これでは我々は満たされぬ…
何処だ…何処にある…
ソ ウ ル は ど こ だ
『黄金の騎士』亭を出て、その足で俺達はそのまま街の外に出た。
依頼書を取り出し、内容を仲間である…女司祭に伝える。
今回は調査依頼では無く、討伐依頼なのである程度の脅威は分かっている。
何でも街の周辺で冒険者他、そうでない人の死体が発見されたらしい。惨たらしい肉塊に成り果てていればゴブリンという可能性もあったかもしれないが特徴が大分異なっているとのこと。
食われていた形跡がなく、まるで槍か何かで突かれたような跡や、
肩から胴にかけてバッサリと切り捨てられたような裂けた傷口。
賊に落ちた悪党の類とも言われたようだが、持ち物が奪われた形跡が無かった為それも薄いとのこと。
ゴブリンではなく、賊でもない。ならば残るはこの辺りに現れた悪魔の可能性が高いだろうとギルドは踏んだようだ。
城塞都市の冒険者は殆どが迷宮に行ってしまうので必然的に依頼が溜まっていき捌けられなくなっていく。ギルド側経由の依頼とはいえ、周辺で被害が出ている。これ以上放置するのは不味いと思ったのだろう。それで態々上を通して俺まで依頼が回ってきたというわけだ。
いくら上級のデーモンを倒した事が証明されているとはいえ、ただ一度の実績で指名の依頼はどうなんだと思ったが、受付嬢曰く。
「信頼されてる証です、もっと胸を張っていいと思いますよ」
などと言われては受けざるを得ない。…上手く誤魔化された気もしないでもないが。
今俺達は目的地である森の中を歩いている。都市から少し離れた森の中に件の死体があった事から、そこが根城だと判断されたようだ。
恐らく森のどこかに洞窟の類があるはずだ。奴等が潜むとしたら必ずそういった場所を選ぶだろう。あてもなく常に彷徨うなんてことはないはずだ。
それに白昼堂々と表でウロウロするデーモンなどいるまい。俺が対峙したデーモンは少なくとも皆、遺跡や洞窟の中にいた。
…蝙蝠羽の奴は堂々と空を飛んでいたが、あれはあの時代には無害だったのでノーカウントだろう。
「もう目的地に近いが…大丈夫か?」
「あっ…はい。大丈夫、です」
後ろを歩く女司祭に声をかける。酒場を出た足でそのまま徒歩で来てしまったが少々無理があったか?。息が上がりかけている。歩調は落としていたはずだったが知らぬ間に元のペースに戻っていたらしい。
「無理はするな。少し休息を取ろう。ここで疲れて現地で動きが鈍っては話にならんしな」
そういって、手頃な木を背に座るよう促す。
彼女もおずおずとすぐ隣に腰を下ろした。
「すみません…気を使っていただいて…」
「ん?ああ、気にすることじゃない。私がそういった所まで気が利かなかったのもいけないからな」
携帯食の干し肉をソウルから取り出して食べる。本来必要はないが、こういったときにある程度活力を保っておかないと現地で動きが鈍るやもしれん。
水筒に入った水を飲み、彼女にも飲むように伝える。
「えっと、あの…」
「む?どうした?」
だが何やら水筒と俺の顔を交互に見ては、飲むのを躊躇っているようだ。一体どうしたのだろうか?
「飲んでおいた方がいい。これからまた少し歩くことになる」
「そう、ですね…では…」
意を決したように水筒を口にする。別に毒が入ってるかどうか分からない物を飲む訳でもないだろうに…心なしか、顔が赤くなっているような気がする。水筒に入っているのは只の水の筈だが…?
