戦姫絶唱シンフォギア×MASKED RIDER 『χ』 ~忘却のクロスオーバー~   作:風人Ⅱ

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第八章/繋xX式・調(ツキ)が読み解くわたしの答え×黎明・それでもme侶スは駈ke走ル③(前)

 

―調神社―

 

 

 切歌とマンションで別れた後、蓮夜は一人クロスレイダーを駆って調神社に再び戻ってきていた。

 

 

 神社に着いた頃には夜もすっかり明けてしまい、神社付近の駐車場に停めたマシンからメットを外して降りた後、入り口前の石段を登って何となしに遠くに見える朝日の方へ振り返ると、灰色がかった青色の朝の光が眩しく染みて目を細める。

 

 

(……二人に連れられて最初に此処へ足を運んだ時には、初めて目にする物ばかりで物珍しさに心を踊らせたりもしたのに……それも今じゃ遠い昔のように思える……)

 

 

 つい昨日の出来事の筈だったのに、あれから状況が二転三転と移ろい過ぎて見るもの全てがあの時と違って見える。

 

 

 そんな感傷を抱く自分に独り自嘲し、蓮夜は目を伏せて溜め息を吐きながら神社の方へと踵を返すと、ある人物の姿を視界に捉えて目を見開いた。

 

 

「──うん?おや、これはこれは。黒月さんではないですか」

 

 

「……宮司さん……」

 

 

 蓮夜の視界に不意に飛び込んできたのは、この神社の管理人であり、カメレオンイレイザーの改竄に今も苛まれている宮司の姿だった。

 

 

 神社の境内にて早朝の掃除でもしていたのか、彼の手には箒が握られ、地面に散乱する落ち葉やゴミなどを掃いて1箇所に集めている。

 

 

 予想外のタイミングでの再会に蓮夜も内心では少し驚きつつも、臆面には出さず、いつもの無表情のまま宮司の下まで歩み寄り軽く会釈する。

 

 

「おはようございます……こんな朝早くから掃除だなんて、身体はもう大丈夫なのですか?」

 

 

「?ああ、例の怪物に襲われたというお話の事ですかな?心配せずともこの通り、すっかり元気で活力に溢れていますとも。皆さんの迅速な治療のおかげだとお聞きしましたが、いやはや、まさかこんな短時間で傷跡も残らない治療法があるとは、あなた方の医療技術の高さには驚きを禁じ得ませんでしたよ。はははっ」

 

 

(……そうか……宮司さんの傷はS.O.N.G.の方で治したという体になっているのか……)

 

 

 昨夜に調から別れ際、カメレオンイレイザーによって傷を負わされた宮司さんの怪我を治療したのはあのクレンだったと軽く聞かされてはいた。

 

 

 何故奴がそんな真似をしたのか。その事を彼女に追求しようとしたものの無言を貫かれてそのまま別れる羽目になってしまい、結局その事について情報を得られることはなかった。

 

 

 ただ奴の目論見が何にせよ、宮司がこうして元気な姿でいる事は喜ばしく、一先ず安堵する蓮夜の顔をジッと見つめながら宮司は不思議そうに首を傾げる。

 

 

「ところで、黒月さんはこんな朝早くに如何様な用事で?もしや、例の怪物騒動の件で再び護衛を……?」

 

 

「……そんな所です……それから、お孫さん……調は今、何処へ?実は彼女と少し話したい事がありまして……」

 

 

「ああ、調でしたら今頃、朝の水行を行っていると思います」

 

 

「……水行?」

 

 

「ええ。垢離(こり)、とも言いますね。神仏に祈願する時に、冷水を浴びる行為で自身が犯した大小様々な罪や穢れを洗い落とし、心身を清浄にするのです。まぁ、噛み砕いて言えば滝行のマイルド版、みたいなものですかなぁ」

 

 

(……罪や穢れを……洗い落とす……)

 

 

 はっはっはっ、と冗談混じりに頭を掻く宮司から水行の話とその行為の意味を聞きながら、僅かに俯いた蓮夜は今の調の心境を察して複雑げに目を伏せた後、無表情に戻した顔を上げて宮司を見る。

 

 

「その……調が水行を行っている場所というのは、何処に?」

 

 

「ああ。それでしたら、神社の裏手を回った所に入り口があります。其処を通って森を抜け、暫く進んだ先に滝の流れる水辺が見えてくるでしょうから、きっとあの子も其処にいる事でしょう」

