「リゼさんの方は準備はできましたか?」
そう言いながら、田中は生活区とバーを繋ぐ扉を開けながら言葉を発する。
「私の方は大丈夫だが......、さっきのココアの声は一体何なんだ?」
コートを着ながらリゼは田中に声をかける。その声には、若干の呆れが混じっている様に感じる。
事実、リゼは先ほどの下ネタを含んだ会話を交わした事から、田中が何かココアに対してセクハラを働いたのでないのか? と考えていた。
「......いや? 別に? 何も」
「言葉が詰まってるぞ? 変態」
冷ややかな言葉と目線でリゼは田中に言う。しかし当の田中は、そんなリゼを見ると口角を斜め上に上げた。
「いいですかリゼさん。今の状態は、我々の世界ではご褒美ってやつですよ」
「ヒッ!」
田中の言葉に、一瞬ではあるがリゼの背筋が下から電気が流れたかの様な寒気が走る。
「とまぁ、冗談はここら辺にして、いい加減帰らないと、あなたの所の怖ーい閣下に私が叱られてしまいますからね」
そう言いながらクツクツと笑う田中に釣られてか、バーカウンターにいたマスターも同じようにクツクツと笑い出した。
「そうだね、忠義君。早くリゼ君を家に送り届けないと、シバキ上げられちゃうかもね」
マスターがそう言うと、田中は左肩に背負っていたボルトアクションの銃の位置をジャンプする様に調整し、外につながるドアを開けた。
「じゃあ行ってきます。頂いた飲み物のお代は、帰ってきたら払います」
「いや、最初にも言ったれども、これは私からの奢りだよ」
そう言うと田中は軽く頭をさげリゼにアイコンタクトを送り、外に向けて足を進める。
「忠義君、これをもって行きなさい」
そう言うとマスターが田中に何かを放り投げた。
「おぉっと! ......携帯電話ですか。ありがとうございます」
「私の使っている携帯だから、私宛に誰かから電話がかかってくるかも知れないけど、とりあえずは持っておいてほしい」
「? わかりました。ありがとうございます」
そう言うと田中は、開けていた扉から外に出た。
田中から外に出て、続いてリゼが外に出る。
リゼが外に出たのを確認して、歩き出す。それにならってリゼも歩き出した。
田中とリゼが歩き出して暫くの時間が流れる。その間の会話は無言であったが、田中は特に無言の空気は気にしない様であったが、反対にリゼは気にしているのか、何か話題を探そうと必死に頭を回転させていた。
「こっちだ......。こっちからの方が近い」
そう言いリゼが指さしたのは、公園の入り口であった。
「そうなんですね。わかりました。そっちから行きましょう」
田中はそういうと、リゼが指を刺した方向に歩を進める。
リゼは、田中が公園の中に入っていくのを確認すると同時に(やってしまった)という思いが出てきた。
実際問題、リゼが指さした公園からの帰路は近道でも何でもない。近道どころか、距離的には若干遠くなる。しかし、リゼは考え無しとも取れる様にこの道を提案した。
気になる田中の戦歴。リゼ自身、噂程度では田中達の様な兵士達の話は訓練時などで様々な所で聞いていた。しかし、目の前にはその話の元になっている人物がいる。
「なぁ、田中」
遂に無言の空気に耐え切れなくなったのか、リゼは田中に対して重そうな口を開いた。
「お前は、なんで軍隊に入る流れになったんだ? 私たちの様な学生は徴兵されるわけないだろうに」
リゼの素朴なぎもんでもあった事を聞く。
リゼも田中も今は高校生であり、本人の希望があれば、予備隊にも職業軍人として働く事ができるが、戦争が始まったのは凡そ4年前。リゼも田中も中学生の時に戦争が始勃発した。
先進国であれば、中学生で戦争に行く国はないだろう......と考えての発言だった。
「あれですよ。戦争が始まってから、半年ぐらい経った時に、全国で一斉のテスト受けたの覚えていますか?」
田中の言葉に、少し古い記憶を思い出す為に腕を組み、唸りながらリゼは考える。
「それって確か......10月位に全国で一斉に行われたテストか?」
思い出したかのように、懐かしい感覚と共にリゼの頭の中から出てきた記憶を口にだす。
「多分それですね」
「そのテストが一体何なんだ? 確かに、あのテストの前後は教員たちがピリピリとした雰囲気を出していた気がするが......」
さらに詳しく出てくるリゼの記憶を聞く田中の顔は、先ほどラビットハウスにいた時と違い、表情自体はラビットハウスにいた時みたいに、道化の様な少しふざけた表情を貼り付けていたが、雰囲気は微かではあるが真面目な、若干ピりついた空気を身にまとっていた。
