戦姫絶唱シンフォギア×MASKED RIDER 『χ』 ~忘却のクロスオーバー~ 作:風人Ⅱ
──そして、現在。
「───成る程。奴らの悪辣さはそれなりに理解していたつもりだったが、あのクレンに関しては他の連中よりも頭一つ飛び抜けてたようだ。此処まで来ると、正直感嘆の念すら覚える」
調の口から昨晩でのクレンとのやり取り。そして彼女がカメレオンイレイザーを庇う事になってしまった今までの経緯を聞かされ、納得する蓮夜。
しかし全ての事情を知って口ではそう言いつつも、その顔と声音には調を口八丁に唆したクレンに対する明らかな嫌悪感が滲み出ており、調も蓮夜に一通りの説明を終えた後、また顔を俯かせて暗い表情のままフルフルと力なく首を横に振った。
「でも……私が蓮夜さんや、皆を裏切ったのは紛れもない事実です……私は、世界を護る事よりも、宮司さんを護る事を選んだ……それがこの世界を危険に曝して、皆を裏切る行為になるって……分かってた、はずなのに……」
「……人の命が掛かっていたかもしれないんだ。そんなものを天秤に掛けられた上に執拗に選択を迫られて、それで迷わないような奴は余程のリアリストでもなければ出来ない。それが知人の命であるのなら尚更な。お前があの人を優先したのは間違いだなんて、そんなのは誰にも一概には言い切れない」
「それでも、私はあの人の言葉に耳を傾けるべきじゃなかった……だってそのせいで、宮司さんは今こうしてる間にも改竄に蝕まれて……もう二度と、元のあの人には戻れなくなるかもしれないのにっ……」
「…………」
蓮夜の掛ける言葉も何の慰めにもならず、調は尚も自分自身の愚かさを糾弾しながら顔を俯かせて悲痛げに歪めてしまう。
そんな調の痛ましい姿を蓮夜もただ複雑げに眉を顰めてジッと見つめるしかない中、調は両手で己の身体を抱き締めるように腕を回していく。
「蓮夜さん……私は自分が100%、正しい選択をしただなんて思ってないです……でも、あの選択をした事を後悔していない自分も心の何処かにいて……私にはもう、そんな自分が自分でも分からないんですっ……」
「調」
「私は、どうすれば良かったの……?何がしたかったのっ?宮司さんを護る為と言い訳して……でも結局、それもあの人が犠牲になる行為になるだけで、蓮夜さんや切ちゃんも、皆の事も裏切った……!」
「もういい」
「そんな私に皆といる資格も、あの人の為に何かをする資格もない……!私は何処までも半端で、最低なっ……!」
「もうやめろ」
バシャアァッ!と、蓮夜は川の中に飛び込んで調の元にまで歩み寄り、その両腕を半ば強引に掴み上げる。
それでも、調は顔を俯かせたまま何処までも深い自己嫌悪と罪悪感に苛まれ、苦痛に歪む顔を蓮夜に見せようとしない。
きっとそんな顔をする事も、人に見せる資格すらないのだと、彼女は其処まで思い詰めて己を弾劾し止まないのだ。
そんな調の中の苦悩を察し、蓮夜は調と川の中で向き合ったまま彼女の掴んだ腕からそっと手を離すと、瞼を伏せて彼女に掛ける言葉を思案し、見開いた瞳で調をまっすぐに捉え、口を開いていく。
「調……俺は別に、お前に責任を問いただすつもりもなければ、お前の罪を糾弾する為に此処まで足を運んだ訳でもない。ただもう一度、お前と話がしたかった。お前が何をしたいか、これからどうしたいのか……お前自身が一体何を望んでいるのか、それが知りたかった」
「…………それなら、さっき言った言葉が全部です……皆を裏切った私はもう、戦えない……そんな資格なんて……私にはないから……」
今にも消え入りそうな声でそう答え、調はこれで話は終わりだと言わんばかりに蓮夜の横を通り過ぎ、水行を切り上げて調神社に戻ろうと川から出ていく。
しかし蓮夜はこの場から歩き去ろうとするその背中に向けて振り返り、更に言葉を投げ掛けた。