 

 

「……そうですか……ありがとうございます……」

 

 

 森と言うと、昨夜カメレオンイレイザーを追って戦った場所だろうか。それだったら自分にも覚えがある。

 

 

 ご丁寧に調がいる場所までの道筋を教えてくれた宮司の厚意に感謝して頭を下げ、蓮夜はそのままその場を後にし調の元へ向かおうと歩き出すが……

 

 

「──黒月さん。その前に少し、お伺いしても宜しいですかな?」

 

 

「……?」

 

 

 背後から不意に呼び止められ、振り返る。

 

 

 其処には、箒を手にしたまま佇む宮司が、何処か複雑げに、哀しげに見える表情で蓮夜の事を見つめていた。

 

 

「宮司さん……?」

 

 

「……黒月さん……貴方は────」

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 

───宮司と別れ、蓮夜は彼に教えてもらった道筋を通って調がいるという滝のある水辺までやって来た。

 

 

 深い森を抜けた先に最初に目に飛び込んできたのは、向こうの岩場から幾本かの水が糸を下す様に降りる滝。次に、滝から流れる水流で出来た川が見え、その川の中には……

 

 

「……………………」

 

 

───白装束を身に付け、その身を清めるように朝の冷たい水の中に身を浸し、こちらに背中を向けながら顔を俯かせて瞼を閉じる調の姿があった。

 

 

 その姿は神や仏に祈る神聖な行為に見えるし、見方を少し変えれば、まるで死装束を纏った儚さを感じさせる美しい幽霊のような姿にも思える。

 

 

……いや、なんて縁起の悪い想像をしているのか。

 

 

 仮にも神聖な場所で不謹慎な画を頭に思い浮かべてしまった己自身を咎めると、蓮夜は一度深呼吸をし、覚悟を改めた真剣な顔を上げて調が身を浸す川の前にまでゆっくりと進み、足を止めた。

 

 

「朝から精が出るな。そうしてると、本当にあの神社の巫女さんのように見える」

 

 

「ッ?!……蓮夜、さん……?」

 

 

 バチャッ!と、不意に蓮夜に声を掛けられた驚きのあまり川の水を波立てながら振り返り、調は吃驚の表情で蓮夜の顔を見上げる。

 

 

 そんな彼女の反応に蓮夜は無言のままただ不器用に微笑みを返し、調も蓮夜に一瞬何かを言い掛けて口を開くが、すぐに思い留まるように口を閉ざし、気まずげに顔を逸らして蓮夜に背を向けてしまう。

 

 

「何をしに、来たんですか……ギアも返したし、もう私には、何の用もない筈なのに……」

 

 

「そんな寂しい言い方をするな。お前はお前自身の行いを責めているのかもしれないが、俺や響やクリス、風鳴司令達も、みんなお前の事を心配してる。……勿論、切歌も」

 

 

「……っ……」

 

 

 皆の名前、特に切歌の名に明らかに反応し、調は僅かに肩を揺らして動揺している。

 

 

 そんな調の背中をじっと見つめると、蓮夜はその場に徐に腰を落とし、滝から流れてくる冷たい川の水に右手の指先を浸していく。

 

 

「俺が此処へ来たのは、お前ともう一度話をしたかったからだ。今度はしっかり、ちゃんと面向かってな……」

 

 

「話す事だなんて……今更、何も……」

 

 

「お前自身の本心を、俺はまだ何も聞かされちゃいない。それを知るまで、俺もこのまま大人しく帰るつもりはないぞ。お前に幾ら拒否されたとしてもな」

 

 

「……女の人にしつこく食い下がる男の人は嫌われるって、前にテレビで言ってるのを観ました……」

 

 

「怖い事を言う番組だな」

 

 

「蓮夜さんがあまりしつこいと、私もそうなっちゃうかもしれないですよ」

 

 

「構わないぞ。それくらいの覚悟は持たないとお前の本音なんて聞き出せないだろうからな。それに人から嫌われるなんて、今更慣れっこだ」

 

 

「……本当に?」

 

 

「…………すまん。ちょっと、いや、だいぶ見栄を張った。ぶっちゃけお前に嫌われると思うと無茶苦茶に怖い。多分泣くほど傷付く、ウン」

 

 

「ぶっちゃけ過ぎだし、さっきまでの男らしさと頼もしさが一気に台無しですね……」

 

