戦姫絶唱シンフォギア×MASKED RIDER 『χ』 ~忘却のクロスオーバー~   作:風人Ⅱ

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暁切歌&月読調編(後編)
第八章/繋xX式・調(ツキ)が読み解くわたしの答え×黎明・それでもme侶スは駈ke走ル②


 

―symphony・405号室―

 

 

「────ぅ、ん…………ん………………?」

 

 

 切歌が重たい瞼を開くと、窓からの月明かりの光が目を刺すように視界に差し込んだ。

 

 

 若干の眩しさから目を擦りながら徐に頭を上げ、周囲を見ると、どうやら気付かぬ内に寝落ちしていたらしく、リビングのソファーの上で子猫を傍らに横になっていたようだ。

 

 

(ああ……いつの間にか寝ちゃってたんデスね……アタシ……)

 

 

 目覚めたばかりで未だボーッとする頭でそう考えながら目線を落とすと、黒毛の子猫はまだ眠ったまま規則正しい呼吸と共にその小さな身体を上下に動かして伏せている。

 

 

 そんな可愛らしい姿にクスッと微笑みながら子猫を起こさないようにそっと毛並みを撫でていると、不意に部屋の明かりが点灯した。

 

 

「──こんな時間に明かりも付けないで部屋にいると、気分が余計に落ち込むばかりだぞ」

 

 

「!……蓮夜、さん?」

 

 

 いきなり声を掛けられて驚きと共に振り返ると、其処にはいつの間に帰ってきていたのか、部屋の灯りを付ける壁のボタンに手を添えたまま困ったように目尻を下げて笑う蓮夜の姿があった。

 

 

 そんな彼の手には買い物でもしてきたのかビニール袋が握られており、切歌に見せるように袋を軽く掲げる。

 

 

「軽い夜食を買ってきた。其処で幸せそうに眠ってる猫への餌のついでに、俺達も何か腹に入れておこう」

 

 

「……えと……気持ちはとても有り難いデスけど……今は正直、何も食べられそうにな──」

 

 

 蓮夜の気遣いをやんわりと断ろうとする切歌。しかし、それを遮るように彼女の腹から「ぐゅるるる〜」と空気の読めない愉快な腹の虫が音を上げた。

 

 

「あぅっ」

 

 

「……胃は口より正直だな。ほら、良いから一緒に食べよう。俺も一人で食事をするのは味気なくて、面白くないからな」

 

 

「ぅ……わ、分かったデスよ……」

 

 

 「ありがとうございますデス……」と、テーブルの上に袋を置いてカーペットの敷かれた床に座る蓮夜に歯切れ悪くお礼を言いつつ、切歌はゴソゴソと袋の中を漁って適当な惣菜パンを取り出していく。

 

 

 その音と部屋の灯り、或いは人の動く気配に反応したのか、ソファーの上で眠っていた子猫も耳をピクピクさせながら目を覚まし、顔を上げて蓮夜と切歌の方に視線を向けると、いつの間にか蓮夜が開けて切歌の傍らの床に置いておいたちょっとお値段のする猫用の缶詰を目にし、ピョンっと一目散にソファーの上から軽快に飛び下りて缶詰に食らいついていく。

 

 

「おお……蓮夜さんが用意した餌なのに、ちゃんと食い付いたデスね……」

 

 

「きっとお前が用意してくれた餌だとでも思ってるんだろう。普段からこの調子なら、俺一人での餌やりにも困らなくて大変助かるんだが……」

 

 

「シャー!」

 

 

「ああ、分かった分かった。食事の邪魔をして悪かったな」

 

 

 子猫を覗き込むようにちょっと顔を近付けただけで、全身の毛を総立ちさせて威嚇しまくる子猫に対して半ば諦めたように溜め息を交えてそう言いつつ、蓮夜は開封したホットドッグをパクリと一口食す。

 

 

 そんな蓮夜と子猫の変わらぬやり取りに苦笑いしながら切歌もモソモソと惣菜パンを食べ続けていたが、ふと、その手が止まって暗い顔を俯かせてしまう。

 

 

「……やっぱり、食欲が沸かないか?」

 