「なら、このまま俺や響達があのノイズ喰らいを倒してしまっても、お前はそれでも構わないんだな?それで宮司さんが正気に戻った時、あの人がどれだけ苦しむ事になったとしても、もうどうなったってもいいと?」
「……っ」
何時もの無機質な声音。けれども何処か挑発的な物言いにも聞こえる蓮夜のその言い草に調も足を止めて振り返り、キッ!と感情の揺れる瞳で蓮夜を睨み付ける。
しかし蓮夜はそんな調の視線を真顔のまま受け止めて微動だにせず、ただ無言のまま見つめ返してくるだけの蓮夜に対して調も僅かにたじろぐも、両手を固く握り締め、その小さな肩を震わせながら感情を吐き出すように叫ぶ。
「これ以上私にっ……私に、何をしろって言うんですかっ!」
「…………」
「私はギアを返して、もう装者じゃなくなった……!それでもまだ処罰が足らないなら、然るべき罰もちゃんと受けるつもりです!それで、もうっ……もう、いいじゃないですか……」
最初は怒鳴り気味に荒らげていた口調も次第に弱々しくなっていき、最後にはか細くなった声でそう言いながら力なく俯いてしまう調。
そんな今にも消えてしまいそうな彼女の弱々しい姿を見つめながら、蓮夜は川からゆっくりと上がって彼女の前にまで歩み寄っていく。
「本当は……それでいいだなんて、本気で思っていないんじゃないのか?」
「……何を、根拠に……言ってる意味が分かりません……」
「そうやって、自分の本心からまで目を逸らすのは止めろ。……そんな事をしても、お前が余計に苦しくなるだけだ」
「っ……!」
まるで人の心を見透かすかのような蓮夜の言葉。それが癪に障ったのか調は思わず顔を上げて睨み付けるが、そんな眼差しを向けられても蓮夜は表情一つ変えず、寧ろ、その顔は何処か哀しげに見える。
「此処で何もかも投げ出して、事の成り行きを俺達に全て放り出して、その結果どう転んだとして、お前はそれで本当に納得出来るのか?……此処で何もしなければ、お前はきっとこの先も一生後悔し続ける事になると……俺はそう思う」
「……それは……私にもう一度戦えって、言いたいんですか……あのノイズイーターと……私が犯した罪を、精算する為に……」
「それでもいいし、或いはあのノイズ喰らいを護る為に俺達の邪魔をしに来たとしても、"俺はそれでも構わないと思ってる"」
「…………ぇ…………?」
──今、彼はなんと言った?
何か思わぬ発言を耳にして調が目を丸くし唖然とした表情で蓮夜を見つめる中、当の蓮夜は構わず語り続ける。
「お前は、お前自身の心の声に従えばいい。仮にそれで俺達と敵対する事になったとしても、それがお前が納得して決めた事なら責めたりなんてしない。……まぁ、俺は奴らの目論見を阻止するのに躊躇はしないからその時はお互いぶつかり合う事になるだろうが、こっちも手加減する気はない。それでお前が負けるにしろ、俺が負けるにしろ、お互い恨みっこは無しだ」
「……どう、して……だって、そんなっ……」
「?……あぁ、もしや全部が終わった後の事を気にしてるのか?確かに、如何なる理由があるにしろイレイザーを守ったなんて大問題になるしな。風鳴司令も立場上、処罰は避けられないと言っていたし……仕方がない。その時は俺がお前を焚き付けたとフォローしておいてやる。それなら俺とお前で処罰は折半……になるかは分からんが……一人で責を負うよりかは、幾分か気が楽になるかもだろう?もしも一緒に独房行きにでもなった時、隣同士になれたら会話にも困らず退屈もせずに済むしな」
「違うっ、そうじゃなくて……!どうして其処までして……蓮夜さんは、私を説得する為に此処へ来たんじゃ……!」
自分がカメレオンイレイザーを護る為に再び敵側に立てば、それは蓮夜達に対する明らかな裏切り行為となる。最早言い逃れなんて出来る筈がない。
なのにそれを止めるどころか寧ろ推奨するだなんて、これでは全くの逆ではないかと困惑を露わに戸惑う調だが、蓮夜は不思議そうに小首を傾げる。
