戦姫絶唱シンフォギア×MASKED RIDER 『χ』 ~忘却のクロスオーバー~ 作:風人Ⅱ
────暗く、深く。
一筋の光すら差さない闇が、何処までも広く続いている。
前後左右、上下も不確かで
自分が今、一体何処に居るのか……
……いや、それ以前に、今の自分がどのような状態なのかさえ、分からない。
何も視えず 分からず 指先一つ動かせない
もしかすると、このまま自分という存在が消えてなくなってしまうのではないか。
何も理解出来ない仄かな恐怖心から、そんな不安をも覚える意識すらも徐々に薄れていき、手離し掛けた、その時……
───ゃ…………れ……や……
────なにか、暗闇の中で、聞き馴染みのある声が聴こえたような……
───れんや……蓮夜!ほらっ、いい加減起きないと遅刻するよ?!
────え…………
───ヴィ、ヴ■■ィオさん……流石に其処まで乱暴に身体を揺さぶる必要は……
───もう、ア■■ハル■さんは甘過ぎですよ!これぐらいしないと全然反省しないんですから、蓮夜は!
────だれ…………いや…………
───ほーら……!リ■やコロ■も外で待ってくれてるんだから!早くしないとホントに置いてくからね!?
───待て……
待って、くれ……
おまえ、は───
◆◇◇
「───ま、っ……て…………ぁ…………?」
───徐々に視界に光が差し、ボヤけた景色がクリアになっていく。
何かを求めるようにいつの間にか伸ばされた白い包帯が巻かれた片手は、見覚えのある天井に向かって掌を翳すように伸びている。
遅れて、聴覚に届く心電図の規則正しい電子音の音。
次いで思わず眉間に皺を寄せてしまうほどの鈍い痛みに全身を襲われ、其処で漸く、黒月蓮夜は自身がまだ生きている事を実感出来た。
「ここ、は……っ……病室、なのか……?」
首を僅かに動かすだけでも、全身にまるで電流が走ったかのような痛みが走り、苦痛で顔を歪めてしまう。
それに今しがた気付いたが、視えているのは左目の視界のみで、右目側は何かに覆われているのか何も視えない。
恐る恐る手を伸ばして右目に触れてみれば、どうやら頭から右目に掛けて包帯がキツく結ばれているようだ。正直、まだ目覚めたばかりで視界が不明瞭なのも相まって、不便に感じる。
それでも状況把握の為、何とか動かせる範囲で首を動かし見える範囲で辺りを見渡すと、どうやら此処は前にも自分が足を折った際に世話になったS.O.N.G.の医務室内のようで、自分は今ベッドの上に横たわって寝かされているらしい。
(……戦場にいたかと思えば、いつの間にか医務室に運ばれて……クレンとの決着を着けてから先の記憶がないという事は、あの後、限界が来て倒れたのか……?)
だとしたら、あれから自分はどれ程の間気を失っていたのだろうか。
どうにかソレを確かめる術はないかと、痛む身体に鞭を打ちグググッ……と上半身を起こしたところで、蓮夜はベッドの右側から俯せに倒れるようにベッドの上に上半身を預けて眠る、少女の姿を見付けた。
「……調……?」
「……すぅ……すぅ……」
整った呼吸音と共に肩を僅かに上下に揺らしながら眠るのは、頬にガーゼを貼り付け、袖の隙間から手首に巻き付けた白い包帯が見える調だった。
一瞬、何故彼女が此処に?と目を見張るが、すぐにそんな疑問を抱くのは愚問だと己を戒めた。
(要らぬ心配、させてしまってたんだな……きっと俺が目覚めるのを、ずっと傍で見守っていてくれて……)
その優しさに申し訳なさを、けれども同時に微かな嬉しさを混じえて思わずソッと調の頭の上に手を置く。
その感触に意識を刺激されたのか、調は「ん、ぅ……?」と微かに目を開け、徐に顔だけ上げてボンヤリと蓮夜の顔を見上げていく。
「……れんや、さん……?」
「ウン。蓮夜サンだ。おはよう」
「おはようございま───ッ!蓮夜さん……?!目を覚ましたんですか!身体、何処か痛む所は……!?」