 

「……そう、みたいデスね……ごめんなさいデス、蓮夜さん……せっかく用意してくれたのに、やっぱりアタシ……」

 

 

「まぁ、だろうな。正直俺もまだまだ味気なさを感じてしまう所がある。……調が作ってくれた惣菜が、これの何倍も美味かったのを舌で覚えてしまったしな」

 

 

「……っ……」

 

 

 食べ掛けのホットドッグを冷めた目で眺めながら何となしに口にした調の名に、ピクリと露骨に反応を示して顔をしかめる切歌。

 

 

 そんな彼女の様子を横目で見逃さず、蓮夜は再びホットドッグを食べ進めながら話を続けていく。

 

 

「それで、お前はこれからどうするつもりなんだ」

 

 

「……どう、って……急に何の……」

 

 

「決まってる。……これからまた、あのノイズ喰らいのイレイザーと戦う事になった際に、調と相対するつもりはあるのかどうか、だ」

 

 

「ッ!」

 

 

 淡々とした声で蓮夜の口から告げられたのは、切歌が今まで考える事すら逃避していた可能性の話。

 

 

 息を拒む微かな息遣いと共に目を見張って顔を上げる切歌を他所に、蓮夜は目を伏せながら構わず続ける。

 

 

「お前も既に気付いてると思うが、調があの時、俺達からあのイレイザーを庇ったのは奴等に操られているのでも何でもなく、あくまで己自身の意思からだ。……であるなら、またあのイレイザーと戦う事になった時、もしかしたら調はまた俺達の邪魔をしに現れるかもしれない。例えギアを奪われても尚、な」

 

 

「っ……そん、な……そんな訳ないデスよっ!だってそんなっ、あの調が、あんなこと自分からっ……!」

 

 

 蓮夜の言葉を否定したいがあまり思わず立ち上がって反論する切歌だが、其処から続く言葉が思い浮かばず口ごもらせてしまい、蓮夜はそんな切歌の目をまっすぐ見上げて澱みなく話を続ける。

 

 

「勿論、俺も調が進んで自分からイレイザー達に手を貸した訳じゃないとは分かってる。……恐らく彼女をそうさせたのはきっと、自己の利益の為なんかじゃなく、彼女なりに護りたい何かがあったからだと、俺は思う」

 

 

「……?調が……護りたいモノ……?」

 

 

 真剣な眼差しを向ける蓮夜にそう言われ、切歌の脳裏をふとある人物の顔が掠める。

 

 

 今もカメレオンイレイザーの改竄に蝕まれ、そのせいで調を自身の本当の孫娘と信じ切っている宮司の顔を。

 

 

「……もしかして……調は宮司さんの為に、アタシ達からあのイレイザーを庇って……?」

 

 

「そうなんだろうと、俺は思ってる」

 

 

「で、でもそれなら、尚更可笑しいデスよ!あのイレイザーを倒しさえすれば、宮司さんに掛けられた改竄も解けて元に戻れるんデスよねっ?なのに何で、調がアタシ達の邪魔をする必要があるんデスか?!」

 

 

「…………」

 

 

 それでは全くの逆ではないかと、調の真意がますます分からなくなり困惑を深めるばかりの切歌の問い掛けに、蓮夜も一瞬口を閉ざしながら切歌から目線を逸らすと、静かに瞼を伏せて何処か逡巡する仕草をした後、溜め息を微かに漏らした。

 

 

「あのイレイザーを倒せば、宮司さんを元のあの人に戻せる。それ自体は響の時と同様間違いはないと思う。……ただ今回に限っては、それであの人を救えるかどうかはまた別問題になるかもしれない」

 

 

「……?どういう、意味デスか……それ……?」

 

 

 何やら不穏な物言いに切歌が訝しげに首を傾げると、蓮夜は一拍間を置き、徐に切歌の顔を真剣な眼差しで見上げていく。

 

 

「今回のノイズ喰らいは今まで戦ってきたイレイザー達と勝手が違い、理性と引き換えに強大な力をその身に宿してる。そんな奴が改竄の力を行使すれば、その改竄を受けた人間にどれほどの影響が及ばされるのか、俺にも想像が付かない」

