我、死二場所ヲ探s...あ、兎ちゃん   作:IS提督

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独自の法律(設定)が御座います。
未成年の飲酒喫煙を助長する趣旨はございませんので、ご了承ください。
それでは第7話を楽しんで頂ければ幸いです。


第7話

第7話

 

「大丈夫かな? 田中君……」

 少し暗く重い雰囲気をまとっているラビットハウスの中で、田中が座っていた椅子に腰を掛けながらココアが心配の念を言葉に出した。

「大丈夫だとは思うんだが……。」

 ココアの心配そうな言葉を聞き、カウンターにいるリゼが反応する。その声色はココアと同じで幾らか心配している様にも感じる事が出来た。

「そうかな……。大丈夫だといいんだけれど……。あの時の田中君、チョット心配だよ……」

「……」

 ラビットハウスの空気が静まる。とても冷たく、肌を刺すような冷たさが心に刺さる様な空気が内面を締め付ける。

(薄々感じていた事だが、コイツはかなりのお人よしだな……)

 出会って直ぐの、それも国民に嫌われている人間の事をまるで、自分の事の様に気に掛ける事の出来るココアを見て、リゼは感心していた。自分では到底その様な事は出来ない……と。

「ねぇ、リゼちゃん」

 ココアがリゼに声を掛ける。その声に反応するようにリゼは声を出そうとした瞬間、ラビットハウスの扉が、綺麗な鈴の音と共に開く。

「田中君! ……と、誰!?」

 ココアが先程までの話題の中心にいた人物の帰りに、若干の安堵が籠った声を出したが、直ぐに田中の後にラビットハウスの出入り口に入ってきた人物に驚きの声を上げる。

「わ、私の父です……」

 ココアの声に反応する様に、チノがカウンターからココアに人物の紹介をすると同時に、先ほどのココアの反応に対して、今度はリゼが注意の言葉をココアに掛ける。

「ココア。さっきの人が此処のマスターだったからよかったものの、もしもラビットハウスにまったく関係の無いお客さんだった場合、失礼に当たるから気を付けないとダメだぞ」

「あ……、ごめんなさい」

 どこか厳しく、それでいて優しい注意の声に、ココアはハッ! と何かに気が付いた様な仕草を取った後に、チノとリゼから説明にあったラビットハウスのマスターであり、チノの父親である人物に謝罪を述べる。

「あぁ、気にしなくていいよ。えっと、君がココア君だね? 元気にやってくれている様でよかったよ」

「はい! えっと、これからよろしくお願いします!」

「あぁ、歓迎するよ。今日から此処は、自分の家だと思って過ごすと良い」

 元気なココアの声に満足したのか、マスターは微笑みながらココアに歓迎の言葉を声に出した。

「さて、じゃぁ今度は君の番だよ。田中君」

ココアの自己紹介の後に今度は田中に自己紹介をするように促した。

「田中って知ってますよね……。というか、私に関する資料は一通り目を通したと先程まで言って居たじゃありませんか……」

「まぁそんな減るモノでも無いモノだろうに、何をもったいぶっているのかな?」

 メンドクサイ……。そう思ったが、どうやらマスターは田中が自己紹介をしない限り、自分を解放しない。とでもいう様な雰囲気を作る。その空気に観念したのか、田中は自己紹介をする。

「田中です。……田中……。田中、田中忠義(たなか ただよし)です。私も今日からお世話になります。よろしくお願いいたします」

「……」

「よろしく頼むよ。……さて、そろそろバータイムになるから今日のバイトは此処までだね」

そう言うとマスターは、カウンターの壁際についてあるレバーを動かし照明の明かりを調節した。先程までの明るく、クラッシックな雰囲気の空間から、暗く、クラッシックでムードのある、しかし、喫茶店の独特な雰囲気を崩す事無く、大人な空間をマスターは作り出した。

「さて、チノとココア君とリゼ君はお疲れ様。田中君は少しここで待って欲しい。リゼ君も着替えが終わって1時間程したら此処に来てもらってもいいかな? 勿論、一時間分の給料は出すよ。その後も少し田中君と待っていて欲しいのだけれども、構わないかな?」

