最近、恋に落ちました。   作:母は歯はいい

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期間が空いて申し訳ない。プロローグ1を覚えてない方はもう一回読んでもらえるとありがたいです。


プロローグ2

 片手に持ったワイングラスの中にはブドウの飲み物がある。パーティーが始まってからずっと緊張しっぱなしで、ずっと一番後ろの方に所在無げに立っているのに未だ慣れない。

 

 “燕尾服やドレスなどで参加する紳士淑女の集まり”

 

 そんな異次元的魔境に身を置いて平然としていられる奴を見てみたいと心の底から羨んだ。

 因みに今絶賛頭の中を走り回っている疑問はこのグラスの中に入った飲み物をただジュースと言い捨てていいものなのか、という ここで考えること? というような疑問だ。あまりに庶民すぎて滑稽だろう。

 

 顔をつねって痛みがあった。もう3度目だが相変わらず痛い。赤くなった口の右端は吊り上げられて笑えていない。痛みは淡々と呟き続けた。

 

 

 なんとなく、右を見る。テレビで見たことのあるような政治家さんがワインを片手に談笑していた。

 

 左を見る。毎年紅白に出るような有名なミュージシャンが食事をしながらこれまた有名な女優さんと仲が良さそうに話していた。

 

 背後を見る。壁に寄りかかるのは今年2枚目俳優としてテレビや映画に引っ張りだこになっていた人だし、その人と話すのは映画のスポンサーだった大企業の社長だった。

 

 

 どこを見ても有名人ばかり。名前の出ない人もいるけど貫禄のある人達ばかりだ。自分なんて絶対に浮いている。

 視線をどこにやろうか迷った挙句に上を向くと凄まじい大きさのシャンデリア。。。うん、目が回ってきた。

 

 

「……どうしてこうなったんだ?」

 

 俺は浮き足立った心を落ち着かせるために1週間前のあの日のことを思い出した。

 

 

 ###

 

 

『こ、こんばんは! き、今日もいい天気ですね!』

 

 憧れの女の子との再会でそんなスタートを切った。

 羞恥や焦燥やその他諸々の感情が俺の身体を駆け回る。走って、跳ねて、体当たりして。心の安寧を悉く破壊し尽くすその衝動はどうやら相手には伝わっていないようだった。

 

「えぇ! こんばんは! それで、あなたは誰だったかしら?」

 

 ……まぁ、そうだろう。一度見かけただけの存在を覚えていられるはずもない。そう思った俺はたった一言。「少し前に会ったんですが……」とだけ告げた。

 恐らく、薄い笑顔を貼り付けたように喋ったように思う。……もちろん、確証はない。

 

「そうかしら? あたしは覚えていないわ!」

 

「そうか。 ……少し残念だ。 なら、今後も俺は君と会いたいから自己紹介だけはしておきたい。 そのぐらいの時間はあるか?」

 

 緊張を強引に潰してみると口調はすぐに砕け、いつも通りぶっきらぼうな物言いになった。それでも女の子は嫌な顔ひとつしない。そのおかげか幾分か余裕を持てた俺は周りを見渡してみる。

 家族連れやカップルで廻る客の割合が多いが、女の子の連れはいないようだった。聞けば、親とは来てないらしい。しかし同時に彼女の保護者らしき人も見当たらない。

 まぁ、待たされているからと言って女の子に話せるほどの時間があるかどうかは判らないんだが。

 

「えぇ、もちろん! 黒い服の人たちとお買い物に来てるだけだもの! どこからかみているんじゃないかしら?」

 

「そ、そうか。 怪しい人についていかないようにな」

 

 ……保護者の心配が現実にならないといいが。まぁ、俺がいるからとりあえずは大丈夫だろう。うん。たぶん。

 

「じゃあ、俺の名前から。俺の名前は “吉野 千里” 。君の名前は?」

 

「あたしの名前は “弦巻 こころ” よ! これからよろしくね、千里!」

 

 ……こころ。 ……こころちゃん、か。

 

「うん、いい名前だ。 こちらこそよろしく、こころ」

 

 

 俺たちはその日始めて言葉を交わした。聖夜にはまだ、少し早いとある冬の日のことだった。

 

 

 

 

「それじゃあ、連絡先を交換しないかい?」そんな風に切り出そうと思ったが、残念ながら不発に終わった。こころが言っていた黒い服の人たちが戻ってきたのだ。

 

「……。 お車の準備ができました。 パーティーグッズも揃いましたので帰りましょう。 おや、そこの方は?」

 

「彼は千里よ! 吉野 千里っていうの! あたしに声をかけてきてくれた男の子! そういえば、初めてだったわ!」

 

 フフフッと両手を口元に当てて楽しそうに笑う彼女はとても仕草が綺麗で、表情が可愛くて……。俺は暫く惚けて見ていそうになった。

 

「吉野様。 今日は夜も遅いですから家まで送りましょう。 お嬢様もそれを望んでいることでしょう」

 

「そうね! それがいいわ! 千里、一緒に行きましょう!」

 

 ……正直に言えば、これ以上ない嬉しい提案だった。好きな子と一緒に居られる上に送ってくれるのだ。俺の心はほとんど倒れそうなほどに傾いた。

 だけど、

 

「残念だけど、俺はこの後用事があるんだ。だから、こころとは一緒に帰れないんだ」

 

 少しだけあの日見たままの笑顔が陰る。あぁ、俺はそんな顔をして欲しくないのに。だから、言葉を続けよう。後悔しないように。

 

「けど、俺はまたこころと遊びたい。

 

 だから、また連絡するよ」

 