「私たちは、そのテストに引っかかったんですよ」
そういう田中の声色は、重いとは感じないようではあったが何故だか聞く人の背筋を伸ばすくらいの重さがあった。
「それって......」
りぜが何かに気が付きそうではあるが、もう一つ何かが足りないよな理解の声を漏らす。
「あのテストは......なんて言えば良いですかね? うーん......今後の国の未来を動かす人間と、将来なんの役にも立たない人間を選別する為のテスト? みたいなヤツと前線では言われていました」
田中は、斜め上を見上げながら若干自虐気味な言葉を吐く。
「そんな言い方......」
「ですが実際に優秀な人材は、国内に残りました......。見てくださいリゼさん。星が綺麗ですね」
リゼが田中に次の言葉を掛けようといした瞬間に、彼は空を見上げながら呟く。
夜空には満天の星空が広がっており、空一面が星の絨毯の様にも感じられた。
「常に身の回りにあるものでも、毎日見ているつもりでも、案外見てないんですよね」
田中が呟く。リゼもその言葉に賛同し、無言で一回頷いた。
「だからって言うのは可笑しな話ですし、若干話の流れを止めちゃいましたけど、私個人の意見としては、貴女が軍人になる事には反対です」
何を言う! という言葉はリゼの口からは出てこななかった。なぜならば、田中が矢継ぎ早に次の言葉を話していたからである。
「貴女はこの国の未来を託された人達のうちの一人なんですよ。こんなこと言っても貴女にはまだ理解できないと思います。しかし......」
『しかし』の後の言葉は続かなかった。
その原因は、リゼが田中を力強く押し倒したからである。
「どうしたんですか? 人気もない所で、そういう気分になっちゃいました?」
右肩に走る鈍いような、しかし鋭いような痛みに耐えながら、田中はいたって普段と同じように口を開く。
そんな冗談を言っている場合ではない......とはリゼの口から出ることはなかった。
何故ならば、リゼの左後ろから甲高い小さな爆発音が2発、3発と聞こえてきたからである。
甲高い小さな爆発音の後に、少し遅れて何かがドサッと落ちる音がした。
「いつからだ? ったく後方は安全は幻想か何かなのか?」
リゼは顔を上げ漏れる様に呟く田中を見ると、左手にまだうっすらと白煙が上がっているであろう拳銃を握っていた。
その姿を確認すると、リゼは急いで体を右に捻り、ドサッと何かが落ちたであろう方向を確認する。
「これは一体......!?」
リゼの視線の先には、黒い戦闘服に身を包み、その体の直ぐ傍には、最新型とは言えないが高性能なアサルトライフルが転がっている。
「さぁ、早く立ってください」
そういうと田中は自身の体半分を覆っていたリゼの体を、ポンポンと2回ほど優しく撫でる様に叩き、立つ事を促す。
田中は立つと同時に、後ろに倒れている兵士に向かって再度発砲し、兵士が上げる呻き声が聞こえなくなる事を確認した後に、左肩にかけていた銃の位置を治す。
「お、おい」
倒れている兵士に発砲したことにリゼは驚きの余り声を出すが、田中はその行為事態を気に止めていない。
「走れますか?」
リゼが答える前に田中は倒れた衝撃で地面に投げ出されたボルト式の銃を拾い、そのまま彼女の腕をつかみ走り出す。
彼らが走り出した事が合図だったのか、四方八方から破裂音が響く。
何か隠れる場所はないか? 敵はどこに居て何人いるのか? を田中は周囲を見回す。
しかし周りを見渡した所で周囲には月明りと街灯が照らす明かりしかなく、周りの状況は今さっきまで田中達が雑談を行っていた景色と一行に変わらなかった。
「りぜさん立って走ってください!」
田中の言葉と同時に立ち上がり、勢いよくリゼは走り出す。
田中達が走り出した瞬間、四方向から一斉にカツカツとコツコツの音が混じった様な音......サイレンサーを装着した銃の銃声が聞こえる。
田中は走りながらも、銃声が聞こえてきた方向に対して2、3発ほど撃ち返すが銃撃が弱まる事がなく、見当違いの箇所に撃ってしまったのではないかという気持ちが彼の中に生まれた。
どこに敵がいるかわからないが、とにかく走って逃げ続けるが一行に銃声が鳴りやむ事はない。
「りぜさん! 近くに兵士が駐屯している場所はありますか?!」
田中の叫び声にも聞こえる声に、リゼは必死になって近くの情報を思い出す。