「はい。大丈夫です」

 マスターの言葉に頷き了解の意を示すリゼを横目に見ながら、田中はカウンター席に腰を落ち着ける。

「何か飲むかい? おごるよ?」

 ギシ、ギシと彼女達が階段を上る音に耳を傾けながら、マスターが忠義に注文を聞く。

「有り難うございます。しかし、私はこの様に洒落たメニューを見たことが無く、何を頼めば良いかわかりません。何かお勧めはありますか?」

 メニュー表を見た田中は、初めて見るメニューの名前に対して全く一切の想像をする事が出来ずに、お手上げだと言わんばかりにメニューから視線を外す。

「では昨日仕入れたばかりのウイスキーなんてどうかな?」

「オススメをお願いした手前ではありますが、私は未成年ですよ? 良い歳した大人……それも子供を持つ親が、未成年飲酒を進めても良いモノか疑問ですね」

 何を言って居るのか。と呆れた様な口調で、田中はマスターの提案を断るが、依然としてマスターはグラスに水晶の様な濁りの一切ない氷を入れ、ウイスキーをトッ、トッ、トッと注ぎ、田中の前に置く。

「君達が国民から嫌われている理由……。その疑問の回答も含めて……。それは多国籍軍に所属しているから……だろ?」

「……」

 マスターの口から出た言葉を聞いた田中は、目の前に置かれたグラスを左手で掴み、口元に運ぶ。

 度数の強いアルコール特有の熱さが口の中を支配し、ワンテンポ遅れてウイスキー特有の香しいスモーキーな風味と甘みが鼻から抜ける。

「この国を守る為には『それしか』方法が無かった……といった所で、この国の人間は誰も分かってはくれません。自衛隊とは待遇が違いすぎますよ……」

 酒がもたらす潤滑油としての効果なのか、ポツリと田中が口を開く。

「……」

 しかし、田中が口を開いたのは、この一言だけで在り、その後は何も言葉を口にしなくなった。

 不意な沈黙がラビットハウスを支配するが、酒もあってか、普段であれば空気を悪くするような沈黙が苦手な田中にとっても、この沈黙は不思議と不快ではなかった。

 一口、また一口と、ゆっくりとしたペースでウイスキーを口に運び、人差し指でグラスの中をかき回し、アルコールを調節する。カラカラと高いグラスの音が、胸の芯を躍らせるかの様な感覚に陥らせる。アルコールが回り、自身の心拍を全身で感じる。

 カラン! カラン! とドアの開く音がすると同時に、マスターが入ってきた人物に声を掛ける。

「遅かったな」

「ちょっとばかし用があってな。……タカヒロ、例のアレを開けてくれ」

ドア近くにあるハンガーに上着を掛けながら、親しい友人に声を掛ける様な口ぶりで注文をする。

「悪いな。お前が望む品は、少し前に開封したよ」

「冗談は止めろよ。俺は、自分の好きなモノに対する冗談を好かない事は、お前が一番よく知っているだろ」

 コツ、コツ、コツ、とレザーソールの革靴特有の音を鳴らしながら、左目の眼帯を掛け、少し残念そうな厳つい顔をした50代ほどの男性が田中の真後ろに立った。

「ほう? タカヒロの話を理解すると、俺の楽しみを奪ったのは、貴様か?」

「……オススメをお願いしたら、良い酒が出てきただけです。これがまさか貴方の楽しみだったとは、思いませんでした。申し訳ありません。お詫び申し上げます」

 少々ドスの聞いた声で、男が田中に問いかけるが、田中は後ろに居る男を見る事無く、予め用意していた様な言葉を口にする。

「これから常連になるであろう客を、余り虐めないで欲しいものだな」

「何言ってんだ。ちょっとしたレクリエーションだろ?」

「とてもじゃないがその様には、見えなかったぞ。そうだな……。俺には、厄介な客が、イチャモンを付けている様にしか見えなかったな。……お客様、他のお客様にご迷惑をおかけする様なら、立ち退きをお願いします。ってな」

口元をニヤリと吊り上げながら、接客業をする人間のお決まりのセリフを男性に投げる。

「冗談キツイぞ、タカヒロ。そう思わないか? 田中准尉?」

「閣下の趣味に関する冗談は、噂通り、どうやら冗談とはとられないようですね。……それと、お初にお目にかかります。閣下。第963大隊所属の田中忠義准尉です」

「あぁ、よろしく頼む」

 閣下と呼ばれた男性は、フンと息を漏らすと田中から一席開けた左の席に腰を下ろす。

「それで? 俺のうわさってどんなんだ? ……タカヒロ、俺にも准尉と同じ奴をくれ。……で? 一体どういった噂が流れてるんだ? 遠慮など無用だ。流れている通りの言葉で言え」