だがその前に大事な事を確認する必要がある。彼女がどんな奇跡を使えるかだ。それ次第で立ち回りを変える必要が出るだろう。
「そういえば君が使える奇跡を聞いていなかったな。何が使えるんだ?」
「え…と、わたくしが授かっているのは
俺あまり奇跡に詳しくはないが随分と多いな。確か普通の神官の冒険者は1つか2つ、多くて3つ程度と聞いたが…
彼女はとても才能に恵まれた司祭のようだ。何故一党を組んでいた奴等は置いていったのか。とんでもない逸材ではないか。
そしてそれぞれの効果を簡単に纏めると次のようになる。
どれも単純に使う以外にも用途がありそうなものばかりだ。
場合によっては戦術的な使い方をしてもらうかもしれない。
使い方に至高神とやらがどう思うかは定かではない。
生き残るのに神々の都合など知ったことか。
しかしこのあとはどうするか。野営をするにはまだ早いし、このまま目的地のあたりまで行き、依頼を達成してから戻るとなると恐らく日が暮れるだろう。予想外の事態を考慮するならば夜になってもおかしくはない。
俺一人の時なら、迷わず突撃して討伐対象を制圧して速攻で篝火に帰還するという手が使えるがいつまでもこの手段に甘えるわけにもいかない。この世界で生きる以上、他者との関わりは避けられまい。
ならば必然的に周りの事も考えねばならない。それと同時に
「少し早いがここで野営するか、このまま進むかだが…どうする?」
確認の意も込めて女司祭に相談をする。
報連相は大事。今回は相談だ。
「そう、ですね。わたくしなら大丈夫です」
「…いいのか?恐らく日が暮れる。予想外の事態も起こることも想定すれば夜になる。帰りには暗い森を抜ける事になるが」
危惧している事を正直に伝える。暗い夜中の森の中ではさすがに完全に奇襲を防げる自信はない。だが彼女は俺の顔を真っ直ぐに見つめてハッキリと言った。
「このくらいで根を上げていては、いけませんから」
目を開け、決意の篭った表情で言う彼女を見て俺は悟った。
これは今更俺がどうこう言った所で変わるまい。これが白磁の新人、それも討伐対象を侮るような愚か者であれば是が非でも止めたが、彼女は既に「失敗」を経験済みだ。ならば油断や慢心をして命を落とす可能性は少ないだろう。
…過去の俺は何度も同じ失敗をやらかしていた愚か者だったが、今は語るまい。
「わかった。だが無理はしないでくれ。疲れたなら疲れたと言ってくれていい。
俺に背中を預けてくれた男戦士のように、俺も彼女に背中を預けよう。
少し口調を砕いて話し立ち上がる。方針は決まった。
ならば、後は行動あるのみだ。
〜〜〜
少しばかりの休息を取った俺達は再び森の中を歩く。
程よく木々が生い茂り生命の輝きを感じられる森だ。休日に森林浴などで訪れたのならさぞ心地良いひと時を過ごせるのだろうが、残念ながら今は、悪魔討伐依頼の真っ最中だ。警戒を怠って奇襲を受けて死にましたでは笑えない。
…と、そんな事を考えている時だった。
「…臭うな」
草木の香りに紛れて、微かに漂ってきたのは血の匂いだ。
後ろに女司祭が付いてきているのを確認して告げる。
事前に臭い消しの香を二人して使ってあるので鼻に付くのは自分達以外の臭いだけだ。僅かな臭いを辿り、茂みを掻き分けて臭いの強くなる方へと進む。一際臭いが強い場所にそれはあった。
「これか…」
「っ…」
背後で女司祭が息を呑むのが聞こえる。
一際血と臓物の臭いが強くなった場所にあったものは…
もはや原型が何だったのか分からない「肉塊」だった。
まるで何度も叩かれたか、何かにズタズタに引き裂かれたような跡があることから、これが件の死体だろう。衣服の類や認識票がないことから冒険者の死体ではないようだが…腐敗具合を見てもつい最近やられたものだろう。まだ肉が瑞々しい。
「…あまり見ない方がいい。
見ていて気持ちの良いものではないだろう」