「何か勘違いしてるようだが、俺はただ、お前の本心が何処にあるのかを知りたかっただけだ。それがこうして分かった今、お前にこれ以上強制して何かをさせようだなんて思っていない。……そんな方法じゃ、お前の心を救う事なんて出来ないと、分かってるから」
「私の……心……?」
「そうだ。例えお前のやり方が正しくなかったとしても、お前があの人を守ろうとした気持ち自体は間違いなんかじゃなかった筈だ。だから俺は、お前のその意志も尊重したい。それで俺達とお前が敵対する事になったとしても俺も、きっと皆も受け止めるし、お前はお前が信じるモノのために戦えばいい」
そう言って、蓮夜は懐から取り出したクロスのカードに目を落としていく。
「無論、俺もお前に間違った道を歩ませない為に、俺は全力であのイレイザーを倒すつもりだ。……お前が捨てようとする物は全部、俺が全て拾い上げて必ず守る……だから、お前が"本当にやりたい事を選ぶ事"を、何も恐れる必要なんてないんだ」
其処まで自分を狭めて、自責の念に駆られる必要はないのだと、柔らかな口調で諭す蓮夜。
そんな蓮夜の顔を呆気に取られた表情で見上げていた調も、俯き加減に思わず苦笑いを浮かべてしまう。
「無茶苦茶、です……仮にもヒーローって呼ばれてる仮面ライダーが、怪物に味方していいだなんて、そんなアドバイス……」
「目の前で泣きそうな顔をしている誰かを救うのに、ヒーローなんて肩書きが邪魔になるなら俺には必要ない。……誰に何を言われて、どんな罰を科せられたとしても、それでも俺はお前を助けたい。お前が今まで何度も、俺を助けてくれたようにな」
「…………」
例え調がこの先どんな選択を選んだとしても、自分はそれを否定なんてしない。その上で、彼女が切歌や響達の元へ戻って来られるように全力を尽くして戦うだけだ。
蓮夜は調に迷いのない眼差しを向けてそう言い切りながら、上に羽織っていたジャケットを脱いで水行の後で微かに身体が震えてる調に着せていく。そして調も両肩に羽織った少し大きめな蓮夜のジャケットの襟を掴んでしっかりと着込むように寄せると、少しだけ間を置いた後、顔を上げて蓮夜に恐る恐る問い掛けた。
「蓮夜さんは……蓮夜さんはどうして……そんなにもまっすぐで、迷う事がないんですか……?」
「……?それは、どういう意味だ?」
「だって……あのノイズイーターを倒せば、宮司さんはまた家族を失う痛みを二度も味わう事になって、凄く苦しんで……もしかしたら、今度はその苦痛に耐えられずに自分から命を断つかもしれない……そんな恐ろしい未来が待ち受けているかもしれないのに、蓮夜さんはどうして、そんな……」
そんなにも迷いなく選択が出来るのか。そんな純粋な疑問を投げ掛ける調からの問いに対し、蓮夜は空を仰ぎ見た後、再び調に視線を戻してその答えを澱みなく伝えていく。
「確かに、今の現実は宮司さんにとって幸せな形の一つとも呼べるかもしれない……ただ俺からすれば、それは本当の意味での幸せではないと思ってる」
「……それは……どうして……?」
「答えは単純だ。イレイザー達に与えられたこの現実は、一見幸せそうに見えるかもしれない。……けれどこの現実は、イレイザー達が"悪意"で塗り固めた上で作り上げられた、仮初の幸せだからだ」
「……悪意の上の……幸せ……」
繰り返すように呟く調。蓮夜はそんな調から、森林の向こうの調神社の方に視線を向ける。
「お前と切歌と一緒にこの神社に来て、初めて会ったあの人を素晴らしい人だと思った。家族を失った過去をただ昏いモノとせず、それを受け止めた上で、今もこうして笑顔と明るさを絶やさずにいる。……記憶も何もかも失い、使命すら果たさせずに多くの犠牲者を出してしまった俺には、あの人の強さが心から凄いと感じたんだ……」
「……蓮夜さん……」
