戦姫絶唱シンフォギア×MASKED RIDER 『χ』 ~忘却のクロスオーバー~ 作:風人Ⅱ
―繁華街―
「………………」
それから数十分後。市内ではS.O.N.G.本部のモニターに映っていた監視映像と変わらず、大勢の人々が行き交い賑やかな風景が広がっていた。
そんな中、市内にある一つのベンチの上ではフードを深く被った青年が何をする訳でもなく座り込み、顔を俯かせて無言のまま身動き一つも取らないでいた、その時……
「──あの……仮面ライダーさん、ですよね?」
「……?」
不意に目の前から誰かから声を掛けられ、青年はピクッと僅かに反応を示しながら徐に顔を上げていく。其処には、何処となく緊張した面持ちで青年の前に立つ少女と、その背後には少女と同じ制服姿の三人の少女達……響達の姿があった
「お前達は……」
「どうも……」
「まさか顔を忘れた、なんて言い出さないだろうな?この前の戦場でガッツリ会ってたんだ、忘れたとは言わせねーぞ」
「ちょ、クリス先輩……!もう少し抑え気味に抑え気味に……!」
腰に手を当てて初っ端から高圧的な口振りになるクリスに切歌が慌てて横から宥めに入る。一方で青年は頭上に疑問符を浮かべながら四人の顔を一人一人見回し、響の顔を見て何かを思い出したように僅かに息を拒んだ。
「お前達は……そうか……三日前の戦場にいた……」
「あっ、思い出してくれました?あの時は助けて頂いて、本当にありがとうございました!」
自分達の顔を思い出した青年に、響は快活な笑顔と共に改めて前の戦いの件について感謝の言葉を口にする。
青年もそんな響の顔をジッと見つめた後、周囲を見渡して近くの店の前の天井に取り付けられた監視カメラに目を向けていく。
「成る程……監視カメラの映像で俺の居場所を探り当てたんだな……」
「えっ?そ、そんな事まで分かるんデスかっ?」
「……お前達が、あのノイズとかいう化け物と戦ってた事は以前から知っていたからな……その時の迅速な対応から、恐らくは市内のカメラから街の様子を探ってるんじゃないかと予想はしてた……実際に当たってたのは自分でも驚きだが……」
「あっ!」
(切ちゃん……)
(馬鹿!余計な情報を与えてどうすんだ!)
これでは仮に交渉に失敗してしまった場合、彼の後を追跡するとしても監視カメラで追う事は出来なくなるかもしれない。思わず口を抑える切歌のポカで余計に失敗が出来なくなりクリス達の緊張が増す中、青年はそんな空気も露知らず言葉を紡ぐ。
「それで、此処へは何しに?俺に何か用か……?」
「え、えっと……私達、仮面ライダーさんに会ってもう一度話がしたくて此処まで来たんです。仮面ライダーさん自身の事とか、あのノイズイーターの事とか、色々お話を聞かせて欲しくて……」
「ノイズイーター……ああ、そうか……お前達は奴らの事をそう呼んでるんだな……確かに、アレの醜態はそう呼ぶのが相応しいか……」
「「「「……?」」」」
ノイズイーターの呼称を聞き、何かに納得するように頷く青年の反応に響達は揃って首を傾げ怪訝な反応を浮かべていく。そして青年も暫し思考する素振りを見せた後、不意にベンチから腰を上げて立ち上がった。
「分かった……だが此処だと人も多く、会話を掻き消されるかもしれない……話は場所を移してからにしよう」
「え……あ、あの、話を聞かせてもらえるんですか?」
「……?その為に来たと言っていたのはそっちだろう……?違うのか……?」
「あ、いえっ!違わない事はないですけど……!」
「この間は何も言わずにいなくなったから、てっきり私達の事も警戒して話したがらなかったんじゃないかと思ってたから……」
故に想像よりもすんなり話に応じてくれた事に響達も逆に戸惑ってしまう中、青年は無表情のままそんな四人の顔をジッと見つめると、僅かに俯いて口を開く。
「成る程……気付かない内に誤解を与えてしまってたようだな……すまない……。あの時は"見られている"可能性を考えて、あまりあの場に長居が出来なかったんだ……」
「?見られてるって、誰にだよ?」
「……それも含めて話す……先ずは場所を移そう……」
話はそれからだと、青年は人混みの間をすり抜けて先へと進んでいき、響達も互いに顔を見合わせた後、青年の後を追って走り出していくのだった。
◇◇◇
そして数分後。響達は青年と共に近くに見えた適当なカフェに入り、テラスのテーブルを囲むように席に着いてから軽い自己紹介を済ませた後、注文を聞きに来たウェイトレスに飲み物を注文していく。
「私、カフェラテで!」
「私も同じ物を」
「アタシはモカでお願いするデース!」
「あたしは普通の珈琲でいい。……そっちは?何頼む?」
「……俺は……」
クリスに促され、青年は手元のメニュー欄に目を落とすと、何やら懐をガサガサと漁り出した。そんな青年の様子を見て響達も小首を傾げると、青年は小さく溜め息を吐いて響達に向け首を横に振った。
「俺はいい……お前達だけで頼むといい……」
「え、でも……」
「気にするな。俺はこれだけで十分だ……」
そう言って青年はウェイトレスが運んできた水の入ったコップを手に取って揺らし、注文を受けたウェイトレスが去っていった後に調と切歌はお互いに顔を近づけてコソコソと小声で話す。
(もしかして、あまりお金がなかったのかな……)
(どーデスかね……案外ただのケチんぼだったりするかもデスよ?)