「…っはい。でも何故こんなになるまで…」
「巨大な鉈か何かで斬られたか。それとも何度も殴打をされたか…
いずれにせよ…ん?」
ふと見上げると微かに血の跡が点々と続いている。
注意して見なければ気付かないくらいの量だが確かにそれは続いていた。
恐らくこの先に今回の討伐対象がいるだろう。
これ以上被害が広がる前に討伐対象を倒さねばならない。
「血の跡だ…警戒は怠るな。もう何時奇襲されてもおかしくはない」
コクリと頷いた女司祭を後ろに二人で警戒をしつつ血の跡を辿っていく。
辿った先にあったのはそこそこ大きい洞窟の入り口だった。
そこに血の跡が続いていることからも、あの死体を作り出した奴がこの中にいるはずだ。さっそく中へ侵入を試み…その時だった。
茂みの奥…ちょうど洞窟の入り口の反対側、今俺たちが入り口の左側にいることから右奥の方からなにやら音が聞こえてくる。
何かが近づいてきている。そしてその音は近づくにつれ、血腥い臭いを強くしながら大きくなっていく。俺は女司祭に咄嗟に茂みに隠れるようジェスチャーをして、二人して近くの茂みに匍匐して隠れた。
みるみるうちに音は大きくなり、血の臭いは強くなる。
そこへ現れたのは…
「あれは…」
「山羊…でしょうか…?」
息を潜め、小声で様子を伺いながら「それ」を見る。
両手に鉈を持ち、それを引きずりながら歩いているそれは、
デーモン遺跡で死体の山となっていた「山羊頭のデーモン」だった。
だがあれは俺が見た遺跡で死体となっていた山羊頭のデーモンとは大分違っていた。
遺跡にあった死体でも、もう少しガッシリした体格をしていたはずだが、今目の前にいる奴はかなり痩せ細っている。まるで巣を追い出された渡りのゴブリンのようだ。
半開きになった口からは唾液のが垂れ、舌が半ばダラリと垂れ下がっている。更に瞳がまるでドス黒い血のような赤色をしていた。
「間違いなくあれが今回の
「…あの悪魔をご存知なのですか?わたくしは初めて見たのですが…」
「いや、私も生きているのを見るのは初めてだ。知識としては知っていたがそれでも大分様子が違う。まるで…『何かに飢えているようだった』」
「それなら、人や他の生物を襲い食らうのでは…?」
「ああ、だが奴は何かを襲ったであろう状態なのに、まるで何も食らってないかのように痩せ細っていた。つまり奴は他の生物を食してはいない」
ロスリックにいた亡者もいくらソウルに惹かれるとはいえあんな状態ではなかった。デーモン達には亡者化という概念は無いはずだが…?
…考えても仕方がない。今はわかっているのは「あのデーモンが討伐対象である」ということ。「あれを放置すればいずれ被害が広がるであろう」ことだ。
奴が通り過ぎ洞窟の中へ入っていく。…足音が聞こえなくなるのを確認して茂みから立ち上がる。やはりそこが奴の根城のようだ。
「行ったな。ランタンか松明を持って横穴や背後からの奇襲に備えつつ後を追う。…場合によっては脇目もふらず逃げるぞ。いいな?」
「はい」
真剣な表情の彼女を見て気を引き締める。
女司祭がランタンに火を点けたのを確認して、俺も松明に火を点けた。さて…鬼が出るか、蛇が出るか…
~~~
洞窟の中は相変わらず薄暗いが、ゴブリンの巣穴程狭くは無くこれなら刀を振るったりしても大丈夫そうだ。
場合によっては一部の大型武器も使えるかもしれない。
途中に頭蓋骨がいくつも転がっている。
誰かが討伐しようとしたのか…あるいは哀れにも迷い込んでしまった犠牲者か…
横穴の類はあったものの、特に何もなかった。利用された形跡もない。
…途中から気づいたがこの洞窟奥に進むにつれ広くなっていっている。
微々たる変化が長く続いたため、気付くのに時間がかかってしまったが今はすでに天井が見えないくらいには高い。
奥に進むにつれどんどん血腥い臭いが強くなっていく。まるで終わりのない回廊のような道を進んで行った先に…『奴』はいた。