 

「面目次第もない」

 

 

 ぺこりと、背中を向けてる本人からは見えていないのに真顔のまま深々と頭を下げる蓮夜。

 

 

 そんな情けなく、けれども相変わらず毒気の抜ける蓮夜の天然さに調も呆れつつもその顔が思わず緩んでしまい、少しだけ何かを思案した後、川の中で徐に振り返り蓮夜と向き直った。

 

 

「私の事情……蓮夜さんは今、何処まで把握してるんですか……?」

 

 

「……お前が宮司さんを護る為に、あのノイズ喰らいを庇ったんだろうと察してる程度だ。それとあの男……クレンに、お前にそうさせただけの入れ知恵を吹き込まれたんだろうと」

 

 

「……凄い洞察力……もしかしたら蓮夜さん、記憶を失う前の職業は実は探偵だったりして……」

 

 

「それはカッコイイ前歴だな。もしそうなら、ドラマや小説なんかに出てくるようなハードボイルドな探偵だったら尚のこと嬉しい」

 

 

「どうだろ……今の蓮夜さんを見てるとそんなカッコイイ姿想像が付かないから、良くても半人前、ハーフボイルドが関の山かも……」

 

 

「半熟探偵って意味か?……なんだかそんなワードを何処かで聞いた覚えがある気がするな……もしかしたら昔の俺に、そんな探偵の知り合いでもいたのかもしれん」

 

 

 もしそうなら是非とも今こそ力添えを頼みたいものだと軽口を叩く蓮夜だが、そんな蓮夜の冗談にも調は上手く笑い返せず複雑げな笑みを浮かべるばかりだ。

 

 

 そして調は物憂げに眉を顰めながら川の水面に映る自分の顔を見下ろすと、此処までのやり取りから蓮夜が本当に自分から話を聞き出すまで大人しく帰るつもりはないのだと悟ったのか、一度考え込む素振りを見せた後に何処か観念したような様子で、その重たい口を開き始めた。

 

 

「あの晩……宮司さんが刺されて、救援に駆け付けた蓮夜さんと切ちゃんが逃げたノイズイーターを追った後、あの人が私の前にいきなり現れたんです……傷付いた宮司さんを治療して、私と話がしたいって言って……」

 

 

「……やはりその時か……奴は……クレンはなんと言って、お前に話を持ち掛けてきた?」

 

 

「…………」

 

 

 蓮夜が疑問を投げ掛けると、調は俯いたまま一瞬間を置いて口を閉ざす。やがて徐に顔を上げると、昨晩の出来事の記憶を思い返すように語り始めた──。

 

 

 

 

 

◆◇◇

 

 

 

 

 

───昨晩、調神社……。

 

 

「──決まってるじゃないか。……君とこうして話す機会を設ける為だよ、月読調ちゃん」

 

 

「…………え…………?」

 

 

──クロスと切歌が逃げたカメレオンイレイザーを追って神社を飛び出した後、飄々とした足取りででいきなり調の前に現れただけでなく、宮司の傷を目の前で治療して急にそんな話を持ちかけられ、調は思わず呆気に取られた表情を浮かべる。

 

 

 しかしクレンの表情と声音は普段の飄々としたものではなく背筋が凍えるような冷たいモノに感じ、調が言葉を詰まらせて自分でも気付かぬ内に額から冷ややかな汗を流す中、クレンは構わず悠然とした足取りで調に近付いていく。

 

 

「改竄を受けて以降、君と過ごしてた間のお爺さんの様子はどんな感じだった?大事な大事な愛するお孫さんと一緒に過ごせて、さぞ幸せそうにしてたんじゃないかい?」

 

 

「っ……!どの口でっ……元はと言えば、貴方達のせいで……!」

 

 

「おや、君的にはお気に召さなかったかな?でも、そのお爺さんにしてみれば正に夢のような一時だったかと思うよ。何せ、もう二度と取り戻せる事はないと思ってた家族との暖かな時間をもう一度味わう事が出来たんだ。例え君が本当のお孫さんでないとしてもね。そう考えたら、僕らがやった事もある種の人助け、ボランティアみたいなもんだと思わない?」

 

 

「ふざけないで……!貴方達の企みは、絶対に止めてみせる!もうこれ以上、宮司さんを利用させたりなんかさせない!」

 

 

