今回は、行を開けずに執筆いたしました。
読みにくかったら、教えて頂けると幸いです。
それでは第5話を、お楽しみください!
第5話
田中は先ほどまでの少女達がいた部屋を出た所で、言葉には言い表す事の出来ない胸糞の悪さを感じていた。
だが田中には、その不愉快を対処する術も、道理もなかった。ココアに言われた事は実際問題として事実で在り、その事に関する事実は自身の中で、しっかりと受け止めなければならない問題で在る。……いや、自身の中では受け止めていたと思っていた。
しかし、実際問題として、ココアに言われた事に、苛立ちといった怒りを覚えてしまった。つまりは、現実を……自身の罪を理解して受け入れていると思っていたのは、所詮『つもり』だったという事である。
(悔しい。とにかく、悔しいの一言だ……)
田中は自身の心の中で、その思いに支配されていた。その感情に支配されたまま、自身の飲みかけたコーヒーが在る席まで足を進める。ふとテーブルに目線を向けると、ココア達のいた部屋に置いてきた筈のティッピーが、テーブルの上に居た。
「……私達は間違っていたのでしょうか?」
田中が、椅子に座りながら、絞り出す様な声で問いかけたその問いに、ティッピーは答えない。
しかし、田中の思いを受け止めたかの様に、ティッピーは田中の元まで移動し、彼の膝の上に飛び降り、膝の上から、彼の目を見上げる様にして覗き込んでいた。ゆっくりと負傷していない腕でティッピーを抱き上げ、自身の胸で抱く。その姿は、まるで聖書を抱き、懺悔をしている様にも見る事が出来た。
それから、数分もしないうちに『staff only』の看板が下げられている扉が、音を立てて開いた。扉の中からは、田中と出会ったばかりの時の様な元気が見られないココアと、その後ろから少しオドオドした様子のチノ、最後に、その二人の様子を見て困った様子のリゼが見守るように入ってきた。
「田中君!」
ホールの中に入って来るや否や、ココアは田中を呼び、走って彼の座っている席へと駆けた。
「さっきは本当にごめんなさい! 私、本当にそんなつもりじゃなくて! えっとね……、その、なんて言ったら良いのか……」
(あぁ、この子は優しいな……。自分とは全く違うや……)
田中は目の前で、自身に対して謝っているココアを見て、そう感じた。ココアが田中に対して抱いた感情は、この国で生きている人間からしたら正常な感情で在る。人を殺したのだから……。人殺しは良い事ではない。禁忌である。それは誰もが知って居る事。禁忌を犯した者を、忌み嫌う事は当然である。その様な人間を、人間扱いしない人間も当然いる。事実、田中は、此処に来るまでの間にも、その様な扱いを受けた。
しかし、目の前に居る少女は、その様な人間に対しても、人間として接してくれようとしている。……それが何よりも田中にとっては辛かった。人間扱いされずに『人殺し』と蔑まれる事も辛かったが、同じ世代の人間に、同情にも取る事が出来る『理解・寄り添い』は、それ以上に辛く、田中自身の精神を抉る。
「……制服、似合ってるね」
(やめてくれ……。そんな目で見ないでくれよ……。そんな目で見られると、余計に自分自身が惨めになる……)心の中で、苦しい声がする。
(余計に自分が……)
「淡いピンクか。うん、とても似合っている」
話の話題を変える為に、田中はココアの制服について話す。
「えへへ……、そうかな? そうであったら嬉しいな!」
言葉の語尾に元気が出てきたココアは、その場でクルっと回り、少しだけスカートを遠心力でフワリと広げながら、笑顔で田中の顔を覗き見た。その様子からして、田中の機嫌をうかがっている事は明らかであったが、田中はその事に気付かないふりをして言葉を紡いだ。
「本当だよ。それよりも、チノさん達の所に行って、今後の予定を聞いといた方が良いんじゃないのかい?」
田中は、カウンターの奥でココアと田中を心配そうに見ているチノとリゼを顎で指し、再度ココアの顔を見た。田中の顔は優しく微笑んでいる様に、ココアは見て取る事が出来たが、同時に、偽物の表情にも取る事の出来た。
「う、うん。そうだね……。そうした方がいいよね! 見ててね、田中君! お姉ちゃんはバリバリ働くよ!」
そう言うとココアは、田中の元を駆け足で去り、チノとリゼが居るカウンターの奥へと移動した。
「……フゥ」(……俺は、なんて卑怯な人間なのだろうか!)