 

 

「……それは、つまり……?」

 

 

「……最悪、奴を倒した所で万事解決とは行かない……もしかしたら、宮司さんの中に何かしらの深い後遺症を残してしまうかもしれないという事だ」

 

 

「……後遺、症……」

 

 

 呆然と思わず口をついて出た切歌の呟きに、蓮夜は目線を僅かに落としながら言葉を続ける。

 

 

「以前、お前達がイレイザーに記憶を弄られて響の事を忘れてしまった事件が解決した際、俺と響を除いた皆は改竄を受けていた間の記憶を誰も覚えてはいなかっただろう?……だがあのイレイザーの改竄がその時の物より強力なら、例え事件を解決しても宮司さんは今回の件を一から全て覚えたままでいてしまう可能性がある。調を自分の本当の孫娘だと、そう信じていた間の記憶を」

 

 

「……で、でも、それって何か問題がある事なんデスか?調の事を本当の家族だと思い込んでたって、それだけなら別段大したことなんか……」

 

 

「それだけならまだ、な……ただ、神社で皆と話してた時に宮司さんが言っていただろう?自分には以前、死別した家族がいたと」

 

 

「そ、それは、宮司さんのいつもの神社ジョークで「本当にそうか?」……え……」

 

 

 引き攣った顔で否定しようとした切歌の台詞を、蓮夜の淡々とした声が遮る。思わず蓮夜に視線を向ければ、蓮夜は何処か沈痛と真剣さが入り交じった顔で切歌の顔を見つめていた。

 

 

「それが本当にただの冗談だったと、確信を持って言い切れるか?あの人には最初から死別した家族なんていない、だからあのイレイザーを倒しても残るかもしれない嘘偽りの家族の記憶に、宮司さんはそれに何も感じ入る物はなく、これまで通り普通の生活を過ごせていけると」

 

 

「……それ、は……」

 

 

「……もしもだ。もし仮に、あの人に本当に死別した娘夫婦や孫娘が実際にいたとすれば、改竄が解けて正気に戻った際にあの人が何を思うのか……一度は乗り越えた筈の、家族を失った心の傷をアイツ等に無理矢理こじ開けられた上、奇跡的に事故から生き残って大切に想っていた調が、本当は自分の孫娘じゃなかったと気付かされた時、あの人がまたどれほど傷付く事になるか……調はそれを知ってしまったが為に、やむなく奴等に手を貸すしかなくなってしまったんじゃないか?」

 

 

「……ッ……!」

 

 

 調がカメレオンイレイザーを庇った本当の理由。

 

 

 本人に問い質すまでは推測の域を出ないが、もし仮に蓮夜が言う通りならあの時の調の行動にも納得が付く。しかし、だとしたら……

 

 

「もし……もしも蓮夜さんのその予想が仮に本当だったとして……あのイレイザーを倒すのは調にとって、宮司さんにとっても悪い結果にしかならないって……そういう言いたいのデスかっ……?」

 

 

「…………そうなる可能性は高いと思ってる。ただ、だとしても宮司さんに掛けられた改竄をこのまま放置し続ける訳にもいかない。でなければ、改竄を掛けられた宮司さんの存在を基点に歪みがどんどんシミのようにこの世界全体へと広がっていき、イレイザー達もその隙を突いて今より多発的に改竄の力を行使してくる危険性がある。……そうなってしまっては、俺やお前達だけでそれら全てを対処し切れるかどうか怪しくなってくる」

 

 

「……そん、な……」

 

 

 カメレオンイレイザーを撃退して宮司に掛けられた改竄を解かなければ、他のイレイザー達はその歪みを利用し、これまで以上に改竄の力を活発的に利用してくるかもしれない。そんな最悪の事態は絶対に避けなければならない。

 

 

 しかしそれは、家族を失った経験を持つかもしれない宮司に、もう一度家族を失う苦痛を味わわせる事になるのも同義だ。

 

 

 そんな残酷な選択を、自分達はこれから選ばねばならないというのか……。

 

 