言葉を交わす内に次第に意識がハッキリとしていき、ガバッ!と勢いよく上体を起こした調はベッドに身を乗り出し蓮夜に詰め寄る。
そのいつもの物静かな彼女らしからぬ勢いに若干圧されつつも、蓮夜は戸惑い気味に何度も小さく頷き返す。
「ぁ、ああ……動くと多少痛みはするが、大して問題は……」
「……本当に……?私を心配させたくないから、強がりを言ってる訳じゃないですよね……?」
「も、勿論だ……。前にも話した通り、ベルトやカードの恩恵のおかげか頑丈さには自信があるからな……問題ないとも」
だから心配しなくてもいいと、「むんっ」と両腕を真横にガッツポーズを取って平気な素振りを見せる蓮夜。
……ホントは今の動作の際、「ビキィッ!」と身体の何処かから嫌な音がしてすんごい激痛が走ったのだが、其処はいつもの無表情を保ち、何事もないように頑張って見せる。
調はそんな蓮夜の顔を「じーーっ……」とあからさまに怪しむように訝しげな眼差しを暫し向けていたが、やがて観念したか、或いは何かを察して追求を止めてくれたのか、小さく溜め息を吐きながら身を引いてパイプ椅子に腰を下ろした。
「分かりました……なら、今は信じます。けど、もし何か異変を感じたらすぐ教えてくださいね?私、蓮夜さんが傷付く姿なんて、もう見たくありませんから……」
「ああ、分かってる。約束する」
「……はい。お願いします……」
調が納得してくれた事に内心ホッと安堵しつつ、改めて今の状況を確認する為、今度は自分が気を失ってからの事を訊ねる。
すると、調が言うには自分は戦場で倒れた後、そのままS.O.N.G.に運ばれたらしく、その後医療班によって治療を施され、丸一日も眠っていたらしい。
説明を聞き終えて「そんなに……」と、自分が想像していたよりも長い時間昏睡してた事に驚き、その分、調達にどれだけ心配を掛けてしまったのかと改めて反省する蓮夜だが、そう言えばと同時に思い出す。
あの時、戦場で戦った相手であるクレンはどうなったのか。
あのあと無事に奴を撃退する事が出来たのか今一度質問する蓮夜の疑問に対し、調は眉間に皺を寄せた顔を伏せ、何処か口惜しそうな声音で答える。
「あのイレイザーは……クレンは倒す事は出来ませんでした……。蓮夜さんが気を失った後もまだ生きてて……その後、私達も知らないギアを纏った黒い装者が現れて、そのままクレンを連れ去って……」
「……黒い、装者……?」
どういう事なんだ?と聞き返し掛けて、ふと思い出す。
そう言えば、戦場でキマイライレイザーとの戦闘中に本部と通信を繋いでいた際、響達が謎の装者の妨害を受けてるという報せを聞かされた。
もしやそいつが……?と、口元を手で覆いながら熟考する蓮夜に、調は顔を俯かせたまま謝罪するように更に深く頭を下げた。
「ごめんなさい、蓮夜さん……。あれだけ苦労して漸く倒せたのに、みすみす目の前で見逃して……私が不甲斐ないばかりに……」
と、悔やみの言葉を口にする調に思考を止めて視線を戻し、蓮夜は首を横に振った。
「お前が謝るような事なんてない。寧ろ、深手を負って倒れてしまった俺の事を、本部にまで運んで助けてくれたんだろう?お前にも、響達にも……感謝こそすれど、責める理由なんてある筈がない」
「蓮夜さん……」
「それに、あいつの事も、今は一旦忘れよう。確かにあいつは憎むべき敵かもしれないが、今はそれ以上に、優先すべき事があるだろう?」
「え……あ……」
不器用ながらも優しく微笑み掛ける蓮夜のその言葉で、調は脳裏にあの人を……自分に優しげな笑顔を向けてくれた宮司の姿を思い出す。
キマイライレイザーが倒された今、奴に掛けられていた宮司の記憶に関する改竄も解けた筈だ。しかし……
「俺が眠っている間、あの人には……?」
