我、死二場所ヲ探s...あ、兎ちゃん   作:IS提督

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第6話

第6話

 

(俺は、こんな人間達を守る為に命を懸けていたのか……)

 唯々、何の目的も無く、走る事もしなければ、綺麗な石造りの街を見る訳でも無く。唯々、歩く。歩き、歩き、歩き続けた先にある……小さいが、桜が咲き乱れている公園に、田中は足を進めた。

 一面に咲き乱れる桜を見ながら、田中は遊歩道から外れた草むらの上に立つと、足の力が急に抜けた様に座り込み、桜の木を見上げる。ピンク色の綺麗な桜が視界一杯に飛び込んできたと同時に、少し強めの風が田中の真正面から吹き込む。風の吹くままに上半身を揺らし、地面へ背中を横たえた。身体を横たえた衝撃が右肩の怪我を痛めつけるが、フゥ……と重苦しい息を吐き、最後に頭を地面につける。

 何も考えずにボーっと過ごす。生産性も無い無駄な時間では在るが、この行為は、自身の頭に上った何かを落ち着ける事が出来る。只唯一の行為で在る事を田中は知っている。

 落ち着いてくると同時に、鳥の音や、風によって温かく軋む木々の音、周りにいる兎の気配、そして公園に居る人々の話声。

 ……自然が存在する。自分があり、そして全てが存在する。自身がいなければ、世界は存在しない。

 目を瞑り、浅く息を吸い、浅く吐き出す。それを数回繰り返していく内に、次第に呼吸が深くなり、じんわりピリピリと身体が温かくなっていく感覚が全身に広がっていく。その感覚を途切れさせない様に意識をしながら、草木の香りを嗅ぐ。しかし、直ぐに落ち着いた心が荒れていくのを、彼は感じた。

 この精神の落ち着かせ方を自身に教えてくれた人物は『国の為・国民の為』と言って散っていった……。命を代償に我々、少年兵や、国民を守ろうとして勇敢にも、そして無謀にも散っていった。唯々『人を守りたい』との思いを胸に抱いて……。 しかし、その国民が少年兵を差別し、存在を否定する! 彼らの様な人間を否定し、汚れたもモノの様に扱う! 一体何の為に我々少年兵は戦い、そして散っていったのか!? 何の為に! 何の為に……! 何故、銃後の人間は、最前線で戦っていた人間を苦しめる!?

(戦争行為は決して許されるわけじゃない! けれども、命を懸けて守ろうとした人達を蔑んで良い訳でも無かろうに!)

『怒り』と言う言葉では済ます事の出来ない感情を、沸々と煮えたぎらせていた田中であったが、瞬間的に、それも無意識に田中は上半身を勢い良く起こす。急激に体を起こしたことにより、またしても右肩が痛むが、ズボンのベルトの左腰に通しているホルスターから銃を抜き、周囲を確認する。

 小さな2人の女の子が自身の背中側から、膝を抱えながら自身を見ていた。

「お兄さん大丈夫ですか?」

 2人の内の1人の女の子が、田中に心配そうな言葉を掛けた。赤毛の二つのオサゲを拵えている、少しオットリとした女の子が更に言葉を田中にかける。

「何か辛いことがあったの?」

「いえ、何もありません」

 目頭に熱い液体が溜まる感覚がした。溜まった液体を流さない様に、ゆっくりと目を閉じる。

「じゃあ、兄さんはこんな所で、何で寝転んでたんだ? それになんだか雰囲気が普通の人とは違う様な気がする!」

 最初に話しかけてきた少女ではない……紺色の短い髪形をした少女が、好奇心を含んでいる声色で田中に質問を投げかける。

 田中は、熱い液体が引いた目をゆっくりと開け、目の前の少女の目を見る。

「そうですね……。私が私で在る為と、私は決して一人じゃないって事を確認していたのですよ」

「私が私で在る為?」

「決して一人じゃない事? ……それが何で寝転んでいた原因になるんだ?」

 二人の少女は田中の言っている意味が分からないのか、首を傾げながらブツクサと彼の言った言葉を繰り返し呟く。少女達は何度も互いの顔を見合わせ、首を傾げる。あぁでも無い、こうでも無い。次第に少女達は互いに呟き合う事を止め、田中に視線を向ける。

「それが寝転んでいた理由? 兄さんのいう事は、ちょっと意味が分からないよ!」

 紺色の髪の少女が不服そうに田中に抗議する。しかし、彼は理解して欲しくて発言した言葉ではなかった為に少女の言葉を聞くと、何も言葉を発する事無く再度、地面へと寝転んだ。