 戯けるようにペラペラと口を回すクレンに抑え切れぬ激情をぶつけ、調は戦闘態勢に入ろうと首から下ろしたシュルシャガナのギアのペンダントを掴んで詠唱の歌を口にしようとするが、そんな彼女をクレンは片手で制止する。

 

 

「話くらい最後まで聞きなよ。というか、少しは冷静になれば?蓮夜君もいない、記号の力を持つ立花響や雪音クリスもこの場にいない今の君一人だけじゃ、此処で戦いになったとしても逆立ちしたって僕にかないっこなんかない。君が余程の馬鹿でもなければ昼間に僕の分身と戦った時、それぐらいの実力差はあるって既に身を持って実感してる筈でしょ?」

 

 

「っ……!」

 

 

 若干呆れを混じえた口調で諭すよう語るクレンの言葉に、調も詠唱を口にしようとするのを思わず止め、悔しげに唇を噛み締めてクレンを睨み付ける。

 

 

 酷く屈辱的だし、認めるのも癪だが、確かに、此処でクレンに挑んでも自分一人ではまともに太刀打ち出来ずに返り討ちに遭うのは目に見えてる。

 

 

 それにもし此処で自分が倒れれば、今も背後で意識を失っている宮司を守れる人間が誰もいなくなってしまう。それだけは不味い。

 

 

 不本意だが、此処はクレンの言う通り冷静に、慎重に行動を選んで移さねばならない。

 

 

 憤りから先走りそうになる己の感情を何とか律する為、深く深呼吸をしてどうにか落ち着きを取り戻すも、ペンダントは何時でも変身出来るように握り締めたまま、調は警戒心を残しつつクレンに向けて口を開いた。

 

 

「……話をする前に、目的を聞かせて……どうして貴方達は、宮司さんにわざわざ狙いを付けて、この人の記憶を改竄したの……?それも、私を自分の孫娘だなんて思わせて」

 

 

「目的、ねぇ……まぁ、その辺りの思惑は色々とあるっちゃあるんだけど、一から説明し出すと長くなるから要点だけ纏めて話すよ。ぶっちゃけ、君とこれから話したい事っての説明にもなるし」

 

 

 そう言いながら、クレンは人差し指と中指を二本立てた手を調の前に突き出す。

 

 

 恐らくそれが、彼が言う要点とやらの数を示しているのだろう。

 

 

「先ず第一に、其処のお爺さんを狙ったのは元々改竄を掛ける"候補者"の一人として、僕が予め目を付けていたから。理由としては、彼はAXZ編……あー、いや、パヴァリア光明結社の事件と言えば君には伝わりやすいか?ともかく、そのお爺さんは前の事件と君達と関わりのある人物だった。尚且つ、其処のお爺さんのこの物語での役目は、先の事件(前作)で既に終えている。この世界からしてみれば、今じゃ数あるモブの一人に過ぎない。なんで、君達や今後の展開的にまだまだ出番の控えてる役者さん方を狙うよりかは、改竄を掛けるリスクは他よりも少なく、けれど、君達的には決して無視は出来ない関係者……ようするに、君達を釣り上げるのには打って付けだったからだね」

 

 

「……釣り上げる……?ならまさか、貴方の目的は宮司さん自体じゃなくて、最初から私達……?」

 

 

「そっ。まぁもっと正確に言うなら、君達の中でも特に大本命だった"君"を、だ」

 

 

「……ぇ……」

 

 

 クレンの狙いであり真の本命、それが調自身と聞かされ、その意外な返答に調の顔が訝しげに歪むが、クレンは構わず中指を折り、人差し指は立てたまま話を続けていく。

 

 

「それが僕の目的その二……。改竄を受けて、君の事を本当のお孫さんだと信じ込んだそのお爺さんと君を接触させる事だ。現に先の事件からその人と深い関わりを持つ君は、その人の身に起きた異変を間近で見て冷静でいられなくなった。自分の事を失った家族だと信じ切っているその人の事を、完全に拒絶する事が出来なくなっている。……葛藤はあれど、どうしても告げられなかったんじゃない?一切の淀みのない愛情を向けてくれるその人に、『自分は貴方の孫なんかじゃない』なんて伝えるだなんて、そんな残酷な事はさ」

 

 

「っ……それ、はっ……」

 

 

 口端を吊り上げて、今まで調が密かに抱え込んでいた苦悩の的を容赦なく突くクレン。

 