ため息を漏らした後に、田中は再度、自責の念を抱いていた。
(ココアの申し訳ないと言う気持ちから、自身が『辛いから』という身勝手な理由で、勇気あるココアの行動から逃げてしまった……! 俺は一体、何をやっているんだ! 自分勝手にも程があるだろう!)
ギリッ! と奥歯が音を立て、口の中には歯医者で歯を削った時に感じる独特で不快な味や、風味が支配した。田中は、その不快な味を口内から消すために、冷めてぬるくなったコーヒーを口一杯に含め、流し込む。……丁度その時、入り口が開き、30代の女性の客が店内に入ってきた。
「いらっしゃいませ!」
元気よくココアが来店した客に声を掛ける。
「あら? 新しい顔ね? 新人さん?」
「はい! ココアと言います! よろしくお願いします!」
「そう。よろしくね。エスプレッソをお願いするわ」
ココアと客が一通りの会話をし、女性客が注文をココアに言い渡して席に着こうとした際に、田中の事を見つけ、睨みつけるような視線を向けた。その顔には、この国の人間が兵士に向ける、軽蔑の感情が含まれている事を、田中は一瞬の間で在ったが感じ取った。
その後も、その女性客は田中が居る席に視線を向けては、在る一種の珍しいモノを見ている様な目で田中を覗き込んでは、目線を外しを繰り返し行っていた。
その視線に気付きながらも田中は、依然としてティッピーを抱きしめながらコーヒーを口に運んでいた。
口内の不愉快な味は無くなり、不愉快な視線を送ってくる女性客はいるが、ココアやチノ、リゼの仕事をしている雑音のおかげか、田中は今この瞬間に居心地の良さを感じていた。ウトウトと眠気が襲ってきたが、それもまた一種の心地よさではあった。しかし、それも束の間の休息で在った。
「お待たせしました! エスプレッソです!」
ココアが出来上がったコーヒーを女性客の元まで運び、女性客がココアに礼を言い、口元に近づけ香りを嗅いだ。
「んー。いつ来ても此処のエスプレッソはいい香りだわ」
わざとらしい大きな声を出しながら、女性客は更に言葉を紡ぐ。
「あら? でも今日のエスプレッソは、いつもより香りが悪いわね? ……うん。味もいつもより数段悪いわ! ……えぇっと、ココアさんでしたっけ? 何故、味が悪くなったかわかるかしら?」
「え? えぇっと、それは……」
女性客からの急な質問に、質問の意図を理解する事が出来ないココアは、答えに躓き、近くにいる田中に助けを求める様に視線を泳がせ、次にチノやリゼが居るカウンターに目線を向ける。
「あぁ、ごめんなさいね。ココアさん。貴女は色々と世の中に慣れていないわよね。ごめんなさいね。教えてあげるわ」
「えっと? 何を……ですか?」
女性客はニヤリと口元をゆがめさせると同時に、何かに勝ち誇った様な表情を浮かべ、ヒステリックに近い様な口調で、なおかつ嫌味ったらしいく言い放つ。
「今此処に、とっても臭い人間が居るからなのよ。臭いったらありゃしない。戦争に行った人間は皆そう! 特に少年兵は、残酷で、人間としての欠陥……、あら? 私に何か用かしら?」
田中は、女性客がココアに話をしている最中に勢い良く立ち上がり、無言で女性客を睨みつける。その眼は充血しており、薄っすらとでは在るが、涙が溜まっている様子であったが、彼の眼には、怒りでも無く、憎しみや悲しみでは無い、しかし、確かな何かの感情を目に宿していた。
「こ、これだから嫌ね、少年兵は。礼儀も知らないし、人間としての教養もなって居ないわ。あー、嫌だわ。人殺しなんだから、そのまま戦場で死んでしまえばよかったんだわ。だって、貴方には、この健全な社会では何にも役に立つことが出来ないものね。……いえ違うわ、何も役に立てないから、少年兵になったのだったわね」
嫌味を言う女性客の元に、1歩2歩と田中は足を進めるが、フッと肩の力が抜ける感覚を感じ、歩みを止めた後に、女性客とは反対側にある、外へと繋がるドアに歩みを進め、扉を開けて外に出た。
ドアの閉まる音と、鈴の音が店内に響き渡る。
その音がまるで、田中の心の中の心境を表している様にココアは感じた。田中に対する感情とは別に、彼女は目の前にいる女性客に対して、何とも言い表す事の出来ない感情を抱いた。