最近、恋に落ちました。   作:母は歯はいい

11 / 12
第八話

 今日は新曲を携えての病院ライブ(2回目)である。2週間前から練習に参加し、もう本当に忙しかった。テストもあるし、バイトもあるし、他にも色々とあるわけで。充実し過ぎて過密だったわ。

 

 

 あれから1週間くらい経った後、あかりちゃんは元気になった。

 

 お見舞いにほぼ毎日行くとそのくらいのことは分かる。

 ただ、そこまで目立つ変化ではない。一応前を向いてみようかなという一歩目を踏み出す助走の段階。そういう意味ではこころみたいな完全元気フルパワー100%みたいな状態ではない。例えるならば、月曜日の朝「うわー今日から学校だぁ……。行きたくないなぁ……けど行くかぁ……」となっている状態だろう。

 

 違ってたら……うん、まあごめん。

 

 だが、あかりちゃんにとって前を向き始めたという事実こそが大きな進歩だ。看護師さんが教えてくれたのだが、少しずつリハビリの話も聞き始めているらしい。俺を見つけたあかりちゃんが密かに笑顔をこぼすところも時々見ることがあるくらいだ。

 

『私を見ないで』

 

 初めて会った時、つまり一番最初の病院でのライブの際俺が感じた彼女からの圧力だった。敵愾心と嫌悪感、それに絶望感を前面に押し出した圧力は見ていて辛くなった。

 

「それが今では逃げずに、きちんと前を見ている。……成長したじゃないか」

 

 

 

 だが、俺ではあと一歩足りない。

 まだリハビリの話を聞くだけだ。いざとなったら足が竦んで動けなくなるらしい。

 ……俺と一緒だと思った。一歩目を踏み出せず誰かに助けを請えることもない。自分が解決するしかない問題で選択権は自分しか持ってない。他人を現状から排除するしかなかった。

 

 そんな俺が最後に救われたのはこころの輝きなのだ。

 そういう訳で俺のやり方では残り一歩が詰められない。

 

 

「だが、こころなら変えられる」

 

 

 ──ー俺を変えたように。

 

 だから、俺はハロハピのライブを全力でサポートしよう。

 いつもの定位置である簡易ステージの裏側。発泡スチロールで作られた背景に身体を預け、インカムをつけてミッシェルに繋ぐ。ステージの真裏の狭い空間から吹き抜けとなっている天井を仰ぎ見る。

 今回のライブはインカムでの会話はなし。あっちからの声はよほどのボリュームじゃないと聞こえない。指示も出すのは俺だけだ。

 

「さぁ、見せてくれ」

 

 

 

 

 

 

 キーボードをタッチする右手は絶え間なく動き続け一瞬のタイムラグも許さない。身体の全ての細胞がこのライブを成功させることだけを考え続けているのだ。

 

 薫さんのマジックにはライブ会場周辺にプロジェクションマッピングの要領で空を写す。吹き抜け全てが空に変わって外の風景とも合致する。ヤバすぎて最高だろう? 

 

 サビ前になった瞬間に三体のドローンが花吹雪をゆっくりと散らす。鳩に当たらないように俺が両足と左手でコントロールする羽目になった。

 ……筋肉痛になりそうだ。

 

 ステージの色もプログラミングで現在進行形の稼働中。さらにス○イダーボットの大活躍。ギミックその1である可視光線を出しまくりのスーパーサプライズ。因みにこいつらは短時間なら蜘蛛の糸出して空中を動き回れるのだ。改造に苦労した部分でもある。

 

 

 観客は熱狂。見ていなかったはずのおじいさん達もなにごとかと見に来て、この光景に顎を外して、彼らもまた熱狂する。

 熱さは伝播し病院全体にまで嵐を起こす。

 

 ありがたい事に黒服の人たちはこのライブを一ミリも規則を破らず成功させるつもりらしく、ライブ会場として提供してくれた場所から通路や病室に音以外は何も通さない。環境を作り上げた。

 ドローンが飛んでいるのは大体4階。つまり、1フロアにつき一人で対処している。花弁の一枚もフィールド外に落ちることはなく、ボットのレーザー、一つさえ持っている手鏡で対処し、全く病院の業務を損なわせず成立させていた。

 

 ……正確さがもはや人間ではなかった。

 

 

 

 

 ステージやその周辺の状況を全てカメラで見ていた俺は一人スクリーンに向き合い続ける。背後の熱狂は俺には通じず、暑くなるのは機材ばかり。何にも上手くないことばかり考えながら俺は手足と目と耳に全神経を集中させて完璧に補足する。