「勿論、此処までの話は全てあくまで俺の推論だ。もしかしたら、あの人が家族を失ったという過去自体もイレイザーの改竄によって捏造されたものである可能性だってある。ただそれでも、これから奴らとまた戦う以上は、お前にもその可能性を考慮して覚悟を持ってもらう必要があると思った。……そうでなければ、調の苦悩も葛藤も、何一つ理解出来ないままお前を戦場に立たせる事になる。そうなってはお前は調と向き合えず、より苦しむ事になると思ったからだ」

 

 

「………………」

 

 

「だから、その可能性を念頭に置いた上で、お前にも今一度考えて欲しい。それでもイレイザー達と戦うか、調の心情を尊重して戦わないか……どちらを選んだとしても、俺はお前を責めたりなんかしない」

 

 

 床から立ち上がり、切歌と正面から向き合いながら彼女自身にその答えを委ねるように蓮夜は告げる。

 

 

 そんな蓮夜からの言葉に切歌も葛藤を露わに苦しげな表情で俯いてしまうが、不意に徐に顔を上げ、蓮夜の顔を見上げて口を開いた。

 

 

「蓮夜さんは……蓮夜さんはもう、答えは出てるんデスか……?」

 

 

「ああ。……俺はあのイレイザーを倒す。仮にそれで調と敵対し、宮司さんを苦しめる事になったとしても」

 

 

「ッ……どうして……なんでそんな簡単に迷いなく言い切れるデスか……?!蓮夜さん言ってたデスよね?!あのイレイザーを倒したら、宮司さんは家族を失った痛みをまた味わって苦しむ事になるかもって……!だから調も宮司さんを傷付けないようにって、あんな泣きながらアタシ達の前に立ち塞がって、苦しんでっ!そんなの知っちゃったらっ、アタシだってっ……!!」

 

 

 イレイザーの野望を阻止する事は勿論大事だ。そんなのは重々承知の上だ。

 

 

 けれどその代わり、改竄から解き放たれた宮司にもう一度家族を失った痛みや絶望を与えてしまう事になるかもしれない。

 

 

 そんな事情を知ってしまった今、そんな簡単にイレイザーを倒すなどと腹を括る事なんか出来る筈がない。

 

 

 拳を強く握り締め、意図せず蓮夜を責めるような強気な口調で叫びながら顔を伏せてしまう切歌だが、蓮夜はそんな切歌と向き合ったまま目を閉じた後、再び瞼を開いて淡々と答える。

 

 

「確かに、この戦いを終わらせるという事は、宮司さんに辛い痛みを与える結果になるかもしれない。それは調にとっても望む事ではないと思う」

 

 

「なら……!」

 

 

「それでも俺は戦う。奴を倒す事に躊躇う事はない。迷う訳にはいかない。

 

 

 

 

───だって、そうしなきゃ……お前も調も、ずっと苦しいままじゃないか……」

 

 

「…………ぇ…………?」

 

 

 冷淡に聞こえた声音が不意に柔らかくなり、切歌は弾かれたように顔を上げる。

 

 

 そうして見上げた蓮夜のその顔には、何処か憐れむように、そして哀しげに眉を八の字にしながら不器用に笑っていた。

 

 

「蓮夜、さん……?」

 

 

「……確かに、調が宮司さんを護りたい気持ちも、宮司さんを傷付けたくない気持ちも分かるし、理解もする……けれどそのせいで、調自身が傷付いて、俺達の前であんな顔で謝りながら泣きじゃくって……アイツにあんな顔をさせている今のこの状況が本当に正しいと、お前はそう思えるか……?」

 

 

「……っ……」

 

 

 蓮夜にそう言われ、切歌は思い出す。

 

 

 自分達の攻撃からカメレオンイレイザーを庇い、涙を流しながら何度も何度も自分達に謝罪を繰り返し続けていた調の悲痛な姿を。

 

 

「きっと今だって、アイツは俺やお前達を裏切ってしまった事を酷く後悔している……まだまだ短い付き合いだが、アイツはそういう人を思いやれる人間なんだって、俺なんかにだって分かるんだ……そんな俺以上に、調が今どんなに悩んで苦しんでいるのか、お前達に対してどれほど罪悪感を抱いているのか……一番付き合いの長いお前の方がきっと分かっているし、アイツの気持ちを理解したから、こうして悩んでいるんだろう……?」