 その言葉を聞いたこころは少し残念そうだったけど、心に一区切りついたのか。この季節に似合わない向日葵のような笑顔を見せてくれた。

 その笑顔は全ての人間を溶かしてしまうような熱を感じた。

 

「分かったわ。 それなら来週のパーティー、千里もうちに来るといいのよ! 約束よ!」

 

 強引だなぁ、そんな風に思ったが嫌ではなかった。何しろ好きな子からの誘いだ。嫌がる選択肢は当たり前のように、ない。

 

 

「分かった。じゃあ、約束だ」

 

 俺はそう言って右の小指を優しくゆっくりと立てた。

 

「ええ、約束ね!」

 

 彼女の小指が俺の小指を絡め取り、「ゆーびきーりげーんまーん」と彼女はなぜか小さく声を上げる。違和感を覚えたけれど、俺もそれに合わせて小さく声を出した。

 

「「ゆーびきった!!」」

 

 俺とこころは二人して笑い合う。寒さで表情が硬くなっているのもこころの笑顔を見るだけでほぐれていくのが分かった。

 

 

 

「それじゃあ先に行くわ! またね、千里! バイバーイ!!」

 

 連絡先を交換した俺はこころを見て手を振った。途端に襲う寒さは非常にきついものだけれど、胸の中にこころの笑顔がくれた暖かさがあるのが分かった。

 だから、俺に怖いものはない。

 

「さぁ、いこう」

 

 俺もまた、一人で色鮮やかな灯りの元を歩き始めた。

 

 

 ***

 

 

「それが今日になってリムジンでお出迎えしちゃうんだもんなぁ……」

 

 1週間前の信じられない出来事から急に俺はこころと親しくなっている。そんなこころの瞳はいつも輝いていて。けど、どこか見透かしているような……。いや、違うな。なんとなくだが、見えてしまっているだけなのだと思った。

 確証はない。でもそこまで外れた予想ではないだろう。こころは純粋に見つめて、見極めて。その上で、不可能を可能にしようとするのだ。

 

 だってそうだろう。今も彼女は父親らしき妙齢の男性に連れられて色んな人に挨拶をしている。あの無邪気さはそのままにして笑顔を振り撒き続けている。

 

 今まで必死にだらしない態度を見せないようにだろう。身体が勝手に硬くなってしまっていたのに、この瞬間肩のどこかの力がフッと抜けた気がした。

 

 あぁ、こころとずっと一緒にいれればどれだけ嬉しいことだろう」

 

 口から漏れ出たその理想は前に広がる華々しいパーティーへと向かわなかった。一文字ずつゆっくりと、断絶されたただの虚に吸い込まれていった。

 

 はぁ、トイレに行こう……

 

 俺は装飾豊かな扉に手を伸ばした。

 

 

 ***

 

 ところで、100人以上が会場に揃う立食形式のパーティー会場で、たった一人の所在確認を常にすることは当たり前のように難しい。けれど、

 

「千里、笑顔じゃなかったわ……」

 

 彼女———弦巻こころは彼のことに気が付いた。

 それは彼女のみんなを笑顔にしたいという願望のためか。それとも無意識に意識しているのか。

 誰にも知る由はない。

 

 ***

 

 

 汚れひとつない綺麗なトイレに掃除用具の影すら見かけない完璧なトイレだった。そんな感動を噛み締めながら、手を綺麗に洗う。オールバックにした髪を少しだけ整えながらハンカチを取り出した。

 

 歩きながら手を拭いていると太陽がそこにいた。

 トイレから出てすぐにある眩いばかりの煌めきを発するソファ。そこには絹のように滑らかなショールを羽織ったこころがいた。少々驚きながらも俺は躊躇うことなくこころに近づく。俺の辞書に一歩引くという文字はないのだ。

 ……恐らく辞書にも一歩引くというのは、単語一つで載ってはいないだろうけれど。

 

「どうしたんだ、こころ? まだ挨拶とか終わってないんじゃないのか?」

 

 少し俯き気味にこころは首を横に振った。

 

「誰かを待っているのか?」

 

 今度は首を縦に降る。それでも相変わらず俯き気味だ。

 俺はどうしたらいいか分からず、堪らず彼女の名前を呼びかけた。

 

「こころ……?」

 

「あたしは誰かを笑顔にすることが本当は、とてもとても難しいことだと知ってるわ」

 

 だろうな。だからこそ、踏み込めなかったのだろ? 俺が君の申し出を断った時に。

 

「でも、あたしは諦めたくない! みんなを笑顔にするの! それは……きっと尊くて大事な気持ちだもの!」

 

 そうだな。俺も子供の頃にそう思った記憶がある。世界中の人を幸せにできる方法はあるのか。真面目に考えたことさえある。

 諦めなかったからこそ、踏み込めなかった。

 

「でも、あたしはあなたを笑顔にできていないわ! だって、あたしはあなたの望みを知らないもの! 知らないとあたしは何もできないの」

 

「俺はこころ、君と会えるだけで。君と会話をするだけで幸せなんだ。これ以上の幸せは俺には無いんだよ」

 

「ほら、その顔……。シャボン玉みたいに今にも消えそうな顔をしているわ」

 

 いつ見ても鮮やかな太陽には近づくだけで火傷する。そんなことすらとうの昔に知っているのに近づいた俺だ。……そう、俺はあの瞬間に覚悟は決めていた。

 あぁ。けど、もっと遅いと思ってたんだけどな……。

 

 

「じゃあ……あなたの望みは叶っているのに、どうして笑顔になれないの?」

 

 

 ほら、一番聞かれたくないことを聞いてきた。




後1話続きます。

バンドストーリーが終わった後は……

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