バイトが忙しかったもので。
それではどうぞ。
『どうしてあなたは笑顔にならないの?』
こんなモノはこころが言わなければただの皮肉を込めた問いだ。いつもなら受け流すし、できなくても笑って誤魔化すことができる。
でも、こころは違う。
心からの笑みを求めている。俺が奥底から幸せな気持ちになることを望んでいる。だから、受け流すこともできないし、笑って誤魔化すことなんて言わずもがな、だ。
こころに対して真摯に、自分の
まるで殻を破る手助けをするように。
「俺も昔は笑っていたんだ。楽しくても、嬉しくても。稀だけど悲しい時にもね……」
だから、話そう。俺の過去を。
「小学生の頃の話なんだが、
こころは俺の瞳を見つめたまま、動かない。黄金に輝く二つの瞳でジッと見つめるだけだ。少しだけ微笑んでいるように笑顔を見せているのがこころらしい。
話を催促されているのだ
だから、俺は口をわずかに開く。
事実しか言わない。俺の考えたことを全て彼女に伝えるんだ。
そのための一呼吸。この季節に似合わない心地よい空気が俺の口にフッと吸い込まれる。
こころは身体を左右に揺らしながら楽しそうに待っている。
だから、何となくこんな切り出しで始めてみようか。
「こころ、君は自分の生まれを呪ったことがあるか?」
「そんなことしないわ! そんなことしたって何も変わらないもの!」
こころは首を振って反論した。それも笑顔だ。なんというか……こころらしくて少し笑いそうだ。
……だが、まぁ。予想通りではある。
「俺はこころと違った。ずっとネチネチと呪っっていた。俺の半生は家への呪いで埋め尽くされているといっても過言じゃない。
君は知らないかもしれないが、俺が住んでいるところではうちの家族は悪名高かった。生活自体は裕福だったんだが、周囲に恐れられていた。
「その悪評のせいだろう。家以外での生活は基本的に酷いものだった。だが、手を出すべきではないと俺は考えたから我慢した。恐怖されるからこそ、俺は手を出せなかった」
「仕返しをしない俺を見て周囲はただの嫌がらせから手段を変えた。暴力を振るわれ、罵声を浴びせられ、学校では給食を食べさせてくれず、遊ぶことは許されなかった」
「
「呪いながらも笑顔だった。
敬遠されても笑顔だった。
虐げられても笑顔だった。
どれだけ残虐な行為を受けても俺はただ笑顔だった。
まぁ、俺の中で興味関心を持たれているんだったら好かれるチャンスはきっとくるそう思っただけだったんだがな」
「……」
少し俯いているこころ。そのため表情はうかがえない。それなら、『やめて』と言うまで続けるしかないだろう。
「だが、俺にとっては当たり前の日常は唐突に終わってしまうんだ。端的に言えば、家に児相の調査が入ったんだ」
「ジソウ?」と聞くこころに端的に「児童相談所のこと」とだけ返す。
「だが、調べられただけで大して何も家の環境は変わらなかった。だが、この調査で親に俺が虐められていることを知られたんだ」
「そこから変わったのは外だ。両親はカタギではなかったんだよ」
「報復、復讐。そんな感じの名目のもとで両親は部下を使い、家の周りをチリ一つ残らぬほど掃除した」
「それから、社会は俺に更に厳しくなった」
「家族は捕まった。兄と姉はそれぞれ別の生活を始めた。
そして、俺は一人になった。不幸を呼ぶ笑顔は綺麗さっぱり捨てた。辛いってことを自覚させてくる感情も捨てた。
それでも、俺を。俺のことを。君は、見ていてくれるのか?」
こころの顔は曇ったままだ。憂いてるように見えるし、憐れんでるように見える。憐憫なんて今の俺が一番して欲しくないものなのに。
そんな風に考えているとこころは口を開いた。
「ねぇ、千里。———どうして、ずっと待ってるの?