 

 

「………………」

 

 

 まるで小さな子供に語り掛けるように優しい声音で問う蓮夜の言葉に、切歌は俯いて何も答えない。

 

 

 蓮夜はそんな彼女にそれ以上は何も言わず、ただ静かに切歌の手を取り、シュルシャガナのペンダントをそっと握らせた。

 

 

「!これ、調の……?」

 

 

「……俺はな、切歌。お前と調と、笑って一緒に過ごせてる時間がとても好きだったんだ」

 

 

「……へ……?」

 

 

 いきなりの告白に、切歌は呆気に取られて思わず間の抜けた声が出てしまう。

 

 

 しかし蓮夜はそんな彼女の目をまっすぐ見据え、穏やかな顔付きと共に言葉を続けていく。

 

 

「今じゃ当たり前同然になってはいるが、こんな俺の家に笑って遊びに来てくれて、一緒に作った料理を食べて食卓を囲んだりもして……本当に楽しかったんだ……ただ戦う事しか能のなかった前の俺には想像も出来なかった、暖かな時間をくれたお前達に、心の底から感謝してた……」

 

 

 穏やかな顔と共に目を伏せると、瞼の裏に騒々しくもこの家に元気よく駆け込んで朗らかな笑顔を向けてくれた切歌や、そんな彼女を窘めながらも何処か楽しそうにし、わざわざ作ってきてくれた料理を持参してくれたり、時々彼女から料理の手ほどきを教わったりなど、そんな何でもない、けれども不思議と充実した時間を共に過ごせたのはとても嬉しかった。

 

 

 なのに今、調の姿は此処にはなく、切歌は調の願いと自分達の行いが宮司さんを苦しめてしまうかもしれないという葛藤に悩み、今もその答えを出せずにいる。

 

 

 そんな苦しげな顔を見せる切歌を、蓮夜は無言のままそっと抱き寄せ、腕の中に抱き留めた。

 

 

「!れ、蓮夜さっ……?」

 

 

「……俺がやろうとしてる事は、傍から見れば非情にしか映らないだろうし、人でなしと罵られても仕方ないと思ってる……それでも俺は、お前にそんな顔をさせて、調を苦しめるこんな世界を認めるだなんて……出来ない」

 

 

「……調を……苦しめる世界……」

 

 

 

 

 

 

―ごめん…………ごめんね、切ちゃん…………ごめんなさい、蓮夜さん…………ごめん、なさ…………ぅ……っ…………―

 

 

 

 

 

 

 その言葉を受け、脳裏に再び蘇った調が涙する姿を思い浮かべると共に、シュルシャガナのペンダントを握り締める切歌の手に無意識に力がこもる。

 

 

 そんな彼女の纏う空気の変化を感じ取ったのか、蓮夜は切歌から離れ、その頬に割れ物に触れるように手を添えていく。

 

 

「俺はこれから、調とも会って話してくるつもりだ。アイツの真意が何処にあるか、本当は何を望んでいるのか……それを確かめる為に」

 

 

「……それなら、アタシも……!」

 

 

 一緒に付いていく。そう言い切る前に、蓮夜は首を横に振った。

 

 

「お前は此処に残れ。そして、これから自分がどうしたいかをもう一度考えるんだ。例え調の望みを断ち、宮司さんに心の傷を与える結果になること……万が一、調と戦場で相対する事になったとしても、それでも彼女と向き合える覚悟が出来るのか……それを己自身の心に問い掛ける為にも」

 

 

「……アタシ自身の心に……問い掛け、て……」

 

 

 それだけ伝えると共に、蓮夜は踵を返し、リビングを後にして部屋から出ていってしまった。

 

 

(……アタシの……アタシがこの手で、やるべき事は……)

 

 

 部屋に一人残された切歌は、蓮夜に掛けられた言葉を噛み締めるように瞼を伏せ、自分自身の心に問い掛けるようにその胸に手を添える。

 

