戦姫絶唱シンフォギア×MASKED RIDER 『χ』 ~忘却のクロスオーバー~ 作:風人Ⅱ
第九章/運命ノ少女×破壊者†on the load
―ロンドン・オールドストリート―
───ロンドン。それは、イングランドの首都であり、世界有数の大都市でもある。
産業革命の発祥地としても有名だ。特に有名なのはビッグベンと呼ばれる時計塔であろう。
そんな古都の街並みの一角にある、とある路地裏にて……。
「───ハァッ、ハァッ……!」
薄暗い、人気の無い路地裏の壁に手を付き、肩で荒々しく呼吸を繰り返す男がいた。
男の年齢は三十代後半ぐらいか。黒いスーツ姿の長身の男だ。
「ク、ソ……クソゥッ……!まさか、あれほどの怪物だったなんて……聞いてないぞ……!!」
そう言いながら、男は壁を殴りつける。
拳の皮が破れ血が滲み出ていたが、それを気にする事無く、何度も、何度も、怒りをぶつけるように。
「どうしてだ!?俺は今まで上手くやってきた筈なのに!!どうしてこうなった?!」
叫ぶ度に歯軋りの音が鳴る。握り締めた拳が震える。
だが、どれだけ叫んでも、己の感情を吐き出しても、現状は何も変わらない。
男は錬金術としての才能に恵まれていた。
その才能を生かし、これまで何人もの人間を自分の研究の実験台にしてきた。
実験に成功した者もいれば失敗した者もいた。だが、そんな事は些細な事だった。
自分が天才であるという事実さえあればそれで良かった。
だからこそ、今の状況に納得がいかなかった。
「俺が……俺こそが、世界の王に相応しい存在なんだ……!!」
男が目指していたのは錬金術の頂点。誰もが認めざる得ない絶対的な王者の存在。
それが、つい先日、突然現れた異形の化け物によって全てを奪われた。
そして、自分は命辛々逃げ出してきたのだ。
「ふざけるな……!こんな所で死んでたまるか……!!絶対に生き延びてやる……そして必ず復讐を……!!」
「───大した気骨の精神だ……あれだけの目に遭いながら尚も折れず、復讐に心を燃やせるだけのゆとりがあるとは……」
不意に背後から聞こえた声。それに、男はビクッと体を震わせる。
恐る恐ると振り返れば、そこには黒い長髪を後ろで一つに纏めた一人の男が、いつの間にか薄暗い路地の奥に佇んでいた。
年の頃は二十代半ばといった所か。
背丈は180cm前後。体格は細身ではあるが引き締まっており、纏っている雰囲気はまるで氷の様に冷たい。
一見すると、何処にでも居そうなごく普通の青年だ。
しかし、彼がそうでない事を、男は知っていた。
「きっ、貴様……!?どうして此処に?!」
「愚問だな……あんな捨て駒にもならないアルカ・ノイズ風情をけしかけたところで、この私を始末出来ると本気で思っていたのか?」
淡々と、まるで世間話をするかのように語る青年の態度が、逆に男の恐怖心を煽る。
「まあ良い……それより、お前には訊ねたい事がある」
「ひっ……!」
一歩近付く毎に後退る男を見ても尚、青年は無表情のまま男との距離を詰めていく。
「貴様ら錬金術に指示して造らせた例の"少女"……いや、今回の計画の最後の要となる"鍵"と言った方がいいか……奴を何処へ連れ出した?」
「し、知るか……!あのガキならもう此処にはいない!!アジトから無理矢理連れ出した後、道中で俺の手を振り払って一人で逃げやがったんだ……!!本当だ!!」
「…………」
必死の形相を浮かべ、男は青年に対して捲し立てるように答える。
それを聞いた青年の眼差しが僅かに鋭くなるも、男は気付かない。
「そ、そうだ……!なぁ、此処は取り引きしないか?!」
「……取り引き?」