(お前らなぁっ……無駄話してないで今は目の前に集中しろっ!)
((うっ……はい……))
クリスに注意され、若干渋々ながらも定位置に戻る切歌と調。そんな中、響がちびちびと何処か大事そうに水を飲む青年に気になっていた最初の疑問を投げ掛けた。
「あの、それで早速なんですけど、仮面ライダーさんの事って聞かせてもらってもいいですか?名前とか、あの姿の事とか!」
「お、おい……!其処はもうちょい慎重に……!」
「……名前……」
駆け引きとか無しにガンガン質問を投げ掛ける響の飛ばしっぷりにクリスも慌てて抑えようとするが、響からの質問を受けた青年は逡巡するように俯いた後、意を決した様子で徐にフードを脱いでいく。
露わになったその素顔は中性的な顔立ちをしており、細く切れ長な真紫の瞳、フードを脱いだ拍子に揺れる長く黒い髪が特に目を引き付ける。
何処か触れれば散ってしまいそうな儚さを抱かせる青年の素顔を目にした響達も一瞬目を奪われる中、青年は若干たどたどしい口調で口を開いていく。
「名前は……多分、黒月蓮夜……年は18……だったと思う……」
「黒月、蓮夜さん……?でも、多分とか、思うって?」
「…………」
自分の事の筈なのに、何故か自信なさげに自己紹介する青年……"黒月 蓮夜"の口ぶりに疑問を覚える響からの質問に対し、蓮夜は言い難そうに目を逸らした後、一度目を伏せてから響の目を見据えていく。
「持っていた僅かな荷物からそう名乗ってるだけで、実際にそれが本当に俺の名前なのかは分からないんだ……自分自身の事は、何も……」
「自分の事が分からないって……」
「まさか……」
蓮夜の話から何かを悟った調とクリスがハッとなり、それに対して蓮夜も数拍の間を置いてから重々しく頷いた。
「記憶喪失、という奴なのだろうな……自分の名前は疎か、記憶を失う以前の事が何も思い出せない……。だから、俺が何者なのかは俺自身にも良く分からないんだ……すまない……」
自分は記憶喪失で、自分自身が何者なのかも覚えていない。申し訳なさそうに謝る蓮夜からの衝撃的な話に響達も驚きで一瞬固まってしまうが、先に我に返ったクリスが目を細めて蓮夜を睨み付けていく。
「記憶喪失って、そんな話をいきなり信じろってのか?単にそっちが話したくない事を隠したいが為に、都合の良い事を言って誤魔化そうってんじゃないだろうな?」
「ちょ、クリスちゃん……!そんな言い方しなくても──!」
「良いからお前は黙ってろ……!コイツの話が信頼出来るかどうかはあたし等の判断に掛かってんだ。一度助けられたからって、無条件で何でもかんでも鵜呑みにする訳にはいかねぇんだよっ」
現に響は既に蓮夜を半分味方だと踏んでるし、切歌と調にその判断を任せるにはまだ歳若いし、荷が重過ぎる。
故にこの場では自分のみが彼が信頼に足る相手か見極めなければならないと、クリスが蓮夜を見つめる目を更に鋭くさせる中、蓮夜は僅かに俯き、自分の手を見下ろしていく。
「そうだな……自分でも突拍子のない話だとは思うが、言葉で伝える以外に信じてもらえる方法がない……だから、最終的な判断はそちらに任せる……俺の話が信用に足らなければ、このまま去ってもらっても構わない……」
「…………」
他に信じてもらう方法がない以上、嘘か真かの判断を委ねる事ぐらいしか誠意を見せられないと目を見つめ返してくる蓮夜に対し、クリスも暫しジッと蓮夜の目を見つめると、やがて溜め息と共にテーブルに頬杖を突いて目を逸らした。
「まあいい……そっちがその気なら、取り敢えず話を聞いてからでも遅くはないだろうしな……」
「……俺の話を信じてくれるのか?」
「一先ずは、だ。別にそっちの話を鵜呑みにした訳じゃねえから、勘違いするな」
「ク、クリスちゃん!もう……蓮夜さんもすみませんっ、クリスちゃんも悪気がある訳じゃなくて……!」
「いや、分かってる……寧ろ正体不明の相手が素性を明かせない以上、警戒を覚えるのも無理はないだろうからな……」