 どんなラグも起こさず、今後に活かせる最高効率を叩き出す。

 

「まだまだ続くぜェ!」

 

 ……おかしなテンションになってることは否めない。

 

 

 

 

 ライブが終わる。

 これで今日の仕事は終了だ。お疲れ様。

 愛用のパソコンに手を重ね、撫ぜる。ボットたちもほとんど一斉にステージ裏に戻ってきた。ドローンも無事帰投。

 

 

「……ありがと。お疲れ様」

 

 

 働き過ぎて熱くなった機械たちにひと時の休息を……。

 

 

 

 

 

 気づけば夕方だった。場所はライブステージの裏側。前が壁で左右は機材に囲まれたはずの狭っ苦しい場所。本当に四畳半もない狭い場所だ。因みに左右を覆っていた音響機材たちはすでに片されているようでそこそこ快適だ。

 ……よくこんなところで眠れたよ。

 周りを見ているとライブ会場が撤去され始めていた。感動的なシーンさえも俺は寝過ごしてしまったようで、うん、まぁ……シャレにならない。

 

「……おぉ、久し、振りに……身体が、重い」

 

 妙な使い方したからなぁ……。歩けるかしら? ……でも、今日は歩かなくてもいいか。どうせ病院だからな。氷でも貰って大人しくしてよう。

 

「疲れた……。……、温泉にでも……」

 

「すっごくおじさんみたいなこと言ってますよ、先輩」

 

 現れたのは美咲だ。いつものように帽子を被ったラフな格好の美咲。

 

「仕方がないんだ。機材が予想以上に熱くなって脱水症状寸前までなる上、ドローンのコントロールをオートでしようと思ったら回線多すぎラグ多過ぎで完全手動になったんだ。まぁ足も全力で使ったが」

 

「動かないんですか?」

 

「動けないんだ」

 

 俺が足を見ると美咲は全て察してくれたようで、あちゃ〜とすごい苦笑いを浮かべてしまった。まぁ仕方ないよね! 

 

「氷を貰ってきてくれないか? 冷やせばなんとか動けるはずだ」

 

「……ずいぶんな希望的観測ですね。分かりました。貰ってきます」

 

 美咲は走って行ってしまった。身体が完全にだらける。あと少しで横になってしまう。

 ズルズルと背中が壁から離れていく。ブレーキをかけようとしても止まらない! 

 

「……耐えろ、耐えるんだ。病院の壁で一夜を過ごすとか、はっきり言ってバカだぞ!」

 

 身体は拘縮し、筋肉は緊張し、全体で見ればプルプル震えている。もう面白過ぎでしょ!! 

 そうやって俺が我慢していると、こころが現れた。もうさっきまでのバンド衣装から着替えており、白と赤のストライプのシャツにオーバーオールだ。何度見ても可愛いと思う。

 そんなことを考えていれば、こころは手を差し出してくれた。だが、俺も男だ。根性でずり下がった背中を必死になって持ち上げ座位を保った。

 それにしても、待ってくれていたのだろうか? 

 

「みーつけた! すごく探したのよ! 感謝しなさい♪」

 

 ……うっはー! 可愛いなぁー! 

 上から目線なのに悪気がないところがめちゃくちゃ可愛い! 

 うん、もうね。ヤバい(語彙力)

 

「……ミツだな、入れ知恵したのは」

 

「? その人は誰か知らないけど、千里にはこう言うと元気が出るって教えてくれたのよ!!」

 

 はーい、あったりー。コーならこんなこと言わずに直接来るし、ゲンは基本的に女の子と上手く話せない。ほら確定。

 だが、ミツよ──ー

 

「邪気のない上から目線……。なかなかにいいな」

 

「? 何か言ったかしら?」

 

「いや、それよりも俺はあと少しで動ける」

 

 そう言って体に力を入れる。

 

 尻が浮かんだ。ただ、それだけ。

 

 ……できることといえば転がることくらい。……非常に虚しい。

 こころはそんな俺を見ても笑わなかった。

 

「……美咲が氷を持ってくるから、少し待ってくれ」

 

「もちろん! それじゃあ、お話ししましょ?」

 

「! あぁ、その方が気が楽だ」

 

 にっこりと笑いながらこころは俺の隣に座った。三角座りで体を左右に揺らしてすごく楽しそうで……。そんな元気なこころを見てまた惚れそうになってしまう。

 ……相変わらず俺という男はチョロい。

 