仄かな罪悪感を覗かせ、複雑げに微笑む蓮夜の顔を見て調はハッとなる。
響やクリス、自分達との交流を経て多少はマシになったとは言え、彼の中では未だにイレイザー達の侵略を止められなかった無念。失ってしまった過去に対する後ろ髪引かれる思いが未だ消え去っていないのだ。
そんな彼にとって、大切な人達を失った過去を抱えたままそれでも前を向いて生き続ける宮司の姿は眩しく、同時に尊いモノに映ったのかもしれない。
「だから俺は、そんなあの人のこれまでを嘲笑うように踏み躙ったアイツ等の所業をこのままにはしておけない、させちゃいけないんだ……例えそれが本人にとって、どんなに強く、夢追い求めるほど強く願った幸せなのだったとしても……あの人の人生(モノガタリ)を自分達の目的の為だけに、横から嗤って書き換えるなんて、許されていい筈がないのだから……」
「………………」
それが、彼にとっての戦いを曲げられない理由。
宮司がこれまでの人生で苦しんで、絶望して、それでもその足で挫く事なく歩んできたこれまでの道程を消させない。無駄にはさせない為に。
その答えを聞き、理解し、調は微かに息を呑み、しかし、心の内に残る一抹の不安に釣られるように、顔を俯かせながら重々しく口を開く。
「でも……でももし、あのノイズイーターを倒して、全部が元に戻った時……宮司さんの心がもたなかったからっ」
「……確かに、あの人が傷付く事はもうどう足掻いても避けられないかもしれない……だがその時、あの人は本当に独り切りになるのか?」
「……ぇ……?」
その言葉に調が顔を上げて蓮夜を見上げると、視界に映った蓮夜は、まるで道に迷う迷子の子供に向けるような優しい眼差しで調を見つめていた。
「例え家族でなくなったとしても、あの人と過ごした"月読調"との時間までは消えてなくならない。今のあの人にはお前も、俺や切歌だっている。家族を失った痛みを完全に癒す事は出来ないかもしれない。それでも……あの人が歩む"これから"を、俺達が一緒に繋いで創る事は出来るかもしれない……それこそ、命を投げ出すだなんてもったいないと思えるぐらい、一緒にあの人と沢山の思い出を作っていく事も」
「……そんな、こと……私に出来るんでしょうか……?資格があるんでしょうか?私みたいな、罪人にっ……」
「"当たり前だ"。お前が優しい人間で、実際お前に心を救われた一人の俺が言えるのだから、絶対に間違いない。自信を持て。それはきっと、今を生きる俺達にしか出来ない事なんだから……」
「…………っ……れん、ゃ…………ざんっ……」
声にならない嗚咽が、今まで自分に泣く資格はないと堪えてぐちゃぐちゃになっていた想いが、その言葉で堰を切ったように溢れ出し、涙となって瞳からポツポツと流れ出し、地面に吸い込まれるように落ちていく。
両手で顔を抑え、涙を止めようとしても止められず、溢れて溢れて止まってくれない。
蓮夜はそんな調に静かに一歩歩み寄り、その小さな身体を抱き寄せ、背中を優しく摩っていく。
「遅くなって、すまなかった。今までよく頑張った。よく我慢出来たな。……もう、一人で背負う必要なんてない……お前には俺が……俺達が、傍に付いてる」
「っ!ぅ、あ……ぁああああっ……あァァああああああああああああああっっ……!!!!」
蓮夜の背中にしがみつくように両手を回し、その胸に顔を埋めながら、如何にも泣き慣れていない不器用な泣き声で、全ての感情を吐き出すように幼子のように泣き叫ぶ調。
蓮夜はそんな彼女が泣き止むまで無言で抱き締め続けていき、流れる滝の音に混じって、調の号哭が昨夜のように森中に木霊してゆく。
───ただ一つ。あの夜のように罪悪感に心を押し潰されていた哀しみの涙とは違い、その涙には自分の心を優しく包み込み、救ってくれた彼に対する心の底からの"感謝の気持ち"で溢れ返っていたのであった……。