だからクリスの反応も当然だと語る蓮夜に、クリスも目を細めてそれ以上の追求はせず口を閉ざす。そんな若干ピリ付く空気の中、調が控え目な挙手と共に蓮夜に問い掛ける。
「あの、さっきの……記憶がないって話でしたけど、一体何時からそんな事に?」
「何時から……そうだな……覚えている限りだと、数週間ほど前になるか……見知らぬ路地の裏に何故かボロボロの格好で倒れていて、目覚めた時には何故か自分の事も、それ以前の記憶の事も思い出せなくなっていた……」
「数週間前……」
(都市伝説や噂が流れ始めた時期とは、一応は合致するな……)
となると、やはり彼が件の噂の仮面ライダーである事は間違いなさそうだが、そもそも何故記憶喪失の蓮夜がそんな力を持っていてノイズイーター達と戦っているのか。
そんな四人のその疑問を察したのか、蓮夜は懐の内ポケットから一枚のカード……仮面ライダーの絵が描かれたカードをテーブルの上に置いていく。
「手元に残っていたのは僅かな荷物と、このカードと腰に巻いていたベルトだけだった……最初は俺自身も、記憶を失った事や自分が何者なのかも分からず混乱していたが、奴らを止めなければいけないという事だけは分かって、これまでもあの姿になって戦い続けていた……そして奴らと戦い続けていく中で、少しずつではあるがこの力の事や、奴らの事を思い出せるようになっていった……」
「思い出せ……じゃあ、やっぱり蓮夜さんはノイズイーターの事を知ってるんですね?」
僅かに身を乗り出す響からの問いに、蓮夜も小さく頷くと共にテーブルの上のカードに目を落としていく。
「俺が変身していたあの姿は、『クロス』……そしてお前達がノイズイーターと呼ぶあの怪物の名は、『イレイザー』……物語から追放された、存在を許されざる者が変わり果てた姿だ……」
「クロス……イレイザー……」
「そのクロスってのは、一体何なんだよ?あたし等のシンフォギア……とは違うんだろ?」
蓮夜の口から告げられた仮面ライダーとノイズイーターの本当の名前……『クロス』と『イレイザー』の名を聞いて響達の表情が真剣味を帯びる中、クリスがクロスについての説明を求めると、蓮夜は懐から変身に使っていたベルトを取り出していく。
「俺もまだ、其処まで詳しい事は思い出せてない……ただこのベルトとカードを使えば超人的な力を得られる事や、これが奴らに対抗出来る唯一の力である事……そして、俺がこの世界の人間ではないという事だけは思い出せた……」
「この世界の、人間じゃない?」
「……もしかして……貴方は並行世界の……?」
意味深な蓮夜の言葉に響が訝しげに小首を傾げると、調はふと先程の本部での弦十郎達との会話を思い出し、目の前にいる蓮夜が並行世界の存在なのではないかと察して問い掛ける。
それに対し蓮夜も数拍の間を置いた後、肯定の意味を込め頷き返し、響達は目を開いて息を呑んだ。
「記憶を失ってから暫くの間ずっと、何処か周囲との差異、違和感のような感覚が拭えなかった……そう感じる理由も分からないまま何故か奴らの気配を感じ取る事が出来て、戦わなければならないという衝動のままに変身して戦い、モヤが掛かっていた記憶が少しずつ蘇って、分かった……俺は元々奴らを追い掛けてこの世界に訪れ、そして何者かに襲われて記憶を失った……恐らく、イレイザー達の手によって……」
「イレイザーって……さっき言ってた奴の事か」
「物語から追放とか、存在を許されざる者って言ってたデスよね……あれってどういう意味デスか?」
蓮夜が記憶を失った原因……それがさっき彼も言っていたイレイザーと呼ばれる怪物にあるかもしれないと話す彼に、切歌は先程蓮夜が口にしてた『物語から追放された』、『存在を許されざる者』というワードが気になって更に追求すると、蓮夜は水を口に含んで口内の渇きを潤してから話を続ける。
「言葉通りの意味だ……あらゆる世界、物語から何かしらの理由で存在を許されなくなった者の成れの果て……奴らは元々、その世界を生きるただの人間と変わりはなかった……だが、世界のあるべき流れやルールから逸脱し、物語を歪める危険性を持ったが為に追放者の烙印を押され、醜い異形の存在となって故郷である物語を追われた存在……それが奴らの正体だ」