 

 蓮夜から手渡された、シュルシャガナのペンダントを固く握り締めたまま───。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

──暗がりに支配された、廃棄ビルのとある一角。

 

 

 其処には、先の戦いから蓮夜達の前から姿を消したクレンの姿があり、そんな彼の前には、意識を失ったまま巨大な水玉に覆われるカメレオンイレイザーの姿もあった。

 

 

(全く、ほんとに手間を掛けさせてくれるよ……。理性を失う程の力を得たノイズ喰らいは確かに強力だけど、その分、物を考えて動くって思考まで失われる……。並のイレイザーならこんな面倒なケアなんてせずに済むのに、ほんっと迷惑な話だなぁ……)

 

 

 内心そう愚痴りながらクレンが軽く差し伸ばした右手の指を細かく振ると、カメレオンイレイザーを覆う水玉が僅かに流動し、蓮夜から受けた傷口に水が注ぎ込まれてその傷を少しずつ癒し始めていく。

 

 

(せっかく打った布石が漸く芽を出し始めたんだ……今後の為にも蓮夜君達にはこの逆境を乗り越えるだけの力を付けてもらわなきゃ困るってのに……はあ……マジでめんどくせぇ……)

 

 

 かれこれ長い事そんな作業を繰り返し続け、いい加減飽きも来てウンザリするように溜め息を吐き出しながら次の傷を治療しようとクレンが再び水を操作すべく手を動かそうとした、その時……

 

 

「───随分としてやられたようだな……やはり、力を取り戻し始めた"奴"に獣畜生のイレイザーを宛てがうのは荷が重過ぎたか?」

 

 

「……?!」

 

 

 気配もなく、背後から突然聞こえた冷淡な声に驚いてクレンが勢いよく振り返る。

 

 

 其処にはいつの間に来ていたのか、デュレンが建物の壁に背を付けて腕を組みながら水玉に覆われるカメレオンイレイザーに無機質な眼差しを向けて佇む姿があった。

 

 

「デュレン……なんで君が此処に……?」

 

 

「なに、気まぐれからの様子見だよ。サボり魔の貴様がしっかり仕事をこなしているのか、その進捗を確かめにな」

 

 

「……酷い言い草だなぁ。僕が君から任された仕事を、一度でも放り出した事なんてあったっけ?」

 

 

「ああ、ないな。だからつい最近まで貴様は俺に従順だと信じて疑いもしなかったよ。……あの破壊者を、俺に黙ってこの世界に招いていた事を隠していたまでは、な」

 

 

「………………」

 

 

 何時もの無機質な彼らしくもない笑顔を貼り付けて笑い話のように語るデュレンだが、その目は一切笑っていない。

 

 

 そんな彼から薄ら寒い不気味さを感じてクレンが無言で固唾を飲む中、デュレンは水玉の中に覆われるカメレオンイレイザーの前まで悠然と歩み寄っていく。

 

 

「まぁ、そんな話は今はどうだっていい。それより今は、この出来損ないを次の作戦までに何処まで仕上げられるか、だ」

 

 

「……仕上げるも何も、コレにそんな見込みがないって事は君から仕事を引き受ける時にも言った筈だよ?君が提唱した仮説に基づけば、逆境にまで追い詰められたノイズ喰らいが強い意志の力で暴走を乗り越えた先に、新たな進化体が誕生するって話だった」

 

 

 けれどこのカメレオンイレイザーに、その逆境を乗り越えるだけの理性なんて既に欠片すら存在しない。

 

 

 こんな失敗作に何を期待しているのか知らないが、どうせ君が望む結果になんかならないよとクレンは暗に伝える。

 

 

 だが、デュレンはそんなクレンの言葉を受けて意味深に笑い、

 

 

「確かに、コイツには俺の提唱する方法で新たな進化体に至る事など先ず不可能だろうな。そんなのは俺も最初から分かり切ってた事だ。

 

 

 

 

───であるなら、また別のアプローチを試みればいいだけの話だ」

 

 

「…………は…………?」

 

 

 何を言っているんだ?と、思わず口をついて出そうになったその台詞をクレンが発する事はなかった。

 