「そ、そう!俺ともう一度手を組まないか?!あのガキを探したいなら、人手は多くても困らないだろ?!なんせ、アイツがいなきゃ計画は進められないし、何より"鍵"が手元に無いんじゃ俺達の目的も果たせないだろう?!」
「……」
「ど、どうだ……?悪い話じゃないだろう……?いや、寧ろメリットしかないと思うけどなぁ……?」
男は内心でほくそ笑む。
この青年は錬金術師ではなく、その知識に関しては自分に劣る。
ならば例の"鍵"を見つけるにせよ、自分の知識が必要となる筈だし簡単には殺せはしないだろう。其処につけ込み、このままコイツを口車に乗せて自分の目的の為に利用してしまえばいい。
「ふむ……確かに、それは魅力的な提案だな」
「そ、そうだろ?!なら──!」
「だが、断る」
「……えっ……?」
あっさりと即答され、思わず呆気に取られる男だったが、次の瞬間、男の胸倉を掴んで引き寄せるとそのまま壁に叩き付けた。
背中を強く打ち付け、一瞬息が詰まる。
痛みに耐えながら顔を上げれば、其処には間近に迫った青年の顔があった。
「ひぃっ……!?」
「何か勘違いをしているようだから、一つ訂正しておこうか。先に裏切った以上、お前は私に取り引きを持ち掛けられるだけの立場ではない。そもそもの話、何故私がお前如きの誘いを受けねばならない?たかが雑魚一匹を処分する為にわざわざこんな場所まで足を運ぶだけでも手間だというのに、肝心の"鍵"が見付からないとあらばその手間すら無駄にされたのだぞ?それだけでも、十分過ぎる程に腹立たしい事だというのに……お前は私の貴重な時間を潰してくれたのだ。そんな奴を生かしておく理由などあるまい?」
「ぁ……あ……まっ、待ってくれ!頼む!!お、俺が悪かった……!!あのガキを見つける為なら何でもする!!だ、だから助け──!!?」
青年の冷たい声に恐怖し、まるで悲鳴のように声を荒らげて懇願する男だが、その言葉が最後まで紡がれる事は無かった。
目にも止まらぬ速さで、いつの間にか青年の手に握られていた刀が横一閃に振り抜かれ、男の首の付け根から上を消し飛ばしたからだ。
首を失った胴体が崩れ落ちると同時に血飛沫が上がり、壁や床一面に飛び散る。
返り血を浴びた青年は表情一つ変えずにそれを見下ろしていたが、やがて興味を失くしたかのように刀に付いた血を軽く払って跳ばし、踵を返して路地の出口に向かって歩き出す。
だがその道中、男はピクっと何かに反応して突然足を止めた。
「…………。人の頭の中に前触れもなく声を届けるのは止めて欲しいと、前にも断りを入れた筈だが?」
『──そう言わないでって。こっちだって色々と事情があるんだからさぁ』
青年の声に応えるように、今度は脳内に直接響くような飄々とした声が聞こえてくる。
青年はその声の正体を知っているのか、特に驚く様子も無く平然と会話を続ける。
「まあいい……それよりも、丁度報告したい事があった所だ。こちらから連絡する手間が省けたと思えば、今は寧ろ有り難い」
『……?報告?』
脳内に響く声が不思議そうな色に変わる。
すると、青年はゆっくりと振り返り、男の死骸を見据える。
「貴方と貴方が寄越した後任が留守の間、アジトに残って研究を続けていた錬金術達が一斉に謀反を起こしてな……。例の計画の最終段階に使う予定の"鍵"、例の少女が外へ連れ出されてしまった。裏切り者は今し方最後の一人を処理した所だが、肝心の少女の方は奴らも見失ってしまい、現在行方不明らしい」
『まじで?あー……こうなるかもしれないってのは予想はしてたけど、よりにもよってこのタイミングでかぁ……めんどくさいなぁ……』
「何か問題でも?」
『や、実は日本に戻ってる間に傷を負っちゃってね……ちょっと今本調子じゃないんだよ』