 

 調はそれに対し咄嗟に反論が出来ずに言葉を詰まらせ苦い顔を浮かべてしまい、そんな彼女の反応にクレンも両手をズボンのポケットに突っ込み、不敵に微笑んだ。

 

 

「けど、お爺さんに真実を伝えなかったのは確かに最良の選択だったと思うよ。だってあのノイズ喰らいを倒した所で、"そのお爺さんが改竄を受けてた時の記憶が消える事はないんだからね"。もし君にそんな事を言われてたら、全部終わって正気に戻った時のショックと合わさって、お爺さんの心は下手したら壊れてたかも分かんないし?」

 

 

「……?!イレイザーを倒しても、記憶は残るって……それ、どういう……?!」

 

 

「言葉通りの意味さ。……そもそも、何で僕が普通のノイズ喰らいじゃなく、あんな理性も失った使い物にならない出来損ないのイレイザーなんかを利用したか、分かる?」

 

 

 驚愕する調の反応も他所に、クレンは淡々と言葉を続けていく。

 

 

「君達がノイズイーターと呼ぶイレイザーは物語の産物であるノイズを喰えば喰らうほど、その力を際限なく強化されて改竄の力も強くなっていく。けれど、それだけ強大な力を受け止めるだけの器がないイレイザーじゃ、大き過ぎる力に理性が先に耐え切れず崩壊し、廃人同然のただの獣にしかならなくなってしまう。結果、僕らにも連中の完全な制御は不可能になり、そうなったが最後、アイツ等は各々好き勝手に後先考えず、無差別に人を襲う事しか脳の無いただの化け物になってしまう。それが街でも不本意に噂になっちゃった、無差別怪奇事件の真相って訳だ」

 

 

(……前にエルフナインに見せてもらった、都市伝説の……)

 

 

 その辺りの詳細は蓮夜からも聞かされていた。

 

 

 けれど同時に、彼処まで暴走したノイズイーターには改竄の力を扱えるだけの知性は残っていない筈と、彼は疑問を抱いていた筈だ。

 

 

「普通なら、彼処まで暴走したノイズ喰らいに物語を改竄するだけの知性なんて欠片もない。それに関しては当初僕達も頭を痛めたもんさ。せっかくそれだけの強大な力があるのにまともに使えず宝の持ち腐れだなんて、彼等をイレイザーにしてあげた僕らの苦労にも見合わないし、割に合わな過ぎるってね」

 

 

 やれやれと、頭を横に振って苦労話のように語るクレンだが、呆れ顔を浮かべるその口端が不意に吊り上がる。

 

 

「でも幸いにも、彼等には知性はなくても"感情"が残ってる事が分かった。殆ど動物的なモノに近いけれど、それだったら逆に話は早い。獣同然なら、それこそ猛獣を躾けるように圧倒的な暴力と力で叩き伏せ、恐怖させ、支配すればいいだけの話だからね……。そうすれば幾ら理性がなくとも、本能的な恐怖からこっちの指示に従わざるを得なくなり、僕が命じれば改竄の力を何とか行使させる事が出来るようなったってワケ。それが僕の与えられた役目の一つでもあったんだけど、基本的に野良のソイツ等は無軌道に動くから居場所は掴み辛いし、仮に見付けても蓮夜君が先を越して始末しちゃうからボスからお小言貰う羽目になるしで、ほんっと大変なんだよねぇー」

 

 

「っ……そんな話、どうだっていい……そんな事よりさっきの、記憶が消えないってどういう意味なの……?!」

 

 

「おおっと。ごめんごめん。話が乗っちゃって、普段の溜まりに溜まった愚痴までついこぼしちゃったよ」

 

 

 長々と脱線して悪いねー、などと、形だけにしか見えないわざとらしい反省のポーズを取りつつ、クレンは本題を戻して調の背後に倒れる宮司を指差す。

 

 

「つまりさ。知性も理性も失う程の強大過ぎる力を手にしたあの手のイレイザーは並のノイズ喰らいとは違う。その改竄能力は強力で、一度その力に掛かった者には、"後遺症"が残る。前に君達が立花響の存在を忘れてしまっていた間の記憶は、改竄を掛けたイレイザーの消滅と共に痕跡もなく綺麗に消えてしまったけれど、今回の改竄は前回のソレとは比べ物にならないくらい強い。例えアレを倒した所で、前回みたく都合よく記憶が消えたりなんかしないってこと。しかも時間が経てば経つほど、お爺さんに掛けられた改竄の記憶は強く強く根付いていき、最終的には完全に馴染んで元の記憶とすり変わっていく。……そうなったら最後、アレを倒した所で蓮夜君の力があったとしても、お爺さんに掛けられた改竄はもう元には戻らないかもしれないね」