「……まだ、会えていません……私は先の事件の罰から謹慎処分を受けてて、本部に軟禁状態で動けないから、司令が一応、代わりに神社に人を寄越して様子を確かめに行ってくれたみたいですけど……実際に話してみた感じ、『普段と変わりない』と、それだけしか……」
「…………そうか…………」
キマイライレイザーの改竄の力は、並のイレイザーよりも更に強大だとクレンは言っていた。
例えあの化け物を倒せたとしても、今までのイレイザーの様に改竄を受けていた間の記憶は消えてなくならず、残り続けるとも。
何より宮司の場合、娘夫婦と愛する孫娘を事故で亡くした当時の記憶を改竄の力により鮮明に蘇らされた。
その亡くした孫娘の枠に押し込められた調という存在が、嘘偽りであったと知った今の彼の心境は、果たして如何なものなのか。
調自身もそれが気がかりでならず、同時にあの人が臆面には出さないだけで、内心では今も絶望に苛まれて苦しんでいるのではないかと、そう考えるだけで単純に恐ろしく……
「……大丈夫だ、調」
「……え?」
不意に、蓮夜が白い包帯で巻かれた手で調の手を取り、優しく包み込むように握ってきた。
突然の行動に驚く調だが、蓮夜は気にせず言葉を続ける。
「俺が動けるようになって、風鳴司令に何とか頭を下げて外出許可を貰ったら、切歌と俺と、三人であの人に会いに行こう。独りでは怖くても、三人でならきっと乗り越えられる。そうだろ?」
「……蓮夜さん……」
まるで、何もかも見透かしているような、不思議な力強さを感じる眼差し。
それは何処までも真っ直ぐで迷いがなく、何時だって自分の背中を押してくれる頼もしい光。
その瞳に見つめられて、調の心は不思議と安らぎを覚えていた。
(……ああ、やっぱりこの人は凄い……。私の心の不安とか悩みなんか、全部吹き飛ばしちゃうくらいに、温かい……)
蓮夜の手から伝わる温もりを感じながら目を細める調。そんな彼女の柔らかな表情に安堵し、蓮夜は優しく手を離すが……
「ぁ…………」
蓮夜の手がするりと抜けた瞬間、調の切なそうな声が口をついて漏れ出た。
「?どうかしたか?」
「……え?あ、いえ…………??」
名残惜しそうに中途半端に伸ばされた調の手。蓮夜も、当の本人である調も「?」と不思議そうにその手を見て、互いに顔を見合わせて小首を傾げてしまう。そんな中、
―バァンッ!!!!―
突如として鳴り響く轟音と共に部屋の扉が勢いよく開かれ、そこから現れた人物を見て二人は驚きのあまり目を見開く。
そこには、息を荒げて額に汗を流した切歌の姿があり、二人の姿を視界に収めると、安堵したように小さく笑みを見せた。
「れ、蓮夜さん……目が覚めたデスね……!良かったデス……ほんっとに無事でっ……!」
「き、切ちゃん!?どうしてここに?学校は……?」
突然の来訪者に戸惑う調に対し、「体調不良を理由に早退してきたデス!」と軽く答えてから切歌は蓮夜の方へ歩み寄ると、その手を取って握り締めた。
「蓮夜さんがどうしても心配で、居ても立っても居られず学校サボって来ちゃったんデス。本当はアタシも休んで傍に付いていたかったんデスけど、「お前まで学業を疎かにしてたら不器男が目を覚ました時に罪悪感でいたたまれなくなるだろ!」ってクリス先輩に止められて……」
「……そうだったのか……ありがとう、心配してくれて……それに、すまない……大事な学業を疎かにして、学校を抜け出してまで駆け付けてくれて……」
「いいんデスそんなの……でも、蓮夜さん……もう、無茶しないで下さいよぉ……?本当に、ホントに心配したんデスからっ……」
「……ああ、分かった……約束する。絶対に、もうあんな真似はしないと……」
「……はい」
互いに視線を合わせ、優しい声で語り合う蓮夜と切歌。
その様子を眺める調は二人の会話を聞きつつ、少しだけ頬を膨らませて不満げな顔を見せる。
(むぅ……何だか私、空気になってるような……?)
