだろうと、弦十郎は言葉を続けていく。
「確かに表向きではないとは言え、君と俺達はれっきとした協力者だ。君が俺達やこの世界の人間を無償で助けてくれたように、君が何か不安視している事や、悩みがあるというのなら助けたいと、俺はそう思っている」
「……風鳴司令……」
「響君達にも言えない事なら、せめて、俺にだけにでも打ち明けてはもらえないか?君からすればいらぬ世話かもしれんが、それでも……ただ助けられるばかりで、何もしてやれん人間に俺はなりたくないんだ」
「……………………」
何かを抱えているらしき蓮夜の心情を察し、そんな彼の身を真摯に案じる弦十郎はお節介と分かっていても、それでも力になりたいと申し出る。
蓮夜はそんな彼のまっすぐな眼差しを視線を逸らさずに受け止め、互いに視線を交差させたまま言葉を発さない二人の間を暫し静寂が支配した後、やがてその沈黙に先に耐え切れなくなったのか、蓮夜は根負けしたように溜め息を吐きながら苦笑を浮かべた。
「流石、と言うべきか……味方としてその慧眼は心強いが、いざ自分に向けられるとなるとどうにも居心地が悪いな……」
「……その口振りだと、やはりまだ何か隠しているんだな?」
「…………」
弦十郎からの問いに、蓮夜は顔を逸らして逡巡した後、病室で眠る青年の方に視線を向けて淡々と語り出す。
「今回、宮司さんに改竄を施したノイズ喰らいのイレイザー……ノイズイーターは完全に理性を失っている……彼処まで壊れてしまえば、俺や響達が戦ってきたこれまでのイレイザー達のように知性はない。改竄を行使する為に考える頭すらないのなら、今までのように物語を歪められる心配はないだろうとタカを括っていた。
……そんな根拠もない油断のせいで、俺はまた取り返しのつかない失敗を犯してしまった……」
「取り返しのつかない……?」
不穏な発言に、弦十郎の眉間に皺が寄り険しく歪む。
そんな弦十郎の顔を複雑げな表情で横目に、蓮夜は瞼を伏せながらその"失敗"を語り始める。
淡々と、感情を押し殺したような声音で語られていく彼だけが知る「真実」
その内容に、黙って蓮夜の話を聞いていた弦十郎の顔もみるみる内に驚愕の色へと染まっていってしまう。
「そんな……馬鹿なっ……!では今の、ノイズイーターの改竄の影響を受けている調神社の御仁は、以前の俺達のようにただ記憶を改竄されているのではなく……!?」
「……そういう事になるらしい……俺自身、暴走したノイズイーターがもし改竄の力を行使すればどれほどの影響力が齎されるのか……そういった事例に今まで直面した事がなかったから、こんな大事になるだなんて想像すらしていなかった……奴らが強大過ぎる力のせいで自我が崩壊していたとしても、その力までもが失われる訳ではないというのに……」
俺がもっと早くにその事に気付けていたのならと、蓮夜は深く悔いるように悲痛げに目を臥せる。
そんな蓮夜の口から聞かされた衝撃的な事実に弦十郎も未だ動揺が収まらぬまま、それでも何とか口を開く。
「もしや……調君はその事実を聞かされたせいで、あの時……?」
「……それはまだ、分からない……だからこそ、もう一度彼女と直接会って話さなければと思ったんだ……全てを承知の上なのか……それとも、事実を聞かされてないままただ奴らに利用されているだけなのか、それを見極める為に」
「……もし、彼女がその事実を聞かされていなかったとしたら?」
「聞かされていないならそれでいい。知れば調は勿論、響達も奴らと戦う覚悟が揺らいでしまう可能性がある。そんな心的状態で戦いに挑めば、かえって彼女達の身にも危険が及ぶ……」
「それに……」と、蓮夜は静かに顔を逸らす。
「こんな重荷……"人殺し同然"の罪なんて、彼女達に背負わせる訳にはいかない……だからこそ、あのノイズイーターだけは俺がこの手で始末を付ける……必ず」
「………………」
僅かに顔を俯かせながら決意を新たに告げる蓮夜だが、その横顔には何処か、拭い切れない葛藤の色が微かに滲み出ているのが伺える。
そんな今の彼に、弦十郎も一体どんな言葉を掛けるべきなのか今すぐには思い付かない。
ノイズイーターに関する信じ難い新たな事実に動揺しているのもあるが、何よりも、これから彼が行おうとしている重責を思えば生半可な憐情の言葉など気休めにもならない。
沈痛な面持ちで口を閉ざしてしまうそんな弦十郎の心境を察したのか、彼の顔を見た蓮夜は苦笑と共に首を横に振った。