「傷……?貴方程のイレイザーがか?まさか、日本にいる装者達に?」
『それもあるんだけど……一番の要因はやっぱり彼かな……君にも以前、話した事があるだろ?』
「……クロス、か……」
その一言で誰の事を指しているのか理解し、青年は忌々しげに顔を歪める。
そんな青年の反応から彼の心境を理解しているのか、脳内に響く声の主は特に何も言うことなく、淡々と話を続けてきた。
『僕としても、彼がここまでやるとは思ってなかったよ……ともかく、そっちでの計画が最終段階に移行する以上、彼もいずれ異変を察して動き出すだろう。例のあの子の事も早めに対処しないと面倒になるのは間違いないし、計画を悟らせない為にこっちで一応足止めを考えてみるよ。君にはその間に、早急に"鍵"の回収を頼みたいんだけど、構わないかい?』
「……仕方無いな」
青年は小さく溜め息を吐いてから承諾の意を示し、その場を後にする。
そして誰も居なくなった路地裏に静寂が訪れ、血溜まりの中に浮かぶ男の死骸だけが残った。
◆◇◆
「───はぁ……はぁ……はぁ……!」
同じ頃、ロンドンの街から少し離れた郊外にて。
人通りの少ない街道を必死の形相で駆け抜ける一人の少女の姿があった。
見た目の年齢は12〜13歳程だろうか。風に揺れるセミロングの銀色の髪は薄汚れて葉っぱ等が幾つも張り付き、身に纏っている検診衣のような衣服はあちこち破れており、靴すら履いていない素足は泥で汚れてしまっている。
身体中汗だくになりながらも足を止める事無く走り続け、時折背後を振り向いては追手がいないかどうかを確認する。
(撒いた……か……?)
後ろを確認しながら走る速度を落としていくが、それでも警戒を怠らない。
やがて完全に立ち止まり、その場で膝に手を置いて荒くなった呼吸を整える。
それから数分後、漸く落ち着きを取り戻した彼女は建物の陰に身を隠し、改めて周囲を見渡してから安堵のため息を漏らす。
(っ……やっと、抜け出せたんだ……あの暗闇から……やっとっ……)
今まで閉じ込められていた檻から抜け出せた事を実感しながら、その目に涙を浮かべる。しかしそれも束の間。不意に吹き抜けた冷たい風が彼女の全身を襲い、思わず身震いしてしまう。
(寒いっ……外の世界は、こんなにも寒かったのか……)
両腕で寒さに震える身体を抱きながら空を見上げれば、どんよりとした厚い雲に覆われて太陽が見えず、更に気温の低下に拍車をかけている。
彼女がいる場所は民家の陰になっており、陽の光が一切差し込んでこない為、余計に寒さを感じてしまう。
だが、いつまでもここに居る訳にもいかない。
そう思った彼女は意を決して顔を上げると、周囲を見回し、近くに野良猫達が残飯を漁るゴミ捨て場を発見する。
「……ごめんなさい……」
小声で呟きながら、少女がその場所に近付くと、野良猫達はいきなり近づいてきた少女に驚いたのか、慌てて逃げ去ってしまう。
その光景を見て悲しげに目を伏せる彼女だったが、すぐに気を取り直して目の前にある大量のゴミ袋の中に手を突っ込むと、中からまだ食べられそうな物を選んで両手で抱え込み、たまたま目に付いた一緒に捨てられている穴だらけの布切れを拾って頭の上から被り、なるべく人目に付かないよう小走りでその場を後にする。
(どこか……どこかもっと遠くへ……アイツらに見付かる前に、早くっ……)
少女は手にしている食べ物を抱え直し、とにかく人の目を避けて歩き続ける。
自分がこれからどうすればいいかなんて分からない。
だけど、このままではいけない事だけは分かる。
だから、今はただひたすらに逃げるしかない。
そう自分に言い聞かせ、少女は生まれて初めての外の世界を宛もなく走り続けた───。