いや、まぁ、別に嫉妬している訳ではないが……。
ただ、蓮夜の身を案じた自分が先に彼と一緒にいたというのに、自分は蚊帳の外にいるようで少々寂しかったのだ。
それだけ。ホントにそれだけだ。他意なんてない。はず。
しかし、その感情を素直に伝える勇気はない為、二人に気付かれないようにそっぽを向いて拗ねるしかないのだが……
「……あー、ところで調、ちょっといいデスかね?」
「……え?……うん……」
そんな調に、苦笑い気味に声を掛けてくる切歌。
一体どうしたのだろうと首を傾げる調だったが、切歌は何故か蓮夜の隣から調の隣へと移動し、何処となく緊張した様子で口を開いた。
「あのデスね……その……」
何かを言い淀んでいるかのように言葉が途切れる。
言いたい事はあるけれど、それを上手く表現できない。
そんな風に見えた切歌の様子に調は何となく察すると、微笑みながら彼女の手を握って優しく言葉を掛けた。
「大丈夫だよ……ゆっくりでいいから、話してみて?」
「う、うん……すー、はーー……」
調の言葉を受け、深呼吸をして気持ちを落ち着ける切歌。
そして意を決したように息を大きく吸い込み、遂にその一言を口に出した。
「調───おかえりなさい、デス……」
「…………え?」
照れ臭そうにはにかみながらも、精一杯の想いを込めて告げられた言葉を聞いて調は一瞬キョトンとするが、切歌は構わずに続けていく。
「戦いの最中も、終わってからも暫くゴタゴタが続いてて、中々言えずにずっとモヤモヤしながら待ってたんデスよ……調の帰りを、調におかえりって言う為に……」
「切ちゃん……」
「だから、その……調さえ良ければ、また一緒に暮らして欲しいデス……調と一緒じゃない生活なんて、アタシ、耐えられないんデスよ……!」
そう言って、涙を浮かべながら調に抱き着く切歌。
突然の事に驚くものの、調は優しく切歌を抱き締め返すと、耳元で囁くように言葉を返した。
「……うん、ただいま……ごめんなさい……それから、ありがとう……私の帰りを、信じて待っていてくれて……」
「調っ……」
「ふふ、やっぱり切ちゃんの匂いが一番安心するな……何だか懐かしい気分になる……」
「ば、馬鹿にしないで欲しいデスね!これでも、結構気にしているんデスよ……!」
「ううん、バカになんかしてないよ……だって、私は切ちゃんの事が大好きなんだもん」
「……へ?し、しらべぇ〜っ!!」
「きゃあっ!?き、きりちゃん、苦しい……!」
感極まったのか、更に強くを抱きしめる切歌。
その勢いでベッドに押し倒されてしまいそうになるが、「こらこら、一応重症人がいるのだから怪我人を困らせるような事をするんじゃないぞお前達」と呆れた表情で蓮夜が注意する事で何とか事なきを得る。
それから何とか切歌を押し退けた調は改めて蓮夜の方へ向き直り、頭を下げて感謝の意を示した。
「蓮夜さんも、改めて、この度は助けて頂いて本当にありがとうございました。貴方のおかげで、私はこうして無事に帰ってこれました。お礼を言うのが遅くなってしまったけど……本当に、ありがとうございます」
心からの感謝の言葉。
調にとって蓮夜は迷っていた自分の心を救ってくれただけでなく、切歌や響達、大切な人達との繋がりを取り戻せる未来を示してくれた恩人だ。
だからこそ、その感謝を伝えたかった。
しかし、蓮夜は調の言葉に対して小さく首を振ると、優しい声音で語りかけるように言葉を紡ぐ。
「俺の方こそ、感謝してる。調が自分自身の意志で"選択"を選んで、戻って来てくれて、本当に嬉しい……こうして、お前と切歌がまた一緒に笑い合えて、幸せでいてくれるだけで、それだけで充分だ。だからそんなに畏まらないで、もっと気楽に接してほしい。調達が無事なら、俺はそれでいいんだ」
「……蓮夜さん……」
まるで親のように慈愛に満ちた眼差しを向ける蓮夜に、調は思わずドキリとしてしまう。
頭から右目に掛けて包帯を巻き、肌にも切り傷の跡が見えてボロボロで格好も付いてない。まるでミイラ男だ。
でも、そんなのが気にならないぐらい、その表情は今まで一緒にいて見た事がない程に優しく、温かな笑顔だ。
そんな彼の顔を見て、調は無意識に頬を染めてしまう。
(?……何だろう……今の蓮夜さんの笑った顔を見ていると、胸の奥がドキドキして……?)