「そんな顔しないでくれ……元々イレイザーの改竄を正すのが俺の役目なんだ。これはその延長線上に過ぎないのだから、貴方が気に病む必要なんてない」
「しかし……」
「それに……正直に告白すると、こうして貴方が話を聞いてくれただけで、思いの外救われてる部分はあるんだ……」
「……?」
そう言って恥じるように苦笑を浮かべる蓮夜は、自身の右手をジッと見下ろす。
……よく見れば、その指先は僅かに、小刻みに震えていた。
「ノイズイーターを倒す。この改竄を正す。それ自体に躊躇もなければ、迷いもない。迷う訳にはいかない。……ただ情けない話、これから自分がやろうしている事に少なからずの恐ろしさを感じてしまっているらしくてな……響達に余計な不安や心配をさせまいと強がってはみたものの、どうにも自分自身の事までは誤魔化し切れないみたいだ……」
「……蓮夜君……」
「……大事な話を隠していてすまない、司令。それにこんなみっともない弱音まで吐いて……ただそれでも、役目は必ず果たしてみせるから……どうか、それだけは安心を──」
「そうじゃないだろう」
「……え……?」
咎めるような、しかし何処か諭すような声に言葉を遮られ、蓮夜は思わず弾かれたように顔を上げる。
すると見上げた弦十郎の顔には、怒りや悲しみとも、憐れみとも取れる、様々な感情が入り交じったかのような複雑な色が浮かんでいた。
「風鳴司令……?」
「どうして君は、其処まで何もかも自分一人で背負い込もうとするんだ?」
「…………」
「恐怖を感じてしまう?そんなのは当たり前だ。君からただ話を聞かされただけの俺でさえ、あまりに残酷な現実に戦慄している。恐怖すら通り越して、君に手を汚させるしかない己の力量不足に憤りさえ覚える程だ」
口に出す言葉に怒気が孕む。
でも恐らくそれは、目の前の蓮夜だけに向けられたものではない。
きっと彼の言うように、蓮夜の考えを正しいと理解し、でもその上で、彼に手を汚させる事に頼らざるを得えない自分自身に向けての怒りが大部分を占めているのだろう。
そんな自分の中の怒りを落ち着かせるかのように、瞼を伏せて深く息を吐き出した弦十郎は、再び見開いた眼で蓮夜の顔を真剣に見つめていく。
「弱音なんて吐いたっていい。辛く苦しいのなら口にしたっていいんだ。そう思い、感じるのも、君が人の痛みを理解出来る人間だからだ。その証を、どうして恥じる必要なんてある?」
「……風鳴司令……」
「俺はノイズやイレイザーとも戦う術を持たない人間だ。君達のような前途ある若者を戦場に立たせ、ただ安全な場所から偉そうに指示を飛ばす事しか出来ないひ弱な人間かもしれん。……だがそれでも、君が一人で抱える苦しみを共に背負う事なら出来る」
「………………」
「だからどうか、忘れないでくれ……君はもう一人じゃない。俺や響君達もいる。気を張らずに頼ってくれてもいいんだと。例え君がその手を汚す事になろうとも、何があったとしても……俺達は仲間で、君の味方だ。絶対にな」
ニィッと、口端を上げて笑う弦十郎に、蓮夜は目を見開いて息を拒む。
その胸を打つ、心強い言葉で心の内で燻っていた濁りがまるで綺麗な水で流されるような、暗闇に一筋の光が射し込むかのように、少しだけ淀んでいた気持ちが軽くなった気がする。
そんな自身の胸の内を探るように胸にそっと手を当てると、蓮夜は俯き、眉を八の字にしながら微笑む。
「まったく……響といい、貴方といい……本当に敵わない……」
「……?すまない、今なんと……?」
小さな呟きを耳で拾えず、弦十郎は思わず聞き返す。
しかし蓮夜は徐に顔を上げると、ふるふると首を横に振って不器用に笑い返した。
「ただの独り言だ、気にしないでくれ……ただ……ありがとう、風鳴司令……その言葉に少しだけ、心が救われた気がする……」
「……感謝の言葉など……俺には結局、君の為にこれ以上してやれる事が何もない……」
「そんな事はない。だって貴方は、俺なんかを仲間だと言ってくれた。本当の自分を証明出来る物を何一つ持たない俺を、ただ一人の人間として受け入れて、居場所までくれた。……そんな貴方や響達が生きるこの物語を救えるのなら、どんな恐怖心にも打ち勝てると、改めてそう思わせてくれたんだ……」
「……蓮夜君……」
普段の蓮夜からは想像も付かない、穏やかな表情と、優しい声音。
そんな人間らしい感情を垣間見せる蓮夜を前に弦十郎も一瞬言葉を詰まらせる中、蓮夜は彼から渡されたシュルシャガナのギアをジッと見下ろす。