壁にもたれ掛かるように座り込み大鉈を両手に握り俯いている。
松明の灯りで薄らと照らされたその時にデーモンの手が動いた。
先ほどと同じように力無く立ち上がっているように見えるが、今は逆にそれが恐ろしく見える。
手負いの獣ほど何をするか分からないものだ。
ゆらりと立ち上がり此方を血のような赤い瞳が見据えている。
鞘から打刀を抜刀し、女司祭の前に出て相対する。
「下がっていてくれ。危ないと思ったら聖壁を張って身を守るんだ。
…まぁその必要は無さそうではあるが…」
「はい…っお気をつけて…」
奴が女司祭を狙うならば一時撤退を視野に入れたがその必要は無さそうだ。
何故なら奴の目は今『俺にしか向いていない』からだ。まるで怨敵を見るかのような…
そういえば以前の遺跡調査の時のデーモンの王子も同じ目をしていたような気がする。
これは何かの偶然か。あるいは…
いや、今はそんな事を考えている場合ではない。
「Grrrrrr…Groooo!!!」
山羊頭のデーモンが両手の大鉈を引きずりながら此方に迫る。
女司祭が巻き込まれぬように立ち位置を変えるよう接近し、剣先を当てるよう刀を振る。
すれ違うように振られた剣では威力が出なかったのか、大したダメージにはなっていなさそうだ。
だが、それ以上に切りつけたときの感覚の違和感があった。
「(硬い…!)」
皮膚が硬いのだ。防具も何もつけていない剥き出しの素肌は如何にデーモンと言えど下級ならば
そこまで硬くはないはず。にも関わらず奴の皮膚はまるでデーモンの王子と同レベルとまではいかないもののかなりの硬さだ。
だが血は僅かだが流した。ならば倒せる相手ではある。だが打刀では決定打に欠けるだろう。
刀をしまい、黒騎士の剣を取り出す。
デーモンの鉈の振りをすり抜けるように回避し、黒騎士の剣で切りつける。
「GrrrOooooo!!!」
大鉈を掻い潜り、胴体にローリングから放った突きがはいり大きくデーモンが仰け反る。追撃をかけようと距離を詰めるがその時背筋に悪寒が走った。
なんと奴は強引に姿勢を直しその勢いで鉈を横薙ぎに振るったのだ。
咄嗟に盾を構えたが取り回しを重視した小盾の為、鉈の勢いを消せずに吹き飛ばされ壁に叩きつけられる。
「ぐっ…!」
あの細い腕の何処からこんな力が出せるのか…痩せ細った身体をしているが曲がりなりにもデーモンか。遠くで女司祭が青ざめているが、俺はそれを手で制した。
懐からエスト瓶を取り出して中身を飲んで傷を癒す。
盾である程度防いだからこの程度で済んだが、直撃していればあの一撃で御陀仏だったかもしれない。見た目以上に奴は力があるようだ。
「(あまり長引かせるわけにはいかんな…奴のスタミナは高そうだ。ズルズルと長期戦を挑むのは愚策か)」
緑花草を齧って持久力を高める。代謝が良くなったのを感じ、
再び剣を肩ぎデーモンと相対する。奴が地をかけるのと俺が走り出すのは同時だった。
横薙ぎ、袈裟切り、縦振り。おおよそ痩せ細ったデーモンが出せるとは思えない鉈の振り方は本来の振り以上に早く感じた。極限の飢えが実力以上の力を発揮しているのだろうか?どんどんと奴の鉈の振りが早くなっていく。
どの攻撃も致命打に成りかねない凶悪な攻撃だが…動き自体はシンプルだ。当たらなければどうということはない。
力を込めた叩きつけを放ってきたがそれこそが奴の最大の隙を生む。
背後に回って、両手で力を込めた
途中で与えた突きが効いていたのか、山羊頭のデーモンは力無く倒れた。
…少々手こずったがこんなものだろう。デーモンの首を切り落として、それをソウルへとしまい、女司祭の方へと向かう。
「戻ろう。これで依頼は終了だ」
「はい…。っ!避けてください!」
女司祭が叫び、杖を構える。
振り返るとそこには、
「何っ…!?」
女司祭の方へ咄嗟に回避する。背後を大鉈が通り過ぎた。
何故だ?確実にトドメは刺したはずだ…!