初めて見る彼の表情。
そのせいか、調は鼓動が高鳴るのを感じて戸惑ってしまう。これまでに感じた事のない感情だが、それが不快だとは全く思わなかった。
むしろ心地よくすら感じている。何故なのか。理由は分からない。
それでも、調は不思議と満ち足りていた。
「調?どうかしたデスか?」
「えっ……う、ううん、何でもないよ……」
「何でもないって、でも、顔が何か赤くなってるような……?」
「どうしたんだ?……ッ!まさか、昨日イレイザーから受けた傷の後遺症が今になって出てきたのかっ?だとしたら今すぐにでも医者に診て、っ……ぁッ……!」
「あ……!」
「ああ!む、無理に動いちゃ駄目デスよ!」
慌てて起き上がろうとする蓮夜だったが、身体に痛みが走ったらしく途中で動きを止めて苦悶の声を上げ、更にはバランスを崩してベッドから落ちそうになる。
調はそれを見ると慌てて駆け寄ろうとするも、彼女より先に切歌が速く動き出し、倒れそうになる蓮夜の頭を胸で抱き抱えるようにギリギリで支えた。
「ぅ……す、すまない……助かる……」
「いえ、無茶しないでくださいデスよ……!」
「…………(じー」
「……ほえ?ど、どうしたんデスか調?」
「別に……ただ、やっぱり大きい方が良いのかなと思って……」
「へ?どういう意味デスかそれ……って、ひぇえああっ!ちょちょっ、蓮夜さん……?!胸の中でモゾモゾしないでくださ……!くすぐったいデスよぉ!」
「い、いやっ、単に離れようとしているだけなんだがっ、今の痛みのせいか身体が上手く動かせな……うぐぅっ」
「ん、ぁっ……!い、今アタシがベッドに戻しますから……!大人しくじっとしてて下さいデスよ!……もぉ」
「………………」
顔を赤くしながら「しょうがないデスねぇ……」とボヤきながらも、顔色の悪い蓮夜を優しくベッドに戻す切歌の表情が心做しか満更でもないように見える。
そんな二人を見ていて何故だろうか。先程まで満ち足りていた筈の感情が一転し、妙にムカムカしてしまう調だが、そんな彼女の様子に気付かず、切歌が何かを思い出したようにパチッと両手を合わせた。
「そうでした……!そういえば此処へ来る前、スーパーに寄ってお見舞いのリンゴを買ってきたんデスよ!」
「あ、いや……気持ちはとても有難いんだが、今は少し、固形物は喉に通りそうになく……」
「と思って、食べやすいようにすりおろしておいたリンゴがこちらデス」
「待てウソだろいつの間に。というか今何処から出したその皿」
「細かい野暮は言いっこなしデス!いいからほら、あーんデスよ、お口あーん!」
「いや今の一瞬でツッコミ所が多すぎて食欲よりも驚きの方が勝っているんだが冷たァ?!待てっ、スプーンをグイグイ押し付けるんじゃない!リンゴを買ってきてくれたのは有り難いが自分で食べれる!流石にこれ以上甘える訳には……!」
「何を言ってるデスか!蓮夜さんはまだ安静にしてないといけない身なんデスから、病人は黙って言う事を聞くものデスよ!」
「スプーンを握れないほど酷い訳じゃない!過保護が過ぎる!俺の母親なのかお前は!」
「ハーイ、ママデスよ〜♡」
「事情を知らない人間が聞けば変な勘違いをされる冗談は止せぇ!」
「ぐぁああああっ……!!」と、痛みと痺れのせいでまともに力も出せないぷるぷるの両手ですりおろしリンゴを乗せたスプーンを持つ切歌の手を必死に抑えながら顔を反対側に背ける蓮夜。
そんな普段の蓮夜からは見られない弱々な姿とからかい甲斐のある反応に切歌は終始ニコニコで楽しそうにスプーンをグイグイ押し付けているが、一方で、そんな二人のやり取りを静観している調の方は心中穏やかではなかった。
(何だろう……二人を見てると、凄くイライラする……)
今まで感じた事のない感覚。
この感情は何なのか。
大好きな親友と恩人、二人が仲睦まじくしているのはとても良いことなのに、どうしてこんなにもモヤモヤしてしまうのか。
胸に手を当ててその原因を探ろうとしてみるも、今まで感じた事のない感情に答えを見い出せる筈もなくモヤモヤが深まるばかりな中、蓮夜と切歌のあーん!対決(?)の展開に決着がついた。
「もうっ、蓮夜さんったら強情デスね!……そんなに、アタシの手料理を食べたくないんデスか……?」
「っ、いや、そういう訳ではないんだが……あぁ、クソッ……分かった、降参だ……そこまで言うのなら、一口だけ……」
「本当デスか!なら、あー……」
(…………!)