幸せは待っても来ないわ! 幸せは掴みに行くものよ!」
ドーンッ! とそんな効果音がこころの背景に写し出された気がした。それはもう漫画のように。
……あぁ、やっぱりだ。こころのアドバイス一つでここまで心が透き通ってしまうのか。なんと俺の素直なことか。俺はそう思いながらも忘れたはずの笑顔を浮かべかけていた。
軋むようにピクピクと痙攣する表情筋も、真一文字に結ばれた口も、緩み始める。
「そうだわ! 千里! 千里はあたしと一緒に世界を笑顔にするメンバーになるのよ!」
「……へぇ。世界を笑顔に、か。
……うん。それは面白そうだ。 やってみる価値はある」
少しだけ自分の顔が動き始める。鉄面皮のように動かない顔は、今日、この時だけ頑張っていたと信じたい。
「それじゃあ、笑顔あふれる幸せな世界を目指して……」
「えぇ! 頑張りましょう! 千里!」
間違いなくこの時だ。俺の人生を180度回転させたのは。
これから色んな人に会って、経験を積んで。最後に笑顔を浮かべるのだ。
***
……んり様。 千里様。 あぁもう、千里!」
目を覚ますと俺の付き人がそこにいた。オトコの筈なのに美麗な容姿を持つ俺の付き人は大学時代からの付き合いだ。もう七年ほどになるか。
そんなことを考えられるほど思考はできている。
下を見る。こころに決めてもらった真っ白な装い。服にシワがついたら目も当てられない。姿勢をすぐに正した。
夢なんていつもは覚えていないのに。こんな時だけ思い出させてくれるなんて……。寝ぼけ眼を擦り、身体を起こしながらふと時間を見る。用意はできているが予定時刻まであと5分もある。
殻から出なくなった心に、太陽が差し込むその瞬間。そんなイメージを覚えたあの聖夜。
白ヒゲを蓄えた赤い服のおじいさんからのプレゼントは非常に嬉しいことに俺の心にキチンと配達していた。
ドタバタと扉を開けようとする騒ぎ声が鼓膜を揺らす。極めて小規模な音の発生源は親友たちの足音だった。
なんとなく、聖夜の話をしたくなった。だが、そこまでの時間はない。これも運命か。あの日の話をどうしてか、誰にも話すことはできていない。二人だけの思い出になってしまっている。
「夢を見たんだ、出会いの日の」
「……千里、お前このタイミングで寝てたのかよ」
「相変わらずの強心臓だな」「ふふっ、肝が冷えるね」
三者三様の答えだが、心配してくれている親友がいる。
「千里様。あなたは周りの期待も全部受け止められる方ですから、今後は僕にも仕事を回してくれていいんですからね」
俺に着いてくる付き人がいる。そう考えるだけで気楽なものだ。
「……呼びに来てくれたんだろ?
「そりゃあ、そうだろ。お前は今日の主役だぜ、
そう言う三成の顔はニヤケ面で喜色満面だ。ほか2人も似た感じである。
「さて、俺たちで友人代表としてお前の結婚式のスピーチをしなけりゃならんのだが……アドリブ系の、そーいう何か要望は?」
ニヤケ面のままそうのたまうクソ野郎に、あえてこんな要望を提出しようか。
「なら、付き合い始めてからのことを喋ってくれると助かる。付き合う前の話は俺とこころの秘密にしてるからな」
「つまり、捏造とかそういうことはすんなってことだろ? 分かってるって!」
はっはっはと大笑いしながらゲンは俺の背中を叩く。その痛みに軽く歪んだ表情を作った。普通に痛いんだ、仕方がない。
それに『大らかなところは君のいいところだけど、大雑把でもあるのは君の弱点だな』なんて言ってもいいがどうせ聞きゃしない。
こうやっていつも勘弁するのはなんやかんや言って俺なのだ。非常に残念だ。
「今ではこんなに笑うようになりましたが、昔は仏像かってほどに顔が変わらなくてね。あまり人には好かれないんですよ。無愛想だったからね」
「だから、『色恋なんてこいつには縁がねぇんじゃねぇか?』そう思うことも多々ありました」
「そうそう。だから、一目惚れしたって聞いた時、自分たち3人とも驚き過ぎて腰を軽くやりましたからね。おかげで今では3人とも腰痛持ちです」
式の中でも彼らの饒舌は止まらない。彼らはベラベラと飽きさせずに喋るのが上手い。身振り手振りもあり、表情も豊かな彼らの小噺は序文だけで客の視線を完全に引きつける。
スピーチの中で、ついさっきのことを思い出していた。
こころとの出会い。それから共に過ごす日々が幾度となく俺を変えていった。追いかけるだけの憧れは、隣に立ちたいという願望に変わり、最後は彼女を守りたいという覚悟に変わった。
間違いなくこれからも変えられていくのだ。
けれど、たった一つだけ変えられないものといえば。
「俺がたった一度だけの恋を掴みきったってことだろうな」
「どうかした? そんなに笑って昔の千里じゃないみたいだわ!」
「こころこそ、その
俺たちは二人で密かに笑い合うのだ。
終わりそうな感じですけど、中身はまともに進んでないですからね。
題名通りプロローグなのでそこそこ読んでくれる人がいたら書きます。恐らく、本編の内容は取り敢えず二人がお付き合いするまでということで。
それでは。
バンドストーリーが終わった後は……
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