 

──何故ならその前に、デュレンはいきなり何の前触れもなく異形化させた黒い右腕を素早く水玉の中に差し込み、そのままカメレオンイレイザーの胸を躊躇なく刺し貫いてしまったからだ。

 

 

「!!?な──何をやってるんだ、デュレン?!」

 

 

「……何を?見て分からないか?使い物にならない出来損ないを、少しでもお前の役立てるように手伝ってやってるんだよ。……新たな実験も兼ねてな」

 

 

「っ、新たな実験、だってっ……?」

 

 

『────!!!!?っっっ─────!!!!!』

 

 

 薄笑いを浮かべるデュレンの黒い右腕から、何か禍々しい赤色と黒色が入り交じった文字状のオーラが注ぎ込まれていく。

 

 

 その度に、胸を無惨に貫かれるカメレオンイレイザーは水玉の中で口から無数の泡を吐き出しながらもがき苦しみ、必死にデュレンの腕から逃れようと暴れるが、それも叶わず、赤色と黒色のオーラが注ぎ込まれる毎にカメレオンイレイザーのその肉体は気持ち悪く変質化し始め、元の姿から更に徐々に徐々に醜悪な姿へと変貌しつつあった。

 

 

「なん、だ、これ……デュレンっ!君は一体?!―ジャキッ!―……?!」

 

 

 不可解な力をカメレオンイレイザーに施すデュレンを思わず問い詰めようとしたクレンだが、そんな彼の首筋に何処からともなく、何の気配も感じさせず一振りの刃が向けられた。

 

 

 驚きと共にクレンがその刃と、自分に刃を向ける何者かに目線だけ向けると、其処にはいつの間に現れたのか、長く美しい白い髪が映える、黒い鎧を身に纏った少女がクレンのすぐ真横に立つあった。

 

 

 外見は14……いや、下手したらそれを下回る年齢かもしれない。

 

 

 露出の多い黒のアンダースーツの上に全身をメタリックブラックの鎧で固め、目元を鎧と似たデザインのバイザーで覆ってその素顔は見えない。

 

 

 両腕には盾と一体化した鋭い長剣を纏い、右腕の剣の切っ先をクレンの首筋に向けたまま沈黙を貫く黒鎧の少女に、デュレンは目向きもせず淡々と言葉を投げ掛ける。

 

 

「ソイツは殺すなよ。その男は俺の計画の為にもまだまだ利用価値がある。これまで貴様が"処断"してきた連中とは価値が違うのだから、余計な真似はしてくれるな」

 

 

「……分かっているとも。ただ君に危害を加えるかもと少し気を逸らせてしまってね。ボクとしても、君の不興を買うのは避けたいところさ」

 

 

 軽く鼻で笑いながら冗談でも言うようにそう言い返すと、黒鎧の少女はクレンに向けていた刃を徐に下ろしながら一歩後ろへ控えるが、クレンの方は未だ困惑を露わに黒鎧の少女から目を離せずにいた。

 

 

「なん、だ……この子は、一体っ……?」

 

 

「ソイツは俺が拾ったモノだ。此処とはまた別の次元、平行世界のシンフォギアの物語にて打ち捨てられた哀れな"竜の残骸"であり、誰にも扱えられなかった伝説の騎士の聖遺物をその身に纏う、『異端にして最強のシンフォギア装者』。名は──」

 

 

 

 

 

「──"ヴィーヴル"……君たちイレイザーの『処刑人』として遣わされている者さ。今さっきロンドンからこっちに来たばっかで驚かせてしまったけど、まぁ、今後とも宜しく♪」

 

 

「……処刑人……だってっ……?」

 

 

 

 

 

 バイザーで素顔を隠した、黒鎧のシンフォギアを纏う白い長髪の少女……"ヴィーヴル"は先程剣を向けた筈の相手に屈託のない笑みを浮かべる中、クレンは前触れもなく突如現れた自分達の『処刑人』を名乗る少女に明らかな動揺を隠せずにいた、その時……

 

 

 

 

 

 

『──ヴェェェエエエエエエエエエエエエァア‪アアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーアアァァァッッッッ!!!!!!!』