此処まで強く拒否され過ぎて酷く悲しそうに落ち込む切歌の顔を見て罪悪感に負けてしまい、遂に折れた蓮夜の口に切歌が嬉しそうな笑顔でスプーンを差し出す。
そんな彼女の顔とスプーンを交互に見て、蓮夜も流石に恥ずかしそうに逡巡して目を伏せると、覚悟を決め、切歌の方を向きながら恐る恐る口を開けて、スプーンが口の中に入れられようとした。瞬間、
───今まで静観していた調がいきなり蓮夜へと飛び掛かり、彼の両手首を抑え付けるようにベッドに押し倒してしまったのだった。
「……え?」
「は……ぇ……?し、調……?」
「────、ぁ…………」
ポカーンとする切歌、突然の出来事に呆気に取られている蓮夜、そして自分が何をしたのか理解できずに放心状態に陥っている調。
そんな三者三様の反応を見せる中、調は放心したままふと、ひ弱な筈の自分の力に押し倒されて戸惑う蓮夜の吸い込まれそうなアメジストの瞳を呆然と見つめ、同時に、まるで走馬灯のように色んな記憶が頭の中を瞬間瞬間駆け巡った。
初めて出会った戦場で、彼に助けられたこと。
仮面ライダーとして頼りになるけど、その分私生活が全然ダメダメで、自分達が家に遊びに行けばいっつもトラブルを起こしてたこと。
動物に死ぬほど嫌われてるのに、それでも小さな子猫の為に頑張って里親を探す彼を手伝ったこと。
───あの水辺で、誰にも吐き出させず己を責めてばかりいた自分の罪に耳を傾けて、真摯に向き合い、心の内に抱えていた全てを受け止めてくれたこと。
「───蓮夜さん」
「ぇ……あ、ハイ……?」
調の声色がいつもより低い事に戸惑い、思わず呆然と返事をしてしまう蓮夜。
そんな彼の敬語にツッコミもせず、調はベッドの上に仰向けになった蓮夜に馬乗りになると、そのまま彼の身体に跨り、つま先立った足の先のシーツが「シュルッ」と擦れ、ベッドのスプリングがくすんだ音を立てる。
その衝撃的な光景に切歌が目を見開いて「あわ、あわわわわっ……?!」と顔を赤くして言葉を失い立ち尽くす中、眼下の蓮夜に真剣な眼差しを向けたまま、調は心の内で想いを巡らせる。
わかった。気付いた。
いま、漸く。
……でも、いいの?
自分は罪人だ。
赦されない罪を犯した人間だ。
そんな自分が、彼と釣り合いなんか取れる筈がない。
分かり切ってる事だ。
解ってる。
分かってる。
わかってる。
────でも
この溢れる想いを止められる術を、"私はワカラナカッタ"。
「───すきです。貴方の事が。……私と、付き合って下さい」
「…………………………………………」
「…………………………………………」
……………………………………。
「え」
「うぇええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーええええぇぇっっっっ!!!!??」
静寂に包まれた病室内に木霊する切歌の絶叫。
あまりの衝撃と超展開の連続に硬直する蓮夜。
そして調は、今更になって恥ずかしくなったのか、顔を真っ赤にして蓮夜の胸元に顔を埋めてしまう。
だが、それも束の間。
切歌の大絶叫はどうやら外にまで響いてたらしく、何事かと騒ぎを聞き付けた医療スタッフ達が駆け付けた時には、切歌はすりおろしリンゴが残った皿とスプーンを両手に顔を真っ赤に目をグルグルさせて何事かを大声で叫びながら室内を駆けずり回り、調はとっくに蓮夜の上から退いてベッドの傍らに置かれた椅子に背中を向けて座り込み(ただよく見ると髪の隙間から微かに見える耳が赤く染まってる)、蓮夜はベッドの上で未だに状況を把握しきれずに『( ゚д゚ )』みたいな顔で調の背中をずっと見つめているという、何ともカオス極まりない空間が出来上がっていたのだった。