『あ……』

 少女二人の声がハモる。田中は被っていた帽子を頭から顔にずらし、日差しが出てき始めた為に、瞼を閉じても入り込んで来た光を遮断した。本当の事を言えば、田中は目の前に居る少女達とは関わりたくなかった。理由と言う理由は田中自身の感情。これが本能的になモノなのか……、兎に角、目の前の少女達とは関わりたくなく、一種の不安に似た、怒りの様な感情が体の内から沸々と沸いて出てきたからである。

 関わりたくないのであれば、公園から出てしまえば良い事ではあるが、立つ気力が湧かない為、田中は再び、寝転び帽子で目隠しを作った次第であった。

「なぁ、兄さんって軍人だよな? その銃って本物?」

「……」

「なぁなぁ! 聞いてるのかよ? おーい! 反応してくれよ!」

紺色の髪の少女が話しかけるが、話しかけられた田中は身動き一つ取らずに、寝ているのか起きているのかも分からない反応をするばかりであった。

 「なぁ! 起きてくれよー!」

 次第に田中の反応に痺れを切らしたのか、紺色の髪の少女が寝転んでいる田中の身体をゆすり始めた。

「痛い! ちょっ! 肩! 肩! 起きる! 起きるから、揺さぶるのは止めてくれ!」

「何やってるの!? マヤちゃん!?」

 揺さぶられた事により、肩の傷が痛みだした為、田中は少女達に取っていた態度を止め、再び上半身を起こし少女達と対面する。

「それで? 私の身体を揺らした君は?」

 右肩を押さえながら、先程とは違う意味の熱い液体を目頭に貯めた田中は、自身を揺らした少女について声を掛ける。

「えっと……その、ごめんな、兄さん。私は『条河 麻耶(ジョウガ マヤ)』気軽にマヤってよんでくれよ!」

「条河?」

 目の前の、紺色の髪の少女の苗字を呟いた田中の声色が、先程のモノとは変わり、信じられないモノを見たかの様なモノへと変わっていた。

「偽名じゃないぞ! 確かに、ここら辺では珍しい苗字かもしれないけれど、決して嘘じゃないぞ! 信用がないなら……ほら! 生徒手帳!」

 田中の反応に不満を感じたのか、マヤと名乗った少女が持って居たカバンの中に手を突っ込むと、小さな顔写真付きの手帳を彼に強引に見せた。

「わかった! 分かってますよ! 別に君の名前を疑った訳じゃありませんよ! ってか、痛い! 痛い! 右肩を触るなぁ! 本当に!」

「あ、ごめん……」

 田中の声を聞いたマヤは、素早く彼から離れると、生徒手帳をカバンにしまいながら、申し訳なさそうに声を発した。

「あ、いや、そんなに落ち込まないで下さい。別に怒こっているわけでは無いんです。只、本当に怪我をして居て痛いので、そこだけは勘弁してくれたらなと……さてと、ちょうど良い時間ですね。では、私はこれで」

 そこまで言い終わると田中は腕時計の時間を確認し、スッと立ち上がると、公園の出入り口に向かって歩みを進めた。

「お兄さん!」

 田中が公園を出る寸前で、赤毛の髪の少女が大きな声を出して引き留める。

「な、何かあっても、余り自分を追い詰めないで下さい! 辛い様なら相談に乗ります!」

「有り難うございます。ただ、今はまだ大丈夫ですよ」

 そういうと、田中は今度こそ公園から出ていった。

 

 田中が公園から出ていき、幾らも時間が経たない内に、赤毛の少女は顔を赤く染め上げ、隣にいた少女に話しかけていた。

「どうしよう! マヤちゃん! 私、変な子に思われちゃったかな!?」

「そんな事は無いと思うけれど……。でも何時もと違って、最初に声を掛けた時と、最後のアレ、ちょっと積極的かなって思った。どうしたんだ?」

 『積極的だった』と言われ、一層赤くなる少女であったが、赤面しながらも先ほどの少年の姿を思い出しながら、少女は言葉を紡ぐ。

「なんでだろう……? でも何か放っておいたら危ないような……、脆いような、なんだか放っておけなくって……」

 そんな友人である、赤毛の少女を横目で見ながら、紺色の髪の少女……マヤは空を見上げながら思った。

(放っておけない所……。どこか、兄貴に似ている気がする……。兄貴は今、何をしているのかな?)と。

 


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