 

 

「?!」

 

 

 例えば、の話をしよう。

 

 

 とある綺麗なページの本の上から、強い接着力の有るのりをベタベタに塗りたくられた別の紙を貼り付けられたとする。

 

 

 それを剥がそうとした時、下に元々あった本のページは果たして元の"綺麗な状態"でいられるだろうか?

 

 

……否、そんな訳がない。

 

 

 のりの接着力が強ければ強い程、貼り付けられた紙を剥がされる際の元のページのダメージは大きくなるし、かと言ってそのまま放っておけば、時間の経過と共に紙は元のページと完全にペーストされてしまう。

 

 

 仮に万が一、綺麗に紙だけを剥がせたとしてのりで汚された痕跡は完全に消えてはなくならず、元のページは無事とは呼べないだろう。

 

 

 噛みに噛み砕いた何とも頭の悪い例えだが、つまりそれが今の宮司の状態。

 

 

 今更あのカメレオンイレイザーを消した所で、宮司が傷付くのはどうあっても避けられず、かといってこのまま何もせずに放置し続ければ改竄が馴染み、もう二度と元の彼には戻れないという訳だ。

 

 

「……最初から……それが判ってて、貴方は……!」

 

 

「勿論。こう見えて僕も負けず嫌いなとこはそれなりにあってね。例え負け戦に駆り出されたとしても、タダじゃ転びたくはない。どっちに転んだとしても何かしらの得は得たい。それが僕のスタンスってヤツ。理解してくれた?」

 

 

「ふざけないでっ!今すぐあのイレイザーに命令してっ、宮司さんに掛けられた改竄を解いてっ!!さもないとっ──」

 

 

───最早殺しだって辞さない。

 

 

 実際に言葉には出さずとも、そう訴えんばかりの鋭い殺気を込めた眼差しで睨み付けながら胸元のペンダントを握り潰し兼ねないほど強く手に力を込める調からの気迫に、クレンはしかし、いつもの軽薄な笑みを欠片も崩そうとしない。

 

 

「随分と必死だねぇ……?でも、分かってる?そのお爺さんは今のままでいた方がずっとずっと幸せかもしれない。今此処で元の現実に引き戻す方が、よっぽど残酷な仕打ちになるかもしれないってのにさ」

 

 

「……っ……なに、を……言ってるのっ……」

 

 

「オイオイ。此処まで来といて気付かないとかあるー?……それとも、とっくに気付いてはいるけど、敢えて気付かないフリとかしてんの……?」

 

 

「……!」

 

 

 此処までの飄々とした口調から打って変わり、突然冷淡な声音に変わったクレンの問いから逃げるように調の足が無意識に下がるが、クレンは構わずその一歩を埋めるように歩み寄る。

 

 

「そのお爺さんの口から聞かされなかった?彼は昔、"自分の娘夫婦と孫娘を事故で一度に失った"。彼はそれを冗談だと言って君達に笑って聞かせていたようだけれど、それは紛れもない事実で、嘘なんかじゃない。過去に娘夫婦がいたのも本当だし、心の底から愛する孫娘も実際にいた。……無論、嘗ての事故で一度に彼女達を失って死ぬほど苦しみ、絶望してたっていうのもね」

 

 

 

 

 

―もう十年以上も前になりますか……貴方たち家族が旅行中に事故に遭い、娘夫婦を亡くした時、どうして、何故と……私は嘆き、酷く苦しみました……神職の身でありながら、この世に神はいないのかと恨みもしましたが……そんな中、貴方だけが奇跡的に生き残った―

 

 

 

 

 

「…………っ…………」

 

 

 

 

 

 淡々としたクレンの言葉と共に、宮司の声が頭の中でリフレインする。

 

 

 その声に苛まれるように悲痛げに顔を歪めて後退りする調に構わず、クレンは更に容赦なく残酷な事実を突き付ける。

 

 