「?ええっと、つまり……?」
「まさか……奴らの正体は、元は人間だってのか?!」
「え?!」
いきなり話が難解になり響や切歌が置いてけぼりを食らう中、蓮夜の話を聞いて信じられない様子で声を荒らげるクリスの言葉に驚愕を浮かべると、蓮夜は瞼を伏せて小さく頷き返した。
「でも、世界から追放って、誰がそんな事を……」
「誰か、なんて明確な存在はいない……いや、強いて言えば、"世界"そのものがそう決めたと言うべきか……」
「その辺りの説明が難しいな……」と小声で漏らすと、蓮夜は頭の中でどうやって話を纏めるか思考しつつ、説明を続けていく。
「さっきも説明したように、世界には、本来そうあるべき流れというものが存在する……この世界で言えばお前達、『シンフォギアを纏う装者達が世界を脅かす様々な敵やノイズと戦い、コレを倒し、平穏を守る』……それがさっきも言った、『物語』……この世界の本来あるべき流れ、歴史の姿だ……しかし……」
カランッと、蓮夜の飲む水の中の氷が音を立てる。その音に響達も一瞬釣られコップに目を向けると、蓮夜もジッとコップを見つめて話を続けていく。
「その主軸となる流れを、直接的にしろ間接的にしろ歪める。或いは致命的な支障を来たすと判断された者は、この世界にとって"不必要な存在"とされ、ある日前触れもなく物語から追放されてしまう……その瞬間から、自分が生まれ育った世界や人々は仮初の現実と人間……"フィクション"と"キャラクター"とされ、戻る事は許されなくなる……それがイレイザーと呼ばれる者達の末路だ」
「そんな……」
「あ、あんまりデスよそんなのっ!世界の都合で問答無用で追放とか、理不尽にも程があるデスっ!」
その話が本当だとすれば、イレイザーもまた世界の都合で居場所を追われた被害者という事になる。
これまで戦ってきた数々の敵やノイズと戦う自分達の障害になり兼ねないから問答無用で世界から追放される。そんなあまりにも理にかなわない話に調や切歌、響も納得がいかない様子でイレイザー側に肩入れしてしまう中、クリスは腕を組んで冷静に聞き返した。
「けど、だったら何で世界から追放された筈のノイズイーター……イレイザーがまたこっち側に戻って来てるんだよ?」
「あ、確かに……それは、どうして?」
「……物語から追放されたとしても、戻って来られる方法が決してない訳じゃない……追放された先の外にも、彼らにとって新たな"現実"となる世界が存在し、其処で堅実に生きて烙印された罪を償えば、イレイザーから元の人間に戻り、故郷である自分達の世界に帰る事が赦される……だが、中には烙印された罪を謂れのないモノだと受け入れられない者、手にした力を悪用しようと画作して、強引に物語の中に戻って来る者もいる……」
説明の最中、響達が注文した飲み物を運んでウェイトレスがやって来る。
しかし蓮夜の話に集中し切っていた為に軽い会釈の応対しか出来ず、飲み物がテーブルの上に並び終わったのを見計らい、蓮夜は話の続きを語っていく。
「しかし、強引に物語の中に戻ってこれたとしても、それで話が済む訳じゃない。不正な方法で戻ってきた事が世界に……物語にバレれば、再び追放され、今度こそ二度と戻って来られなくなるか……最悪、その存在をその場で消される事もある……だからそうならないように、奴らは身を隠しながら少しずつ物語を自分の都合の良いように書き換えていき、最終的に自分達の存在が許される世界に作り替える……それが奴らの能力、『改竄』の力だ」
「……改竄?」
新たに出てきたワードに、四人の頭上に疑問符が並ぶ。