「だから今度は、俺がそれを返す番だ。調だけじゃなく、切歌の事も……あの二人の居場所を奪おうとする存在がいて、それを嘲笑う奴等がいるのなら、俺は戦える……もう何一つ、奴等にこれ以上何も奪わせやしない」
強い決意と共にシュルシャガナのギアを固く握り締め、蓮夜は弦十郎に軽く会釈して迷いのない足取りでそのまま病室を後にしていく。
その後ろ姿を無言で見届けた弦十郎は病室内で一人、眉を顰めて薄暗い天井を仰いだ。
―……君は何か、俺達に隠し事をしているんじゃないのか?―
「──一体、どの口でそんな事を言えた義理があるのだろうな……」
先刻、蓮夜を問い詰めた際の己の言葉を思い返し、弦十郎は自嘲気味に笑ってしまう。
そんな今も脳裏にこびり付くのは、ここ連日、エルフナインと密かに交わしていた蓮夜の身体の謎についてだった。
◆◇◆
『──あくまでこれはまだ仮説の域ですが、もしかしたら蓮夜さんは、イレイザー達とも何かしら繋がりがあったのではないかと考えられます』
『それはつまり……彼は元々イレイザー側の存在だったかもしれない、と?』
『其処までは言い切れませんが……少なくとも、脳に至るまで身体を此処まで複雑に改造されてしまえば、例えば僕達の知る錬金術師……キャロルやアダム、仮にフィーネであったとしても、あんな風に寿命に問題もない、健康体の普通の人間として生き長らえさせる事なんて先ず出来ないと思います。幾ら改造する本人の技術がどれほど完璧であったとしても、その素体となる人間がそれに耐えられるとは限りませんから。それが仮に、どんな強靭な肉体を持った人造人間や自動人形(オートスコアラー)……僕のような、ホムンクルスだったとしても』
『……君に其処まで言わせる程の技術が、彼に……もしやその技術とは……』
『……"改竄"……僕達では計り知れないイレイザー達の例の力がその正体だとすれば、ある程度の辻褄は合います……でも、仮にもしそうなら……今の蓮夜さんは……』
『身体を……奴等に改造され……その上で、改竄の力で無理やり死なないようにされていると……?』
『断言は出来ません。けれど少なくとも、敵側のイレイザーは明確な殺意を持って、蓮夜さんを何度も殺害しようと試みていたようでした。そんな彼らが、わざわざ自分達の驚異となる蓮夜さんに其処まで手のかかる非人道的な実験をして、しかも延命させた上に野放しにするだなんて、矛盾しているにも程がある。行動に一貫性がない。……ただ、』
『……ただ?』
『……もし、敵側も一枚岩でないのだとしたら、その前提は覆されるかもしれません……例えば表向き、蓮夜さんを殺す意志を他の仲間に見せておいて、裏では彼を利用して何かを企んでいるか……とか』
『……そう考えるとしたら……奴らを従えるトップ、か……?』
『あくまで可能性の一つ、ですが……ただ……その可能性がもし限りなく事実に近いのだとしたら、先程の仮説……今の蓮夜さんは、もしかしたら本当の意味で過去のその人そのものではなく……』
『……過去の蓮夜君は……既に、殺されている──?』
◇◆◇
「───────」
瞼を伏せ、記憶に浸っていた弦十郎の瞳が開かれ、その顔が悲痛げに歪む。
エルフナインと交わしたあくまでもしもの話。しかし、彼の不可解な身体の謎を思えばある程度の納得がつく、限りなく信憑性の高い可能性。
もしもそんな残酷な可能性が真実だとすれば、敵の黒幕にも利用され、その上、奴等を倒す為に彼を利用してる自分達に、一体何の違いがあるというのだろう。
(……有り得て欲しくなんてない……ただ、その可能性を否定出来る材料を俺達はまだ持てていない……)
無言のまま、窓の向こうの隔離室で未だ眠り続ける謎の青年に目を向ける。
浜辺で彼を見付けた時、彼は要救助者だった為に純粋に一刻も早く助け出さねばと、ただそれだけを思った。
しかしもし、彼が蓮夜と何かしら関係のある人間だとすれば……。
(何でもいい……今の彼が、嘗ての蓮夜君と相違ない人間なのだと裏付ける何かが得られれば……でなければ……俺達は一体、どうやってこの事実を彼に伝えればいいっ……?)
そんな打算が芽生えてしまった己自身を汚いと思いつつも、先刻の人間らしい感情と共に自分達の為に戦おうとする蓮夜の顔を思い浮かべる度に、弦十郎は縋るような思いで、漂流者の彼が目覚めるのをただただ願うしかなかった。その時、
「………………れん………………や……………………」
───吹けば掻き消えそうな、羽虫が飛ぶ羽の音にすら劣る小さな声が謎の青年の口から溢れ出たのを、この時の弦十郎が気付く事はなかった……。