「僕はその過去を徹底的に調べ上げて、それが実際にあった出来事だったと裏を取り、その心の傷に付け込む事にした。強力な改竄の力で、お爺さんには君を事故から奇跡的に生き残った"たった一人の家族"として認識させ、同時に彼の昔の記憶も呼び起こし、蘇らせた。大切な家族を失い、絶望に苦しんでた日々の記憶をね」

 

 

「っ!どう、してっ……どうしてそんな酷いことっ……!!」

 

 

「無論、君のことをより大事に思ってもらうが為さ。辛い記憶がより鮮明であればある程、人は希望という名の救いを目の前に与えられた時にはその喜びも大きくなり、それが失い掛けた物であれば今度こそ失うまいと、より大切にしようとする。……改竄を掛けられたそのお爺さんが意識を取り戻して、君を改めてその目にした時、一体どんな感情を見せた?それはもう、大層泣いて喜んでたんじゃないかい?」

 

 

 

 

 

―嗚呼……!調、調!よく、よく無事でっ……!ぅ、うううっ……うぅっ……!―

 

 

―身勝手と、情けのない我儘であるとも自覚しています……ですがそれでも、どうか……どうかお願いです、調……私の目の届かぬ所で、危ない目に遭うような事だけは、どうか……お願いしますっ……―

 

 

 

 

 

「っ……くっ……ぅっ…………!」

 

 

 

 

 

 ダメだ。やめろ。聞くな。

 

 

 これ以上この男の話を聞けば、"もう誤魔化し切れない"と、心底から警告するようにそう訴え掛けてくるものがある。

 

 

 そんな確かな確信があるというのに、それでも調の震える瞳は目の前のクレンから外せず、そんな彼女の様子から何かを感じ取ったらしきクレンは不敵に微笑む。

 

 

「此処まで話せば、もう流石に察するしかないだろ?嘗ての痛みの記憶を無理矢理掘り返され、君という救いを与えられたこの幸せが終わってしまえば、お爺さんの中に残されるのは今一度開かれてしまった決して癒されない深い傷痕。大切な家族を失った絶望の苦痛に苛まれる日々がまた始まるだけ。……いや?今回はそれに加えて、君という希望を一度与えられた上でそれすらも奪い去られてしまうんだ。失くしたものの大きさにその心は今度こそ耐え切れず、ある日魔が差して自分から命を……なーんて、そんな"最悪な未来"も、もしかしたら有り得るかもだよね?」

 

 

「…………っっ!!!!」

 

 

 考えていなかった。

 

 

──いや、違う……"考えないようにしてた"

 

 

 もし仮にも。万が一にも。

 

 

 そんな事が有り得ると考えてしまえば、"自分はもう戦えないと確信があったから"

 

 

 だから必死に見ないフリをした。

 

 

 だから必死に気付かないようにした。

 

 

 この人に向けられる愛情も、労りの言葉も、全てが終われば露となり、形も残らずに消えて醒める"月のユメ"だと信じ切り、頑なに彼から向けられるソレらその全てから目を背け続けた。

 

 

…………なのに。

 

 

 それが決して醒めない悪夢(ユメ)であるのなら、私は……。

 

 

「……話を一番最初に戻そうか。僕が君と話したいと言ったのは、君がその人を"どうしたいか"、それを直接聞きたいが為だ」

 

 

「…………ぇ…………」

 

 

 あまりに大き過ぎるショックに、調の声は震え、先程まで彼を強く警戒していた際の覇気は既にない。

 

 

 そんな調と、彼女の傍に横たわる宮司を交互に見て、クレンは冷たい口調のまま言葉を紡ぐ。

 

 

「僕としてはさ、今回の一件に関しては別段其処までやる気がある訳でもないんだよ。だから今回用意したあのノイズ喰らいも、正直君らに倒されようと、物語側に見付かって消されようがどうなったっていい個体を選んだつもりだ。……ただ、ここ最近は君達に勝ちを譲ってばかりで面白くないってのもまた事実でね。其処で一つ、君と取り引きがしたいのさ」

 

 

「……取り、引き……?」

 

 

「そ。……今回の改竄に関しては、スルーしてくんない?ってこと。お爺さんの心を護る為。ひいては、彼の命を護る為にさ」

 

 

「……ッ!」

 

 

 クレンから持ち掛けられた提案に、調は目を見開いて思わず息を拒んでしまう。

 

 