「あかりはこれから頑張るって言ってたわ! センリがあかりを笑顔にしてくれたのよね! ありがとう!!」

 

「……なんで俺があかりを笑顔にしたと思ったんだ?」

 

 ……バレないようにしたのに。

 

「『お兄ちゃんにまた来てねって伝えて』ってお願いされたの。ハロハピに男の子はセンリしかいないわ!」

 

 演出家の俺にも言葉を残してくれるなんてあかりちゃん、いい子だ。手を貸した甲斐があったというもの。想いを馳せるとこころは俺の瞳をまっすぐに見つめてきた。

 というか勘違いかと思ったけど近いな……。

 

「こころ、近くないか? 俺のそばに居ると暑いし、何より…………臭いだろ?」

 

 今日のライブで汗だくになった状態で汗も拭けなかったし最悪だろう。俺でもこんな奴に近寄りたくないって思うし。

 そんなふうに思っているとこころは首を振った。

 

「そうね、汗臭いわ!」

 

 ……にっこり笑顔でドギツい言葉を惜しげもなく言うなぁ……。

 …………ちょっと泣きそうになっちゃったよ。

 

「けど、それは千里がよく頑張ったからよ! ありがとう!! 

 ライブが成功するのはいつも千里のおかげなんだから!!」

 

 

 

 

 ………………。(号泣)

 

 

 うわー、もうだめー! まじでヤバい! 頭ん中で笑いが止まらねぇ!! 

 だってよ、好きな相手だぞ! 何度も言うけどな、俺は表情変わらんだけで結構泣き虫なんだ! 分かるか? 分かるよな? だからさ、もうこころからそんなに褒められたら俺、発狂しちゃうから! 

 

「う、ぐ、うおぉぉぉぉ……」

 

 普通におかしなくらい泣いちまう。服で拭けども涙は溢れた。

 堪らず頭を下げる。多分泣き顔を見られたくないからだ。

 ポロポロと呆然と流す涙は俺の中でも結構多い。けれども、

 

「せ、千里! どうしたの? 泣いているわ!」

 

 ほら、こころも動揺するくらい泣いてる。涙でタイル床に水たまりができてしまいそうだ。

 

「だ、大、丈夫、だ。……だから、心配、すんな。

 

 

 ……これは、ただの、……嬉し泣きだ!」

 

 しばらくの間俺は珍しくあたふたしたこころに慰められることになった。

 ……正直それを嬉しく思う俺もいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後、あかりちゃんから俺宛てに手紙が届いた。当然、ハロハピへの手紙とは別のものだ。俺は慣れ親しんだ自宅のペーパーナイフで封を切った。

 中身は二枚。そこまで量の多い文章ではなかったが、すごく感謝しているらしい。

 ……久し振りに心が、暖かくなった。

 

 続けて2枚目の最後に目を通してみると、俺は飲んでたコーヒーを吹き出しそうになった。

 

『お兄ちゃんがフられたらあかりのおよめさんにしてあげる!』

 

「……ヒロインかよ」

 

 ……そんなことを言う前にリハビリしなさいっての……。

 苦笑いをこぼしながらそんなことを考える。着々としかし、噛み締めながら俺は文字をなぞる。

 

 ……小学生にしては綺麗な字だった。ヘタしたら俺よりも……。

 

 

 

 

 手紙を読み終えると一番最後に紙切れがホッチキスで止められていた。もちろん、破かないように剥がした。

 

「……いいね。やる気が出ちまうよ」

 

 俺は居てもたっても居られず、外に出た。まだ春の色を残す爽やかな空気が胸いっぱいに入り込み、少しずつ夏の色も写し始める時期だった。

 右手に持った小さな小さなメモ用紙をもう一度目に通す。

 

「『がんばってね』、か……。ククク、テンションがやっぱ上がるな」

 

 

 

 

 

 この時、彼の顔は悪魔のような表情になっていたらしい。

 ただ、確実に浮かんでいたのは笑顔だったことを千里はまだ知る由もなかった。

 

 

 

 




バンドストーリー一章おしまいです。

取り敢えず、アンケートの結果からオリジナルストーリーを一つ書いてみたいと思います。
これからも感想評価よろしくお願いします。

バンドストーリーが終わった後は……

  • イベントストーリーを見たい
  • オリジナルストーリーを見たい
  • 主人公たちの過去編を見たい
  • その他(中身は感想欄に)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。