 自身に対しての噂が気になるのか、田中の挨拶を簡単に済ませ、若干そわそわとした様な雰囲気を漂わせながら、噂の実態を田中から聞き出そうとしていた。

「招致致しました……。噂と言いましても、何も悪い事が出回っている訳ではありません」

「ほう」

 悪い噂ではない。の言葉を聞いた瞬間、緊張の糸はほどけたのか、肩に入っていた力が抜けた事を田中は見て取れた。それと同時に、どんな類の噂が流れているのかが気になってやまない様子で在った。

「主に下士官の間で流れている噂ではあるのですが……その……」

「先ほども言ったが、そのまま俺に伝えろ」

「……第一に『娘が大好きな親バカ』で在る。という事であります」

「え? は?!」

「ブフゥッ!?」

「おい! タカヒロ!? 何笑ってるんだ!」

 田中が放った一言で、どんな噂なのかを身構えていた閣下は予想外の類の噂に、一瞬ではあるが、訳が分からないといった様に疑問符を浮かべると同時に、マスターが思いっきり噴き出す。

「詳細は、いつも厳しい教育を娘に施しているが、実際は娘に厳しい指導をした日の夜は、必ず夕食に閣下お手製のデザートを作って機嫌を窺がう。また夜には、娘の部屋の前を何往復もした後に、厳しく指導した事を懺悔する。またその翌日には……」

「もう良い! もう良いから!」

「しかし、閣下に対する噂は、まだまだございます。まだ第一の噂です。他は……例えば……」

「本当に良いから! やめて! お願い、やめて! タカヒロも笑ってないで何か言ってくれ!」

 顔を真っ赤にして田中の言葉を遮り、マスターに助けを求める閣下の姿は、見る人が見れば、その厳つい顔や雰囲気からのギャップでやられ、黄色い声を十二分に受けるであろうが、今現在その場に居るのは、彼の旧知の中であろうマスターのタカヒロと、彼の部下である田中だけで在る為、その様な黄色い声が聞こえてくる状況ではなかった。

「全く、しょうがない奴だな……。田中君一つ言っておこう」

「はい?」

 旧友の仲である閣下を見かねてか、マスターが田中に噂に関しての情報を口にする。

「それは、噂ではなく本当の事だよ。下士官の人達にも噂ではないと訂正しておいた方が良いね」

「タカヒロォ!!」

 

 

 

 

 

 

「で? 今日はそんな与太話をする為に、わざわざ前もって連絡して来たのか?」

「そんな訳ないだろう。今のは、アイスブレイクだ」

「その割には、割と本気で切れてただろう?」

「お、おい。その話は済んだ事だろ!?」

「そう、熱くなるなよ。冗談だ。……田中君、今日の事は酒の席での事、としておいてくれるかな?」

「勿論です」

 先ほどの熱が下がりきらないままではありながら、それでも、その後の会話には、互いが互いを信頼しきっているという事がヒシヒシと伝わってくる。その後の会話だけではない。マスターが閣下をからかっている時も、どこか思いやりを感じるような言い回しや、声色……。その全てが、互いに信頼し合っている事を窺がえる事が出来る。

「……本題に入る」

 そう言いながら、閣下はいつの間にか足元に置いてあったアタッシュケース2つを、カウンターの上に置いた。

「このアタッシュケースを開く前に、貴様にこれを渡す」

 そう言うと閣下は茶封筒を胸内ポケットから取り出すと、それをそのまま田中に渡した。

「閣下、これは一体……?」

「自分で開けて確認してみろ」

 ぶっきら棒に言い放たれ、不思議に思いながらも封筒の封を開け、中身を確認する。

「これは……」

 封筒の中に入っていたのは、数個の階級章であった。この階級章が意味する事は、降格か昇進である。例外として、現在の階級章が必要になった際にも階級章を受け取る事が在るが、今回の場合に関しては、田中自身はその例外に当てはまる事は無い。ましては、不祥事を起こした記憶の無い田中に当てはまる事とするならば……。

「昇進……でしょうか?」

「それ以外ありえないだろ。……現時刻をもって、貴官を少尉に命ずる」

「有り難うございます」

「ったく、堅苦しいのは止めだ! タカヒロ、もう一杯だ。あと裁縫道具も持ってきてくれ」

「今ですか?」

「当たり前だろ。俺は現時刻をもってと言ったはずだが?」

 そう言い終えると、閣下はカウンターの上に置いてあるアタッシュケース2つを田中の前にずらして置いた。

「これは俺からの昇進祝いだ。今日からお前は士官だ。身に付ける物もそれなりにする必要がある。……それに報告によれば、お前が使っている銃はガタが来てるそうじゃないか?」