「改竄とは、その世界の"本来の歴史の流れ"では決して起こり得ない事象を人為的に引き起こし、物語を歪める力……例えるのなら、既に存在する元々の本に後から勝手に文字を書き加え、気に入らない話を自分好みに変えるというルール違反みたいなものだ……本の本来の主人公が、全く別のキャラクターに変わっていたり、そんな主人公と結ばれるヒロインが違う、物語の内容が変わって登場人物が次々に命を落とすなど……そうやって徐々に世界の歴史、物語を書き換えていき、やがては物語そのものを乗っ取る事こそが、奴らの主な目的だ……」
「んな、馬鹿なっ……」
「それってつまり、歴史改変?まるでサイエンス・フィクションみたい……」
「え、えーっと……?」
「うう……何か話が滅茶苦茶過ぎて、頭がオーバーヒートしそうデスよぅ……」
イレイザーの恐ろしい力。その驚異的な能力にクリスと調も目を見開いて驚愕を禁じ得ない一方で、響と切歌もスケールの大きい内容に理解が追い付かず頭から湯気を立ち上らせてしまっている。
すると蓮夜もそんな二人の反応を見て説明が適切でなかったかと思考し、もっと分かりやすく説明する為に話を噛み砕こうと試みる。
「例えば、この前のノイズの出現が最も分かりやすい例かもしれないな……アレはこの世界で起きた以前の事件で封じられ、本来なら二度と現れない筈だったらしいからな……」
「!お前……あたし等の今までの戦いの事まで知ってんのか……?」
「簡単な情報だけで、実際に何が起きたのかまではこの目で直接見た訳じゃない……僅かな荷物の中に、この世界で起きた今までの事件の年表らしきモノが書かれたノートが入っていた……恐らく、記憶を失う前の俺はこの世界で起きた今までの出来事や事件について色々と調べていたんだと思う……どうやってそんな情報を調べたのかまでは、今の俺には分からないがな……」
そう言って後ろ腰から蓮夜が取り出したのは、ボロボロに薄汚れた一冊のノート。
それを響に差し出して中身を見せると、ノートには響達がこれまで関わってきた戦い……ルナアタックやフロンティア事変、魔法少女事変、更にはつい先日終息したばかりのパヴァリア光明結社の事まで載っている。
事件の細かい部分まではどうやら載っていないようだが、如何にして事件が始まり、終息したか、組織の人間である自分達にはしか分からない情報が簡潔に書かれているそのノートを見て響達は驚き、クリスはこんなノートを持つ蓮夜に更に疑心を深める中、蓮夜は気を取り直して話を続ける。
「話を戻そう……さっきも説明したように、物語のルールに縛られないイレイザー達からすれば、ノイズを呼び出す正規の方法である扉を開く為に必要な"鍵"とやらもいらず、閉じられた次元の向こうから再びノイズ達を呼び出せる……改竄の力を行使すれば、奴らにとってそれも造作もないという事だ……」
「改竄の力でノイズを呼び出す……つまりそれが、前回のノイズ発生の真相……」
「そ、そんなのインチキ過ぎデスよ!チートじゃないデスか!チートッ!」
ソロモンの杖も必要がなく、イレイザーは己自身の改竄の力のみでバビロニアの宝物庫を自在に開く事が出来る。
そんなあまりにもな出鱈目さに切歌が思わず異を唱えると、蓮夜も目を伏せて両手の指を絡めるように組んでいく。
「だが、奴らの力も其処まで使い勝手が良い訳じゃない……あまりにも分かりやすい、或いは大規模な改竄は世界に探知されやすくなる……そうなれば奴らも為す術もなく追放されるしかない為、あまり無茶はして来ないとは思うが、中にはそれも承知の上で力を行使する者……もしくは、世界を御する程の強大な力を持ったイレイザーもいる……恐らく、先日の事件でノイズを出現させたのはそういった連中の仕業だろうな……」
「何だそりゃ、追放すら跳ね除ける奴もいるって事かよっ……!ますますインチキ度が増してんじゃねーかっ!んなのに出張られたら、どんだけの被害がっ……!」
「いや、単純にこの世界を乗っ取るだけのつもりなら、もっと早く進行が進んでる筈だ……なのにそうしないという事は、他に何か別の目的……多分、仲間を集めてるんじゃないかと思う……」
「な、仲間集め、デスか?」
「……そういえば確か、この間のイレイザーと戦っていた時に、貴方は『この世界の中で作られた個体』って言ってたけど……」