ゆらりゆらりと先ほどとは明らかに動きが鈍っているものの、その殺意だけは変わらず凄まじい勢いで大鉈を振るっている。
そこに女司祭が立ちはだかり杖を掲げ告げた。
「《裁きの
首なしのデーモンに向けられた杖に光が集まっていく。
「《
杖を触媒に激しい雷が放たれデーモンの身体を焼き尽くす。
その雷はまるでかつての
雷で焼かれたデーモンは黒焦げになり今度こそ動かなくなった。
「すまない。助かった…まさか首を落とされて尚動いてくるとは…」
「いえ、あれは誰も予想できるものではないかと…」
「いや、例え予想できなくても戦地で気を少しでも抜いた私の落ち度だ。
…やれやれ。私もまだまだだな」
デーモンの死体が今度こそ動かなくなったのを確認する。…さすがに黒焦げになってでも起き上がって来たら全力で逃げ出すしかないが。
「とにかく戻ろう。…君には助けられたな。ありがとう」
驚いた表情の彼女を置いて出口の方へと歩く。
後ろから慌てて付いてくる足音を聞きながら俺はその場を後にした。
〜〜〜
松明を持ち、来た道を戻っていく。
予め横穴などに何か潜んでいるかは見ておいたので帰りは安全だ。
しかしあのデーモンはどこからやってきたのだろうか。山羊頭のデーモンは俺が旅をした時代では既に全ての個体が死に絶えていたと思ったが、まさか生き残りが何処かにいたのか?それがあの王子のようにあの場に流れ着いた可能性がもっとも高いが何故あの世界のデーモン達がここにいるのか?奴等がいるなら亡者共がいてもおかしくはなさそうだが、それらしき目撃情報も依頼も見たことはない。
…都とやらに行けばその辺りの情報もあるだろうか?あちらは混沌の軍勢…ここでは怪物達の事をそう呼ぶらしい連中との戦いが多いと聞く。もしかしたらあちらに拠点を構えるのもアリかもしれない。
「あの…どうかなさいましたか?」
隣を歩いていた女司祭が顔を覗き込むように声をかける。
いかんいかん。つい考え耽てしまったか。
「ああ、あのデーモンが何故この辺りにいたのかと思ってな。奴等は私が過去にいた場所でも生きている個体は見かけなかったと言ったが何故ここに生きている個体がいたのかとね」
「あの悪魔は、どの程度の悪魔なのでしょうか?上級の…には見えませんでしたが…」
「私も断定出来るわけではないが、まず上級はないだろう。過去に奴等の
首を落としたはずなのに起き上がり動いてくるなど恐ろしすぎる。
奴の中にある執念があの身体を動かしたのかもしれない。ソウルとなって消えたあの世界はそんな事は気にも止めなかった。
あの世界での命は生命力が無くなればソウルとなって消えるのだから。
…今後この世界でデーモンと対峙したら首を落とした後に焼こうか。
黒焦げにして灰にしてしまえば立ち上がれまい。
「あ、あれが小山のように…どのような所を旅していたのですか…」
「まぁかつて旅していた場所では生き残る為にそう行った場所へ行くことも必要だったのさ…実際後になって役に立った物が沢山あったからな。決して無駄足ではなかったよ」
「いつか、お聞きしたいですね。貴方の旅のお話を…」
「…あまり面白い話じゃない。それに私自身もそこまで覚えているわけではないしな」
半分は嘘だ。あの呪われた旅路の始まりから終わりまで全て覚えている。
ただあの旅で出会った人達のことは朧げだ。何と無く外見などの特徴は覚えているのだが…
「まぁ次に会うときにでも聞かせようか。いずれも面白みに欠ける話になるだろうが、な」
最初にあの使命に挑んだ時の話ならばそこそこ冒険譚ぽくはなるだろう。それでもそのまま話せば救いのない話になるだろうが。
さて、もうそろそろ出口に…
「…待て、横穴に入るぞ」
「えっ?あっ、あの…!」
女司祭の手を引いて、通り過ぎ掛けた横穴に身を潜める。
右側に女司祭を抱き寄せるような形で屈み彼女に外套を被せ、息を殺す。
チッ、まったく運の無い…!