 

 

「!!?」

 

 

 

 

 

 

 カメレオンイレイザーを覆う水玉が内側からいきなり弾け飛び、赤黒い禍々しいオーラを放ちながらカメレオンイレイザーが絶叫と共に飛び出した。

 

 

──いや、違う。その姿は既に彼が知るカメレオンイレイザーではなく……

 

 

「ハッ……成る程、コレは成功か。こうして見ると、出来損ないにもまだまだそれなりの利用価値があったようだ。これは良い収穫だな」

 

 

「これはっ……デュレン……!一体何をしたんだ君はっ?!」

 

 

「……囀るなよ。使い物にならない出来損ないを、少しでもお前の役立てるように仕立ててやったんだ。感謝の言葉の一つでも贈ってくれてもバチは当たらんと思うが?」

 

 

「そういう話をしてるんじゃない!!今の"力"はなんだ?!あんなの、僕やアスカも"知らない"!!一体何処でそんな力っ、それにこの女の子もっ──!」

 

 

 ヴィーヴルを指差しながら、何時もの飄々とした態度をかなぐり捨ててデュレンに疑問をぶつけ続けるクレンだが、そんなクレンの疑問にもデュレンは鼻を軽く鳴らし、

 

 

「俺を問い詰めるよりも先に、今は優先すべき事があるんじゃないか……?そら、そろそろ動き出すぞ」

 

 

「なんだってっ?」

 

 

『───ヴァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァッッッッ!!!!!』

 

 

 クレンの疑問の声を掻き消すかのように、今まで沈黙していたカメレオンイレイザーだったモノが空を仰ぎながらいきなり咆哮し出した。

 

 

 その大音量に耳の鼓膜にまで振動して思わずクレンが両手で耳を塞ぐ中、カメレオンイレイザーだったモノはたった一息で廃ビルの屋上まで凄まじい跳躍力で飛び上がり、そのまま別のビルの屋上へと飛び移りながら何処かへ逃げ出してしまう。

 

 

「っ!ま……!」

 

 

「そら。俺より先に奴を捕まえんと、アレが何をしでかすか分からんぞ?下手な動きをさせたら、もしかしたらお前の目論見が瓦解するやもしれんな……」

 

 

「っ……!くっ!」

 

 

 何かを見透かすかのような眼差しを向けるデュレンに一瞬何か反論し掛けるが、今は彼の言う通り、カメレオンイレイザーの面影のないあの化け物を放置する訳にはいかない。

 

 

 喉から出掛かった言葉を飲み込み、クレンはデュレンを睨み付けながらその身を水に変質させていき、カメレオンイレイザーだった化け物を追い掛けて空へ跳んでいった。

 

 

「……行ったか……ヴィーヴル、お前もそろそろ動け。予定通りにな」

 

 

「それは別に構わないけれど……いいのかい?彼は君の仲間なんでしょう?こんな反感を買うような真似して、後が怖いんじゃない?」

 

 

「……仲間?……フ、フフフフフッ」

 

 

「?」

 

 

 首を傾げるヴィーヴルの疑問に、デュレンはまるで心底可笑しそうに俯き、額に手を当てて不気味に笑った後、再び上げたその顔に薄笑いを貼り付けて空を仰ぐ。

 

 

「ああ、そうだとも。奴もアスカも、俺にとって大事な大事な"仲間"だからなぁ……なら、間違っても奴等が死なないように手を貸してやるぐらい、当たり前の事だろ?」

 

 

「…………」

 

 

 そう言いながら薄笑いの仮面を貼り付けた顔をゆっくりと向けるデュレンだが、その言葉の中に、彼等に対する親愛など一切ない事をヴィーヴルも感じ取った。

 

 

 彼にはきっと、何か良からぬ企みがある。

 

 

 そんな確信を抱きながらも、それは自分が追求すべき事でないと何時も通り感情を殺し、ヴィーヴルはギアの背部面から機械的な両翼を展開し、ジェット噴射でまるでロケットのように空へと勢いよく飛び去っていったのだった。

 

 

 

 

 

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