三日前の戦場で、蓮夜がイレイザーに対して告げたあの時の言葉を思い出して調がそう問い掛けると、蓮夜は小さく頷いて答える。
「お前達がノイズイーターと呼んでいる連中は、恐らく他の世界から来たイレイザー達がこの世界の人間を元に人為的に生み出した、人工型のイレイザー……ようするに養殖された個体なんだろう……そして生まれたばかりの連中にノイズを喰らわせ、手っ取り早く力を付けさせようとしてる……あの赤い眼も、きっとその影響によるものなんだろうな……」
「ノイズを食らうイレイザー……それがノイズイーターの正体……」
「けど、仲間なんか集めてどうするつもりなんだよ?改竄なんて力を持ってるんなら、誰にも気付かれないように裏でコソコソ隠れながらちょっとずつ世界を書き換えてくってだけで十分だろうに、なんでわざわざ……」
クリスの言う通り、仲間を作って数を増やせばその分目撃される危険性も増える。
それなら寧ろ数が少ない方が逆に動き回りやすいのではないか?と疑問を口にする彼女に対し、蓮夜は水を含んで話を続ける。
「真っ先に考え付く理由としては、恐らく自分達の改竄の力をより強固なモノにする為じゃないかと思う……少ない人数なら確かに発見され難いが、その分、物語を完全に乗っ取るまでにそれなりに時間も掛かる……逆にイレイザーの数が多ければ、一斉に力を行使して一度の改竄のみで物語を乗っ取る事が出来るからな……最もこれもあくまで俺の予想でしかない為、奴らの本当の目的は未だ検討が付かないのだが……」
どっちにしろ、前回の事件でノイズを呼び出したイレイザーがこの街の何処かで今なおノイズイーターを作り出しているのは先ず間違いない。
そう言い切る蓮夜の言葉に一同も口を結んで無言になる中、響がスカートの裾をキュッと握り締めて口を開いた。
「……正直、私はイレイザーの事とか、改竄の力とか、何となくでしか理解出来てない部分が多いですけど……でも、イレイザーが放っておくには危険な存在だって事は分かりました。なら、蓮夜さんと私達が手を取り合って協力すれば、イレイザーを倒す事も、被害を事前に防ぐ事だって……!」
これまでの説明で、イレイザーの危険性やその力の脅威は理解出来た。しかし、それも自分達が力を合わせれば何とかなる筈だと、改めて蓮夜に協力を持ち掛けようとする響。
だが、蓮夜はそれに対し何処か複雑げな表情を浮かべた後、再び無表情となって響の目を見つめ返す。
「すまないが、お前達と一緒にイレイザーと戦う事は出来ない……」
「え……ど、どうしてですか?」
「……さっきも説明したように、イレイザーは既に世界のルールから逸脱した存在だ……本の中の登場人物が、本の外の読み手を傷付けられないように、物語のルールの中を生きるお前達が物語の外に追放されたイレイザーを傷付け、滅ぼす事は出来ない……現にお前達も、既にそれを先の戦いで実感している筈だ……」
「……あ……」
蓮夜に言われ、響達は三日前の戦闘でイレイザーに傷一つ付けられず、攻撃の手応えも得られなかった事を思い出し、そんな四人の反応を見て蓮夜もテーブルの上に置かれたクロスのカードに目を向けていく。
「俺はこのカードとベルトのおかげか、イレイザーによる改竄の影響を受けず、奴らを倒す事は出来る……しかし、この世界の人間であるお前達はそうはいかない……奴らがお前達を明確な敵と認識して改竄の力を用いれば、自分でも気付かない内に記憶や人生も操作され、全くの別の人間にされるか、或いは存在そのものがなかった事にされるか……何れにせよ、そんな危険の伴う戦いにお前達を関わらせる訳にはいかない……」
「で、でも、蓮夜さんはイレイザーについて詳しいんですよね?だったら、その対策も何か……!」
イレイザーに詳しい蓮夜なら奴らと戦える術も、改竄を防ぐ術も知っているかもしれないと考え、その方法を教えて貰えないか頼もうとする響だが、蓮夜は無言のまま首を横に振っていく。