「あ、あのどうされたのですか?いきなり横穴に…このような姿勢で…」
「すまない。接敵する時間を考えたら話す余裕が無かった。…少しこのまま我慢してくれ」
不安げな顔で見上げる形になった女司祭を横目に見て、俺は横穴から通路をじっと見つめる。…暫くして俺が警戒した原因がやってきた。
下衆た笑い声。醜い外見。漂う不潔な臭い。
群れを伴って洞窟を歩いてきたのは『ゴブリンの群れ』だった。
奴等の視界に届く前に気づけたのは幸いか。
僅かに聞こえた音に反応出来なければもれなく真っ正面からエンカウントするところだった。
シャーマンが1にホブが2…その他手下のゴブリン共が多数と行ったところか。それなりに大きい規模の群れだ。恐らく戦力が整ったがために偶々通りかかったここを巣穴にしようとしたのだろう。…まったく態々ここを選ばなくても良かっただろうに…!
「ゴブリンの群れだ…放置するわけにも行くまい。大事になる前に処理をする。行こう」
「あ…っあ…」
外套の下にいる女司祭に話しかけるが、反応が悪い。
どうしたのだろうか?外套の下にいる彼女を見ると…
今にも泣きそうな、怯えた表情の女司祭がいた。
俺の体にしがみつくように体を密着させ震えている。
何故だ?デーモン相手にあそこまで果敢にも立ち向かった彼女が何故こんなにも怯えているのだろう?…いや待て。まさか…
彼女は『初めての冒険』で失敗をしたと言っていた。
冒険者で初めて挑んで失敗をする物など限られる。
ほとんどは失敗すれば次が無いような物ばかりだ。
新米は失敗した時点で生きて帰れる可能性は非常に低い。
ならば彼女が深い傷を負いながらも生き残ってしまうような物は自然と絞られる。
彼女の身体中に見えた傷痕。そして焼かれたような瞳。
トドメにゴブリン共を見たときの怯えよう。
つまり彼女は…
…ゴブリンに慰み物にされたのだ。
普通ならそこで心が折れたであろうはずだが、彼女は生き延びて立ち直った。
だがそれでも、心の傷までは癒しきれなかったのだろう。
その時の恐怖が、記憶がフラッシュバックしたのだ。
横穴を通り過ぎたゴブリン共の背を見る俺の目は自然と細まっていた。
空いている左手が怒りに震え力が入っていたのに気づかないまま。
『山羊頭のデーモンの薪』
四方世界に流れ着いた、山羊頭のデーモンの薪。
長い間彷徨ったのか干からびている。
神々によって悠久の時を超え、
流れ着いたデーモンは
飢えを満たすため、かつて在った時のように
ソウルを求め、彷徨った。
もはやそれが存在せぬ物だとしても。
この薪にソウルは宿っておらず、道具としては使えないが
ギルドに提示すれば討伐した功績を認められるだろう。
犬のお供だの地形が敵だのと言われている山羊君。
餌のない世界に放り込まれて放置プレイを強いられ、極限状態に。
それでも不死には叶わなかった模様。
忙しい中ちょいちょい書いていたのでいつも以上にガバいかも。
多分あとで修正・編集します。(´・ω・`)
感想評価くれる方々いつもありがとうございますm(_ _)m