 閣下の目線が、田中の拵えている銃に向く。田中は今まで使っていた銃を抜くと、カウンターの上にコトッと静かに置く。弾倉を抜き、スライドを引いて薬室に入っている弾丸を抜き取る。その様子を確認すると閣下は銃を手に取り、銃を分解する。

「……」

 一通り内部を確認すると、閣下は銃を組み立て直して、カウンターに銃を置いた。

「お待たせしました」

 銃をカウンターに置くと同時に、マスターがタイミングを計ったかの様に、ウイスキーロックをカウンターに置いた。

「田中君、これを」

「有り難うございます」

 マスターから裁縫道具を受け取った田中は、階級章を交換する為に上着を脱ぎ、作業を始めた。

「タカヒロ、マッチとシガーカッター貸してくれ」

「あぁ、これでいいか? ……いつものは、どうしたんだ?」

「あぁ、あれか? 女房がな……」

 そこまで言うと、マスターは何かを察した様に、やれやれと言った仕草をした後に、自分の作業を再開した。

 田中がせっせと階級章を縫い付けていると、閣下がプカプカと葉巻に火をつけて煙を楽しむ。マスターは自身に酒を注ぎ、それを仰ぎながら田中と閣下の様子を眺める。

 それぞれが自分の為に時間を費やしながら、会話の無い空間を己のしたい事をして満喫する。

「あれ? 親父? なんだ、来てたのか?」

「リゼ?! お前なんでここに?! もうとっくにバイトの時間は終わってるハズじゃ?!」

「あぁ、それは俺が呼び止めていたからだ」

「タカヒロォ!」

 今回は、先程の様な友情の欠片を感じさせない純粋な叫び声がラビットハウスの中を支配した。

「あんまりはしゃぐなよ……。それと親父……母さんとの約束を早々に破ったのか?」

「ち、違うぞリゼ! これは、そう! 田中少尉の為に着火してやったんだ! ほら少尉! 上手く着火したぞ!」

「むぐぅ!」

 閣下の口に咥えられている葉巻に、リゼは視線を落とす。その視線を感じた閣下は加えていた葉巻を、急いで強引に田中の口に咥えさせる。

「あぁ! 少尉! 貴官は裁縫が苦手なんだな? リゼ! 少尉の階級章を縫い直してやってくれ!」

「あっ……!」

 そう言うと閣下は田中の上着を奪い取り、リゼに投げ渡す様な勢いで渡す。

「親父……情けないぞ」

「あぁ! そういえば優秀な教官を欲してたよな? ここに優秀な少尉が居るぞ! どうだ! 成り立てホヤホヤの少尉だぞ! 少尉なら引き受けてくれるそうだ!」

「んん!?」

「ほう。本当か?田中?」

 聞きなれない言葉が田中の耳に入ってくる。『父親』『教官』……。

「ん?!」

(やばい!?)

 冷や汗が滝の様に流れ出す田中を見ながら、リゼが何かを企んだ顔をして田中に近づき、耳打ちする。

『上官の娘だからって理由で、他の人間は私に指導したがらないが、遠慮するなよ。一般的な兵力補充員が受けている様な、甘ったるい訓練は絶対にするな……断ったら分かってるな?』

「親父! 田中が引き受けてくれるそうだ!」

 そう言うとリゼは田中から離れて父親である閣下にそう言う。リゼが閣下にそう言った次の瞬間には、今度は閣下が田中の近くに来て耳打ちをする。

『貴様、リゼに何かあったら貴様を事故死に見せかけて処刑するからな。覚悟しておけよ』

「じゃぁ、リゼ! 俺は先に帰ってるからな! 絶対に後から来るんだぞ!」

 キャラ崩壊も限度があるという言葉が今一番似合うであろう男が、ラビットハウスの玄関から元気よく飛び出していく。……スキップでもしてそうなテンションで……。

「タカヒロさん。一つだけ噂について修正する事が在りました」

「なんだい?」

「『娘に厳しい』では無く『娘に甘々』という様に訂正します」

「……その方が正しいね」

「奥様の尻に敷かれてるも、追加します」

「・・・・・・程々にね」

 

続く




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