「奴らの改竄を未然に防ぐ術はない……いや、記憶を失う前の俺ならその方法を知っていたかもしれないが、残念ながら今の俺にはそれも知る由もない……だから今の俺に出来るのは、このまま奴らを倒しながらイレイザーを作り出している黒幕を追う事と、これ以上お前達が事件に足を踏み入れないように警告する事だけ……それを伝える為に、こうしてお前達と話そうと思ってたんだ……」
「……そんな……」
蓮夜が自分達の話に応えてくれた真意を聞かされ、響は肩を落として落ち込んでしまい、クリスも両腕を組みながら目を細めて蓮夜を睨み付ける。
「ようするに、あたし等は足を引っ張るだけだから余計な首を突っ込むな……そう言いたいのかよ?」
「……お前達はこの世界を守る守護者……つまりこの物語にとって重要な要となる存在だ……そんなお前達の身に何かあれば、この世界は一瞬で奴らの手に落ちる事になる……それを避ける為にも、お前達を奴らに近付けない事が一番安全で、一番ベストな方法なんだ……」
「っ……ふざけんな!人様の世界が他所から来た連中に好き勝手に荒らされてるってのに、それをただ黙って指を咥えて見てろってのか?!」
「お前達が下手に手を出しても、この前の戦いのように返り討ちに遭うのは目に見えている。そうなっては奴らの目論見通りになるだけだ。……はっきり言えば、お前達に出来る事は何もない」
「!てめぇっ……!!」
「クリス先輩、落ち着いて……!」
ハッキリと、実質戦力外通告をされたも同然の言葉を無愛想に突き付ける蓮夜の物言いにクリスも憤って身を乗り出し、周囲の奇異の視線を集める彼女を落ち着かせようと調達が宥める。
蓮夜もそんなクリスの怒りを受け止めて何も言わず、ただ何処か、自分でも今の言い分に後悔を滲ませるように目を伏せた後、再び無表情に戻って続きを語っていく。
「勿論、理由はそれだけじゃない……先日のあのノイズの異常発生も、それに引き寄せられたイレイザーを餌に俺を誘き出す為の黒幕側が仕込んだ囮……恐らく、俺が生きている事を確かめる為のものだ……あの時お前達が言っていたジャミングが黒幕の手によるモノなら、俺が生きている事は向こうにもきっと既に知れ渡ってる……となれば、俺を消す為に様々な刺客が今後送り込まれて来るかもしれない……その危険性も考慮して、俺達は一緒にいるべきじゃない……」
「ッ……でも、それなら尚更……!」
「それに其処の少女が言っていたように、俺も奴らもこの世界にとって部外者……本来在ってはならない異物だ……何も思い出せず、分からない状況下で互いに無遠慮に接触し続ければ、お前達にどんな影響を及ぼすかも分からない……それを避ける為にも、俺達は必要以上に干渉し合うべきじゃない……」
決して彼女達を蔑ろにしてる訳じゃない。しかし彼女達がこの物語にとって重要な役目を補う存在である以上、イレイザーへの対策も無しにこれ以上この件に関わらせる訳にはいかない。
そもそもこれは他所の世界から来た部外者である自分達の問題だ。これ以上は関係ない彼女達を巻き込む訳にはいかないと、水を飲み終えた蓮夜は店の近くの時計台の時間を確認し、徐に椅子から立ち上がっていく。
「表立った協力は出来ないが、イレイザーについての情報はそちらが求めれば提供するつもりだ……だが、何があっても奴らと戦おうとはしないでくれ……他に方法がない以上、奴らの始末は俺が必ず片をつける……これ以上、この世界の人間やお前達にも迷惑を掛けないように努力すると、約束する……」
「蓮夜さん……」
「……大して力になれず、すまない……だが、話す事が出来て良かった……それから、そのノートはお前達に譲る……処分するなり、好きに扱ってくれ……それじゃ……」
何処か申し訳なさそうに響達に謝罪すると共に別れを告げ、蓮夜はフードを被り直しながらその場を後にし人混みの中へと消えていく。
それを見て響も一瞬蓮夜を呼び止めようとして手を伸ばすが、引き止めてから何と言えば良いか分からず躊躇してしまい、結局遠ざかるその背中を黙って見送る事しか出来なかったのだった。