 それが意味するのはつまり、自分にカメレオンイレイザーを見逃して宮司を護る代わりに、"仲間達を裏切れ"と言ってるのと等しいからだ。

 

 

「やる気が更々なかったとは言え、僕も此処まで立ち回ったからには無駄足で終わるのはちょっと思うとこはないでもない。お爺さんに掛けられた改竄を放置してさえくれれば、この世界に付け入る隙、物語の綻びを作る事が出来る。そうなれば僕らの今後の活動的にも、ちょっとは動きやすくなって大いに助かる訳なんだけど……」

 

 

「……そんなこと、言われて……出来るわけ、ないっ……」

 

 

「そう?ならこっちもこれで話は終わりだ。さっさと蓮夜君達を追い掛けて加勢するなりして、奴を始末してくるといい。……その結果、このお爺さんがどれだけ苦しむ事になるのか。フッ。その末路を、その目で直接見届ければ?」

 

 

「ッ!!」

 

 

 宮司を標的に巻き込んでおきながら、まるで他人事のようにせせら笑うクレンのあまりの言い草にカッと頭に血が上り、調は思わずクレンの頬に目掛けて手を上げる。

 

 

 が、クレンはそんな調の張り手を容易く掴み、調を見つめるその瞳には何処か軽蔑が込められているように見えた。

 

 

「いい加減、その温い頭で理解したらどうなんだい?何もかもが穏便に済まされるハッピーなエンドなんてない。そんなもの、もうとっくに取り返しの付かないとこまで来てるんだ。"何を守り、何を捨てるのか"。今の君が選べるのはそれだけだ。誰もが傷付かずに済むだなんて、そんな都合のいい退路は既に何処にもないんだよ」

 

 

「ッ!なに、をっ……元々は全部あなたのっ、あなたのせいでっ!」

 

 

「そうだね。でもだったら何?君達が相対してるのは頭の悪い言い方、世界征服だなんて馬鹿げた事をマジでやろうとしてるような文字通りの"人でなし"だ。その為なら人の命だって軽く見て奪うし、敵である君達を追い詰める為なら周りの無関係の人間すら容赦なく利用する。そうやって開き直って、これからも非道を行い続ける奴らと戦い続けるのに、"何かを犠牲にする"っていう非情な決断を迫られた時に何にも選べない、出来ない君如きが、これからも僕達の企みを阻み続けるだなんて……思い上がりもいいところだ」

 

 

「ぐっ……ッ……!」

 

 

 容赦なく吐き捨てるようにそう言って、クレンは掴んだ調の手を振り払いながら彼女の背後に回り込み、その背中を強めに押し出し倒れる宮司と無理矢理向き合うように立たせた。

 

 

「仮に此処で君が何もしなくても、いずれ蓮夜君があのノイズ喰らいを倒せば片はつく。それで今回の一件は終わりだ。そのお爺さんの中に深く残る傷さえ無視すればね」

 

 

「ぅ…………ハァッ…………はっ…………!」

 

 

「今の彼の力なら、あの程度のノイズ喰らいなんてすぐにでも片付けられる。そうなったら最後、もう何もかも手遅れにしかならない。選ぶんなら、今すぐ此処で選ぶしかないんだよ。彼に掛けられた改竄を解きたいだけなら、あのノイズ喰らいを倒せばいい。……でも、これだけは忘れないでね。もしも彼を倒せば、そのおじいさんは自ら命を断つかもしれないって事だけは」

 

 

「…………ぁ…………ぁ、ぁっ…………!」

 

 

「どうする?このまま何もしないで事の成り行きを見届ける?それとも全部聞かなかった事にして逃げ出す?僕的には、君に提案を断られた時点でもうどっちだっていい。だから此処から何が起きようと、何の保証も責任も持たないさ。

 

 

 

 

……そのお爺さんの未来にも、命にも、"君"以外はね?」

 

 

 

 

 

 

「─────────」

 

 

 

 

 

 

 何処までもどうでもよさそうに、何処までも他人事に。

 

 

 人を人とすら見ていないような悪魔の囁きに、ただただ呆然と立ち尽くして倒れる宮司の顔を見下ろすしかなかった調は───

 

 

 

 

 

───やがて、気付いた時には既にその身に桃色のギアを纏って深い森の中を全力で駆け抜け、カメレオンイレイザーを仕留めようとする寸前のクロスの一撃を遮るように、その手を自ら下していたのだった。

 

 

 

 

 

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