「近くに兵士が駐屯している箇所はない! ......が着いてこい! 籠城するに打ってつけの場所ならある!」
そういうとリゼは田中の少し前に出た後、左に向かって走る。
「この公園の中央広場に噴水がある! その中なら少し離れているが、この銃弾を凌ぐ事ができるはずだ!」
リゼは父親が『もしもの時にはこの場所を利用しろ』と言っていたいくつかの場所の内の一つを思い出し、その場所であれば現状を直接打破する事はできないにしろ、その後の行動を起こす為の行為を行う事ができると考えた。
「それはありがたい!」
そう言いながら田中は上半身を捻り後方に1発と左右に2発ずつ、最後に正面に2発の計5発の銃弾を放ち、いまだ見えない敵に応戦する。
銃から排出された薬莢が街灯に照らされて、黒くくすんだ色を映し出しながら地面に吸い込まれる。
走りながらではあるが、地面へと落ちた薬莢が不自然に転がる音を放った事を田中は聞き取る。
敵が後方から追いかけている......。
田中は銃声が四方向から聞こえてくる中ではあったが、不自然なその音を聞き取ると同時にその方向に銃口を向けて引き金を3回ほど引く。
銃口から放たれた弾丸は大き目のマズルフラッシュに後押しされる様に銃口初速650m/sを持ち照準先に飛翔する。
大きい何かが転がる音が聞こえるが、田中はそこに気を取られることなく、さらに後方の別方向に引き金を引き続ける。
走りながらであり、見えない敵に対して引き金を引いている為、弾が自身達を狙っている敵に命中する可能性は限りなく低い。
しかし、それでも田中は銃の引き金を引き続けることを止めずに引き金を引き続ける。何度も何度の引き金を引き続けていると、田中が握っていた銃のスライドが後退したままで再度全身をしない状態で固まる。
瞬間的に田中は自身の背筋に得体のしれない悪寒を一瞬ではあるが感じた。左手に握られた銃の銃口を空に向ける様にして銃の状態を素早く確認する。薬莢にスライドに排出された薬莢が引っかかっていない事を確認すると、引き金にかけていた人差し指で器用にマガジンリリースボタンを押し込みマガジンを自重で落下させる。
それと同時に、アドレナリンが出てるとはいえ痛む右肩の訴えを意識しないように、背中側に収納しているマガジンを引き抜き銃に挿入する。マガジンの挿入と同時にスライドリリースボタンを操作し、弾薬を役室に送り込む。
それまで特に後方ばかりに注意していた田中だが、不意に前方に注意が逸れると同時に前方に向けても弾丸を放った。
チラッと見えた黒い影が前方でヨロりと姿勢を崩すが、すぐに立ち直る度同時に、カツカツカツと独特な発射音を立てて弾丸を放つ。
「クソ! やはりこのままじゃこちらが押し負けちまう!」
......
......
......。
「お嬢様、お怪我はありませんか!?」
そう言いながら援軍として駆け付けた白布ベースに赤い十字架があしらわれた腕章を腕に巻いたが兵士が毛布を片手に抱えながら近寄る。
「あ、あぁ。私は大丈夫だが......」
そう答える私の目線は先ほどまで火力不足でありながら敵と超接近戦を繰り広げていた少年が、血まみれになりながら石造りの壁にもたれかかっていた。
「衛生兵が言うには、一見血まみれに見えますが、それは敵の返り血を浴びているだけであり、大きな傷といえるのは顔の右側に打撲があるだけです。ぐったりとしている理由としては、右肩の痛みをとる際に使用した鎮静剤の影響である為、問題はないとのことです」
そう言いながら兵士は私の体に毛布を掛けると同時にポケットから細長く包装されているものを私に手渡すと同時に、座って安静にするように言葉を掛けた。
私はその言葉に従いながら手渡されたものを確認し、それが甘いチョコレートバーであることを確認すると同時に袋を開け、噛り付いた。
チョコレートバーを半分近く食べた時にふと壁にもたれかかった田中に近づく兵士の影を見つけた。遠くからであるため、兵士の詳細は分からなかったが、その兵士のの雰囲気からするに田中と近しい年齢であり、つまりは私と近しい年齢である事が分かった。
その兵士は二言三言田中と会話をすると、ポケットから煙草を取り出して火をつけ田中の口にくわえる。田中は顔を上げることなく煙草をくわえると煙草の煙を吸い吐き出した。
煙草を咥えさせた兵士は、田中が煙草を吸うのを確認すると自身も煙草を咥え火をつけて、どさりと腰を地面に据えた。